「んー……ここまで大事になるとは思ってなかったな。ここは反省の気持ちも込めて私に任せておきたまえ」
堕天使四人を前にして、何も気負ったところを見せない態度を取るロウに、堕天使たちは苛立ちを覚えた。
「どこの誰だか知らなけど、邪魔をするようなら殺すわよ」
レイナーレの最後通牒を聞いたロウは火の着いた
「単なる通りがかりなら出てきたりはしないんですけどね。こうなった原因は私だと思いますから、この二人を守る責任が私にできてしまったんですよ」
至極面倒そうな仕草で煙管を咥えて上下に動かす。
「だったら死になさい」
レイナーレが手を挙げると、他の三人の堕天使が手に光力を集める。
それと同時に、対峙する俺たちと等間隔の位置に赤い魔方陣が現れる。
「ああ……更に厄介なことに」
その魔方陣から現れたのはリアス先輩たち悪魔だった。
「町の外れで騒ぎが起こってると思ったら……堕天使たちが集まって何をしているのかしら?」
状況を把握したリアス先輩の第一声はそれだった。
「貴様に言う必要はない。これは堕天使の問題よ、悪魔如きが関わらないでもらえる?」
「そういう訳には行かないわ。ここは私が管理する町だし、そこに居るのは私の下僕よ。関係がないとは言わせないわ」
二人が口論を始め、その間にロウが小声で話しかけてきた。
「――少年。合図したらそこの少女を連れて公園から逃げなさい」
「お、おう」
その間にも二人の口論はヒートアップしていき、二人の側の人たちも険悪な雰囲気を高めていた。
「……まあいいわ。あなたたちの狙いはそのシスターかしら? なら彼女を連れてさっさとこの町から出て行ってくれる?」
(な、何だって!?)
今、リアス先輩は事を穏便に収めるためにアーシアを差し出そうとした。
「話が早くて助かるわ」
そして堕天使と悪魔が揃ってこっちを向いた時だ。
「振り返らずに行け、少年。お姫様を守って上げるのは男の役目だよ」
「分かった!」
ロウからの合図を受け、俺はアーシアの手を引いて走り出した。
「逃がすな!」
「待ちなさい!」
二人の声を背に受けて俺は振り返る事なくアーシアの手を引いて走る。
「――行かせないよ?」
後ろで聞こえたロウの声に頼もしさを感じながら、俺は公園を駆けた。
「裕斗、追って!」
「はい、部長!」
眷属の中で一番足の速い裕斗に命じてイッセーの後を追わせる。
「――行かせないよ?」
だけど、正体不明の人間が煙管を口から離し息を吹くと、口から真っ黒な煙が大量に吹き出して辺りを覆い隠した。
視界が利かない中で数度の金属音がし、何かが倒れ込む音がする。
その直後に無数の羽音と共に黒煙が吹き払われる。
辺りが見えるようになると、裕斗が黒い人影の足元に倒れており、堕天使の一人――コートを着た男が居なくなっていた。
「朱乃、イッセーを追って頂戴」
このままでは堕天使の男によってイッセーが殺されるかもしれない。
「はい、分かりましたわ」
朱乃は頷いて悪魔の翼を広げて飛び立つ。
「おっと、行かせませんよ」
黒い人は煙管を逆さにして管を指で叩いて先端から黒い塊を落とす。それが地面に落ちた瞬間、辺り一体を包む結界が張られた。
「これで私を倒さない限りこの中からは抜け出せません。追うのであれば私を倒していけ」
私たちを閉じ込めた人間は愉快そうに笑う。
「邪魔をしないで。堕天使が一人居なくなっているのが分からないの? 下手をすればイッセーはそいつに殺されるわ」
私がそう言うと堕天使共がクスクスと笑う。それが私の神経を逆撫でする。
「あんなの程度に殺されるようでは彼に先はありませんよ。人が成長するには試練が必要です」
それを聞いて、私はなんとなくだがこいつは堕天使をわざと見逃したのかと思った。
「……もういいわ。手っ取り早くあなたを先に殺しましょう。そうすればこの結界は解けるのでしょう?」
「ええ。ですが――」
そこで人間は鋭い視線で私たちを睨みつける。
「貴様ら如きが私を倒せると思うなよ。本気で殺したかったらまとめて掛かって来い」
そのあからさまな挑発に私たちは乗った。今だけは堕天使と争うことなく、目の前の人間を倒すが間違っても堕天使と手を組んだという事ではない。
――敵の敵が味方とは限らないのだ。
俺は今、アーシアを抱きかかえて走っていた。
逃げる最中に力を倍化させてたから、もうアーシアでは付いて行く事も出来ないほど俺の足は速くなっていた。もう人間の範疇は超えているだろう。
だけど、そんな俺を追っている奴がいた。
公園を出てからしばらくしてからだろうか。いつの間にか後ろの空から羽音が迫っていた。
抱き上げたアーシアに確認して貰ったところ、どうやら堕天使の一人が追って来ているようだった。
(これじゃあこの前と同じじゃねえか!)
