それでは、どうぞ。
「それでは、主催のお兄さんより、挨拶があります!」
桃香の紹介を受け、舞台袖からゆっくりとした歩調で登場する。
今日の日にちは十二月三十一日。俗に言う大晦日という奴である。
そんな一年の締めの日、いつもはしすたぁずがライブをしている会場は、いつもと違う空気を漂わせていた。
ライブの熱狂とは違う、静かな熱。騒がしさは無いが、確かに大勢の人々から発せられる熱が会場を十二月の屋外とは思えなくさせていた。
桃香、蓮華、華琳が舞台上に座っていて、地和の妖術と真桜お手製のからくりが合わさって出来たマイクのようなものを持っている。
同じようにマイクが設置してある壇上へと登り、詰め掛けた民達を見下ろす。・・・俺のもとへ物理的に突き刺さっているんじゃないかと思ってしまうほどの数の視線が集まる。
緊張で変なこと呟きそうだ。・・・絶対やらないけど。
「えー、こんばんわ。主催のギルです。今夜から明日の昼ごろにかけて、異例の年を跨ぐ祭りを開催します。名前は・・・まぁ、年越し祭りでもなんでもいいか。兎に角、騒ぎましょう」
拡声器・・・マイクを通して大きくなった俺の声が皆に届くと、地鳴りのような叫び声が返ってくる。
多分「おー!」と言っているんだろうが、あまりの声量にただの振動としてしか伝わってこない。
うわぁ、すげえなこれは。ライブでも感じたが、一つの方向へ向かっている人間の熱量というのは凄まじい。
しかも、ライブのときよりも多い数だから、余計にだ。
後ろにいる三人が耳を塞いだり軽く顔をしかめているのが分かる。
「えー、初めての試みということで色々と問題も起きるかもしれませんが、兵士達にも協力してもらい、最大限皆が楽しめるようにしますので・・・楽しんじゃってくれ!」
取り繕うのも面倒になったので、いつもの口調で聴衆に叫ぶように声を掛ける。そして、再び返ってくる歓声。
一つ礼をして、桃香に視線で合図しつつ下がる。
それから、三国の国主の挨拶、しすたぁずの年末ライブの前哨戦と舞台でのイベントも進行していく。
ちなみに、この会場に一般の兵士はいない。町や城壁なんかでの監視任務についてもらっている。
なので、ここにいるのは宝物庫で
彼女達は武装によってある程度のスキルを設定できるので、壱与の量産した手甲をつけてもらい、この会場に紛れて暴れる人間がいないか、怪しい人物がいないかを監視してもらっている。
『自動人形・アサシンモード』とでも言うべきか。敏捷が若干上がったり、気配遮断を持っていたりとそれっぽくなっている。
服装もいつものメイド服を改造して左肩に掛かるようなマントと白いフードをつけており、アサシン感満載だ。
「・・・」
「お、お疲れさん」
部隊の横にある待機所にいる俺のもとに自動人形の一人が帰ってきて、びし、と何故か現代風に敬礼をした。
彼女達はあんまり喋らない。下手すると恋より口数が少ない。なぜかと言うと、自動人形と俺は魔術的なラインで繋がっているので、自動人形はそれで俺に直接脳内情報を送ってくるからだ。
この待機所は警備詰め所もかねているので、多分彼女は暴れてるか何かしてる人を連れてきたのだろう。
「・・・?」
じっと見つめていた俺に向け、自動人形が敬礼のまま首をかしげる。
何も言わないで見つめていたから、疑問に思ったらしい。
「ああ、なんでもないよ。誰か捕まえてきてくれたのか? サンキューな」
何度か首肯して、踵を返す自動人形。
その手には、壱与特性の量産型手甲が。機能は限定されているとはいえ、それでも歴戦の暗殺者達が使ってきた物だ。
相当洗練された使い心地なのだろう。
「・・・」
びっ、とカッコよく何処かのキャプテンのようにジェスチャーすると、天幕から出て行く。
・・・無口無表情無感動の三拍子揃っているくせに、それと反比例するようにジェスチャーでの感情表現が豊かな奴らである。
ちなみに自動人形達には宝物庫から勝手に出入りしていいと許可を出している。・・・まぁ、開け閉めは俺がしないといけないので、『出たいんだけどー』と念話が来たら『いいですとも!』と宝物庫を開ける・・・のがいつもなんだが・・・。
最近、許可出してないのに勝手に腕だけ出して俺の肩揉んでたりするので、若干恐怖を覚えているところだ。
「あ、たいちょー。おつでーす」
「ほう、中々にフレンドリーだな、副長。・・・いや、迦具夜」
ぴくり、とこめかみに力が入るのを感じつつ、待機所に入ってきた副長を迎える。
「なっ、名前呼び!? 結構キレてるときにしかその名で呼ばれたこと無いですよっ!?」
「? 閨でも呼ぶだろ? ・・・たまにだけど」
「ふひゅっ・・・!」
先ほどまでわーわー騒いでいた副長が、妙な呼吸音を残して膝から崩れ落ちる。
・・・ちなみに、受け止めたりはしない。そんなことしなくても、副長は俺の膝の上にぺたりと倒れこんでくるからだ。
全く、世話の焼ける部下だなぁ。
「・・・ま、少しだろうけどゆっくり休め。・・・よっと」
