いつか見た理想郷へ(改訂版)   作:道道中道

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フラクタル

 壊すのは容易く、生み出すのは何より難い。

 

 それは、大樹を育てるのは時間が掛かり、けれど火を付けて燃やすのは簡単だと、大人が子供に言い聞かせる例え話として説明されることが多い。しかしながら、全く以て不思議なくらいに、真逆な事象はある。

 

 ましてや秩序というものは、その最たる例かもしれない。

 

 秩序を作るのは困難だ。簡単などと軽々とは語れない。だが、完全に構築された秩序を壊すのは、それよりも遥かに難しい事だろう。

 

 秩序とは人の思想……意思の純然たる結晶である。

 

 いや、結晶というのは誤りだ。秩序には力が備わっている。ただ単に格子を組んで、内部の力を安定させるだけに留まらない。秩序に反するもの、その全てを自ずから淘汰する能動的な性質も持ち合わせているからだ。

 

 つまりは、外部からの圧力を跳ね返そうとする防衛本能。

 

 秩序の完成度が高ければ高いほど、防衛本能はより強固に、そしてより流動的になる。秩序の中にあるエネルギーたちが、自身らの安定を守る為に蠢き始める。

 

 秩序を壊す事は、その防衛本能と立ち向かわなければいけない。秩序の中に数多とあるエネルギー全てを破壊しなければいけないのだ。

 

 個人では到底太刀打ちできない。では、多くの同胞を抱え込めばいいのだろうか。

 

 秩序と同じくらいのエネルギーを抱え込み―――コミュニティを作り―――立ち向かおう。

 

 そこには、気が付けば、もう一つの秩序が不思議と出来上がってしまうのだ。

 秩序を破壊するには、予めまた別の秩序を持たなければいけない。故に秩序は、破壊するよりも生み出すほうが簡単なのである。

 秩序と秩序のぶつかり合い―――言うなれば、戦争という光景を、猿飛ヒルゼンは何度も目にしてきた。

 

 戦争の終焉。

 

 収束していく殺意と争いの、その空気は、たとえ結界の中であっても感じ取れてしまう。木ノ葉隠れの里という秩序と、その中に生まれた平和のエネルギーが、大蛇丸の思想を打ち砕かんとしているのを。

 そして。

 戦争で消えていく命の小波が、自分にも来たのだということも。

 

 

 

 ―――こいつ、厄介な力を使うな……。

 

 君麻呂は驚きと共に苛立ちを抱いていた。

 

 自身の骨を操り、あるいは生み出す血継限界を、こうもあっさりと打ち破ってくる人間がいるとは、まるで予想していなかったのだ。ましてや、自分の左腕を折られるなんて。骨を折られるというのは生まれて初めての経験だった。

 

「おい、このガキ。なにあたしの生徒を捕まえようとしてんだ? あぁあ?」

 

 目の前に立つ女性―――暦ブンシは額に青筋を立てながら指の骨を鳴らす。余程、彼女は怒っているのか、試験会場のほぼ中央だと言うのに、さながら鋼鉄同士をぶつけ合ったような重い骨の音は大いに響き渡る。

 

「どいつもこいつも……最近のガキは常識ってもんを知らねえっ。授業サボって隠れんぼするわ、隠れた先で泣いてるわ、挙句に裸同然でダチと喧嘩するわ、自分の骨をブン回すわ……ちったあこっちの迷惑も考えろッ!」

「……何を言っている?」

「あたしはムカついてるってことだよッ!」

 

 一直線に駆けて来た彼女は単調な動きで上段に蹴りを繰り出してくる。君麻呂は上体を後ろに反らし躱すのと同時に、流麗な動きで、右手に握った自身の骨の切っ先でブンシの顔面を貫こうとする。

 が、骨は顔面を貫かず、その手前で捕まれ静止させられる。

 即座に君麻呂は握っていた骨から手を離そうとする。しかし―――。

 

「離すな」

 

 ブンシは骨に電気を流し、君麻呂の指を制御する。そのまま彼女はより、多くの電気を流そうともう一方の手で君麻呂の手首を掴もうとするが、彼はそれを許しはしない。即座に足でブンシの腹を蹴り飛ばした。痛みと衝撃でブンシの術は解除され、すぐさま君麻呂は距離を取った。

 

 ―――電気を流す術か……。接近戦では、こっちが不利だな………。呪印を使うか……?

