魔法少女リリカルなのは~黒衣の騎士物語~   作:将軍

2 / 76
投稿します。
楽しんで頂けると幸いです。


出会い

 ――早朝の海鳴公園に上下黒一色のジャージを着て、ランニングをしている青年がいた。

 

 ランニングしている青年――黒沢祐一はすでに結構なトレーニングをしていたのか、その額には大粒の汗がいくつも浮かんでいた。

 以前はトレーニングはしていなかったが、魔法を使用しなくてもある程度は戦えるようにと、最低限のトレーニングを祐一は自分に課すようになった。それから祐一は早朝のトレーニングを欠かさず行っている。今では魔法を使用しなくても、"それなり"には戦えると、祐一は思っている。"それなり"がどの程度なのかを祐一が自覚しているかは別なのだが……。

 一通りのトレーニングを終え、柔軟を行った祐一はふぅ、と息を吐く。

 

「さて、そろそろ戻るか」

 

 祐一は持っていたタオルで汗を拭いながら、家路へと歩みを進め始めた。

 歩みを進めながら祐一は、昨日、《プレシア・テスタロッサ》から届いた手紙のことへと思考を巡らせ始めた。

 

(――プレシア・テスタロッサ。俺も会ったことがあるのはたったの一度だけなんだがな)

 

 祐一は少しだけ昔を懐かしむように笑みを浮かべる。だがそれもほんの一瞬で、すぐにいつもの表情へと戻った。

 

(何故、今頃になってプレシア・テスタロッサが俺などに用があるのかは知らないが、それも会えばわかるか)

 

 そう考えた祐一はすぐに思考を切り替え、帰路へとついた。

 

 

 

 

 

「――さて、これで必要な物は全部持ったか」

 

 祐一はプレシアのところへ行くための準備を終えた。

 祐一はいつもの上下ともに黒で統一された格好であるが、背が高く、鍛え上げた身体にはそれがよく似合っていた。

 

「っと、忘れるところだったな」

 

 そう言いながら祐一が手に取ったのは、剣の形をした真紅のネックレスであった。唯一、祐一が身に着けている中で黒色ではないものであり、それを大事そうに首から下げる。

 また、祐一は机の引き出しから一枚のカードを取り出した。カードといっても普通のカードではなく金属で出来ている。これは祐一が好んで使用している《アームドデバイス》であり、待機状態はカード型であるが、戦闘状態は刃渡り一六〇cmほどのかなり大きめな騎士剣となる。普通の人間ならば、その重さから振ることは困難なほどのデバイスである。

 祐一は待機状態のデバイスをポケットへと入れる。

 

「さて、行くか」

 

 そう呟くと、祐一は自身の家からプレシアがいるはずのとある場所へと転移した。

 

「ここか……?」

 

 祐一が転移した場所は、都会の町並みの風景からは程遠い自然に囲まれた場所であった。しばらく歩みを進めていると、そこには大きな建物――屋敷といってもいいかもしれない――が建っていた。

 祐一がゆっくりと屋敷へと近づいていくと、扉の前に一人の女性が立っていた。

 

「お待ちしておりました、黒沢祐一様」

 

 微笑みを浮かべながら、その女性は祐一へと言葉を掛け、頭を下げる。

 

「プレシア・テスタロッサの使い魔――リニス、と申します」

 

 人懐っこさがあるその微笑みは、多くの男性を虜にするであろう魅力を備えていると、祐一は客観的に思った。

 プレシアの使い魔であることから、人間ではないのだが、見た目はほぼ人であり、とても綺麗な女性であった。

 

「プレシア女史に呼ばれて来ました。地球で《便利屋》をしています、黒沢祐一と申します」

 

 頭を下げるリニスに、祐一も同じように頭を下げ挨拶を返す。

 頭を上げると、リニスが祐一へと声を掛ける。

 

「主の下へとご案内致しますので、どうぞ付いてきてください」

 

「わかりました」

 

 扉をくぐり屋敷の中に入ると、リニスが先導して歩き始める。その数歩後ろから、祐一も付いていく。

 

