「でかい城だなあ……」
鬱蒼と茂る森の中から、見上げると首が痛くなるほど高い城を見上げる。
「それじゃ、よろしくにゃん」
黒歌が自分の使い魔だという黒猫を放つ。
(そういえば、俺には使い魔っていないんだよな)
アーシアにはラッセーがいるというのに。
この場にいるのは俺と黒歌と美猴だけ。残りは興味がない上に偵察に向いてないので、森の外側で待機している。
(しかし、俺が選ばれた理由が素の力が一番小さいからっていうのが納得できない)
確かに事実だけど。
(というか俺、アーシア以下だったんだな……泣きたい)
「てかこれ、ただのパーティだろ? こんなの見張る必要あるのかよ」
「だから罰なんだにゃん。どうでもいいパーティじゃなきゃ私たちに戦闘か破壊以外の任務が回ってくることなんてないにゃ」
こいつら、汎用性ないんだな。俺も人のことは言えないけど。
「…………暇だにゃ」
「…………暇だなぁ」
「気持ちはわかるけどまだ十分も経ってないぞ」
こいつら堪え性なさすぎだろ。確かに監視には向いてないな。
「大体よぅ、パーティを覗き見ってごちそうの前で待てをされてるみてえで我慢できねえんだよ」
――猿だ。躾のなってない猿。それに頷く黒歌は野良猫だ。
「でもご馳走は食いたいな……」
ご馳走なんて久しく食ってないからな……。
「黒歌、ちょっくらちょろまかして来てくれよ」
「私の猫はそんなに重い物は運べないにゃ。ただの猫なのよ? むしろ手癖の悪さ的には猿の領分でしょう?」
「いや、流石にパーティの中に入ってったらバレっからな?」
確かに。いくら気配を消すのがうまいとはいえ、真っ只中に行ったら気づかれるだろう。
「ていうか、悪魔のパーティなんて朝まで続くなんて普通よ? ずっと見てるなんて無理」
「ああ……悪魔って夜行性か」
確かに悪魔に成り立ての頃は昼は辛かった。今ではほとんど元通りだが。
「――あ、ヤバ」
ふと、黒歌が焦った声を出す。
「どした?」
「使い魔が妹に見つかった……」
肩を落とした黒歌を見て、美猴が指を差して笑い始めた。こいつには人の心ってものがないんだろうか。
「妹って誰だよ」
黒歌の妹も同じ悪魔だったのか。それに、こいつは転生悪魔なんだから猫又でもあるのか。
「黒歌の妹は白音っていうんだけどよぅ。実はこいつがはぐれ悪魔になったのもそれが原因でよぅ――」
「黙りなさい!」
黒歌の右ストレートが美猴の顔面を捉え、その体を吹き飛ばす。見事な一撃だった。
「な、何するんだよぅ!?」
「これ以上人の秘密をペラペラ話すようなら殺すわよ?」
あ、これはガチだ。黒歌は本気で怒っている。
「それで、今その妹さんはどうなってるんだ?」
当初の問題を尋ねてみると、黒歌は美猴に向けていた怒りの表情から一転して慌てた表情になる。
「もうそこまで来てる……こうなったら」
突然やや冷酷に見える表情に変わった黒歌を見て、俺は何となく二人の関係がわかってしまった。
(黒歌は妹が好きだけど、姉妹仲は悪いんだな……)
そうでなければ妹に一喜一憂するこの女があんな表情を妹に向けようとは思わないだろう。
(しょうがない)
一応監視中なので誰かに見つかるのは――もう見つかっているようだが――まずいだろう。
俺は
そうして待つこと数十秒後。近くの茂みがガサガサと揺れ始め、人影が現れた。
(今だ!)
『
「
「はうっ」
あっちがこっちを確認する前にダッシュで近づき、首に手刀を打ち込む。結構強くやらないと効果がないのは自分の体で実証済みだ。
(おのれロウ……!)
