「……あれ?」
俺は黒歌の指示によって瞑想をしていたはずなのだが、何故か無数のテーブルと椅子のある白い空間にいた。
「あのー……すいません、ここってどこっすかね?」
「………………」
座っている中で一番近くにいた人声をかけてみたけど、虚ろな表情を浮かべるばかりで返事はなかった。
『その者たちは歴代の赤龍帝。その残留思念だ』
「ドライグ」
ドライグの声は普段とは違って上から聞こえてきた。
「ドライグ、ここは一体どこなんだ?」
『ここは
「瞑想したらここについちゃったけど、これ意味あるのかな」
『心を落ち着けるという意味では駄目だろうな』
ここにいる人たちだと落ち着いているというよりは死んでる感じだし。
『それにここに長居するのはよくないだろう。意識を外側に向けろ。それで出られる』
「わかった」
ドライグに言われたように意識を外側に向けると、白い空間が徐々に掠れていき――
○ ● ○
「という事があったんだ」
「そこら辺のこともロウから聞いてるわ。だから試しに瞑想してもらったんだけど」
何故ロウはそれを俺に直接言わないんだろうか。
「君の当面の目標はそいつらをなんとかすることね。勝手に
その通りだ。またあれを発動したら今度こそ死ぬとロウからお墨付きをもらっている。
「それで、なんとかって具体的にはどういう?」
「さあ? 前例が無いからなんとも言えないのよね。ヴァーリなら知ってるかもしれないけど?」
あの戦闘狂に頼みごとをしたら見返りに戦闘を要求されること請け合いだ。
(いや、強くなるんだからノリノリで協力してくれるか?)
あ、強くなるかどうかの保証もないんだっけ。
「まあ暴走はしなくなると思うわ」
なら十分だ。だって暴走すると死ぬから。
(でも、どうしたものだろうか……)
さっき話しかけても何の反応もしてくれなかったし……
『残留思念だからな。強い想い……怒りや憎しみが
呟くドライグの声はどこか寂しそうだった。
(そうだよな。ドライグからすると、昔の相棒だったんだもんな……)
なら、せめて意思疎通ができるように努力を続けよう。
● ● ●
「やって来ました、古都京都」
『『『死ねぃ!!』』』
京都の敷地内に足を踏み入れた瞬間、烏天狗たちに囲まれ、四方八方から錫杖を突き出される。
「きゃんっ、モテる男は辛いわねー」
などと
「今日は私は九重ちゃんに呼ばれて来たんだけど、聞いてないか?」
突き出された錫杖の間をすり抜けると、烏天狗さんたちに向かってここに来た経緯を説明した。
『聞いている! だが、それとこれとは話が別だ!』
『それと
「それはわかってるよー。
まあ漢字教えてもらった時に誤読してからそのまんま定着してしまったというのがくだらない真相なんだけど。
「それはいいから九重ちゃん呼んでよ。久しぶりにあの尻尾もふもふしたいな」
狐の尻尾はモフるものだと、良妻狐持ちの月の住人も言っていた。
『『『させるかぁぁぁ!!』』』
「ひゃぅんっ」
繰り出される攻撃が激化した。
「それにしても、九重ちゃんかぁ。可愛くなってんだろうな。昔会った時はまだまだ子供だったけど、今だとどうなってるのかね」
そんなに年月は経っていないだろうから、まだまだ子供なのかね。まあ子供が一番可愛いけど。
「また撫で撫でしたいなぁ。あのサラサラした金髪、結構好みよ私」
『『『くたばれ変態めぇぇぇッ!!』』』
変態であることは否定しないけど、あんまり変態変態言わないでもらいたい。羽化したくなるだろうが。
「あらら、殺意が急上昇しちゃって。12歳超えるまでは手を出しませんよ。――私の好みはそれぐらいですしね」
『『『くぁwせdrfgtyふじこlp●×▲■#$%&!?』』』
遂に言語破綻してしまった。煽るつもりはなかったんだけどね。
「この分だと案内は期待できそうにないし、勝手に会いに行きますか」
『『『行かせるかぁぁぁッ!!』』』
「遅い遅い、鬼さんこちら、手の鳴る方へー――キュン♪」
九重ちゃんとどこかで待ち合わせしないとね。裏京都は流石に近寄りたくないものね。
○ ● ○
「うーむ……」
歴代赤龍帝の説得は難航していた。だって何を言っても反応してくれないんだもん。
あ、一度アーシアとの話を一番年が近いらしい赤龍帝にしたらリア充爆発しろって殴られた。
