真・恋姫†無双 ご都合主義で萌将伝!   作:AUOジョンソン

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「そういえばアレなの? ギルが今まで手を出してきた子たちは、扱い的には『嫁』なわけ?」「まぁ、そうだろうな。一夫多妻みたいなものだろう」「まぁ、妊娠してる子もいるし、『恋人』って感じじゃないよなー」「指輪とかどうすんの? 電子の海だと七百円で売ってたりするけど」「それで結婚は申し込めないだろ」「まぁ、送るとしたら全員分用意して・・・時間は掛かりそうだけど、何とかなるだろ。材料は宝物庫にあるし」「・・・あのさ、後で俺の分もいくつかお願いしていいかな」「おっけー。あ、一緒に作るか?」「それいいかも」

それでは、どうぞ。


第七十五話 増えた家族に

深夜に一人起き上がる。

左右を陣取るのは桃香と愛紗。少し下がって俺の上に乗っかっているのは恋だ。

結局部屋に戻る前、浴場で一度、部屋に戻る途中で一度、部屋で・・・数えられないほどやらかした俺達は、夕食も食べずにぶっ続けた所為で、桃香がまずダウン。

それから恋と愛紗が粘っていたのだが、僅差で恋がダウン。その後愛紗と二人うとうとしながら話をしていた記憶があるのだが・・・おそらく、同時に俺も寝てしまったのだろう。

身体的な問題で空腹は感じないが・・・まぁ、気分的には何かしら食べたい気もするので、自室の簡易厨房を覗いてみるとしよう。

寝ぼけ頭でそう判断して、三人を起こさないように移動する。

・・・それにしても、これだけの美女が三人、大きな寝台に生まれたままの姿で寝ているのを見ると、なんというか、ダイブしたくなるな。

 

「・・・くぁ・・・。今何時だ?」

 

時計を取り出してみると、深夜の二時ごろ。うぅむ、なんとも中途半端。

今の『なんか食べたいなぁ』と言う気持ちを無視して寝たほうがいいような気もするが・・・。

 

「あー・・・ここだと音出るよな。城の厨房まで行ってみるか」

 

自室でとんとんことことと調理音を出していると、寝室で寝ている三人が起きるかもしれない。

なんだか目も冴えてしまったし、深夜の散歩というのも悪くないだろう。

静かに扉を開き、廊下へ。しんとしていて、人通りも全く無い。部屋を守る兵士もいないようだ。

まぁ、部屋の中に自動人形が一人いるので、正直それだけで十分かとも思う。夜通し部屋の前で立たせるのも辛いしな。

かつかつと靴の音を響かせながら厨房へと向かう。途中、一人二人と警備の人間とすれ違い、軽い挨拶と世間話。

暖かくなってきて、警備任務もある程度楽になってきたらしい。冬の夜は地獄だよなぁ。

 

「・・・それじゃ、引き続き頑張ってなー」

 

「はっ。ギル様も、温かくなったとはいえいまだ冷えますから、余り遅くまで出歩かれないよう・・・」

 

「ん、了解」

 

まぁ、風邪を引くわけはないんだけども、心配されるのはそれはそれで嬉しいからな。訂正せずに受け取っておこう。

しばらく歩くと、厨房へ到着。

 

「よっと」

 

パチン、と指を鳴らして、いくつかの魔術を起動。

手に持つ魔道書が俺の魔力を吸って、薪を燃やし、鍋に水を溜める。

 

「・・・ふむ、実践も中々上達したじゃないか」

 

キャスターの魔術教室での勉強のお陰で、魔術書を使用してならばある程度のものは使えるようになった。

ぱたんと魔術書を閉じて、宝物庫へ。そのまま宝物庫の入り口から食材を出して、軽く下拵え。

しばらく調理を進めていると、かつかつと足音。

 

「・・・む?」

 

「・・・ふぁ。どなたですの? こんな夜遅く・・・あら、ギルさんではありませんか」

 

「麗羽? どうしたんだ、こんな夜中に」

 

「そっくりそのままお返しいたしますわ。・・・って、夜食ですの? ・・・太りますわよ」

 

俺の手元を見た麗羽がじとりとした目をして呟く。

眠いから、と言う理由以外で半目になっているのだろう。ひしひしと呆れを感じる。

 

「はっは、動くからな。問題ない」

 

「全く、うらやましい限りですわ。・・・わたくしもお手伝いしましょう」

 

俺の隣に立って、調理の手伝いを申し出る麗羽。

もうほぼ完成なのだが、まぁ手伝ってくれるというのなら任せようかな。

 

「ちょっと食器を取ってくるから、その間加減を見ておいてくれないか」

 

「分かりましたわ。これでも調理の訓練も受けてますの。心配は無用でしてよ」

 

・・・今は慣れたが、最初の頃はこの『落ち着いた麗羽』に違和感バリバリで苦労した覚えがある。

特に、華琳や桂花、後斗詩と猪々子もだな。頭の良くなった春蘭を見たときの流流みたいになっていた。

 

「さて」

 

がちゃがちゃ、と食器を二人分用意する。まぁ、そんなに食べる気はないから少なめに作ったが、夜食として食べるなら二人分に割っても問題ないだろう。

厨房に戻ると、すでに火は止められていて、調理器具の片づけを始めている麗羽がこちらに振り向く。

 

