はぐれ悪魔 イッセー   作:夜の魔王

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Welsh Dragon

「うおりゃぁぁ!!」

JET(ジェット)!』

 イッセーが踏み込むと同時に、背中を始めとして体の各所にある噴出口からオーラを噴出して一気に加速し、(またた)く間にお互いの距離を詰める。

「歯を食いしばれぇぇぇ!」

「うごっあ!?」

 イッセーは渾身の力を拳に込めてライザーを殴り飛ばす。

 殴り飛ばされたライザーは近くの木に体をぶつけて止まった。

「ライザーさま! おのれよくも――!」

 ユーベルーナがイッセーに火球を撃ち込むが、赤龍帝の力を具現化させた赤い鎧を突破することは適わなかった。

「邪魔だ!」

 イッセーはユーベルーナに向かって右腕を突き出してオーラを飛ばす。

「くっ――あぁぁぁっ!!」

 即座に張られた防御の魔方陣ごと、オーラの弾丸はユーベルーナを吹き飛ばす。

「ユーベルーナ! ――おのれ……!」

 ライザーは炎の翼を広げ、全身に炎を纏う。その姿は正しく火の鳥(フェニックス)

「フェニックスと(たた)えられた我が一族の業火! その身で受けて燃え尽きろ!」

「うるせぇぇぇ!」

 ライザーが宿したのは骨をも残さぬ地獄の業火。まともに喰らえば鎧を纏ったイッセーでもただでは済まない熱量を秘めているが、イッセーは躊躇(ためら)わずその炎の中に突っ込んだ。

