いつか見た理想郷へ(改訂版)   作:道道中道

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不必要な薮中の蛇

「お呼びでしょうか、ダンゾウ様」

 

 部屋に入ってきたのは【根】の者だった。梟に似せた面の奥から聞こえる声は多少くぐもっていたが、たとえ面が無くとも、没個性的な―――あるいは、人間味のない―――抑揚には変化はないだろう。

 戦争孤児の保護という名目の元に、完璧な忍として育てられた彼ら彼女らは、情動に類するものは養われていない。与えられた任務を達成することにおいて、時には身体のパフォーマンスを硬直させる情動は不必要だからだ。

 

 そう、里を守るのに必要なのは、役割を必ず全うするということ、それのみ。

 

 街頭と同じだ。

 感情も何も無く、動くわけでもなく、ただ夜になると灯りを付ける、ただそれだけで重宝される。子供が嫌いだからと、子供が通るたびに灯りを消しては、不必要と判断され捨てられることになるだろう。

 

 結果こそが、大事なのだ。

 

 結果を出すには、スムーズな過程は必要不可欠なのであり、それ故の感情の排斥。

 しかし、それに理解を示す者は、木ノ葉隠れの里にはほとんどいない。だからこそ、【根】の者には、自分の指示のみを最優先するように教育している。使える者が使ってこそ、彼ら彼女らは、使い物になるのだ。

 

 ダンゾウはデスクに腰掛けながら、淡々と述べた。

 

「すぐに部隊を編成しろ」

 

 つい先ほど(フウコとシスイが木ノ葉隠れの里を出て行ってすぐのこと)、救援部隊を送り出したばかりだ。もちろん、暗部内に秘密裏に存在するうちはへのパイプを警戒して、【根】の人員のみで構成した部隊である。

 にもかかわらず、部隊を編成しろという不可解な命令。

 

 男は、納得できないような雰囲気を一切出すことなく「構成は、どのように」と滑らかに尋ねた。

 

「幻術部隊、感知忍術部隊を編成できうる限り組み込め。その他の者も、全て使え」

「配備は?」

「前者の二つの部隊は、うちは一族を監視しろ。間違っても気取られるな。後者の部隊は、こちらに備えさせろ」

「分かりました。他には?」

「ない、下がれ」

 

 男は無言で頷き、部屋を出て行った。

 

 淡泊な静寂を部屋が取り戻す中、ダンゾウはランプの灯りをぼんやりと眺めていた。しかし、頭の中は非常にシャープな思考による軌跡を描き始める。

 

 考えていることは、今、木ノ葉隠れの里において最悪の結果の想定。

 

 男に指示したことは、とりあえずの保険だ。現在、フウコとシスイがいないという状況、そして滝隠れの里の救援の為に【根】の半分ほどの人数を外に出しているということ。万全の状態から考えれば、非常に危険な事態であるという認識は、おそらく過度ではないだろう。一度爆発してしまえば、里そのものが亡くなってしまう可能性があるのだから、今の内に張れる保険は張るべきだ。あとは野となるか山となるか。良い方向に転がることを願うしかない。

 問題は、これから、どのような事態が招かれた時に、最悪の結果という足音が聞こえてくるのか。

 

 最低ラインを導き出してから、ダンゾウはデスクの上に積まれていた書類の山から、一枚の書類を手に取った。

 それには、ある人物の情報が、顔写真と共に記載されている。

 

 目元を隠す長い前髪。

 髪の毛の根元は黒く、先端に行くにつれて白くなる特徴的な髪の毛の色。

 大きな巻物を背負って、緑色のマフラーを巻いた少女の写真だった。

 

「……猿飛(、、)イロミか…………」

 

 戦争孤児として、孤児院で育った少女。戸籍上は、現火影であるヒルゼンの養子という立場にいるが、彼女自身、姓をあまり他言しないため、この事実を知る者は少ない。

 

 火影の養子となる、という、実に例外的な立場にいるこの少女には、それ相応の、特異な生い立ちを持っている。

 

 もしかしたら彼女は、使えるかもしれないと、ダンゾウは考える。

 彼女は実に、タイムリーな立ち位置にいるのではないか。

 

 ダンゾウは書類を眺めながら、次の保険を考え始めた。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 チャクラの塊である尾獣は、災厄の一つとして数えられる。

 

 自然発生的な存在であり、人の意志が一切介在しない。何よりも、あらゆる障壁や抵抗を容赦なく払いのけ、多くの命をあっさりと奪いとる暴力が、災厄の中で最も危険な地位を獲得させている。

 これまでの歴史の中で、尾獣を完全に殺せた者はいない。

 軍事力として利用する、外交政策として利用する、そんな打算的な考えが無かったとは言い切れないが、誰もが、尾獣を前には、封印術という妥協策しか行えなかった。

 

 ……しかし。

 

 大蛇丸と角都を前に―――七尾は、苦痛の絶叫をあげていた。

 

「虫は虫らしく、地面に這いつくばってなさい」

 

 七尾が解放されたことによって、滝隠れの里を覆っていた岩盤は崩落していた。もはや里の原型は残されず、瓦礫が転がるだけの荒れ地だった。経緯を知らない者が見れば、すぐさま死傷者がいないか考えるだろう。

 

 しかし、瓦礫の上に立つ大蛇丸を見れば、考えを改めるに違いない。

 