「ここへお客様が来られるのは久しぶり……いえ、初めてのことかもしれません」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ。残念なことに、我が主であるプレシアには友人が少ないようですから」

 

 苦笑しながら話をするリニスに、祐一はそうなんですかと、こちらも苦笑しながら言葉を返す。

 

「黒沢様はプレシアとはどういうご関係だったのですか?」

 

「……プレシア女史からは何も聞いていないのですか?」

 

「残念ながら、何も聞いておりません。今日はお客様が来られるとしか教えられてないものですから」

 

「……そうですか。まぁ、何と言いましょうか、プレシア女史とは以前に一度だけお会いしたことがあるんですよ」

 

「? ……それだけですか?」

 

「まぁ、会ってからいろいろとあったんですが……長くなりそうなので、ここまでにしておきましょう」

 

 祐一の微妙に歯切れの悪い言葉に、リニスは小首を傾げていたが、一応納得してくれたようで、そうですかと頷いた。

 

「あ、それから黒沢様。私のことはリニスとお呼び下さい。敬語なども不要ですので、もっとフランクに喋っていただいて大丈夫ですよ?」

 

 笑顔でそう話すリニスに、祐一も言葉を返す。

 

「では、お言葉に甘えるとしよう。リニスも俺のことは様付けしなくてもいいから、呼びやすいように呼んでくれ」

 

「では祐一と呼ばせてもらいますね。あ、敬語は癖なので気にしないで下さい」

 

「了解だ」

 

 笑みを浮かべるリニスに、祐一も笑みを返した。

 しばらくリニスと他愛ない話をしながら歩いていると、リニスが立ち止まった。プレシアがいる客間へと着いたようだ。

 そして、リニスは祐一の方をちらりと見た後、扉をノックし中にいるであろう人物へと声を掛ける。

 

「黒沢祐一様をお連れ致しました」

 

「ええ、入りなさい」

 

 扉の向こうから、少し疲れたような女性の声が聞こえた。

 プレシアの声が聞こえると、リニスはすぐさま扉を開け、祐一に中へ入るようにと促す。

 祐一は少しだけ息を吸い込み、

 

「――失礼します」

 

 プレシアのいる客間へと、足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 祐一とプレシアは机を挟んで、向かい合う形で座っていた。祐一は背筋を伸ばした状態で、プレシアは腕と足を組み、リラックスした状態で座っていた。

 リニスは二人の飲み物――祐一はコーヒー、プレシアは紅茶――を持ってきた後退出していったが、祐一とプレシアは向かい合ったまましばらく黙っていた。

 最初に口を開いたのは、祐一であった。

 

「久しぶり、と言った方がいいのでしょうね」

 

「二年前に会ったのが、最初で最後だったかしら?」

 

「そうですね。まぁ、"あの時"とは状況も立場も違いますが……」

 

「お互いにね。――あなたはあの頃より、ずっと大きくなったわね。見た目も――中身も」

 

「……そんなことはありませんよ」

 

 祐一は自嘲気味な笑みを浮かべる。

 

「管理局を辞めたそうね?」

 

「……ええ。俺が管理局にいる理由も意味もなくなりましたから」

 

「……そう」

 

 祐一の言葉に、プレシアは静かに頷く。

 表情こそ変わってはいないが、心は悲しみに満ちているのだろうと、プレシアは思った。

 プレシアは祐一が何故、管理局を辞めたのかを知っている。だからこそ、プレシアは祐一の悲しみがよくわかる。

 

 ――祐一もプレシアと同じく、"大切なモノ"を失くしたのだから――。

 

 そのこともあり、プレシアは祐一の居場所を突き止め、今回の自分の願いを頼むことにしたのだ。

 そんな思考に没頭しているプレシアに祐一は声を掛ける。

 

「それで、今回俺を呼んだ理由を教えて欲しいのですが……?」

 

「そうだったわね。今回、私があなたにお願いしたいことは、"ある子供"を一人前の魔導師として育ててほしいの」

 

「……"ある子供"とは?」

 

