はぐれ悪魔 イッセー   作:夜の魔王

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Trick

 ブォン

 鍛え抜かれた拳が耳元を掠め、風圧が髪を揺らす。

 剛拳を紙一重でかわした俺は懐に潜り込み、左の拳を思い切り突き出す。だが、距離が近いために相手を倒せるだけの威力はこの拳に込められてはいない。

『JET!』

 だが、その拳は後押しされるように急加速し、相手の腹に突き刺さる。

「ぐ……見事」

 賞賛の一言を俺に贈り、目の前の強敵(とも)はとうとう膝を着いた。

 

 

 

「はい終了。アーシアちゃん、治療お願い」

「はい!」

 ロウの声で緊張状態にあった体を弛緩させ、アーシアが俺のパンチで倒れたディーネちゃんの腹部に神器(セイクリッド・ギア)の緑色の輝きを当てる。

「お疲れ、イッセー君。まさか一週間でディーネちゃんを倒せるようになるとは思わなかったけど、最後のは一体どうしやったの?」

 ロウの問いかけに、左腕の赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を見せる。赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)はこの間までと少し形を変え、肘の近くに噴射口が追加されていた。

「これで腕を加速させてパンチの威力を高めたんだ」

「なるほど。多段ロケットみたいなものだね」

 ふむふむと頷きながら、ぺたぺたと赤い籠手を触るロウ。そこに宿っているドライグが不満そうに唸り声をあげた気がした。幸いにもロウはすぐに手を放してくれたため何事もなかった。

「兵藤一誠」

 後ろから涼しげな透き通るような声がかけられた。振り返ってみるとアーシアに治療を済まされたディーネちゃんがそこに立っていた。

 今の声はディーネちゃんの声で、声だけは俺の持っていたウンディーネのイメージと一緒で、それが外見とのとてつもないギャップを生み出していた。

「今の一撃、見事だった」

「正直卑怯な気もするけどな」

 今のは普通の人間には逆立ちしたって真似できないことなので、少し卑怯だなと思っていた。だけどディーネちゃんは笑って首を横に振った。

「そなたは自身が持つ力を活かしたまで。それを卑怯に思う必要はない」

 そう言ってディーネちゃんは俺に右拳を突き出してきた。

「だが、一度見た以上、次はそう簡単には食らわぬ。再戦を楽しみにしているぞ」

「ああ。俺もだ」

 突き出した拳に俺も自分の左拳をぶつける。

「ふむ。それにしてもそなたは将来有望そうだ。どうだ? 私の婿に――」

「だめです~!!」

 ディーネちゃんが何事かを言いかけたその時、アーシアが大声を出してそれを遮り、俺とディーネちゃんとの間に両手を広げて立つ。

「イッセーさんは渡しません!」

(あれ、おかしいな。話の流れが読めない)

 俺とディーネちゃんは互いの健闘を称えあってたはずなのに、いつの間にか渡す渡さないの話になっていた。ところで一体何を渡すのだろうか。

 必死の表情でディーネちゃんをにらんでいるアーシアだが、ディーネちゃんはアーシアの頭を優しく撫でて湖に向かって振り返った。

「ではな、兵藤一誠。私はまだそなたと戦いたいが、後の予定が詰まっているそうなのでな。助け、もしくは手合せの相手が必要な時はいつでも呼ぶがいい」

 呼ぶというのは召喚のことであり、魔力の運用法のわかりやすい一例としてロウに教えてもらった魔力による現象の一つだ。悪魔は本来呼び出される側だと思うんだ。

 そしてディーネちゃんは湖を輝かせて帰って行った。

 

「さて、ディーネちゃんを倒せたお祝いに、今日はパーっといきましょう」

 今日のメニューはロウが仕留めた牛のような生き物のステーキだ。

「肉なんて久しぶりだな」

 脂が焼けるじゅうじゅうという音を聞いているだけでよだれが出そうだ。

「この人数だと大型獣を仕留めても食べきれないからね。こんな環境じゃ保存もできないし、においを嗅ぎ付けて周りの獣も寄ってくるから、食べない部分は撒いておいたけど」

 そんな理由もあり、肉を食べるのは本当に久しぶりだ。普段食べてるのはほとんど野菜でたまに魚。主食にロウが町で買ってきたと思われるパンだ。今の俺は成長期がほとんど終わってるから耐えられるけど、中学生の頃だったら無性に肉が食べたくなってただろうな……。

「しっかり食べなさい、二人とも。動物性たんぱく質は貴重だよ」

 火の通り具合を確認しているロウの言葉に、俺は一も二もなく頷く。

 ちなみに、ロウはアウトドア生活が長いのか、屋外での料理が得意であった。味付けが塩コショウのみなのが玉に瑕だ。

「言われなくてもしっかり食べるって」

「はい」

「んー……焼けたみたいだね」

 ロウは肉を火の上から下ろして木でできた大皿に乗せて、ナイフで切り分けてからそれぞれの皿に盛った。

「それじゃ、食前の祈りを――」

 これはアーシアが一番長い――というより、俺たちが短すぎる。いただきますの一言で終わらせるのは日本人ぐらいだろう(ロウもいただきますで済ませてたからあいつも日本人なんだろう)。

 

 

 

 