 彼が着ているコートには、些細な傷で作られた生地のほつれが見られるだけで、そもそも彼自身に怪我一つない。

 白化粧をした顔は不敵な笑みを浮かべ、目の前で醜くもがく七尾を見上げていた。七尾の巨躯には、六匹の大蛇が巻き付いている。一匹一匹が、七尾に追随する程の巨大さを誇り、それぞれが関節や羽を固定し、締め上げる音が夜空の下に重く響く。

 

 それでも尚、抵抗しようと、折り曲げられた節足を動かそうとするが、それを、直上から落ちてきた角都が許さない。やはり、傷一つ負っていない彼は、右手首だけを黒く硬化させ、筋力に身体が重力に従う力を荷重させた一撃を、胴体にぶち込んだ。

 

 七尾の身体は背中方向にくの字に曲がり、同時に、蛇たちの締め上げが限界に達する。角都による衝撃によって地面は震え、関節の至る部分が折れる音が、瓦礫の地に、響き渡った。

 

 遠くで、鳥たちが子供のように逃げ、夜空に飛び立っていくのを最後に、残酷な夜の静寂が訪れる。

 

「随分と、手間取ってしまったわね」

 

 言葉とは裏腹に余裕の笑みを浮かべる大蛇丸。事実、手間は取ったが、苦戦をしたという訳ではない。

 何せ、空を飛ぶ相手と戦うのは初めての経験だった。これまで多くの忍と相対し、あるいは多くの忍を実験に投入したが、空を飛翔するという力を持った者はいなかった。相手が尾獣ということなら、尚のこと。

 

 力なく倒れる七尾から角都は下りてくる。目元しか見えないが、どこか不機嫌そうにこちらを睨みつけてきた。

 

「お前がさっさと動かなかったせいだろう」

「役割分担と言ってほしいものね。アナタが虫を落とすし、私が虫を縛る。おかげでスムーズに仕事が終わったじゃない」

 

 しかし、角都の怒りは収まらないようで、まあいつものことだと思いながら受け流してやる。彼の沸点の低さにいちいち構っていたら、むしろ逆効果なことは、これまで不本意に共に任務を行ってきた経験で分かっていた。

 

 さて、と思考を切り替えて大蛇丸は視線を七尾に向ける。

 

 どうやら、まだ七尾には意識があるようで、羽や節足が小さく痙攣している。人柱力の身体が七尾の中に取り込まれていることから、完全に封印から解放された訳ではないのだろう。さっさと意識を沈めて、人柱力の状態で運んだ方が手軽だ。

 

 蛇たちにトドメの指示を出そうとする。

 簡単だ。小さく頷くだけ。一秒もかからない。

 

 突然、風が吹いた。

 

 不自然な風だと、大蛇丸の経験則が警鐘を鳴らす。

 瓦礫の地だが、周りは木々が囲んでいる。枝葉が揺れた音は聞こえなかったのに、風が吹くだろうか?

 

 不気味な風に、大蛇丸の神経は鋭敏になる。かつては木の葉の三忍と呼ばれているほどの実力を持つ彼が戦闘態勢に迷わず入ったのは、流石としか言いようがない。

 

 しかし、それを上回る速度で―――フウコは、角都の肉体を二つに分けていた。

 

「……ッ!?」

 

 声ではない声を出したのは、角都だった。

 右肩から左わき腹にかけて、黒羽々斬ノ剣が背中から一閃し、角都の上半身と下半身を斜めに切り離される。

 意図しない身体の離脱に、角都は驚愕するように両瞼を開いたが、遅れて襲ってくる激痛に硬い息を吐く事しか出来なかった。

 

 黒く、長い、微かにウェーブがかかった髪の毛が、花弁のように舞うのを、大蛇丸は捉えていた。

 漆黒の刀を片手に持つ少女の姿は、温度を持たない人形のような精密さと無機質さを孕みながらも、絶対の殺意を凝縮した鮮烈な冷酷さを放っていた。一瞥するだけで、彼我との実力差を感じ取ってしまう。

 夜に映える、赤い両眼。

 それが写輪眼であると察した時には、既に大蛇丸の肉体は幻術の中に。

 

「まず、一人」

 

 まるで刈った稲穂の数でも数えるような、淡泊で、それでいて高級な鈴の音ほどの透き通った声。角都の上半身がようやく、地面に落ちた。

 

 身体中を締め付ける、鋭い灰色の茨。

 幻術だ。

 だが、そうだと認識していても、身体は痛みを訴え行動を拘束される。解こうと試みるが、目の前の少女の滑らかな動作は、解くよりも先に間違いなく自分を殺すだろうという確定的な未来を示唆していた。

 

 黒い刀身の切先が、月の灯りを鈍色に変えて向けられる。

 数瞬後には、自分の命が刈り取られるだろう。そのイメージが、はっきりと、脳裏に浮かんだ。

 

「狙う順番を間違えたな」

「……!?」

 

 角都の声は、無機質なフウコの表情を微かに驚かせるには十分だった。

 なで斬りにし、即死ではないにしても、もはや瀕死の状態であることは間違いないはずなのに、角都の声には平然とした力強さがあった。

 

 同時に、フウコの四肢を黒く細い触手が縛り上げる。

 