 

 ちらりと、とある方向を見る。その方向は、イロミが暗部の者に運ばれた方向だった。

 イタチとイロミの喧嘩が終わってすぐ、暗部の者らが姿を現した。予め予定されていたのか、それともタイミングが良かっただけなのか。暗部の者らはイロミとイタチを保護し、すぐさま試験会場から離脱したのである。

 君麻呂はそれを防ごうとした。イタチではなく、イロミを狙って。

 だが、ブンシが間に入ってきたのだ。

 生徒を守るため。

 里の事はもはや、彼女には無い。だが、彼女の根源は常に、平和を―――秩序を土台としている。

 秩序の中で出来た、可愛い生徒。それに伸びる魔手を捻じ伏せることだけが、今、彼女の感情の中心にあった。ブンシは冷酷に、考える。

 

 ―――骨のせいで、上手く電気が通らねえな。頭に触れさえすれば、殺せるのによ……。

 

 大蛇丸への信仰。

 生徒への愛。

 その二つの秩序がぶつかろうとした時、その足元をまた別の秩序が、砂と共に動き始めていた。我愛羅が静かに、君麻呂へと砂を向けていたのである。

 

 

 

 身体の痛みが消え行くのと同時に、視界がボヤけ、傾いていく。

 その時間が、あまりにも、長く感じた。空を飛んでいるかのようにも思え、風の川を流れる木の葉の気分のようでもあった。

 多くの記憶。多くの関わり。それらが瞬く間に浮かび、そして消えて行く。消えた先がどこへ向かうのかは分からない。ただ、ヒルゼンにとっては、それらを思い出すだけでも十分だった。

 後悔も、心残りも、当然ながら、悲しいことに、付き纏ってしまうけれど。

 それでも、託せたものはある。

 それでも、託せる者がいる。

 不器用ながらも、火は紡いだ。

 力及ばずながらも。

 それでもきっと、自分の火は、必ず、多くの者の元へと行き、微かながらも力になってくれるはずだ。里の罪を背負わせてしまった、彼女の元へも、きっと―――。

 

 

 

「グゥォォオオオオッ!」

 

 尾獣となったナルトは獣の唸り声を上げる。身体に巻き付く太い樹の幹が万力のごとく締め付けているから、だけではなかった。木遁の奥深くに眠る、千手柱間の微かなチャクラと、チャクラを吸い込む木遁の術が、九尾を苦しめていたのだ。

 

「……やはり、結晶石がないと完全には難しいか」

 

 はたけカカシは苦々しく呟いた。

 既に、綱手の捜索はさせている。いつ綱手がここに到着してもいいように、テンゾウにはその前段階として、木遁による拘束とチャクラの吸収を行ってもらっている。あとは結晶石あれば、すぐにでも封印術を発動させることができるのだが……。

 

「グォオオオッ!」

「―――ッ! 危ないっすッ!」

 

 拘束していた六本の尾の一つが、幹を砕き辺りの者たちに襲いかかろうとしていたのをフウが寸前に防いだ。即座にテンゾウが拘束に掛かるが、拘束すると同時に今度は別の尾が暴れだす。

 拘束しきれていない尾の暴走をフウが常に防いでくれているが、それ故にカカシを含めた周りの忍らは攻撃が出来ないでいた。九尾のチャクラを纏ったナルトには、生半可な術では大したダメージは与えられない。しかし、フウが近くにいては大きな術は出せない。

 かと言ってナルトの尾の速度と不規則性に対応して至近距離で術を発動できるかといえば、それは不可能にも近いだろう。写輪眼を持つカカシでさえ、目で追うのがやっとだ。

 フウだけが、尾の速度に追い付いている。

 

 だが―――。

 

「―――痛ッ!?」

 

 時折溢れる、フウの小さな叫び。

 彼女に限界が近付いて来ている。

 

 ―――イチかバチか、仕掛けるか。

 

 自来也と視線を重ね、頷き合うと、彼は即座に印を結び始める。何かしらの封印術を発動させる準備だ。その隙を作ろうと、カカシも印を結んだ。

 雷切。

 ナルトを殺すためではなく、ただ意識を向けさせるための陽動に過ぎないのだが、リスクはあまりにも重い。

 

 ―――尾の一本でも削れれば、上出来か……。

 

