カイトの活躍により、オレンジ諸島を支配していたアーロン海賊団が壊滅した。
カイトがアーロン海賊団を文字通り全滅させた時、そこに現れた海兵がいた。
「チッチッチ!! アーロンに渡す予定だった金が浮いたぞ」
頬のひげが特徴的な男は海兵を連れて現れた。第一印象としては意地汚いネズミと言ったところか。
「あいつら!」
ナミはその海兵の顔に見覚えがあるのか怒気をはらんだ声を零した。
「あいつは?」
カイトにはまったくもって見たことのない顔だ。一度見たら結構印象に残りそうな顔なので、一度も会ったことはないだろうと頭の片隅で考えた。
「アーロンに協力してた海軍よ!!」
「海軍の汚職とは……」
カイトは呆れたようにその男の前に歩みでた。
「さぁアーロンの溜めこんだ財は私に渡せ!」
「あんた所属と名前は?」
カイトは悠然とした態度で所属と名前を問うた。
「ん? 海軍第16支部大佐ネズミだ!」
「おーけー」
「わかったならさっさと金品を寄越――!」
カイトは海兵の男が言い終える前に側頭部に蹴りを叩き込んだ。
「名前はしっかり覚えた。上に報告させてもらうぞ。罪はしっかり償ってもらう」
カイトが意識を飛ばしたひげの男の耳に、言葉は届いていない。
「おい、こいつを連れて早く支部に戻れ」
呆然と立ち尽くしていた海兵をカイトは一瞥した。この汚職海兵の部下をしているのだから信用はできないが、上司を連れ帰ることくらいはできるだろう。
「は、はい!!」
上官でもない彼の言葉に海兵たちは、今まで以上にキビキビした動きで尻尾を巻いて逃げ帰った。ある意味よく訓練されているのかもしれない。
「いいの、見逃して?」
ナミは逃げ帰る海兵を見てカイトに話しかけた。ナミとしてはアーロンの支配がなくなった今、あの海兵は眼中になかった。
「あぁ、本部のお偉いさんに直々に裁いてもらうさ」
「……?」
カイトの交友関係を詳しく知らないナミにとっては、頭の中に疑問符を浮かべることしかできなかった。
「そうだ、村の人たちに伝えてこいよ」
カイトはそう言いながら、崩れ去ったアーロンパークからアーロン海賊団の海賊旗を拾ってナミに手渡す。このアーロンパーク以外に魚人がいないことも彼はすでに確認している。
支配の象徴であった旗は解放の象徴に変わっていた。真の解放はなされたのだ。今日この時より日常が戻る。
「うん!」
ナミは満面の笑みで頷くとココヤシ村がある方向へと駆けて行った。その背を見送り、カイトは目を閉じた。数秒の末その手の中には鈍く光る物体が作られていた。彼がワームホールで目印にするための“転移球”だ。彼はその球のことをそう名付けた。それをその場に置いてから、もう一度目を閉じる。そして己が生成した“転移球”のシグナルを探る。今生成したものではない遠く離れた印を感じ取る。
「大丈夫みたいだな」
カイトは自身が生成した“転移球”へとパスを繋げ、ワームホールに飛び込んだ。
カイトは海軍本部マリンフォードへと転移した。マリンフォードの住居が立ち並ぶ区域。その一つの住居の屋上にカイトは現れた。海軍の誰にもばれずに設置した“転移球”という目印だ。目印を作ることにより正確な位置にワームホールを繋げることが可能なのだ。
「ちーっす」
「おう、久しぶりだなカイト」
カイトはいつも賞金首の換金を行っている海兵に声をかけた。階級は海軍本部の少尉だそうだ。何度も何度も換金しているうちに友人のような存在になっていた男だ。彼は戦闘よりも事務手続きが性に合っているらしい。
「ちょいと東の海に行ってるもんでね」
「なるほど、それで今日はどうしたんだ?」
カイトの能力を少しだけ知っている彼はさして驚かずに、本日の用件を聞いた。普通ならばちょいよと言う距離ではない。海軍ならば特殊な船艇を使ってカームベルトを安全に超えることができるため一般人または海賊たちよりも行き来がしやすい。それでも航海の期間は数週間で往復できるほどでもないのだが。
「将校の人いる?」
カイトは先ほどのネズミと名乗った人物の階級が大佐だったため、それよりも確実に上である将校を呼んだ。実際は支部の大佐であるため本部の大佐よりも格が二段階ほど落ちるのだが、カイトはそれを知らなかった。
「まぁ誰かしらいると思うぞ」
そう言いながらでんでん虫で電話をかけ始める。将校全員が本部を開けることなどありえないため誰かしらいるのは確定している。
数分後、やはりというかなんというかカイトの背丈を軽々超える偉丈夫が目の前に現れた。
「カイト! 何の用じゃ!! そうだ海兵になれ!!」
