Fox princess
「それで、なんで京都なんだよ。あと命についても詳しく」
ロウが説明をせずにサラッと流したところを改めて聞きなおす。
「京都。それは妖怪の聖地。京都。それは未だ神秘の残る千年魔城。京都。それは日本最大の神秘を誇る一大都市なのだ! ついでに異空間がある」
「サラッと付け加えたことの方が重要だと思うのは間違ってるか?」
横で聞いてた黒歌と小猫ちゃんも苦笑いしてるので間違ってないんだろう。
「つまり東京なんていうコンクリートジャングルよりも京都の方が修行に向いているというだけで、京都である必要はないわ。別に富士の樹海でも問題ないけど、そっちの方が好みだったか?」
「ぜひ京都でお願いします」
こいつのことだ。富士の樹海での修行となったら真っ只中に放り込んで自力で出てこいぐらいの事は余裕で言う。絶対に言う。
「わかれば良し。それじゃあ、後は寿命に関してだね」
そうだ。俺としてはそっちの方が気になっていた。最近一万年とか有り得ない値になったから余計に。
「まずは
かつての二天龍と同等……それでロキを倒すことができたのか。
「
ロウの言うことが本当だとすると、そこには一つの疑問が残る。
「それじゃあ、俺が生きてるのはどうしてなんだ? それに、ヴァーリも使ってたはずだよな?」
フェンリルと一緒に転移される前に発動させたアレが
(そういえば、あいつはどうなったんだろ。後で黒歌に聞いてみるか)
「お前が生きてるのは悪魔化して寿命が一万年とかふざけた値になってたからだよ。見たところ、ミョルニルを取り込んだ影響も合わせて1%も残ってないみたいだけど」
1%未満……元々が一万だから、1%で100年か。ようやく人間らしい縮尺だな。
「ヴァーリが使って無事なのは魔力がアホみたいに多いから。それで生命力の代替をしてるみたいだね。――さすが、ルシファーの末裔は恵まれてるね。ケッ」
「不公平さを感じる……」
ロウが毒づいたのと同じように、俺も不満を胸に抱えていた。
「生き物ってのは同じ種族でも全く同じという事はない。平等なんてこの世に何一つないんだよ」
いつものように煙管を吹かすロウの言葉はあっさりと腑に落ちた。――だって、神様からして不公平なんだから。
「仙術を覚えれば
黒歌だけなのか。小猫ちゃんはいいのか?
「念のため呼んだだけだから」
そうですか。心読むな。
「ところで、黒歌たちはいいのか? 俺に仙術を教えるのは」
「悪魔として呼ばれちゃったからにはね。仕方ないっしょー」
うわ、嘘くさい。
「そんな律儀な性格してないだろお前」
好き勝手を体現したような存在が何を言ってるんだ。
「あはは、言われちゃったにゃん。見返りが魅力的だっただけだにゃん」
「見返り?」
悪魔の契約には対価が必要とか言われているけどその事だろうか。
「新しい着物を都合してあげるの。今着てるのもかなり
ロウも着物を着ているだけあってそういうのには詳しいのだろうか。
「今着てるのもそもそも私が持ってた物だからな」
「へぇ」
この二人の間には昔何かあったのだろうか。
(多分聞いても二人とも教えてくれないんだろうな)
特にロウは自分のパーソナリティを一切明かさないからな。
「さて、それじゃあ私はこれで失礼させてもらうぜ」
話を終えるとロウはスッと立ち上がる。
「お前は京都には来ないのか」
特に来て欲しいわけではないが、来ないとなるとそれはそれで何かありそうで怖い。
「私が京都に入ると京都中の妖怪に袋叩きにされるんだよね」
(お前、一体京都の妖怪に対して何をしたんだ?)