 まるで筋繊維のようなそれは、角都の胴体のみならず、至る所から溢れ出ていた。四肢を縛り、首をも絡めとろうとした。

 

 咄嗟にフウコは右手の刀を、手首のスナップだけで宙に放り投げると、柄を口でキャッチする。身体の方に近かった左腕を縛るそれを切断すると、すぐに刀を握り、他の部位も解放していく。

 

 フウコは振り返る。

 

 角都の胴体は既に、黒い触手を経由して元に戻っていた。

 人間として意味不明な人体構造。

 しかし、フウコは気に止めることもなく、ノータイムで、刀を角都の顔を目掛けて投擲する。

 

 瞬間、印。

 刀を避けて体勢を崩した角都に、容赦なく、口から火遁の炎を放つ。爆発にも近い巨大な火炎が、角都を呑み込んだ。

 

「潜影多蛇手ッ!」

 

 既に大蛇丸は幻術を解いていた。伸ばした左腕の袖から、フウコを締め殺そうと、十を超える大蛇が現れ―――けれど、風遁による風の刃が、一匹残らず首を刈り取った。

 それは、森に潜んでいたシスイが放った術。

 

 もう一人いるのか、とだけ、大蛇丸は頭の隅で理解する。フウコの回し蹴りが、首を狙ってきた。後方に大きく退避して、一度、距離を取るが、フウコの視線は蛇行することなく追い付いてくる。

 フウコが膝を曲げ、跳躍しようとする。その後方で、火炎に包まれた角都が姿を現す。

 

「行かせんッ!」

「それはこっちの台詞だ」

 

 真後ろという予想外からの言葉に、角都は後ろを振り返り掛ける。視界の端に捉えるのは、シスイの赤い瞳だった。

 

「お前の相手は俺だ。風遁・稲荷風(いなにかぜ)

 

 角都の後ろを捉えたシスイが印を結ぶ。幾つもの空気の輪が、すぐ横に連なった。

 輪は風を吸い込み、角都を吹き飛ばす。

 

 拾っておいた黒羽々斬ノ剣を、シスイはフウコの進行方向へと投げ、跳躍したフウコはそれを空中でキャッチする。そのまま大蛇丸の首元を狙って鋭く振るった。

 

 金属音。

 

 大蛇丸の口内から出現した白銀の刀身―――草薙の剣が、フウコの斬撃を寸での所で受け止めた。

 

 木を迂回し、地面を這い、その度に金属音は鳴り、細かい火花が二人の顔を照らしたが、いずれも大蛇丸が防御しているだけで、それも、致命に達する斬撃のみ。既に幾つかの傷痕を刻まれていた。

 

 そして一瞬だけ、互いの視線が交差する。

 

「ぐっ……!」

 

 ほんの一瞬。

 写輪眼が視界に入った。

 水に閉じ込められる幻術が、身体の動きを鈍らせる。

 

 たった一瞬のチャクラの交わりのおかげで、その幻術は、やはり一瞬で解くことはできたが、既にフウコの刀は首のすぐ横まで来ていた。

 草薙の剣を射出する。直後、大蛇丸の首は切断される。

 

 フウコは最小限の首の傾きだけで、草薙の剣を回避し、大きく左足を踏み込んだ。視線は真っ直ぐ、首を無くした大蛇丸の肉体―――いや、抜け殻の後ろを睨みつけ続けている。そこには、身体中を体液で濡らした、大蛇丸が。

 

 どのような忍術なのか、しかし、フウコは気にしない。

 刀を握っていない左手。

 その掌の中央に、チャクラを集中させる。

 

 チャクラはうねりを上げて、一点を中心として、三次元の螺旋を描き始める。

 

 出来上がったチャクラの塊は、完全な球形。

 小さな台風のようなそれは、ある種、完成形が表す美しさを持っていた。

 

「螺旋丸」

 

 左手に溜めたチャクラが、大蛇丸の腹部を捉えた。

 

 圧縮されたチャクラの質量、螺旋による力の方向。

 腹部の表面を一瞬で貫き、背骨を軋ませるほどの力が加えられる。

 逆らえない力に、大蛇丸は後方へと吹き飛ばされ、太い木々を貫通していく。地面に抉り痕を付けて、ようやく止まった。

 

 立ち上がり、即座に臨戦態勢を取る。やはりフウコは、目の前に立っていた。

 

 ―――……強い…………。

 

 忍術と幻術のレベル、写輪眼。

 特筆すべきは、速度だった。

 彼女の速度は、自分よりも遥か上を行っている。

 本来なら、カウンターを恐れ動きを制御してしまうほどの速度を、写輪眼によって全速力のままコントロールすることによる、絶対的な先手の動き。

 しかも動きには洗練された精密さと、相手の動きを読む緻密さが兼ね備えられている。

 

 勝てない、大蛇丸は静かに悟った。

 

「大蛇丸。貴方は私には勝てない」

 

 フウコは冷酷に告げる。

 こだわりはないが、三忍と呼ばれた自分が、何回りも下であろう少女に言われることに、苦味を感じてしまった。

 

 大蛇丸の思考が動く。

 

 真っ先に出した結論は、目の前の敵から逃げることは可能だろう、というもの。冷静な判断だ。元より、単純な戦闘で、余程の目的がない限り、勝ちたいと思うことが無い性分である。プライドというのは、先ほどの苦味だけを感じるだけで十分だった。

