いつか見た理想郷へ(改訂版)   作:道道中道

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狼が来ると、皆が言う

 それは出来ぬと、ヒルゼンの歯切れのいい言葉にイロミは愕然とした。

 

 両肘を、書類がたんまり乗っかっているデスクに彼は乗せる。顔の前で手を組み、目線だけしか見えなくなった。

 

「フウコは容疑者じゃ。まだ、会わせることはできん」

 

 続けられる言葉を上手く呑み込めない。

 

 容疑者だから、会わせることができない。

 そんな事務的な言葉が聞かされるとは思っていなかったからだ。ヒルゼンは、イロミとフウコの関係については理解している。密接な友人関係なのだと、分かっているのに、彼女に会いたいと願った末に返ってきた言葉が、無機質な定型文。

 

 愕然とした意識は、次には怒りを生み出していた。

 

 その時だった。

 後ろのドアが開き、彼の声が聞こえてきたのは。

 

「……イロミちゃん?」

 

 イタチの声には、驚きの色がはっきりと映りこんでいた。怒りを抑えながら、振り返る。

 

「イタチくん……」

「どうして君が、ここに……」

 

 困惑の色を浮かべるイタチに、抑え込んでいた怒りをぶつけてしまいそうで、イロミは顔を逸らした。

 

「フウコちゃんのことで、ヒルゼンさんに話しを聞きに来てるの。昨日、フウコちゃんが暗部に連行されるところ……見たから」

 

 言葉に出してしまうと、どうしても、あの時の場面が呼び起され、感情を逆撫でされる。のみならず、彼の反応も一因となっていた。自分がその場にいたことは、彼の父親であるフガクから聞いているはずなのに。

 

 彼も、他のうちはの者のように、あの異常な演技をしているのだろうか。

 

 いや、彼はそんな人物じゃない。きっと、フガクから教えられていないのだろう。イロミは、そう結論付け、ヒルゼンに尋ねた。

 

「ヒルゼンさん……どうして、私をフウコちゃんに会わせてくれないんですか?」

「……さっき言った通りじゃ。まだ、事情聴取の最中なのじゃ。彼女に情報を与えることは出来ぬ。容疑が晴れるまで、誰にも会わせることは許されない」

 

 また、事務的返事。怒りがより濃厚になる。

 もう限界に近い。もし、次にまた似たような返しがあったら、爆発してしまうとイロミは予期しながら、必死に声を制御した。

 

「私はフウコちゃんがシスイくんを殺しただなんて……信じていません。だから、フウコちゃんに、そもそも変な事を伝えることはしません」

「ワシもそう信じておる。だが、他の者はそう思わん。ましてや、暗部内での案件。慎重を期さねばならないのじゃ。分かってくれ……」

「分かりませんッ!」

 

 イロミはデスクの前に立ち、思い切りデスクを叩いた。

 熱くなってしまう頭を心臓がもっと高温にしようとしているのか、首を大量な血液が通り抜けていく。

 

「お願いします、フウコちゃんに会わせてください。フウコちゃんと、話しをさせてください」

「できぬ。諦めるのじゃ」

 

 諦める?

 出来る訳がない。

 自分は彼女の友達だ。

 なら、助けないといけない。

 

 それを、諦めろと言われる。

 しかも、彼女を連れていった暗部を動かせる人物に。

 

「勝手にフウコちゃんを犯人扱いしておいて……ッ!」

 

 デスクにある書類の山を叩き落としたい短絡的な衝動が肩を撫でる。けれど、たとえそんなことをしても、ヒルゼンは決して首を縦に振らないだろうということは、あっけなく理解できてしまった。

 イロミは振り返り、イタチを見る。

 

「ねえ、イタチくん。イタチくんは、何か知ってるの?」

 

 きっと彼なら、何か知っているはずだ。そして力になってくれるはず。不当な扱いを受けるフウコを助けたいと、彼だって――。

 

「……いや、何も」

 

 ―――え?

 

 その時の、彼の表情は、うちはの者たちと同じ性質を持っていたように、思えてしまった。

 

「俺も、フウコに面会を申し込みに来たのだが。無理みたいだな」

 

 あっさりと、無理だと判断するその声も、全く同じだった。

 

「……イタチくんは、それでいいの? ……家族…………なのに。駄目だって言われて、会うのを諦められるの?」

「イロミちゃん、一度、落ち着くんだ。フウコは大丈夫だ。シスイを手にかけてなんかいない。すぐに、容疑も晴れるはずだ」

「お願い、私の話しを聞いて。きっと、フウコちゃんは困ってる、苦しんでる。容疑が晴れるとか、そういうことじゃないの。ねえ、教えて。うちは一族で、何が起きてるの?」

 

 半ば、縋るように。

 半ば、祈るように。

 イロミは尋ねた。

 彼だけは、どうか、嘘を付かないでほしい。

 冷静で、知的で、優しく、優秀な彼なら、きっと、家族である彼女を助けようとするに違いない。だから―――。

 

「……大丈夫。うちは一族は変わってない」

 

 全く、同じだった。

 気のせいではないと、イロミは苦しく、確信した。

 彼も、他のうちは一族の者と変わらない。

 何かを隠している。

 