「あら、ギルさん。火は止めてしまいましたよ? 煮詰まってしまいそうだったので」

 

「助かるよ。・・・一応麗羽の分も食器用意したけど、食べる?」

 

「・・・ご用意してくださったのなら、断るのも無粋でしょうし」

 

「食べたいって素直に言えば良いのに」

 

「深夜に美味しそうなものを見せられては、我慢も難しいでしょう。・・・これは、仕方ないことなのですわ。まぁ、走ればいいだけのことですから」

 

「はは。まぁ、俺の責任でもあるし、付き合ってやるからさ」

 

そう言いながら、夜食を二人分、テーブルの上に並べる。

 

「・・・なら、今度はわたくしが手料理を振舞いましょう。心配なさらずとも、斗詩さん達に試食して合格をもらってますわ」

 

俺と対面を向く様に席に着いた麗羽が、レンゲを持ちながら自信ありげにそう言ってくる。

なるほど、そういえば部屋の掃除やらなんやらはやってもらったが、手料理を食べたことは無かったな。

 

「それは楽しみだな。そういえば、最近はどうだ? 報告書を見る限りじゃ、班長を任されているみたいだけど」

 

「ええ、お仕事にも慣れてきましたし、成果を認められて昇進しましたの」

 

「ほう、それは良いことだ」

 

それからしばらく、ゆったりと夜食を食べ進め、二人で食器を洗い、厨房を後にする。

 

「そういえば何であんな時間に厨房に? 寝る前だったみたいだったけど」

 

「ええ、寝るつもりでしたけど・・・お部屋に戻る最中に厨房に灯りが灯っているのが見えまして。こんな時間に厨房を使う人に心当たりもありませんし、侍女隊の誰かでしたら注意しなければ、と思いましたの」

 

「あー、なるほどな。悪いな、仕事増やしたみたいで」

 

俺の謝罪に、麗羽は『いえ、お気になさらず』と大人の対応。

・・・ホント、変わったよなぁ。

そのまま麗羽を部屋まで送ろうと歩き出す。就寝を邪魔した上に夜食まで食べさせてしまったしな。

腹ごなしも含めて、二人でしばらく歩く。

 

「あら、部屋に着いたようですわね」

 

そう言って麗羽が一つの部屋の前で立ち止まる。斗詩達は俺達の部隊で部屋を与えられているので、麗羽は侍女隊のほうで部屋を与えられているのだろう。

そっか、と呟き、それじゃあ、と別れの挨拶をしようとして、麗羽が何か考え事をしているような表情を浮かべていることに気付く。

 

「・・・どうかしたか?」

 

「あ、いえ。・・・よければ、寄って行きません?」

 

「え? ・・・いや、夜も遅いし・・・侍女隊の部屋って事は同居人いるだろ」

 

侍女隊はその人数の多さ、そして一人で行動することが無いので、基本的に四人一組で活動する。

それは部屋も同じで、普通の侍女で四人部屋、班長や侍女長などの役職もちでも二人部屋となっている。

だから、麗羽のこの部屋にも同居人がいるはずなのだが・・・。

俺の疑問に、麗羽はしれっと「ああ、そのことですの」なんて前置きしてから

 

「同居人・・・もう一人は、今別の部屋での集まりに行ってますわ。翌日が休みの日の夜は決まってそうですの」

 

「あー、そうなんだ。いや、でも、こんな夜中に男を連れ込むのは不味くないか?」

 

女子寮に男を連れ込むようなものである。見つかれば不審者扱い間違いない。

 

「ふふ。別に、只お話をしようとお誘いしてるわけじゃありませんわ。わたくしも子供ではありませんから、意味も分かってお誘いしてるんですの」

 

「あー・・・っと」

 

するり、と俺の手を握る麗羽。

以前、来たばかりのときに握手したときとは違い、少し荒れてはいるものの、それでも綺麗な手触りの指先が、俺の指に絡まる。

・・・まさか麗羽に誘われるとは思っていなかったが・・・まぁ、断る理由も無いか、とその手を握り返す。

 

「じゃあ、受けるとするよ」

 

「・・・良かった。でしたら、こちらへ。明日は午後からですので、少しくらいの夜更かしは問題ありませんの」

 

「そっか。なら、少しゆっくりしていけるかな」

 

麗羽の案内で、二人部屋の中に足を踏み入れる。

一応部屋は簡単に分けられていて、リビングの両端に扉があり、それぞれの部屋になっている。

ただ、壁も扉も薄いので、声は聞こえるし共同空間に出れば鉢合わせることもあるだろう。

麗羽の私室に入り、寝台に腰掛ける麗羽を、真正面から優しく押し倒す。

 

「・・・その、いきなりですの? ・・・ちょっとまだ、心の準備というものが・・・」

 

「さっきはああ言ったけど、夜は短いからな。特に今からだと。・・・それに、麗羽が魅力的だから我慢が利かないって言うのもある」

 

「お上手ですのね。あ、わたくしこういうことは経験が無いので・・・ギルさんに全てお任せしますわ」

 

そう言ってにこりと笑う麗羽の頬を撫でてから、口付け。

小さく息を漏らす麗羽の体に手を回し、豊満な胸部にもぐりこませる。

 

「ん、ふ・・・」

 