 次に、少女が一体、何者であるのか。

 写輪眼を持ち、そしてこれほどの実力を保有している人物。

 

 ふと、思考の端に引っかかるものがあった。

 

 それは、一応はパートナーである、角都の発言からだった。

 

 彼は言っていた。

 

 ここ最近、急激に賞金を上げられた忍がいるのだと。顔写真は無かった、音無し風という異名を付け、黒く長い、微かにウェーブのかかった髪の毛に黒い服装、そしてうちは一族の少女。

 

 名前はたしか―――うちはフウコ。

 

「……貴方、もしかして…………」

「訊きたいことがある」

 

 フウコの名前とそれに携わる知識を思い出し、溢れ出そうになる好奇心を、フウコの静かな声が遮った。

 

 その声色は、無機質さが少し和らいだような印象を受ける。

 視線を、写輪眼を捉えないよう、少し上昇させた。

 

「イロリちゃん…………、イロミという名前の女の子のことを覚えているか?」

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

「貴方に、訊きたいことがある」

 

 後方で、シスイが頭巾の男―――角都の足止めをしてくれている。エントリーする前に、予め互いの役割を決めていた。自分がアタックで、シスイがサポート。今の場合、シスイが角都を単独で足止めしているのだが、問題はないとフウコは判断している。

 シスイは、自分ほどではないが、やはり速い。瞬身という異名が付くのも頷ける。その彼を相手にするのは、余程の速度を持つ物でなければ対応できないだろう。

 

 ましてや周りは木々に囲われ、視界の悪い夜。ヒット&アウェイを彼が行うには、持って来いの舞台だ。角都の速度も、エントリーした際に、大凡の限界値は予測できる。シスイを捉えることはできないだろう。

 

 その隙に、自分はさっさと目の前の男を殺さなければならないのだが……。

 

 目的は……あくまで、里の脅威を取り除くこと。七尾を保護したら、即座に離脱し、木ノ葉隠れの里に帰還するのが、理想的な展開であることは疑いようのない事実。それは、シスイと決めた、チームとしての方針だった。今、こうして目の前の敵に問いを行う時間は、本来なら、無い。

 

 けれど。

 

 あの白い男が、大蛇丸の名を出した時から、考えていた。

 胸の中にある、仮面の男への怒りと殺意。その中に、混入するかのようにあった、大蛇丸への殺意と、そして……自分の大切な友達への、配慮についてを。

 

「イロリちゃん…………、イロミという名前の女の子のことを覚えているか」

 

 写輪眼から逃れるために、視線を微かに下に逸らしている大蛇丸の表情が、不思議そうに固まった。

 

「……さあ? 聞き覚えのない名前ね」

「お前が木の葉にいた頃に持っていた研究所の一つにいた女の子だ。根元が黒で、毛先が白い髪の毛をしている」

「……ああ、アレ(、、)のことね」

 

 アレという表現に、心拍数が上がった。

 当然、大蛇丸への怒りによってだ。

 

「まだ生きてたのね。てっきり、勝手に死んだかと思ってたわ」

 

 厚顔不遜な笑みと言葉に、今すぐにでも、目の前の男の首を刎ねてしまいたい衝動に駆られる。

 だが、我慢しなければならない。

 もしかしたら、分かるかもしれないのだ。

 

 イロミの本当の両親が、どこにいるのか。

 

 フウコは刀の切先を大蛇丸に向ける。

 距離は遠くない。むしろフウコにとっては近すぎると思えるほどの距離だ。瞬きも許さない速度で、彼の喉元を刀で穿つことは、あまりにも容易だった。

 

「私の問いに応えろ。お前は、あの子に何をした」

 

 中忍の頃まで、イロミについて気になっていたことがあった。

 どうして彼女は、あの熊のような男の元で生活をしているのか。

 まだアカデミー生として、自分の力で生きていくことができないという環境は理解できる。たとえどれほど育ての親が最低の人格であろうと、力のない子供はそれに縋って生きていくしかない。

 

 けれど戸籍上、彼女は現火影であるヒルゼンの養子ということになっている。幾らでも助けを求めれば助けてくれるだろうし、ヒルゼンには当然、彼女をあの環境から救い出す力は持っている。イロミも、そんなことは承知のはずだ。

 

 なのにどうして、彼女はあの家から出て行こうとしないのか。まだ自分が中忍で、彼女がアカデミー生だった頃から、気になっていた。

 

 彼女があの家に住む理由は、後に、彼女自身から語られることになるのだけれど、暗部に入隊してから、フウコは彼女のことについて調べることにした。

 もはや彼女の両親は戦争で死んでいるのだが、少しでも彼女の家族のことが分かれば、彼女は喜んでくれるかもしれないと、思ったからだ。

 

 家族の偉大さは、自分が体験している。その体験を、少しでも、分けてあげたかった。

 

 しかし、彼女のことを調べて分かったことは、自分が望んだものとは真逆のものだった。

 

 イロミは……戦争孤児ではなかった。

 戦争孤児という評価は、あくまで、表向きのもの。

 彼女が発見されたのは、戦争によって倒壊した建物の下からでも、戦場の真っ只中でもなく、研究所だった。

 

 研究所―――それは、大蛇丸が、多くの忍を誘拐し、人体実験を行っていた場所である。

 