 いや、もう、うちは一族だけではないかもしれない。

 自分の知っている人たち全員が、隠し事をしている。

 大切な友達を、遠ざけるように。

 

「……もういいよッ!」

 

 感情任せに喉を震わせた。決壊し流れ出る涙が完全に顎から零れ落ちて床に跡を残す前に、イロミは大股で部屋を出た。カーブする廊下の真ん中を、ドタドタと、感情を発散させるように歩く。

 

 頭がガンガンと痛くて、涙が止まらない。階下に下りて人の目が増え始めた廊下を歩いても、むしろ逆に、涙の量が増えた。

 

 友達なのに、何一つ、力になることができない。そう自覚してしまうと、自分が惨めで、情けなくて、また涙が頬から零れた。

 

 目元を拭う。涙を流す彼女を、通り過ぎる人が不思議そうに眺めていることに、イロミは雑な苛立ちをぶつけてやりたかった。

 泣いてるのが、そんなに珍しいのかと。

 見ているなら、少しは手を貸せと。

 だけど、イロミは言わなかった。ただでさえ情けない自分が、そんな言葉を言ってしまったらいよいよ、大間抜けだ。

 

 建物を出る前に、イロミは大きく目元を拭い、鼻を啜った。

 頭の中を切り替える。

 泣いてる、暇なんてないのだ。

 

 次に向かう場所は、決めていた。

 うちは一族が住む町。そして、フウコとイタチが住む家。昼ご飯時である今なら、どちらかはいるはずだ、と考えていた。うちはフガク、あるいはうちはミコトが。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

「うちはマダラが、シスイを殺したの」

 

 おそらく、うちは一族で、その人物の名前を知らない者はほとんどいないだろう。彼の名はもはや、伝説の一項目として語られてしまうほどの影響力を持っている。木の葉隠れの里の創始者である千手柱間と壮絶な争いを繰り広げたことは、木の葉に限らず、他里の者でも知っていることだ。

 

 しかし、伝説はあくまで、伝説。

 

 つまりは過去のことで、マダラが柱間の手によって殺されたことも、既に語られていることだ。

 

 もし今の状況でなければ、間違いなく疑いを以て、妹を見ていただろう。フウコは淀みなく、淡々と続けた。

 

「彼はずっと、木の葉に復讐をしようとしてた。九尾の事件からずっと。暗部に入った頃、彼にマーキングしてから、しばらくは何もしてこなかったけど、最近になって………急に」

「……事実なのか?」

「事実だ」

 

 応えたのは、ドアの前に佇むダンゾウだった。イタチが見ると、彼は瞼を細くした。

 

「九尾の事件は自然発生による災害だと公表されているが、そもそも、そのような事はありえん。九尾は、四代目火影・波風ミナトの妻、クシナが人柱力として封印していたからだ。クシナから封印を剥がさなければ、九尾は出現せぬ」

「だが、それだけでマダラだという確証はあったのか?」

「当時クシナの周りは暗部、そしてミナトが護衛をしていた。それらをかいくぐり、九尾の封印を剥がせる程のスキル、さらには九尾を解放してメリットを得る者と考えた場合、マダラしかおらん。写輪眼を使用していた、という目撃情報も暗部から確認されている。当時でも、マダラだという情報の確度は強かった」

「なら何故……いや」

 

 マダラの存在を公表して対策を打たなかったのか、と尋ねようとしたが、すぐさま考えに至ったイタチは言葉を止めた。

 

 たとえマダラが生きていた事実を、事件後に広めても、木の葉に得はない。他里がマダラの思想に乗っかって戦争を仕掛けることは大いに考えられる。ましてや、うちは一族が、その当時から既にクーデターを画策していたのだとしたら、マダラの名の影響力は計り知れない。自分たちがクーデターを阻止しようと考える前に、クーデターは実行されていた可能性すら十分にあり得たのだ。

 

 イタチは考えを切り替え、フウコを見た。

 

「これからどうするつもりだ、フウコ」

 

 シスイが死んだ。

 

 感情的にはまだ受け入れられていない事実ではあるが、思考としては理解した。同時に、クーデター阻止の計画が、半ば決定的な欠落をしてしまったことも。

 

 クーデターを完全に、そして無血に解決させる為には、彼の万華鏡写輪眼の力、別天神が必要不可欠だった。それを彼と共に失ってしまった今、もはや無血の解決は、出来ないだろう。

 

 どうするつもりだ、と尋ねたのは、力を行使しての解決をするのか、それとも他の策があるのか、という意味を多分に含んでいた。

 

「クーデターまで、どれくらい、時間を稼げる?」

「分からない。だが、二日は確実に持つはずだ」

「計画は、問題なく続けるつもり。まだ手はある。……シスイの眼を使って」

 

 フウコは続けた。

 

「どうにか、シスイの眼だけは守ることができた。その眼を今、動物に移植してる。あとは、私の写輪眼を合図に万華鏡写輪眼を発現できるようにするだけ。それさえ出来れば、問題ない」

「可能なのか?」

「出来るようにする」

「幻術はどうする。十五夜之都のことだ」

「質で抑えることができないと思うから、暗部に手を貸してもらう。多少、計画に変更はあるかもしれないけど、本質は変わらない」

 

