はぐれ悪魔 イッセー   作:夜の魔王

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Anger

「Let's party!」

 黒いオーラが和傘の石突から弾丸の如く飛び出す。その連射速度はマシンガンに匹敵し、部屋に無数の弾痕を穿つ。

「アハハハハッ! 逃げてばっかり居ないでさ、少しは反撃したらどう? 一方的じゃつまらない。必死に抗い、砕けて消えろ!」

 歌うようにロウが叫ぶと、傘を螺旋状にオーラが取り巻き、それが真っ直ぐ突き出されると今までのオーラ弾を超えるほどの大穴が穿たれる。

「いつまで逃げるつもりなの? 逃げてるだけじゃ勝てないよ? それとも単なる足止めかい? だったらさっさとお死になさいな!」

 和傘を横に一閃。取り巻くオーラは石突から真っ直ぐ伸びて、敵を胴体数人まとめて両断する。

 しかし、大振りしたその隙を突くように、ローブ姿の相手の中でも特に動きが早い二人が左右から駆け込んでくる。

「少しはやる気になったかな? それでもそれは迂闊な行動。煙に巻かれてさようなら!」

 いつの間にか煙管(キセル)を咥えていた口の端から吐き出された煙は、鋭い二条の槍になって敵を貫く。

 それを見ていた敵のリーダーと思しきローブ姿の人影が、部屋いっぱいに広がる火炎を放った。

「その程度、そっくりそのまま返してあげるわ」

 ロウは左手に持った扇を広げると、緩く(あお)いだだけで火炎を押し返すほどの強風が生まれた。

「さてさて、そろそろさっくり殺してしまいましょう」

 ロウは半透明の膜で炎を防いだローブ姿の人影たちに、煙管と扇、雨傘を向けると、そこから伸びた黒いオーラが敵を貫いた。

「ふん……イッセー、時間は?」

「丁度だ」

Welsh(ウェルシュ) Dragon(ドラゴン) Balance(バランス) Breaker(ブレイカー)!!!』

「ドラゴンストライク!」

 赤い鎧を纏うと、上へ向けて特大の魔力弾を放って結界を天井ごと撃ち抜いた。――上に何も無いことを祈る。

 

 

 ○ ● ○

 

 

 ロウが襲撃を受けるのと同じ頃、アーシアは一人の悪魔と対面していた。

「ディオドラさん、どうしてここに……?」

 今のアーシアがいるのはロウの確保した仮住まいだ。ディオドラが居るはずもないのに、何故か彼はここにいた。

「君をあのドラゴンの魔の手から救いに来たんだよ、アーシア」

 そう言うディオドラの顔は酷く優しい表情をしていた。だが、アーシアはそれを素直に受け取ることができなかった。今のディオドラの表情はかつてのアーシアに馴染み深かった表情――人々を癒せる聖女と祭り上げて、悪魔を治せると知るや否やすぐに魔女と呼び手のひらを返した人々が浮かべていたものと、同じだった。

「必要ありません。私はイッセーさんに囚われているわけじゃありません。私は自分の意思でイッセーさんと一緒にいます」

 故に、アーシアはディオドラをキッパリと拒絶する。だが、ディオドラがここで素直に諦めるような悪魔なら、今ここでこうしていないだろう。

「そうか……なら仕方ない。力尽くで連れて行こう」

 そう言ってディオドラは実力行使に出る。かと言って、アーシアもそれを予想出来なかったわけではない。

 既にロウが護衛にと言って付けてくれた人形(ゴーレム)は街中で遭遇したときに破壊されているのだ。

 ディオドラが伸ばした手をアーシアが払い除ける。それを受けてディオドラの眉がピクリと動く。

「アーシア、余り抵抗しないで欲しい。僕は君に手荒な真似はしたくないんだ」

 手元に魔方陣を展開しながらディオドラはアーシアに優しく話しかける。それを見て、アーシアもロウから教わった防衛策である、召喚形式の魔方陣を展開する。

「来てください、ラッセーくん!」

 召喚の魔方陣から現れるのは青い体のドラゴンの子供。成長すれば人間の少女の護衛としては破格と言われた蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)の子供だ。