 多くの忍たちの解剖された遺体が、まるで使い捨てのノートのように、平然と床に転がっているような、気狂いの空間。当時、里の内部で多発していた【蒸発事件】を調査していた暗部は、幾つかあった研究所の一つ発見し、遺体の中に転がっていた血塗れのイロミを発見したのだ。

 

 その後、大蛇丸は、何の情報を残すことなく里を離脱。イロミは、戦争孤児という処理の元、孤児院に送られた。

 

 暗部の報告書によれば、おそらく彼女は、何かしらの実験を受けていたのではないかという見解が示されていた。イロミの眼が無かったのも、そのせいだろう、と。彼女の両親は未だ特定できていないが、人体実験で亡くなったという可能性が、最も高いと思われている。

 

 その事実を知って、苦しくなった。

 

 どうやらイロミ自身は、その事実を知らないらしい。発見された時、まだ数歳だった彼女には、正しく記憶されなかったのかもしれない。あるいは、記憶していても、思い出さないように、意識が抵抗しているのかもしれない。

 

 どちらにしろ、この事実は、彼女には伝えてはならないと思った。

 

 戦争という……子供にとっては災厄に近い環境ではなく、違法の人体実験によって孤独になったというのは、救いようが、あまりにもなかったからだ。

 

 大蛇丸への怒りと殺意は、そこから起因している。

 

 無意識のうちに、フウコの視線は鋭くなり、刀を握る手には力がこもったが、しかし大蛇丸は、呆れた笑みを浮かべた。

 

「何? もしかしてアナタ、アレと知り合いなの?」

「友達だ。私の質問に応えろ」

「友達? ……クク」

「何がおかしい。さっさと―――」

「何もしてないわよ。する価値もない」

 

 嫌らしい笑みを浮かべたまま、まるで自分は関わっていないとでも言いたげに、両手を小さく広げてみせた。

 

 一つ一つの動作が、感情を逆撫でにする。

 フウコの声が少し、鋭くなった。

 

「嘘をつくな。あの子は、暗部に保護された時、両眼が無かった。何もしていないわけないだろう」

「眼は勝手に腐り落ちたのよ。生まれてしばらくしてね。どうせ身体の至る所が腐り始めて死ぬと思って放ったらかしにしたんだけど……なるほど、生きていたの。どうでもいい奇跡ね」

 

 生まれてすぐ?

 大蛇丸の言葉が頭の中で引っかかる。

 蒸発事件は、年単位の出来事ではないはずだ。

 

 つまり、元々、彼女を身籠った母親を監禁し、その途中で出産に至った、ということだろうか。

 

 まあいいわ、と大蛇丸は呟いた。

 

「ついでだから、教えてちょうだい。アレは今、どれくらいまともなの?」

「お前に教えるつもりはない」

「別にいいじゃない、減るものじゃないんだから。折角の研究成果なのだから、知りたいと思うのは、親心ってものじゃないかしら? クク……」

「お前がイロリちゃんの親な訳がないだろう。ふざけるな」

「事実よ。アレは、私が作ったの。浄土回生という術を応用した実験で、偶然生まれたものよ」

 

 

 

 呼吸を、忘れてしまった。

 

 

 

「まあでも、応用と言っても、ほとんどオリジナルなのだけれどね。浄土回生の術は、他者の肉体を贄にして別の他者の肉体を再構成するものだったようだけど、私がした実験は、他者の肉体を繋ぎ合わせて人間そのものを作るというものだった。血継限界を持つ色んな忍の細胞や肉体を混ぜて、それらを一気に継承する人間の創造……、百体くらい試したけど、まともに動いたのはアレだけだったのよ」

 

 大蛇丸の声は、何の感情も込められていない、淡泊なもの。

 なのに、フウコの耳は、どす黒い、邪悪なものとして捉えていた。

 心が震える。

 それは、イロミのことを調べ、知ってしまった時よりも、さらに大きな震度だった。

 

 もしも。

 

 大蛇丸という人物と、彼が抱いている目的を知っていれば、そこまで驚くことはなかったかもしれない。

 

 彼には忍術への飽くなき探求心がある。

 特に、血継限界には、並々ならぬ執着心を持っていた。故に、他者の肉体を取り込み再構成させることができる浄土回生の術を改良し、自由に血継限界を獲得できないかと模索するのは、彼からすれば至極効率的な考え方ではあった。

 

 ましてや、浄土回生の術は、一度だけ―――そう、フウコで―――成功している事実がある。

 彼の好奇心と探求心、そして執着心が、浄土回生の術に鼻を利かせるのは、当然だったのだ。

 

 だが、深く大蛇丸を知らないフウコの目に映る彼は、何か人間ではない恐ろしい化物のようにしか思えなかった。平然と、そんな悍ましいことができる人間がこの世にいるのかと。

 

 大蛇丸は続ける。

 

「それに……ただ動いただけ。貴重な細胞や肉体を混ぜたのに、血継限界は一つも継承しなかった、欠陥品よ。どういう訳か、細胞同士は繋ぎ合わさったみたいだけど、人体構造はちぐはぐ。筋繊維は不連続的で関節と靭帯の連携にはズレが見られたわ。経絡系も所々断線してる反応があった。人の形をした、肉の塊でしかないのよ」

 

