はぐれ悪魔 イッセー   作:夜の魔王

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ヒーリング・シスター
Fiancee


「あれから一ヶ月……洒落にならないほどの火傷を負っていたイッセーも無事に回復して、今は鎧の持続時間を高めるために暇さえあれば鎧を着せています。――なんでもないのに鎧を着てるとかマジシュール」

「やかましいわ!」

「へぶっ!」

 草を生やしそうなロウの独白を聞いて、思わず手が出た。

「こちとら部分解除を覚えるまでトイレにも行けなかったんだぞ!?」

「切実な危機が人間の成長を促す。俺はお前を危機に陥れるためにいるのだ!」

 笑顔でこんな事を言うこいつの性格は最悪だと思う。

「それにしても……これ(・・)、どうにかならないの?」

 ロウが煙管で指し示したのは花束を始めとする大量の贈り物だ。

 今の俺たちはマンションの一室を借りて、そこ結界でガチガチに固めて気配が決して漏れないようにして生活しているのだが(ちなみにロウが一晩でやってくれた。こいつが何者なのかが一番の謎だ)、暮らし始めてからしばらく経ったある日から、唐突にこれらが贈られてくるようになったのだ。

「間違いなくストーカーの仕業ね。とっとと誅殺(ちゅうさつ)しましょう」

 口調がゴチャ混ぜなロウであり、それだから性別もわからないが、言ってることは一貫して物騒であることは疑いようがない。

「だって相手はアーシアだよ? 相手がどんなにアレでも優しくしちゃうような女の子だよ? 絶対騙されて人気の無い所に連れ込まれて何かされてようやく悲鳴を上げるような子だって」

 その喩えが合っているかはともかく、アーシアが優しすぎるというのには同感だ。

「……ん? ところでそのアーシアちゃんは?」

「確か買い物に行くって……」

 一人で――と言おうとしたとき、嫌な考えが俺たちの脳裏を過った。

 それをアイコンタクトで確かめ合った瞬間、俺とロウは扉を開けるのも惜しんで10階にある部屋のベランダから飛び出した。

 

 ○ ● ○

 

 アーシアは普段、外に出られない俺とロウ(ロウがなんで外に出られないのかは知らない)に代わって、食材の買い出し等の雑務を一手に引き受けている。

 もっとも、アーシアを一人で出歩かせるわけにも行かないので、護衛兼荷物持ちとして、ロウがどこからか用意した人形(ゴーレム)を連れているが、その戦闘力は決して高くない。

 それでも普通の人間相手には負けることはないが、俺とロウは贈られた物から一つの共通した考えがあった。

(あれ? これなんか悪魔の気配がする)

 この前のことがあったため、居ても立ってもいられないなった俺たちはアーシアを見守るべくベランダから飛び出して、今は空中にいる。

「イッセー、もう少し安定させて」

「鎧からのオーラ噴射で空を飛ぶのは難しいんだよ! ドライグの補助ありでやっとなんだ!」

「翼はないのか。ドラゴンだろう?」

『成長すればいずれ生える。それよりも、相棒は――いや、なんでもない』

 ドライグが言おうとしたのは俺が悪魔だということだろう。けど、それを嫌がる俺に気を使ってくれたのだろう。気の利くドラゴンだ。

 白昼堂々空を飛んでいたら目立つと思うだろうが、上を向いて歩く人はほとんどおらず、ロウが意識を逸らす魔法を使っているので誰にも気づかれていない。

「この際ぶつからなければいい。全力でアーシアの元へ飛ぶんだ! 正直あの子が傷つけられたら私も切れるわ!」

「俺はもっと切れる!」

『変な張り合い方をするな』

 ドライグが呆れたように呟くが、俺は反省しない!

「見つけた! 十時の方向。距離400! 誰かと一緒にいるみたい!」

 ロウの言葉にスッと頭が冷え、言われた方向を見る。距離があってもなお目立つ金髪を見つけて、鎧から噴出するオーラを強める。

 そしてロウの言う通り、その前には誰かが立っていた。

「相手はイケメンだ――滅びろ」

「同じく」

(この勢いのままラリアットすれば首が飛ぶかなー。殺しはしないけど)

「イッセー、ステイ。まずはアーシアを回収しなくては。すぐ側を通り過ぎた際に私がかっ攫う」

「お前、俺のことを乗り物扱いしてないか?」

 サーフボードみたいに乗られているんだが、今更だがおかしいよな?

「だって私空飛べないし。さあ、ハイヨー、イッセー!」

「馬じゃない!」

 ところでドラゴンの魂を宿しているだけなのに、どうして俺もドラゴンなんだろうか?

