「さて、それじゃあそろそろ俺の敵に挨拶に行くか」
○ ● ○
トレーニングであるロードワークをしている最中、体は温まっているはずなのに背筋を悪寒が駆け抜けた。
(ああ、これはまた何かが起こる予兆か)
それは平穏を諦めがちな第六感が
○ ● ○
「ただいまアーシア。何か変わったことはなかったか?」
家に帰ってすぐに嫌な予感が的中していないことを祈りながら訪ねると、予想通り変わったことはあったとアーシアは言う。
「これが郵便受けの中に入ってました」
怪しい。今の俺たちの家を――安い骨董アパート――知ってる奴なんているはずがない。誰にも教えていないのだから。
アーシアが渡してくれたのは普通のはがきだ。ただし、消印は押されてない。直接ここの郵便受けに
表を見ても宛名――俺の名前はあるけど差出人の名前はない。というか俺の名前しか書かれてない。
だが、はがきを裏返すと、そこにはこんな事が書かれていた。
『赤龍帝、兵藤一誠殿
私は貴殿との一対一を所望するものである
指定する場所に指定した時間に来られたし
――白龍皇、ヴァーリ・ルシファー』
そこまで確認したところで手紙をちゃぶ台の上に伏せる。
「アーシア。ちょっとしばらくどこかに出かけようか。アルバイトして稼いだ金もあるし」
「それは嬉しいんですけど……そっちはいいんですか?」
手紙を指差して訊ねるアーシア。俺は手紙をアーシアの目に映らないように体の後ろに隠して気にしなくていいと首を振った。
そして手紙を握り潰すと、オーラ(最近薄々魔力じゃないかと思い始めたが、その違いがわからないので気にしないことにした)を炎に変えて、はがきは燃えて灰に変わった。灰はそのままゴミ箱に捨てる。
「手紙なんて来てなかった。そうだろ?」
笑いかけながら言うと、アーシアも納得してくれたようで笑顔を返してくれた。
「そうですね。それでイッセーさん、どこに行きましょうか?」
現実逃避の思いつきで言ったことだが、アーシアが行きたいと言うならそれも良いだろう。
「なら、遊園地にでも行くか」
この近くには有名ではないがそれなりに大きな遊園地があり、アーシアといつか行ってみたいと考えていたのだ。
(あはは、楽しみだなー)
○ ● ○
「……来ないな」
約束の期日。ヴァーリは指定した場所――河川敷でイッセーを待ち受けていた。
「すっぽかされたんじゃねえの?」
ヴァーリの仲間の美猴がそう思うのも無理はなく、もうヴァーリが指定した時間からは一時間も過ぎている。
ちなみに、今のイッセーといえば――
「イッセーさーん」
「アーシアー」
メリーゴーランドに乗っているアーシアに手を振り返しているところだった。実に微笑ましい光景である。
しかし、千里眼的な能力を持ち合わせていないヴァーリがそんな事を知る由もなかった。
「この国には――」
ヴァーリが美猴の言葉を受けてやや唖然としかけたところ、同じくヴァーリの仲間であるアーサーが口を開いた。
「かつて、宮本武蔵と佐々木小次郎という二人の剣豪がいたと聞きます。その二人が決闘する際、宮本武蔵はわざと決闘に遅れたという話があります」
「つまり、これが赤龍帝の策略で、奴はわざと遅れて来るつもりだと?」
「その可能性はあります」
ヴァーリはそれに納得したが、アーサーの考えは大いに間違っていた。
そもそもイッセーは全く戦う気がなく、出来ることなら一生遠慮したいのである。
「なら、もうしばらく待つか」
そう言って来るはずもないイッセーを待つヴァーリ。果たして彼がイッセーに出会うのはいつになることやら。
○ ● ○
「う、あああああ……」
黒い人影に顔面を鷲掴みにされ壁に押し付けられた男がうめき声をあげる。