 そこで一度、フウコは言葉を切って、深呼吸してから言った。

 

「私は、シスイの意志を無駄にしたくない」

「…………ダンゾウさん、少しだけ席を外してくれないか?」

 

 後ろで、ダンゾウが杖で小さく床を叩いた。

 

「フウコと、話しをさせてくれ」

「……いいだろう」

 

 ドアが開き、重々しく閉まる音が、無音の室内にしぶとく響き渡った。

 

 床に膝を付き、持っていた弁当箱を静かに床に置いて、俯き気味のフウコの顔を見上げる。目を覆い隠すマスクのせいで、彼女の目は見えない。彼女の部分は、ほとんど見えていない。拘束衣とマスク。けれどイタチは、それでも尚、彼女が悲しんでいることを、感じ取っていた。

 

 長く、微かにウェーブがかかった黒髪を指先で避けながら、優しく彼女の頬を撫でた。

 

「フウコ」

「なに?」

「大丈夫だ、怖いことなんて、何もない。安心しろ」

「……ごめん、イタチ。シスイを…………守れなかった……」

 

 フウコは声を出しながら、唇を震わせた。下顎を抑えるように一度、彼女は唇を噛んで、続けた。

 

「きっと……私を…………恨んでる……」

「あいつは、そんな小さな奴じゃない。お前のことが大好きだったからな」

「シスイだけじゃない……、フガクさんや、ミコトさんも、私のことを………裏切り者だって……」

「クーデターを阻止すると決めた時に、それは覚悟してただろう」

「そういう意味じゃ、ないの……。ううん、ごめん…………、そう、だね……」

 

 本来、計画通りに進んでいれば、フウコに恨みの視線が向けられることはなかった。別天神が成功するということは、恨まれることも、なかったのだ。しかし今、彼女は、うちは一族の視線に怯えている。

 幼い頃から優秀だった彼女が、おそらく初めて体験するだろう、視線。

 

 守らなければ、いけないのに。

 

 イタチは笑顔を浮かべる。目を塞がれている彼女には見えないが、伝わっているはずだ。

 

 どうして彼女が、容疑者として暗部に拘留されたのか、イタチは理解した。

 

 もしシスイが殺されたという情報だけが、うちは一族に伝わった場合、彼ら彼女らの疑念は木ノ葉の上層部に向けられるはずだ。突発的なクーデターが起きることも考えられる。

 

 しかし、フウコが容疑者として連行されれば、うちは一族にはストップがかかる。フウコの実力が、うちは一族にとってクーデターの確実な成功への自信となっているからだ。

 

 黒なのか白なのか、そこに明確な結論が出されなければ、うちは一族は動けないとフウコは判断し、行動したのだろう。その判断は賢明で、うちは一族の動きは彼女の予想通りに停滞してしまっている。

 

 どうしていつも、自分は遅いのか。

 

 フウコよりも。

 シスイよりも。

 

「マダラのことは、任せろ」

「駄目。お願いイタチ、無理をしないで」

「分かってる、まずはうちは一族が優先だ。ただ、お前がまだ動けない以上、マダラからの妨害はありえる。そうなった時は、大丈夫だ、俺が木の葉を守る」

 

 恐れなどない。むしろ、目の前にマダラが現れたら、怒りを抑えるのが大変かもしれないとさえ思っている。今でさえ、炎のように背中を焦がす怒りがあった。

 それでもイタチは笑みを浮かべ続け、妹の頬を安心させるように撫でる。

 

 シスイは言った。

 

 いつでも冷静でいてほしいと。

 頼りにしていると。

 

「他に、何か俺にしてほしいことはあるか?」

「明日の夜……会談が終わった後、おそらくうちは一族は会合をすると思う。それが終わったら、またここに来て。状況を教えて」

「分かった。他には?」

「無理はしないで。お願い。イタチまでいなくなったら、苦しいから。いつでも大丈夫なように、準備はしてて」

「泣くな、フウコ。俺がいる。……母上が作ってくれた弁当を、ここに置いておく。食べてくれ」

「……ありがとう…………、イタチ……。また、明日ね」

「ああ。おやすみ」

 

 立ち上がって、部屋を出た。最後に一度、彼女を振り返る。拘束衣で縛られた肩が、息苦しそうに、小さく上下していた。俯いて微かに見える下唇を、彼女は噛んでいた。後ろ髪を引かれる思いに駆られるが、ここにいるよりも、緻密にうちは一族の動向を観察し、正確に状況を判断することこそが、彼女の為になるだろうと判断し、重い扉を閉めた。

 

 部屋を出てすぐ横に立っていたダンゾウを一瞥する。

 薄暗く、彼の表情はあまり見えなかったが、イタチは小さく頭を下げた。

 

「フウコを、よろしくお願いします」

「……ああ、任せろ。俺は、お前たち二人(、、、、、、)を信じている」

 

 暗闇の奥で不敵な笑みを浮かべていたことを知らないまま、イタチは、姿を現した二人の暗部に導かれるまま、外に出た。

 

 

 

 ★ ★ ★

 

 

 