それ以降、そいつはアーシアとの話をする度に舌打ちしてくれるようになった。それ以外反応してくれないのは悲しい。
「こうなれば、女性の赤龍帝に対してはセクハラを……」
『流石にそれはやめておけ』
最終手段に出ようとしたところ、ドライグから待ったがかかった。
『あまり恨みを買い過ぎると
「マジか」
俺のしてきた事は逆効果だったのか。
『まあ、反応してくれるだけマシなのかもしれんがな』
「気長にやるしか無いってことか」
『急ぐとろくな事にならんのは歴代の赤龍帝の末路が証明している』
うわぁ、言葉に重みが。
『そろそろ切り上げた方がいい。長く続けると悪影響がでるぞ』
「お、そうか」
ドライグの忠告に従い意識を外に向けると、姉妹猫が仲良くスキンシップしていた。
(
「ちっ、もう戻ってきたのね」
「舌打ちされた!?」
黒歌の奴、誰のお陰で白音ちゃん(こう呼ばれるように言われた)と復縁できたと思ってるんだ。
「ロウのおかげね」
ですよねー。
「ところで俺の心を普通に読むのはやめて欲しいんだが」
「それで、首尾はどうよ」
俺の要望はあっさり
「全然。一人が嫉妬が駆られるようになっただけだ」
「微妙ね……」
俺もそう思う。
黒歌と揃って微妙な顔をしていると、パンッという音と共に部屋のふすまが開いた。
「おお、客人。今暇かの?」
ふすまを開けたのは巫女装束(ただしフリルやレースが過剰に盛られている)を来た九重だった。
あのロリータ風な和服がロウの仕業なんだと思うと、京都の妖怪さんたちの苦労が
(いや、駄目だからロウが殺されかかってるんだろうな)
まあ、自業自得なので同情はしない。
「九重……さま。暇ですけど、何か用でしょうか?」
「さまも敬語も要らぬ。九重で良い」
一応お姫様ということなので敬語を使ったのだが、本人から要らないと言われてしまった。
「それでな、少し用事ができたので外出したいのじゃが、一人で行くと心配をかけてしまうので、お主らについて来てもらいたいのだ」
「はあ、別にいいけど……」
九重の申し出を受けるのは特に問題はなかったが、それを俺たちに頼むというのは少し違和感があった。
(頼める人はいくらでもいるだろうに、なんで俺たちに頼むんだ?)
そこまで考えたところで、ある一つの考えが脳裏を過ぎった。
「あの、もしかしてお母さんを――八坂さんを助けに行く気なのか?」
間違いなくそれをお付きのヒトに言ったら止められるだろう。きっとロウのせいだと思うけど、ここの人たち九重に対してかなり過保護気味だし。
だとしたら、俺はそれを止めなくてはならないだろう。こんな小さい子に危険があるかもしれないことに巻き込ませるわけにはいかないだろう。
「む……確かにそれもあるがな。私が探すよりも烏天狗たちに任せた方が確実じゃ。それに、私の都合に無関係なお主らを巻き込むような事はせん。もう巻き込む当てはあるしの」
(……ものすごいいやなよかんがする)
脳裏で黒いアイツが高笑いを上げている気がする。俺たちだけ送りつけて結局来るんだとしたら最初から来いって思う。
(もし本当に来てたら一発殴っていいだろうか)
京都に立ち入ってすぐに妖怪たちに囲まれて緊張した恨みで。
「ついでに観光案内もできるが……どうじゃ?」
観光か……そういえば今年の修学旅行って京都だっけか。
(あれ、確か今時は修学旅行シーズンだった気がするが……)
なんだか更に嫌な予感が倍プッシュされたんだが、どうしたもんだろうか。しかもこういう当たって欲しくない時に限って、俺の予感は当たるのだ。
「黒歌、どうする?」
俺一人だけで決めるわけにもいかないので、黒歌にも意見を聞くことにした。
「いいんじゃない? ここに籠ってばっかりじゃいつまで経っても進歩しなさそうだし」
進歩がなくて悪うござんしたね。生命力とかよくわからないものを感じ取れるか。
「む……何か邪魔をしてしまっただろうか?」
俺と黒歌の間に漂った微妙な雰囲気を感じた九重がしょんぼりした顔をしたので、慌てて訂正する。
「いや、そんなことはないから。それで、用事って何なんだ?」
お母さんを探しに行くのではないとすると、こんな非常時に他に何かしなくてはならないことがあるのだろうか。
