ロキとの決戦までにはまだ間があるとの事で、俺たちは貸し与えられた一室で大人しくしている。
だが、それに素直に従っているのは俺とアーシアぐらいだ。他の奴らは居たり居なかったりしている。
(まあ、あいつらが大人しく一箇所で留まってるわけないか)
そんな普通の精神構造をしているならテロリストなんてやってこんな所までやってきているわけないか。
(それに付き合う俺も人が好いんだろうか)
「イッセーさん、本当に良かったんですか?」
同じ部屋にいたものの、所在なさげにしていたアーシアがおずおずと話しかけてきた。
良かったというのはあの事に関してだろう。
「……心情的にはさておいて、こうした方がいいとは確かだろ。もう会うわけにもいかないんだし」
それに、これ以上両親を悲しませたくはない。
「しかも、今の俺はよくわからんがどっかから襲われてるんだ。もし関係性を利用されて人質にでも取られたらそれこそ後悔する」
(――ん? その場合は俺の記憶が消えないとダメなのか?)
「イッセーさん」
突然アーシアに頭を掻き抱かれた。
「大丈夫です。私はずっとイッセーさんの側にいます。――だから、泣かないで」
「泣く?」
アーシアにそう言われて頬に手を当てると、そこは僅かに濡れていた。
(ああ、俺は泣いてたのか)
アーシアに言われるまで全然気づかなかった。
「アーシア」
「なんですか、イッセーさん」
「もう少しこのままでいてもいいか」
「はい、いいですよ」
● ● ●
「やっべえ……超顔出し難い。タイミング超しくった。取り込み中みたいだし出直すか」
○ ● ○
時が経ち、ついにその時がやってきた。今は会談が行われる高層ビルの屋上にいる。
俺の役割はヴァーリと一緒にロキの相手だそうだ。
ヴァーリはフェンリルが目当てなのでどうするか聞いてみたところ、まあ成り行きで考えるそうだ。こいつら無計画過ぎないか。
「おい、赤龍帝」
神様が相手だという事で入念にストレッチしていると、後ろからアザゼルに声をかけられた。
「こいつを使いな。秘密兵器だ」
そう言って差し出されたのは……
「こいつはトールが持つミョルニルのレプリカだ。本来なら神にしか使えないが、一時的にお前でも使えるようにしてある」
「そんな物俺に貸していいんですか?」
それ間違いなく貴重品でしょうそれ。
「一時的にって言ったろ? 持ち逃げしても意味はねえよ」
「いや、要りませんけどねこんなの。日曜大工もしませんし」
装飾が華美で趣味じゃない。
「レプリカとはいえ神様の武器なんだから日曜大工に使うとするなよ……」
冗談ですよ。冗談。
「というか、なんで俺に?」
「前線でメインで体張って戦うのはお前とヴァーリだ。で、ヴァーリは要らんって言ったからな」
消去法なのか。まあ有り難く預かっておくけど、使えるかなこれ。武器使った事ないんだけど。
「というか、このサイズで効果あるんですか?」
ハンディサイズなんですけど。
「オーラを流せば大きくなるぜ?」
「あ、そうですか」
大きさが変えられるとは高性能な武器だ。流石神様装備。
「じゃ、有り難く使わせてもらいます」
「おう、頑張んな」
ミョルニルのレプリカを渡して、アザゼルは去っていった。
堕天使の総督――堕天使だと言うことで警戒していたけどなんだか好いヒトのようだ。
そして、遂にロキがフェンリルを伴って現れた。しかも驚くべきことに堂々と真正面から。
「作戦開始」
この場を仕切る堕天使のバラキエルさんがそう言うと、大きな魔方陣が展開される。戦いの被害を抑えるため、場所を移すためだそうだ。
一瞬の光の後、辺りの風景は岩肌ばかりの場所に変わっていた。
「大人しく転移されるなんて余裕ね」
「先に倒すか後に倒すかだ。どちらでも大した違いではない」
二人のやり取りを見ながら、俺は取り敢えず一発撃ち込むことにした。
「せいやっ」
軽い声と共にオーラ弾を放つが、軽く受け止められた。予想通りだが力の差があるな。やっぱり
「アーシア、下がってろ。回復のオーラが届くギリギリの範囲まで」
「はい」
『
アーシアを下がらせて
「白龍皇に続いて赤龍帝だと! 二天龍が共闘とは、一体何が起こっている?」
「知ったことかっ!」
ロキが驚いたのを尻目に跳躍し、全身の噴射口からオーラを噴出して飛び上がる。今気づいたが俺ろくに飛べないんだった。
そんな俺に向けられた今まで見たことのない図柄の無数の魔方陣。できる事なら回避したいが、残念ながらそこまで器用なことはできないので特攻一択だ。
『
加速度を増幅させて一気に攻撃を突破し、ついでに魔方陣も破壊した。
「まずはこれでどうだ?」
ヴァーリが手元に出したのはこの前までとは違う、ロキが使っているものと同じ形式のものだった。――て!
