はぐれ悪魔 イッセー   作:夜の魔王

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Phoenix

「はふぅ……」

 ロウから少し身を守るためのレクチャーを受けたアーシアは、その後の軽めのトレーニングを終えた後、汗を流すために湖に来ていた。

 もっとも、湖の水はそのままだと冷たいので、木桶に貯めて火蜥蜴(サラマンダー)の子供が温めてくれている。

「ありがとうございます」

 アーシアがお礼を言うと、火蜥蜴は可愛く鳴いた。

 アーシアは木陰で衣服を脱ぐと、清潔な布を火蜥蜴が温めたお湯に浸して体を拭い始めた。

 シャワーも浴びることもできない生活であったが、質素な暮らしに慣れているアーシアにとっては然程苦ではない。

 十分ほど時間をかけて体を拭い終えると、もう一枚の乾いた布で体を拭いてから服を着始める。

 その途中、木の葉が擦れる音がして、一人の男が現れる。

「赤龍帝はこっちじゃなかったか。だとすると向こうか、もう一人の方か……――それにしても、中々の女だな」

 茂みを掻き分けて出てきた赤いスーツの男――ライザー・フェニックスを見て、アーシアはしばし呆然とした。

「キ……キャァァァ!!」

 着替えを見られたアーシアは大声で悲鳴を上げる。すると、隣りにいた火蜥蜴がライザーに向けて火を吹いた。

「ぐおっ!」

 その存在に気づいていなかったライザーはその小さな火球を顔面に受けるが、すぐに炎と共に再生する。

「魔獣風情が、よくもやって――」

 顔の傷が再生したライザーが見たのは、緑色に輝く魔方陣と目の前で飛んでいる青い子龍。

蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)だと!? まさか、召喚したのか!?」

 蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)は滅多に人に懐かないが何故かアーシアには懐いた。そのため、ロウが彼女の護衛役として契約させたのだ。

 そして、蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)を間近に見て驚愕したライザーへと、至近からの雷撃が直撃した。

「ぐぉぉぉぉッ!」

 

 ○ ● ○

 

「アーシアの悲鳴!」

 アーシアから僅かに離れた森の中でそれを聞いたイッセーは駆け出そうとしたが、現在の状況はそれを許してくれなかった。

「さっさと行け。ここは私が足止めしていてあげる」

 ロウが構わず行けとイッセーに告げる。

 居ても立ってもいられないイッセーとしてはロウの提案には一も二もなく頷きたかったのだが、この状況はそれを許してくれそうになかった。

 今の二人は十人以上の女性に囲まれており、火花を散らしているような状況であり、今自分が抜ければロウは一人でこの人数を相手することになる。

「――優先順位を間違えるな。お前が救うべきは俺か? アーシアか? 選択を誤れば一生後悔することになるぞ」

 その言葉に()められた言葉では言い表せない重みを感じ取ったイッセーは無言で頷く。

「意見はまとまった様だけれど、私たちがあなたをむざむざと行かせると思うかしら? 赤龍帝」

 イッセーたちを取り囲んでいる女性の中で一番年上と思われる美女がそう言うと、イッセーとロウは不敵に笑う。

「当然――」

「無理矢理押し通るに決まってるだろ!」

 イッセーは周りから見えないように隠していた籠手に包まれた左手をロウの肩に置き、ロウは振袖の袂から出した煙管を咥える。

Transfer(トランスファー)!』

 イッセーは密かに倍化させていた力をロウに譲渡すると、ロウはその力を使って辺り一帯を覆い隠すほどの煙幕を創り出す。

 その煙に紛れて、イッセーはアーシアの元に駆けていく。

 無論、取り囲んでいる彼女たちもそれをむざむざと見逃すはずがない。だが、辺りを――()いては彼女たちを包んでいる煙はロウが創り出し、今もそのコントロール下にあるものだ。いわば、この煙はロウの手足。彼女たちはロウの手の内にいるに等しい。

 よって、彼女たちは体にまとわりつく煙に身動きを封じられて、イッセーを見す見す見逃すことになる。

「さて、このまま――」

 (くび)ってやろうかと考えたところで、突然吹いた強風に煙が散らされた。

「まだ煙の外に誰かいたようですね」

 吹き散らされる感覚からそれを察したロウは、まだ制御下にある煙を出来るだけ圧縮し、できるだけ風の影響を受けないように鋭く細い針のような形状にしてから適当に狙いをつけて打ち出した。