 イタチがダンゾウの先導でフウコの元へ案内されている頃、イロミはうちはの町にいた。もうすっかり、涙は収まりセンチメンタルな感情のブレは無くなっているものの、気分が明るいという訳ではもちろんない。空は晴れ、相変わらず天気は良いものの、うちはの町の門を潜って広がる街並みに違和感を抱いたのは、彼女の心情の影響がほとんどだった。

 

 当たり前のように人が行き交い、店先で作られた井戸端会議をする光景は、あまりにも日常。幼い頃から、フウコやイタチ、シスイたちと一緒に何度も通って見てきた。楽しくて朗らかで―――だからこそ、違和感が付きまとう。

 

 フウコが暗部に拘留されたことは、同族意識の強いうちは一族の間には広がっていることは間違いないのに、何も変化が訪れていない。

 

 イタチと出会った時に予想できていたことだが、実際に体感してみると、嫌だった。俯きながら早歩きに進む。もはや、目を瞑ってでも辿り着くことができるであろう、フウコとイタチの家に赴いた。

 

 玄関の前に立つ。

 

 大きく、深呼吸。緊張を和らげてから、呼び鈴を鳴らすと、後ろから視線を感じた。振り返ると、歩いていた幾人かのうちはの者たちがこちらを見ている。イロミと視線が重なると、不機嫌そうに彼らは視線を逸らした。

 

 呼び鈴の残響が吸い込まれて、しばらく、無音が続いた。

 誰もいないのだろうか? そんな思考が思い浮かんだ時に、戸は静かに開いた。戸を開けたのは、ミコトだった。

 

「あら、イロミちゃん。こんにちは」

 

 さも当たり前のように笑顔を浮かべたミコトだったが、イロミは見逃さなかった。戸を開け、視線が重なった瞬間、ミコトが息を呑み込もうとしたのを。つまりは、驚いだのだ。

 

 その驚きをすぐさま隠し、笑顔を浮かべ、いつも通りの挨拶をしたのは、どういう意図があるのか。

 

「こんにちは、ミコトさん」

「今日は、どうしたのかしら?」

「フガクさんはいますか?」

 

 今度ははっきりと、ミコトは表情を固めた。大きく見開いた瞼の奥にある瞳からは、どうしてイロミがここに来たのか、理解したようだった。

 

 そして、ミコトが浮かべた表情は、一転して、暗く冷たいものとなった。気怠そうに腕を組み、片方の足に体重を乗せるように身体を傾けた。

 

「あの人に、何を訊きたいのかしら?」

 

 声は冷酷で、重い。拒絶的で小さな殺意が伴っているような気がして、イロミは固唾を呑み込んだ。

 

「……フガクさんは、いるんですか?」

「今は仕事で、家にはいないの。ごめんなさい」

「いつ、帰ってくるんですか? お願いします。フガクさんから、話しを聞きたいんです」

「どんな話しかしら?」

「うちは一族は、何を考えているんですか?」

「…………フウコのことを聞きたいなら、言うことは何もないわ」

「それは、どういう意味ですか?」

「私はね? イロミちゃん。貴方とはずっと、仲良くしていたいの。お願い。あの子の名前は言わないで」

 

 見るからに、ミコトの様子は、これまでの者たちとは明らかに異なっていた。フウコの存在を無視する演技ではなく、フウコが鬱陶しいとでも本心から思っているようだった。

 

 演技ではなく、自分が求めていた、うちは一族の現実の片鱗が彼女から得られるかもしれない。イロミはそう思いながらも、反面で、怖さも感じていた。知りたくもない情報が、耳に届くのではないかと。

 

 そしてそれは、ミコトの口からあっさりと発せられた。

 

「もうあの子は、私の子じゃないの」

 

 本当に。

 本当にその言葉は。

 やれやれと言った感じの、投げやりなもので。

 だからこそイロミは、彼女の言葉を理解するのに、数秒の時間を要してしまった。その間、完全に呼吸は止まってしまい、ようやく吐き出した息は、細く、震えていた。

 

 ミコトが前髪を掻き上げながら、呟く。

 

「元々、血は繋がっていなかったから」

 

 フウコが、本当のイタチの兄妹ではないということは、知っていた。自分が下忍の頃に、ひょんなことから、フウコから聞いたからだ。

 しかし、かといって、彼女への評価も、彼女の兄であるイタチや両親であるフガクやミコトへの評価も、変わることはなかった。自分も、血の繋がっていない家族がいたからだ。むしろ当時は、微かに、羨ましいと思ってさえいた。

 

 フウコとイタチを見ても、本当の家族のように見えたから。

 フウコと、フガクやミコトを見ても、本当の家族のようだと思っていたから。

 

 他の家族よりも、家族だ、とイロミは思った。言葉としては曖昧だが、つまりは、血の繋がりという付加価値を基準にしない、純粋で強固な力強さがあったのだ。

 

 これからもずっと、彼ら彼女らの家族という繋がりは、何を前にしても崩れないだろうと、確信していた。

 

「だから、お願い。もう、私の前であの子の名前は言わないで」

 

 ボロボロと、音を立てて剥がれ落ちていく。自分の記憶が、自分の感情が。ミコトの後ろにある、親友の家さえも、剥がれて崩れ落ちようとしているような錯覚に陥った。何度も何度も、親友と一緒に通った玄関が、今まさに、崩れ落ちようとした。