倒れこんだ体勢そのままに、対面するように俺の膝の上に乗せる。
椅子の背もたれは若干後ろに倒れているような形なので、丁度副長がしなだれかかってきているような体制だ。
「黙ってれば、やっぱり美人だよなぁ」
喋っているとそうでもないのか、と聞かれれば、まぁそのときもとても愛らしいんだけど。
・・・ちなみにこの後。副長が起きて飛びのくまで、この待機所に来た自動人形は皆入室した瞬間に身体全体を跳ねさせるようにして無表情にして無言で驚いていた。
・・・
こういうとき、サーヴァントの身体は役に立つ。
なんせ、二日ぶっ続けだ。寝ない人間は必要だろう。
そういう意味では、自動人形たちもうってつけだ。頑張ってもらうことにしよう。
「さて、副長は全力ダッシュで逃げて行ったし・・・探し出しておちょくるのもありだけど、一通り回るのが先かな」
そんな風に方針を決め、テクテク歩き出す。
いまだ夕方と言っていい時間とはいえ、冬のこの時間は日も暮れてすっかり寒くなっている。
・・・だが、この大通り・・・いや、今は『屋台通り』になっているか。その屋台通りは一味違う。
まず何より熱気が凄まじい。あまりの熱気に、屋台の中にいる人の中には夏のような薄着をしている者もいる。
「うわ、凄いなこれは・・・あ、うん、ありがと。・・・うん?」
肩口から串物を差し出されたので自然に手に取ったのだが・・・これ、誰・・・自動人形か。
ちゃんとお金は払ったようだ。まぁ、彼女達は人間の中でも頂点のようなものだ。こういう所には隙が無い。
「あー・・・っと、ここか」
目的地の一つにたどり着く。人の多い屋台通りの中でも、一際人だかりが出来ている。
もう人口密度が高すぎてほとんど進めていない。
うおお、カリスマ使えばすぐだけど、そんなことで人混み割ったら絶対けが人出るしなー。それは流石に避けないと。
「っとと。よいしょっと。はいはいごめんねー」
凄まじい人混みを潜り抜けたその先は、城壁内。城の中庭と、城の一部を開放して作成された『侍女喫茶特別出張拡大版国城店』。
・・・色んな装飾がついてなんだか良く分からないが、まぁ取り合えず侍女喫茶が城壁の中に出張し、更に規模を拡大して開いているっていうことだ。
月・・・は流石にいないけど、詠や響、孔雀たちはもちろん、侍女見習いの子達や、何故か麗羽と斗詩、猪々子までいる。
・・・心配だったけど、何とか回っているようだ。特に麗羽。しばらく後宮で月と自動人形からみっちり仕事の仕方は教えてもらってたみたいだし、こうして心配になって見に来たけど特に問題は起こってないみたいだ。
まぁ、自分でも言ってたけど麗羽は一応高貴な生まれ。それなりの所作も分かってるだろうし、月とも気が合って結構ノリノリだったらしいし。
「席は・・・満席だよなぁ」
仕方ない、この盛況を見て満足としようかな。
そう思って踵を返そうとした瞬間、俺に声を掛けてくる人物がいた。
「兄貴ー!」
「こっちですよー!」
む、この声は。
「・・・やっぱり。凄いな、お前ら。よく席を取れたな」
「年を越すまでは休みですから! 前情報は大将からいただいていましたし、すぐに席は取れました!」
「ささ、兄貴、どうぞッス!」
「おー。合い席失礼するよ」
丁度一人分空いていた席に着き、採譜を見る。
適当に注文し、きょろきょろと周りを見回してみる。
侍女たちが忙しそうに動き回り、客達が外に長蛇の列を作る。
・・・すげー。昼時の人気レストランみたいな状態だな。まぁ、厨房には流流もいるし、食事も接客も素晴らしいものになっているだろうから、納得といえば納得か。
ああ、ちなみに流流は今日明日と休みのはずだったのだが、ただ休むというのに抵抗を示したのでこうして厨房で手伝ってもらっている。
「それにしても、凄まじい盛況っぷりですね。これは、兄貴の発案なんですよね? ・・・兄貴の考えることはいつも凄まじいですね」
「規模といい発想といい、常人からかけ離れてるッス!」
「特に水着! 大将もそうだが、天の国の住人はみなああいった素晴らしい考えを持っているのか?」
「・・・いや、あれは天の国でもごく一部というか、むしろお前らの思ってる天の国自体ある一つの国だけというか・・・」
「なるほど・・・そんなところからやってきた兄貴たちは、『選ばれし者』ということですね!」
「いや、まぁ、選ばれたっちゃ選ばれたようなもんだけど・・・」
悪い意味で神様に選ばれちゃって転生したのが俺だし。後一刀や甲賀も何者かに選ばれてこっちに来たのだろう。
彼らが思っているような『選ばれし者』とは若干ニュアンス違うんだろうけど。
「水着、メイド服、学生服。・・・次は何作るんかなぁ」
「? 兄貴、どうなさったので?」
「・・・いや、なんでもないさ。・・・やっぱり、メイド喫茶でお茶オンリーって言うのも若干の違和感だな。紅茶の産地は何処だったか。イギリス? 今だとブリテンなんだろうか」
あれ、ブリテンって聞き覚え・・・アーサーさんじゃないですか!