逃げてばかりじゃ倍化した力に時間制限がある俺だといつか捕まる。だから出来るだけ早い内に叩いて起きたかった。だけど、何も持っていない俺じゃ空を飛んでいるあいつを攻撃できない。
(ドライグ、何か遠くを攻撃できる方法はないのか? ビームとか!)
『できなくもない。だが、それをするのには今のお前じゃ力不足だ』
できるんだビーム! でも今の俺だとダメですか!
「なら、どこか狭いところに……」
辺りを見回すと、もうすぐこの町の出口だった。なら近くには隣町に続く道があり、その途中には小さなトンネルがある。そこなら余り高さもないので迎え撃つ事が出来るはずだ。
「アーシア、少し急ぐ。しっかり掴まっててくれ」
「はいっ!」
迎え撃つだけの余裕を作るため、俺は走る速度を更に上げた。
「よしっ、準備万端! かかって来いや!」
アーシアを抱えて長い距離を走ったから疲れてはいるが、改めて
アーシアはトンネルの端に下がってもらっている。
そう思って待ち構えていると、トンネルの外で何かが光った。それを良く見てみるとそれは光の槍だった。
それに気付いて身を捻ったが、光の槍は俺の左肩に突き刺さった。
「
全身を奔る激痛を歯を食いしばって耐える。ここで崩れ落ちたら
「イッセーさん!」
アーシアが駆け寄って俺に傷口に手をかざすと、緑色の光が全身を覆い、痛みが引いて傷が塞がっていく。
「アーシア、助かっ――伏せろ!」
お礼を言おうとした時、もう一度光の槍が飛んできたので、アーシアを押し倒すようにして地面に伏せさせる。
すぐに起き上がると、この前俺を襲った男――ドーナシークがトンネルスレスレに浮かんでいた。
「再び会ったな。今度は助ける者は居ない。ここが貴様の死に場所だ!」
「うるせえ! お前なんかに殺されてたまるかよ!」
『
倍化を止めた俺はドーナシークに向かって飛びかかる。高さは5メートルはあったが、倍化された俺の身体能力はその高さをジャンプできた。
「何!?」
跳んで来るとは思わなかったのか、ドーナシークは光の槍を手に出して驚く。俺はその面を思い切りぶん殴ってやった。
「ぐぉっ!」
ドーナシークは声を上げて地面に落下した。着地した俺は少し離れた場所に倒れているドーナシーク目掛けて駆け寄りながら拳を振り下ろす!
「舐めるな小僧!」
ドーナシークがこっちに手を向けると、その手から閃光が発せられた。
「うっ! 目が……」
近くで強い光を見た事で視界が効かなくなる。それだけではなく、全身が少し焼けるように痛かった。
「悪魔に我ら堕天使の光は猛毒! 軽く浴びせただけでも下級な貴様ではかなり効いただろう?」
目がくらんだ俺の腹に激痛が奔る。恐らくは光の槍だろう。
二度目の激痛に今度は耐えられず、俺はその場に倒れた。
「さて、これで後はアーシア・アルジェントを連れて帰るだけだな。全く、
ドーナシークが立ち上がる音がし、俺が倒れている横を通り過ぎて行く。アーシアの所に行くつもりなのだろう。
(
『成程。あの女が狙われた理由は内に宿した
『だがいいのか相棒?
