「イッセーさん!!」
アーシアの悲痛な叫びが上がる。
それに釣られてロウが視線をイッセーの方に向けると、イッセーがミサイルを受けて吹き飛んでいる所だった。
「ちっ――白音、イッセーをアーシアの連れてけ! そいつはこっちで引き受ける!」
ロウは取り出した煙管をひと振りすると、煙でできた狼たちがヘラクレスに向かって殺到した。
「ぐはは! この程度が俺に効くか!」
だが、ヘラクレスはそれを簡単に吹き飛ばした。しかし、その爆煙の中から二つの影が飛び出した。
ヘラクレスに吹き飛ばされた煙の狼と似た狼。スコルとハティ。二匹の子フェンリルだ。
「ぐおっ! このわんころ共が!」
ヘラクレスが二匹の子フェンリルにかかりきりになっている隙に、白音がイッセーをアーシアの所へ運んだ。
「……お願いします。まだ生きてますが……」
白音の言葉を最後まで聞かずに、アーシアはイッセーの治療を開始する。
「イッセーさん……イッセーさん!」
アーシアは全力を振り絞ってイッセーの治療に全力を注ぐ。
今のイッセーは爆発によって腹に大穴が空いており、そこから血液どころか内臓が露出していた。
「死なせません、絶対に!」
アーシアの必死の治癒の甲斐もあり、イッセーの腹の傷は何とか塞がった。
「ふう……」
イッセーの呼吸が落ち着いたのを確認すると、アーシアはゆっくり立ち上がる。
「アーシアさん?」
白音の制止の声に全く反応を示さず、アーシアはゆらりとヘラクレスに歩み寄っていった。
その瞬間、ロウの背筋にゾクリと悪寒が走った。
「スコル! ハティ! すぐそこを離れろっ!」
ロウの叫びを聞いた子フェンリルたちが飛び退いた瞬間、赤い閃光が瞬いた。
「ぐおおおおおぉぉぉぉぉッ!?」
その瞬間、ヘラクレスの全身から血が吹き出した。
「この雰囲気……さっきの赤い閃光……いきなり傷を負ったヘラクレス……間違いない」
ロウが曹操の槍を防ぎながら、何事かを確信する。
「厄介なことになりました……
慎重に考察を続けるロウが見る中で、アーシアは矢の形になったオーラをヘラクレスに向けて飛ばす。
「調子のんじゃねえええええッ!」
それをヘラクレスのミサイルが迎撃するが、赤い光矢はそれをすり抜けてヘラクレスの体に命中。そこから血液が吹き出す。
「ぐおっ! くそっ、こりゃ一体どうなってんだ!?」
何が起こっているのかわからないといった様子のヘラクレスは異様な雰囲気を放つアーシアを恐れるように一歩後退る。
(確かアーシアちゃんの
「効果は防御無視のダメージ付与といったところでしょうか。随分とまたエグい能力を発現したものですね」
(イッセーくんがやられたことが相当ショックだったのねえ。果報者だなバカ野郎)
「あの
(問題はどう見ても正気じゃないことよね。下手に止めようとするとこっちが危険だ)
「よそ見は危ないよ!」
「わっと」
曹操の槍を間一髪で避けると、大きく飛び退いて距離を取る。
「あら、こっちはなんだか大変なことになってるわね」
「こっちはもう終わったよ」
「ちっ、もうやられやがったか。もう少し粘れって悪魔たち」
投げ捨てられた四人を見て、ロウは露骨に舌打ちする。
「アーシアも止めなくてはならんというのに。手が足りないってば……」
ロウは気絶して倒れているイッセーを横目で見る。
(アーシアを無傷で止められるとしたらお前ぐらいなんだから、サッサと起きろよ。兵藤一誠)
イッセーに内心でエールを送ると、曹操たちに向かって煙管を一閃した。
○ ● ○
『……おい。おい、サッサと起きろ。……起きろ!』
「ガッ!」
頭に強い衝撃を受けて跳ね起きる。
『ようやく起きたか、この間抜け』
俺を起こしたのはどうやら赤龍帝の残留思念の中で唯一反応してくれるこいつの様だ。
「俺、どうしてここにいるんだっけ?」
ここに来るまでの経緯が思い出せず、首を傾げる。
『馬鹿が。あれを見ろ』
残留思念が指差した方を見ると、そこには外の様子が映し出されていた。
