いつか見た理想郷へ(改訂版)   作:道道中道

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 投稿が遅れてしまい、大変申し訳ありません。

 また、前話のタイトルが71話、となっていた事に気が付きませんでした。修正させていただきます。

 ご指摘、ご批判がございましたら、ご容赦なく。


その夜は、しかし、かろうじてまだ、明るかった

 イロミが木ノ葉隠れの里を去る事を止められない事実は、日を跨いだ今となっても尚、サスケの胸中に引っかかりとなって刺さっていた。まるで、魚の小骨のようだ。そう。些細な事のはず。イロミの事は、どんな事柄であっても、小事のはずなのだ。

 

【今日こそ、私の事をイロミさんって、呼んでもらうからね!】

 

 昼過ぎの、自室の天井を見上げていた。畳んだ布団が足元で小さくなっていて、その上を細く通る光が僅かに舞う埃を照らしている。その光は、明かりを消した部屋を淡く照らし、畳に寝そべるサスケの視線の先にある天井を薄く見せている。

 頭の後ろで手を組み、天井を見上げていると、これまで何度と見たイロミの生意気な笑顔を思い出す。天井と彼女の関連性は、おそらく無いだろう。今日が、彼女が木ノ葉隠れの里を出ていく日だから、その影響だろう。

 

 ──……くそっ。

 

 些細な事。

 それは、過去の価値だった。

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

 イタチと共にイロミの牢へと赴いた日。サスケは──一つの決断をしていた。

 

 フウコの事を信じる、という選択だ。

 

 その選択を手に取ったのは、陽の光が落ちた深夜。

 

 家に帰り、自室で一人、考えたのだ。グルグルと二つの意志が一つの意識の中で螺旋を描き続けた、長いようで短い時間を、サスケは過ごした。イタチは火影としてまだ帰宅していない、静かな屋内。明かりを点けるのも億劫で、状況は今と似ているかもしれない。昼か夜か、という違いくらいだろう。今もイタチはいない。

 

 二つの意志。

 愛する父と母を殺したという事実と、血に塗れたフウコの姿。

 愛する家族との幸福であった記憶と、無表情ながらも温かく頭を撫でてくれるフウコの姿。

 怒りと憎しみと、復讐心。

 喜びと嬉しさと、悔しさ。

 

 それらが頭の中を廻転の軌跡を描きながらせめぎ合った。これまではフウコを殺したいという、事実に基づいた殺意が、柔らかい記憶を鏖殺してきた。それほどまでにフウコが行った行為は許し難く、そして悍ましいものだったからだ。

 

 事実は記憶を凌駕しない。

 

 しかし、その事実はやがて記憶となり、新しい事実が現れた。

 

 イタチが語った、うちは一族がクーデターを起こそうとしていたこと。

 

 イロミの述べた、大蛇丸の呪印から手に入れた情報。

 そして、フウコがイタチに助けを求めたこと。

 多くの事実が、やがて、楽しかった日々の記憶の背中を押したのだ。

 

 気がつけば、涙を流していた。

 

 涙の意味を、その時は自覚できなかった。どうして、涙が出るのか、自分の感情がどういった方向へ進み、その涙を誘発しているのか、分からなかった。

 

 ただ、涙が出た事が分かってしまうと、苦しさだけが意識を支配した。涙を出すのに身体がエネルギーを消費し、酸素を求めて呼吸は不安定となって、身体が不規則になってしまう。頭の中が出血したように痛みと熱に満たされる。

 

 ただ、涙だけが出る。痛みと熱で、思考も纏まらない。苦しくて、辛くて、意味が分からなくて。

 

「……どうした? サスケ」

 

 気が付けば、イタチが家に帰ってきていた。

 頭を軽く撫でられる。子供扱いされているようで、あまり好きではない彼のその動作に、けれどサスケは何も応えられないままに涙を溢すだけだった。

 

「辛いことでもあったのか?」

 