 針のような形に収斂させた煙は風に軌道をずらされながらも、強風を引き起こした十二単を着た少女を狙うも、横から打ち込まれた火球に吹き飛ばされる。

「く――」

 再び煙を生み出そうとして煙管を咥えたロウだったが、その直上から水の瀑布が落ちてきた。

 ロウは間一髪のところで回避行動を取るも、煙管を口から離してしまう。すぐにそれを空中で拾ったものの、煙管は僅かに瀑布に呑まれてしとどに濡れてしまった。

「これで、それは使えないでしょう?」

 風を起こし、水を降らせた十二単の少女をロウは憎憎しげににらみつける。

「舐めた真似を……!」

 ロウは煙管をひと振りして水気を切ると、着ている振袖の(たもと)に仕舞い、顔を俯かせて一言だけ呟く。

「殺すわ」

 それだけで人を殺しかねないほどの殺意を辺りに発散すると、それを感じ取った周りの少女たちが僅かに後ずさる。

「能力の発動媒体を封じられたのによくそのような事を言えますね」

 魔導師のような姿の女性がそう言うと、更にその後ろにいたドレスを着た少女へ振り返る。

「レイヴェルさま、ここはよろしくお願いします。私は逃げた赤龍帝を」

「ええ、わかりましたわ。お兄さまは問題ないと思いますが、相手は赤龍帝です。気をつけなさい、ユーベルーナ」

「はい」

 ドレスの少女――この場を頼み、魔導師の女性――ユーベルーナはイッセーを追って飛んでいく。

 それを見送ったロウは煙管が無いせいか、細く息を吐いて天を仰いだ。

「全く、煙管に水をかけるなんて……いくらなんでも非常識が過ぎるんじゃないかしら? 使い物にならなくなったらどうしてくれる」

「それは失礼しました。ですが、あなたの能力を封じるにはそれが一番手早いと思ったので」

 飾りの付いた(おうぎ)で笑みの形に歪む口元を隠しながら、レイヴェルはロウを見下ろし、ロウはレイヴェルを冷めた目で見返す。

「気に入りませんわね、その目。あなた、今の立場をわかっているんですの? 周りを十人以上の悪魔に囲まれ、力は使えない。それで私たちに勝つつもりですか?」

「別に、私が勝つ必要はないんですけどね。本来これはあいつの戦いであって私の戦いではない。勝とうが負けようが、それは私になんら影響を及ぼさない」

 諭すように、言い含めるように聞かせるレイヴェルを変わらぬ冷めた瞳で見ながら、ロウはなんの感情を伺わせない声を発する。

「でもまあ、負けるつもりは微塵もありませんよ。この中でも八人ぐらいなら純粋な体技だけで倒せるでしょう」

 なので――と前置いて、ロウは煙管を仕舞ったのとは逆の袂から黒い骨組みの飾りのない扇を取り出す。

「やれるものならやってみろ、悪魔ども」

 レイヴェルがしているように扇で口元を隠し、ロウは挑発的な言葉を投げかける。

「……いいでしょう、そこまで言うのなら――やってしまいなさい!」

 レイヴェルの号砲を聞いて、ロウを取り囲む少女たちが動き出し、ロウは開いた扇をゆるりと振り上げた。

 

 ○ ● ○

 