「また木っ端構成員ですか……運が無いな、私は」
黒い人影はため息を一つ吐くと、掴み上げていた男を無造作に投げ捨てる。
「この程度の情報ならもう集め終わった感はあるし、そろそろ幹部の一人か二人でも捕まえようかね」
投げ捨てられた男と同じように。冷たい地面に転がる男たちをまるで地面であるかのように踏みしめる黒い人影。
「ま、いいや。時間は十分あるのだし、一つ一つ、潰して行くことにしましょう」
黒い人影はクスクスと笑い声を漏らし、夜の闇の中に消えていった。
○ ● ○
「今日は楽しかったですね、イッセーさん」
「そうだな、アーシア」
遊園地の帰り、俺とアーシアは並んで河川敷を歩いていた。
「あ、今晩のお夕飯どうしましょう」
「コンビニ弁当でも買って帰るか?」
「今日は仕方がないのでそうしましょう」
そして二人は河川敷から外れて近くにあったコンビニへと足を進めた。
○ ● ○
「ヴァーリの奴いつまで待ってる気にゃ?」
「もう夜なんですけど……」
「ルフェイ、お腹空いたから何か作ってにゃ」
○ ● ○
遊園地に言った翌日。毎朝のトレーニングの一つであるロードワークをこなしていると、河川敷の中程で声をかけられた。
「待っていたぞ、赤龍帝」
ワイシャツ姿のイケメン野郎。――間違いない、敵だ。
『相棒、そいつが白龍皇だ』
こいつが噂の白龍皇……なるほど、確かに俺とは全然違うな。
「俺は白龍皇、ヴァーリ・ルシファー。散々待たされたんだ。早速相手をして貰おうか――!」
若干怒っているような声音の白龍皇は、背中から光の翼を出した。恐らく、あれがあいつの
事ここに至っては逃げられないだろう。応戦するしかない。
「ドライグ!」
『応!』
それを見て、俺はすぐに左手に籠手を出現させる。だが、目の前の相手にはそれだけでは足りないだろう。
『
『
俺が赤い鎧を纏うのと同時に、相手も白い鎧を纏う。元が並び称される二天龍――
「では、君の力を見せて貰おうか!」
その声と共に打ち出される魔力弾。かなりの威力を秘めているだろうと推測できるそれを踏み込みながら躱して、右の拳打を放つ。
並大抵の人間の顎なら軽く砕ける力と速さなのだが、一歩下がるだけであっさりと避けられた。
「中々速いな! なら、これでどうだ?」
翼を広げて大きく飛び退いた後に放たれた魔力の砲弾。
万が一にも受けるわけにもいかないので、近づく前に下がって避けようとしたのだが、その動いた分を詰めるように砲弾が軌道を変えた。
「誘導弾!?」
これは避けられない。なら、迎撃するしかない。
『
「でやっ!」
倍化を発動させて魔力弾を思い切り殴って四散させる。
「遠距離からでは簡単にはいかないようだな。ならば!」
ヴァーリは光の翼を大きく広げると、一瞬で俺の視界から消えた。
『左だ、相棒!』
ドライグからの忠告に従って左に目を向けると、白い鎧がこっちに迫っていたのが見えた。
「うおっ!?」
必死に身を仰け反らせると鼻先を白い拳が掠めた。
「あっ……ぶねえなこの野郎!」
「がっ!」
身を仰け反らせた姿勢から無理矢理拳を上に突き上げると、うまい具合に相手の顎に命中した。
強制的に仰け反り状態にしたヴァーリの脇腹に右回し蹴りを放つ。
「ぐっ……!」
回し蹴りは見事脇腹に命中した。だが、当たる直前で後ろに飛んだのか、手応えが軽かった。
後ろに向かって飛んでいくヴァーリに向かってオーラの弾丸を飛ばす。
こっちは相手のとは違って誘導することはできないが、吹き飛ばされている今なら当たると思った。
しかし、ヴァーリは急上昇して弾丸を躱す。どうやら向こうは俺と違って自由に飛べるらしい。
「ドライグ!」
『