 優しい声だ。

 ずっと、兄の声は優しいもので。

 うちは一族が滅ぶ前と、何も変わらないものだった事に、気が付いた。それは、つまり、と。サスケは、自分の考えが変わったのだとはっきりと自覚した。

 

「…………なあ、兄さん」

「なんだ?」

 

 と、イタチの声が上から降りてきた。

 

「どうして……姉さんは…………シスイさんを殺したんだ?」

 

 大きな意図の無い問いだった。ふとした疑問である。

 うちは一族のクーデターを止める為にフウコが一族を滅ぼしたのは、理解は、出来た。だが、シスイを殺したのでは、という一族の者が家に尋ねてきた記憶が疑問符を作ったのだ。

 

「……憶測だが…………いや、憶測と言うには杜撰だが……アクシデントがあったんだ」

「……何だよ、それ」

「俺の記憶が、幻術で封じ込められている話をしたのは、覚えているな?」

 

 サスケは頷く。

 

 イロミの知る事実と、イタチの知る事実の齟齬は、先日の牢の中で知っている。その原因が、幻術によるものだというのも。

 

「おそらく……俺も、フウコと一緒にうちは一族のクーデターを止めようとしていたんだろう。だから、記憶に術を掛けられた。真実を隠すために。俺が関わっていたならば、シスイも関わっていたのは間違いない。もしかしたら、俺たちは三人で、別の手段でうちは一族を止めようと考えたのかもしれないな。だが……どこかで、問題が起きた。フウコがシスイを殺す事は考えられない。ならば、別の者がシスイを殺して、その罪をフウコが背負ったんだ」

 

 その三人で……。容易に想像できてしまう。

 自意識が芽生えてから、三人は──勿論、イロミも含まれている為に、正確には四人だが──常に一緒で、その光景を眺めているのは意外と楽しく、記憶に強く残っている。仲睦まじい彼らの関係をどうして、忘れていたのだろうと、涙の量が少しだけ増えた。

 

「フウコの事を恨んでるのか?」

「……分かんねえよ…………」

「どうして、泣いてるんだ?」

「……分かんねえって……………」

「お前は、どうしたいんだ?」

「……分かんねえって、言ってんだろ……………」

 

 声が震えた。

 

「あいつは…………昔っから、無表情で、何も言わねえし…………何考えてるかも、分からねえから………何した方が良いのかなんて……分かんねえよ…………」

 

 だって。

 あいつは。

 フウコは。

 姉さん(、、、)は。

 そこまで言葉を紡いで、また、思い出す。

 

 姉は、ただただ、優しかった。

 

 でんでん太鼓の音が遠くから聞こえる。

 

 大丈夫、大丈夫、という声も。

 

 ああ、そうだ。涙を流している理由が、分かった。

 

 どうして一縷も疑いを持とうとしなかったのか、という罪悪が流させているのだ。

 

 理由があれば、父も母も一族も、滅ぼしていいというわけではない。だけれど、理由を聞くことは出来る。いや、家族なら聞かなければいけないはずなのに。

 

 たった一つの出来事だけで、今までの全てを否定するような事をした罪悪が。

 

 姉への罪悪が、涙を流させた。

 

「そうか」

 

 イタチはそれだけ呟くだけだった。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 サスケは考える。

 

 もしも、である。

 もしも、イロミよりも先に、自分がうちは一族の背景等々を聞いていたら、どうしていただろうか。そう考えると……イロミが牢へと繋がれ、木ノ葉隠れの里を出ていくという考えは、決して、否定できるものではない。

 フウコは言うなれば、木ノ葉隠れの里を救うために、全てを背負ったということ。木ノ葉隠れの里に怒りを向けてしまうのは必然だった。いや、今でもそうだ。木ノ葉隠れの里への憎しみが、まるでフウコから移り変わるように向かっている。今すぐにでも、フウコに罪を背負わせた者を殺してやりたいとさえ、思ってしまっている始末だ。

 