「アーシアァァァ、大丈夫かぁぁぁ!」

 森を駆け抜けたイッセーはアーシアのいる湖に出ると、そこで信じ難いものを見た。

 着衣が乱れている涙目のアーシアと、その彼女に襲いかかろうとしていた赤いスーツの男。そして地面には蒼雷龍(スプライト・ドラゴン)と火蜥蜴が倒れていた。

 その光景を見た瞬間に、イッセーの中で何かがプツンと音を立てて切れた。

「この野郎……アーシアに何をしやがった!!」

「貴様、赤龍て――グハッ!」

 イッセーは怒りと森を駆け抜けた勢いを左拳に全て乗せて、赤いスーツの男の顔面を全力で殴り飛ばした。

「アーシアに手を出して、明日の朝日が拝めると思うなよこの野郎!」

 地面に転がるライザーを再び怒りの鉄拳を振り下ろそうとしたその時、イッセーのいた場所が突然爆発した。

「ライザーさま、ご無事ですか?」

 それを起こしたユーベルーナが地面に倒れたライザーの下に(ひざまず)く。

「ああ、無事だ」

 頬を腫らしたライザーは立ち上がると、イッセーが立っていた爆心地を見る。

「あいつは吹き飛んだか?」

 頬の腫れが見る見る引いていくライザーが尋ねると、ユーベルーナは首を振った。

「どうでしょう。咄嗟のことでしたので手加減もできませんでした」

 爆発の勢いは人間を吹き飛ばせる程度には強く、未だに爆煙も晴れていない。

「もし死んでいたら、リアスにどう説明したものか……」

 もしイッセーを殺した場合、婚約は破談にするとリアスから言われているので、そうなった場合のことを考えると今でも気が重いライザーだった。

「せめて頭が残っていたら『涙』で癒すこともできるんだが――」

「イッセーさん!」

 アーシアの悲鳴がライザーの声を遮り、イッセーに向けて聖女の微笑(トワイライト・ヒーリング)の回復のオーラを飛ばす。

「ほう、今のは回復の力か? これはまた珍しいな。リアスの手土産に丁度いいか?」

 ライザーはアーシアを値踏みするような目で見下ろし、それに気づいたアーシアはその視線に居心地の悪さと不快さを覚えて震える。

「ライザーさま、これからリアスさまとのレーティングゲームを控えていることをお忘れですか?」

 敵に塩を送る――しかも滅多に存在しない回復の力は敵に回すと厄介だと感じたユーベルーナが主を(いさ)める。

 だがライザーは薄ら笑いを浮かべてアーシアへと歩み寄っていく。

「この程度、ハンデには丁度いいだろう」

 そう言ってアーシアの腕を強引に掴むライザー。

「やめて、離してください!」

「暴れるな、大人しくしていれば危害は――ッ!?」

 ライザーの腕に急に痛みが走る。慌てて引いて腕を見ると、肌が焼け(ただ)れたようになっていた。

「これは一体――」

 自分の身に何が起こったのかと驚いたライザーがアーシアを見ると、彼女が首から提げて手の中に持っているものが目に入った。

「十字架だと……貴様、シスターか!?」

 相手が「はぐれ」の元人間だとはいえ、悪魔と共にいるものが敵である神に属する人間だとは思わなかったライザーは面食らった。

 その隙にアーシアはロウから教わっていた悪魔に対する対処法(ただしイッセーがいない場合に限る)の一つ、聖書を暗唱し始める。

 これは一般的な悪魔祓い(エクソシズム)に則ったやり方であり、相手が魔王クラスでなければ少なからず効果は発揮されるだろう。

「ぐっ」

「っ!」

 二人の悪魔を頭痛が襲うが、上級悪魔であるライザーに対しては余り効果はない。

「それをやめろ!」

 すぐにアーシアの口と十字架を持つ手を抑える。

「んー! んー!」

 アーシアはその手から逃れようと必死に身を(よじ)る。

「くそ……暴れるな! ユーベルーナ、こいつを拘束しろ――」

「だから――」

 その声がライザーの耳に届くのと同時に、まだ辺りに浮遊していた粉塵を吹き飛ばすほどの力の奔流が生まれる。

 その発信源は衣服をボロボロにしてゆっくりと立ち上がるイッセーだった。

「アーシアに触るなって、言ってんだろうがぁぁぁ!!」

Welsh(ウェルシュ) Dragon(ドラゴン) Balance(バランス) Breaker(ブレイカー)!!!』

 赤いオーラの奔流が弾け、ライザーたちの視界を赤く塗り潰す。

 その光が収まったとき、イッセーの姿は龍を模した赤い鎧に包まれていた。

禁手(バランス・ブレイカー)、『赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)』! 相手が不死だろうがなんだろうが、アーシアに手を出す奴は許さねぇ!」

 

 

 ○ ● ○

 

 

「この力の波動は……そう、とうとう至ったのね」

 離れた場所からイッセーの力の爆発を感じ取ったロウは、扇で口元を隠しながらそう呟く。

「さて、不死鳥(フェニックス)のお嬢さん、私はあちらに向かいますけど、お嬢さんはどうします?」

「あ、ああ……!」

 ロウに話しかけられたレイヴェルは地面に座り込んで立てず、怯えるだけだった。

 それも無理はない。何故ならロウは今しがた、彼女の仲間であるライザーの眷属悪魔たちを一方的に打ち倒したところでもあり、

 彼女自身もフェニックスでなかったら重傷は免れないほどの手傷を負わされている。

「――それでは、失礼させてもらうわ」

 ロウはそんなレイヴェルを僅かに悲しそうな顔で一瞥(いちべつ)すると、この場を立ち去った。

 


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