「あれはアーシア!」
そこに映し出されていたのはアーシアが赤い光を放ちながら、英雄派の面々と戦っている光景だった。
「一体何が……」
『お前がやられたせいで
「俺のせいで……」
こうしてはいられない。早くアーシアを助けに行かなくては。
『おい待てよ。今のお前じゃ足を引っ張るだけだぜ』
「そうかもしれない。けど、俺は行く」
『なぜだ。お前は何故彼女を助けようとする。お前が最も嫌う戦いをしてまで』
なぜ? そんな事は決まってる。俺がアーシアを助けたいからだ。
『なぜお前は彼女を助けたいと思う? 成り行きで一緒にいるだけで、元々は赤の他人だろう』
確かにそうだ。だが、今では掛け替えのない人だ。
『最後に聞こう。現赤龍帝、兵藤一誠。お前は何のために戦う。なぜ彼女を助けようとする?』
そんなのはもう決まっている。
「俺はアーシアが、ここまで俺と一緒に来てくれたあの子のことが好きなんだ。だから、俺はあいつのためならなんだってしてみせる」
『――上出来だ』
その言葉が聞こえるのと同時に、右腕に雷が迸り始める。
「これは……」
『ミョルニルの雷は本来、正しい心の持ち主にしか扱えない。お前がそれを手に入れたことで、ミョルニルの雷を制御できるようになったんだよ』
「そうなのか……」
だが、少し不思議だ。
「お前、どうしてそこまで世話を焼いてくれるんだ?」
『ああ? 俺にそんな気はねえよ。ただ単に北欧出身の俺が向いてるってだけでお鉢が回ってきただけで、俺個人的にお前に含む所はねえよ。ただ、理由を付けるとするなら――』
そこで一度言葉を切り、アーシアの映る映像を差した。
『好きな女は守ってやれよ。それは俺たちが出来なかった事だからな』
その言葉を最後に、俺の意識は浮上していった。
○ ● ○
「ぐあっ!」
「ロウ!」
実質四対一の状況に限界が来たのか、ロウはヘラクレスのミサイルを撃ち落とし損ねて爆風に吹き飛ばされた。
「痛つつ……せめてアーシアちゃんが協力してくれるならまだマシだけど……」
当のアーシアといえば、攻撃一択、防御ガン無視。あちらに向かう攻撃もロウが処理する始末である。
「人手が足りない……猫の手でも借りたいとはこのことか」
「……呼びましたか?」
猫という言葉に白音が反応する。
「あなたはお仲間を助けなさいな」
「な、なら私が!」
「子供に戦わせるほど私堕ちぶれちゃいないわよ」
九重に優しく微笑みかけて、ロウはゆっくりと立ち上がる。
「ま、後一踏ん張りしますかね――」
煙管を口に咥え直した時、倒れているイッセーから赤い雷が立ち上った。
「ふう……全く、随分と待たせてくれるわね」
それを見たロウは咥えた煙管を放して深々と紫煙を吐き出した。
「それじゃ、後はお任せしていいかな?」
『おう、サンキューな』
声はロウに応えると、赤い稲光がアーシアの近くに静かに落ちた。
「アーシア、もう大丈夫だ。後は俺に任せてくれ」
「あ……」
イッセーに優しく頭を撫でられたアーシアは、既に限界を迎えていたせいか、眠るように気を失ってしまった。
「ロウ、アーシアを頼む」
「はいはい、承りました」
ロウはイッセーからアーシアを受け取ると、白音たちがいる場所まで後退する。
一方のイッセーは英雄派の面々と正面から向かい合う。
「はっ。一度やられたのに懲りもせず立ったって、もう一度同じ目に遭うだけだぜ!」
ヘラクレスは全身からミサイルを放つ。
それを見て、イッセーは静かに一言呟く。
「『
イッセーは
すると轟音を伴った赤い雷撃が飛び出し、ミサイルを全て叩き落とした。
「おもしれえ! なら、今度はさっきの倍で行くぜ!」
体から覗く突起の数が増え、それが再び一斉に発射される。
イッセーはそれを右腕から放つ赤雷で撃ち落とす。だが、今度は撃ち落とすだけでなく、同時に強く踏み込み、ヘラクレスに向かって飛び込んだ。
「はあッ!」
『