 その思想が身体を突き動かさないのは、イロミとイタチがいるからかもしれない。

 

 イロミが木ノ葉隠れの里に牙を剥いた姿を見た。自分の全てをかなぐり捨てた彼女の姿は、あまりにも悲壮的で、絶望に溢れていた。彼女のそんな姿を見たからか、復讐への踏ん切りにストッパーが生まれていること。そして、そんなイロミを止めようとしたイタチの姿が、おそらく、何よりも強い印象だった。

 

 きっと。

 

 自分が同じようにしたとしても、兄は必ず、真正面から止めようとするに違いない。

 

 どんなに傷付いても、ボロボロになっても。

 

 だから、木ノ葉隠れの里への憎しみを押し留めていて、そして感情を発露できない事へのストレスも無かった。

 

 イタチが、イロミが、フウコを助けようとしている。

 

 ならば自分も、その手助けをしたい。そう、想いを抱いている。

 

 なのに……イロミは、木ノ葉隠れの里を出て行くと言い出した。そして、火影であるイタチも強く止めようとはしていないのを、牢の二人の会話で理解している。

 

 もう、イロミのいる牢へは赴くことが出来ない。イタチから禁じられているからだ。あの牢は特殊な立ち位置にあるらしく、火影であるイタチでさえ──そもそも、犯罪者と火影が過度な接触を行ってしまう事自体に問題があるのだが──不用意に近付くことが許されない場所とのこと。

 

 そして何よりも、イロミが木ノ葉隠れの里を抜けた時に、あらぬ疑いを掛けられる可能性がある、というのが最たる理由だった。サスケから見れば、酷く淡白なものに見えた。

 

 にもかかわらず。

 

 イロミが里を抜けると言い出したというのに、イタチは、多少の驚きを示したものの、里を抜けた後の事、その後の行動について積極的に尋ねた。それに対して、イロミは意見を述べる。

 

 淡々と、堂々と。

 

 心配だとか、不安だとか、そんな感情の一部を伝える言葉は飛び交わない。確かめる必要など何もない、というだけで、シンプルに事柄の可能性だけを追究していく。その過程で、議論が一周して、抜け忍となる事についてさえ議論の的になった。

 

 しかし、そこではイロミがたった一言【そこだけは譲れない】と述べるのだ。

 

 このまま木ノ葉隠れの里にいれば、フウコを探すために外へ出る事ができなくなる。それは嫌だと。その後は、議論が繰り返された。

 

 今まで、イロミとイタチの会話は眺めた事があった。イタチがイロミの意見を、彼女の意思ごと抑えるような会話だと、ずっと感じていた。これまで、ずっとそれは普通だと考えていた。

 兄は優秀で、イロミは平凡な忍だから、言い包められてしまうのは仕方がない、と。

 けれど、牢で議論する二人の関係を見て、今までの関係が歪だったことを理解した。

 相手の気持ちは絶対条件として、その上で最良の選択を模索していくこと。二人の関係が、木ノ葉崩しを経て変わっていた。

 

 議論の末に、イロミが木ノ葉隠れの里を出ていく事は確定し、彼女は──とある人物の元へと赴く事になった。それは、イタチとの多くの議論と、条件を含めた決定事項。

 

 止めるのは敵わない。

 

 彼女を木ノ葉隠れの里に繋ぎ止めれる環境も、条件も無い。力づくであったとしても、呪印をコントロールできると自負するイロミを相手には善戦も出来ないだろう。

 

 また、誰かが遠くへ行こうとしている。

 

 ましてや、そう。

 

 フウコを信じていたイロミが。

 

 ひたむきに努力し、そしてずっとこちらを見つめてくれた彼女が。天井にふらりとイロミの馬鹿みたいな表情が浮かぶ。眼が痛くなった。

 

 涙が溢れる訳じゃない。

 

