はぐれ悪魔 イッセー   作:夜の魔王

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姉でも妹でもないです。


Sister

 学校の帰り道、ロウに言われたシスターを探そうとしたのだが……。

「手がかり無しで見つかるはずないよな……」

 ノーヒントで見つけるとか相当運が必要だろ。そして俺に運がない事は明白である。

「きゃうっ!」

 可愛い悲鳴に後ろを向くと、シスターの格好をした女の子が地面に大の字になっていた。

 転んであの体勢になったという事は、思い切り顔面を地面に打ち付けただろう。

(見つけちゃったよ、シスター……)

 使い切った運が回復してきたのか?

「だ、大丈夫ですか……?」

 最近芽生えた女の子に対する苦手意識もどこぞへ吹き飛び、心配になって転んだ時に外れたヴェールを拾って声をかける。

「あぅぅ……はい、大丈夫です。ありがとうございますぅ」

 起き上がった女の子を見て息を呑む。綺麗な金髪にグリーンの瞳。それを見た俺は彼女に思わず見蕩れてしまった。

 が、その直後に彼女の胸にかかるロザリアを見た瞬間、全身に悪寒が走りそんな気分は吹き飛んだ。

 悪魔にとって十字架は忌避すべきものである事は知っていたが、ここまでとは思わなかった。

「あの……?」

 ヴェールを差し出した姿勢のまま固まっていた俺を心配してか、シスターさんはおずおずと声をかけてくれた。

「あ、ごめん」

 声をかけられた事で硬直は解けたものの、なんて声をかければいいのか分からない。初対面の相手に神器(セイクリッド・ギア)の事を教えてもらうとか無理じゃないか?

「ええっと……この町には旅行で?」

「いえ、今日からこの町の教会に赴任する事になったんです。けど道に迷ってしまって……それと私は日本語が得意ではなくて道行く人とは言葉が通じず……」

(ん?)

 だったら何故俺には言葉が通じてるのだろうか。悪魔の力か? けど話が通じるのは好都合だ。

「教会の住所って分かる?」

「あ、はい。ええと……」

 聞かされた住所は俺でも分かる場所であり、そこにはちゃんと教会があることも知っていた。

「ここの教会、もう潰れてるはずなんだけど?」

 それを聞いた瞬間、シスターの表情が一変した。驚いたのであったら納得できたが、その表情から読み取れるのは恐怖だった。

「どういう事か説明して貰えるか?」

「はい……」

 

 

 

 

 立ち話もなんなので、近くにあるファーストフード店に向かう事にした。その途中で転んで怪我をしている子供が居た。

 近くに親が居て、擦りむいて少し血が出ているだけなので放っておこうとしたが、シスターはその子供に近づいて膝を着く。

 かがんだ彼女は泣く子供に二三言葉をかけると、傷口に手をかざす。すると淡い緑色の光が輝いた。それと同時に俺の左腕が(うず)きだした。

 中二病ではない。恐らくはあの光――多分彼女の神器(セイクリッド・ギア)と共鳴しているんだろう。

 数分も経たない内に、傷は綺麗さっぱり消えてしまった。

「ありがとう、お姉ちゃん!」 

 それを見た母親はそそくさと立ち去ってしまったが、子供の方は去り際に手を振りながらお礼を言った。

 その事を伝えてあげると、彼女は嬉しそうに笑った。

「それが君の神器(セイクリッド・ギア)?」

 そう尋ねるとシスターは驚いた顔をした。

「はい。そして、これが私がこの町に来た原因でもあります」

 

 

 

 

 店内に入った俺たちはまず注文した。その際に彼女は自力で注文しようとしたのだが、結局言葉が通じずに俺が注文した。その後も包装の剥がし方や食べ方も分からない少女に色々教えた。

(シスターがファーストフードなんて想像できないしなぁ……)

 

 注文した物を食べて一息吐いた後、俺は彼女の話を聞く。それは『聖女』として祭り上げられ、『魔女』として()われた少女の物語だった。

 

