いつか見た理想郷へ(改訂版)   作:道道中道

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ノンストップ

 兄が火影になったことは心底、誇りに思った。うちは一族で初の火影選出、ということではなく、兄の忍としての実力と、そして里の者が認めてくれたという事実にだ。と同時に、ようやくイタチは決意してくれたのかもしれないと、期待を持ってもいた。

 

 イタチが火影になったということは、個人としてフウコを追いかけることが出来ないということだからだ。うちは一族を滅ぼした罪は、いくら火影の裁量でも無くすことは出来ないだろう。罪を軽減させる事も、出来ないはずだ。

 

 フウコを裁く──殺すことを決意してくれた。

 

 イタチが火影になってから、サスケの修行は苛烈さを増した。フウコを殺す、そのための憂い──兄と争わなければいけないという未来が払拭されたから。

 

 けれど。

 

 

 

「今言った条件を守るなら、フウコの元へ連れて行くが……どうする?」

 

 

 

 

 強要するわけでも、抑止するわけでもない、フラットな声調が室内に溶けていくのを、驚愕と徐々に湧き上がってくる苛立ちを自覚しながら感じ取った。

 

 フウコが里にいる。

 

 修行の休憩と昼食を兼ねて一度、家に帰ってきていたサスケの前に現れたイタチは──彼は自身を影分身体だと──脈絡も無く、そう語った。

 

 どうしてフウコが木ノ葉隠れの里にいるのか。

 

 何が目的なのか。

 

 木ノ葉隠れの里のどこに今、いるのか。

 

 それらの考えを思い浮かべる前に、サスケの身体はすぐに動いてしまっていた。ただフウコへの殺意が血液を熱くして、指先までに不要な力を入れさせた。イタチのすぐ横を無言に通り過ぎようとした時に、腕を掴まれて制止させられてしまった。

 

「話は終わってないぞ?」

 

 と、イタチは言った。掴まれた腕が全く動かせない。それでも、彼の声に真剣さはあっても咎めるようなものは無く、サスケの熱くなり過ぎた頭に僅かに冷静さを取り戻させてくれた。奥歯を一度強く噛み締めてから、絞るような息を吐きながら兄を見上げる。

 

「……どうして、ここに来たんだ?」

 

 普段の彼ならきっと、わざわざ影分身体を遣ってまでフウコの情報を伝えることはしない。そもそも、必要に応じた分の人員に伝えて、フウコに対応するだろう。悔しいけれど、自身の実力はイタチが必要としてくれるレベルには達していない。

 もはや見慣れた眼帯を付けたイタチの顔は、ここに来たのが、援助を求めたものではないことを明白に示していた。イタチは言う。

 

「お前をフウコの元に連れて行く為だ」

「アイツを……遠目から眺めてろってことか? 父さんを、母さんを、一族を……殺したアイツを………ッ!」

「そうだ。フウコの対処には俺や、他の人に任せろ。今のお前では、フウコの前に出ても何も出来ない」

「なら……どうして俺を連れて行く」

「真実を知るためだ」

「なんだよッ! 真実ってッ!」

 

 収まり始めていた苛立ちが言葉になってぶり返す。

 

「アイツは……あの女は、父さんを殺したッ! 母さんを殺したッ! 一族を滅ぼしたッ! それ以外の何があるって言うんだよッ! 兄さんはまだ、そんなこと考えてるのかよッ!?」

 

 イタチはフウコをまだ信じている。火影になってもその考えは変わっていない、いやむしろ、フウコを強く信じるようになったからこそ火影になったのだ。

 

 どうして。

 どうして。

 同じものを見たはずなのに。

 同じ思いをしたはずなのに。

 どうして兄は、こうも自分と違う考えを持っているんだ。

 

 ナルトやイロミとは、違うんだ。

 フウコの真実がどうであろうと、彼女は大切なものを奪った。奪ったものはもう二度と戻ってきてはくれない。事実は、変わらないのだ。

 知りたいとも考えないし、知ったとしても意思は変わらない。

 

