私がモテないのはどう考えても私が悪い   作:あるけみーあ

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第2話

ふと、意識が覚醒した。

 

 

朝いつものように目が覚めた、というのとはどこか具合が違う。

なんというか、それにしては意識が一気に覚醒してしまって、あの特有のけだるさが無い。

しばらくフリーズしていたが、目の前の物体にそうもしていられなくなる。

 

あっアアアアああああーーーーーーーあっ、あああああああ

 

 

男が、イケメンの男が、喘いでいる。

 

 

え、あれ、昨日私普通に寝たよな。

事務の残業と採点もろもろがあって、帰宅したら風呂だけ入ってすぐに寝てしまったはずだ。

というか休みの日以外は翌日に響くからとこういうアレはしていないはずなのだが......寝落ちしたのか?

勿論私の前で実際に裸のイケメンが喘いでいたのではない。いや、そうだったら下ネタの通じる女性として有名な私も流石に通報である。イケメンでも。

いまだに艶やかな声を上げてるのは目の前のデスクトップパソコンだ。

真っ暗な部屋の中、爛々とディスプレイが光っている。

なんかまだ夢を見ているような気分だが、取りあえずウィンドウを消し、部屋の電気をつけようとして......

 

「え」

 

ようやく、意識が覚醒してからずっとまとわりついていた違和感の正体に気がつく。

 

「ここ、どこ......だ?」

 

そう口にするも、その疑問が間違っていることにすでに私は気づいていた。

私はこの場所を知ってる。

というか、ほんの数年前から一人暮らししているあのアパートの一室よりも馴染み深い場所なのだ。気づかないはずが無い。

目の前のディスクトップも、今何気なく触ったキーボードも、横にあるベッドも、壁に貼り付けられたポスターも、そして壁につられた学生服も......。

この空間にある何もかもが私にとって馴染み深いものであった。

 

「......ここ、私の部屋だ」

 

意識せずとも漏れた声に、自分はますます困惑するしかなかい。

 

 

この家はいまでも両親が住んでいて、連休のときなんかは帰ることもある。

アパートからは電車で一時間程度の場所であり、やはり実家に帰ってきた記憶など無い。

そしてなにより、この目の前に鎮座しているディスクトップパソコンは記憶が正しければもう十年近く前にお亡くなりになっているはずなのだ。

あのポスターもいつかは思い出せないがすでに手元には無いものだし、なにより制服はどこにあるのか見当もつかない。

恐らく、たんすの奥深くに安置されているはずだ。

つまりこの部屋にはあるはず無いものがいくつも存在している。

 

 

少し気味が悪くなったところで、ベッドの上に転がっているスマホが目に入る。

そしてそのスマホもやっぱり今や骨董品となっているはずの機種で、自分が確か学生時代に愛用していたものだった。

恐る恐る電源をつけ、やはりロックがかかっている。

番号など覚えているはずが無い。

が、お目当てのものはロックの解除などする必要は無いのだ。待機画面の中央に時間と。

......そう、時間と年月日が記されているのだから。

 

 

午前2時45分

 

 

ここまではいい。

しかしその下。

時刻よりも小さな時で表示されている年月日が、私の目を捉えてはなさなかった。

 

「え、これ......ちょ、ちょっとまて、冗談でしょ......いやいや」

 

そんな意味の無いことをつぶやいて天井を仰ぐ。

 

 

 

そこに表示された数字の羅列は、ちょうど私がいた時代の、そう、だいたい14年前を指し示していた。

 

 

 

 

 

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何度も夢だと思った。

というかいたずらでは無いにしろ、何かの間違いと確信していた。

その確信は、こっそりと覗いた隣の部屋ですぐさま崩れた。

中学生の弟が。

あの目つきは若干悪いが実はとてもやさしい弟が。

ベッドの上で熟睡していた。

 

これは、もう否定できない。

 

私の部屋の家具なら、なんとでもなるかもしれない。

大掛かりなドッキリだとして、いやありえないけれども、説明はつく。

だが、だがしかし。

人を若返らせることができる技術は私が生きていた時代にも当然あるはずが無く。

 

そして目の前で眠る弟はまぎれもなく中学生の男の子であった。

 

「おお......ぅ」

 

頭の中で情報を整理し切れない。

そんなうめき声を上げるしかなかった。

弟の部屋を覗いたそのままの足で両親の部屋にも突撃したが、その結果はもはや語るまでも無いだろう。

お年寄り、というにはまだ少し早いが、私が結婚しないことに愚痴をこぼし、孫をゆすっていたあの老夫婦はそこにはいなかったのだ。

 

極めつけは頭を冷やそうと向かった洗面所で、鏡に映る自分を見てしまったときだった。

 

ぼさぼさ髪の毛、よれたTシャツ、そしてなにより、目のしたのひどいクマ。

在りし日の、苦い思い出しかない自分の姿がそこには映っていた。

どうやら、ここらが観念時のようだ。

 

認めなければならない。

 

どんだけありえないと喚いても、自分の頬をびんたして転げまわってみても、夢は覚めないし誰かが説明してくれるわけでもない。

 

認めなければならない。

 

 

 

私は、黒木智子は、14年の時を遡り、高校一年生になってしまったのだと。

 

 

 


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