 右手に集中させたチャクラの性質が雷へと変化させる。

 タイミングを合わせるかのように、テンゾウは木遁へのチャクラを多く注ぎ込み、ナルトを締め上げた。

 地面を蹴る。

 尾が一本拘束を破った。

 フウがそれを、カカシの眼前で防ぐ。

 衝撃と風が写輪眼の瞳を撫でるが、瞬き一つ許されない。

 速度は殺さない。

 一気に、拘束されている尾の根本を狙う。

 

「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 

 これまでの絶叫とは違う、一際大きく重い叫びが空気を震わせる。

 何がキッカケだったのか。

 拘束されていた尾の一本が急激に蠢き、解放されてしまう。

 槍のようで、

 矢のようで、

 尾は一直線にカカシの頭部を狙っていた。

 写輪眼はその動きを捉えていた。

 だが、間に合わない。

 カカシの経験は如実に未来を予想する。

 自身の頭部が吹き飛ばされる瞬間を。

 回避は間に合わない。

 自来也は寸前で速度をあげ、封印術の印字が浮かび上がった右手をナルトの額に押し当てようとするが、それより早く尾が届く。

 フウは一本目の尾を受け止めた衝撃動けないだろう。

 テンゾウの木遁も間に合わない。

 死が、目の前に―――。

 

 

 

 ぼやけた視界の中、大蛇丸の恨めしい表情が微かに見えた。

 何かを叫んでいるようだが、残念な事に、耳に届かない。

 残念?

 どうしてだろうか。

 木ノ葉を滅ぼそうとしていた彼の言葉を、残念に思うのは。

 ああ、とヒルゼンは思う。

 彼もまた、木ノ葉の同胞だったのだ。

 幼き頃の彼の姿がいつの間にそこにある。

 フウコだけではない。

 彼にも、過去を背負わせてしまったのだ。

 戦争を。

両親の死を。

 手を伸ばしたい。

 大切な教え子だ。

 彼にもいずれ、届くだろうか。

 自分の火が。

 

 

 

 尾が、叩き伏せられる。

 

 視界の頭上から振ってきた彼によって。

 思考は追い付かないが、間違いなく、彼だ。

 

 桃地再不斬。

 

 彼は首斬り包丁を振り下ろして、カカシの頭部を狙った尾をねじ伏せた。

 雷切を放とうとする身体は止まらない。そのまま、再不斬とはすれ違い、ナルトの尾を一本、根本から切断した。

 ナルトが痛みに叫ぶ。

 その瞬間を見逃さず、自来也の封印術がナルトの額を捉えようとした。

 

 が。

 

 反動か、怒りか。

 

 瞬間。

 

 拘束していた尾が全て暴れ、解放されてしまった。

 

 一本は自来也を吹き飛ばし。

 一本は動き出そうとしていたフウをなぎ倒す。

 一本はカカシを目掛けて動くが、今度は雷切で防いだ。

 再不斬に抑えつけられた一本は再不斬を持ち上げ。

 先程フウが防いだ尾は横薙ぎに辺りを吹き飛ばし、濃い砂煙と共に、テンゾウをも襲った。

 

 テンゾウの木遁は衝撃で一時的に術が解ける。

 

 九尾の拘束は完全になくなった。

 

 マズイ、とカカシは直感する。

 

 そこへ―――砂煙の向こうからサスケが姿を現した。彼の左手には、小さなチャクラの塊である、螺旋丸が発現していた。

 

 

 

 木ノ葉隠れの里を俯瞰した光景に移り変わった。

 毎日のように眺めた、最も愛した風景。

 それがどんどんと暖かく、そして端の方から白くなっていく。

 

 

 

 ―――どう……して、サスケくんがいるん……っすか……ッ!

 

 いや、今はそれを考える場面ではない。

 

 考えるな。

 

 守るべきものは明白だ。

 

 人の命は重く輝かしいのだから。

 

 動け、動けッ!

 動けッ!

 

「重明ッ!」

『どうなっても知らねえぞ』

 

 身体中がいよいよ弾け飛びそうになる。

 

 それでも、身体は動く。

 

 不思議な事に。

 

 人を守らなければいけないという常識的な感覚が、痛みを忘れて身体を動かしてくれる。

 

 振り下ろそうとしていたナルトの右手。地面を抉り、木々をなぎ倒す程の破壊力を持つその右手を、超速で移動し、掴み止める。

 

「サスケくん、こんなところにいないでさっさと―――」

 

 逃げろ、と言おうとするが、言葉よりも先にナルトの尾が動き始めてしまった。

 サスケはあと一歩のところまでナルトの傍まで来てしまっている。写輪眼を発動させている彼でも、この距離では予測すら一瞬をも超えるだろう。

 