「サスケ。よく聞いてほしい」

「うるせえ…………」

「今日だけだ。今日、たった今だけだ。俺の話を聞いてくれ。一方的に、言葉だけを伝えて、お前を縛るようなことはもうしない。これが……最後だ。聞き終わって、これから言う約束を守ってくれれば、お前の好きにしていい」

「俺は……フウコを殺す。兄さんがそのまま、フウコを守るっていうなら、兄さんでも容赦しないぞ」

 

 意識したわけではない。

 両親や、一族への裏切りにも等しい思いを、フウコが里にいるという状況下でも持ち続けるイタチに対して向けた、怒りも通り越した殺意が、両眼を写輪眼へと変化させていた。

 

「それでいい」

 

 写輪眼は捉える。

 イタチの表情が、かつてのように──まだ、うちは一族が滅ばなかった頃のように──真正面からこちらを見据えてくれる、優しいものになっていたのを。

 

「同じ家族でも……同じ血を分けていても、考えが違うことはある。お前はもう、自分で考えることができるからな」

 

 だが、

 

「違う考えをしていても、同じ情報を持っていなければ意味がない。だから、その情報を聞きに行く。フウコから……お前は、それを見ていてほしい。それだけだ」

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

「聞いてた話と違うな。俺は、テメエがサソリの奴の協力者だと聞いていたんだが? こりゃあ、どういう了見だ?」

 

 背中越しに再不斬の声を聞きながら、白は纏わり付く薄気味悪い殺気を振り払うように、暗闇の奥に潜む暗部の者たちへ視線を滑らせた。どうにか目視できる数は十から二十ほどだろうか。新月の夜よりかは明るいが、広い空間のせいか壁際までは完全に見通せない。僅かな陰影の起伏があるだけだ。

 肌に刺さるような緊迫した殺気ではなく、のらりくらいとしたのっぺりな殺気は、霧隠れの里の暗部に近いが、周りを囲む者たちの方が人間的ではないように思える。

 こちらが警戒していようがいまいが、関係ない。ただ待ち構えられるだけの雰囲気は白にとっては嫌な緊張感を与えていた。

 白は背中合わせに立つ再不斬に声を潜めて伝える。

 

「……再不斬さん。僕はいつでも動けます。勝てない数ではありません」

「まあ待て、白」

 

 再不斬は淡々と応えた。

 

「ドンパチすんのは、あっちが動いた時だ。お前はいつでも動けるようにしておけ。俺たちは、取引をしに来たんだからな。サソリの野郎に小言言われるのも不愉快だ、警戒だけにしておけ」

「取引か……。面白いことを言うな。桃地再不斬」

 

 声は白の後ろ──つまりは、再不斬の正面からだった。サソリと協力関係にあるはずの志村ダンゾウが、二人とは距離を取って立っている。

 

「霧隠れの里の抜け忍が、俺に何の用だ。本来、お前たちは木ノ葉とは何の関わりもないはずだが」

 

 再不斬は鼻を鳴らした。

 

「くだらねえ腹の探り合いは止めてもらおうか。とっくに知ってるんだろ? フウコが里に来てるのは。時間はねえぞ。サソリが調整したが、いつ頭のネジが吹き飛ぶか分からねえらしいからな。完全にネジが飛んだら、こっちはそれに合わせて動かなきゃならねえんだ。そりゃあ俺たちとしても、お前らとしても楽じゃねえだろ?」

「さあ、どうだろうな。戦争が起きたとしても、木ノ葉は滅びはしないが」

「本当にそう思ってんのか?」

「…………………」

「いいんだぜこっちは。フウコの奴が好きに暴れてくれても」

 