 イロミには、忍としての才能は、まるでない。

 身体能力は人並み以下。

 チャクラコントロールなんて、酷いものだ。

 並外れた、尋常ではない努力をして。

 そして創意工夫と、多くの知恵と道具を駆使して、ようやく、中忍。

 

「少しは薬物実験とかのモルモットになると思ったのだけどね……、アレの細胞は異様な進化を遂げていたわ。細胞レベルの刺激や介入は、ある一定レベルまでは全て飲み込んで無効化してしまう。新しく他の臓器を入れてみたけど、拒絶反応を起こさなかっただけで、血継限界の継承は生まれなかったわ。まあ流石に、劇物を投与したら、皮膚が焼けるくらいにはなるけど。額にあったでしょ? 火傷の痕が」

 

『ご、ごめんね……、フウコちゃん。こんな、気持ちの悪い痕があって』

 

 一度だけ、彼女の前髪に隠された額の痕を、見た事があった。

 皮膚が変色し、固まった痕。

 

『触っても……、病気みたいに、移らないから……えっと、ご、……ぐずっ…………ごべんね、ふうごぢゃん。変な、臭いとか、じないげど…………、ごれがらは、ぞの………、ぢがぐに、よっだり……うぅ………じない、がら…………』

 

 泣きながら、額を、前髪ごと抑える彼女に、別段、嫌悪感は無かった。

 でも、額を見られることが、彼女にとっては、とても、嫌なことのようで、できれば、自分が学んだ医療忍術で治してあげたいと、思った時期もあった。

 

『覚えていないんだけど……この痕って、戦争の時に付いたものみたい。私を拾った忍の人が言ってたみたいなの。火傷の痕なんだって。その時に、眼が潰れちゃったみたいなんだけど、あの人が、私に眼をくれたの。だから、私はあの人に、恩返ししたいなって、思って、あの家にいるの』

 

 イロミがあの家に居座っていた理由。

 そして中忍になってからも、定期的に、仕送りをしている理由。

 見た事がある。

 彼女の両眼の瞳の色が、違うことを。

 右は黒く、左は灰色の、オッドアイ。

 

 刀を持つ手が、震え始めた。

 呼吸が、上手くいかなくなりつつある。

 つまり、目の前に立つ男は―――本当に、彼女の、生みの親だ。

 

 血は繋がっていなくても……家族。

 

 自分とイタチのように。

 自分と、フガクやミコト、サスケのように。

 

「ククク。それにしても、あんなものでも中忍くらいにはなれるのね。木ノ葉も落ちぶれたものね。私が見る限りじゃあ、忍としてまともにやっていけるようには到底思えないのだけれど。アレ、まだどこか腐ったりしていないのかしら?」

 

 大蛇丸を殺したいという怒りと殺意に、減少は見られない。

 しかし、動揺は、確実に思考を蝕んでいた。

 

 イロミは優しい人格を持っている。

 優しすぎるくらいに。

 これまで何度も虐待してきた、あの熊のような男にも、眼をくれたという理由で恩義を抱くほどだ。

 

 もし、実験の副産物とはいえ自分を産んでくれた大蛇丸の存在を知れば、彼女は、彼の為に何かをしようとするかもしれない。

 

 こんな、平和とはかけ離れた探究者の為に。

 

 それは決して、彼女の為にはならない。

 かといって自分が殺し、この事実が、何かしらの偶然によって彼女が知れば、きっと、彼女は悲しむ。

 

 頭の中で、無邪気な声が。

 

 ―――この人がイロミちゃんを産んでくれた人なのね! 私とイロミちゃんが友達になれのも、この人のおかげなんだ!

「大蛇丸……、貴方は………、あの術を……」

「ククク……。やはりアナタ、うちはフウコね。初めて見たわ。浄土回生の術の、完成形。ねえ? 少し、身体を解剖させてくれないかしら?」

 

 次の瞬間。

 

 倒れていた七尾が、暴れ出した。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 七尾が所構わず暴れまわってくれたおかげで、どうにか、フウコの視界から完全に抜け出すことができた。七尾に纏わりつけていた大蛇たちに、七尾を解放するように密かに指示を出しておいたのが功を奏したようだ。

 

 そのまま七尾と彼女から距離を取り、夜の暗闇と木々の影に身を潜めている。ようやく、一息つく。

 

 もはやチャクラは底をつき、体力も残っていない。冷静な判断を以て、大蛇丸は、この場から離脱することを優先することに決めていた。

 

「木ノ葉ノ暗部ガ向カッテイル。今回ハ失敗ダナ」

 

 植物のように地面から生えて姿を現した黒ゼツと白ゼツ。おそらく、ずっと眺めていたのだろう。別段、加勢してほしかったわけではない。彼(あるいは彼ら)の担当は、伝達及び運搬だからだ。

 

 既に、組織のトップには今回の仕事は達成不可能ということが伝えられているのだろうけれど、問題はない。抜け忍が集まってできた組織には、堅苦しい人事の評価はなく、命を落としてまで仕事を達成しろというブラックな部分は一切にない。そこらの小さな忍里よりも遥かにクリーンな組織だと、大蛇丸は評価している。

 

 木に背を預けている隣の角都も、自分と同じように疲弊しているようだ。彼は大きく息を吐いた。

 