 防げない。ナルトの尾の方が一瞬早い。

 

「こっちを見なさいッ! ナルトッ!」

 

 サクラの大きな声がナルトに届く。

 直後に投擲された何十本もの千本と、一本のクナイがナルトの背に突き刺さったのは、果たして効果があったのかは定かではない。

 しかし、一瞬だけの硬直がナルトには生まれたのだ。

 そしてサスケは一歩、踏み込めた。

 

「目を覚ませ、このウスラトンカチッ!」

 

 螺旋丸をナルトの腹部にぶち当てると同時に、二人の視線は重なった。

 

 

 

 ―――……木ノ葉は………………、――――――美しく………。

 

 

 

 その暗闇の中には、確固たる愛という秩序と、大きなエネルギーがあった。

 二人の夫婦が小さい男の子の頭を撫で、時には肩を抱いている。

 夫婦の一人は、こちらを向いて微笑んだ。

 

「君は、ナルトの友達でいてくれるか?」

 

 サスケは―――。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

「うちはフウコの様子はどうだ?」

 

 暗闇に彼の声は響いた。

 場所は、つい先程に【暁】のメンバーが集合したどこぞと知れない洞穴だ。そこには【暁】のリーダーと、そして、サソリの姿を象ったチャクラが佇んでいた。

 

「……やっぱり、わざとだったのか」

「気付いていたか。流石だな」

「ふざけるな。言ったはずだ、俺はあいつの世話係じゃあねえんだ。あいつを抑えるのに、また薬が山程トんだぞ。また集めてもらうからな」

 

 普段通りにサソリは悪態をついてみせた。自分を操るということほど、簡単なものはない。

 うちはフウコの監視役。

 リーダーから、他のメンバーに知らされていない秘密裏の任務を任されたサソリにとって、たった二人となっての会合というのは、頻度としては珍しいものではなかった。

 

「やはり暴れたか」

 

 と言ったリーダーの言葉に、サソリは舌を打った。

 

「分かってたんなら、くだらねえ茶番劇は止めろ」

 

 先程のメンバーの集まりが、フウコの反応を見るためのものだったのは明白だ。

 大蛇丸が見つかった。

 大蛇丸が木ノ葉隠れの里を滅ぼそうとしている。

 現状では経過観察に留めるが、全てが終わってからはこちらも動く。

 

 指示を出すわけでもなく、単なる報告会でしかなかったというのは、他のメンバーも理解しているところだろう。まあ尤も、そういった不毛な呼びかけというのは極端に珍しいものではない、という認識を誰もが持っているのは事実であるが。

 

「うちはフウコは何か言っていたか?」

「いつも通りだ。木ノ葉を守るんだとよ。病気みてえに一字一句間違えずにな」

 

 勿論、嘘の報告である。【暁】を滅ぼすという業火の反逆を、わざわざ相手に伝える意味はどこにもない。リーダーは淡々と「変わらないか」と呟いた。

 

 変わらない。

 

 その言葉の真意を未だ測りかねる。

 リーダーは――フウコの【暁】への敵意を把握している。

 まだ、フウコが正気を保つ時間が長かった頃に聞かされた。【暁】に入る経緯を。

 元よりフウコは、【暁】のリーダーとその背景にいる人物を憎悪している状態のまま、組織に招き入れられたのだ。内側にいるもう一人のフウコと、そしてリーダーによりトラウマを植え付けられ、さらには背景の人物(、、、、、)に爆弾を仕込まれたまま。

 

「……そろそろ始末しても良いんじゃねえのか?」

 

 監視役であるサソリ、という配役に徹する。役の性質上、サソリ自身もフウコの反逆を知っている立場だが、これまでリーダーとの会合では、これと言った提案はしていない。ただリーダーの指示に従っていただけだが、ここらでフウコの始末を言ってもおかしな流れではないだろう。

 

「限界か?」

 

 と、尋ねてくるリーダーにサソリは呆れる。

 

「俺か? あの女か?」

「お前だ」

「面倒なだけだ。もうあの女は薬の後遺症で、頭のネジが緩みきってる。いずれ、落ち葉を見ただけで発狂するかもしれねえな。そんな奴の世話は御免だ」

「薬を調合できるのはお前だけだ」

「ブツは用意してやる。使用法も全部紙にでも纏めといてやるよ」

「他の奴らは意外に大雑把だ。結局のところ、全員が投げた匙がお前に戻ってくるだけだぞ」

「だから言ってんだよ。殺して良いんじゃねえか? ってよ」

 