 祐一がプレシアへと質問を返す。

 プレシアは、リニスが入れてくれた紅茶を一口飲んだ後、静かに口を開いた。

 

「その質問に答える前に、一つ教えておくことがあるわ」

 

「なんでしょう?」

 

「あなたは私が今、何を"目指している"のかは知っているわね?」

 

「ええ、知っています。二年前に教えてもらったのですから」

 

 祐一はプレシアの言葉に頷きを返す。

 二年前、祐一はプレシアと出会い、教えてもらったのだ。その願いとは――

 

「――私の娘である《アリシア・テスタロッサ》を甦らせること」

 

 《アリシア・テスタロッサ》とは、プレシアも携わっていた魔導実験に巻き込まれて死んでしまった、プレシアの一人娘であった。

 

(成果を焦った上役達が魔道実験を強行した結果、魔力炉の暴走によって起きた事故で亡くなったんだったか。上役達は管理局と繋がっていたという噂まであったと聞いたが)

 

 祐一は苦虫を噛んだような表情をする。

 そんな祐一を気にする風もなく、プレシアは話を続ける。

 

 ――使い魔を超える人造生命の作成と死者蘇生の研究《プロジェクトF.A.T.E》を立ち上げたこと。

 

 ――その研究の成果物として、人造生命からアリシアのクローンを生み出したこと。

 

 ――そして、そのクローンにアリシアの記憶を埋め込んだこと。

 

 プレシアの話を聞き、祐一はその壮絶さに身を震わせ、一つの事実に気付く。

 

「……まさか、"ある子供"というのは……」

 

「……そう、"ある子供"と言っているのは、アリシアから生み出したクローンのことよ」

 

「やはり……ですが、その子にはアリシアの記憶を埋め込んだのではないのですか?」

 

 その作られたアリシアのクローンにアリシアの記憶を埋め込んだのならば、何故、魔導師として育てなければならないのか。祐一はプレシアの言葉に頭を捻る。

 

「……駄目なのよ。研究は完全に成功しているのに、"あの娘"にアリシアの記憶を埋め込んでも、あの娘はアリシアではなかった。……全てアリシアと同じものを使用しているのに! 研究は完璧のはずなのに!」

 

 次第に語気を強めていくプレシアを祐一は黙って見ていることしか出来なかった。

 そして、プレシアは若干の狂気を孕んだ瞳を祐一へと向ける。

 

「……だから私は考えた。それなら、"アリシアの代わりになるもの"ではなく、"完全なアリシアを甦らせる"しかないと、ね」

 

「まさか、あなたは……」

 

 そこで今日初めて祐一の表情が驚愕に染まった。

 祐一が考え付くようなことに、研究者であり、自身も強大な力を持つ魔導師であるプレシアが、"その答え"に行き着かないはずがないと祐一は思った。また、それは限りなく低い可能性であることも……。

 そんな祐一を他所に、プレシアは尚も話を続ける。

 

「そう。死者蘇生の秘術があると言われる。――"忘れられし都《アルハザード》"を目指すわ」

 

「ですが、それは――」

 

「そう、限りなく可能性はゼロに近いでしょうね。でも、ゼロではないわ。それならば、私は賭けてみようと思う。――例え、何を犠牲にしようとも」

 

「…………」

 

 プレシアの言葉に祐一は押し黙った。

 本当に娘が大切だったのだろう。愛していたのだろう。だからこそ、プレシアは今、無謀ともいえる賭けを実行しようとしているのだと、祐一は思考する。

 

 ――そして、そのプレシアの気持ちを祐一は痛いほど理解していた――

 

 祐一は長い思考を終え口を開く。

 

「俺の心情としては、"プレシアさん"の気持ちは痛いほど分かります」

 

 ですが、と祐一は言葉を続ける。

 

「――それらの手伝いは何もしません。俺が受ける依頼は、"その娘"を一人前の魔導師として育てることだけです」

 

「それで構わないわ」

 

 商談成立ね、と呟くプレシアを見つめながら、祐一は声を掛ける。

 

「――止める気は、ないんですか……?」

 

「……ないわ。アリシアのいない世界になんて、興味はないもの」

 

