「こんなに綺麗な月が出てるのに、辛気臭い顔をして……何があったか私に話してみる気はある?」
その服装を簡単に説明するなら和装――剣道や合気道などの道着が近い。目の前の奴はそれに更に振袖をコートのようにして来ていた。
こう表現したが目の前の衣装は黒一色でそれにアレンジを加えたものであり、正式なそれではなかった。
「お前……誰――いや、何だ?」
目の前の黒い人に見える何かはさっき襲った堕天使どころかリアス先輩よりも強い威圧感を
しかし態度は普通の人と違わない。だから分かった。こいつは絶対的な強者だという事が。
「何、ね……初見でそう言われるとは思わなかった。まあこの場合は君の同類かな? ロウとでも呼んでくれ」
「あんたも下僕悪魔なのか?」
「
俺の左腕にあるのは赤い籠手。俺の
「あんたも
「
ロウと名乗った人間――
「っと、学生さんの前で吸うのは止めておくか。それに最近は分煙だのなんだのうるさいし」
それでもキセルを仕舞うことはなく、指の間でくるくると回し始める。
「さて、話してごらん少年。それだけで変わる事もある」
そう促されて、俺は夕麻ちゃんに殺されてから今までの事を話した。
「成程ねぇ……災難だったね。
ロウは
「だけどそれもしょうがないか。――そう言わざるを得ないね。
俺の左腕の赤い籠手を見据えてそう言うロウの目は険しい。
「これ、そんなにやばい物なのか?」
「そりゃあもう。数ある
「ロンギヌス……」
神話には余り詳しくない俺でも名前ぐらいは聞いたことはある。
「使いこなせれば神をも殺せる力を手に入れられるほどの力だ。殺すという手法も決して悪とは呼べない。もし誤って暴走させればこの町ぐらいなら簡単に消し飛ぶぐらいだからね」
(それにしても、普通
そう聞かされて、不安が一層大きくなる。もしかしたら俺はあの時死んでた方が良かったんじゃないか?
「迷ってるね? まあそうだろう。普通の精神構造をしているなら自分に爆弾になる可能性があると聞かされて平常心を保てる人は少ない。だが安心しなさい。力はキチンと制御できる。詳しい事はあなたに宿る存在に聞くといいよ」
「俺に宿る存在?」
「あら、気づいてない?」
ロウは首を傾げると腰掛けていた塀から降りてこっちに近寄ってきた。
「君の
「ドラゴン……そんなのまで居るのか」
世界には人間が思っている以上に知らない事があるんだな。
「そうドラゴン。その中でもこれに宿っているのは極めつけに厄介な存在。なにせ神と天使、悪魔、堕天使の三すくみの戦争を自身と同等な存在との喧嘩で停戦に追い込むくらいには厄介だ。それだから
そう言いながらロウは手先で弄んでいたキセルで
「起きなさい、ドライグ。寝すぎよ」
それをきっかけとしたのか、赤い籠手の緑色の宝玉が光を放った。
『――誰かは知らんが随分な言いようだな。俺はだいぶ前から目覚めていたぞ。ただこいつの力が弱くて表に出てこれなかっただけだ』
籠手から響く力を感じさせる声。これが俺の中にいるドラゴンの声か。
「なんだって構いません。後で彼に自分の力の使い方を教えてあげなさい、
『それぐらいは言われんでもするさ。俺としてもあまり宿主に死んで貰いたくはないからな』
「ならいいでしょう。少年、
「あ、ああ……」
話についていけなかったが、話は勝手に進んでいった。
「さてここで
「どうするって……」
そもそも、何ができるのだろうか。
「選択肢を絞ろうか? そうだね――」
1.このまま悪魔として生きる。
2.悪魔なんて無視して今までのように生きる
3.ここで死ぬ
「では、
ロウの提示した選択肢について考える。
1は悪魔である事を除けばそう悪くもないかもしれない。昇格できれば自分も上級悪魔という貴族になれる可能性があるという。もしかしたら人間だったままよりいい生活が出来るかもしれない。
2は俺が一番望む事だ。悪魔の事なんか忘れて今までのように何も知らずに平穏に暮らす。だけど、悪魔と
それに、俺が生きていると分かったらまた堕天使が現れて俺を殺そうとするかもしれない。そんな時、家族や友達が巻き込まれない保証はない。
3は……これが一番後腐れがないのかもしれない。父さんと母さんは悲しむだろうけど、本来なら俺はもう死んでいたはずなんだから。
でも、俺はこれを受け入れる事はできない。死ぬ間際に死にたくないと願ったからかは分からないけれど、俺は死ぬという事に極度の抵抗がある。
もし選ぶとしても最後の最後だろう。
となると残った選択肢は1か2。だけど、そのどっちもが簡単には受け入れがたい。
(ついこの間までは彼女で一喜一憂してたってのに、なんで生き方まで考えなきゃいけないんだ……)