 勿論、ハッタリだ。だが、重要なハッタリでもある。

 白と再不斬が共にダンゾウの下へやってきた目的は二つあった。

 その一つが、ダンゾウが未だ協力者としての立ち位置を貫いているかどうかの確認である。

 サソリたちは犯罪者で抜け忍であり、ダンゾウは木ノ葉隠れの里に所属する忍。いずれはどこかで敵対するのは避けられないが、だからこそタイミングというのはシビアになってくるものだ。サソリは、再不斬たちが報告してきた暗部の違和のある動きに、眉を顰めたのである。

 牽制を込めた、協力関係の確認。

 サソリとしては、今すぐ裏切られようとも問題はないと考えているらしい。問題なのは、背中を警戒できるかどうか、ということ。

 

 ダンゾウは溜息を吐くと。

 

「まあ、いいだろう。さっさと要件を話せ」

「まずは、テメエがまだ俺たちの仲間なのかどうか。説明してもらおうか」

 

 再不斬の問いに合わせて、白は半分ほど印を結ぶように手の形を作っていた。もしもここでダンゾウの返事が否だった場合に備えて。

 だが、ダンゾウが間を然程設けないままの答えは拍子抜けしたものだった。

 

「何を言ったところで、信用しない相手に語っても時間の無駄だ」

 

 再不斬は舌を打った。彼の苛立ちは分かる。これまで何人かの碌でもない依頼主の下で動いてきたが、その中でもダンゾウの腹に抱える黒い強かさは、群を抜いている。今の現状も、そして大蛇丸の企ての最中で見せたうちはサスケへの敵意も、明らかに部下たちを使って良からぬことを考えていることを主張していたというのに、それがどうしたとでも言わんばかりの姿勢だ。

 

 なるほど、と白は一人で納得する。霧隠れの里の暗部よりも更に薄気味悪い、自分らを囲う彼らの異様さの根源はたしかに、彼の思想を中心にしているのだろう。

 

 しかし、反論をすることも出来ない。彼の言う通り、何を言われたとしても、こちらは確たる判断材料は持ち合わせていないせいで彼が前にいるのか後ろにいるのか分からない。囮であるフウコとサソリ側に時間制限──囮として機能できる時間と、フウコ自身が機能できる時間──がある以上、水掛け論に近い信用の有無を問いただす時間は無い。 

 

「取引とやらの中身を聞こうか」

 

 対面した時から、こういう状況を予想していたかのように、流暢な言葉が飛ばされる。

 アジトの中でサソリが「本当は俺が出向いた方が簡単なんだがな」と嘯いていたのがよく分かると、白は苦々しく思う。自分たちには、相手から言葉を出させるという技術が無いのだ。

 

 再不斬もそれを自覚してか、頭を切り替えるように舌打ちをして、尋ねた。

 

「テメエが持ってる写輪眼を二つ程、寄越してくれねえか? 俺たちの計画には必要なものなんでな」

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

「食後の煙草って、何だか、眠くなる。不思議」

「本当に寝るなよ?」

「寝ると思ってるの?」

「腹いっぱい食ったあとは大抵寝るだろ、お前」

「大丈夫だと思う。今日は気分が良いし、うん、天気も良い。大丈夫」

「根拠になってねえよ」

 

 目指す場所もなく、ただぶらぶらと、フウコとサソリは歩いていた。いや、一応は人通りの少ない道を選択して歩いているのだけれど、如何せん、フウコの意識が半分は眠っているような状態で歩いているのだ。どうしても移動が不規則になってしまう場合がある。

 

 まあもっとも、どのように歩いていても困ることはない。あと少しほど時間を潰してから、テキトーに騒ぎを起こして逃げればいい。【暁】への言い訳にもなる上に、再不斬と白が里から逃げる為の囮にもなる。

 

 実のところ、二人の方が役割としては重要だ。

 

 本当ならば自身がダンゾウの前へと赴きたかったのだが、【暁】への建前とフウコの管理をしなければいけない以上、あの二人に任せるしかなかった。交渉を上手く進めてくれるか。

