さて、あの後どうなったのかを説明しよう。
小猫ちゃんを誘拐してしまった俺たちは、今は
眷属を奪われたリアス・グレモリーは当然怒った。そして彼女を奪還しようとしているらしい。
しかも彼女の兄は現在の魔王らしく、ヴァーリたちがテロリストだということもあって、悪魔の大群を引き連れてくるそうだ。
それを聞いた
このまま行けば新旧悪魔の激突は必至だ。
「で、そのきっかけになってしまったイッセーくんは今どんな気持ち? ねえ今どんな気持ち?」
「伝説の(ドラゴンが宿った)左!」
「あべしっ!」
争いの気配を嗅ぎつけて駆けつけてきたというロウを、倍化無しの全力で殴り飛ばす。
ちなみにさっきの話の向こうの悪魔のことはロウから聞かされたことだ。
「と・い・う・か! そもそもの発端はお前だろうがコラァァァァァッッッ!!」
「たわばっ!」
俺の追撃のボディーブローがロウの腹を抉る!
「そうだね。だから、俺はあの姉妹猫の復縁に尽力するよ」
打撃を受けても平然としているロウが肩ごしに親指で差したのは、向かい合ったまま会話の無い、やや困惑した様子の黒歌と無表情な小猫ちゃん。
「ところで何であの二人姉妹なのに髪色違うの? 白音っちアルビノ? それともストレスによる若白髪?」
俺が知るか。
「復縁させるならサッサとやれよ。そろそろ悪魔が襲ってくるって戦々恐々なんだぞ」
「それはお前とアーシアだけだろ。他なんてむしろやる気満々だよ」
それはあいつらが異常なだけです。なんて理由も無く戦えるのか。
「では早速――」
ロウが動き出す。しかしその動きは何故か無数の残像を伴っていた。
動きが決して速いわけではない。なのに何故かそこには残像が生まれていた。そしてその流れるような動きで黒歌の首筋に注射器を刺した。
「はぅッ!?」
「動くと針が折れるよー」
「にゃぁぁぁ!? いきなり現れて何してるのあんたー!」
「
鬼かこいつ。あとそういう問題じゃない。
「そして適当な部屋に閉じ込めまして――」
何故か床から黒い壁がせり出してきて、止めに上から黒い天板が降ってきた。
「仲良くなるまで出てこれないのでこれで復☆縁☆確☆実♪」
「ノリノリでなんて酷い事をしてるんだお前」
仲直り(強制)って。あの姉妹はそこまでしないと駄目なんですか?
「うん、ムリ♡」
あの姉妹の関係複雑そうだもんね……
「さ、私たちも迎撃に行くよ。そもそもお前が原因なんだから、責任取ってあの姉妹が話し合う時間ぐらい稼ぎなよ」
「……まあ、自分の蒔いた種だからやるけどよ。――これで名実ともにテロリストだな……」
「乙」
そういえば、こいつはテロリストにサラッと混ざってるけどいいんだろうか?
「大丈夫大丈夫。私の悪名度は
薄々気付いていたがこいつは極悪人だったようだ。面倒なので付き合いを遠慮したい。
(まあそれをこいつが汲んでくれるわけがない)
今だってここに居るんだもの。何の前触れもなく突然に。
「相手が悪魔ならアーシアに聖書を暗唱させてまとめて攻撃もありだよね」
「こっちだって悪魔大勢だよ!」
俺とかも悪魔だよ! 死なないけど辛いわ!