 ただ、眼球が振動するように痛みを発し、視界が僅かに霞むようになった。痛みも霞みも時間は短い。サスケは一度、眼を瞼越しに擦った。痛みについて、サスケは深く考えなかった。

 

 ──……どうにかなんねえのかよ…………ナルトの奴も……………。

 

 ふと、ナルトの顔も天井に投影された。彼の場合は、イロミとは対称的に怒った表情ばかり。思い起こせば、彼がこちらに向ける感情は怒りばかりだった。

 

 ナルトも、もしかしたら外に出ていってしまうのではないだろうか。嫌な想像が頭を過る。ナルトには、フウコの話をしたのだろうか。聞いてみたい。聞いて……そう、例えば、ナルトと話をしても、良いかもしれない。

 

 今日、任務はない。演習も。ナルトが牢に繋がれている以上、チームとしての活動を行っていないのだ。

 

 ナルトの牢へは、赴くことが出来るかもしれない。サスケは上体を起こして、立ち上がろうとした。静かな部屋を抜けて、シューズを履く。そして家を出ようと、ドアノブに手を掛けようとした時だった。

 

「サスケくん! いるッ?!」

 

 ドアの向こう側から乱暴なノックが届き、張り詰めた声が鼓膜を大いに揺さぶった。予期せぬ来訪にサスケは不愉快そうに眉間に皺を寄せたが、声の主が春野サクラであったことに、一抹の不安を抱いた。

 

「どうした? サクラ」

 

 ドアを開ける。昼間と言っても、明かりを付けない薄暗い室内にいたせいもあって、差し込んでくる光に瞼を細めてしまう。ドアの向こうにいたサクラが、険しい顔を浮かべ、走ってきたのか、細い顎に汗を浮かべている事に気が付いたのが少し遅れてしまった。サクラは口早に尋ねてきた。

 

「一応、確認なんだけど……ナ、ナルトって、見かけてないよね?! その、ついさっきとかッ!」

 

 最初、サクラの問いの意味が分からなかった。しかし、不意に別の景色が思い浮かんでしまう。

 意図しない、状況の変化。

 

 それは、あの夜に似ていた。

 

 サクラは続ける。

 

「ナルトのやつ、ほら、イタズラが好きでしょ? だから、ちょっと、人に誤解とかされることってよくあるし……だから…………もしかしたらって……」

 

 そして、サクラの慌てよう。平静を装おうとしているけれど、伝えようとしている情報の背景を抜け落としているのは、サクラの──いや、ナルトに何かがあったということ。

 

 ナルトはまだ、牢にいるはずだ。

 たとえナルトに異変があったとしても、どうしてそれをサクラが察知できるのか。

 

「ナルトは見てない。あの馬鹿に、何かあったのか?」

「それは──」

「そっからは、俺が説明する」

 

 開いたドアの後ろから姿を見せたのは、はたけカカシだった。覗かせる片目は鋭く細め、緊迫した状況である事を、サクラよりも如実に伝えてきた。

 

「何があった」

 

 カカシとサクラから伝わってくる不穏な雰囲気を跳ね返すように、声を固くした。それでも、心の中には、真夜中のような暗闇が広がっていく。サクラが視線を下に向ける。目を腫らして、涙を我慢している。

 

 涙は嫌いだ。

 

 流すのも、見るのも。

 涙は悲しみで、悲しみは、失うことだ。

 一族を失い。

 家族を失い。

 姉を失い。

 対立しても見ててくれた恩人を失おうとし。

 そして──。

 カカシは語る。

 

「端的に言う。ナルトは──木ノ葉を出て行った」

 

 ──また、俺は……何も出来ないまま、失うのか…………。

 

 眼が痛くなる。

 

「今、イタチ……いや、火影様がナルトを追うように人を集めている。お前にも声が掛かった」

「……どうして、俺なんだ?」

 

 自分はまだ、下忍だ。

 里は落ち着き、動かせる忍は多くいるはずなのに。カカシは首を横に振った。

 