いや、期待はしていない。再不斬は交渉事に向いているとは思えず、白は白で再不斬の指示が無ければ基本的に動かない。

 

 ──せめて、写輪眼を持ってることくらいは、聞き出してほしいもんだな……。

 

 あくまで、推測でしかないが、フウコが滅ぼしたうちは一族の遺体はダンゾウが回収したのではないかとサソリは考えていた。

 

 忍の遺体は情報の宝庫である。それは人傀儡を作るサソリが誰よりも承知している事柄の一つだ。当時、暗部を統括していたダンゾウならば、その情報を無駄にはしないだろうという、根拠を持たない推測だ。

 

 だが、確率は高いとも踏んでいる。人形や道具のように扱われ、それを許容する部下たちの姿から、彼の効率を追求した思想が見て取れた。なのに、うちは一族の遺体だけをみすみす見送るというのは考え難い。

 

 計画には、写輪眼が必要だ。たった二つだが、欠かせない骨組みである。交渉の最中で僅かでも、ダンゾウが写輪眼を確保している事への取っ掛かりを拾ってくれれば、今回は及第点としよう。

 

 二人は広場に出た。

 

 昼食時の街中から外れたそこには偶然にも人は見当たらず、長閑な風が静かな音を立てて広場中央に埋め込まれている大きな池に微小の波を作り出していた。

 

 上品で贅沢とも言える、止まったような密度の濃い静寂だが、サソリの経験は警鐘を強く鳴らしていた。

 

 ──ここらあたりで来るか……。こっちもこっちで、やるべきことはやんねえとな。

 

「そういえばサソリ」

 

 紫煙を口端から零して尾を残すフウコを見上げる。

 

 起床してから十分に時間は経過した。食事も、食費が圧し潰されてしまうくらいに与えた。薬の投与も適切なはず。薬煙草で効果も継続させてきた。アジトを出てからこれまでを観測してきて、内側(、、)からの干渉は見られない。

 

「私たちって、どうしてここにいるんだっけ?」

「…………………」

 

 意識と記憶は最低水準だが、まあ悪くはない、とサソリは判断する。ベストコンディションではないが、仕方ない。内側(、、)からの干渉を意識が獲得できないよう、徹底的に脳の機能を腐らせる調整をしたのだ。十分である。

 

「……散歩だ」

 

 もう何を言っても記憶に残らないだろう会話に、サソリはいい加減な答えをぶつけた。

 

「散歩? そうなんだ。へえ」

「食後にはちょうどいいだろう」

「うん、そうなんだけど。私たち……さっきからずっと見られてるね。本当に散歩? 何か……えっと…………あったんじゃなかったっけ? 凄く、空気がひりついてる。散歩には、ちょっと合わないかも」

 

 流石に抜け殻に近いフウコでも、集約しつつある視線との距離を感じ取っていた。赤い瞳が退屈そうに辺りを見回す。その時、風がほんの少しだけ、強く吹いた。

 

 フウコの黒い長髪が揺れた。そのまま、彼女は空を見上げた。

 

 逃げるように、求めるように。

 

 そして、サソリは足を止めた。

 

「いい天気だな、フウコ」

 

 まるで、単なる世間話の皮切りであるように、声は広場の脇から歩いてきたのだ。

 木ノ葉隠れの里にとって敵であるはずの彼女に対して、とても穏やかな声で。

 

「うん、そうだね。綺麗な空」

「昔、聞いたと思うが、空には何がある?」

「変なこと聞くね。空には、空しかないのに」

「顔色が悪いが、しっかり食べてるのか?」

「食べてるよ。味は、そんな良くは無いけど。そっちはしっかり食べてるの?」

「問題ない」

「右目、虫にでも刺された? 眼帯なんて」

「少し忍術を使ってな。失明した」

「イザナギを使ったんだ。やっぱり、イタチは弱いままなんだね」

 

