はぐれ悪魔 イッセー   作:夜の魔王

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リバイバル・ドラゴン 
Reborn


「死んでくれないかな?」

 

 彼女である夕麻ちゃんにそう言われた後、槍のような光が腹に突き刺さり、俺――兵藤一誠はその短い生涯に幕を下ろすはずだった。

(死にたくない……!)

 だけど、死に際の願いが、紅髪の悪魔を呼び寄せ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――命の代わりに、大事な物を喪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――はっ!?」

 気がついた時、俺は自分の部屋のベッドで寝ていた。

「俺は確か……夕麻ちゃんに――!」

 殺された事を思い出して体を起こし、大穴の空いたはずの腹を見たが、傷跡一つ残ってなかった。

「ゆ、夢だったのか……?」

 一先ず生きている事に安堵して時計を見ると、起きるのには丁度いい時間だったのでベッドから降りる。

「うっ……」

 カーテンの隙間から差す日差しに目を細める。

「何だか体が重いな……」

 何とも言えないだるさを覚えながら、俺は駒王学園の制服の袖に手を通した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕麻ちゃんに殺された夢を見てから数日が経った。

 何と驚くことに、俺と夕麻ちゃんが付き合っている事を知っているはずの悪友二人までもが彼女のことを忘れていた。

 彼女と付き合った末路からすると、彼女の存在自体俺の妄想だったのではないかと思ってしまう。

 だが、俺の体には彼女と出会ってから大きな変化があった。

 簡単に言えば夜型になっていたのだが、最近になって夜ふかしをするようになったわけではない。

 しかも普通の夜型の昼に寝て夜に活動するという単純なものではなく、昼だと体がだるくなり、夜になると力が有り余ってしまうという状態だった。

「なんでこうなっちまったんだろうな……」

 学校の自分の席で頭を抱えていると、校舎の外が少し騒がしくなった。

 気になって外を見ていると、丁度赤い長髪の美少女が登校してくるところだった。

 彼女の名前はリアス・グレモリー。この学校の三年生で、その美貌は男女問わずに(とりこ)にする。それは俺にとっても同じだったつい先日――夕麻ちゃんに殺される夢を見るまでは。

 その夢を見てから、俺は彼女を見ると畏怖するようなっていた。

 そんな時、彼女の視線がこっちを向いた気がした。その碧眼と視線が合った瞬間、今まで感じた事のない感覚が胸に去来していた。まるで蛇に睨まれた蛙のような、圧倒的実力差を持つ相手と対峙したような感覚。

 彼女と自分には接点はないはずと思い返していると、いつの間にか彼女は視界から消えていた。

「なあイッセー! 今日俺の部屋で秘蔵コレクション見ようぜ!」

「そうだぞイッセー! 思春期の男子がエロいことをしないなんて失礼だ!」

 この二人は松田と元浜。俺はこの二人と合わせて不名誉なことに変態三人衆と呼ばれている。まあ白昼堂々エロいDVDとか広げてるのが原因なんだろうけどな。

 ちなみにイッセーてのは俺のあだ名だ。

「あー……俺いいわ。そんな気分じゃないし」

 そう言った俺を二人は心配そうに見る。

「イッセー、お前最近元気ないけど大丈夫か?」

「付き合いも悪いしよ」

「悪いな。どうもそういう気分にならなくてな」 

 あの夢を見てからというもの、どうも性欲が沸かないのだ。というより、女の子に殺される夢のせいか、女の子そのものへ忌避感が生まれていた。

(俺、一体どうしちまったんだ……?)

 

 

 

 

 

 二人の誘いは断ったものの、家に帰る気にはなれなかった俺は、あてどもなくそこらを歩いていると、いつの間に辺りは暗くなっていた。

「帰るか……」

 暗くなったため体の内にあふれる力を感じながら、家へと足を向ける。街灯もないのに鮮明に見える光景に不安を感じながら歩いていると、突如としてとてつもない悪寒に襲われた。

「ほう、こんな地方都市で出会うとは思わなかったな」

 その言葉を発したのはスーツを着た男。素人でも分かるほどの殺意をこちらに向けている男を見た瞬間、俺は全力で走り出した。

 今までとは比較できないほどの速さでがむしゃらに走る。どこに向かうかも考えず、ただこの場から遠ざかることだけを考えて走った。

 気がついた時、俺は公園に立っていた。よりによってその公園は俺が夕麻ちゃんに殺された場所だった。

 そう思ったとき、上から黒い羽が落ちてきた。

「逃すと思っているのか? 下級の存在はこれだから困る」

 声を聞いて振り返ると、さっきのスーツ姿の男が背中から黒い翼を生やして降り立ったところだった。

「おまえの主の名前を言え。こちらもこんなところで邪魔をさせるわけにはいかんのでな。場合によっては手を打つ必要がある」

「あ、主って何のことだよ!?」

 主と言われても、普通の男子高校生の俺には主なんていない。

「……もしや、おまえ『はぐれ』か? ならばその困惑している様にも納得がいく」

 一人でブツブツ呟く男を見ながら、俺はどうしようもなく不安だった。もしこの続きがあの夢と同じだったら……。

「周囲に仲間らしき気配もなし。魔力を使う様子もない。ならお前は『はぐれ』なのだろう。――なら、殺しても構わんだろう」

 物騒な結論を出したスーツの男がこちらに向けて手をかざすと、その掌に光が集まり、光でできた槍になった。

(殺される!)