「さあな。とにかく、時間が無い。火影様の元へ行くぞ。すぐに準備しろ」

 

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

「はたけカカシ、到着しました」

 

 火影の執務室に入る。カカシを先頭にサスケ、そしてサクラが続いた。室内にはイタチと自来也、ヤマト、そしてシズネがいた。シズネの腕にはトントンがいて、カカシらに太い鼻先を向けている。到着を知らせるカカシを脇目に、サスケは、デスクにつくイタチを見据えた。火影の笠を深く被ったイタチの顔は、最初は見えなかったが、彼が顎をあげると、真剣な表情がそこにはある。

 じっと、数秒、イタチはサスケの顔を見据え、そして呟いた。

 

「サスケ、カカシさんから話は聞いてるな?」

 

 頷こうとするが、つい、サスケは尋ねてしまった。

 

「ナルトの奴は……本当に、木ノ葉から──」

「里の外で、暗部の者が負傷しているのを、巡回していた者が発見している。彼らは、ナルトくんが里から出ていくのを止めようとしたが、返り討ちにあったと語っている。ナルトくん自身も、里を出ると言っていたらしい。今、ナルトくんが里の中にいないか捜索しているが、現時点まで見つかっていない」

「実際、ナルトの匂いは里の外に向かっている。パックンたちに跡を追わせている」

 

 イタチの言葉を引き継ぐように、横に立つカカシが言った。二人共、表情は冷静だが、言葉の重みが現実に即していると、サスケは感じ取ってしまう。

 

 本当に、ナルトが里を抜けた。

 

 どうして? という感情が、サスケの胸に巣食う中、イタチは指示を出す。

 

「ナルト君を連れ戻してくるんだ。チームは、カカシさん、自来也さん、ヤマトさん、シズネさん、そしてお前のファイブマンセルだ」

「イタチさん! あの、私も!」

「駄目だ、サクラ。君は行かせられない」

「どうしてですか!?」

 

 サクラは目を腫らしながら、イタチを睨みつけた。それを真正面から、イタチは受け止める。

 

「……君は、ナルトくんが九尾のチャクラを持っている事は知っているな?」

 

 サクラは即座に応える事がしなかった。一度、カカシに視線を彼女は送る。ナルトの九尾については禁とされていたからだ。カカシが小さく頷くと、サクラも恐る恐る「知ってます」と呟いた。

 

「負傷者が言うには、ナルトくんは九尾のチャクラをコントロールしていたとのことだ。ならば、力不足の者をチームに入れるわけにはいかない」

「でも──」

「サクラ」

 

 すると、彼女の言葉を、今度はカカシが制止させた。

 

「ナルトを追いかけたい気持ちは分かるが、今回は抑えるんだ」

 

 カカシは続ける。

 

「どれくらいナルトが九尾のチャクラをコントロール出来ているのかは定かじゃないが……正直なところ、俺ですらまともにやりあって勝てるか分からない」

 

 普段ならサクラも、そしてサスケも、そんな事は無いと言うだろう。ナルトは確かに強くなっている。それでも、カカシが負けるような状況は想像できない。

 しかし、サクラも、サスケも、知っている。

 九尾のチャクラで暴走してしまったナルトを、知っている。

 

「なら、どうして俺を呼んだんだ?」

 

 カカシと、そしてイタチを見る。

 

「サクラが力不足なら、俺も似たようなものだろう」

「いや」

 

 と、イタチは語る。

 

「お前の力が必要になるかもしれない。正確に言えば、写輪眼の力だ。写輪眼には、九尾を抑える力がある。今回、お前を入れているのは、その為だ。他に自来也様、ヤマトさんも、九尾の力を抑える術を持っている」

 

 サスケはヤマトと自来也を見た。彼にとって、二人は初対面であったが、九尾のチャクラを抑えることが可能という事は、それなりの実力者なのだろうか。二人はサスケと視線を合わせると、申し訳程度に笑顔を返してきた。

 