 生まれてすぐに捨てられた彼女は、教会兼孤児院で過ごすことになる。

 彼女に転機が訪れたのは八歳の頃。偶然怪我をした犬を不思議な力で治したことが教会の関係者に見つけられる。

 それ以降、彼女はカトリック教会本部で人々の怪我を癒すようになる。

 彼女に不満はなかった。生来が優しい彼女にとって、人々の怪我を治すのは喜びであった。

 しかし、不満がないわけではない。聖女と呼ばれた彼女はその立場故に、優しくしてくれる者は居ても親しくしてくれる者はいなかった。

 そしてその日々も終わりを迎える。何かを治した事で始まった彼女の暮らしは、同じく誰かを治した事で終わりを告げた。

 ある日、彼女は傷ついた悪魔を見つけ、それを治した。

 これが周りに知れ渡り、聖女と崇められた彼女は一転して魔女と恐れられ、教会を追放された。

 行く宛ても無い彼女を拾ったのは堕天使を(いただ)く極東の『はぐれ悪魔祓い(エクソシスト)』の組織。

 神を信じ、神に人生を捧げた少女は、神を裏切った者たちの元に辿り着いた。

 しかし、何より彼女がショックだったのは、彼女が異端とされたとき、誰も庇ってくれる人が居なかった事である。

 

「……私の祈りが足りなかったんです。主は未熟なシスターである私に修行を与えてくれるんです。だから友達だってきっといつかできます」

 そういう彼女の顔を俺は直視できなかった。

(なんでだよ神様……なんでこんなにもあんたを信じてる子に対して何もしてやらないんだよ!)

 彼女はこのまま行けば堕天使の所へ行く。俺を殺したのと同じ堕天使の所へだ。奴らは神器(セイクリッド・ギア)を危険な物だと見ている。そんな奴らの所で彼女が幸せになれる訳が無い。

 神は彼女を救わなかった。なら、彼女を一体誰が救える?

「……俺、兵藤一誠って言うんだ。イッセーって呼んでくれ。君の名前は?」

「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。アーシア・アルジェントと言います」

「それじゃあアーシア。唐突で悪いんだけどさ、俺の話も聞いてくれるか?」

「はい、なんでしょうか」

 そして俺はアーシアに話し始めた。ここ数日の出来事――堕天使に殺されたこと。神器(セイクリッド・ギア)を宿している事が分かったこと。そして、悪魔に転生したことを話した。

 俺が悪魔と知った時は流石に驚いたアーシアだったが、それで逃げられる事はなく、最後まで話を聞いてくれた。

「それでさ、アーシア。神器(セイクリッド・ギア)って一体なんだと思う?」

 俺はこれを聞いておきたかった。同じ神器(セイクリッド・ギア)に人生を歪められた者として、これだけは聞いておきたかった。

「えっ……やはり、神様からの贈り物、ではないでしょうか?」

 シスターであるアーシアはこう答えた。アーシアとは少ししか会話していないが、とても彼女らしいと思った。

「でもさ、そのせいでアーシアは言葉も通じない国の堕天使の所に来て、俺は一度死んで悪魔になってるんだぜ? いくら試練だって言っても、人間死んだらそこで終わりだろ?」

「それはそうですが……」

 アーシアは言葉を言い渋る。ここに至ってなお、彼女は神を信じてるのだ。その祈りが真摯であるほど、俺の中で憤りが膨らんでいく。

 恐らく彼女を追放した奴らよりも信仰が深い彼女を何故神は見捨てたのか。

 神様じゃない俺にはその理由は分からない。でも、神様じゃないからこそ彼女にできる事がある。

「なあアーシア、お前には夢ってあるか?」

 その質問に、アーシアは掠れるような声で、しかし力強く答える。

「お友達と一緒に、仲良く過ごしたいです……!」

 目が僅かに潤んでいるのはこのままではその夢が叶わないと思っているからだろう。彼女はこのままだと堕天使のところに行くことになる。そうしたら普通の人間とは関われなくなるだろう。

 だが良かった。その願いなら俺でも叶えられる。

「アーシア、君さえ良かったら俺と友達になってくれないか?」

 同情からでは無い。確かに一心に神様を信じるこの子が報われないのは嘘だと思った。

 けど俺はそんな事よりも、ここまでのほんの僅かな時間だけ見た彼女のコロコロ変わる表情をもっと見てみたいと思った。

 アーシアを見ると、ポロポロと涙を流していた。

「わ、悪い! やっぱ、俺なんかと友達じゃ嫌だったよな!」

 よく考えれば女の子に嫌われる事に定評のある俺だった。そんな常識を忘れるぐらいな事になってもそこは変わってなかった事を忘れていた。

「あぁ! 違うんです。これは嬉しくて……お友達になって下さいなんて言われたことなくって」

(良かった。ここで拒絶されてたら立ち直れなかった)

