「さてさて。御嬢さん方、これからは私があなたたちのお相手をさせていただきますね」
これから起こるのは――いや、既に起こっているのは殺し合いだというのにもかかわらず、ロウは気負いなく立っている。
それは紛れもない自然体だが、戦場という不自然な状況では逆に不自然だった。白鳥の群れの中にカラスが一匹紛れ込んでいる違和感。
闇夜に溶け込むような漆黒の和服の裾を風になびかせ、煙管を片手で弄んでいる姿は優雅ささえ感じられる。
だが、ここは戦場。
「誰かは知らんが、邪魔をするなら容赦はせん!」
「…………」
声と共に放たれる一刀と無言のままに振るわれる一閃。迫る二本の刃は容赦なく、左右から挟み込むようにロウの首を狙う。
「ふぅー……」
それに対してロウが取った行動は煙管を加えて煙を吐き出しただけ。だが、ロウが吐き出した煙は煙突から出たかのように黒々としており、それは刃がその中を潜り抜ける直前に硬質な輝きを帯びた盾へとその姿を変えた。
「何っ!?」
「ぬぅ……」
刃が弾かれて二人は思わずたたらを踏む。そこに黒煙が吹きかけられる。黒煙はその形を
だが、相手もそれをむざむざと食らうような弱者ではない。
二人が
二人は軽やかなステップで迫る無数の矛先を回避し、ロウを挟み込むように左右に分かれて走り込む。
さて、どちらから対処したものだろうかと僅かに
それに対してロウは再び煙を盾に変えることで防御する。今度は盾が来ることがあらかじめわかっていたからか、カーラマインが吹き飛ばされることはなかった。
そしてロウがカーラマインの対処をしたのとほぼ同じ瞬間、反対側からシ-リスが大剣を横薙ぎに首を切断する軌道で振るわれる。
振り返る動作さえ惜しんだロウが身を屈めて大剣の刃を頭上を通過させると、上からカーラマインの炎剣が振り下ろされる。もう煙で防御するには近すぎる距離だ。
振り下ろされた炎剣によってロウの頭部が二つに裂けるかと思ったが、ロウは常に持っている鉄製の煙管で剣を弾き、低く飛ぶように跳ねて二人から距離を取った。
ロウは空中で姿勢を変え、一際大きく口の中から黒煙をまき散らす。辺り一帯に広がった煙は渦巻きながらひとつの形を
そして作られたのは黒い東洋系の細長い体を持つ龍だ。
「行きなさい!」
ロウが鋭く声を発すると、龍は大きく口を開けて二人の剣士に向かって砲弾のように突進する。
人間一人ぐらいなら丸のみにしてしまえそうなほど大きな
「くっ!」
咢をかわした後に迫り来る、自分の皮膚を切り裂こうとする爪を剣で弾くカーラマイン。危機的状態にある仲間を一顧だにせず、シーリスはロウとの距離を詰める。
「あら、お仲間を助けてあげないの?」
それを訝しんだロウが大剣の刃を避けながら尋ねる。
「貴様を倒せばあれも消えるのだろう?」
確かにその通りであるので、ロウはなんとも言えずに苦笑する。
「そうだけど、ちょっと淡泊すぎないかな」
自身に対して致命傷を負わせるだけの殺傷力を持った大剣を目の前にしても、ロウの態度に変化はない。体を軽く傾けて、微妙に狂ったテンポでステップを刻みながら大剣を回避していく。
煙で武器を作ろうとしないのは、発動の媒体となっているであろう煙管が龍の制御のためかタクトのように振るわれているからだろう。
しかし、防戦一方で攻撃をされるがままであるにもかかわらず、ロウにはまだ余裕が感じられた。
今のロウは龍を遠隔操作しながらシーリスの剣を避け続けている。例えるなら携帯ゲーム器で遊びながらサッカーをしているようなものだ。集中力がいつまで続くかは見当も付かないが、そう長く続くものでもないだろう。
しばらく拮抗した状態が続いたが、二対一という数の面で不利なロウが拮抗を崩すと思われた。だが、その拮抗を最初に崩したのはカーラマインだった。
「むっ!?」
龍との幾度目かの交錯。何度も鋭い爪を受け止めていたせいで炎剣が刃の中途でぽっきり折れてしまったのだ。
「隙有り」
それを見たロウが鋭く煙管を一振りすると、龍はとどめとばかりに大きく口を開けて飛びかかった。それに対し、カーラマインは腰に差していた短剣を引き抜く。
「吹け、炎の旋風よ!」
熱さを持った旋風が吹き荒れ、煙でできていた龍をあっさりと吹き散らした。
「あ、あれ?」