「俺は、まだやれる」

「随分と息が上がっているようだけど……、あと幾つ、心臓は残っているのかしらねえ」

「黙れ大蛇丸。役立たずが」

 

 役に立とうなどという献身的な発想は持ち合わせていないため、鼻で笑ってやることにした。大方、七尾を確保することができなくなったことに苛立っているのだろう。彼は何だかんだと、組織の活動には献身的だ。あとは、大金を逃したことが気に食わないのだろう。折角の賞金首を前に、みすみす諦めることになるのだから。

 

「お金は大事だよね。でも、命はもっと大事だ」

 

 白ゼツが呑気に呟いた。特に何も考えてはいないだろう発言だが、至極正論である。

 角都は露骨に舌打ちをしてから、尋ねた。

 

「このまま、七尾を諦めるのか?」

「仕方無イ。イズレハ全テノ尾獣ヲ集メル。ソレヨリモ、今ハ組織ヲ肥エサセル方ガ重要ダ」

「そうそう。予定に変更はないよ」

「……なら、私はこれで失礼させてもらうわ」

 

 大蛇丸は一人でさっさとその場を離れることにした。最後に、後ろの方から角都の硬い視線を感じるが、今の高揚した気分を前には些細なこと。

 

 そう、珍しく、気分がいい。

 

 一つは、この目で浄土回生の術の、唯一の成功例を見たということ。彼女は間違いなく、その術を経験している。

 

『大蛇丸……、貴方は………、あの術を……』

 

 浄土回生の術を知らなければ、あんな発言はしない。そして、苦しそうに微かに震える彼女の声。経験者だと、物語っていた。アジトに戻ったら、もう一度、試してみてもいいかもしれない、と頭の中で考えると、笑みが零れてしまう。同時に、いつか必ず、あの少女を手に入れてみせると、野望を抱いた。

 

 そして、気分がいいもう一つの要因。

 

 それは、自分が作った失敗作と、唯一の成功例が友人関係であるということ。

 特に、何かを成し遂げたという訳ではなく、新術の開発に役立つ訳ではない。しかし、自分の研究成果が、たとえ失敗作でも、こうして奇妙に自分に導いた偶然は愉快だった。

 

 まるで自分が世界に影響を与え、その恩返しをしに来たかのように。

 

 兎にも角にも、可笑しかった。

 どういう奇縁で出会ったのか、想像して、だから、フウコを前に、つい笑ってしまったのだ。

 

 もしかしたら、フウコと出会えたのも、失敗作のおかげかもしれない。

 

「イロミ……ねえ…………」

 

 作った時は特に名前を決めていなかったが、そうか、そんな名前を付けられていたのか。

 

 彼女も、何かしらの変化をしているのではないだろうか。

 腐って死ぬと思っていたが、意外にも生き延び、中忍となって活動しているらしい。細胞にも変化がみられる可能性も、否定できないのでは。

 ならば、マークしてもいいかもしれない。

 どうせ自分が作った道具だ。

 子も、親に望まれるのならば、本望だろう。

 

 大蛇丸は足早にアジトへと帰っていった。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 地面を大きく揺らす七尾の雄叫びが聞こえていた。

 

 早く、七尾を保護しなければいけない。

 感知忍術で、もはや近くに大蛇丸も角都もいないことは確認できている。シスイも無事のようだ。

 

 しかし、頭の中で冷静に状況は判断できているのに、身体が動かなかった。フウコはその場に膝をつき、茫然自失に、地面を眺めているだけだった。

 

 思考が軸も無しに、まるで酸欠状態のように揺れている。

 

 大蛇丸を殺すことができなかった。里の平和を考えれば、抜け忍である彼は殺さなければいけなかったし……殺す機会は有り余っていた。だが、イロミ―――自分の友達の表情が、脳裏にちらつく度に、身体と意識は重くなってしまった。

 

 いつから自分は、こんな幼くなったのだろうか。

 幼く……その表現で、フウコは自己を評価したのは、彼女の【大人】というイメージの原点が、恩人である千手扉間だからである。また、身体の中にいる彼女の感情の不安定さを長らく目撃しているせいもあるだろう。

 

 つまり、感情に左右されるようになってしまった。

 

 任務を達成するために、目的を達成するために、無駄な思考はしなかったはずなのに。今では、七尾の確保という目的をはっきりと認識しながらも、雑念ばかりが頭を埋め尽くし、防ぎようのない不安と怒りが暴れまわっている。どうにもできない心のリバウンドに、身体は倦怠感に包まれ、動こうという気概を見せてくれない。そんな自分が情けなく、苛立たしく、また心が勝手に暴れ出す。

 

 思わず、刀を地面に叩きつけてやりたい衝動に駆られたが「フウコ」と、自分の名を呼んでくれるシスイが目の前に姿を現した途端、心の暴走はピタリと止まった。

 

「大丈夫か?」

 

 見上げる。

 声の質は任務をする時の彼のそれで、やはり表情も、無機質的。

 でも、自分よりも彼の方が大人だということを明確に理解できたことで、フウコは思考を安定させていく。

 

「うん、大丈夫」

「七尾はどうする?」

「私が抑え付けるから、シスイは辺りを警戒して。何か来るかもしれない」

「分かった」

 

 他にはあるか? と彼は問いかけてくる。彼と会話をし、問いかけられ、考える。この循環が、いつの間にか乱雑な思考を整えてくれていた。

 