「じゃあ一人一人潰して行きますか。ヴァーリたちはどうするつもりだって?」
「ここで大人しくしてろってさ」
これ以上余計なことするなって。
「あいつら、本当に残念よねぇ……それなら、彼女らとの戦いになるのかな? うぅん、一方的ぃ」
彼女らとはグレモリー眷属のことだろう。双方の戦力がわからないのでなんとも言えないが。
「正直ヴァーリ一人で余裕。コカビエル程度に負ける奴らなんて相手になりません!」
……コカビエルって堕天使の幹部だってアーシアから聞いてたんだけど。
「むしろ今のお前が引き分けに持ち込めただけで驚いてる。ま、
「
「ドライグに聞け。――さ、
明るい声音で怖いことを言いながら、ロウは外へと歩いて行った。
「アーシア、あの二人のこと頼んだ!」
俺はアーシアに一声かけて、その後ろを早足で追いかけた。
○ ● ○
「にゃ、あ、あ、あ……」
目の前で顔を赤くして身を捩らせる疎遠な姉を見て、小猫は少し心配になった。
正直なところ、姉と一緒にいるという昔は当たり前のことが今では嫌だったのだが、状況の移り変わりについて行けなくてそれどころじゃなかった。
「し、し、し――」
「し?」
「白音ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
黒歌は叫び声を上げると同時に、小猫に向かって飛びかかった。
○ ● ○
外に出ると、そこは戦場だった。魔力が飛び、悪魔が死ぬ。純粋な殺し合いの場だった。
俺の人生はこんな事とは無縁だと思っていたため、正直見ない振りをしたいが流石に無理です。
「ここは戦場の中心から離れて……いや、わざと離してあるのかな?」
様子を見ただけでロウはそう断言する。
「なるほど。主力を向こうに引きつけておいて白音っちの奪還か。なら、戦場から外された奴らで対処しましょうか」
戦場から外された――ということは俺たちか……おや?
「ヴァーリはどこ行った?」
ふと気づいて尋ねてみると、美猴が笑いながら戦場を指差した。まあ、あいつがここで戦わないわけないよね。
「全く、これだから戦闘狂は……ま、あいついなくても迎撃出来るからいっか」
それにしても、何でこいつはサッと現れたのにこの場を仕切っているのだろう。
「こいつとあいつ。これがこう。こうしてこうしてこうかな」
袂から取り出した簪の先端をサッサと動かして魔方陣を描いていくロウ。何をしてるのかと尋ねようとした矢先、ロウが獰猛に笑って簪を地面に投げて突き立てる。
「範囲指定。クライン・キューブ生成。内装確定。――迷宮構築」
直後、地面からせり上がった黒い壁が俺たちを分断した。
○ ● ○
「白音、ごめんね。あの時連れて行けなくて。一人ぼっちにしてごめんね」
自分を押し倒し、涙ながらに謝罪を口にする
仙術に目覚めたことで力に呑み込まれ、主を殺して自分を捨てたと思っていた姉に抱かれる感覚は、かつて二人きりで生きていた頃と変わらないものだったからだ。
「姉さま……」
そんな姉の背中に、白音の背中に腕を回した。
○ ● ○
「あんっっの黒いの! 何考えて生きてんだァァァァァッ!」
叫びと共に苛立ちを乗せた拳を黒い壁に叩きつける。壁には穴が空いたが、すぐにふさがった。
いや、きっと何も考えてないに違いない。あいつはきっとその場のノリで生きている。
(こっから出たらぶん殴ろう)
さて、こっからどうすればいいんだろうか。
そう思ったところにはらりと落ちてきた一枚の紙。
『出会った相手と倒せばここから出られるよ』
こいつの感覚絶対にズレてると思うんですけど。
「じゃ、アーシアも心配だし手っ取り早く済ませますかね」
○ ● ○
「どうですか、ルフェイ」
「はい、どうやら空間操作と地形変化の
アーサーに尋ねられたルフェイは解析のために展開していた魔方陣を消して答える。
「その上、空間には自己修復能力が付加されています。一瞬で空間の全てを破壊でもしない限り、力尽くでの突破は不可能です」
「では、ここから出る手段はないと?」