 夢と似た状況から、そう確信し、恐怖のあまりその場にうずくまる。その一瞬後に、下げた頭を光の槍が掠めた。

「む、外したか。運の良い奴だ」

 運良く外れた事に安心したけど、その直後にまた手に光を集めている男を見て、安心はあっさりと吹き飛んだ。

(し、死にたくねえ!)

 その思いだけで立ち上がって、後ろに向かって走り出す。その一瞬前まで俺の居た所に光の槍が突き刺さった。

「逃げても無駄だ。恐怖を引き伸ばすだけだぞ」

 そんな言葉に耳を傾ける余裕もなく、植えられた木々の合間を走る。

 伸びた枝に制服を引っ掛けて破りながらも、木を貫いて飛んでくる光の槍を避けながら走る。

「はっ、はっ、はっ!」

 息が荒くなり走るのが苦しくなったところで、木々を抜けて道路に面したところに出た。

 そこで助けを求めようとしたが、運悪く人通りはなかった。

「良くぞここまで逃げた。褒めてやろう。だが、ここまでだ」

 スーツの男が翼を広げて木々を飛び越えて来た。その手にはこちらに致命傷を与えられるだろう光があった。

「こ、こんなところで死んでたまるか!」

 再び走り出そうとしたとき、足に激痛が奔り、俺はその場に倒れ込んだ。

「がっ! な、何だ?」

 痛みを感じる足を見ると大きな切り傷が出来ており、近くには光の槍が突き刺さっていた。

 それを我慢して立ち上がろうとしたが、体の内側を焼くような感覚に襲われ、思うように体が動かない。

「なんだこれ……超痛え……」

 叫ぶ力も起きず、地面に転がる俺の近くにスーツの男が降り立つ。

「そうだろう。光はお前らにとっては猛毒だからな。流石にかすり傷程度では死なんか」

 男はそう言って手に新たな光の槍を作りだす。

 必死で逃げようと手足を動かすが、体は少しも前へ進まない。

「これ以上足掻いても見苦しいだけだ……ぬぉ!?」

 頭上を何かが通り抜ける音がすると、その後ろで爆発が起きる。重い頭を動かして振り向いて見ると、男の手から煙が上がっており血を流していた。

「その子に触れないでくれるかしら」

 今度は前から声がしてそちらを向くと、紅髪の彼女がそこに立っていた。

「その紅い髪……グレモリー家の者か……」

「リアス・グレモリーよ、墜ちた天使さん」

 さっきよりも恐ろしい雰囲気を発する男に対しても、リアス先輩は一切表情を変えなかった。

「この子は私の眷属よ。手を出すというなら容赦はしないわ」

「グレモリーの名に免じて今日の事は詫びよう。だが、次に同じような事があれば殺してしまうかもしれんぞ。精々目を離さないことだな」

「余計なお世話よ。この町は私の管轄なの。滅されないだけでも幸運と思いなさい」

「その言葉、そのまま返そう、グレモリーの次期当主よ。我が名はドーナシーク。再び(まみ)えないことを願っているぞ」

 そう言った男は羽ばたきの音と共に飛び立っていった。

 それを見送っていたリアス先輩は視線を切るとこっちを向いた。

「大丈夫かしら、兵藤一誠くん?」

「足が物凄い痛いです……後、なんで俺の名前を?」

「自分の眷属だもの。名前ぐらい知ってるわ」

 リアス先輩は怪我をした足に近づいてかがみ込む。

(眷属?)

 痛みで朦朧(もうろう)とする頭が気になった単語を捉えた。

「あの……さっきの男も言ってましたけど、眷属って一体……」

「それはここでは説明できるような事ではないわね。立てるかしら?」

 そう言われて初めて気がついたが、さっきまであった耐え難い苦痛がいつの間にか和らいでいた。これなら何とか立つことはできそうだ。リアス先輩の手を借りてなんとか立ち上がる。

「それで、ここじゃできないって言いましたけど……」

「ええ。そうね……部室に行きましょう」

「部室ですか?」

 リアス先輩が何の部活に所属しているのかは知らないが、この時間では学校はもう閉まっているんじゃないのか?