ガープはどこかそわそわしている素振りだ。一応カイトが少し前にルフィに会いに行くと伝えてあるため、そのことについてだと思っているのだろう。
「海軍第16支部のネズミ大佐ってのが海賊と手を結んでいた。所謂汚職だ。責任を取らせてくれよ。あと海兵にはならん」
いつもの挨拶も受け流して本題をいうカイト。
「何!? わかったわい。おい、ボガード」
ガープもいつものようにその処理を副官であるボガードに任せる。
「了解しました」
ガープは部下には近い関係で接している。しかしながら事務仕事は部下に丸投げしてそうである。カイトは一声で使われるボガードを見ながら、少々同情めいた心情になってしまった。
「それじゃあ――」
カイトは踵を返して
「待ていぃ!」
「何か?」
「じらすでないわ!!」
ガープはこういう婉曲した言い合いが好みではないのだ。だから知りたいことを多々真っ直ぐに聞いてくる。
「ルフィは無事海賊になったぞ」
「なぜじゃ!?」
驚愕の表情を張り付けたガープ。
「しらねぇよ」
ガープの掴みかかる手をカイトは避ける。
「あんなにも愛情を注いでおったのに……」
谷から突き落したり、夜のジャングルに放り出したり、風船でどこかに飛ばすことのどこに愛情があるのかカイトには皆目見当が付かなかった。
多分一生理解できないだろうと、カイトはすでに諦めている。
「そんなに海兵にしたけりゃ、どうして自分の元にルフィを置いておかなかったんだよ」
前にもこんな会話をした気がするとカイトは辟易した気持ちになった。
「……ここは危険じゃ」
珍しく真面目くさった顔でカイトの問いに答えを返すガープ。
「ほんとに危険か? マリンフォードの住居区画はあの本部の建物の裏手にあるんだぞ。海賊が例え攻め込んだとしても、大将や中将、元帥がいるこのマリンフォードを陥落させるには一体どれほどの戦力がいると思ってんだ」
だがカイトにはガープが答えた理由には賛成できなかった。
実際問題、海軍本部が最前線になり得る可能性は十二分にあるのだが、攻め込まれたという過去は一度しかない。
当たり前だ。海軍の最高戦力である三大将が基本的におり、その下の中将も数多く常駐している場所を誰が好き好んで襲撃するというのか。
だがその過去の一度のことを経験したガープだからこそ、ルフィを海軍本部マリンフォードの住居区に留めておくことを忌避し、比較的安全な海である
それほどまでに金獅子の起こした惨劇は大規模だったのだろうか。詳しくは知らないカイトにとっては想像するほかない。
「む……」
ガープは確かにと思ったのだろう。唸るだけで返答した。あれ以来本部に襲撃をかけるものはいない。これからもいないと考えているのはカイトの甘い見通しのためだろうか。
「それに子供の教育ってのは小さいころからやっておかないと意味がない。野性児みたいに育ったルフィが規律の正しさを強いる海軍なんかと相いれるとは思えない。ようするに諦めろ」
子供は環境によって性格や考え方などが変化する。生まれ持った気質だけでその人の全てが形成されるわけではないのだ。聞くところによると山賊に預けていたのだからその影響を多く幼少期に受けていることは間違いないのだ。
「確かに……じゃが!」
やはりガープなりの育児術があったのだろう。完全に的外れで意味のない育児方法であったとしてもだ。
カイトの言うことが全て理解できる故に二の句が継げないでいる。理解はできてしまうが納得は言っていないのだろう。ガープにとっての夢が孫との海兵生活だったということだ。理解できるのならば、何故実行しようとしなかったのかはやはりカイトにとっては理解できないところである。
「ある程度のお守りぐらいはしてやるよ」
そんな老骨が少々不憫に思えてしまったカイトはポロリと口にした。
「カイト、お主は海賊になるのか!?」
「海賊になった気はないが、オレはルフィの船の副船長らしいからな」
ガープの驚きに肩を竦めてカイトは返答した。答えとしては肯定はしていないがほとんど同じだろう。
「そうか……ルフィを頼んだぞ!」
何かしらの感情をその顔に浮かべたガープは、それを振り払ったかのように豪放磊落に笑いをもってカイトに孫を託した。
「できるかぎり」
カイトはガープにそう言い残してワームホールに消えて行った。
場所は戻ってアーロンパーク跡地。転移する前までの静寂が嘘のように遠方から人々の声が響いてきた。それは歓喜の声だった。
アーロンという魚人たちの支配から早8年。辛く苦しい戦いをしてきた人々の解放の雄叫びだ。