 是とも非とも分からない灰色の沈黙が暗闇に零れ落ちた。

 サソリの行動は、フウコの計画への影響は全く無いと言えるものだ。言うなれば、単なる好奇心だ。どうせ怒り狂ったフウコが寝静まっている今、目覚めた時に怒りが再発しないよう薬を入れ、その後には平静になれるように多種多様な薬を投入しなければいけないのだ。木ノ葉隠れの里には再不斬と白を送っている以上、個人でできる事は全くと言っていいほどない。暇潰しにはちょうどいいだろう。

 

「前々から気になってたんだが……どういった腹積もりであの女を仲間にしたんだ?」

 

 どうしてリーダーはフウコを【暁】に招き入れたのか。その真意を聞いてみたい。

 もう一人のフウコは、裏切り者とリーダーを嫌っていた。マダラの裏切り者だと。つまりリーダーは、もう一人のフウコとマダラの意志に逆らったということなのだろうか。尤も、リーダーの思惑が此方側に親しいとしても同盟に加えようとは微塵も無いが。

 

「……なに、賭けをしているだけだ」

 

 リーダーは呟いた。

 

「俺の理想と、そいつ(、、、)の理想、どちらの理想が果たして重心となるか。その賭けをしている。【暁】にフウコを招き、追い詰める。その後のフウコの行動次第で、俺とそいつの勝敗が決められる」

 

 そいつ。

 

 リーダーが呼称する人物とはマダラの事だろうか。あるいは全く別の人物か。気になってしまうが、微かな好奇心を理性で押さえつけなければいけない。下手なアドリブは不信と不快感を与えるものだ。

 

「その賭けってのは、組織に反抗的な奴を入れるくらいに重要なことなのか?」

「そうだな。重要だ。何よりも。―――この賭けに負けるのはだけは、許されない」

 

 言葉の最後は、普段は淡々としていたリーダーにしては珍しく、微かな感情の憤りが語気に混ざっていたように思えた。

 

「あの女がどうすれば、お前の勝ちなんだ?」

 

 無言で返してくるリーダーにサソリは首を軽く振る。

 

「アンタの賭け事を俺のせいにされるのは困るんだよ。ああ、ならいい。俺は、なんだ、今まで通りあの女のメンテナンスをしていれば良いんだな」

 

 チャクラ越しではあるものの、リーダーの雰囲気が些か鉄格子のように固くなったのを感じ取る。まだ話題に対して踏み込んでも、多少の強引さは伴うが、フウコの監視を任されるサソリという配役の動きとしては自然と言えなくもない。逆に、不自然と思えなくもないラインだ。

 このまま無難に会話を済ませるべきだというのが、サソリの判断だった。意識は半ば、フウコのメンテナンスの段取りを考えていた。

 

「いや、次は少し変えてほしい」

「………あ?」

 

 そこで予想外の返答に、反射的に声を重くしてしまったサソリは自身の意識を素早く諌めた。

 怪しまれたか?

 微かな疑念は、けれども、リーダーの言葉によって払拭され、と同時に、大きな衝撃を与えた。

 

「近々、お前とフウコには木ノ葉隠れの里に行ってもらう」

 

 脳裏にフウコの暴走する姿と、計画への致命的なズレが、浮かび上がる。それは演技に錆を生み出すような異物だ。脅迫的な思考に呑み込まれてはいけない。

 速やかに演じろ、とサソリは自分に言い聞かせる。

 

「あいつと俺は、ノルマをクリアしているはずだが?」

「先程、大蛇丸の襲撃が失敗に終わったという報告をゼツから受け取った」

「ほう。ソレは結構なことじゃねえか。デイダラ辺りにでも七尾を捕らえさせた方が良いんじゃねえか? あの蛇野郎の襲撃を受けたんだ、今なら簡単なんじゃねえか?」

 

 いや、とリーダーは否定する。

 

「人的な被害は殆ど無いようだ。今では上忍や暗部を総動員して、火の国の任務を行いながら他里からの襲撃に備えている。その状況下で、秘密裏に尾獣を攫うのはリスクが余る。我々はまだ、表舞台に姿を現す訳にはいかないからな」

「目的はなんだ?」

「情報収集だ」

 

 リーダーは続けた。

 