「ええ、オカルト研究会の部室よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから数分後。俺は駒王学園の旧校舎――オカルト研究会の部室に居た。

 ここに居るのは俺とリアス先輩の他に三人。

 黒髪をポニーテールにした三年生、姫島朱乃先輩。

 同じ二年生のイケメン、木場裕斗。

 一見小学生に見える小柄な一年生、塔城小猫。

 そして俺はそこで常識を一変させる事を聞いた。

 空想上の存在だと思っていた天使・堕天使・悪魔といった超常の存在が実在し、相争っていること。

 彼女であった天野夕麻が堕天使であり、俺は一度彼女に殺されていること。

 その理由が俺の身に宿る神器(セイクリッド・ギア)と呼ばれる存在であること。

 そして一番重要なことは、死んだ俺がこうやって生きているのは俺の死にたくないという想いをきっかけに呼び出されたリアス部長のおかげであるということ。

 だがそれでも一つだけ納得できない事があり、思わず俺の神器(セイクリッド・ギア)である赤い籠手に包まれた左腕を目の前の机に叩きつけてしまった。

「……イッセー?」

 俺のいきなりの行動に驚いたリアス先輩が恐る恐る声をかけるが、今の俺にはそれは神経を逆撫でするだけだった。

「確かに死にたくないとは願いました。けど、誰も悪魔にしてくれなんて頼んでないです!」

 俺は恐ろしかった。夜であるため今も体に満ちている異常な力が、悪魔という『化物』の力だという事が。

 しかも下僕というポジション。リアス先輩は美人だが、それとこれとは話が別だ。

「それについては謝るわ。でも、死ぬ寸前だったあなたを救うには悪魔に転生させるしか方法はなかったの」

「その結果、また殺されそうになったじゃないですか! これじゃ命が幾つあっても足りませんよ」

 これは転生させられたすぐ後にさっきの事を教えてくれたら避けられたはずだ。

「悪魔と堕天使は確かに仲が悪いけれど、もし出会ったとしても殺し合いになる事は(まれ)よ。悪魔も堕天使も数が少なくなっているから、下手にいざこざを起こせば戦争になって共倒れになるのはお互いに望むところではないから」

「じゃあ、なんで俺は殺されかけたんですか?」

「おそらくだけど、『はぐれ悪魔』と勘違いされたのね」

 それはあのドーナシークという堕天使も言っていた。

「はぐれ悪魔というのは、自らの主を裏切り、主なしで行動する転生した下僕悪魔たちの事よ。彼らは悪魔からも追われる身だから、天使や堕天使に殺されても争いの火種になることはないわ」

 事情も分からない内にそんな奴らと間違えられて殺されかけたのか。

「さて、これからのあなたの事だけど――」

「結構です。俺は悪魔として生きる気はありません」

 俺は悪友たちとバカやって、いつか結婚できればそれでいい。……結婚の方は前途多難だが。

「無理よ。あなたはもう悪魔なの。人間として生きていく事は出来ないわ。悪魔の寿命は10000年。人間とは比較にならない程長命なのよ?」

(……何だって?)

 音を立てて椅子から立ち上がる。もう一秒だってここには居たくなかった。

 怪訝そうな視線を無視して出口に向かう。

「どこへ行くつもり? まだ話は終わってないわ」

 その言葉を聞いて、俺の中の何かが音を立てて切れた。そして内に抱えた不満が溢れ出す。

「ふざけないでください……! 人を勝手に悪魔にして、10000年なんて長すぎる年月を生きるような体にして、その上まだ俺の事を拘束するつもりですか? 俺は普通に生きていたかったんですよ。『化物』として生きているぐらいなら人間として死んだ方がましだった!」

 部屋の扉を開け、外に出る。

「もう二度と俺に関わるな!!」

 最後にそう言い残して、部室の扉を思い切り閉めた。

 

 

 

「――部長、どうしますか?」

 イッセーの居なくなってしばらくしてから、私の右腕とも言える存在である姫島朱乃が意見を求めてきた。

「しばらく放っておきましょう。今は色々あって混乱しているんだわ。はぐれ悪魔のことは伝えたのだから、勝手な事はしないでしょう」

「分かりましたわ」

 私の意見に賛同する朱乃。裕斗も小猫も異論はなさそうだった。

 だけど、後になってこの時の私は見通しが甘かったことを知る。普通であったならこれで良かった。だけど彼の神器(セイクリッド・ギア)は例外に属する物だった。

 彼の神器(セイクリッド・ギア)神器(セイクリッド・ギア)の中でも別格である神をも倒す力を持つ神器(セイクリッド・ギア)――神滅具(ロンギヌス)と呼ばれる13種の神器(セイクリッド・ギア)の一つ――赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)

 三大勢力が結束してようやく封印できた、神をも超える強さを持つ二天龍の片割れが封じられた、力を極大まで倍加していく神器(セイクリッド・ギア)という途方もない力を持っている事を、今の私たちは知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オカルト研究会の部室を出てから延々と走り続け、家の近くの住宅街に入ったところで足を止めた。

「くそっ! なんでこんな事に!」

 苛立ちから左拳をブロック塀に叩きつけると、ブロック塀が簡単に砕けた。それをやった俺の左腕は赤色の籠手に包まれていた。

「元はといえばこいつがあったせいで……!」

 いっそのこと壊れてしまえと、何度も何度もブロック塀に籠手を叩きつける。だけど壊れるのブロック塀だけだった。

「くそっ、くそっ!」

「そこの悪魔で(ドラゴン)な少年、荒れてるねえ。何か悪いことでもあったのかい?」

 声がした方を振り向くと、闇夜に溶け込むような黒一色の和装の裾と長い黒髪を風にたなびかせた中性的な容姿をした『なにか』がそこに居た。

 


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