その歓声を耳に入れながら、カイトは魚人の死体の後始末を行った。このまま死体を残しておくと感染病が蔓延する可能性がある。腐った死体を作らないことは重要なことである。海は少しだけ赤で染められている。それほどに多くの魚人が血を流したのだ。だがそのことにカイトは何も感じない。生き死には当たり前に起こることであり、その死を自らがもたらすこともすでにこの世界に来てからは覚悟した。力なきものは淘汰されるこの世界で生きていくと決めた時から。いや、己の我を通すための犠牲は仕方のないものだと割り切っているのだ。
カイトは一つの瓦礫に向かって手を伸ばす。するとその瓦礫に死体が吸い寄せられるようにして動き出す。
カイトの能力により瓦礫を引力の中心にしているのだ。
瓦礫を空中に浮かべるとそこにはおぞましい肉の塊が浮き上がる。
「悪いな」
口にしたのは果して謝罪か。すでに事切れている魚人たちしかいないこの場でその声を聴いたのはカイト自身だけだった。
カイトが言葉を発した次の瞬間、その瓦礫に引かれた屍はどこへともなく、瓦礫と共に消え去っていた。まるでこの世にもともと存在していなかったかのように消え去る様は、見るものによっては多大な畏怖を与えていただろう。幸いにしてその現場を目撃した者はいない。
形を残すことすら許さないその能力には恐怖が似合っているかもしれない。
カイトは死体の処理を終えると道に沿って歩いた。しばらく田園風景を見ながら歩くと集落が見えた。町というにはあまりにも規模が小さく寂れたものは、アーロンによる重税が課せられていた影響だろうか。アーロンがため込んだ金はこれから順次支配下にあった村々に返却されていくだろう。
町の様相は寂れているが、人々は活気に溢れている。皆が皆、通りで笑顔を湛えて声を上げている。
「あんた見ない顔だね! しかし運がいい。これから祭りをやるんだ!!」
カイトが近づくと人々は笑顔でよそ者であるカイトを歓迎している。
「へぇ、それはどうしてですか?」
理由など知っているし、解決した本人なのだがそれを行ってしまうのは野暮というものだろう。カイトは驚いたようにして村人に聞き返す。
「ここ周辺の村はアーロン一味に支配されていたんだが、今日そのアーロンが倒されて支配から解放されたんです!」
近くにいた女性も喜びを分かち合うかのように会話に加わる。
「おお! おめでとうございます」
村人の喜色は留まるところを知らない。自然とカイトまで嬉しい気分にさせられる。自分の行ったことでこれほどまで人々が喜んでくれるのならば、それ以上にうれしいことはない。
「あ! ゲンさん!! いつから祭りを行うんですか!?」
全身に傷を縫った痕がある初老の男性が皆に声をかけられながらも歩いてきた。被っている帽子にはなぜか風車が取り付けられており、心地よい風に吹かれて回転を繰り返している。
「村を上げての祭りは他の村にも伝え終わった後だ。……きみがカイト君かね? ナミから聞いているよ」
興奮気味にまくしたてた村人に返答を返した後、カイトに一瞬だけ探るような目をする。しかしナミから聞いたのだろう、破顔一笑といった具合にカイトは手を出された。
「そうですよ」
カイトはそういって差し出された手を握り返した。
「着いて来てくれ」
ゲンさんと呼ばれた男性にカイトは着いていく。おそらく彼がこの村の村長なのだろう。実際には駐在である。村人の隠していない興奮とは裏腹に彼はムッスリした表情をしている。
歩くこと数分。先ほどまでの喧騒は遠くに過ぎている。村のはずれの小道を進むと柑橘系の香りがカイトの鼻を刺激した。さらに進むと小さな平屋の一軒屋が現れた。その家の向こう側にはみかんの林がきれいに植わっていた。柑橘系の匂いの正体はこれだったのかと、カイトは何とはなしに考えた。
「失礼する」
ゲンゾウは家のドアをノックするとそう言って扉を開け、入っていく。カイトもそれにならって入室の挨拶をしつつその家に足を踏み入れた。
「ここは?」
カイトは中に誰もいないことと、ゲンゾウが失礼するといったことから彼の家でないことを推測して、そう質問した。
「ここはナミの家だ」
「へぇここが……」
カイトはそういって室内を見まわした。小さめの四角形の机に椅子が4つ置いてある。キッチンも同じ部屋にあり、外からの印象通りのひっそり、小ぢんまりとした家である。
「あ、来てたんだゲンさん」
現れたのは青い髪にタンクトップとパンツルックの活発そうな女性だ。
「お邪魔しているよ」
「お邪魔してます」
ゲンゾウに続いてカイトも家主不在の家に入ったことを詫びる。もっともゲンゾウの行動からしてナミに招かれたと考える方が妥当だろう。
「あたしはノジコ。ナミの姉だよ。それで、あんたが?」
「オレはカイトだ。ナミの仲間だ」