赤雷を纏った一撃がヘラクレスの腹部に叩き込まれ、その衝撃でヘラクレスは吹き飛ばされて瓦礫に突っ込んだ。
「ヘラクレス!」
「流石は赤龍帝といったところね。なら、これはどうかしら? 『
ジャンヌが手を振ると、無数の聖剣が生み出され、それらは幾重にも重なりドラゴンを形作る。
「聖剣は悪魔でもあるあなたに取っては天敵! かすり傷でも致命傷よ!」
聖剣で作られたドラゴンが鎌首をもたげ、イッセーに向かって襲いかかる。
「横槍失礼」
しかし、それはロウの作り出した煙の龍によって防がれる。
「そっちは五人いるんだもの。少しぐらいは手助けしてもいいよね?」
ロウは片手に煙管を持ちながら、イッセーに向かってウィンクする。
「ありがとよ!」
イッセーはお礼を言って、組み合う二頭のドラゴンの脇を通り抜けて曹操たちへと接近する。
「なら、僕も行かせて貰うよ!」
背中からドラゴンの腕を四本生やしたジークフリートが背中の腕に持った魔剣を振るった。
嫌な予感を感じたイッセーが横に飛び退くと、イッセーが一瞬前まで立っていた場所に大きなクレーターが穿たられた。
「ドンドン行くよ!」
ジークフリートが剣を振るう度に、空間に裂け目が生まれ、空間が抉られ、氷柱が突き出す。
それらをイッセーは紙一重で避けながら、徐々にジークフリートとの距離を詰めていく。
だが、距離を詰めていくにつれ、攻撃を避けきれなくなっていき、鎧の破損も増えていった。
そして遂に、イッセーがジークフリートの剣の間合いに踏み込んだ。その途端、ジークフリートの六本の腕、その全てがブレる。
高速で振るわれた六本の腕がタイミングずらして襲いかかる。
六つの刃の波状攻撃を避けきれないと判断したイッセーは腕をクロスし、オーラを集中させることでそれを防ごうとしたが、ジークフリートの持ってる剣は
「ぐっ!」
イッセーの左肩が裂け、鮮血が飛ぶ。
だが、それを代償として、イッセーはジークフリートを自分の間合いに捉えた。
「で、りゃぁぁぁぁぁッ!!」
『
赤雷を宿した右拳が雄叫びと共にジークフリートの腹部に向かって放たれる。
それをジークフリートは交差させた魔剣の側面で受け止めた。
だが、拳は止められてもそこに宿された雷までは止まらない。
神の雷は魔剣を伝い、ジークフリートの本体を襲う。
「ぐっ!」
体に流れる電流にジークフリートが身を強ばらせ、その隙にイッセーの左回し蹴りがジークフリートを吹き飛ばす。
(あと一人!)
ジークフリートを蹴り飛ばしたイッセーは残された曹操に向かって駆け出す。
「はっ!」
曹操の槍が伸び、イッセーの眉間に向かって迫る。
「ぐっ……!」
自分の頭部を串刺しにしようとする槍の切っ先を身を反らすことで何とか避ける。
しかし、姿勢を起こした時には目の前には槍を構えた曹操が迫っており、攻撃を繰り出そうとしていた。
「く、あぁぁぁぁぁぁッ!」
それをイッセーは全身から雷撃を放つことで迎撃するが、曹操はそれを間一髪のところで回避した。
「これが君がこの前手に入れた神の雷か……避けるのが一瞬でも遅かったら黒焦げになっていたな……」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
全開で雷撃を放ったせいで肩で息をするイッセー。
「だが、まだそれを扱い切れていないようだね」
曹操の言う通りである。扱うどころか今し方使えるようになったばかりなのだ。今のイッセーでは単純に放出するしかできない。
曹操と睨み合っている内に、ヘラクレスとジークフリートも立ち上がってきた。
「くっ……」
さっきので倒せたとは思っていないイッセーだったが、三人まとめて相対すると、改めてその強さが見てわかった。このままでは勝てないと。
「君と戦うのはヴァーリと同じぐらいに楽しめそうだ。もう少しお相手してもらおうか」
曹操は槍を肩に担いだ体勢で一歩前に出る。
(俺の相手は自分一人で十分ってか? くそっ!)