絡まるように俺の背中に回される腕に引き寄せられるように麗羽と密着し、更に身体を弄っていく。

 

・・・

 

「・・・あー、これは・・・」

 

大人数を相手したとき特有の気だるさを感じながら、起き上がる。

そりゃそうだ。桃香、愛紗、恋の後に麗羽と連戦。

・・・しかも、全員が全員休ませてくれないとくれば、流石にこの体でも疲れる。

まぁ、これに紫苑たちが加わっていると更に大変なことになるんだけどな。お互いに、だけど。

 

「・・・おーい、起きろー、麗羽ー」

 

隣でぐっすり眠っている麗羽を、揺すって起こす。

すぐに声を上げながら目を覚ました麗羽は、数度ぱちくりと瞬きをして、ごそりと起き上がる。

 

「・・・おはようございます、ギルさん」

 

「おう、おはよ。仕事までは時間あるだろうけど・・・まぁ、起きておいたほうが良いだろ」

 

「ですわね。んぅ・・・っふぅ。なんと言いますか・・・とても、気持ちの良い朝ですわ」

 

少し頬を染めつつ、はにかみながら麗羽はこちらを向いてそう言った。

その後、寝台から降りて、ごそごそと着替え始める麗羽。

 

「・・・あ、そういえばですけれど」

 

「ん?」

 

「入り口から普通に出ると、多分同居人が戻ってきてるので見られると思いますわ。・・・まぁ、あなたが気配を読んで安全確認してから出て行ってくださっても構いませんし・・・」

 

そこで言葉を切った麗羽は、入り口に向けていた視線を窓に向ける。

 

「・・・それか、こちらでも良いと思いますけれど」

 

「何でそんな、こそこそとしなくちゃいけないんだ? 別に疚しいことしてるわけじゃなし、普通に出て行くよ」

 

そう言って普通に扉から出ようと取っ手に手を掛けたとき、後ろから麗羽の冷静な声が飛んできた。

 

「・・・それを見られた結果、『侍女でも言い寄って良いんだ』みたいなことになって、侍女に襲われる様になってもお助けはしませんけれど」

 

「よし、窓から出て行こうかなっ!」

 

やっぱりアレだよね! 女子寮とでも言うべき侍女隊の区画に忍び込んだら、見つからないように出て行かないとね! 疚しい事だからね!

麗羽に軽く別れを告げて、窓から飛び降りる。

 

「・・・ああ、そういえば遊撃隊の隊長・・・迦具夜さんがこういうときにぴったりの言葉を教えてくださいましたわね。・・・ええと、確か」

 

一瞬考え込むが、すぐに麗羽の頭は一つの言葉を思い出した。

 

「そうそう、『熱い手の平返し』、でしたわね」

 

・・・

 

「おかえりー、お兄さんっ。・・・昨夜は、お楽しみだったみたいだねー」

 

「うおっ!? とっ、桃香っ・・・! お、起きてたのか・・・」

 

「えへへー。お話は壱与さんから聞いたよー?」

 

「聞いたのかっ。って言うか言ったのか、壱与!?」

 

いつの間に壱与を手なずけてたんだ、桃香・・・!

 

「んー? んーとね、『敵の敵は、多いほうがいいですから』って言ってたよ?」

 

「さすが壱与・・・」

 

恋敵を貶めるためなら何でもやるな、壱与・・・。

自分一人で何とかするより、周りを巻き込んで行くことを選んだのか・・・。

 

「・・・同棲しますって言った夜に浮気されて、私、ちょっと怒ってるんだからねー?」

 

「あー、いやー・・・言い訳はしないけど」

 

「もうっ、そこは言い訳をしてしどろもどろになって怒られるところまで流れなんだよっ?」

 

「なんだよ、と言われてもな」

 

やりたい茶番はやれたのか、桃香はにっこり笑って俺の腕を取る。

 

「ささ、お話はこれで終わりっ。愛紗ちゃんと恋ちゃんと、一緒に朝ごはん作ったんだよっ」

 

「えっ、恋?」

 

「ふぇ?」

 

「・・・恋、料理できたのか?」

 

「うん、出来るみたい。『いつも食べてるのと同じの作るだけ。簡単』って言ってたよ?」

 

・・・恋、まさか料理できる腹ペコ天然キャラなのか・・・?

属性てんこ盛り過ぎるぞ! というか、天然とか腹ペコキャラは料理できたらいかんでしょ。

いやいや、自称『料理できる』だからな。もしかしたらってこともあるかもしれない。

あーでもないこーでもないと考えをめぐらせながら厨房へ。

食卓へと運ばれてくる料理皿を見つつ、ああ、それぞれの特徴が良く出ていると感心する。

 

「はいっ、これは私が作ったのっ」

 

少し焦げたりはしているものの、上達していることが如実に分かる桃香の料理。

 

「こっ、今回は、上手くいったと・・・思うのですが」

 

当初のダークマターよりは格段に成長したことを窺わせる見た目の愛紗の料理。

そして・・・。

 

「・・・作った」

 

見た目はまともそうな、恋の料理。これは、恋の野生的な勘が料理にも適用されているということなのだろうか。

・・・まぁ、一番問題なさそうだから、後に回すとするか。

出てきた順番で、取り合えず桃香のものから。箸で取り、口に運ぶ。

 