「いえ、起点となっている物を破壊するか、もしくは発動者が意識を失うことで維持することができずに消滅します。今回はそれに加えて、遭遇した相手を戦闘不能にすることで空間から出られるという条件が追加されているようです」
「なるほど。つまり、誰かを倒さなければ出られないということですね」
アーサーは通路の奥を向く。
「行きましょう、ルフェイ。そういうことならここで立ち止まっていても仕方ありません」
「はい、お兄さま」
○ ● ○
「ったく、いきなりなんだってんだよぅ。あいつ、一体なんなのかねぇ?」
突然黒い一本道に放り出された美猴は、驚きながらもその道を歩いていた。
美猴はこの空間になんとも言えない居心地の悪さを感じていた。
それがこの空間自体から来るものなのか、ここを創った人物を野生の本能が警戒すべきと伝えているからなのか。
「どっちにせよ、こっから出るには進むしかねぇってか?」
自分の武器である如意棒を肩に担ぎながら進んでいくと、少し開けた場所に出た。
そこは反対側にも道があり、丁度そこから黒髪の女性、姫島朱乃が現れた。
「相手を倒せってことみてぇだな」
「そうみたいですわね」
美猴は如意棒を構え、朱乃は雷を迸らせる。
「好い声で鳴きなさいな!」
「おお、怖いねぇ! ま、楽しくやろうや!」
● ● ●
「さて、うまい具合に割り振ったと思うけど、これは吉と出るか凶と出るか。どっちに出ようが私の知ったことじゃないけどね」
自分が突き立てた簪の前に仁王立ちして、ロウは独り呟く。
「所詮茶番だもの。どうなろうが私には大した問題にはならないけど……負い目はあるものね」
袂から和傘を引き抜きながら、ロウは煙管を加えて紫煙を吐く。
「どうなるにしろ、久しく全力でやるとしましょう。それが、償いにもならない行いにはお似合いでしょう」
和傘を開き、自分に向かって放たれた攻撃を防ぐと、開いた傘を肩に立てて、攻撃した相手を見た。
「ようこそ、リアス・グレモリー殿。せいぜい時間稼がれちゃってください」
憤怒の表情をしたリアス・グレモリーを無表情で迎えるロウ。
「そこを退きなさい!」
「当然、お断りします」
リアスの放った滅びの魔力とロウの噴出させた黒色のオーラが激突し、彼らの戦端が開かれた。
○ ● ○
「で、お前が相手か。イケメン」
「そうみたいだね、兵藤一誠くん」
開けた場所に出ると、そこでは剣を持った元同学年生、木場祐斗が立っていた。
「僕たちは小猫ちゃんを助けに来たんだけど、主の名に泥を塗った君を、これ以上野放しにするわけにもいかない」
敵意と共に刃を向けられる。
「どうしたよ? この前とはちょっと感じが違うぜ?」
剣を向けられて初めて気づいたが、そこからは隠し切れない殺意が漂っていた。
「……まあ、少し心境の変化があってね。でも、それは君も同じだろう? 最後に見たときとはまるで違う」
「そうだな。主にお前らのせいで――な!」
ここに来る前の間に倍化させていた力を一気に打ち放つ。
放たれた赤い光弾は木場の近くで大爆発を起こす。その規模ならこの狭い空間でなら当たらなくてもダメージは避けられないだろう。
「やっ!」
だけど、木場は多少着ている制服が焦げているものの、本人は至って無傷で斬りかかってきた。
「くっ!」
俺はそれを左腕の籠手で受け止めて押し返す。
木場から意識を離さず、視線だけをさっきまで木場の居た所を見ると、そこには無数の剣の残骸があった。
「無数の剣を創りだす……それがお前の
「そう、
その言葉が終わると同時に、地面から刃が突き出して来た。
「うおっ!」
それをジャンプして間一髪で逃れる。だが、そこに壁を蹴って木場が駆け寄り、剣を振るう。
「くっ――
『
赤い鎧を纏い、剣を弾く。
「せりゃあ!」
剣を弾かれて体勢を崩した木場に右の拳を放つ。だが、木場は背中に生やした悪魔の翼を羽ばたかせてそれを避けた。
「それが君の
「
「君は
木場は手に持った剣を正眼に構え、静かに呟く。
「――