 と、初めて二人は視線を交わした。

 フウコは、火影の笠を外しながら微笑むイタチを真っ直ぐ見つめ、その彼女の横顔をサソリは矯めつ眇めつ、観察する。フウコがどのような反応を示すのか、興味と計画の為の材料として。

 フウコの顔は、無表情。

 

「それなのに片眼になるなんて。もっと弱くなった」

 

 けれどサソリには──そして、イタチにも──殺意が溢れているのが分かった。

 

「それで私を殺せるとでも、思ってるの? 言ったよね、イタチ。私の前に姿を見せたら、殺すって。なのに私の前に出すってことは、私を殺すってことでしょ? 弱いままで、私を殺せるの?」

「……殺せるかどうかは分からないな。俺もお前も、あの頃から時間は経った。それに、昔からお前との忍術勝負で、命の取り合いはしたことがないだろ」

 

 向けられてはいないはずのサソリでさえ、いつ壊れて暴れ回るか分からないフウコに警戒をしているというのに、目の前に立つイタチは何とも無しに肩で笑ってみせる姿は、言葉通り、争いを前提としているようには見えない。

 

 ──最悪なパターンで来たか……。

 

 【暁】からの指示が来た時点で、多くの想定を積み重ねてきたが、一番厄介だったのは、イタチがフウコを説得しようとすることだった。

 再不斬と白がイタチと接触した時の状況と、こちらの事情を知っている大蛇丸の登場。イタチが真実に至っている可能性は十分に考えられた。

 面倒だ。

 さっさと逃げるに──。

 

「なら、今度こそ殺してあげる」

 

 フウコが動く。彼女の両手には封印術の印字が。合わせる事によって開放されたのは、彼女の身長を超える長さの、鞘に収まった長刀。鞘を鎖で封じられたそれをそのままに、フウコは上段から振り下ろした。

 

 同時にサソリはヒルコを動かす。チャクラ糸が繋がる彼の両指の操作は、フウコの長刀の速度を遥かに追い越しながらも精密さを極めた完璧なものだ。ヒルコの鋭い尾がイタチの首元を狙いながらも、既に毒煙を広める動作も起動させ始めていた。

 

 避けられたとて、毒煙が視界を塞ぎ、動きも封じてくれる。あとはフウコを声で操作すれば問題ない。

 そこまで思考を進めた時に、ヒルコの尾が裁断された。材質を厳選し、鍛え上げた刃たちは力を無くして宙を舞った。

 

 裁断したのは、猿飛アスマだった。彼が両手にハメたサック状のクナイに纏った鋭利なチャクラが、サソリが培った刀工技術を上回ったのだ。そして、そのチャクラの刃がヒルコの部位大半を解体するのに最適なのだと確信した。

 

 毒煙の展開と同時に回避動作を指の動きに組み込むが、カカシが一歩早く、ヒルコの上空を取っていた。サソリが上空のカカシを察知できたのは、彼の右手に発現している忍術のチャクラの強力さだった。

 これまで見てきた忍術の何よりも濃縮された、雷の性質に変化したチャクラ。雷切と呼ばれるその忍術が、文字通り、雷を切り裂いたとされることを知らないサソリにとっては、さながら、(いかづち)そのものに見え、そして雷の如く直下してきた。

 

 ヒルコが粉砕される音と、フウコの鞘が地面を砕いた音は、正に同時だった。

 

「……フウコ。俺は、お前の味方だ」

 

 雷切が直撃する寸前にヒルコから脱した。フウコが振り落とした鞘を交わしたイタチの言葉を苛立たしげに耳に取りながら、サソリは池の中央へと着水──いや、着地(、、)する。人工の経絡系は当然、足の細部にまで通してある。チャクラによる水面歩行はサソリにとっては容易い事で、いやむしろ、先天的に経絡系が組み込まれた人体よりも、サソリがオーダーメイドした自身の機構の方がチャクラコントロールは繊細だろう。