 ラッセーはディオドラを見るや否やすぐに雷撃を放つ。

 元々異性には厳しいラッセーだが、ロウの(しつけ)によってアーシアに近づく男には問答無用で雷撃を叩き込めと仕込まれている。躾の方向性が完全に間違っていると言わざるを得ない。

 ディオドラは予想すらしていなかったアーシアからの反撃を、咄嗟に展開した魔力の盾で防ぐが、その閃光に視界を焼かれて目が(くら)んだ。

「この程度、アスタロト家の次期当主である僕に通じるものかッ!」

 雷撃を防ぎきると、霞む視界で前を見ながら攻撃用の魔方陣を展開する。だが、その目に映ったのはアーシアではなく、固く握られた拳だった。

「破ぁッ!」

 ラッセーに続いて召喚されたディーネちゃんの拳がディオドラの顔面にめり込み、壁まで吹き飛ばす。

「ウンディーネのディーネ。契約により馳せ参じた」

 拳を下ろし、アーシアに向き合ったディーネちゃんは胸の前で拳を手のひらに打ち付けて一礼する。

「お願いです、ディーネちゃん。あの人から私を守ってください。イッセーさんが来るまでで構いません」

「よかろう。その後で美味いものでも貰えるならば喜んで引き受けよう」

「このっ……使い魔風情が!」

 よろよろと身を起こして自分に向かって後ろを向いているディーネちゃんに魔力を放つ。だが、ディーネちゃんはそれを振り向きながらの回し蹴りで軌道を捻じ曲げる。

「この程度か? 兵藤一誠の拳は今よりもっと重かったぞ?」

 そう言いながら距離を詰め、再びディオドラに拳を振り下ろす。身長差のせいで頭を上から打ち付けるようになった拳だが、ディオドラに当たる数センチ前で何かに当たって跳ね返される。

「ただの拳、来ると分かっていれば僕が食らうはずもないだろう?」

 魔力の壁で攻撃を防いだことにご満悦な様子のディオドラ。一方ディーネちゃんは攻撃を防がれたことに顔色を変えずに、魔力の壁に手を当てて短く息を吐き出す。

「フッ――」

 ディーネちゃんの全体重が乗った掌底がゼロ距離から魔力の壁に力を伝え、それを真っ向から打ち破る。

「何ッ!?」

 まさか破られるなどとは微塵も思っていなかったディオドラは、続いて放たれた拳を腹に受けて悶絶する。

「ぐぁぁぁ! このっ、このぉぉぉ!」

 床に膝を着きながらも、ディオドラは憎々しげな視線でディーネちゃんを睨み付け、円錐状に圧縮した魔力を放つ。

「ぬぅ!?」

 後ろにアーシアが居るため避けられないディーネちゃんの体に、円錐状の魔力が突き刺さる。だが、その背後――アーシアのそのまた後ろに大きな影が出現する。

『召喚されたはいいが……狭いなここは』

 部屋の中で窮屈そうに身を屈める火蜥蜴(サラマンダー)――ラマさんがぼやきながらディオドラを見下ろす。

「ひっ!」

 巨体に見下ろされたディオドラは思わず悲鳴のような声を漏らす。

『成程な。どうやら、燃やしてしまっても構わん輩らしい』

 ラマさんはすぅっと息を吸い込み、アーシアを庇うように前足を動かす。それに合わせるように、アーシアの頭上に陣取るラッセーが電撃を迸らせ、ディーネちゃんが右拳を構える。

 怯えるディオドラが渾身の力で魔力障壁を張った直後、ラマさんの吐き出した火炎とディーネちゃんが正拳突きと共に打ち出した水流。そしてラッセーの雷撃が障壁の表面で弾ける。

 

 話は変わるが、ここで科学の問題。

 Q.水を電気分解して発生した気体に、火を近づけたらどうなるでしょうか?

