はぐれ悪魔 イッセー   作:夜の魔王

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Termination

「退屈でした。ここまで弱いと戦闘じゃなくて作業ね」

 雪駄を履いた両足でリアスを踏みつけながら、顎に和傘の石突を突きつけながらあくびをする。

「てかこれどうしよ。生かす理由も無いし特に殺す必要もないしなー。ねえ、お前はどうされたい? 殺害方法ぐらいは選ばせてあげるけど? あれ? それだと殺すことになってるな。ま、それでも私は構いませんけど」

 足元にいるリアスを見ているのかいないのか、相手の反応を一切お構いなしに言葉をまくし立てるロウ。

 踏まれているリアスは喉元に石突が突きつけられているせいで言葉を発することができない。

「んと……どうしようかな。生きるか死ぬか、ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な」

 指を左右に振って迷うロウ。そんなことで自分の生死を決められたくないリアスだが、生殺与奪を握られている現状、彼女には不満を述べる事さえできなかった。

「て・ん・の・か・み・さ・ま・の――あ、神様死んでたっけ」

 この場においては至極どうでもいい事でロウの指振りが止まった瞬間、ロウの構築した黒い空間にひび割れが走った。

「――あ、解除条件の設定間違えた」

 ロウが自らの失敗を悟ると共に、出口のない迷宮は砕け散った。

 

「あはははー……失敗失敗。戦闘不能で出られるようにしたつもりだけど、全員まとめて出ちゃうように設定されるなんて。どこでミスったかな?」

 首を傾げながら辺りを見回しながらリアスに突きつけていた和傘を広げて上に向けると、そこに向かって雷が降り注いだ。

「傘って、雨粒を防ぐものであって雷を防ぐものではないんだけど」

 それを言うならそもそも戦いの道具ではない。

「リアスから離れなさい!」

 衣服が所々破れた朱乃がロウに向かって雷を放つ。

「きゃあ怖い。言われなくても退きますよーだ」

 それを避けながらリアスの上からぴょこんと飛び降りた後、ロウは美猴をその黒い瞳で睨めつける。

「美猴、自分の相手ぐらいちゃんと押さえておけよ」

「いやぁ、この姉ちゃんそこそこ強くてよぅ。しかも狭くて如意棒も筋斗雲もろくに使えねえし」

 美猴が指差す朱乃はリアスの元へと駆け寄って行き、そこに木場も覚束無い足取りで合流した。

「あら、ごめんなさい。お前の事を考慮に入れずに構築したから。でもそれぐらいのハンデは乗り越えて叩き潰しなさいよ」

「手厳しいねぃ」

「……ま、どうでもいいわ。どっちにしたって私に実害なんてないんだし」

「よし、なら歯を食いしばれ」

 それだけ言って目を伏せたロウをイッセーが殴った。

「……何するのさ」

 その言い草に胸に手を当てて考えてみろと思ったのはイッセーだけではない。

「お前はろくな事しかしないな! 今回もこの有様だし! せめて事前に一声かけろよ!」

「私が何かすると善意悪意に関わらずろくな事にならないのは確かだね」

 そう言うロウの姿は少しは気にしているようにイッセーには見えた。だが、それでもロウは自重しない。

「ところで、アーサーとルフェイは?」

 この場に姿に見えない二人についてイッセーが話題変更も兼ねて訊ねてみる。

「ああ、あいつら……というより、アーサーは相手を含めると被害が大きくなりそうだったから少し離れた場所に居る」

「被害って」

 イッセーがそこまで口に出した所で、遠方で莫大な聖なるオーラが立ち上った。

「何だあれ……」

 悪魔としての本能で恐怖を覚えるイッセーは、あれと離れた場所に出してくれた事に感謝した。

「さて、どうしますかグレモリー家の次期当主さん? 今退けば見逃してあげますよ? あっちの二人については保証できませんが、今ここにいる三人はこのまま帰してあげるよ?」