九重は賢そうな子なので、まさか友達と遊ぶとかどうでもいい理由ではないだろう。
「おお、そうじゃった。ヒト?に会う約束をしておるのだ」
なんで今ヒトに疑問符が付いたのだろうか。イントネーション的には人間を指しているわけじゃないだろうに、そこで更に疑問符を付けるのか。
詳しく問い詰めると認めたくない事実が確定しそうなので聞かないでおこう。
「……それ、先延ばしにしかなりませんよね」
おいおい、生八つ橋を食べている白音ちゃんまで……そんなに俺の考えていることは読み取り易いのだろうか。
「そこのところ、アーシアはどう思う?」
「素直でいいと思いますよ。イッセーさんらしくて素敵です」
ああ、アーシアの笑顔だけが俺の癒しだ。でも、君も俺が考えてることはわかるのね。
「わかった、付き合うよ。黒歌はどうするんだ?」
なんだかすっかり馴染んでいるが、黒歌はこう見えてテロリスト集団の一員であるのだ。
「んー……仙術で気配を誤魔化しながらついて行くことにするにゃん。ここでじっとしてるのにももう飽きたしねー」
まあ、気まぐれな野良猫が何日も部屋に閉じ込められてたら不満の一つも出るわな。むしろ俺の修行の指導って目的があったとはいえ、今までよく保った方だと思う。
「なーんか馬鹿にされてる気分ね。こう見てもその気になれば君をビックリさせるぐらいの礼儀作法でも見せてあげようかしらん?」
「結構だ」
たとえできるとしても、こいつのそんな姿はむず痒くて見てられないだろう。
「話はまとまったかの? ならば早く出たいのじゃが、よいかの?」
「おう」
さて、本当は修行に集中したいけど、この子を放ってはおけないし……
(何はともあれ、誘拐犯は一発ぶん殴ることにしよう)
こんな小さな子を泣かす奴だ。何されても文句は言わせない。
「それで、どこで待ち合わせしてるんだ?」
「む、そう言えば待ち合わせ場所を決めておらなんだな」
「え」
それでどうやって待ち合わせるつもりなんだろうか。偶然で遭遇できるほど京都は狭くないぞ。
「きっと大丈夫じゃ。京都を歩いておれば向こうから見つけてくれるじゃろ。初めて会った時もそうであったしな」
そう言って歩き出した九重を追いかけようと立ち上がったところで、黒歌の耳元(人間でいう方)に魔方陣が出現した。
「ん、何かにゃルフェイ? ――へぇ」
どうやらルフェイかららしい通信を聞いた黒歌は実に悪そうににんまりと笑った。
「どうかしましたか、姉さま」
「ちょっとあっちで色々あったらしくてね。――それに、九尾の御大将を攫った犯人も大体検討がついたにゃ」
黒歌が小声で呟いたことは、とても重要なことだった。
「それ、一体誰なんだよ? 早く教えた方がいいんじゃ……」
俺がそう言うと、黒歌は気まずそうに頬を掻いた。
「あー……それがね。犯人、『
「それで今のはヴァーリから監視者を送った仕返しに何かやってたら邪魔してやれって。良かったわね、赤龍帝ちん。これで大手を振って誘拐されたあの子のお母さんを取り替えせるわよ」
「いや、俺にそんなつもりは――」
「ない、なんて言わせないにゃ。つーかもうみんなわかってるからそれ」
マジですか。
思わずアーシアと白音ちゃんを見ると、彼女たちもコクコクと頷いていた。
「でも、今の俺は……」
右腕に巻かれた黒い包帯を見る。今の俺はこれ無しじゃまともに生活することもできないのだ。そんな俺が何をできるって言うんだ。
「何ができるか、じゃなくて。何をしたいか、ですよ」
「アーシア?」
「イッセーさん、今まで巻き込まれてばっかりで自分の意思で何かしようとしたこと、あんまりなかったですよね?」
「ああうん。確かにそうだね」
巻き込まれただけなのに、一体どれだけの戦いに巻き込まれたことだろう。よし、今度現状の原因になったヴァーリを殴ろう。
「ですからイッセーさん。たまには自分のわがままを通してもいいと思いますよ。日頃の鬱憤を晴らすためにも」
「うわ、超やる気出た」
よし、
(でもそれ、完全に八つ当たりよね)
(……姉さま、それは言わぬが花というやつです)
「おい、お主ら。ついて来ぬのならそう言ってくれぬかの!」
「あ、すいません今行きます!」
(……また店員みたいです)