(あの野郎、俺にお構いなしかよ!?)
ヴァーリの攻撃は広範囲に広がっており、俺も巻き込まれかねない規模だった。打ち合わせもしてなかったから無理もないか。
辺りに大穴をいくつも開けるほどの攻撃だったが、ロキはほとんどダメージを受けていない様子だった。
「流石は神様って所か」
これ倒せるのかな。やっぱり貰ったこいつを使うしかないか。
「ミョルニル……のレプリカか? オーディンめ、そこまでして……!」
腰に下げたミョルニルを手に取ると、ロキがそれに過敏に反応した。北欧の武器を他のところの奴に使われるのが気に入らないんだろう。
「ならば、こちらも本腰を入れさせてもらおう――!」
ロキが合図すると、控えていたフェンリルが動き出した。
(うわあ……アレ、絶対ヤバイって)
かなり距離を置いてるのに尻尾を巻いて逃げ出したいぐらいだ。だが、こっちにも策がある。
「にゃん♪」
黒歌が自分の独自空間にしまっていた魔法の鎖、グレイプニルを出し、それをみんながフェンリルに向かって投げつける。
ロキが何かしたせいで一時は無効化されたグレイプニルだったが、ダークエルフによって強化されたおかげで無事フェンリルを拘束することに成功した。
これを見てロキも少しは動揺すると思ったのだが、不敵な笑みを浮かべてロキは両腕を広げた。
「スコル! ハティ!」
ロキの両側の空間が歪み、フェンリルそっくりな大きな狼が出現した。
ロキの言う所によるとフェンリルの子供らしい。親が親なら子も子だよ!
でも俺の相手はロキだ。向こうは任せてロキに集中する。
「せー……のっ!」
掛け声と共にミョルニルのレプリカを振り下ろす。だが、あっさりと避けられて地面を大きく抉るだけに留まった。後ちょっとバチッとした。ちょっと期待と違う。
「ミョルニルは純粋な心の持ち主にしか扱えない。どうやら貴殿に扱えなくはないようだが。迷っていることでもあるのかね?」
「うるせえ!」
雷――って言うよりスタンガン程度の電気を纏ったミョルニルを左から右へ振り回すが、再び避けられてしまった。
(慣れてない武器は扱いにくい!)
当たれば赤龍帝の力で増幅させればそれでいけると思うのだが、当たらないことにはどうにもならない。
「こちらも忘れてもらっても困るな!」
ヴァーリが魔力と北欧の術式を織り交ぜながらロキを狙う。
だが、術式面ではロキが一枚上手なようで、それら全てを迎撃しながら反撃までしてくる。
ヴァーリが撃ち漏らした攻撃をミョルニルで弾くも、このままではジリ貧だ。
「ヴァーリ、同時に左右から攻めるぞ。俺は左、お前は右だ」
ヴァーリに支持すると同時にミョルニルを小さくして腰に下げる。今は邪魔だ。
「了解した」
俺はオーラを噴射させて、ヴァーリは光の帯をたなびかせてロキに向かって左右から迫る。
「二天龍を同時に相手にできるとはな!」
ロキは魔方陣を並べるように展開し、俺たちに向かって巨大な七色に光る波動を放ってくる。
「アルビオン!」
『
「ドライグ!」
『
ヴァーリが半減の力で攻撃を弱めたところを、力を倍化させた俺が跳ね除ける。
「でやぁぁぁぁぁぁぁッ!」
ヴァーリが攻撃を半減したため、僅かに先行する形になった俺が攻撃を打ち破ったのとは逆の拳を振るうが、また避けられる。
だが、突き出した腕からオーラを放出し体を捻って反転。その勢いのまま回し蹴りを放つ。
「ぐ――!」
回し蹴りはもうちょっとの所で防御魔方陣に防がれたが、その後ろからはヴァーリが既に攻撃の体勢に入っていた。
このまま一撃入る。そう思った瞬間、突如現れたフェンリルがヴァーリに食らいついた。
「何ッ!?」
フェンリルはグレイプニルで動きを止めたはず。そう思って周りを見ると、子フェンリルの一匹がグレイプニルを咥えていた。どうやらあいつがフェンリルの拘束を外したようだ。
(なんて言ってる場合じゃない!)