「サクラ、今回はナルトくんを連れ戻すのに、最適な人員を用意したつもりだ。実力も申し分ない。信じて待っていてほしい」

 

 他に、サクラは言葉を見つける事が出来なかった。ただ、自分の無力さに涙を溢すだけだった。言葉を掛けれない。

 

「……兄さんは追いかけないのか?」

 

 ふと、その言葉が口をついて出た。

 写輪眼の力というのならば、兄の方が優れている。ならば、彼が追いかければ良いのでは? 視界の端で、シズネが少しだけ視線を下げた。すると、彼女はおもむろに、一歩前に出る。

 

「イタチくん──火影様は、今、戦闘に参加させる事は出来ません。私が止めました。ですので、出るのは私達だけです」

 

 その言葉で、サスケは理解する。医療忍者である彼女が、イタチの戦闘を許さない、という言葉の意味。イタチは呟いた。

 

「あとは皆さん、よろしくお願いします。ナルトくんを──俺達の木ノ葉の子を、連れ戻してきてください」

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ナルトが里の外に出る。

 その現実を前に、けれど、サスケは不思議な事に……違和感を覚えるような事ではなかった。

 フウコが、うちは一族のクーデターを阻止するために木ノ葉隠れの里の犠牲になった。

 もしも。

 もしも、そう。

 もしも自分の傍らに、イタチやイロミのような……フウコを信じ続けている者がいなければ…………あるいは、また別の要因が無ければ……里を出ていくのは自分だったかもしれない。

 胸の中に、未だ僅かに隠れて蠢く、木ノ葉隠れの里への怒り。それに身を任せていただろう。そして、里を抜け出し……今回の様に、木ノ葉隠れの里の者たちに追いかけられて…………あるいは、追い付かれたら、容赦なくその者たちを傷つけているかもしれない。

 なんとなくだけれど。

 もし、自分が木ノ葉隠れの里を抜け出した時。

 ナルトは追いかけてくるのではないだろうか。

 そんな予感があった。

木ノ葉隠れの里の正門下で、何となく思ってしまった。

 

「サスケ。お前は隊列の最後方だ」

 

 追いかけるナルトへの隊列をカカシは判断していた。どうやら、彼が一応のチームのリーダーになったらしい。並びとしては、先頭が自来也、二列目がカカシ、三列目がヤマト、四列目がシズネ、最後尾が自分になった。

 

「サスケとヤマトは極力、戦闘に参加しないでくれ。ナルトが九尾のチャクラをコントロール出来ている場合、それを抑えるのに、特にヤマトとサスケは要だ。最悪、俺と自来也様、シズネを残してナルトを追いかけてほしい」

「他に、ナルトを追いかけておる者がいる、ということかの?」

 

 まるで他者の介入を想定した発言に、自来也が疑問を呈する。

 

「パックンたちの報告では、どうやら、音の忍がナルトの傍にいるみたいです」

 

 大蛇丸。

 またか。

 また、アイツが周りをメチャクチャにしようとしているのかと、サスケは驚きと共に怒りを覚えた。

 イロミを利用し、イタチを傷つけ。

 今度は、ナルトを連れ去ろうとしている。

 ナルトとは、一度話をしなければいけない。

 ずっと、ずっと、自分たちは平行線だった。

 フウコを挟んで、背中を向けあって。

 だから……。

 

「なら、ゆっくりもしてられませんね。行きましょう」

 

 ヤマトの言葉によって、五人は歩き始めようとした時だった。

 

「サスケくん!」

 

 後ろから、サクラに声を掛けられ、サスケは振り返る。そこには、ついさっきまで姿が無かった、日向ヒナタが、目を赤くしながら立っていた。サクラはヒナタの背中を押すように、彼女の肩に手をおいている。ヒナタがサスケの前までやってきた。

 

「……あの…………サスケくん……………」

 