「ん、見た目とは裏腹に、中々美味しいじゃないか」

 

「ほんとっ!? あのね、あのね、昨日失敗したとき、『かけるとマシになるよ』っていってたのあるじゃない? アレを調味料に使ってみたの!」

 

「あー、なるほどね」

 

「味見もちゃんとしたんだよっ。見た目は・・・ちょっと、アレだけど」

 

「いやいや、これは自慢していいよ。あと、ちゃんと味見してるのも偉い」

 

かがんで頭をこちらに向けるので、よしよしと撫でる。

ウチは基本的に褒めて伸ばす方針です。

 

「えへへー。褒められたー」

 

ニコニコと笑う桃香を撫でくりまわしつつ、もう片方の手でもう一口。

 

「次は愛紗かなー」

 

愛紗の持ってきた皿に手をつける。

 

「・・・ど、どうぞっ」

 

「まぁ、恋が桃香のをつまんで愛紗のはスルーしてる時点である程度察せるけど・・・」

 

俺が食べた桃香の料理は、出来上がったときから恋がひょいひょいとつまみ食いされて若干減っていたのだが、愛紗のは手付かずだ。

愛紗が浮かない顔をしているのは、まぁ、恋が料理に食いつかないからだろうなぁ。

 

「・・・ぎる、ほんとに・・・食べる?」

 

いつの間にか俺の隣に近づいてきて、膝立ちになり卓の縁から顔を覗かせていた恋が、愛紗の料理と俺の顔に視線をいったりきたり。

まさか、恋の心配そうな顔というのを見られるとは思っていなかったので、愛紗の料理をひょいと近づけてみる。

 

「しっ・・・!」

 

凄い機敏な動きでバックステップして、ふしゃー、と威嚇。

なるほど、愛紗の料理は貂蝉と同レベルか。

 

「・・・日本人以外が納豆食べられない、見たいなもんか」

 

俺は結構好きだけどな、愛紗の料理。毎回味が変わってて。

・・・まぁ、百味ビーンズみたいなものだ。美味しいのもあるけど、ゲテモノもあると。

 

「いや、別に悪く言ってるわけじゃないぞ?」

 

「・・・その呟きだけで何を考えていたのか手に取るように分かるのですが」

 

「っと、声に出てたか。まぁ、取り合えず一口」

 

匙で掬って口に運ぶ。

ぶりゅにゅ、となんだか奇妙な食感だが・・・なんだろうこれ。

なるほど、今日は味ではなく食感で来たか。味は・・・うん、普通だな。味に問題は無い。

 

「恋、おいで。味はまともだよ」

 

「・・・ぎる、信じられない。ぎる・・・敵」

 

「そこまでか」

 

未だにふしゃー、と警戒を怠らない恋に、苦笑いを一つ。

取り合えず全て食べてしまって、次の皿に視線を移す。

 

「で、最後が恋のものか。・・・うん、ホント見た目は問題ないよな」

 

「・・・同じように作ったから」

 

愛紗の料理を平らげたからか、ようやく近づいてくれた恋が、どうぞと言わんばかりに皿を前に押し出してくる。

・・・恋程の食いしん坊で、自炊が可能だったら、なんと言うか、もっと自分で作って食べてると思うのだ。

 

「・・・ええい、ままよっ!」

 

ひょいぱく、と覚悟を決めて一口。

 

「・・・ど、どう、お兄さん。・・・意識はある?」

 

「美味い」

 

「う、うっそだぁ!」

 

「いや、美味いよ。・・・っていうか、桃香にだけは「嘘だ」とか言う資格無いと思う」

 

「はうっ。・・・わ、私も一口・・・良い?」

 

「・・・だめ」

 

散々言いたい放題言ったからか、恋は少し頬を膨らませて、桃香から皿を守るように遠ざける。

 

「見た目はチャーハンなんだけど、エビチリの味がするんだよな。チャーハンの味しないけど、まぁ、美味いって言っていいだろうな」

 

「それ食べて大丈夫なものなの!?」

 

食感はチャーハンなんだけど、どうも味はエビチリなのだ。何だこれ。

以前確か断面がハンバーグに見えないハンバーグ作ったけど、アレと同じようなものだぞ、これ。

 

「・・・食べるか?」

 

「い、いいですっ。お兄さんが食べちゃってくださいっ」

 

「敬語になるほど不安か」

 

まぁ、それならそれでいいんだけど、と食べ進める。

三人の料理をそれぞれ平らげて、ご馳走様、と食後の挨拶。

 

「・・・ご馳走、かどうかはちょっと胸張って言えないけど・・・」

 

お粗末さまです、と桃香達が皿を片付けながら返してくれる。

皿洗いくらい手伝おうかと思ったが、桃香と愛紗に恋を嗾けられ、その相手をしているうちに終わらされてしまった。

・・・まぁ、恋を存分に撫で繰り回し、もみくちゃにされた犬みたいになるくらいには可愛がれたので、そこは満足としておこう。

 

「ね、ね、今日は天気いいから、後宮までお散歩行かない? 月ちゃん、もうそろそろでしょ?」

 

「ん、だなー。予定日まであと一週間無いとか言ってたな、そういえば」

 

ならば向かうとしよう。片づけを終わらせた二人と、もみくちゃにされた恋をつれて、後宮へと向かう。

 

・・・

 