その言葉を聞いて、力が抜けていた手足に力が戻る。
(アーシアが死ぬ? それはダメだろう)
ただそれだけ思って、腹に刺さった光の槍を抜いて、よろよろ立ち上がる。
「早く来い。あの男は死んだ。貴様を守る者は誰も居ない!」
「いやぁ! 離してください!」
二人の言い争う声を頼りに足を動かす。どうやら二人は俺が立ち上がった事にまだ気づいていないようだ。
ゆっくりと、音を立てないように進み、声がするすぐ側にまでやって来た。
まだはっきりしない視界には二つの人影が見えていた。声ではどっちがどっちかは分からないが、霞んだ視界でもよく分かる。
アーシアの綺麗な金髪と、堕天使の薄汚い黒い羽の違いは!
「アーシアに手を出すんじゃねえぇぇぇ!!」
「バカな、あの傷で立ち上がったと――ぬぁぁぁ!!」
大声を出してようやく気付いたドーナシークの顔面にもう一度、力一杯ぶん殴ってやった。姿はよく見えないが壁に激突して気絶したらしい。
「イッセーさん!」
倒れそうになった俺をアーシアが抱き止めて再び
元に戻った目でアーシアを見ると、泣きそうな表情をしていた。
「……なんか、俺の方がアーシアに助けて貰ったみたいだな」
「そんな事ありません。イッセーさんはちゃんと私を助けてくれました」
「じゃあ、それでもいいか。助け合うのが友達なんだし」
そう言うとアーシアは泣きそうな表情から笑顔に変わった。
「はい、そうですね」
「じゃあ、行こうか」
一応追って来られないようにドーナシークを着ていたコートで後ろ手に縛り上げると、アーシアに手を差し出す。
「でも、いいんですか。私のために……」
アーシアが気にしているのは俺の家族や友達の事だろう。
「いいんだよ。どうせいつかは別れることになってたんだし」
本音を言えば良くはない。だけど、アーシアを守るためにはこれでいいんだとも思えた。
でも、優しいアーシアはそれを気にするだろう。だから――
「ほらっ」
「あっ」
少し強引に、だけど優しくその手を取る。
「行こうぜ、アーシア」
そして彼女の手を引いて、俺は生まれ育った町を後にした。
「ふむ……向こうも終わったようですね」
煙管を片手に、ロウは遠くを見る。
彼の周りには木場裕斗に加え、塔城小猫。そして堕天使のミッテルトとカラワーナが倒れていた。
リアス・グレモリーと姫島朱乃は未だ立ってはいたが服こそボロボロになっていて、レイナーレは戦いに加わらなかったため無傷だったが、それだからこそ心に負った衝撃は一番大きかった。
ロウは一歩も動かず、それどころか手足さえ動かさず、煙管の黒い煙で剣や盾などの武器、巨大な体の一部を作り、それらを自在に操る事で戦ったのだ。
「これで時間稼ぎはそろそろ十分でしょうか。少し回復に時間がかかる傷を負わせられましたし。後は――」
ロウは戦いが始まってから初めて、レイナーレに視線を向ける。
「んー……ま、放置しても問題ないか」
しばらくレイナーレをジッと見ていたロウだったが、視線を逸らすとそのまま彼女たちに背中を向けた。
「それでは、私はこれで失礼させてもらいますよ」
「待て!」
リアスは立ち去る背中に滅びの魔力を投げつける。しかしそれは戦いの中で何度かあったように、ロウの口から出てきた煙が身代わりになってロウには届かない。
そして煙が消えた時、そこには既にロウの姿はなかった。
「一体なんだったの……?」
リアスはしばらくロウが居なくなる直前まで立っていた場所を見ていたが、首を振ってレイナーレに視線を向ける。
「堕天使さん、色々あったけど、この町からは出て行って貰えるかしら? さもないとあなたを消滅させなければならなくなるの」
「……いいわ。もうこの町に用はない。仲間を連れてすぐに出て行くわよ」
レイナーレはロウとのやり取りで彼我の戦力差を把握していた。自分たち四人が束になっても、リアス・グレモリ一人にさえ敵わないと。
(でも、これでいい気にならないことね。私は『
第一部終了