イッセーは心中で毒づいた。
本来であれば3対1でなくなったことを喜ぶべきなのだろうが、こっちは必死になっているのに、相手はまだまだ余裕。それどころか楽しんでいるように見えるのは屈辱の極みだった。
曹操が槍を構え、イッセーが一歩踏み出そうとしたその時、空間を裂くような音が鳴り響いた。
曹操はそれを聞くとゲオルグに向かって振り返る。
「どうやら実験は成功のようだ。ゲオルグ、『
そこまで言って、曹操は突如言葉を切り、次元の裂け目を見た。
「いや、違う。グレートレッドではない? それにこの闘気は……」
曹操がそこまで口にしたところで、次元の裂け目から緑色のオーラを纏った体の細長いドラゴンが現れた。
「
宙を泳ぐように飛ぶドラゴンの背中から、小さな人影が飛び降りる。
「久しぶりです、闘戦勝仏殿。まさかあなたがお出でになるとは」
「よう聖槍の。九尾の姫さんと会談しようとした矢先に拉致とはやってくれるじゃねえか」
高所から難なく着地して、曹操と話し始めた幼稚園児ほどの大きさの猿を見て、イッセーは困惑した。
「な、何だあれは……」
「初代孫悟空。うちの美猴のご先祖様にゃん」
後ろから聞こえた返答を聞いて振り返ると、そこには長く行方知れずだった黒歌が立っていた。
「お前、今までどこに居たんだよ」
「闇に紛れてコソコソしてたにゃー。こう見えてもお尋ね者なわけだし?」
イッセーと黒歌が話す間に、闘戦勝仏こと初代孫悟空は自分に襲いかかったジークフリート、ゲオルグ、曹操を跳ね除けていた。
「くはは、流石は闘戦勝仏。では、こっちはこっちに集中させてもらいますかね」
ロウは煙の龍の維持をやめると、地面に突き刺した簪の側に跪いて指を添える。
それと同時に簪から伸びる黒いラインが増え、全方位、地面を覆い隠すように広がっていく。
「これは……? この空間の制御を乗っ取る気か!?」
「ご明察。ついでに九尾の御大将も返して頂きますよ」
闘戦勝仏と五大龍王の一角という増援が来たことで旗色が悪くなったのを悟った曹操は撤退を決心した。
「おい、このまま無傷で帰れると思ってんのか!」
京都で散々迷惑なことして、あっさり帰ろうとする曹操たちを見て、イッセーは怒鳴り声をあげる。
それと同時に右腕から雷が激しく迸る。
「京都土産だ! 食らってけ!」
イッセーの腕から赤い雷が飛び出し、曹操たちに向かって飛んでいく。
ヘラクレスとジャンヌがその軌道を塞ぐ位置に立ってそれを防ごうとしたが、その直前で雷が消えた。
「ぐぁぁぁぁぁッ!」
その直後、曹操が苦悶の叫びを上げた。ヘラクレスたちの眼前から消えた雷撃は曹操に命中していたのだ。
「命中~これは九重ちゃんの分よ、外道ども」
イッセーの放った雷撃が消え、曹操に命中した理由。それは、ロウが雷撃を曹操の背後へと転移させたからである。
雷撃をもろに受けた曹操は倒れそうになる体を槍を杖代わりにして支え、懐から取り出した小瓶の中身を
すると曹操が全身に負った傷が消えていった。
「くっ……この借りはいつか返す。また会おう、赤龍帝」
最後にこちらを強く見据え、曹操たちはこの空間から転移していった。
「けっ、一昨日来やがれ」
そう毒づくロウの声を聞いた後に、イッセーの意識は急速に薄れていった。