ノジコの自己紹介に内心で少々驚くもカイトは淀みなく答えた。正直全くナミとノジコの顔が似ていないのだ。それゆえに驚きが先に来てしまった。
「……あたしとナミはほんとの姉妹じゃないんだ。この家で育ってこの家で同じ人に育てられたのさ」
だから姉妹なのさ、ノジコはそう言った。カイトは自分が顔に出していたのかと思った。
「ナミが言ってたよ。あんたがアーロン一味を倒してくれたってね」
「私もそう聞いたよ」
ノジコの言葉に続いてゲンゾウも言葉を発した。
「ただいま!」
カイトが口を開けた時、玄関が勢いよく開けられた。カイトが見知ったオレンジ色が弾んでいる。腕にはみかんが詰まった籠が抱えられている。どうやらナミは今までみかんを摘んでいたようだ。
「おかえり、いいみかんは収穫できた?」
「もちろん!」
純粋な彼女の笑顔はメリー号の上で見た笑顔よりも輝いて見えたのは気のせいではないだろう。今彼女は心の底より笑顔でいられるのだ。
「カイト! 来てたのね! 改めてお礼を言うわ」
「村人を代表して私からも礼を言う」
「妹を救ってくれてありがとう」
ありがとう。とナミは頭を下げる。ノジコとゲンゾウもそれにならって頭を下げた。
「どういたしまして」
カイトはここまで真正面から礼を言われたことはないため、少々面喰ってしまう。そのせいか月並みな返答しかできないのはご愛嬌と言ったところか。悪意には耐性があっても善意には耐性があまりないのだ。
「みんな顔を上げてくれ、ナミは仲間だ。だから助けるのに理由なんかいらない。だから礼も求めちゃいない」
流石にどういたしましてだけでは締まらないため、純粋な気持ちを伝える。
「なんと! しかしそれでは私たちの気が済まぬ。どうか今回の宴を満喫していってくれ」
ゲンゾウはカイトの言葉に驚きとともに礼を取る気を変えない気持ちになった。
「そこまでいうのなら……」
こうなった人は頑として動くことはないだろうことはカイト自身この世界に来る前から知っている。相手が礼をするならば、それに答えるのも礼をされた側には求められるということか。
その夜は島を上げての宴が行われた。その中心はもっともアーロンの被害を受けていたココヤシ村であった。アーロン一味を壊滅させた人物は流れの賞金稼ぎでナミが雇ったということだけが流布された。ある意味何も間違ってはいないところもミソである。
さらにちゃっかりヨサクとジョニーの船で追ってきていたウソップ、ゾロとジョニーが宴に参加していたことについてカイトは見て見ぬふりをした。
カイト自身久しぶりにありったけの食事をできるため、正直わくわくしていた。次第に喧騒に飽きたカイトは食事を取り分けて、村からフラリと離れていった。村から海岸までの道には人気は皆無であった。何かに引かれるように少しだけ歩く。
海岸に出たところで誰かが海岸の崖に立っているのを、夜空の眩い月明かりが照らし出していた。その姿は知っている人物だった。何かを前に語りかえている。昔を思い浮かべてだろう。少し近づくとそれが墓であることが分かった。正式な墓ではないが、そんなものは関係ないだろう。
「ゲンゾウさんでしたか」
カイトは木でできた墓に語りかけるようにしていたゲンゾウに声をかけた。
「カイトくんか」
ゲンゾウは振り向かずにカイトに返答した。カイトはゲンゾウのすぐ後ろまで歩み寄った。
「このお墓が?」
昼にナミとノジコの母親の話を聞いていた。アーロン一味が来た時に徴収する税が払えずに命を落としたのだという。
「そうだ。ナミの母親であるベルメールの墓だ」
カイトは黙祷をする。
「カイトくん。村を、ナミを救ってくれてありがとう。ナミはこの8年間たった一人で戦ってきた。私たちはなんども救いたいと考えていた。だが私たちには抗うだけの力がなかった。だからナミが戦い続けるまで耐え忍ぶ戦いを続けてきたのだ。いつ限界がきてもおかしくない戦いは、ナミの頑張りを知っていたからこそ続けてこれたのかもしれないな」
何かを思い出すようにして丁寧に話すゲンゾウの言葉をカイトはしっかりと受け止めた。
「オレは大したことはしていませんよ。ただ単純にアーロンよりも暴力と言う力が強かった。それだけのことです。あなたたちの耐え忍ぶ戦いの方がよほど難しい。あなたたちはその戦いに勝利し、自由を手に入れたんです」
「……そうか、そうなのかもな」
それ以上言葉はいらないとばかりに二人の間に無言が流れる。
カイトが持ってきた料理を何も語らずして食していた。
ゲンさんってゲンゾウって言うんですね。しかも村長じゃなくて駐在なんですね。読み返して気付きました。