「ぬおわぁぁぁ!」
今日も俺はラマさんの吐く炎に追いかけられていた。
『こら小僧、少しはかかってこんか!』
「そんなこと言われたって!」
逃げ続ける俺に業を煮やしたラマさんは俺の行く手に炎を放って逃げ場を封じる。
『うむ、最初からこうしておけばよかったな。それでは行くぞ』
ラマさんは少しずつ空気を吸い込み、灼熱の息吹に変えて吐き出す。
逃げられない。死ぬ。そう思った瞬間、体の内から急に力が湧き出した。きっと火事場の馬鹿力的なものなのだろうが、単純な力では目の前に迫る炎の壁は突破できない。
その時、この前ロウが言っていたアドバイスを思い出した。
(オーラを体の表面に集める。今俺の内側にあるものがオーラだとするなら、それを体の表面まで持ってくる!)
そう意識した直後、俺は人間など軽く焼き焦がしてしまうほどの熱を持った炎に飲み込まれた。
●
「イッセーさん!」
イッセーさんが炎に包まれたのを見て、私はいてもたっても居られずイッセーさんに駆け寄ろうとしました。ですが、そんな私の腕を誰かが掴んで私を引き留めます。
「待った、ウェイト。あの中に飛び込んだら熱量で死ぬよ?」
「でも、イッセーさんが……!」
ロウさんの言っている事は理解できますが、私は居ても立ってもいられません。
「大丈夫だって。死ぬようだったら私が助けてたから。ほら、よく見なさい」
ロウさんが指さした先を見ると、炎に包まれたイッセーさんが腕で顔を庇うようにして立っていました。
●
「し、死ぬかと思った……」
結果だけ見れば、俺はあの炎に耐えることに成功した。だけどタイミングが遅かったせいか、制服の肘から先は炭化して崩れ去ってしまった。
「ラマさん、一度中断で。おーいイッセー君、こっちまで跳んで来なさい」
ロウに呼ばれたので、まだ倍化されていた脚力を使って思い切りジャンプして真っ赤になっている岩の地面を飛び越える。
「アーシア、一応回復してあげて。もしどこか火傷してて、感染症にでもなったら大変だもの」
「はい!」
アーシアの放つ緑色の光に包まれて、俺は緊張が解けたせいかその場にへたり込んだ。
「イッセー君、お疲れ様。ようやくオーラの使い方がわかったみたいだね」
にこやかに笑うロウに反発しそうになるが、ぐっとそれを腹の内に押し込めた。
「ああ、なんとかな」
「オーラは防御だけじゃなくて攻撃にも使える。そこらもおいおい練習するとして、しばらくは休憩ね。ラマさんもお疲れ様です。しばらく休んでもらって構いませんよ」
『そうだな。久しぶりに火を吐きすぎて少々喉が痛い。炎症止めの薬草でも食んでくるとしよう』
そう言ってラマさんは振り返って森に歩いて行った。
(サラマンダーも炎症とかあるんだな)
「まあ、体内まで燃えてるわけじゃないからね」
「普通に心を読むなよ」
●
「ここか?」
「そのようだ」
「目標の名前はなんと言ったか……」
「兵藤一誠。リアス・グレモリーさまの『
「それがどうしてこんな所にいるのやら」
「彼は元は何も知らない人間だったそうだ。突然の変化を受け入れられなかったのだろう」
「だからこそ、強引にでも連れ戻すように指示されているのか」
「そうかもな。さあ、そろそろ行くぞ」
●
「吸ってー、吐いてー、止めてー。今、オーラを感じられてる?」
息を止めているため喋れず、頷いて返答にする。
「じゃあ、今度はそれを広げてみよう。薄く息を吐いて。遠くにゆっくりと意識を向ける感じ」
言われた通りに薄く息を吐きながら、体の内にあるオーラを薄く広げていく。薄く広がったオーラはまず近くにいるロウやアーシアの所まで広がると、それぞれ別の感覚が返ってくる。ロウは鈍く冷たく、アーシアは柔らかく暖かい。
「それが簡単な気配察知。原理としてはソナーみたいなものだね。試しに限界まで広げてみて。ただし、一つ一つ正確に捉えようとするんじゃないよ。脳が情報量を処理しきれないでパンクするからね。あくまでも広げて、感じるだけ」
ロウの言う通りにオーラをさらに広げ、この森に生きる数ある生命の息吹を感じ取る。温かみに溢れる気配の中でロウの気配だけが異様な雰囲気を保つなら、更に二つの異分子が紛れ込むのを感じ取った。
「ッ――!」
そこに意識を集中しようとしたところで、頭に痛みが走る。
「限界かな。今日はここまでにしておこうか」
それを限界だと察したロウが止めるが、それを首を振って否定する。
「違う……何か別のものがいた。生き物だけど、ただの生き物じゃない」
あの気配には覚えがあった。今の俺と似通った気配。
「そう、あれはきっと悪魔だ」
「どっちから?」
ロウは声音を真剣なものに変えて尋ねてくる。
「えっと……あっちだ」
ロウは俺が指差した方に向き直ると、しばらくじっと見つめた後に舌打ちした。
「こっちの位置はもう悟られてるな。走って来ているという事は気付いたことに気付かれたという事で……――追っ手か」
追っ手。それを聞いた瞬間についに来たかと思った。今までは穏やかに暮らせていたが、この日がいつか来ることは分かっていた。