思い出したら腹が立ってきた。だが、そのおかげで黒歌の妹だという少女を気絶させることに成功した。
気絶したことによって体から力が抜けて倒れそうになる少女の体を受け止める。
「白音ぇええええええええ!?」
その直後に慌てた黒歌によって奪われる。いや、姉が妹の心配をするのはいいと思いますよ。けどお前そんなキャラじゃなかっただろ。
(それにしても、この子どこかで見たことがあるような……)
白い髪に幼い体つきの、紛れもなく美少女に分類されるであろう少女。俺は彼女の名前を知っていた。
「塔城小猫ちゃん?」
そう、塔城小猫ちゃんだ。駒王学園一年生であり、オカルト研究会所属。――つまり、リアス・グレモリーの眷属悪魔だ。
(あ、やば……)
そう思ったところで、再び茂みがガサガサと揺れる。それが聞こえた瞬間、俺は反対側の茂みの中に飛び込んだ。
その直後、二度と聞きたくもなかった声がさっきまで俺がいた場所から聞こえた。
「黒歌……! あなた、小猫をどうするつもり?」
その声の主は俺を悪魔にして蘇らせた張本人、リアス・グレモリー。嫌な予感はここに的中した。
(よし、黒歌に気を取られている隙に逃げ出そう)
俺はもうあのヒトとは二度と顔を合わせないと決めているんだ。
「ちょっと近くに来たから様子を見に来ただけにゃん。そしたらこの子が私の使い魔を見つけて勝手に来ただけにゃ。でもせっかくだから頂いてくことにするわ」
おや、これは誘拐ではないのだろうか。いや、姉妹だからいいのか?
(そもそも、何でこいつらは離れ離れになったんだ?)
そこらの事情が気になった俺は逃げ出すのを中断して茂みから二人の会話に聞き耳を立てることにした。
(でも、念の為に
「今更何を! あなたは一度この子を捨てたくせに!」
「私が魔力・妖術・仙術を使えるハイスペック猫魈って言っても悪魔の追撃からお荷物抱えて逃げきれるほど思い上がってないにゃん。私だって自分の命は惜しいし?」
「勝手な事を! 力にとり憑かれて主を殺したのはあなたでしょう!?」
「だって上からあれこれ言ってきて邪魔だったんだもの。そりゃ拾ってくれたのには感謝してたからある程度は我慢してたけど? それにだって限度ってものがあるわ」
「そのせいで小猫は悪魔たちから迫害に近い扱いを受けて、あなたに捨てられたこともあって、私に会った時には感情さえ無くしていたのよ!?」
うん、二人の会話を聞いた第三者の立場から言わせてもらおう。――小猫ちゃんへのとばっちりが酷い。
俺には黒歌が主を殺した理由はわからない。あの黒猫のことだから「ついやっちゃったにゃん♪」とか言いそうだが、まあそれは置いておこう。
置いて逃げたのもわかる。俺もはぐれとして悪魔に追われていた身だ。そんなに攻撃を受けたわけじゃないが、ロウが居なければとっくに捕まっていたことは想像に難くない。
主殺しなんて下克上をやらかした黒歌に差し向けられた追手の数は俺の比じゃないだろう。そして、戦えない相手を庇いながら戦うというのは想像以上に辛い。
なので黒歌が小猫ちゃんを置いて逃げたのは納得できなくても理解できる。
そして、悪魔たちの小猫ちゃんに対する扱いは完全に八つ当たりだろう。
恐らく姉がああなったから妹も~という事なかれ主義なんだろうが、被害者としては堪ったものじゃないと、
そして、今の小猫ちゃんがあるのはリアス・グレモリーのおかげという事になるのだろうが……………正直飴と鞭、もしくは天国と地獄。または北風と太陽――は違うか。
つまり何が言いたいかというと、周りから虐められたところを助けられると懐かれる。これをウラシマ効果とか吊り橋効果だとか言った気がする。
つまり、それは恩という名の首輪なんじゃと、ディオドラというクズの塊――昔アーシアに助けられたのが狂言だというのが奴の記憶を読み取ったロウの証言からわかった(サラッと記憶を読めるあいつが一番不思議だ)――を見てしまった俺は思ってしまうのである。
(知らない間に悪魔不信になってるなぁ……)
信用という文字をゴミ箱にダンクしてきたようなロウから生存戦略を習ったせいか。
(けどそれらに一切関わりのない俺はそれらを全力でスルーしたい)
今更第三者が関われるような問題でもないし、俺も関わっているほど余裕があるわけではない。当事者だけで解決してもらいたい。
後どうでもいいけど猫又だから小猫って捻りもないよね。
「そんなあなたに小猫を任せておけないわ!」
あ、最初から交わる余地がなかった交渉という名の言い争いが決裂した。
(よし、今度こそ逃げよう)
再び決心したところで、黒歌の放った一言が俺の動きを止めさせた。
「眷族にした人間に逃げられた悪魔なんかに妹を預けておけると思う?」
そう言われたリアス・グレモリーは黙り込んだ。茂みの向こうにいるためどんな表情をしているのかはわからないが、大方痛いところを突かれて怒っているのだろう。
(それよりも、俺って悪魔にされたのがグレモリーだなんて言ったっけ?)