少し怖くて聞かない方がいいと思ったので聞かないことにした。
○ ● ○
さて、あの後、ロウの残した魔方陣でアーシアと姉妹猫と共に京都に転移したわけだが……
「どうしていきなり囲まれてんだよ!? 俺たちが京都についてからまだ五分と経ってないぞ!?」
カラスのような黒い翼を生やした男の人や狐耳の女の人に囲まれるのは想像以上の驚異だ。特に黒い翼にはトラウマが……
「無許可の悪魔が京都に入り込んだらそうなるわね」
「あの野郎……知ってて言わなかったな」
ロウは親切なようで親切じゃないので親切されたら確実に厄介なことになる。そんなところでバランス取ってもらいたくない。
『貴様ら……何者だ。彼の者とはどんな関係だ』
「彼の者?」
そう聞いた俺の脳裏に浮かび上がったのは黒一色の和装に身を包んだ性別不明年齢不詳住所不定のあいつだった。
(あいつと俺の関係は……なんだ?)
改めて考えると何と表現していいか悩んだ。
間違っても友達と呼べる間柄ではない。
「強いていうなら恩人とか……師弟ってところか?」
そう言った瞬間、俺に向けられる視線がより一層刺々しいものへ変化した。
『貴様!
「ちょっと待ったあぁぁぁ!!」
いやいやいやいやいやいや! 確かに俺は昔変態と呼ばれていたけれど! てかあいつ変態だったの!?
(あっ、あいつが京都に行くと袋叩きに遭うって行ったのはこういうことか!)
「えっと……ちなみにあいつは何したんですかね?」
『知らぬのか? 奴はうちの姫様を誘拐して一日中連れ回した挙句、服装を西洋被れのものにして帰したのだ! お陰で金がかかって叶わん!』
「ええと……お疲れ様です?」
正直なんて声をかけていいのかわからない。というかあいつは何してるんだ。
『彼の者の弟子とあっては、見逃すわけにはいかぬ!』
「いや、そういう事に関しては一切教わっていませんから!」
あいつのせいで袋叩きに遭うなんてゴメンだ。
『ならば何用でこの京を訪れた?』
「えっと……修行です」
付け加えるなら仙術のと付くが、そこまで説明する義理はないだろう。
『ふむ。確かに異形のものが修行のために京に訪れるのは決して珍しくない。もっとも西洋の悪魔が訪れるのは希であるがな』
「色々事情がありまして……」
死んで悪魔になって主から逃げて不死鳥やら神とかと戦ったり……ホント苦労してるな俺。
『ふむ、そういうことなら貴様らに手出ししないのもやぶさかではない』
「本当ですか!?」
なんだろう。初めて言葉で戦闘を回避できた気がする。
『いや待て』
(え、やっぱ駄目なの?)
一安心していたら、今までとは別の人が待ったをかけた。
『後ろの黒いのと白いの。貴様らに見覚えが……』
『思い出したぞ。確か猫魈でありながら悪魔に身を落とした姉妹だ』
この場がざわめき出す。黒歌たちって京都出身だったのか。
「あー……これだから京都には来たくなかったのよ」
「え、そんな素振りしてたかお前?」
だとするとロウは一体何を積んだのだろう。金か? 金なのか?
「白音のお菓子一年分」
……いつもお菓子食べてたもんね、小猫ちゃん。
「……他にも色々あるけど」
「もういいです」
全部聞いてたらキリがない気がしてきた。
(それよりこの場の雰囲気をどうしよう)
敵意まではいかなくとも嫌悪の視線がこちらに向けられている。何とか取り繕うことは可能だろうか。
「えっと……この二人は俺の先生役でして」
と説得を始めようとしたところで、突然新たな黒い翼を生やした男が飛び込んできた。
「た、大変です!!」
男は慌てた様子で着地を失敗しながら立ち上がる手間も惜しんで大声を張り上げる。
「八坂さまが……八坂さまが誘拐されました!」
『なんだと!?』
今までの比じゃないぐらいの動揺が起こった。もしや八坂さんというのはもしやロウが手を出した相手なのだろうか。
『おい、貴様ら』
「は、はい。なんでしょうか?」
あれ、いつの間にかこっちに向けられる視線がより一層刺々しくなってるぞ?