 しかし、接近戦においては、その身体は不利を否めない。

 触覚を持たない傀儡の身体ではどうしても、衝撃を受けた際の抵抗が難しいからだ。

 故に。

 眼前に入り込んできたマイト・ガイの上段蹴りを防いだ両腕は、僅かな軋みを訴え、サソリを更に後方へと吹き飛ばした。

 

 背を水面に打つことはなく、足でスライドしたように後退してしまったサソリは恨めしそうに呟いた。

 

「大蛇丸の野郎……俺たちを裏切っただけじゃなく、売りもしやがって…………計画が前倒しだ」

 

 イタチがフウコの真実を手にしているのは確定的だ。この状況はつまり、その手にした真実を確かめる為のものだ。わざわざフウコとこちら側を分断してまでするなんて、手の込んだことをする。これでは、声でフウコの動きを止めても確保することが出来ない。

 

 久方ぶりにアジト外で晒す自身を土台として模して作った肉体(くぐつ)。茶色の彼の眼球は、フウコとの間を寸断するように立ち構えるアスマとカカシ、ガイを映した。

 

「言っておくが、俺達は戦争をしに来たわけじゃねえんだ。ヒルコをぶっ壊した事には、腹立たしいが……特別に目を瞑ってやる。このまま見逃してくれるってなら、俺達は何もしないで帰ってもいいが?」

「お前……赤砂のサソリか?」

 

 不思議そうに、アスマは煙草をくわえた唇を引き締めた。

 おそらく彼には、サソリが砂隠れの里の抜け忍としてビンゴブックに載った顔写真がはっきりと思い浮かんだに違いない。十年以上前にビンゴブックに載った、砂隠れの里を抜けた当時の写真と殆ど変化の無いサソリに驚いたのだろう。

 自身の技術が評価された事は素直に喜ばしいことだが、殺意を緩めるつもりは一切ない。

 カカシは言った。

 

「見逃せって話だけど、そういうわけにはいかないよ。こっちとしても、上司の命令は守らなきゃあいけないわけだ」

「そこをどうにかしろと言っているんだが?」

「なら、はっきり言ってやろうか。お前を拘束する」

 

 プランを移す。

 一番シンプルなプランに。

 徹底的に、やれるところまでやる。

 スマートではないが、ある意味では最も成功率の高いプランであった。

 

「まあ、これもいい材料だ。今のアイツがどこまで動けるか、観察するのも必要だからな。うちはイタチを相手にするのは悪くない」

 

 イタチのおかげで、フウコの意識のレベルは引き上がってくれた。本領までは発揮してくれなくても、今後、フウコを実戦投入する場面でのシミュレーションとしては十分だ。

 それに、

 

「こっちとしても試したい事があったからな」

 

 言いながら、サソリは懐から一本の巻物を取り出した。

 黒一色の模様も何も描かれていない、小さく短い巻物だ。縁を縛る紐を解くと、少しだけ中身を表に晒した。そこには、封印術の印と一つの文字が書かれていた。

【偽】

 封印術が解かれる。

 

「あれは……」

 

 ガイが太い眉を警戒するように動かしてしまった。

 封印が解かれたそれが、忍具か、あるいは契約した動物か、いずれかを予想していたからだろう。姿を現した、人間と見間違ってしまうほど精巧に造られた傀儡人形が、フウコの姿をしていたことに、ガイのみならず、アスマとカカシも驚きと、不気味さを抱かざるを得なかった。

 

「コイツの耐久性も試しておきたかったからな。単純な耐久テストはしたんだが、実戦は予想外の負荷が大きい。ちょうどいい機会だ」

 

 池に落ち沈みかける傀儡にチャクラ糸を接続する。

 音もなく、静かに、池の上に立つ。傀儡の内部には、別の人間の一部から作り出したチャクラの機関が組み込まれている。稼働し、人工の経絡系が機能して、人傀儡の一歩手前といった、中途半端な傀儡が印を結んだ。

 

「さてまずは……忍術に対する耐久度だ。水遁・水竜弾の術」

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

「……フウコ。俺は、お前の味方だ」

 

 どうして、こんなに苛立つのだろうか。

 どうして、こんなに苦しい気持ちになるのだろうか。

 

 彼は、イタチは、兄妹なのに。

 

 優しく笑ってくれているのに。

 

 どうしてだろう。

 

 視界が、赤い。

 

 血のように。

 

 ああ、そうだ。

 

 あの時も、彼はそんなことを言っていた。

 

 あの時?