 

『フウコちゃん、待ってよー!』

 

 自分の横を、小さな自分が通り抜けた。

 情けない声と今にも泣きそうな表情を浮かべるその自分は、前を駆け抜ける、同じく小さな親友を追いかけていた。

 

『かくれんぼなのに、家に隠れて良いの?』

『範囲は、うちはの町だから。とにかく、イロリちゃんは、屋根裏に隠れて。私は床下に隠れる。あとは、影分身で誤魔化すから。イタチは鋭いから、なるべく呼吸は浅くして』

『えぇえ? やだよぉ。屋根裏って、暗いし、埃っぽいよ。他の所じゃ駄目なの?』

『勝ちたい。勝てば、お菓子を買ってもらえるから』

『あ、待ってよ。フウコちゃん!』

 

 その小さな思い出たちは、崩れようとする玄関の奥に広がる暗闇に呑み込まれていった。同時に、玄関は崩れ、まるで、思い出が叩き壊されたような気分だった。

 

「……取り消してください」

「え?」

「今の言葉……フウコちゃんが、家族じゃないっていう言葉、取り消してください」

 

 怒りの感情と共に、イロミはミコトを睨み付けた。

 

 家族じゃないと言ったのは、フウコが暗部に拘留されたから。原因は、それしか考えられなかった。だが、彼女がシスイを殺すなんてことは、絶対にありえないと信じているイロミにとって、不当な容疑者というレッテルだけで、家族の繋がりをあっさりと切り捨てるミコトが、許せなかった。

 

 ……ふと、イタチのことが頭に思い浮かんだ。

 

 彼も、ミコトと同じようなことを考えていたのだろうか?

 

「フウコちゃんの容疑が解かれた時、フウコちゃんは、じゃあ、どこに帰ればいいんですか? お願いします、今の言葉、取り消してください!」

「……もう、帰って」

 

 ミコトは踵を返しながら呟いた。

 

「ねえ、イロミちゃん。……何があっても…………、貴方は、あの子の友達でいてくれる?」

 

 玄関の戸に手を当てながら呟いたミコトのその言葉は、イロミにはあまりにも皮肉なように聞こえて仕様がなかった。拳が震え、肩が震え、怒りに揺れる長いマフラーの上のイロミの顔は、奥歯を強く噛みしめていた。

 

 当たり前だ、とイロミは心の中で叫ぶ。

 フウコはこれまで、ずっと友達でいてくれていた。

 情けなく泣き叫んでも、どんなにゆっくり成長しても。

 彼女はずっと、手を差し伸べ、言葉で導いてくれたんだ。

 なら、自分もそうしなければならない。自分も、そうしたい。

 

 友達だから。

 

 そのたった一言の言葉の美しさと力強さを、知っているから。

 

「私は、フウコちゃんの友達でいつづけます。ずっと、何があってもです」

「どうして?」

「友達だからです」

 

 ミコトは小さく頷いてから、無言で玄関を閉めた。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

「イタチ……フウコはどうだった?」

 

 フガクのその言葉が響いたのは、会合場だった。

 

 おそらくは、今日初めて、まともな言葉だっただろう。朝からフガクとは、フウコ引き渡しの申請を彼が行いに行っていたせいで顔すら見かけることはなく、昼にはフウコに会いに行き、家に帰り、夕食頃に帰ってきたフガクと顔を会わせても特に会話はなかった。おかえり、という言葉をイタチが投げかけて、ああ、とフガクが返した、その程度の挨拶だけ。

 

 そして、今日初めて家族―――フウコはいないが―――全員が顔を会わせた夕食では、誰も言葉を発することはしなかった。

 

 原因は、サスケにあった。

 フウコのいない、欠けた家族の食卓。普段最も話すサスケだったが、その異常な状況を前に、日常的な行動をする事への拒絶を、俯き頬を膨らませ、露骨な不機嫌さを出すことによって主張したのだ。フガクはそれを見て、子供の取るに足らない抵抗だと判断したのか、それとも何かを言って明確に反発されることが面倒だと思ったのか、無言を貫いた。

 イタチもミコトも、何も話すことはなく、夕食は灰色のような無意味な時間を過ごしたのだ。

 

 会合。つまり、夜中。

 

 話し合うことは既に、誰もが分かりきっていた事だろう。人が集まり、一時の沈黙を経てフガクがイタチに尋ねたのは、フウコのこと。

 

 フウコはどうだった。

 

 その言葉には、フウコへの配慮は一切無かった。

 ただ、フウコが黒なのか白なのか、自分本位な意志しかない。フガクの言葉に、会合場にいた全ての者は、ギラギラとさせた視線を一斉にイタチへと集めた。

 

 イタチは軽く彼ら彼女らを見渡す。全員が求めているだろう、都合の良いことを判断しようとしたのだ。しかし、すぐに判断することは出来なかった。送られる視線の束。それらは隅から隅まで、矛盾を孕んでいた。

 

 フウコが、うちは一族の側であるかもしれないという期待の色が見える一方で、木の葉の側であるのなら念願のクーデターを実行することができるかもしれないという幼稚な興奮。それらが混ざり合い、けれど当人たちは一切自覚していないようで、だからこそ、ギラギラとした視線の重心が分からなかった。