「小猫を置いて、おめおめと帰れるわけないでしょう!」

 それを聞いたロウは深々とため息を吐いた。ちなみに、今のが彼女たちへの最後通牒だった。

「よし、なら死ね」

 前髪を掻き上げながら、ロウはここに来て遂に明確な凶器を取り出した。

 刃物でありながら芸術品とされる、機能美と造形美を併せ持つ、日本特有の武器――日本刀。

「頭部と胴を泣き別れさせてあげるわ。覚悟して死ね」

 漆塗りの黒鞘から白刃が姿を現し、それを薄暗いオーラが包む。それを前にして、三人は身を固くして構える。

 だが、リアスと木場は既にほとんど戦闘不能の状態であり、残った朱乃も万全な状態ではない。

「雷よ!」

 なので、朱乃は一撃で決着をつけるべく、今の自分が出せる最大威力での雷を落とす。

「弱い」

 ロウが振り上げた刃を一閃すると、雷がロウを避けて左右に落ちた。その光景はまるで日本刀によって雷が切り裂かれたように見えた。

 それを見た朱乃は一瞬驚き、その後に唇を噛み締めた。

「ただの自然現象の模倣程度で私を傷つけられると思ってるの? まあ思ってるからしたんでしょうけど」

 日本刀を片手に、焦ることなく一歩一歩歩いていく。

「――はぁッ!」

 決死の表情をした朱乃の手から放たれた雷。先ほどよりも規模が小さいそれを、ロウは無造作に刀で切り払おうとして、それを直前でやめて左手を前へ突き出した。

「――チッ」

 短く舌打ちして雷を受け止めた左手を横に振って雷の軌道を逸らすが、そのせいで左袖が僅かに無くなっており、そのせいで露出した、ゾッとするほど白い左手はブスブスと煙を上げていた。

「今の光力だよな? 悪魔である奴がどうしてそれを扱える? 悪魔にとって光力は猛毒のはず……という事は――」

 一人でブツブツ呟いていたロウは一人で納得すると、独り言のようにボソリと呟いた。

「転生前は天使か堕天使か何かかな。それが悪魔に転生? 少し興味深いかも……」

 近くにいるイッセーにも聞こえないほど小さな声でブツブツ呟いていたロウだったが、首を振ってそれを打ち切った。

「だとしてもどうでもいいか。何であろうと殺すのだから。考えるのはその後でも遅くない」

 ロウは刀を両手で握って切っ先を上にして右肩まで上げる。そして地面を蹴って一気に朱乃の目の前まで近づくと、両手持ちした日本刀を振り下ろす。

 だが、その刃が朱乃に届く前に、ロウと朱乃の人一人入れないほどの間に光の槍が突き刺さった。

「危なッ! というかちょくちょく邪魔が入るなあ、おい! いい加減一人ぐらい殺させろ」

 流石にこれには肝を冷やしたロウが慌てて下がりながら上を見上げると、そこには十二枚の漆黒の翼を持つ堕天使がいた。

「堕天使総督アザゼル!? あんたみたいな大物がどうしてこんな所にいるんすか!?」

 思わぬ相手の登場にロウは動揺を隠しきれずに狼狽する。この段階でロウは逃げる算段を考え始めた。

「何、ちょっと不良少年にお仕置きしようと思ってたら知り合いがピンチだったんでな。つい手を出しちまったわけよ」

「堕天使が悪魔を庇う日が来るとは……いや、そこのお嬢さんが居たせいですかね?」

 ロウが切っ先で朱乃を指さして尋ねてみるが、アザゼルは不敵な笑みを浮かべただけだった。

「さて、どうかな。それにしても、お前さんは誰だ? 報告にあったヴァーリの仲間には該当しないようだが」

 ロウはヴァーリの仲間扱いされたことに若干怒りを覚えながら、言葉でそれをやんわりと否定する。

「それはそこの赤龍帝にも言えるだろう? まあ、私たちはどちらも禍の団(カオス・ブリゲード)にすら所属していないはぐれ者ですよ。ここに居合わせたのはただのめぐり合わせです」

(少なくとも俺がここにいるのはお前のせいだ)

 その言い分を傍から聞いていたイッセーはそう思った。

「てか堕天使総督のお出ましとか。常識的に考えたら後ろで偉ぶってろといいたい」

 実際に口に出して言いながら、ロウは仕方ないとため息を吐いた。

「交渉相手を変えましょう。――アザゼル殿、そちらの方々を見逃し、これ以上この戦場には関わりませんのでここで手打ちにしては貰えないでしょうか。いまなら赤龍帝にも手を引かせます」