後から知ったことだが、グレモリー家の時期党首が下僕悪魔にした赤龍帝に逃げられたことは裏の世界じゃ割りと有名なことらしい。
相手が赤龍帝という事もあってリアス・グレモリーが非難されているのだが、それってつまり俺が原因なのだろう。
「この子は私がいただいて行くにゃ。仙術を使える猫魈なんてレア種族だもの。連れて帰っても誰にも文句なんて言わせないにゃん」
「何を勝手なことを! その子はあなたのせいで仙術を使うことに対して強い抵抗を持っている。それなのにその原因であるあなたがそれを使わせるように強要するなんて……横暴にもほどがあるわ!」
「能力があるのに制御する方法を知らない方がよっぽど危険だと思うけど? 何かの弾みで暴走したらそれこそ目も当てられないわよ?」
「その子はそんなに弱くないわ!」
それを最後に今度こそ会話が終わり、次の段階に移行しようとしていた。
「美猴、白音お願い! 傷つけたらぶっ殺すわよ!」
「それが人にものを頼む態度かよぅ? それに大切な妹なら投げるんじゃねえよ!」
小猫ちゃんが美猴に投げ渡されたのを切っ掛けに、黒歌とリアス・グレモリーが魔力の波動をぶつけ始めた。余波で俺の隠れていた茂みも吹き飛ばされた。
しまったと思う暇もなく、黒歌だけ見てればいいものの、目敏くこっちに気づいたリアス・グレモリーが驚きの表情をこっちに向けてきた。
「兵藤一誠!?」
「俺の平穏のため!」
名前を呼ばれた瞬間オーラを飛ばす。
(気絶したら俺がテロリストといた事実を忘れるかもしれない!)
だが、敵もそこまで弱くない。咄嗟に展開した魔力防壁にオーラ弾は弾かれた。
「
『
倍化を停止させ、リアス・グレモリーに向かって殴りかかる。籠手に包まれた左腕で魔力防壁を破壊し、右の拳を腹に叩き込む。
その予定だったのだが、魔力防壁が壊れた瞬間に後ろに飛び退いていたため右の拳は空を切った。
「隙有り――!」
そこに黒歌からの援護射撃が放たれ――違った。あいつ俺を気にせず攻撃してきやがった!
黒歌の放った魔力とは違った感じの攻撃を俺は横っ飛びで避けたが、リアス・グレモリーはまともに受けて地面に落ちた。どうやら気絶したようだ。
「フーッ、フーッ!」
威嚇する猫のような鋭い呼気を漏らす黒歌。
「お、悪魔たちが近づいて来てんな」
美猴の言葉を聞いて城のある方向を見ると、確かに空を飛んでいる悪魔たちが居た。
「おい、逃げるぞ黒歌」
「ここまで来たら徹底抗戦に決まってるでしょう!?」
「よし、俺っちも付き合うぜぃ!」
「決まってねえよ! それとお前は付き合うな!」
興奮した黒歌は何故かやる気満々であり、それに釣られて美猴までやる気になった。
(誰か助けてくれぇええええええええ!!)
その思いが天に届いたのか、空間を切り裂いてアーサーが現れた。
「三人とも、いくらなんでも騒ぎ過ぎです。引きますよ」
「助かった!」
「今からが面白いトコなのによ」
「……仕方ないにゃん」
アーサーの言葉の冷静さが上手く作用したのか、黒歌も一先ず落ち着いたようで、アーサーが再び開いた空間の裂け目に入っていく。
しかし、この時俺たちは忘れていた。美猴が黒歌の妹である白音こと現塔城小猫を抱えたままだと言う事に――