 俺は片手にトレーを持って、もう片方の手でアーシアの手を握る。

「それじゃ、遊びに行こうぜ」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……どうだアーシア、楽しかったか?」

 あれから僅か一二時間ほどゲームセンターで遊び、日が暮れた公園のベンチにアーシアと二人並んで座っていた。

「はい。今までで一番楽しかったです!」

 彼女の顔は満面の笑みが浮かんでいる。これだけで遊んだ甲斐があった。財布の中が空っぽになったけど。

「でも、これから私どうしましょう? 行く宛てもありませんし……」

「それならうちに――」

「見つけたわ、アーシア・アルジェント」

 バサリという羽音と共に、黒い羽を散らして俺を殺した女が空から降りてきた。

「天野夕麻!」

「私の本当の名前はレイナーレよ。下級悪魔になってまで生きてるようなあなたには呼んで欲しくないけどね、イッセーくん?」

 完全に馬鹿にした口調でそう言うと、夕ま――レイナーレはアーシアに視線を向ける。

「一向に来ないからどうしたかと思えば、まさかこんなのに(たぶら)かされてるなんてね。来なさい、アーシア。そんな薄汚い悪魔に関わってはいけないわ」

「それもこれも全部お前のせいだろうが!」

 ベンチから立ち上がり、アーシアを庇うように前へ出る。それと同時に神器(セイクリッド・ギア)も出現させ、昨日練習した通りに起動させる。

Boost(ブースト)!』

 それを見た堕天使はせせら笑った。

「それ、龍の手(トゥワイス・クリティカル)? どこにでもある三級神器(セイクリッド・ギア)じゃない」

(おい、どういう事だよドライグ? お前は神滅具(ロンギヌス)とかいう凄い神器(セイクリッド・ギア)じゃなかったのか?)

龍の手(トゥワイス・クリティカル)は能力を二倍にするドラゴン系の神器(セイクリッド・ギア)だ。赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)と見た目がそっくりだからな。よく間違われる』

 つまり、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の下位互換か。

『だが、これはチャンスだぞ。相手は油断している。時間を稼げ。そうでもしないと今のお前に勝ち目はない』

(分かった)

 ドライグの言葉に頷いて、レイナーレに向き直る。

「お前、アーシアをどうするつもりだよ?」

「下級悪魔が話しかけないでくれる? それに、そもそも教えるわけないでしょう。死にたくなかったらさっさとどこかへ行きなさい」

 そう言いながらレイナーレは手に光の槍を作りだす。

(ドライグ、駄目だ! 会話が続かない!)

 くそっ! 俺には女の子とのトークスキルはないって言うのかよ! 堕天使だから子が付くかどうかは知らないけど。

「さあアーシア、来なさい。あなたは私の計画に必要なの」

 アーシアは俺の服の裾を掴む。その手は震えていた。

「アーシアの代わりに俺が答えてやるよ。お前らのところに行くのは嫌だってよ」

 そう答えた瞬間、俺の足元に光の槍が突き刺さった。

「次は当てるわ。分かったならさっさとアーシアを渡しなさい」

「……へ、やなこった。人殺しに友達を渡すわけないだろ」

 言葉だけなら強気だが、背中には嫌な汗がダラダラ垂れる。

(俺、一回あの槍で死んでるんだよな)

 見ているだけで怖い。だが、アーシアのためにもここで逃げるわけにはいかない。

「イッセーさん……」

「大丈夫だ、アーシア。アーシアは俺が守る」

(おい、ドライグ。俺はもうあいつを倒せそうか?)

『あいつは堕天使の中でも大したことはなさそうだから二三回倍化すれば十分だと思っていたが……いかんせん元が悪すぎる。確実に倒したいなら後少し時間を稼げ』

 俺が弱すぎるって事ですね!