 ロウが言っているのはつまりは停戦交渉だ。そちらを見逃す代わりにこっちも見逃せと。内心ではヴァーリが居たなら相手を押し付けるのだがと考えていた。

 おまけのように扱われたイッセーはまあこれ以上戦わないならいいかと傍観する構えである。

「ま、こっちとしては願ってもないけどよ」

「ということは俺はこのまま続けていいのかぃ?」

「やめろバカ」

 余計な事を言った美猴の口をロウが回し蹴りで暴力的に塞いだ。

「それでは、私たちはこれで失礼を――」

「待ちなさい、小猫のことがまだよ!」

 立ち去ろうとしたところで声をかけられて、アーサーたちとどうやって連絡を取ったものかと考えていたロウは、リアスに対して本気で殺意を覚えた。

「それは本人たちの問題です。私たちには至って関わりないことですので言われてもどうしようもありません。というかあなた、今のご自分の身の程をわかっていますか? お情けで生かされているような分際で生意気な口叩いてるんじゃないわよ。これ以上何か言うようならば誰が邪魔しようと殺しますよ?」

 ロウの放つ本気の殺意の前に、リアスの全身が硬直する。それを見たロウは気を好くしてイッセーと美猴を連れて立ち去った。

 

 ○ ● ○

 

「お兄さま、ロウさんから連絡です。『決着が着いているようなら帰って来てくれませんか?』だそうです。それと『相手が生きているなら殺すな』とも」

「わかりました。――そういうことですので、私たちはこれで失礼します」

 アーサーは全身を血に染めて膝を着いているゼノヴィアと、その血を何とか止めようとしているギャスパーに向かってそう声をかけると、コールブランドを虚空に向かって振るい、空間を切り裂いた。

「デュランダル使いはこの程度でしたか。今度は魔剣使いと剣を交えたいものですね」

 そんな呟きを残して、生まれた空間の裂け目へと、アーサーとルフェイは姿を消した。

 

 ○ ● ○

 

「一体何があった」

 最初いた場所へと帰ってきた俺は、そこで小猫ちゃんに抱きついて眠りこけている黒歌を見た。

(そういえばロウの奴がアルコール混じりの自白剤注射してたっけ)

 あいつの言うことだから、どこまで本当の事かはわからないけどな。

「えっと……起こした方がいいかな?」

 アーシアに傷を治してもらいながら、押し倒された状態の小猫ちゃんへと尋ねてみる。

「……このままで大丈夫です。お気遣い無く」

 その言葉を聞いて安心する。どうやら二人の間にあった(わだかま)りはどうやら消えたようだ。少なくとも悪いようにはなっていないらしい。

「それで、これから君はどうするの?」

 このまま姉と一緒にいるのか、それとも主の元に帰るのか。

「……決めかねています。姉と相談して決めようかと」

「そっか」

 できることなら姉と一緒にいてもらいたいのだが、そこまで深く生き方に介入するつもりはない。せめて後悔しないような選択をしてもらいたい。

 本音を言うと俺に関わらなければどうでもいいです。もう戦いは懲り懲りだ。

「じゃあ、そろそろ帰ってもいいのかな?」

 横目でルフェイを見ながら尋ねてみる。ちなみにロウはいつの間にやらいなくなっている。あいつの神出鬼没振りには本当に困る。

「ヴァーリさまが何と言うかわかりませんが、私個人はいいと思いますよ」

「なら早く! あの戦闘狂が帰ってくる前に!」

(俺は帰りたいんだ! 一刻も早く! 二度と関わり合いにならない内に!)

 そんな俺の剣幕に押されたように、ルフェイはこくこくと頷いてくれた。言語って素晴らしい。

「そ、それでは転送しますね」

 やや引きつった笑顔を浮かべながら魔方陣を展開するルフェイ。うん、少し大人気なかったと思う。

 だが、これでテロとはおさらばだ。俺は人間界に戻るぞロウ――!!

(ふはははは、逃げられると思うなよ兵藤一誠。たとえ私が逃がしても、運命がお前を逃がさない!)

 転送される直前、俺の脳裏にそんな不吉な声が聞こえた気がした。だけど全力で聞こえなかったことにしたい!

 

 

 ● ● ●

 

「おのれ、愚昧なる者どもめが……真なる魔王たる我らに逆らうとは……!」

 旧魔王派のトップ、シャルバ・ベルゼブブは忌々しげに呟く。

 何故なら、同じ魔王の末裔であるクルゼレイ・アスモデウスが現魔王サーゼクスに討ち取られて戦死。全体としても旧魔王派が押されていたからである。

「こうなれば、この私自ら出向いて……」

「まさか。あなたはもうここで終わりですよ」

 シャルバは後ろに立った異様な気配を察して振り返る。

 振り返ったそこにあったのは、闇より深い黒色と、その中に浮かぶ白い左手――

「貴様――」

「――死ね」

 シャルバが何事かを口に出す前に、彼はその左腕に掴まれ、黒に引きずり込まれ――そして、何も残さずこの世から消えた。

 

 


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