 

 イタチは一度、息を小さく吸い込み、応える。

 

「フウコは今回の件について、全く身に覚えがないと言っていました」

 

 小さく会合場全体に息が漏れた。どういう感情が込められているのか、分からない。イタチは続けた。

 

「俺が見た限りでは、フウコが木ノ葉と繋がっているというようには思えません。シスイの死についても、嘆いていました」

「だが、それは君の主観に過ぎないのだろう?」

 

 一人の男が呟いた。

 

「うちはフウコには不自然な点が見受けられる。例えば、一昨日、彼女の姿を見たという者は、うちはの中には誰もいない」

「一昨日は、急遽、極秘任務が入ったとフウコは言っていました。どのような任務だったのか、それは教えられませんでしたが、単独の任務だったようです。里にはいなかったと」

「他に、彼女が、確実に我々の側だと判断できるものはないのか?」

 

 まるで子供のようだ、とイタチは思った。誕生日プレゼントが本当に自分の望んだものをくれるのかと、何度も親に尋ねる子供。

 

 確たる証拠など、ある訳がない。暗部の任務に対する機密性は、構造的に強固なものだ。そんなことは、フウコを見て来いと、昨日の会合で指示が出された時点で分かっていたはずだ。兄妹であるイタチなら説得力のある判断が出来るのではないかと、思っていたのではないのか。

 

 言葉以外で、微かにも信用されないというのなら、たとえ、任務記録を持ってきたとしても、誰も信じはしないだろう。

 

 イタチは冷静に返す。

 

「もし今回の件が、木ノ葉による暗躍だというのなら、あまりにも手段が乱暴です。フウコが内通者なのだとしたら、他に手段があったと思います。シスイを殺す理由はありません」

「ではなぜ、うちはフウコは容疑者として拘留されているのだ。辻褄が合わないだろう」

 

 また別の男が、声を挙げた。

 

「うちはフウコが極秘任務に出向いていたのであるならば、暗部は承知のはず。容疑者として名が挙がることは不自然ではないか」

「フウコに会った後で、火影とダンゾウに会いました」

 

 微かに、会合場の空気に緊張が走った。

 

「二人から事情を聞いた限り、今回の件は暗部内でも情報に齟齬が発生しているそうです。フウコが行った極秘任務は、火影から直々に命じられたもの。その事実を知っていた者は、ダンゾウを除いて暗部内でも誰もいなかったようです。任務の性質上、フウコが容疑者となったとしても、事実を暗部に伝えることはせず、容疑者として拘留し、その後、解放する算段だったそうです」

 

 そこでイタチは、フガクを見た。

 彼は腕を組み、じっとイタチを見ていた。

 

「明日、会談が決定したようですね」

「ああ。明日の夕刻にな」

「火影から直々に言われました。今回の件で、うちは一族に不名誉なことをしてしまったと、申し訳ないと、伝えてほしいと。既に、フウコを警務部隊に明け渡す算段だそうです。最終的には、警務部隊でフウコの無実を証明し、釈放してほしいと」

 

 ギラギラとした全員の視線に、安堵の色が滲み始めた。

 最後にイタチは締めくくる。

 

「木の葉の上層部は、まだうちはの動きに感づいてはいないようです」

 

 会合場に気楽な息が零れ始めた。

 さっきまでは、言葉だけでは信用しなかったのに、都合の良い嘘を並べ立てるだけで、瞬く間に信じてしまう。ただただ、呆れるばかりだった。視線はイタチから、フガクに移動する。

 

 その後、会合はスムーズに進んだ。どんなものでも、密度が薄ければ、スムーズに動いてしまうものだ。そこからの会話を、イタチは確かに聞いてはいたのだが、聞いて言葉の意味を理解した端から忘却していった。中身がほとんどなくても、いやむしろほとんど中身がないからこそ、苛立つのだろう。少しでも冷静さを蓄える為に、自動的に思考がそうしたのだ。

 

 耳障りなくだらない話し合い。それを遠目に、イタチの意識は、時間を逆行する。目の前に広がる光景は、自分と、シスイと、フウコの三人が、顔岩の上から眺める、木の葉隠れの里。夕焼けに染まる西日は、暖かく、里を照らしていた。

 

『俺たちはきっと、灰色の世代なんだろうな。黒と白の、ちょうど中間だ』

 

 シスイは、小さく肩を透かせながら、そよ風に乗せて言葉を呟いた。

 

『戦争が終わって、ようやく里に平和が来たと思ったら、九尾が暴れたり、うちは一族がクーデターを考えたり。嫌なことばっかりだ』

 

 でもさ、

 

『きっと、仕方のないことなんだろうな。戦争が終わって、皆が平等に不幸になった訳じゃないんだ。少ししか不幸にならなかった人もいれば、多く不幸になった人もいる。俺たちがアカデミーの頃に満喫してた平和は、その差が見えなかったから楽しめた、曖昧なやつだった。多分、突き詰めていけば、誰も悪くないんだろうな』

『シスイは、優しいね』

 

 フウコの呟きに、シスイは笑いながら振り返った。彼の顔は、西日の影になって見えづらかったが、快活に笑っていることは容易に想像できた。

 