「あ、ギルさんっ」

 

「おっすー。どうだ、調子は」

 

「どうか、と言われますと・・・なんともですけれど。あ、結構おなか蹴られたりしてますよ?」

 

「お、そうなのか」

 

「おなか、おっきくなったねぇ~、月ちゃん、触って良い?」

 

寝台に横たわって、上体だけ起こす月と話をしていると、桃香がとてとてと近づいていく。

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

恋なんかナチュラルに月の傍で大きくなったお腹を撫で回してるし・・・。

桃香も愛紗も、不思議そうに月のお腹を撫でて行く。

 

「あ、動いたっ。蹴ったね、月ちゃん!」

 

「はいっ。なんだか、皆さんが着てから急に元気になったみたいですっ」

 

「こ、これが・・・不思議な感覚ですね。この中に、子供が・・・」

 

「赤ちゃん・・・もう出る?」

 

「そ、そんなお風呂感覚で出てくるものじゃないよ、恋ちゃん」

 

丁度触ったときに赤ちゃんが月のお腹を蹴ったからか、三人とも嬉しそうにはしゃいでいる。

 

「産婆さんが言うには、もう一週間しないうちに産まれるだろうってことなので、今から少しドキドキですが・・・」

 

「う、うぅ~、なんか私も緊張してきたー・・・。い、痛い・・・んだよね?」

 

「そのようですね。・・・へぅ」

 

「こら、桃香。不安を煽るんじゃない」

 

何故か月よりも不安そうな顔をする桃香に釣られて、月も少し笑顔が強張ってしまった。

二人してはわあわ言っているので、少し軽めに頭を小突く。

 

「あたっ。あう、ごめんなさい・・・」

 

「月も、あんまり桃香の言葉は真に受けるなよ?」

 

「それは酷いよっ!?」

 

「へぅ・・・そうします」

 

「月ちゃんも酷いね!?」

 

俺と月の間で、あたふたと慌てる桃香。

月も緊張がほぐれたのか、くすくすとその様子をみて笑う。

 

「も、もー。あんまり軽率なこと言わないから、許してよぉ」

 

「ええ、もちろん。ふふ。でも、いつかは桃香さまも経験なさることなのですから。ね、ギルさん?」

 

「ん? あ、あー、そうだなぁ。そうだよなぁ。・・・桃香、泣きそうだよなぁ」

 

「がっ、頑張るもんっ」

 

そっかそっか、と桃香の頭をなでると、くいくいと袖を引っ張られる。

そちらに視線を向けると、恋が上目遣いにこちらを見上げていた。

 

「・・・恋も、頑張る」

 

「ん、そっか。じゃあ、恋もだな」

 

もう片方の手で恋を撫でてやると、仔犬のようにその手に頬ずりをしてくる。

そのまま俺の手を掴んで一言。

 

「・・・ここで、する?」

 

「いやいや、しないよ」

 

「あ、あの、私が参加できないので、他のお部屋で・・・」

 

「だからしないって」

 

というか、参加できる状況なら構わんのか、月。

 

「私っ。私もっ。ここにいるぞー!」

 

「部下の名言取ってまで参加したいのか、淫乱ピンク」

 

「いんらっ!?」

 

「・・・」

 

「静かに挙手してもダメだからな。ここではしないぞ」

 

そっと愛紗が手を挙げていたので、それにも突っ込みをいれる。

月のお見舞いに来てるんだから、そこでわざわざする必要もないだろうに。

そんなカオスな状況をリセットすべく、咳払いを一つ。

 

「まぁなんにせよ、元気そうで何よりだよ。食事するくらいなら動けるよな? 一緒に昼でも食べに行こうぜ」

 

「それいいねっ。月ちゃん、大丈夫?」

 

「はいっ。基本的にこうして休んでばかりなので、久しぶりに動きたいと思ってたんです。あんまり寝てばかりだと、赤ちゃん生まれてから困りそうですし・・・」

 

さすさすとお腹を擦りながら、月が困り顔でそう呟く。

まぁ確かに、俺も過保護にしてるけど、自動人形も過保護だからな。

あんまり外出もさせてないのかもしれない。・・・心配するのはいいけど、心配のしすぎも逆効果だなぁ、と反省。

自動人形にも、一応その旨を伝えておく。この経験を、シャオとかのときに活かす事が出来ればオッケーだな。

 

「じゃあ、昼まで少し時間もあるし・・・中庭をぐるっと歩いてみるか?」

 

「それがいいかもしれませんね。今なら花も咲いているでしょうし・・・ついでに部隊も見れそうです」

 

俺の言葉に、愛紗が反応する。

・・・確かに、中庭の近くには訓練場もあるしな。丁度いいかもしれん。

 

「それじゃあ、準備しますね。・・・お手伝い、いい?」

 

「・・・」

 

全員が散歩に賛成したところで、月が自動人形に着替えの介助をお願いする。

もちろん、自動人形は無言で首肯し、いそいそと月の服を準備していく。

 

「・・・はっ、お、お兄さんは外に出てようねっ」

 

「む、何故だ。今更見せられないということも無いだろ」

 

それに、大きくなったお腹を直接見てみたいという下心もきちんとあるのだ。

ここで引くわけには。

 

「もう、ギルさん、後で二人っきりのときに・・・」

 