 

 いつのことだろう?

 

 分からない。

 

 ただ、殺さなければいけないという感情だけが背中に立っている。

 

 半身に身体を逸して、鞘を躱したイタチをフウコの眼光は鋭く睨んだ。

 

「味方? 面白い事言うね」

「家族だからな」

 

 家族(、、)

 誰が?

 誰と?

 

「ふざけたことを言わないで。私は、貴方と家族じゃない。血も繋がってない。だから」

 

 だから。

 

 フウコの中で疑問が次々と生まれ、そして薬によって希薄になった意識の空白へと消えていく。答えは出ないままに、けれど言葉だけは何も考えられない頭から出てしまう。

 きっと、苛立ちが、苦しみが、悲しみが、言葉を紡ぐのだ。

 

「貴方を殺す」

 

 あるいは原点がそうさせるのかもしれない。

 たった独りになった原点の全てが、そうさせるのかもしれない。いやそれ(、、)さえも残骸の残滓へと成り果てて、知っている者は自身ではなく、他者のサソリと、敵である彼女(、、)だけだというのに、言葉を紡ぎ使命を押し付けながら、目的の為に突き進んでいく。

 

「フウコ。イロミちゃんが、犯罪者として拘留されている。お前の真実を知ったからだ」

「…………え?」

 

 残骸の残滓の歩みが、足を震わせた。

 イロミ? と意識は首を傾げるのに、遠くで泣いてる声が聞こえたような気がした。もっと一緒にいたいと叫んでいるようだった。

 

「俺は、イロミちゃんから真実を知った。あとは、お前が手を伸ばしてくれるだけだ」

「どういう……こと……………?」

 

 音が聞こえる。

 足元にある地面が崩れていく音だ。

 苛立ちが頭を痛くする。

 苦しみがフウコの両眼を写輪眼へと変化させる。

 悲しみが、規則正しすぎる心臓に負荷を与えた。

 

「うちは一族がクーデターを企てていたのは、本当なのか?」

 

 うちは一族?

 クーデター?

 記憶の前後(、、、、、)も分からない今の彼女では、その言葉からのイメージには到達できない。

 ただ、赤い視界が、黒い夜色になってくる。

 そよ風がどうしてか血生臭い。

 

「お前は、それを止めようとしてくれたのか?」

 

 熱くて、寒い。

 後ろで彼女(、、)がケタケタと笑ってる。

 

 ──あーあッ! ぜーんぶバレちゃったねぇえええ?!

 

「教えてくれ、フウコ」

 

 残骸の残滓が絶叫した。

 

 自身の意識さえも認識できない奥底の無意識で。

 

 それを彼女(、、)は笑っている。

 

 無表情に変化はなく、意識はただ一つの答えだけを導き出した。

 

 殺さなければいけない。

 

 殺して、それで、それで──。

 

 そうだ。

 

 散歩の続きをしないと。

 

 今日は、良い天気だから。

 

「もういいよ」

「もう一度だけ言うぞ、フウコ。俺は、お前の味方だ」

「そうなんだ。でも、関係ない。私と貴方は、家族じゃないんだから」

 

 ──キャハハハッ! フウコさん、がんばってねぇえ?

 

 

 

 そして。

 

 

 

「なんだよ……クーデターって…………」

 

 二人のその会話を、サスケは広場の脇に茂る木々の隙間から聞いていた。

 




 次話は来月中に投稿します。

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