一方の俺はと言えば、ドライグの補助があって全身からオーラを放出してようやく飛ぶことが出来る。
そんな俺とヴァーリの空中戦闘はより自由度が高いヴァーリに分があった。
加速力ならほぼ互角なため、なんとか攻撃を受けずに済んでいるが、同時に相手への攻撃も当たらない。
『相棒、奴の攻撃を受けるな! 俺の力が倍化と譲渡なら、奴の力は半減と吸収だ! 触れられたら力を持っていかれるぞ!』
丁度ドライグと対になっている能力。ここまで来ると二天龍の仲が悪いのも当然だと思えてしまう。
幸い体技では俺の方が秀でているのか、相手の攻撃は紙一重で避け続けられていた。
だが、遠距離での打ち合いでは圧倒的に向こうが優勢であり、鎧にガンガン当たってところどころへこんでいる。
『相棒、これは地上に降りたほうがいいのではないか?』
それは確かに考えた。だが、それだとこっちの攻撃が万に一つも当たらなくなる。
(あ、今でも全く当たってない)
なら、飛んでいても仕方ないので地上に降りることにした。いや、降りるという表現は正しくない。正確には自由落下だ。
重力にしたがって落下すると、地面に着いた足が地面を砕く。そうしてできた岩石をヴァーリ目掛けて投げ始めた。
無論、投げているのはただの岩なので当たっても大したダメージは与えられないだろうが、どうせ当たらないのなら何だって同じだ。
だが、鎧を着て能力値が上がっている俺が投げる岩は砲弾ぐらいの威力はあるため、そう何度も当たりたくはないだろう。
それと、これならオーラと違って疲れがある程度抑えられるし、残弾が無くなったらアスファルトを砕けばいいだろう。
何より触れられたらアウトらしいので、ちまちま外から削っていくことにしたのだ。
後は持久力がどっちが高いかだが、ただ相手の攻撃を走って避けて、岩を拾って投げるという動作の俺と、空を飛び回って魔力を飛ばしてくるあいつならどっちが先にへばるかは体力が同じであるなら一目瞭然だ。空を飛ぶのはそれだけでエネルギーを消耗するのだ。
「つまらないな。もっと真っ向から挑んで来い!」
「俺の行動方針は『いのちをだいじに』なんだよ!」
あいつは『がんがんいこうぜ』みたいだけどな!
「ならば、こちらから行くまでだ!」
精神的な限界に来たのか、ヴァーリは光の翼を大きく広げるとこっちに向かってまっすぐ突っ込んできた。
(よし、今だ!)
ここが勝機だと思った俺は抱えていた岩石をヴァーリ目掛けてまとめて放り投げると、両手を地面に着くクラウチングスタートの姿勢を取る。
(能力からすると俺と奴じゃ持久戦に向いているのはあっちだ! あいてが短気でよかった――これで決める!)
力を全部ここで使い切る気で噴射口にオーラを溜め、更に倍化能力も発動させる。
『
「いっくぞぉぉぉ!!」
『
全身から後ろに向けて赤いオーラが放たれる。それと同時に俺は急加速して、世界が線にしか見えなくなる。
これはある意味捨て身の技だ。何せ自分でも制御できない速度で真っ直ぐ突っ込むだけ。避けられたら最後、俺は地面に轍を刻みながら転がっていき、何かにぶつかるまで止まることはないだろう。
だが、この状態でも前を見ることと、それに合わせて僅かに軌道修正することはできる。
俺の急加速に驚いて右に避けようとするヴァーリに合わせて、横に伸ばした左手に溜めたオーラを爆発させ、無理矢理軌道を捻じ曲げる。
そのせいで体に急激なGがかかるが、そのおかげでヴァーリを視界の真ん中に捉えることができた。
「ぐ、おおおぉぉぉぉぉ!!」
「食らいやがれ、コメットタックル!」
後ろにオーラが放出されている見た目から名付けられたこの技は、全速力で逃げるヴァーリに追いつき、その背中に思いっきり衝突した。