はぐれ悪魔 イッセー   作:夜の魔王

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Juggernaut Drive

『我、目覚めるは――』

〈始まったよ〉〈始まってしまったね〉

 イッセーの口から老若男女混じった不気味な声が響く。

『覇の(ことわり)を神より奪いし二天龍なり――』

〈いつだって、そうでした〉〈そうじゃな、いつだってそうだった〉

 イッセーの口から出る呪文は呪詛のように怨念に満ちていた。

『無限を嗤い、夢幻に憂う――』

〈世界が求めるのは――〉〈世界が否定するのは――〉

 それと同時にイッセーの体から血のように赤いオーラが吹き出て辺りを照らす。

『我、赤き龍の覇王と成りて――』

〈いつだって、力でした〉〈いつだって、愛だった〉

 宝玉から響く声は一度途切れると、恨みに満ちた声を揃って口にした。

 

《何度でもおまえたちは滅びを選択するのだなっ!》

 

 徐々に鎧が鋭角なって行き、巨大な翼が生える。その姿はまるで小さなドラゴンだった。

 そして、鎧の全身の宝玉から老若男女入り乱れた声が絶叫のように吐き出される。

 

「「「「「「「汝を紅蓮の煉獄に沈めよう――」」」」」」」

 

Juggernaut(ジャガーノート) Drive(ドライブ)!!!!!!!!!!』

 赤いオーラが一際強く迸り、それだけで周囲が破壊されていく。

「む、白龍皇に続いて赤龍帝も『覇龍(ジャガーノート・ドライブ)』を発動させたか。ならば――」

 ロキが両羽腕を広げると影が広がり、そこから体の細長いドラゴン――ミドガルズオルムの量産体が5体姿を現した。

「ぐ、おぉぉぉぉぉォォォォォッ!」

 それを見たイッセーは咆哮のような声を上げると翼を広げて地面を蹴る。

 この場にいる全員の視界から一瞬消えた後、量産型ミドガルズオルムの内の1体の体が爆発したように吹き飛んだ。

 そのすぐ傍ではイッセーが雷を纏ったミョルニルを振り抜いた姿勢で滞空していた。

「馬鹿な! その状態でもミョルニルを扱えるというのか? 覇龍(ジャガーノート・ドライブ)を発動させている際は強い怨念に駆られるはずだ。それを乗り越えて未だ正しい感情を持ち続けられるというのかッ!?」

 ロキの考えは3/4ほど正しかった。覇龍(ジャガーノート・ドライブ)にまつわる箇所は全く持ってその通り。だが、今のイッセーの感情は決して正しいものではない。

 今のイッセーの感情を占めるのは悲嘆。愛する者を失った悲しみであるため、正しくはなくとも間違ってはいない。

 これが復讐にまでなればミョルニルはただの大きさを自在に変えられる鉄槌になるのだろうが、今はまだ辛うじて動作しているのを赤龍帝の力で増幅させている状態だ。

 だが、覇龍(ジャガーノート・ドライブ)にミョルニルというのは鬼に金棒を遥かに超える脅威であり、わずか十秒で五体の量産型ミドガルズオルムを撃破した。

 そして、イッセーは次の標的をロキへと定めた。

「ぐぎゅあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァッ!!」

「ぬおおおおぉぉぉぉぉッ!」

 人とは思えない声を出して飛びかかって来るイッセーに向かって、ロキは自分が一度に撃てる最大の魔術を雨のように放った。

「ごぎゅぅぁぁぁァァァァァアアアッ!」

 だが、正面から見るとまるで壁のように見える密度の魔術攻撃を、イッセーは全身の噴射口からオーラを噴射することでなし得た強引な空中起動(マニューバ)で回避した。

「何だと!?」

 襲い来る魔術の雨を回避し、ロキに肉薄したイッセーは小さくしたミョルニルをそのヘッドごと手に強く――レプリカとはいえミョルニルが砕けるほどに――握り締めた。

「ぐるぉおおオオぉぉぉぉぉォォォッ!!」

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Mjǫlnir(ミョルニル) Strike(ストライク)!!!!!!!!』