『今聞いた通りだ。たった今、京都を揺るがす重大な事件が起きている。そんな中、不審な人物を野放しにしておくわけにはいかない。わかるな?』
「言っておきますけど、俺たちはそれには関係ないですよ!」
犯人の仲間にされては堪らないので一応の反論をする。
『関係あろうとなかろうと、この状況では野放しには出来ぬ。今京の妖怪たちは混乱している。そんな中余所者が居ればどうなるか……ついて来てくれるな?』
「はい喜んで!」
面倒事は回避するに限る。
「……居酒屋の店員ですか」
○ ● ○
妖怪の人――狐耳の女性に連れられてやってきたのは、京都をそのまま再現した裏京都という異世界だった。
「事が一段落するまではここで大人しくしていただけますかな。この中でなら修行をされても結構です。物を壊されると困りますが」
「は、はい……」
最近攻撃の威力が高くなって、下手に攻撃できなくなっているので釘を刺された気分だ。
「おい、そこの!」
可愛らしい声に呼び止められて振り返ってみると、そこにはたくさんのフリルで飾られた――俗にロリータ風とか言われる――巫女装束を着た狐耳の女の子がいた。
「もしや、母上を攫ったのはそ奴らか!?」
母上……ってことは、この子は誘拐された八坂さんのお子さんなのだろうか。
「い、いえ!
「そうなのか……客人、疑って申し訳なかった」
九重と呼ばれた女の子はしょんぼりした様子で頭を下げた。
「別に気にしてないから謝らなくてもいいよ。お母さん、早く見つかるといいね」
本音を言うと九重ちゃんを見て俺も八坂さんを探すのを手伝いたいと思ったのだが、土地勘のない俺じゃ役に立たないだろう。
今はもしもの事態が起こった時のために、雷を制御することに集中したいと思う。
「それでは客人。緊急事態ゆえに大した持て成しはできないが、せめてこの京を堪能していってくれ」
お母さんを誘拐されて気が気でないだろうに……気丈な子だ。
「ううむ……この際彼の者に頼むとするか」
最後にボソッと呟いた一言は聞かなかったことにする。ギリギリまでそんな現実からは目を背けたいのである。
○ ● ○
「んーじゃ、早速修行を始めますかね」
案内役の狐耳の女性に連れられた建物の中に入って腰を落ち着けると、黒歌が早速そう切り出した。
「よろしく頼む。それで早速聞きたいんだが……」
修行に入る前に、これだけは聞いておかなければなるまい。
「なんにゃ?」
「仙術って具体的にはどんななんだ?」
ロウの奴は適当にしか教えてくれなかったのである。
● ● ●
「ふんふんふ~ん♪」
薄暗い空間に、軽快な鼻歌が響く。
「腕をもげ、足をそげ、腹をえぐって
しかし、その鼻歌に付いている歌詞は些か以上に
「君の所に行きたくて、君の居場所が遠くって、邪魔なものが多すぎるから全部まとめて消してあげるの♪」
いや、腥いのは歌詞だけではない。今ロウがいる空間には実際に血の匂いが漂っていた。
「君の手を握りたい、君の足に口づけたい、君の体を抱きしめたい、君の髪を撫で回したい、君の心に触れてみたい♪」
「君のためなら、私のために、この世の全てを呪っても、この世の全てに逆らってでも、想いの果てに心を紡いで皮肉な花を咲かせましょう♪」
歌が一段落した後、血臭漂う空間にピリリという電子音が響いた。
「はい、もしもしぃ? あ、九重ちゃん? 何、どうしたの?」
『実はお主に頼みたいことがあるじゃ』
「うんいいよー。可愛い子の頼みならなんだって引き受けちゃう。丁度京都に用事もあったしな。もっとも、お礼はちゃんといただくが、問題はないな?」
『わかっておる。じゃが、前々から言っておるが、お主は間違えておる』
九重の言葉に首を傾げるロウ。果たして自分は何を間違えているのだろうと。
『私の名は
「……ああ、それはわざとよ。愛称だよ、マスコットネーム」
言われてから言い返すまでの間が長かったため、それはとても言い訳臭かった。
大きなお友達垂涎の九重ちゃん。あの扉絵は絶対にはいてない。