「イッセー君、明日からはまた新しい相手と練習してもらうから」

 ロウが唐突に切り出したのは食事を終えて、片付けを済ませた時である。

「次はどんな相手なんだ?」

 戦うのは別に好きではないが、また見たことのない生物に会えるのは少しわくわくする。ディーネちゃんもウンディーネの女だってことを除けばいいウンディーネだった。

「サラマンダー。火蜥蜴(ひとかげ)とも言うね」

「サラマンダー……っていうと、ドラゴンみたいな奴か?」

 俺がゲームのイメージからそう発言すると、突然ドライグが声を発した。

『無関係とは言わないが、ドラゴンとしてはあんな奴らと一緒にしてもらいたくはない』

「まあ、間違ってるとは言わないけど。実質はドラゴンの亜種の末裔の傍系ってところかな?」

 ドライグの声に被さりそうなタイミングでロウが苦笑混じりにそう教えてくれた。ドライグの声は基本的には俺にしか聞こえないのでロウにも聞こえてないのだろう。

「ほとんど別物ってことだな」

 ロウに返事をしているように見えてドライグにも受け答えつつ、明日会えるであろう火蜥蜴(サラマンダー)の姿を想像した。

 

 

 ●

 

 

 私、リアス・グレモリーは実家に呼び出されて、婚約者のライザー・フェニックスと引き合わされていた。

「お父様、話が違います。結婚は私が大学を卒業してくれるまで待ってくれるという話だったはずです!」

 今の私はライザーと結婚する気はさらさらなかった。親同士が決めた婚約者が気に入らないということ以前に、今の私はまだ結婚そのものをしたくなかったからだ。

「リアス、わかってくれ。悪魔の駒(イーヴィル・ピース)のおかげで悪魔の人口は増加傾向にあるが、まだまだその数は少ない。純血の悪魔ともなればその数は更に少ない。そんな中、純血の悪魔同士の結婚はこの緩やかな危機に対する希望になりえるのだよ」

「私を広告塔にすると言いたいんですか!」

 冗談ではない。私は結婚する相手ぐらいは自分で決めたい。そんな大人たちの勝手な都合で決定されては堪ったものではない。

「リアス、グレモリー卿にあまりわがままを言うんじゃない」

 同席している私の婚約者ということになっているライザーが私をたしなめる。

 彼はフェニックス家の三男であり、グレモリー家時期党首の私と結婚するということは、彼は恐らく婿養子としてグレモリー家に入籍することになるはずだ。今のうちにお父様と親しくなっておきたいのだろう。

 私はそんな彼のことがあまり好きではなかった。彼が私に向ける(特に胸に向けた)視線は時折いやらしいものが混じっている。

「ならリアス、上級悪魔らしく、レーティングゲームで決着をつけるとしよう。君が勝ったなら婚約破棄だ。その代わり、俺が勝ったら即結婚だ」

 その提案は対等のように見えて、実はこちらに随分と分が悪い。

 レーティングゲームは今の悪魔たちが好んでいる、下僕悪魔同士を戦わせるゲームなのだが、このレーティングゲームに公式に参戦できるのは成人してから。

 私は未だにそれを経験していないのに対して、ライザーは十戦して八勝しており、残る二敗は家同士の関係で譲ったもので、事実上の無敗。不死鳥(フェニックス)の再生能力はそれほどまでに驚異なのだ。

「……わかったわ。その勝負、受けましょう」

 だけど、今の私にはその勝負に乗るしか道はなかった。

「勝負はいつにする? 俺は今からやっても構わないが、君の方はそうもいかないだろう。そうだな……十日でどうだろう?」

 ライザーの提案を聞いて、私の脳裏に一つの考えが閃いた。

 この提案は私に取ってはどう転んでも不都合にはならない。そう考えて私はその考えをライザーに告げた。

 

 

 

 ●

 

 

 

「うわぁぁぁん、熱いよぉぉぉ!!」

 思わず情けない悲鳴を上げてしまうほどの熱波が後ろから迫ってくる。その熱さは岩石を舐め溶かすほどの熱量を持っている。

『くはははは! どうした、駆け出しの赤龍帝! この程度で怯むようでは先はまだ長いぞ!』

 ロウから紹介されたサラマンダーのラマさん(別の動物だとか言っていけない)は予想を超える大きさだった。体は五メートルを優に超える巨体であり、口は縦に開けたなら俺を縦に丸呑みできそうなほど大きい。

 そこから吐き出される炎は岩石をあっさり溶かして人間の肉なんて簡単に炭化できそうだった。そしてその範囲はちょっとした小川並みだ。

「もうこれ戦うとかいうレベルじゃないぞ!」

 逃げるだけで精一杯だ。しかももし近づけたとしても俺の胴より太い手足や尻尾には高温の炎が(とも)っている。

「こんなのどうすればいいんだよ!」

 そして一番の問題は服だ。いつ火が着くかと気が気でない。今の俺はこれ一着しか持ってないんだぞ!

「だから言ったでしょ。オーラを体の表面に集めるんだって。もしくは神器(セイクリッド・ギア)の範囲を全身に広げろ」

 そう言うロウは体を薄暗い何か――おそらくあれがオーラなのだろう――をまとって数百度はあるラマさんの上に座っていた。

「そもそもオーラってなんだよ!」

「生きてる存在が発する気配的なもの。気とも表現される」

 そう言われてもわからない。

「もっとも、これは言葉で言ってもわからない。これを引き出すのに必要なもの、それは命の危機だ」

 さらっとえげつないことを言われた。

「というわけでラマさん、死なない程度に炙っちゃって」

『火加減は心得ている。どんどんいくぞ小僧!』

「ひ、人殺し――!!」

 

 

 

「これがサラマンダーの子供なんですね。まだ小さくて、炎もまだそんなに熱くないんですね」

 イッセーが死にかけている間、アーシアはラマの子供と(たわむ)れていた。

 

 

 

 ●

 

 

 

「お呼びですか、ライザーさま」

「よく来たな、イザベラ、カーラマイン。お前たちに頼みたいことができた」

 


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