 雷電を纏った拳が鉄槌を振り下ろすように振るわれ、幾重に張られた防御の魔方陣を紙のように打ち破り、ロキを殴り飛ばして地面へと叩き付ける。

「……神滅具(ロンギヌス)――聖書に記された神が、人間に神殺しの力を与えたのは……こうなることを予期していたというのか?」

 ロキは勢いよく落下すると地面に減り込み、搾り出すように言葉を発した後に気絶した。

「ぐりゅぉぉぉおおお……」

 ロキを倒したイッセーは幽鬼のように振り向き、身をグッと屈めた。

 あの暴威がこちらに向けられると思った皆はそれぞれ最大の警戒心を向けるが、ロキを一方的に蹂躙したイッセー相手ではそれも虚しく感じていた。

「グ……オオオオォォォォォォ!!」

「落ち着けバカ」

 弓から放たれた矢の如くイッセーが飛び出したが、それが途中で叩き落とされる。

「あー驚いた……いきなり暴走とか心臓に悪い」

 まるで角を曲がったら人と対面した程度に驚きながら、どこからともなく現れたロウは構えていた手刀を振り下した。

 その手の付近に黒いオーラが漂っていることから、その手刀でイッセーを叩き落としたのだろうと推測される。

「ぐあぁぁぁぁぁ――ッ!?」

 イッセーは両手を着いて起き上がろうとしたところで、その途中で動作を止めた。顔を上げて目にしたものが、とても信じられないものだったからだ。

「全く……大切な人ぐらいちゃんと守りなさいよね」

 やれやれと首を振るロウがその腕に抱えていたのは、子フェンリルに飲み込まれたはずのアーシアだった。

「ほら、ちゃんと抱えて離すなよ」

 そう言ってロウが差し出すアーシアを受け取ろうとする両手からは、鋭い爪は無くなっていた。

「アー……シア…………」

 涙声でそう呟いたイッセーは、アーシアを強く、だけど優しく抱き寄せるとそのまま気絶し、鎧は溶けるように消え去った。

「やれやれ。私は元来そんなに面倒見がいい方じゃないんだけど。どうしてここまでしちゃうのかねぇ」

 不思議そうながらも満足そうに呟くロウ。

「「ウルォォォォォォォォォ!!」」

 その後ろから、二匹の子フェンリルが迫る。彼らの狙いはロキを倒したイッセーである。

「ふぅ……」

 それらを横目で確信したロウはため息を吐くと、ゆるりと右腕を高く掲げる。それと同時に地面に巨大な魔方陣が出現し、そこから無数の鎖が鎌首をもたげて子フェンリルたちに絡みついて動きを止める。

「お座り」

 右腕を振り下ろすと、子フェンリルに絡みついた鎖が締まって子フェンリルを地面に縛り付ける。

「フェンリルの子供ね。貴重そうだし貰っておきますか」

 鎖に縛られた子フェンリルたちはその巨体をズブズブと地面に展開された魔方陣に沈めていき、そしてこの場から消されてしまった。

「うわっ、すごい抵抗。このままだと抑えきれなさそう。少し削るか? まあそれは後にして」

 ロウは気絶しているイッセーとアーシアをまとめて胸に抱え上げると、地面に小型の魔方陣を出現させる。

「一先ずトンズラさせて貰います。美猴、ヴァーリには後で連絡させてもらいますよ」

 ロウはそう言い残すと、魔方陣がパッと光った後に姿を消した。

 

 

 ○ ● ○

 

 

「う、うぅぅ……ん」

 目を開けると、目の前に無造作に伸びた黒髪が(すだれ)のように垂れ下がっていた。

「あ、起きた」

「……近い」

 間近に見たロウの整った中性的な顔を起き抜けに見せられて、イッセーはなんだか微妙な感じがした。

「三日三晩寝てたぞお前」

 上から退きながら言われたロウの言葉に驚く。

「三日! 道理で体が重いわけだ」

「……体が重いのはそれだけじゃないんだけどね」

 ロウが小声で何かを呟いたが、俺はそれを聞き取ることができなかった。

「何か言ったか?」

「ま、それは後でいいわ。今はこっちの方が大事でしょう」

 ロウは立ち上がって部屋から出ると、程なくして代わりに一人の少女が入ってきた。

「アーシア!」

 それは子フェンリルに食べられたはずのアーシアであった。

「よかった……無事だったんだな。でも、どうやって?」

「それが、私にもよくわからなくて。食べられると思ったら何かに足元に引きずり込まれて……」

「ご説明しましょう」

 いつの間にかロウが部屋の中に入って来ていた。

「実は、私はロキが現れる数日前からアーシアの影に潜んでいたのです」

「な、何故!?」

 何故できるのかというよりも、何故そんな事をしたのかが疑問だった。

「だってお二人さんがイチャイチャしてて入るに入れなかったんだもの。ヒューヒュー」

 はやし立てる声が棒読みかつ無表情だった。ていうか覗いてたのかお前。

「で、そのまま出る機会を逸してしまい、戦いが始まってからも出るに出られず居たんですが、やっべどうしよとか思ってたらアーシアちゃんが食われそうになってしまったので慌てて私と入れ替わりで影に引きずり込んだわけです」