『俺の力が強いからな。魂が共鳴してドラゴンに近づいていくのさ』

(成程な)

「喋ってないでサッサと行くぞー。そろそろ雰囲気的にまずいから」

 ロウの言葉に促されて見てみると、イケメンがアーシアの手を掴んだところだった。

「くっ……! どうするロウ!? このままだとアーシアに変な虫が!」

「作戦はこうだ! 一、俺が飛び蹴りでハンサムを倒す。二、お前がアーシア確保。三、俺がお前のしっぽみたいな頭飾りに捕まって逃亡する」

「よし、それで行くぞ!」

 アーシアから手を離せこんちくしょぉぉぉ!!

『……ついて行けないな』

 

 

 ○ ● ○

 

 

「ディオドラ・アスタロトねぇ……」

 アーシア救出作戦は多少問題があった(ロウの回収に失敗したが、俺よりも先に戻っていた)が無事成功し、アーシアからイケメンについての話を聞いた。

 ロウがさっき呟いたのはそのイケメンの名前である。

「アーシアが教会を追われる原因になった悪魔で、その恩を返すために探していてようやく見つけた……か。ストーカーだな」

 ロウの基準ではそれはストーカーに入るらしい。

「それにしても、アスタロト、アスタロトねぇ……」

「アスタロトがどうかしたのか?」

 さっきからイケメンの名前に引っかかっているのか、何度もその名前を呼ぶロウにどうしたのかと訊ねてみる。

「……アスタロトっていうのは、上級悪魔の一族の一つで、現四大魔王のベルゼブブの生家だ。それが大怪我して教会の側に倒れてアーシアに会って治療されるなんて……そんな偶然は物語の中にしか存在しないよ」

 ロウの言葉の真意が伝わったのか、アーシアが息を呑む。

「つまり、そいつは態と怪我をしたって言いたいのか?」

「上級悪魔が人間界に出るなら護衛を兼ねて眷属を連れるのが普通よ。それに、純血の上級悪魔なら並大抵の相手に倒されるなんてことは無いし、たとえ怪我をしてても教会には近づかないはずだ」

 つまり、と一拍空けて、ロウは心底軽蔑したように吐き捨てた。

「アーシアが教会を追放させることになった一件は奴の狂言だ。理由は知らん」

 それを聞いたアーシアは手で顔を覆う。

「……まあ、奴が底抜けの馬鹿という可能性は否定できないんだが。だとしても、アーシアが堕天使と一緒にいたのに助けないような奴にアーシアは渡さんがね」

「その通りだ! アーシアは誰にもやらん!」

 アーシアに手を出すなら、相手が神でも殴り飛ばす!

「イッセーさん……!」

「大丈夫だ、アーシア。何があっても俺がアーシアを守るからな」

「はいっ!」

「…………私が蚊帳の外な件について」

 

 

 ○ ● ○

 

「おのれ、赤龍帝……よくも僕の体に傷を付けてくれたな……! この借りはアーシアを貰うついでに返して貰うぞ!」

 

 ○ ● ○

 

 

「さて、夜逃げするか」

「夜逃げって」

 なんだか俺たちが悪いことしたみたいじゃないか。

「ん? だったらここに残る? 居場所が割れてて、さっきそいつに向かって一発かましてきたのに、イッセーくんはそれでもここでのほほんと暮らせるのかな? アーシアちゃんにストーカーを耐えて過ごせと?」

「よし、夜逃げしよう」

 安定した生活もアーシアには変えられない。

「ならそういうことで。でも、相手が悪魔だから朝に逃げた方がいいか? 契約期間まだ終わってないんだけどな……まあ、使い道は色々あるからそれは構わないとして――」

 ここから去るのはもう既に決定している様子のロウを前に、俺とアーシアは顔を見合わせる。

「荷造りした方がいいみたいだな」

「そうですね」

 俺はこの前まではほとんど着の身着のまま、アーシアもほとんど物は持っていなかったのだが、思いの外ロウの気前がよく、ここに住居を構えるに当たって色々買ってくれたのだ。

 ちなみに何故かと聞いたところ、黙って万札がみっちり詰まった財布を見せたので黙るしかなかった。なんでそんなに金を持っているのかは俺も聞けない。

 

「……あいつ、ここ以外に行く宛があるのか? そろそろあいつについて詳しく訊いた方がいいのか? ――ドライグはどう思う?」

 荷造りをしながら左腕に宿るドライグに話しかけてみる。

『やめておけ』

 すると、帰ってきた答えは真剣にそれを静止する言葉だった。

「……まずいのか?」

 念のために声を潜めて訊ねると、ドライグは俺にしか聞こえない声でその理由を口にした。

『あいつのオーラはお前も察知しているだろう? あれは辛うじて人間かもしれないが、ほとんどあっち側(・・・・)の存在だぞ』

「あっち側?」

『決して関わってはいけない(たぐい)の存在だ』

「………………」

 言葉が出ずに、静寂が辺りを包む。

『余り深入りはしないことだな、相棒。その闇は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の中にもある。引っ張られたら堕ちるぞ(・・・・)