「グレモリーの眷属にはいなかったな相手だね。数は二。どうするイッセー君? 一人で二人を相手する?」
「……そう言うってことは、一人は引き受けてくれるのか?」
こちらを試すように笑いかけるロウに対してそう言い返すと、ロウは愉快そうに笑った。
「いいよ。その言い分に免じて一人は引き受けてあげる。ただし、二人同時にかかってきたらの場合だけど」
「十分だ」
そもそもロウが俺を助ける理由はないのだ。手を貸してくれるだけでもありがたいと思わなければならない。
「
『
出くわす前に
「兵藤一誠だな」
「ああ」
顔の半分を覆う仮面を着けた女性に訊かれたので、素直に答える。どうせごまかしても無駄なんだろうからな。
「我が主、ライザー・フェニックスさまの命により、お前をリアス・グレモリーさまの元へ連れて行く。抵抗するならば容赦はしない」
俺はそれに拳を構える事で応える。無論、連れて行かれるつもりはない。
「……そうか」
俺が抵抗すると分かって仮面の女性が構える。だが、もう一人の甲冑を装備した女性は腰に差した剣を抜こうともしなかった。
「そっちの人は来ないのかい?」
二人同時にかかってきてもらいたいわけではないが、途中で割り込んで込まれても困る。
「一対一に水を差すほど私は野暮ではない」
「なら、私も手出しはしないよ。その代わり、負けても助けてあげたりはしないからね」
ロウはアーシアの近くまで下がって煙管を咥える。
「アーシアを守ってくれるだけでいい」
これで二度目の負けられない真剣勝負だ。アーシアを庇いながら戦って勝てる自信はない。
「ライザーさまの『
「赤龍帝、兵藤一誠」
武士のようにお互いに名乗りを上げて、ほぼ同時に動き出した。
イザベラは真っ直ぐ拳を伸ばしてくる。その拳は確かに速いが、ディーネちゃんの拳打と比べると迫力に欠ける。焦る事なくよく見て交わして、反撃の拳を突き出す。
「ぬっ」
カウンター気味に放たれた拳をイザベラは首を傾けて避けて、すぐに距離を取る。
「予想より大分できるようだ……。なら、こちらも本気で行かせてもらう!」
イザベラは体を不可思議に揺らすと、ボクシングでいうフリッカーのようにムチのような打撃が飛んでくる。
予想できない角度からの拳をカードするのは容易ではなかったが、一発の威力がそれほどでもなかったので大したダメージではない。
「ぐっ!」
そう思っていたら、拳に気を取られた隙に、腹部に蹴りが命中した。
「このっ!」
あまり攻撃を受けると倍化がリセットされてしまうため、腕を大きく振って距離を取らせる。
『
これで発動してから二分。これだけ時間が経ったなら十分だろう。
「いくぞ、ドライグ」
『
音声と共に緑色の宝玉が一際強く輝く。これで準備は整った。
「貴様……なんだその力は? 先ほどまでとは桁違いな……」
「行くぞ」
一歩踏み込み、拳を突き出す。ただそれだけの動作だが、倍化されたおかげで左拳は人間では視認できないほどの速さでイザベラへと伸びる。
「ぐぉ……っ!」
間一髪のところで胸の前で腕を交差させ、攻撃を防ぐイザベラ。だが、攻撃はまだ終わっていない。
『
籠手の肘の部分からエネルギーが噴出し、イザベラを吹き飛ばす。
吹き飛ばされたイザベラは木に体を強く打ったが、倒れる様子はなかった。だが、腕は折れているだろう。もう戦えないはずだ。
『
倍化が終了したので、すぐに倍化を再開させる。
「次はお前か?」
剣士の方に向かって話しかけると、剣士は腰の剣を抜いた。
「力の桁違いな増幅……! それが
剣士が戦慄した表情で問いかけてきたので、そうだと頷く。
「ならば、即攻で倒させてもらう!」
剣士が走り出すと同時に、彼女が手に持った剣が炎を発する。
「せいっ!」
裂帛の気合と共に振り下ろされる刃を籠手で弾く。左腕の肘から先を覆っているこの籠手は防具としても優秀で、刃どころか炎も防ぐ。
それを数合続けて、じわじわ力が倍化するのを待つ。
「伏せなさい、イッセー君」
ロウがそう声を発したのが聞こえた瞬間に身を屈めると、その直上を刃が通り抜けた。
「なにっ!?」
「シーリス!? 何故お前がここに居る?」
(新手か!)
突如現れた救援を目にして、慌てて下がる。
「リアス・グレモリーさまの話から同行者がおり、その者が手練だと分かったので応援に向かうようライザーさまに言われたのだ」
「そうか……。本来なら一対一でいきたいところだが、相手が
二人の剣士が同時に迫る。どちらに対処するのか迷った瞬間、俺と相手の間に線を引くように黒い一閃が通り抜けた。
「二対一になったから、私も手を貸すよ」
煙管を片手に気負った感じもなく、ロウがこちらに向けて歩いてきた。
「倍化にかかる時間稼ぎはしてあげる。そうだね……五分ぐらいまでなら保たせられると思うから、ギリギリまで倍化してもいいよ」
「任せた」
「任された」
ロウは全く気負うことなく、二人の悪魔剣士に対峙した。