『それと、下手に攻撃を受けるとせっかく高めた力が元に戻るから気をつけろよ』

(ドライグさんそれ言うのが遅い!)

「それじゃあ死になさい」

 容赦なく光の槍が振りかぶられた。今度は間違いなく俺に命中するだろう。

「くそっ!」

 せめてもの抵抗として、頑丈そうな籠手を盾代わりに前に出す。直後、左腕に衝撃が奔った。

 なんと驚くことに籠手に光の槍がぶつかって弾いたようだ。

「バカなっ!?」

Boost(ブースト)!』

 レイナーレが驚いたとき、更に俺の力が倍化した。

『もういけるぞ相棒。奴をぶっ飛ばせ!』

「おう!」

Explosion(エクスプロージョン)!』

 俺は目の前のレイナーレ目掛けて拳を振り上げて飛びかかる! その速さは悪魔になった俺の夜の時よりも更に速くて自分でもびっくりしている。

「でりゃぁぁぁ!」

 掛け声を込めて思い切りレイナーレを殴り飛ばす! 殺された恨みがあるから女であろうと手加減無しだ。

 斜め上から顔面を殴られたレイナーレは頭部を地面に叩きつけてから二三度跳ねて、近くの木にぶつかって止まった。自分でも少し引くほどの威力だ。

「よ、よくもやったわね……!」

 木に倒れてかかっていたレイナーレがよろけながらも立ち上がってきた。人間なら頭蓋骨骨折とかなってもおかしくなかったのに。堕天使って人間よりも頑丈なのかね。

「まさかその神器(セイクリッド・ギア)龍の手(トゥワイス・クリティカル)じゃなくて赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)とはね……まあ、そうでなければお前のような下級悪魔が私に(かな)うはずもないけど」

「へっ、それが分かったからどうだって言うんだ? お前はもうボロボロ。一方の俺は力が何倍にも高まってる状態だ。それで俺に敵うと思うな!」

 左手を前に突き出してビシッと言ってやった。

Reset(リセット)

 ん? 今不吉な音声が流れたぞ。

(あのー……ドライグさん。つかぬ事をお伺いしますが、今のは一体?)

『倍化した力が元に戻ったのを知らせた』

(少しは空気読め!)

 だが、誤魔化せば問題は……。

「どうやら時間切れのようね」

 バレてるだとー!?

『異形の者なら見れば相手の力量ぐらい普通に分かるからな』

「で、でもそのボロボロの有様で勝てるのか? 立ってるのもやっとじゃねえか」

「ふふ、そうね。でも、私は一人ではないわ」

 レイナーレがそう言うと同時に、上からバサバサという羽音と共に三人の堕天使が降りてきた。よく見ればその内の一人はこの間俺を襲った奴だった。

「くっ!」

Boost(ブースト)!』

 慌てて赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を使用する。だけど、もうこれが赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)だという事は知られている。さっきのようには行かないだろう。

「どうしたレイナーレ。あの様な者に手こずるとは情けない」

「あいつの神器(セイクリッド・ギア)赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)だったのよ」

「何だと!?」

 それを聞いた堕天使たちは一様に驚いた。そして、全員が一斉に手に光を集め始める。

(まずい。これで勝ち目は消えた)

 素人目に見てもあれはあいつらの本気である。受けたらその場で消滅してもおかしく無いほど強い光。

赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の持ち主といってもまだ目覚めたて。当初の指令通りここで殺しなさい!」

 レイナーレの命令に従い、堕天使たちは一斉に光を槍の形に変えて投げてきた。

 もうこれで光の槍を投げられるのは何回目だろうか。その経験のせいか、分かりたくない事が分かってしまった。やけに世界がスローに見える中、ぼんやりと思った。

(あ、これは死んだ……)

 そう思いながらも体は勝手に動く。せめて後ろにいるアーシアだけは庇おうと、アーシアに当たりそうな軌道で飛ぶ光の槍に向けて左手を伸ばす。

 光の槍が赤い籠手にぶつかる。――その寸前、黒い影が間に割り込んだ。

「よしよし、頑張ったな少年」

 黒い和装を着た神器(セイクリッド・ギア)使い、ロウが俺たちを守るように立っていた。

「後は私に任せなさい」

 


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