 まだ春先にも関わらず、背中を冷たいものが奔った。

「……だったら、なんであいつは俺たちを助けたんだ?」

 ロウがドライグの言うような存在だったら、俺たちは今ここでこうして居られないだろう。

『それが奴の残った人間らしい部分というところだろうな。裏を返せば、奴のあの面まで無くなってしまえば、あれは完全に人間ではなくなる。口調が一定してないのもその表れだろう。あいつには自己というものがもう不安定になっているのさ。いずれは壊れるだろうな』

「それは、どうしようもならないのか?」

『原因が分からんからなんとも言えん。だが、あそこまで行けば、もう手遅れだろう。できる事ならサッサと別れろ』

「これまで散々世話になったっていうのに、見捨てろって言うのか?」

『お前の願いはなんだ? 忘れたわけではあるまい。奴と関わり続ければ、遠くない将来死ぬことになるぞ』

 死。それは確かに、俺が最も恐れることである。

『長生きしたいんだったら、この世には関わってはいけないモノがあるのさ』

 ドライグの重みのある言葉に何も言えずに沈黙していると、突如辺りの空気が変わった。

「これは……結界!?」

 修行中に何度かロウが結界を張ったときと同じ感覚だったからわかった。だけど、いったい誰が!?

『くそっ! やられた!』

 扉の向こう側でロウが悪態をつき、直後に爆音が響く。

赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)!」

Boost(ブースト)!』

 禁手化(バランス・ブレイク)できる様になったが、あれには時間制限がある。現状がわからない今はこっちで対処するしかないだろう。

 向こう側の気配を探りながら部屋の扉を開けると、ロウが大勢のフード姿の少女たちに襲われていた。

 そんな中、俺に気づいたロウはこっちを向いて必死の表情で叫んだ。

「イッセー、あいつやりやがった! 結界に俺たちだけ取り込んでアーシアだけ連れて行きやがった! ――よくもまあそんな七面倒なことをやるもんだ」

 自分に襲いかかってくる少女の内の一人の手首を掴み、そいつを振り回すことで周りの少女たちを押しのけると、手にした少女を放り投げてこっちに近寄ってきた。

「さっきの話、本当か!?」

 アーシアが連れ去られたなら、すぐに助けに行かなくてはならない。

「こんな嘘吐くか。でも、結界の強度がかなり厄介だ。それなりに腕の立つ悪魔二人か三人がかりってところか。そいつらを何とかしないと結界は解けない。だけどそいつらは結界の外と、今の私たちなら完全に手詰まりだね」

「じゃあ、どうすればいいんだよ?」

 こうしている間にもアーシアが大変な目に遭っているかもしれないのに。

「あんまりこの手は使いたくないんだけど……最上階とっておいてよかったわ」

 ロウはため息を吐くとまっすぐ上を指差した。

禁手化(バランス・ブレイク)して結界ごと天井をぶち破りなさい。それまでの時間は稼ぐ」

 ロウの言った内容を聞いて、確かに最上階でよかったと思う。

「わかった! ――ドライグ!」

Count(カウント) Start(スタート)!』

 俺が禁手(バランス・ブレイカー)になるまでは、一分近い時間がかかる。それまでは普通の神器(セイクリッド・ギア)としての機能は使えない。つまり、自分本来の力で凌がなくてならない。

 これは今後の成長次第で縮まるらしいが、今はその時間が異様に長く感じる。

「早く……早く……!」

「焦るなイッセー。アーシアにも自衛の手段を与えてないわけじゃないよ」

 常と変わらない冷静な声で、ロウが振袖の袂から和傘を引き抜いた。

「ちょ、それどうなってるんだよ」

「異空間と接続してある」

 なんてことない様に言いながら、こっちに向かってきた魔力弾を開いた和傘で受け止め、宴会芸のように傘布の上で転がし始めた。

「お・か・え・しっ♥」

 傘を閉じると、魔力弾はそのまま傘の周りを螺旋状に回り始め、ロウが傘を振るうとそれらが、元々それを放った相手に返っていった。

「さぁて、敷金返って来ないことは確定したし、八つ当たりも兼ねて派手にやりますかね!」

 ロウがそう宣言してローブ姿の連中に傘を突きつけると、その先に黒いオーラが点った。

「さあ、この部屋の対価はあなたたちの命で支払いなさいな!」

 


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