『俺たちが、止めないとな。戦争の酷さも知ってて、平和な時間も知ってる、俺たちがさ』

 

 どうしてその情景の前に、自分の意識が向かったのか、分からない。シスイのその言葉を最後に、意識が浮上すると、会合は終わりに近づいていた。どうやら、明日の火影との会談で赴く人材を選抜しているようだ。その中に、イタチの名が挙がったが、彼自身は特に興味は無かった。誰が赴こうと、既に結果が目に見えているからだ。

 

 その後、会合は終わった。何がどう作用したのか、会合場にフガクとイタチだけを残したそこは、不可思議な安堵感が小さく残留している。

 

「父上」

 

 とイタチはフガクに尋ねた。

 

「クーデターのことだけど、サスケはどうするつもりですか?」

 

 ふと、思ったことだった。

 

 なるべく、サスケには真実を知らせないまま、クーデターを阻止したい。サスケが胸に抱く、うちは一族への憧れと誇りを穢すことは、したくなかったからだ。

 

「いずれ、伝えることになるだろう。だが、まだサスケは幼い。言葉で伝えたところで、全てを理解することは出来ない。クーデターには参加させず、全てが終わってから、伝えようと思っている」

「……サスケは、納得するでしょうか?」

「さあな。サスケは、お前と違って感情が豊かだからな。……しかし、うちはの家紋を背負う以上は、納得してもらわなければならない」

 

 とりあえずは、安心する。クーデターは必ず阻止するのだから、サスケの耳に真実が伝わることはないだろう。

 

 フガクと共に会合場を出た。

 誰もいない、寝静まった町を進む。

 

「イタチ」

 

 少し前を歩くフガクの声は、静かだった。

 

「お前は、俺の息子だ。期待している」

 

 もうすぐで、灰色の世界は、真っ白に変えられる。

 

 その期待感と、浮足立たないようにと冷静になろうとする慎重。フウコが戻ってくるまで、何か出来ることはないかと、頭の中で考えながら、イタチは丁寧に、そして無関心に返事をしたのだった。

 

 薄い月明かりが照らす町の中を、里の中を、イタチは進む。

 

 

 

 そして、イタチが、理想の為に歩むのに対して。

 

 

 

 願望の為に、準備をする者がいた。

 イロミ。

 彼女は、同時刻に、自室の床一面に巻物を広げて見下ろしていた。

 いつもなら既に、彼女は眠っている時間帯である。しかし彼女は、背の低いテーブルに置いてある濃口の緑茶を口に含みながら、忍び寄ってくる眠気を振り払いながら、巻物に書かれている夥しい量の【封】という文字の配置を頭の中に叩きこんでいた。

 

 巻物には、様々なものが封印されている。

 未だ、自分の才能を見つけられないままでいたイロミが、多くの知識と経験によって構築された、スタイル。忍具、薬、液体、とにかく戦闘に利用できるものを全て封印したのが、イロミが普段背負った巻物だった。

 

 巻物に書かれている、軽く千を超える封印は、イロミのチャクラ量あるいは、チャクラコントロールに呼応して解放されるようになっている。それは、巻物を開いて使用するのみならず、【窓】と書かれた部分から出現させることも可能だったが、その際には、どこにどの封印がされているか、どのような封印式を使っていてどんな風にチャクラを操作すれば自分の思った通りのモノを取り出すことができるのか、それらを頭の中に畳み込みチェックしなければいけない。そのチェックは、三刻程の時間を要する。

 

 そう。

 

 才能を見出せていない彼女は、才能を見出せている者よりも、多くの準備をしなければいけない。限られた戦闘の時間で差を埋めることができないのならば、自由に時間を確保できる前準備で差を埋めなければならないのだ。

 

 それが、イロミのスタイル。

 努力をしなければ人並みになることができないと自覚している、正しい戦略だった。

 

 ―――絶対に、任務を成功させる。

 

 次々と封印の位置を確認し、パズルのように頭の中で当て嵌めていくイロミには、小さな決意があった。彼女が、巻物の中身を確認する。それは、任務があるということを意味していた。

 

 フウコの家を離れた後、イロミは、とある人物に会った。

 彼は、イロミが住むアパートの前に佇み、精神的に重くなった足取りで帰ってきたイロミに、声をかけたのだ。

 

『猿飛イロミだな?』

『……貴方は、誰ですか?』

『フウコの上司と言えば分かるだろう』

 

 ダンゾウの言葉に、沈み切ったイロミの心に浮力が生まれた。イロミは、ダンゾウという人物の名前も顔も知らなかったが、しかし、副忍と呼ばれているフウコの上司というのは、火影か、暗部を管理しているトップのどちらかしかいない。ヒルゼンではないということは、つまり、暗部のトップということだ。

 

 心の中に、淡い期待が生まれ始める。

 

 もしかしたら、フウコのことについて何か教えてくれるのではないか。あるいは、フウコに会わせてくれるのではないか。そんな、ご都合な想像。

 

 もう他に、頼れる人物がいなかった。

 ヒルゼンも、イタチも、今だけは、信頼できなかった。

 

 そんな心情の中で、予想外の人物の登場に、イロミは無根拠な希望を抱くしか出来なかった。

 