「あ、月ちゃんも見せること自体に抵抗は無いのね・・・」

 

でも取り合えず、出て行くよー、と俺の背中を押す桃香の顔は、なんだか煤けているような気がした。

 

・・・

 

「あれ? ギルがこっちに顔出すなんて珍しいじゃん。って、月! 元気にしてたかよ! ・・・おぉ、おっきくなったなぁ、お腹!」

 

中庭に到着すると、ポニーテールを揺らして元気に走り回る翠がこちらに気付いて駆け寄ってくる。

 

「翠さん、こんにちわ。おかげさまで、私も赤ちゃんも元気ですよ」

 

訓練をしていたのは翠だけではなく、蒲公英や白蓮の姿も見える。

もうちょっと探し回れば多分遊撃隊の皆も訓練をしているのだろうが、その前にわらわらと囲まれてしまった。

 

「わ、月さんだっ。お久しぶりー!」

 

「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」

 

「うんっ。蒲公英はいつでも元気だよー!」

 

いつもの「ここにいるぞー!」とでも言いそうなポーズを取りつつ、元気に蒲公英が答える。

月もニコニコと笑いながら、最近はどうかとか、お腹の赤ちゃんが蹴ってるだとか、他愛も無い会話を楽しんでいるようだ。

 

「そういや皆ぞろぞろとどうしたんだ? 今日なんかあったっけ?」

 

「いや、特に何かあるわけじゃないんだけどさ。天気もいいし、そろそろ月も出産が近づいてるしさ、気分転換に散歩でもどうかなって」

 

「私たちは付き添いなんだよー」

 

「・・・ぎると、月のお手伝い」

 

「? ・・・月は兎も角、ギルに手伝いとかいるか・・・?」

 

こてん、と小首をかしげる翠に、蒲公英が耳打ち。

すぐに顔を真っ赤にして、俺にずびし、と指を突きつけてくる。

 

「おっ、おまっ、お前っ! 変態っ! 変態だなっ!」

 

「おお? なんだよ急に。褒められると照れるじゃないか。ちょっとそこの物陰行こうぜ」

 

「お兄様が静かに怒ってる・・・!?」

 

「蒲公英、俺は怒っていない。いいね?」

 

「あ、青筋立てながら言われても・・・」

 

「俺は、怒っていない。・・・いいね?」

 

「アッハイ」

 

気圧された蒲公英が何かしら甲賀っぽい返事をしながら後ずさる。

俺を変態と褒めてくれた翠には、あの物陰でちょっとお話がある。

 

「・・・お姉様、がんば!」

 

「は? なんだよ蒲公英、そんな変な顔して・・・え、おい、ギル? な、なんであたしの手を・・・ひゃあぁっ!?」

 

・・・

 

「あー・・・お姉様、大丈夫?」

 

「・・・に、見えるか?」

 

「見えないねー」

 

物陰に連れ込んで数十分後。凄く憔悴した・・・それでも、なぜかお肌を輝かせながら戻ってきたお姉様が、服の乱れを直しながら大きく息を吐く。

沢山お兄様に可愛がられたのだろう。後でたんぽぽもおねだりしよーっと。

あ、ちなみにその間、月さんたちは月さんたちでたんぽぽとか白蓮さんと一緒にお話してたよ。お腹一杯触らせてもらっちゃった! ほんとに赤ちゃんってお腹蹴るんだねぇ。

 

「あ、ギルさん、お帰りなさい」

 

「おう、ただいまー」

 

「・・・ぎる、いい笑顔」

 

しばらく桃香さまたちにもみくちゃにされながら、お兄様は爽やかに笑う。

そんな姿を見ていると、ふいに月さんが俯いているのが目に入った。

 

「・・・どしたの、月さん。お腹・・・痛いの?」

 

「おおっ? 月、痛むのか?」

 

蒲公英の声に、まず最初に反応したのは月さんじゃなくて、お兄様。

くるりと月さんに向き直って、優しく頭を撫でながらそう聞く。

 

「ええと・・・なんというか、ちょっとだけ、痛いかなー、みたいな・・・」

 

「今、急にか?」

 

「ええと、昨日も、一度だけ痛んだんですけど・・・すぐに収まったので・・・」

 

「なるほど・・・一応、準備だけはしておくか。桃香、愛紗、華佗と産婆さん、呼びにいってくれるか」

 

「は、はいっ」

 

「了解っ」

 

「翠、あたりを探して、紫苑がいたらちょっと呼んできてくれるか。もし部隊の調練中だったりしたら、その仕事変わって貰えるかな」

 

「おうよっ」

 

「白蓮、蒲公英、一緒にそこの医務室まで来てくれるか?」

 

「お、おうっ」

 

「分かったよーっ」

 

元気に返事をして、月さんを支える。

・・・お兄様ちょっと背が大きいし、支えるんならたんぽぽのほうが適任だよね。

って感じのことを説明すると、それもそうだ、とお兄様はたんぽぽに月さんを任せてくれた。

 

「ごめんね、蒲公英ちゃん」

 

「んふふー。たんぽぽが赤ちゃん生まれそうになったら、月さんにこうして支えてもらうからねー?」

 

「ふふ。そうね、そうします」

 