ここでヴァーリを失うわけにはいかない。そもそも今回の戦いの目的を遂行するにはヴァーリは必須なのだ。
一度腰に下げておいたミョルニルを手に取り、ありったけのオーラを注ぎ込む。
『
「でりゃぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
5メートルぐらいにまで大きくなったミョルニルをフェンリルめがけて渾身の力で振り下ろす。
かなり速い勢いで振り下ろされたミョルニルは雷を伴いながらフェンリルの背中に命中したが、フェンリルはそれをあっさりと跳ね除ける。
(くそっ! ヴァーリから口を離すこともしないのかよ)
ミョルニルを元の大きさに戻すのと同時に、ヴァーリを咥えたままのフェンリルが高速で近づいて、俺に向かって鋭い爪を横薙ぎに振るった。
「がはっ……!」
後ろに急加速したはずなのに爪が届いていたのか、今までほとんどの攻撃から俺の体を守ってくれていた
「ごふっ……!」
「イッセーさん!」
俺の口から血反吐が吐き出された直後、アーシアから回復のオーラが届いて傷口が塞がる。だが、失った血までは戻らないのでそう何度も繰り返すのはできない。
「おりゃぁぁぁぁぁッ!」
この際ヴァーリを吹き飛ばす形でもいいからフェンリルの口から叩き落とそうとミョルニルを横薙ぎに振るうも、素早く頭を下げられたせいで虚しく空を切った。
あの狼、大きさの割に俊敏すぎる。でかくて速いなんて反則だ。
「こちらも忘れてもらっては困るぞ?」
フェンリルからヴァーリを救うこともできてないのに、ロキが雨霰とばかりに魔術の波動を放ってくる。
「誰でもいいからグレイプニルをもう一度フェンリルに使ってくれぇぇぇ!」
ロキの魔術をミョルニルのヘッドで防ぎながら必死に声を張り上げる。とにかくあの狼は厄介極まりない。
「兵藤一誠」
フェンリルに噛まれて腹に大穴を空けているヴァーリが口を開く。
「ロキは任せる」
まあお前はそんな状態だから仕方ないけど、だったらお前はどうするのさ。
「このフェンリルは――俺が責任を持って殺そう」
(頼もしいけどお前当初の目的忘れちゃいませんかね――!?)
そんな俺の思いを
「ふははははっ! 既に瀕死の身でどうやってだ? 強がりは白龍皇の名を貶めるぞ?」
「――天龍を、このヴァーリ・ルシファーを舐めるな」
ヴァーリはロキに背筋が凍るような視線を向けると、異様な雰囲気を持つ呪文を詠唱し始めた。それと同時に鎧の宝玉が七色に輝き始めた。
「我、目覚めるは――」
〈消し飛ぶよっ!〉〈消し飛ぶねっ!〉
それと同時にヴァーリのものではない声が響き始める。恨みと怨念に満ちた、それだけで他者を畏怖させる声が――
『あれは歴代の白龍皇の所有者。その残留思念だ』
ドライグの声を耳に入れながら、俺は白龍皇の声に耳を傾けていた。
「覇の理に全てを奪われし、二天龍なり――」
〈夢が終わるっ!〉〈幻が始まるっ!〉
「無限を妬み、無限を想う――」
〈全部だっ!〉〈そう、すべてを捧げろっ!〉
「我、白き龍の覇道を極め――」
「「「「「「「「「「汝を無垢の極限へと誘おう――ッ!」」」」」」」」」」
『
眩しい光が鎧の宝玉から発せられ、更にその鎧も形状を徐々に変えていった。今のヴァーリから感じる力の波動はフェンリルにも劣っていない。
「黒歌! 俺とフェンリルを予定の場所へ転移させろ!」
ヴァーリの声を聞いた黒歌がにんまりと笑って、手をヴァーリに向かって動かし始める。
その直後、ヴァーリとフェンリルを魔力の帯のようなものが包み、黒歌が一緒に転移させたのだろうグレイプニルと共にこの場から溶けるように消えた。
どうやらヴァーリも当初の予定は忘れていなかったようだ。ロキとフェンリルを引き離して、フェンリルを手懐ける手はずになっていた。
(後は、俺がロキを倒せば――)
「きゃ――」
倒せるかという事実に不安を覚えながらロキに向かって一歩を踏み出そうとした時、よく耳に馴染んだ声が聞こえた。
「アーシア!?」
焦って振り返ると、子フェンリルの内一体が後方で回復に徹していたアーシアに襲いかかっていた。
『
それを見た俺は全力で飛び立つ。だが、俺とアーシアの距離は圧倒的に遠かった。
周りもそれを黙って見ているわけではなく、魔力や剣、聖なるオーラが子フェンリルを襲うが、子フェンリルはそれを体に受けながらも突き進み、アーシアが立っていた場所ごと――アーシアを、飲み込んだ。
「まずは一人、と言ったところか……――む?」
ロキが俺を見て首を傾げる。だが、俺はそれをどこか遠い所のように感じていた。
(アーシアが死んだ。俺が守れなかったら。俺が、弱かったから)
声が聞こえる。胸の奥から恨みと憎しみに満ちた声が。
(アーシアが死んだ。誰のせいで? 俺のせいで。コイツのせいで――!)
声が聞こえる。目の前の相手を滅ぼせと。目に映るもの全てを薙ぎ払えと。
「コロス――!」
そのタメにヒツヨウなコトバは、もうスデにシっている。アトは、それをクチにダせばいい――
『我、目覚めるは――』