「それ、お前が代わりに食われてないか?」

「間一髪転移が間に合いました。まあ、咄嗟だったため座標が適当で戻ってくるのに少し時間がかかりまして。――石の中にいるなんて洒落にならねー」

 最後の一言を言ったロウはもの凄く遠くを見ていた。

「そっか」

 俺は一つ頷いてから、深々と頭を下げる。

「ありがとう。お前のお陰でアーシアを失わずに済んだ」

「お礼はいいから顔を上げなさい」

 ロウの言葉に従い顔を上げると、その顔を全力で殴られた。

「ったく、大切な者はキチッと守れ。今回みたいなことが今度もあるとは限らないんだぞ。アーシアを守れるのは基本的にはお前だけなんだぜ?」

 俺がアーシア守るのは単なる気紛れなんだぜと念押しされて、俺は深く反省した。

「さて、今までのことはここまでにして、ここからはこれからの話をしよう」

「これから?」

「うぃ。右腕に力を込めてみて。ああ、少し離れてなさいアーシアちゃん」

 アーシアが離れてから、右腕を曲げる感じでグッと力を入れる。

 バチッ!!

「ッ!?」

 突然右腕に雷が奔り、皮膚の一部が焼け(ただ)れる。

「イ、イッセーさん!?」

 それを見たアーシアが慌てて回復してくれる。

「やっぱりね。こりゃ重症だ」

 その光景を見てロウが面倒なことになったとため息を吐く。

「これ、どういう事だ?」

「お前、覇龍(ジャガーノート・ドライブ)を発動させている最中にミョルニルを握りつぶしただろ?」

 うろ覚えだがそんな気がする。

「その時お前はミョルニルに内蔵されていた雷を取り込んだんだよ。ミョルニルに込められてるのは神の雷。いくらあなたが赤龍帝であれ、人間上がりの悪魔じゃ扱うのはほぼ不可能です。だからそれが今あなたの体を傷つけている」

 そう言いながら、ロウは振袖の(たもと)から赤い梵字の書かれて黒い包帯を取り出した。

「取り敢えず、軽く封印させてもらいますね。それと禁手(バランス・ブレイカー)はしばらく禁止な。この状態でそれを使うと右半身が吹き飛ぶよ」

「そ、それじゃあどうすればいいんだよ?」

 これじゃあこの先の生活に苦労するなんてもんじゃない。

「神の雷を制御する方法を学ぶしかないね。その為には――」

 再び袂に手を突っ込んだロウは、今度はメモ用紙二枚とサインペンを取り出し、メモ用紙に魔方陣らしきものを描き始めた。フリーハンドで正円とかよく描けるな。

「キュッ、キュッ、キューっと。よし、描けた」

 ロウは魔方陣の出来栄えに満足そうに頷くと、その髪二枚を床に置いた。その内の一枚に描かれている文様には何故か見覚えがあった。

「それでは……召喚(サモン)!」

 魔方陣が光りだしたのを見て思い出す。これ、悪魔召喚する奴だ。

「今更召喚されるなんて思ってなかったにゃー」

「……同じく」

 魔方陣から現れたのは黒白の姉妹猫――黒歌と小猫ちゃんだった。そういえば黒歌もはぐれ悪魔だっけか。

「お前らも召喚の魔方陣に対しては幾つか対策してるんだろうけどな。私ぐらいになると魔力波長覚えさえすれば個人指定で強制召喚できちゃうわけですよ」

 えへんと胸を張るロウだが、これは余り褒められた行為じゃないと思うんだ。

「で、召喚したからには願い事でもあるのかしらん?」

「あるよー」

 え、この何でも自分でやるような奴が悪魔に願い事とかあるの?

「イッセーに仙術教えてあげて欲しいのよ。私じゃ教えらんないしー」

 仙術? 聞き覚えのない言葉だな。

「一応聞いておくけど、理由は?」

「神様の力を扱えるようになるには、生命力活性化させないとイッセーの方が負けちゃうのよね。だから仙術よ。――まあ、このままだと遠くない未来に死ぬから仙術で周囲の生命力分けて貰って延命しないとという理由もありますが」

「今サラッと聞き逃せないこと言わなかったか!?」

 俺の叫びを無視して、ロウは明後日の方向をビシッと差した。

「ユー、京都に行っちゃいなよ!」

「話の流れが全然わかんねぇぇぇぇぇ!」

 


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