早くそのときが来るといいね、なんてお兄様に聞こえないように内緒話。

まぁ、近くでそわそわしてるお兄様には、例え何時も通りに話をしていても聞こえなかっただろうけど。

いつの間にか自動人形さんも周りを歩いていて、手には清潔な布やらなんやらを持っているみたい。

いっつも無表情で一言も喋らないし何考えてるのか分からないけど、なんだか今だけはお兄様と同じく、ちょっと慌ててるような雰囲気。

 

「ふふっ」

 

それがなんだかおかしくて、誰にも気付かれないようにくすくす笑う。

ゆっくりとだけど、取り合えず医務室に到着。

 

「よいしょ・・・寝れる?」

 

「えと、ちょっと支えて貰えれば・・・あ、はい、ありがとうございます」

 

顔をしかめながら、月さんが寝台の上に横たわる。

ええと、こういうことの知識あんまり無いんだけど、前紫苑さんから聞いた話だと、痛みの間隔が短くなってくると、産まれてくるんだっけ?

 

「ええと、痛みの間隔とかってどんな感じ? 間隔短くなってきてる?」

 

「ん、多分、そうだと思います・・・」

 

少し呼吸が荒くなってきている月さんの手を握って、取り合えずお話。

あんまり意味は無いかもだけど、何もせずに痛みに耐えるよりは楽だよね? ・・・多分だけど。

あ、ちなみにお兄様は外で産婆さんたちを待ってるみたい。今ここにいるのは、月さんと、たんぽぽと、慌てる白蓮さんと忙しなく動く自動人形さんだけ。

 

「じゃあ、そろそろかな? どっちなんだろね、男の子かなー、女の子かなー」

 

「ギルさんが、聞いたのは、女の子だそうですけど・・・」

 

「そなの? ・・・聞いたって、誰に?」

 

「ええと、懇意にされている、神様だとか・・・」

 

「か、神様かー」

 

なんというか、たんぽぽたちとは世界が違うよねー。

神様と懇意にしてるって、それ物語の世界だけだよー?

 

「名前とかは? もう決まってるの?」

 

「はい、ギルさんとお話して、すでに」

 

「そなんだ。女の子かー。たんぽぽみたく、お花の名前とかー?」

 

「ふふ、そうかも、ですね」

 

小さく笑った後、はぅ、と呻く月さん。

多分、痛みが来てるんだろうと思う。

ああもう、早く来ないかな、産婆さん!

そう思っていると、扉の開く音。来たかな、と視線を移すと・・・。

 

「あら、蒲公英ちゃん。・・・月ちゃん、ついに来たのね」

 

「あ、紫苑さんだっ」

 

良かったー、経験者の紫苑さんがきたなら、もう安心かな?

紫苑さんは月さんから色々とお話を聞いて、自動人形さんや白蓮さん、たんぽぽにあれこれと指示を出してくれる。

さっすが経験者! 何でも、璃々ちゃんを産んだ時、色々とお勉強したらしい。

それから、産婆さんも来て、紫苑さんと二人で色々と準備をしていた。・・・たんぽぽも、自分のときのために勉強しておこうとじぃっと見ておく。

 

「そうそう、蒲公英ちゃん、ギルさんを呼んできてくれるかしら?」

 

「あ、もう大丈夫なの?」

 

「ギルさんが落ち着いていればね。まだ慌ててるようだったら、外で二人で待ってて貰ってもいいかしら」

 

困ったように笑う紫苑さんが言うには、慌ててる旦那様が傍にいたら、月ちゃんも落ち着かないでしょうから、とのことだ。

なるほど、当たり前のことである。だけどまぁ、多分慌ててるだろうから、たんぽぽがお兄様の話し相手になってあげよう。

そう考えて、その場を紫苑さんたちに任せ、医務室の外に出る。

 

「ん、おお、蒲公英か。月はどんな感じだ。苦しそうにしてなかったか?」

 

たんぽぽを見つけた瞬間、お兄様ががっしと肩を掴んでそう聞いてくる。

ああもう、ホント予想通りだよねお兄様っ。

 

「も、もうっ、落ち着いてよお兄様っ。すぐお父さんになるのに、慌ててどうするのっ」

 

「む。・・・そ、それもそうだな。いや、すまん。取り乱した」

 

「・・・それでよし。あのね、紫苑さんが、お兄様が取り乱してたら中に入れるなって。月さんも落ち着かないだろうからって」

 

「・・・正論だな。すまんが蒲公英、一緒に待ってくれるか?」

 

「もちろんっ。そのために、出てきたんだよ?」

 

医務室の外の通路に、お兄様が宝物庫から長いすを出す。

そこにお兄様は座り、ぽんぽんと隣を叩く。どうやら、隣に座れ、ということらしい。

 

「よっと」

 

「おい」

 

「えへへー。別にいいじゃん。お兄様のお膝の上、あったかくて大好き!」

 

「・・・ま、いっか。ここほぼ外だから、冷えないようにな」

 

そう言って、お兄様はたんぽぽをぎゅっと抱き締める。

・・・不安なんだなー。怖いのは、月さんだけじゃないってことかー。

 

「つっ、つれてきたよぉっ!」

 

「あ、桃香」

 

「はれ? 愛紗ちゃんは?」

 

「さっき産婆さん送り届けたら、すぐにどこか走っていったけど」

 