「木ノ葉隠れの里が大蛇丸の襲撃を受けたという情報は、おそらく他里も入手しているだろう。だが、襲撃後の木ノ葉の対応が迅速過ぎるせいか、里の情報を盗もうとする者たちが木ノ葉に近付けないでいる。そこで我々が情報を提供する事にした」

 

 言うなれば、資金集めの一環だ。

 

「上忍暗部の厳重警備の中では、ゼツは役には立たない。あいつの能力は特殊だが、力自体は下の下だからな。フウコならば木ノ葉の地理にも強く、実力は折り紙付き。人選としては最適だ。ついでに、大蛇丸や七尾、九尾の情報を集められれば、組織にとっても有益になる」

「さっきの話の後でそれを信じろってか? 迷惑は御免だ。あの女が急に木ノ葉に寝返る事もあるかもしれねえんだぞ」

「だから言っている。フウコの調整を変えろと。あの女が正気を保ち続けられるようにしておけ」

「…………あの女がそれでも、木ノ葉に戻ったらどうするんだ?」

「その時は賭けは俺の勝ちというだけだ。我々の計画に支障は無い」

 

 その言葉を最後にリーダーのチャクラは姿を消し、サソリのチャクラと意識も強制的に本体へと帰依した。会合の時にはずっと閉じていた瞼を開くと、薄暗い自室が待ち構えていた。部屋には自分以外に誰もいない。

 

 サソリは椅子に腰掛けていた。目の前にはデスクがあり、中途半端に残った薬品やら散乱した設計図の紙やらが乗っかっている。薬品も設計図も必要なものだ。運がいい、とサソリは大きなため息を零す。もしもデスクに失敗作の傀儡人形の部品があったならば、手に持って床に叩きつけて、あらた感情を吐き出していたことだろう。

 

 歯車のような精密な人傀儡になっても、突発的な感情の爆発というリスクは無くならない。感情任せに身体を動かせば、身体に負荷がかかってしまう。感情的になっても得はない。

 

 ―――やっと軽いメンテナンスが終わったところだってのに。

 

 会合が終わってようやく考える事の許される時間が降りてくれる。嬉しいことではないのだが、今、あるいは明日から木ノ葉隠れの里に行けと言われるよりかは遊びがある。

 

 薬のルーティーンを変える算段を考えながら、サソリは自室を出た。廊下を進んでいく。リビングだ。室内には再不斬とフウコがいる。しかし無言で、そもそも、フウコが寝間着姿のまま、何も無い壁見つめながら棒立ちしているのだから当然といえば当然である。再不斬はそれを、椅子に腰掛け左腕をテーブルに投げ出して、まさにつまらなそうに眺めているだけだ。

 

「様子はどうだ?」

 

 と、サソリは尋ねた。

 

「人間、ここまで行くと骨董品だな」

「脳みそにカビが生えかけてるからな。いずれグズグズに溶けて鼻から薬になって出て来る」

「冗談をマジで返すんじゃねえ。コレ、どうにかしろ」

 

 コレ。つまり、フウコの状態の事だろう。「無理だな」とサソリは素直に応えた。

 大蛇丸の画策が失敗に終わった後、アジトに帰還してきた再不斬と白から、木ノ葉隠れの里の状態の報告を聞かされた時、フウコはまた暴れ出した。

 

 いや正確には、泣き出してしまったのだ。

 

 サスケ、ナルト、イロミ、イタチらの少なくとも必要最低限の重要な情報を再不斬らは報告してくれた。彼ら彼女らは無事に生きている。木ノ葉隠れの里そのものも、殆ど被害を被っていない。

 しかし、フウコはその報告の殆どを空想と妄想で補完してしまったのか、サスケ、ナルト、イロミ、イタチの名前を聞いただけで涙を零し始めたのだ。

 

『みんな、ああ、みんな……どうして………、私、私……』

 

 両手指の爪を全て噛みちぎり血を吹き出させ、その手で目をこすり始めた辺りから薬を打って眠らせた。指の治療をしてから、その後は、徹底的に感情を沈め思考を単一にする薬を投与し続けたのだ。

 

 出来上がったのは、偏執的な現実認識に留まる人形となったのだ。

 

 薬の効果が切れて体力が回復すれば元には戻るが、その時に反応次第ではまた薬を使わなければいけないかもしれない。日々、これの繰り返しである。もはや見慣れた光景であるのだが、再不斬らにとっては違うようだ。

 