「なるべく、私から離れないようにして」

 

 頷くと、シスイは影分身の術を使って、分身体を四体ほど作った。

 

 七尾の雄叫びが空気を震わせる。フウコが先導すると同時に、分身体は四方に配備され、オリジナルのシスイは後ろをついてきてくれた。すぐに、七尾が見えてくる。大蛇の姿はどこにもなかった。

 羽を折られ、節足の至るところが破損している七尾の動きは乱暴的だが、位置はほとんど移動していない。七尾の真正面に立つと、シスイが背中合わせにしてくれた。

 安心する。

 七尾が、こちらを向いた。

 自分たちよりも巨大な瞳。けれど恐ろしさなんて、まるで湧き上がってこない。

 

 右眼の写輪眼を―――万華鏡写輪眼へ。

 

 星の形をした紋様を浮かべる瞳で、七尾の眼を捉える。

 

高天原(たかまがはら)

 

 それが、フウコの右眼に宿る、万華鏡写輪眼の力。

 一瞬で対象の意識を刈り取り、眠らせる、最上級の幻術だ。

 しかし七尾相手では、一瞬とまではいかなかった。

 暴れ、悶え、叫び、抵抗する。

 

「………ッ!」

 

 右眼から、血涙が溢れだしてくる。これまで使用してきた中で、最長の時間を要しているせいだ。激痛に、右瞼が痙攣し始める。

 けれど、もう少し。

 あと少しで、七尾を―――。

 

「そうはさせないよ」

 

 七尾の意識を九割ほど刈り取ることができた時だった。巨躯を力なく地面に落とし、もうほとんど、抵抗できなくなった瞬間―――白ゼツの声が、フウコとシスイの身体を、驚愕で固まらせた。

 

 二人を、何十体もの白ゼツが囲む。

 

「フウコ、お前は七尾に集中しろ」

「シスイッ!?」

 

 背中からシスイの温度が離れる。

 駄目だ。

 心が叫ぶ。

 既に視線は、後ろのシスイを向いていた。七尾はもう動けないだろうという判断と、彼への心配が、そうさせた。

 

 瞬身の術を使うシスイの姿は、影の線となって、白ゼツたちを殺していく。

 不安なんてないはずなのに……心配が、胸を震わせる。

 彼を捉えられる者は、そうはいない。

 だけど、確かに見たのである。

 何十体もいる白ゼツたちが、明らかに、一斉にシスイに飛びかかっていく異様な光景を。遅れて

 

 シスイは一瞬だけ、動きを止めた。

 雨のように飛びかかり、隙間をほぼ埋め尽くす白ゼツたちを前に、彼は最短のルートを導き出すために、足を止め、写輪眼で状況を見定めている。さらに、白ゼツらの外側から攻撃しようとシスイノ分身体らが現れる。

 

 その、刹那の時―――フウコに、仮面の男に付けたマーキングの声が、届いた。

 

 地面から両腕が現れる。

 白ゼツのようにゆったりとした動作ではなく、鋭く、正確な動き。

 

 ―――マダラ様だっ!

 

 身体の中にいる女の子の声に怒りを覚える。

 だけど、七尾を抑え込まなければ。

 でも、シスイが。

 今から動いて間に合うか?

 悲しい未来。

 里の為に、優先すべきことは。

 仮面の男への怒りが。

 不安が、心配が―――雑念が。

 フウコの行動が、遅れる。

 

 ようやく動き出そうと足に力を入れるが、

 

 左足が、動かなかった。

 

「悪イガ、オ前ノ足ハ貰ッタ」

 

 自分の左足なのに、そこには、黒ゼツが巻き付いて、膝から下を支配している。

 シスイとフウコに、ほぼ同時に、隙が生まれた。

 

「シスイッ! 逃げてッ!」

「……ッ!?」

 

 フウコの声は―――だが、遅かった。

 

 何もかもが、一手、間に合わない。

 そこからは、無情に時間が過ぎていく。

 

 両足を掴まれたシスイの意識に完全な空白が生まれ、動きが取れなくなる。白ゼツたちの雨は分厚く、たとえ外側の分身体でもオリジナルを助けるまでに至らなかった。

 

 シスイは地面に抑え付けられ、彼の首元には、仮面の男が彼から奪った暗部用の刀が添えられていた。分身体は、仮面の男がシスイに脅迫を行い、シスイが解いてしまった。

 

 そしてフウコもまた―――白ゼツたちに、うつ伏せの状態で、地面に抑え付けられていた。

 刀は取り上げられ、身動きもとれない。

 ……いや、もう、そんな事態ではなかった。

 たとえ動けようとも、動けなくとも……、もう………。

 

 仮面の男は、勝ち誇ったように、写輪眼で彼女を見下ろした。

 

「うちはフウコに、身体を渡せ」

 




 次回の更新は十日以内に行いたいと思います。

 また、以前『全体的に文章がくどい』という貴重なご意見をいただき、今回は実践してみました。ですが、それでもまだ『くどい』ようでしたら、ご指摘いただけたら幸いです(たとえば、心理描写が無駄に多い、や、行動描写が細かすぎる。または無駄に言葉を使いすぎる、など)。

 他にも、何かございましたら、ご報告いただけたら幸いです。

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