あ、さっき見ないと思ったら、そんな事してたんだ。

いや、たんぽぽも「産婆さんだけ来て、愛紗さんどうしたんだろ」とは思ったけど。

 

「そ、そなんだ。あ、華佗さん、月ちゃんはこの中にいるので・・・」

 

「ああ! 任せてくれ! ・・・と言っても、出産は専門外だから、体調を見るくらいしか役には立たないけどな!」

 

爽やかに不安になることを呟いて、華佗さんは医務室へと入っていく。

・・・うぅ~、なんかたんぽぽも不安になってきたかも。

お兄様の手を握りながら、そんなことを考えていると、隣に桃香様が腰掛ける。

 

「はふぅ。いっぱい走って疲れちゃった」

 

「運動不足が響いたか」

 

「桃香さま、あんまり体力なさそうだもんね~」

 

「ふえっ!? な、何で私そんな罵られてるのっ!?」

 

「出産は体力が必要なんだって、桃香さま」

 

たんぽぽが桃香さまにそういうと、再び気の抜けた「ふえぇっ!?」と言う声。

そんな桃香さまのお尻に視線を向けて、お兄様が一言。

 

「でも、結構安産型だぞ」

 

「みゃっ、ど、何処見てるのっ」

 

お兄様の視線に気付いたのか、言ってる言葉で何を指されてるのか分かったのか、桃香さまは手でお尻を隠す。

・・・いやぁ、その細い手じゃ、そんなおっきいお尻、隠せないと思うなぁ。

 

「た、蒲公英ちゃんもっ。お尻見ないのっ」

 

そう言って、「だめだめー」とたんぽぽたちの目を塞ごうとしてくる桃香さま。

 

「ふっふっふー、甘いっ」

 

「ふにゃっ」

 

「そりゃっ」

 

「ひぃえっ!」

 

たんぽぽが桃香さまの両手を持ってぐいっと挙げると、長いすから桃香さまのお尻がちょっと浮く。

その隙に、お兄様がなでり、とお尻を触る。

・・・なにやってんだろ、たんぽぽ達は。

 

「蒲公英・・・なんか、虚しいな」

 

「・・・戦いは、悲しみしか生まないのかな」

 

「何で私のお尻触って悲しんでるのかなぁっ!?」

 

・・・これ以上は桃香さまが沸騰しそうだったので、このくらいでやめておくとしよう。

 

・・・

 

「おぉ・・・蒲公英、なんか緊張してきたぞ俺」

 

「た、たんぽぽも。なんだかんだ言って出産するって時に立ち会うのは初めてかも・・・」

 

「二人ともぉ・・・そ、そういうこというと私も緊張してくるよぅ・・・」

 

片手はお腹に回されたお兄様の手、もう片手は桃香さまとつなぎながら、医務室の外でそわそわとたんぽぽ達はその時を待っていた。

なんだか中が騒がしくなったのがつい先ほどのこと。どたばたと色んなものを運びに自動人形さんが出入りし始めて、ちらりと見た中の様子はどうにも慌しそうだった。

その様子を見たとたんにお兄様は慌て始めたので、再びたんぽぽが部屋に入らないように注意をした。

中からは産婆さんたちの励ます声や、月さんの苦しそうな呻き声も聞こえてくる。

・・・そして、何度も立ち上がろうとするお兄様を何度も押し留めていると・・・。

 

「・・・ぎゃぁ」

 

「っ!」

 

「おぎゃぁっ!」

 

赤ちゃんの泣き声。その瞬間、お兄様が消えたかのようにたんぽぽは錯覚した。

いつの間にか、さっきまでお兄様が座っていた場所にたんぽぽが座っていたのだ。たんぽぽをすり抜けて消えたのかと思うほどの高速移動。

・・・こんなところで無駄に高い能力使わなくてもいいのになー。

 

「月っ! だっ、大丈夫かっ! 無事かっ!?」

 

「っ、ギル殿っ!? ちょ、騒がないで・・・ああもうっ、恋、抑えろっ!」

 

「・・・ぎる、ちょっと落ち着く」

 

「うごっ」

 

「・・・おい、恋、ギルが動かなくなったぞ。大丈夫かこれ」

 

「だいじょぶ」

 

中では、どうやらお兄様が制圧されたらしい。不穏な声と共に、赤ちゃんの泣き声だけが医務室から聞こえる。

 

「・・・お兄様、生きてるよね?」

 

「ど、どうだろ。恋ちゃんから不意打ちで急所打たれたら、幾らお兄さんでも・・・」

 

「だよねぇ」

 

まぁ、生きてるんだろうけど。

 

「取り合えず、たんぽぽたちも赤ちゃん見に行かない?」

 

「あっ、そうだね。一応お兄さんの無事も確認しないと」

 

・・・




「あれ? ・・・麗羽、あなた昨日ギル様と会った?」「はいっ? え、ええ。昨夜少し・・・お話を」「・・・そう。それだけにしてはやけに『匂い』が残ってるわね」「に、匂い、ですの?」「ギル様の芳しい香りよ。・・・本当に、お話をしただけ?」「も、もちろんじゃないですか。わたくしは今、侍女の身なのですから!」「・・・ふぅん。分かったわ」

「・・・に、匂い? 匂いなんてします・・・? 湯浴みもしたのですが・・・」


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「・・・ふぅん。やっぱり、してたんだ」

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