そう思って恨みがましい視線を左腕に向けると、何を思ったのか俺に宿る
『俺はお前の生き方にそこまで干渉する気はないが、死にたくないのなら力だけは付けておけよ。白いのとの戦いだけは避けられんからな』
「なんだよ、その白いのって」
『白龍皇という俺と同格の存在だ。俺たちは喧嘩の末に
俺の
それは今は後回しにするとして……だとすると普通の人間として生きていくのは難しいか。だとすると1……。
(あんな
そもそも戻りたくもない。死ぬ前の俺なら美少女に囲まれる生活になるから望むところだったかもしれないけど、今の俺は女の子が少し怖いので、美少女に囲まれる生活は遠慮したい。
「選択肢、4――」
そうやって悩む俺をじっと見ていたロウが唐突に口を開く。
「今の自分をこんな目に遭わせた世界に対して
「復、讐……」
これからどうするかを悩む俺にとって、復讐という言葉はストンと胸の内に落ちた。
「君は憎くないかい? 君をこんな世界の裏側に引き込む
はいかいいえかで言ったら憎くないはずがない。そのせいで今の俺はこんなにも悩んでる。
「だったら復讐してもいいと思うんだよ。目には目を。歯には歯を。右の頬を打たれたら左の頬を打ち返しなさい。やられたらやり返すのは生物としてごく自然な事だよ」
「やられたら、やり返す……」
「それに、聞くところによると下僕悪魔には凶暴なはぐれ悪魔の駆除を命じられたり、下僕悪魔同士を戦わせる娯楽もあるそうだよ。確か君の願いは『死にたくない』だったよね? だとしたら、悪魔になるのは少し危険じゃないかな?」
確かにその通りだ。でも――
「はぐれ悪魔になると討伐命令が出るんだろ?」
悪魔として生きるよりもそっちの方が死ぬ危険性が高いだろう。
「なら悪魔になる? 朝鮮半島の南北間よりも切迫してる三大勢力の一員に? もし戦争が起こったりしたら、君たちは最前線の一『兵士』だよ?」
「ぐっ……」
日本人の俺にとっては分かりやすい例えを出されて言葉に詰まる。そんな俺を見て、ロウは穏やかな笑顔を浮かべた。
「どうやら口を出しすぎたみたいだ。ごめん、困らせるつもりはなかったんだけど」
ロウは謝って俺に背を向けて歩き出した。
「最後に一つ。
俺の他にも
「君がどういう選択をするにしろ、それは君の命。君だけの生だ。誰かに選択を求められても、最終的に決めるのは君自身だ。せめて、最期の瞬間に君が後悔しないように過ごせるように祈っているよ」
ロウが去って、俺は一人取り残される。
俺は考えの纏まらない頭のまま、家への帰路についた。
家に着いた俺は夕飯も食わずに自室に戻ると、ベッドの上で横になる。
『おい相棒、落ち込んでるとこ悪いが話をしてもいいか』
そんな俺の心に話しかけてきたのは当然俺の
「うるさい。誰が相棒だ」
俺がこうなっているのも大元まで遡ればコイツのせいだ。しかも宿主に戦いを強要させるんだから質が悪すぎる。さっさと成仏しろ。
『お前の怒りももっともだがな。だからこそ話しておく必要がある』
その言葉を聞いて俺は自分の左手を見る。手の甲が緑色に発光していて不気味だ。
『確かに俺という存在に気付いたこれまでの宿主も当初は混乱していたが、その内慣れた。だからそこは置いておいて話をさせてもらうぞ』
「話って、さっきの『白いの』の事か」
『そうだ。正式には白龍皇アルビオンと言う、俺の永遠のライバルだ』
俺からしたら迷惑でしかない。出来ることなら会わずに済ませたいぜ。
『そうなる事も無かったわけじゃないが、大抵は出会っていた。中には白龍皇を二代に渡って倒した奴もいるぐらいだ』
「それで、白龍皇がどうしたってんだよ。言っとくがな、俺はお前たちの喧嘩に巻き込まれるつもりはないからな!」
そう宣言すると、ドライグはクククと笑った。
『それはお前の好きにしろ。どうせ強制はできんからな。だが、俺の
「お前の力?」
『
10秒ごとに倍か……長いな。
『本来の俺ならそんな待ち時間は要らないがな。一瞬で力を何倍にも高めることができた』
それってもう無敵なんじゃないだろうか。
『そうでもないさ。一瞬で倍にできると言っても、持続するのは一瞬だ。その分、十秒ごとに上げれば倍加した力の持続時間は長くなる』
「それで、お前はそれを俺に聞かせてどうしたいんだ?」
『お前は死にたくないのだろう? なら、俺の力を使えるようになるのは損ではないぞ? それに、ドラゴンは力を引き寄せる。俺が目覚めている以上、争いは避けられんさ』
「ちょっ……少し待て!」
しかし、俺の呼びかけにはドライグは応えず、手の甲の光も消えていた。
それから何度も呼んでも返事はなく、色々聞かされて疲れていた俺はいつの間にか眠っていた。