 消え入りそうな、ヒナタの声。ついさっきまで涙を流していたのか、頬には涙の跡があった。ヒナタと話す事は、おそらくではあるけれど、殆ど機会は無かった。

 それでも、ヒナタの震える声が、悲観を表している事は容易に分かった。

 

「……ナルトくんを……………お願い………」

 

 その、たった二言を呟いただけで、ヒナタは涙を溢れさせてしまった。

 きっと。

 木ノ葉隠れの里には、他にも、ナルトがいなくなって悲しむ者がいる。

 今度は、大蛇丸に対してだけではなく、ナルトに対しての苛立ちも抱いていてしまう。

 これまで、フウコを信じると言っていたナルトに対してではなく、また別の、怒りだった。

 どうして勝手に去っていこうとするのか。

 フウコも、イロミも、ナルトも。

 ヒナタは──涙を溢しながら続けた。

 

「私……ナルトくんを、止めようと思ったんだけど…………全然、駄目で……。ナルトくん……なんだか…………苦しそうで……だから…………」

 

 ヒナタの言葉は、少しだけ、感情を優先した、文脈の乱れたものだった。サクラが呟く。

 

「ヒナタ……里を出る時のナルトと会ったみたいなの。でも、気絶させられてて……。サスケくん、ナルトの馬鹿を、必ず連れ戻してきて。お願い」

 

 拳に力が入ってしまう。サスケは言った。

 

「必ず、あのウスラトンカチを連れて帰る」

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 イタチは静かに、デスクについていた。

 また、別れが来る。

 それは、とても悲しい事だった。失うということには常に、再現性が無い、という可能性が含まれている。物事は常に変化していって、時には不可視の場所で、変化は大きな唸りを作って、突如として目の前に現してしまう。

 おそらく、ナルトが木ノ葉隠れの里を抜け出した事は、サスケにとっては突然の出来事の様に、映っただろう。

 フウコの情報をナルトに渡した時点で、こういった想定はしていた。

 

 ナルトが里を離れる可能性を。

 

 それでも、隠し続けるという事は出来なかった。彼に隠し続けてしまえば、いずれは、大きな変化を引き連れて、取り返しの無い事態に発展していたかもしれないからだ。

 

 が。

 

 かといって、簡単にナルトを里の外へ行かせる訳にはいかない。

 

 彼には多くの繋がりがあって、そして、フウコも、自分も、多くの者も、彼のその選択を望んではいないからだ。

 

 だからこそ、サスケをチームに加えた。

 

 写輪眼の力がある、ということも確かな理由ではある。九尾のチャクラをコントロールしている、という情報を、負傷していた暗部の者──ダンゾウの部下だというのははっきり分かってはいるが──が語った時には、即座に自分が赴かなければいけないと判断はしていた。けれど、シズネから、そして綱手からも、止められたのである。

 

 九尾のチャクラをコントロールしているのならば、戦闘は苛烈さを増すだろう。ましてや、ナルトから見れば自分はフウコを見捨てた存在に見えている可能性もある。

 

 そうなった場合、まだ問題ない範囲の自分の肉体は、加速度的に悪化すると、彼女たちから診断された。戦闘はさせられない、と。

 

 サスケを選んだのは、写輪眼の力だけでは、決して無い。

 

 ナルトと同じチームである、というのが最大の理由だった。

 

 きっと、サスケなら。

 ナルトと対等な立場でぶつかる事が出来る。

 自分と、イロミの様に。

 それは、執務室にやってきた時のサスケの反応を見て、確信した。ナルトの九尾のチャクラを押さえ込みながら、感情をぶつけることが出来るだろう、と。

 

 カカシ、自来也、シズネ、ヤマトには事情を説明している。彼らから否定は受けていない。

 

 それに──。

 

「……イロミちゃん。もしもの時は、頼む」

 

 火影の衣の袖に隠した、通信機にイタチは小さく呟いた。

 

『任せて、イタチくん』

 

 そう、イロミの声が返ってきた。

 




 次話は、今月中に投稿します。

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