 そう僅かながら自嘲気味にプレシアは笑みを浮かべた後、でも、と小さく呟くと、

 

「――ありがとう、"祐一くん"」

 

 消えそうなほどの声であったが、祐一は確かにその言葉を耳にしたのだった。

 

 

 

 

 

 ――その後、話は変わり、依頼内容の話となった。

 

「それで、あなたに頼む娘なのだけど、名前はフェイト――《フェイト・テスタロッサ》よ」

 

「――フェイト、ですか」

 

「ええ。その娘を一人前の魔導師にするのがあなたの仕事。サポートには、私の使い魔であるリニスを付けるから、わからないことがあったら聞いてちょうだい」

 

 そう話すプレシアの背後で、控えていたリニスが笑顔でお辞儀をする。リニスは先ほどの話までは退出していたが、依頼内容の話をするということで、プレシアに部屋へと呼ばれたのだ。

 

「わかりました」

 

 祐一がリニスを横目で見つつ言葉を返すと、プレシアは一つ頷き、リニスにフェイトを呼んでくるよう言いつけ、リニスは部屋を出て行った。

 それを見届けると、祐一はプレシアに声を掛ける。

 

「そのフェイトという子が保有する魔力量はどのくらいになるのですか?」

 

「AAAクラスよ」

 

「――AAAクラス、ですか? それは、凄い才能の持ち主ですね」

 

 魔力量AAAクラスの魔導師となると、祐一でも滅多にお目に掛かったことがなかった。そのため、祐一は驚いた表情でプレシアに言葉を返した。

 

「……そうね。……一体、誰に似たのかしらね」

 

 プレシアの呟きに祐一は首を捻るが、その思考はすぐに止めることになった。

 

「フェイトを連れて来ました」

 

 扉がノックされる音の後、リニスの声が扉の外から聞こえてきた。

 

「入りなさい」

 

「失礼します」

 

 扉が開くと、まず、先ほど退出したリニスが姿を見せる。

 そしてその後ろから、緊張しているのがこちらに伝わるぐらいにビクビクしている女の子が姿を見せた。

 

(この子がプレシアさんの娘であるアリシア・テスタロッサのクローンである――フェイト・テスタロッサか)

 

 見た目は小学校一年生ぐらい。その美しく輝く長い金髪が印象的な少女である。

 今は緊張しているのか、体の前で手を組み、赤い瞳をそわそわと動かしている。

 客観的に見ても、ほぼ満場一致で綺麗な女の子という回答を得られることだろう。

 

「今日からあなたの教育係をしてくれる、黒沢祐一さんよ」

 

「初めまして。今日から君の教育係りを任された黒沢祐一だ。よろしく頼む」

 

 プレシアに名前を呼ばれ、祐一は座っていたソファから立ち上がり、フェイトへと挨拶をする。

 フェイトは立ち上がった祐一を見ると、さらに緊張したのか、体を強張らせていた。

 

(? ……そうか、俺の大きさに驚いているのだな)

 

 祐一の身長は日本人にしてはかなり高めであり、その表情も相まって、子供に怯えられることがたまにあった。

 祐一はふむ、と頷くとフェイトの前で身を屈め、自分に出来る限りの笑顔をフェイトへと向けた。

 

「あっ……」

 

「短い間かもしれないが、これからよろしくな?」

 

 そう優しく話しながら、祐一はフェイトへと右手を差し出す。

 フェイトもはっとなり、おずおずと右手を差し出す。

 

「え、えっと、よろしくお願いしますっ!」

 

 祐一の手に自分の手を重ねながら、フェイトは少し大きめな声で挨拶を返す。

 そして、何か忘れていたことを思い出し――

 

「あっ! わ、私の名前は――フェイト、フェイト・テスタロッサです!」

 

 自身の名前を口に出し、祐一との初めての邂逅が終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 これが、《黒衣の騎士》と呼ばれた青年と一人の少女の新たな物語の始まりであった。

 

 




最後まで読んで頂き、誠にありがとうございます。
誤字脱字などありましたら、指摘をお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。