「この程度の炎で、今の俺がどうにかなるわけ無いだろうがぁぁぁ!」

 そう叫んで炎をまとったライザーと拳を打ち付け合う。その衝突で発生した衝撃波が炎を吹き飛ばし、周囲の森へと飛び火した。

「キャァァァ!」

「しまっ……アーシア!」

 飛び散った火の粉――それでも人を()くほどの熱量はある――にアーシアが巻き込まれそうになるも、横合いから放たれた衝撃波がそれを相殺する。

「ふぅ……間一髪。イッセー、アーシアは気にしなくてもいいよ。全力でやりなさい!」

 しかし、森の中から(おうぎ)を手にしたロウが現れ、周囲に引火した火を衝撃波で吹き飛ばしながらアーシアを庇うように立つ。

「おう!」

 それを受けてイッセーは両手にオーラを集中し、赤い光球をそれぞれの手から放つ。

「デカい! しかも二つだと!?」

 先ほどユーベルーナに放ったものとは比べ物にならないぐらいの大きさの光球二つを前に、ライザーは防御を諦めて回避を選択し、炎の翼を羽ばたかせて上昇する。

 だが、それを予測していたイッセーは更にその上を取った。

「うりゃぁぁぁ!」

「ぐぅぅぅッ……!」

 イッセーの回し蹴りがライザーの脇腹に突き刺さり、地面へと吹き飛ばす。

 そこでさっきイッセーが投げたオーラが爆発を起こし、ライザーを爆圧で押し上げる。

「もう一回……落ちやがれぇぇぇ!」

 跳ね上がって来たライザーへと、イッセーの組んだ両手が腹部を狙って振り下ろされる。

「ぐ、ぐおおお……!」

 大地に叩き伏せられたライザーは唸り声を上げる。

 フェニックスの特性は不死。いかなる傷もすぐに回復するライザーだが、イッセーの主な攻撃が素手での打撃というのは、彼にとって相性が悪かった。

 打撃というのは刃物や魔力と比べて外傷を与えにくいため、あらゆる傷を治すフェニックスの回復能力では癒えにくいのだ。

 そしてそれ以上に、殴られるということに慣れていないライザーの精神にダメージを与えていた。

「あまり舐めるなよ……赤龍帝(せきりゅうて)ェェェ!」

 ライザーの怒りに呼応して、纏う炎が熱量と規模を更に増す。彼の上級悪魔の中でも有望視されている実力は不死だけに頼り切ったものではないのだ。

「この辺りを焼き払う気ですか……」

 そんな事をされては堪らないロウは扇を振るって結界を展開し、周囲への延焼を防ぐ。だが、それもいつまで保つかはロウも不安になった。

「さて、これもいつまで続くことやら……」

 ロウが自分の希望とは違う展開を半目で見ながら呟く通り、イッセーとライザーの戦いは泥仕合になりつつあった。

 鎧と炎を纏っての近距離での殴り合い。その距離が近すぎるためお互いに避けることもままならず、お互いの拳は頬や腹に幾度となく突き刺さっていた。

 

 殴り合いだけで言うなら鎧を纏っているイッセーの方に分がある。しかし、イッセーの鎧――『赤龍帝の鎧』(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)は強大な力を与える反面、厳しい時間制限とそれに見合った反動がある。

 禁手(バランス・ブレイカー)はその全てが例外なくその発動中は使用者の体力などを大量に消費する。

 およそひと月に渡るサバイバル生活でイッセーの体力は相当なものになっているが、初回発動であるということも相まって鎧は長くても10分しか保たないだろう。戦闘を考慮すれば更に短くなるだろう。

 そして、鎧が解除されたならその後の数時間は赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)すら使用できなくなる。そうなったらイッセーに勝ち目は(つい)える。

 もっとも、赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)があれば大抵の敵は10分以内に撃破することが可能だろう。

 しかし、相手は不死と呼ばれるほどの再生能力を持つフェニックスだ。こと持久戦において、これ以上に厄介な相手はいないだろう。

 フェニックスを倒す方法は二つ。精神を折るか、圧倒的な力で再生できないほど消し飛ばすか。

 どっちの難易度が低いかといえばどっちもどっちだが、強いて言うならば前者だろう。だが、ロウがイッセーに選ばせたのは後者であった。

 

「せ、りゃぁぁぁ!」

 イッセーはライザーへ渾身のローキックを放ち、足の骨を折って(ひざまず)かせる。

(ここだ!)

 イッセーは距離を取り、両手を合わせて前へ突き出す。

Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)Boost(ブースト)!!』

「食らいやがれ、ドラゴンストライク!」

 全身のオーラを手の先へ集め、それを今まで温存した倍化能力――禁手(バランス・ブレイカー)状態では任意で倍化を発動できる――で限界ギリギリまで高め、ライザー目掛けて一気に撃ち出す。

 これがイッセーの切り札にして必殺技。数日で一度しか使えない大技は、ライザーに防御も回避も許さず、ロウが張った結界を薄布の如く吹き飛ばすほどの爆発を赤い閃光と共に全てを吹き飛ばした。

 

「こ、これは予想以上……」

 爆風に揉みくちゃにされながらも自身とアーシアを守り切ったロウが冷や汗を流しながら呟く。

 ロウの張った結界のおかげで被害が抑えられたものの、それがなかったら周囲が更地になっていたであろう破壊の爆圧は、まるで隕石の落下地点の如く周囲をなぎ倒していた。

 こうなる様にしたのは彼ではあり、赤龍帝の特徴である倍化能力にかけて一撃必殺を選択させたものの、少し予想を超える破壊力であった。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 それを引き起こしたイッセーは爆風に飛ばされることもなく立っていたが、赤い鎧は既に身に着けておらず、疲労困憊といった様子でなんとか立っている状態だった。

「さて、フェニックスの方は……」

 まだ生きているのかと辺りを見回してみると、爆心地にほど近い場所で火種が灯った。

 注視するとそれが人型だということがわかり、その火が消えると表面的には無傷に見えるライザーが姿を現した。

「これが赤龍帝……末恐ろしい存在だな」

 フェニックスの特性で傷は癒えたが、力の限界が来たのか完治し切らなかったのか、よろめきながらライザーは立ち上がり、イッセーに向かって歩みを進めていく。

「これが悪魔の味方になってくれる保証がない以上、お前はここで殺しておこう!」

 右手に残ったなけなしの精神力で炎を灯し、立つのがやっとな様子のイッセーを殴打する。

 たとえ規模が小さくともフェニックスの炎だ。生身のイッセーでは耐え切れずに炭か灰に変えてしまうであろう一撃を、イッセーは倒れこみながら躱して逆に右の拳をライザーの顔面にめり込ませた。