 A.爆発する。

 

 部屋という密閉空間で発生した爆発は、部屋の中にいるものを種族関係なく襲う。

 そんな中、一番脆いアーシアは間違いなく命の危険が存在したが、高熱に強いラマさんが自分の体を使ってアーシアを守り、その頭上にいたラッセーも同じく彼女を庇う。

「ぬん!」

 ディーネちゃんが外壁に穴を空けて空気の入れ替えをすると、ようやくアーシアも無事に動ける環境になった。

「皆さん、大丈夫ですか?」

 ディーネちゃんに回復のオーラを飛ばしながらアーシアが尋ねると、誰もが問題ないという旨の言葉を返した。

『さて、そこの輩の処遇はどうす――』

 突如強大な魔力が発生し、晴れつつあった黒煙が一気に吹き飛ばされる。

「クソクソクソクソクソッ! 僕を、アスタロト家のディオドラを! 魔物程度がァァァ!」

 叫び声と共に魔力が無秩序に放たれ、アーシアたちを壁際まで押し退ける。

「アーシアを渡せ! そいつを手に入れるために、僕はわざと――」

 アーシアとの出会いをネタばらししようとした時、ディオドラの両肩にそれぞれ一つの手が置かれる。

「この僕に、気安く触るなァァァ!!」

 振り返って手の主に魔力を叩き付けたディオドラ。だが、その魔力は赤い鎧にいとも簡単に弾かれる。

「よう、うちのアーシアが世話になったみたいだな」

「世話になったから礼をしないといけないね」

 そこに居たのは赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)を纏ったイッセーと黒一色の和装に身を包んだロウ。そして、二人はディオドラの肩に置いたのとは別の手を固く握りしめていた。

「「遠慮せずに受け取れ!!」」

 下から掬い上げるようなアッパーがディオドラの顎を打ち抜き、そのまま高く上がったディオドラは天井に突き刺さった。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ――」

Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)――!!』

 その下で、イッセーは再現なく力を倍化し続け、そろそろ臨界というところでロウがディオドラの突き刺さった天井の穴を広げてディオドラを落下させる。

「でりゃぁぁぁ!!」

 落ちてきたディオドラの腹部に掌底を打ち込み、そして倍化した力を一気に手のひらから発散させる。その瞬間、それを遠くから見ていたアーシアには、イッセーの手のひらに赤い花が咲いたように見えた。

 赤い花――極限まで高められたオーラに触れたディオドラの胴体をゴッソリと消滅した。悪魔であってもショック死は確実な現象だったが、宙に浮いたディオドラの頭部が誰かに掴まれた瞬間、その意識は強制的に覚醒させられた。

「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 首から下を丸々失った現実を直視し、痛みも合わさってディオドラは大声で泣き叫ぶ。

「うっさい。少し静かにしなさい」

 だが、それもロウが少し頭を強く――指が脳に食い込むほど強く握ることで静まった。

「あー……はいはい。成程、そういうこと」

 ロウが何事かを納得して頷いた後、ディオドラは首だけで命を保てる筈もなく、すぐにその生に幕を落ろした。

 

 ○ ● ○

 

「ふーん……そっか、もうそこまで来たんだねぇ」

 ディオドラの頭を潰してから、ロウは腕組みをしてから何事かをブツブツ呟き始めた。

「そうなると、私もあんまり悠長にしてられないかな。そろそろ行動を起こす必要があるかも」

 ロウは一人で納得すると、こっちに向かってくるりと振り返った。

「イッセー、アーシア。私、しなくちゃいけない事が出来たから、ここでお別れするわ」

 ロウは唐突にそう言うと、袂から一枚の黒いカードを取り出してこっちに向かって放り投げた。

「それ、好きに使っていいよ。普通に暮らす分には一生大丈夫だと思う」

「お前、いきなりどうしたんだよ?」

 いつ別れるかは決めておらず、ドライグも早く別れた方がいいと言っていたが、それがいきなりとなると驚く。

「別に、どうもしてないわ。本分に立ち返っただけだよ。あなたたちの事はほんの気まぐれの暇潰しで、何より優先することがあって、今からそれをするために動くだけだよ」

 そう言い残して、ロウは現れた時と同じように突然いなくなったのであった。

 


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