『お願いします、フウコちゃんに会わせてください。フウコちゃんは、シスイくんを殺してなんかいないんです。絶対、そんなこと、するはずないんです』

 

 声が震える。

 親友に会えるかもしれないという期待と、やはり会えないのかもしれないという不安。

 縋るような声質に、ダンゾウは無機質にイロミを見下ろした。

 

『俺も、フウコがあのような愚かな事をするなどとは思っていない。あいつは暗部には必要な人材だ』

『じゃあ、どうして容疑者として拘留したんですか……』

『シスイの遺体が発見された前日、フウコを見た者がいないからだ。シスイの実力も考慮すれば、フウコが容疑者として浮上するのは必然だった。暗部内での殺人は、前例がない。微かな容疑があれば、拘留する他なかった』

『……私に、何の用があるんですか?』

『フウコに会わせてやろう』

『……ッ! 本当ですか!』

『フウコを拘留したが、あやつは何一つとして語らない。あやつの友であるお前なら、フウコから言葉を引き出してくれないかと思っている。……ただし、条件がある』

『…………何ですか?』

『お前に、単独任務を行ってもらう』

 

 彼が述べた、単独任務。それは、滝隠れの里の様子を見てほしい、というものだった。

 

 近々、同盟関係にあった滝隠れの里は、木の葉隠れの里に吸収されることになったらしい。どうしてそのような事態になったのか、詳細をダンゾウは語らなかったが、滝隠れの里は忍里として機能することができないほどの致命的な襲撃を受けた、とだけ伝えられた。ふと、火影の執務室の前で聞こえてきた会話を思い出す。

 

【仕方あるまい。どのような事情があるにせよ、里と人柱力を吸収するのだ。緊張が生まれるのは、当然のことじゃ】

【しかし、滝隠れの里の忍たちの総意による合意です。そのことは、他里にも既に伝えていることなのに……】

【滝隠れの里を襲撃した者の中には、大蛇丸がいたのじゃ。木の葉が意図的に行ったのではないか、と思われているかもしれぬな。それにじゃ、滝隠れの里の者たちの総意ではあるが、彼らには選択肢は限られておる。完全な総意ではない】

 

 どうやら、ダンゾウの言葉は嘘ではないのだろうと、イロミは判断した。

 

 ダンゾウは言う。この吸収には、危険があると。

 

『表向きは、吸収は互いの合意となっているが、滝隠れの里の者の全てが認めたことではないだろう。必ず、幾人かは不満を持っている。不測の事態が、考えられる』

『……それは、仕方のないことだと思います。ですけど、たった数人だったら、その、わざわざ様子を見る必要なんて…………』

『問題なのは、滝隠れの里を吸収するということに、不満を持っている里が幾つかあることだ』

 

 ダンゾウは杖で小さく地面を叩くと、鋭くイロミを見た。

 

『滝隠れの里の、幾人かの者を唆し、木の葉に混乱を起こし、その隙に攻め入るということが考えられるのだ。そうなった場合、多くの者が命を落とす。それだけは避けねばならない』

『……どうして、私なんですか?』

 

 イロミは尋ねる。

 

『私は、中忍です。努力して、ようやくの、中忍なんです。そんな重要な任務を、どうして、暗部でしないんですか?』

『難しい任務ではない。既に滝隠れの里には内通者が送られている。その者から情報を貰い、運ぶ、それだけの任務だ。暗部は動かん』

『どうしてですか?』

『本来、俺は暗部を管理するだけの立場だ。暗部を動かそうと思えば動かせるが、数に限りがある。ましてや、火影は今、不用意に暗部を動かさないようにしているのだ。滝隠れの里を刺激しないようにというくだらん理由でな』

『じゃあ、他の上忍の人とかは……』

『任務自体は難しくはない。お前を使う理由は、俺がお前を信用していないからだ。フウコから、お前のことを聞いているが、俺が信用することとはまた別だ』

 

 つまり、信用されたければ任務で証明してみせろ、ということだった。

 イロミは逡巡してから、任務を受けることにした。逡巡したのは、その任務を上手くできるかどうか、という計算だった。フウコがシスイを殺すなんてことはありえないと確信している。確信というよりも、イロミの中ではそれは、事実なのだ。

 

 故に、自身が危険を冒すことの必要性を考えた。

 いずれ、フウコは必ず、無実という証明と共に釈放される。その時に、任務で、例えば自分が死んでしまったら、彼女に会うことができない。

 

 その考えは、客観的で冷静なものである。心の底から彼女を信頼しているのならば、わざわざ任務に行く必要などない。

 

 けれど、イロミは、その考えを【自己中心的で醜い考え】だと判断してしまった。

 

 友達なのに。

 自分の身を案じるなんて。

 

 イロミは、そんな、子供染みた決断をしたのだ。

 

 そして家に帰り、任務に備えて準備をしていた。

 

 ―――待ってて、フウコちゃん。絶対、任務を成功させるから。フウコちゃんを、一人に、させないから。

 

 イロミはまた最初から、封印を確認し始める。

 友達の為に。

 フウコの為に。

 万全を期して。

 




 次話は十日以内に投稿したいと思います。

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