「白がこの部屋を通るたびにビビって困ってんだよ」

「日常茶飯事だ。慣れろ。慣れてみれば面白いぞ。壁のシミが大切な家族にでも見えるらしい。もうすぐ壁に語りかけて、涎を垂らして、最終的にはこいつの足元には吐瀉物の絵画ができる」

「怖えんだよ」

「途中で、でゅヘヘって笑い出すぞ」

「だから、怖えんだよ」

「まあこういう状態のこいつは何をしても暴れはしねえから無害だ。ただ、身体が震え始めたら風呂場にでも投げ込まねえと、後々の掃除が面倒になるからな。気分良くメシを食いてえなら、目は離すなよ」

「んなことを俺にさせるな。お前がやれ」

「羽を伸ばさせろと言ったのはお前だろう。俺は色々と面倒を抱えさせられているんだ、手足は黙って言うことを聞け」

 

 露骨過ぎる舌打ちをしてから、再不斬はテーブルに投げ出した腕を折りたたんで自身の顎を乗せてから、静かに尋ねてきた。

 

「【暁】の頭から、何か指示が出たのか?」

「……顔にでも出ていたか?」

 

 くだらなそうに再不斬が鼻を鳴らす。

 

「木ノ葉であんなデケえことが起きたんだ。何かしら、動きがあってもおかしくねえ」

「お前の脳みそには、カビは生えてねえみたいだな」

「指示でも来たか? お前らはノルマをクリアしてんだろ」

「その話はメシの後にする。白のやつはどこだ?」

「あのガキを監視してる。ガラクタ部屋だ、そこにいる」

 

 そうか、とサソリは再不斬の言う『ガラクタ部屋』に続く別のドアへと歩み寄る。ドアノブに手をかける瞬間ふと尋ねた。

 

「おい」

「んだよ」

「白の料理の腕はどうなんだ?」

「達者だと思うか?」

「お前よりは、と思っているが」

「ガキの頃から俺と一緒にいるんだ。メシを作ったことなんてねえよ」

「ああ、そうか。どいつもこいつも」

 

 どうして人傀儡である自分が人の身の連中の為に食事を作らなければいけないのか、最近少しだけ考えるようになってしまった。フウコと二人の時は、頭のネジが吹っ飛んでいるため已む無し、と考えていたが、再不斬と白は違うのだから少しくらいは負担を減らしてほしいものだ。

 

「ん? おい、おいサソリ。こいつ震え始めたぞ。これか? 話が違えぞッ! 段階踏んでねえじゃねえかッ! おい、サソリッ!」

 

 面倒な事は勘弁願いたい。さっさと白のいる部屋に向かった。

 

「あ、サソリさん」

 

 部屋に入ると、白は部屋の中央にある椅子に座っていた。こちらに顔を向けて、女性も羨むほどの健気な笑顔を向けてくる。彼のすぐ後ろには、ガラスで区切られた空間がある。ここは、そう。再不斬と白を連れてきた時に使用した部屋である。

 ガラクタ部屋、と再不斬に言われるのは不本意ではあるものの、まあ、たしかに、部屋には傀儡人形の残骸は変わらず転がっている。

 

「様子はどうだ?」

 

 白の横に立ちガラスの空間に視線を見やる。中には、拘束された一人の少年が。白も中にいる少年を見つめるが、首を横に振った。

 

「何も話しませんね」

「まあ、そうだろうな」

 

 拷問も何もしないまま、世間話のようにただ尋ねるだけなのだ。忍なら、そんな簡単に答えはしないだろう。

 

「少しこいつに用がある。お前はメシでも作ってろ」

「え、僕が……ですか?」

「片腕の無い再不斬と、壊れかけのフウコがメシを作れると思うか?」

「だったら、その、サソリさんの用事が終わってからでも……。フウコさんは、その、あの状態ですよね? あの……」

「今はシミと会話してねえよ」

 

 白は安堵の溜息を吐いた。余程、頭が空っぽの状態のフウコが苦手のようだ。気持ちは、多少なりとも、理解はできる。人間の果て、人体の限界値、思考の終焉にも違わない彼女の今の姿は悍ましい。

 

「ああ、なら。まあ、料理くらいなら……味の保証はしませんが」

「どうせ俺は食わん」

 

 白が部屋を出ていった。サソリは白が座っていた椅子に代わりに座し、ガラスに囲われた少年の目を睨みつけた。

 

「さて―――初めてか。お前とこうしてじっくり話すことができるのは。再不斬と白がお前を連れてきてから」

 