そこで始めてロウが表情を変えた。間の抜けたような表情で冷や汗が一筋流れる。煙を自在に操るロウにとって、風とはとても相性が悪いのだ。
「くっ!」
だが、龍が消された事で制御の必要がなくなったため、ロウは新たに煙を吐いて無数の剣を作り出し、シーリスを牽制して距離を取った。
「そういえばフェニックスは炎と風を司る悪魔だっけ。炎はともかく風は相性悪いなっ!」
先ほど作り出した剣を一斉に撃ち放つも、カーラマインが再び起こした熱風に吹き散らされる。
「くはー、もう限界。火種が尽きた。イッセー、残りは任せた」
煙管から燃え
「おう!」
『
開いた隙間を埋めるようにシーリスに向かって駆け込んで、左腕を大きく振りかぶる。
「どりゃぁぁぁ!」
倍化を始めてから今まで経過した時間はおよそ三分。
その力を左拳に込めてシーリスを、防御のためにかざされた大剣ごと殴り飛ばした。大剣は途中で折れ砕け、腹部に拳が突き刺さると不快な感触が返ってくる。
「シーリス! ――おのれ!」
カーラマインは短剣を振るって熱風を巻き起こす。だが、この程度の温度にはもうすっかり慣れた。ラマさんの炎の方がよっぽど熱かった。
「この程度、今更効くかよ!」
全身からオーラを放出して熱風を吹き払う。
「イッセー、掌にオーラを集めて放て!」
入れ替わるように後ろに下がったロウからの言う通りに、左手に赤いオーラを集中させ、掌をカーラマインに向け、右手で手首を握って安定させる。そして撃ち出すイメージを思い描いて力を込めると、掌から赤い光弾が飛び出した。
光弾はカーラマインに激突すると大爆発を起こした。
「……やったか?」
左手を突き出したままの体勢でそう呟くと、ロウが歩み寄ってきた。
「それフラグ……と言いたいところだけど、やったみたいだね。姿が見えない」
確かに爆煙が晴れた後に誰もいなかった。最初に倒したイザベラも、もう姿は見えなかった。
「逃げたのか?」
「――というか、戦闘不能になったら強制的に転送されるように術式を仕込んであったみたいだね。何にせよ、これで一安心かな」
ロウがそう言うことは分からないが、取りあえず危機は脱出したらしい。
「でも、また来るだろうね。最低でも彼女たちの主様がまだ残ってるだろうし。でも、今日のところは大丈夫でしょう」
それなら良かった。力をほぼ最大まで二回も倍化させたからへとへとなんだ。
「念のため私が寝ずの番しておいてあげるから、君たちは安心してお休みなさいな」
「ああ、そうさせて貰う……」
今は一刻も早く休みたい。これ以上は一回も倍化できない。
●
「イッセーさん、無事ですか!? 怪我してませんか?」
今まで隠れていたアーシアが駆け寄って来る。
「アーシア、大丈夫だ。怪我はしてない」
「それならいいんですが……」
アーシアは俺が手合わせすると必ず心配する。心配してくれるのは嬉しくもあるが、申し訳なくもある。
「一応回復させてくださいね」
緑色の光が体を包み、体の節々の痛みが消えていく。だが、アーシアの
「悪い、アーシア。疲れたから寝させてもらうな」
「それでは、一緒に寝ましょうね」
俺とアーシアは一緒に寝ている屋外では寝る場所が限られるので仕方ないのだ。だが、ロウはいつもどこにいるのかは分からない。しかも寝ているかどうかも定かではない。
(ライザー・フェニックスか……)
まだ見ぬ相手。新たな驚異。どうやら俺はまだまだ平穏に暮らすことはできないようだ。
●
(さて、面倒なことになった)
まさかフェニックスが出てくるとは思いもしなかった。
フェニックスの特性は不死。ほとんど無敵の存在だ。現段階の兵藤一誠では太刀打ちできないだろう。
(どんな因果か因縁かは知らんが、全く……リアス・グレモリーはどうやら厄介事がついて回る星巡りらしいな)
振り回される身としては堪ったものではない。
(さて、兵藤一誠は一体どうなるのだろうか)
負けて捕まるか勝って逃げ延びるか、二つに一つ。果たしてどうなるかは彼次第。
「せめて可能性を
吐き出した紫煙が月を覆い隠すように広がった。
「先行き不安で前途洋々とは行かないけれど、それでも私がすることは変わらないわ」
あの日出会った私の希望。それを取り返すためなら何だってしてみせる。