「がっ! 貴様、まだこんな力を――」

 予期せぬ反撃を受けて倒れこんだライザーの上に、イッセーが覆い被さってくる。イッセーは既に立つ力も残ってなかった。

「くっ……退け! 俺は男とくっ付いて喜ぶ趣味はない!」

 イッセーを押しのけようとするライザーだが、彼にもそこまでの力は残っていなかった。

「俺にだってねえよ……!」

 掠れ掠れの声で言い返しながら、イッセーは体を起こす。しかし、ライザーの上からは退かない。

「いいか、これから俺はお前を殴る」

 籠手すらなくなった左手を握り締めて、イッセーはライザーに宣言する。

「アーシアを泣かせた罪は重いぞコラァァァ!」

 未だに収まらない怒りを拳に乗せて、イッセーはライザーの横っ面を殴打した。

 そこから数分間、イッセーはライザーをマウントポジションを取ったまま延々と殴り続けた。

 これは相手が不死だからという理由ではない。単純に、こうでもしなければイッセーの気が収まらなかった。ただそれだけのことである。

 

「いやあ、愛されてるねえ、アーシアちゃん」

「は、はぃ……」

 その光景を見て茶化すようなロウの言葉に、アーシアは顔を真っ赤にして俯き、それをロウは初々しくて好ましいと思うのであった。

 

 ○ ● ○

 

 殴る。殴る。殴る。イッセーはマウントポジションからライザーを殴打しまくる。それは一切の容赦がなく、ライザーに意識があるかどうかも定かではない。だが、それでもイッセーは殴り続ける。

「……あれ? イッセーくんってばもしかして意識飛んでる?」

 機械的なまでにライザーを延々と殴り続けるイッセーを見て不審に思ったロウが近寄ったところ、イッセーの目からは光が失われていた。

「ストップ。イッセー、ストーップ。あ、駄目だ聞こえてない」

 やんわり言葉で止めようとするロウだったが、意識を飛ばしたイッセーがそれで止まるはずもない。

「アーシア、ちょっとこの子止めて。私が止めるとただじゃすまなくなる」

 ロウがこの状態のイッセーを止めるとなるとどうしても力尽くになり、怪我をさせない保証はない。

「は、はい! イッセーさん、落ち着いてください!」

 イッセーがアーシアを落ち着かせている間――イッセーはアーシアが声をかけるなり大人しくなった――、ロウはライザーの様子を伺った。

「あららー……綺麗に――いや、醜く気絶されてますね」

 ライザーは顔を腫らして白目を剥いていた。

「今なら簡単に殺れるかしら? ――ま、する必要はないか」

 このまま放置するわけにもいかないので、ロウはライザーを地面に埋めることにした。武士の情けで顔は出してある。

「でも、これ以上ここに(とど)まるのも限界かな。そろそろ場所を変えるとしましょう。最後にティアたんに会わせたかったんだけどな」

 発生したストレスを解消しようとして煙草を吸おうとしたものの、煙管が使えないことを思い出して更にストレスが深まった。

「行き先は追々定めるとして、さっさとこの場を去るとしましょう。薄汚い気配も混ざっていることですし」

 辺りの気配を探って不快な気配を感じたロウは、扇を一打ちしてイッセーとアーシアを連れてこの場から転移した。

 

 

 ○ ● ○

 

 

「チッ。赤龍帝だけでなく、他にも余計な虫が付いてるみたいだね。でも、君は必ず僕のものにしてみせるよ」

 


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