 再不斬と白が木ノ葉隠れの里から持ち帰ってきたのは情報だけではなかった。ガラスの空間にいる少年―――サイを、連れてきたのだ。連れてきた理由として、再不斬は「どうにもきな臭かった」と語っている。

 

「貴方が……サソリですか?」

 

 能面の無表情を真っ直ぐに向けてきた。ああ、とそれだけで理解できる。目の前の少年は確かに、ダンゾウの部下だ。

 

「そうだ」

「初めまして。僕はサイと、呼ばれています」

「挨拶はいい。これからお前を判断する。正しい挨拶はその後だ」

 

 ピッタリと張り付いた表情に恐怖も強がりも無い。サソリは足を組み、背もたれに軽く体重を掛けた。

 正しく、見定めなければいけない。

 ダンゾウが此方側なのか、それとも此方の後ろに立つ側なのか。

 

「木ノ葉で、ダンゾウからどんな指示を受けていたんだ? 再不斬の野郎の口ぶりだと、随分と勝手なことをしてくれたようだが」

「うちはフウコを守る為です。木ノ葉では、あの時、九尾の人柱力が暴れていました。万が一に備えて、うちはサスケを保護しようとしたまでです」

「途中から、再不斬と白を殺そうとしていたようだが?」

「あの時はまだ、彼らが貴方の同胞だとは分からなかったもので。桃地再不斬は名の広がっている犯罪者。命を狙うには、十分な背景です」

「なるほど……筋は通ってるな。で、今は何を考えている?」

 

 サイは淡々と応えた。

 

「以前より貴方とダンゾウ様のパイプ役となっていた者が、今回の大蛇丸の計画の最中に、猿飛イロミという者に殺されました」

「代わりに自分がそのパイプ役になると?」

「ダンゾウ様の指示ではありませんが、機会としては十分かと」

「お前は俺たちと、その周辺の事は知っているのか?」

「うちはフウコが貴方の仲間であるということくらいしか」

 

 つまりは末端、ということなのだろうか。年端も考えれば、納得は行く。だがその末端でさえ、フウコの情報が漏れていることは疑問を抱かざるを得ない。

 

 はたしてそれは、いざという時のためにフウコをサポートする為なのか。

 あるいは、フウコを処分するための下地なのか。

 

 睨みつけても変化しないサイの人工的な笑顔からは、まだ判然としない。なかなかどうして、しっかりと教育されている。

 

 ―――使えそうな駒では、あるかもしれねえが……。

 

 木ノ葉隠れの里に潜入しなくてはいけなくなったこと、その最中にしなければいけないことのプランは大方、頭の中では組み上がっている。問題点は多々あるが、サイがいれば幾らかはクリアにできる。

 

 だが、いざ本番になって背後から……というのは勘弁願いたい。まだまだ、ダンゾウには働いてもらわなければ。

 

 ―――フウコの脳みそがまともになるまで、保留にでもするか。

 

 写輪眼を持つ彼女ならば、サイを幻術に落として白状させるのは簡単なはずだ。メンテナンスが完了するまでまだ時間は掛かるものの、まあ、木ノ葉隠れの里に潜入するまでにはどうにかなるだろう。

 

 そう思った矢先に、部屋のドアが静かな音を出してゆっくりと開いた。

 

 サイとサソリは同時に入り口を見る。まるで大雨の中を歩いてきたのかと思わせるほど、頭の先から寝間着をくまなく濡らせたフウコが立っていた。入り口の奥の方から白の「風邪引いちゃいますよッ!」という慌てた声が入ってくる。どうやら再不斬は彼女を風呂にぶち込んだらしい。湯を沸かしていた記憶が無かったため、ただ水を頭から被せただけだろうけれど。

 

「サソリ」

「なんだ?」

 

 応えながら観察。びっしょりと濡れた前髪の隙間から覗かせる特徴的な赤い瞳は、僅かな振動はしながらも、声とともに規律を保っている。頭が覚めたのか、それとも再不斬が半ば苛立ち任せに頭でも殴ったのか、さっきよりかは平常だ。

 

 フウコは言った。

 

「お腹、空いた」

 




 今年の最後の投稿となります。
 次話の投稿は、1月中には行いたいと思います。

 来年はほんの少しだけでも、投稿ペースの向上、及び誤字脱字などが無いよう努めたいと思っている次第です。

 これを読んでいただいた方、そうでない方も、よい年を迎えられることを切に願わせていただきたいと思います。

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