ええと、あれはいつごろだ? 今が大体三世紀? ・・・あと二、三百年か。
確か神様には確実に俺のこの力の元になったギルガメッシュと同じくらいは生きるって言われてたよな。
そうでなくても俺の感覚として『百年どころか千年単位で死なない』という確信がある。
まぁ、そのときに起こる諸所の問題は後回しにするとして、歴史旅行というのも面白そうだ。
元々ギルガメッシュは人類の歴史の観測者。ならば、その力を持って受肉した俺は、ある程度のことをやったら裏舞台に引っ込んで色んな歴史を見に行こう。
流石に時間旅行は出来ないからゆっくりにはなるだろうけど、元々何かしないといけないわけじゃないし。
「うん、よし、そうしよう」
「・・・なぁ、兄貴がなんだか俺達の想像も出来ないようなこと考え付いて納得したような悪寒がしたんだが」
「奇遇だな、呉の。何を隠そう俺もだ。・・・世界、滅亡しないよな?」
「その心配が冗談でもなんでもないのが恐ろしいな、兄者」
「全くだな、弟者」
騒がしいメイド喫茶。その一角で、うんうんと頷く英霊と、顔を真っ青にする男達という奇妙な絵面が並んでいた。
・・・
メイド喫茶で小腹を満たした後、兵士達と屋台を回ろうと会計を済ませて店から出ると、やはり凄まじい人混み。
・・・仕方ない。歩き難いのは少し解消するか。
身体に魔力をめぐらせ、カリスマの力を少し解放する。少しとはいえ『呪い』とまで言われるカリスマだ。俺の意思にあわせ、少しだけ皆が道をあける。
これなら混乱が起きることもないだろう。
「・・・なんだか歩きやすいんですけど、もしかして兄貴、何かしました?」
「した」
「もうそれだけで全て理解できるな、弟者」
「だな、兄者。兄貴のすることに理論とか常識とか通じないのだな」
失敬な。ちょっと人類を超越していて、神霊一歩手前の英霊候補生なだけの英雄だぞ。・・・あれ、否定できてない?
「次はどこ行こうかな。何かそっちで聞いてることあるか?」
「ええと・・・そうッスねぇ。あっ、そろそろしすたぁずの年越しライブ開始じゃないッスか!?」
「ああ、そっか。開会式のあれは余興みたいなもんだもんな」
大体午後十時くらいからライブが始まるはず。・・・ああ、だから人も減ってるんだな。
屋台通りも結構隙間が目立ってきてる。
「今から見に行っても席は取れないかもしれませんね」
「立ち見・・・どころか、会場に入れるかどうかも分からんな」
だよなぁ。今の時代、この大陸での最大の娯楽だからな、しすたぁずのライブって。
そんな大人数だと後ろの人たち見れないじゃん、とお思いかもしれないが、そこは地和の妖術の出番だ。
『目の前の景色を映し出す』という宝具を地和の妖術とあわせてプロジェクターを作成。ライブの様子は後ろの大きな白背景に映し出されるようになっている。
・・・こうでもしないと一番後ろの人間からしすたぁずが豆粒みたいな大きさでしか見れないからな。それじゃあ盛り上がりに欠ける。
しっかし、妖術を使うのに毎回俺と交わるのは本当に必要なのだろうか? 地和曰く『特別な力を使うから、それをギルから貰っている』とのことだが・・・。
うーむ、魔術はともかく、妖術はちょっと特殊だから分からんな。天和を宥めるのが若干大変とはいえ、役得といえば役得だが。
「・・・あれ、なんだか今猛烈に兄貴に殺意が沸いたッス」
「偶然ですね、魏の。私もです」
「む、お前達もか。実は俺も・・・」
「弟者に同じく」
「え、何これ。敵しかいないの?」
ナチュラルに殺意を発し始める兵士達に突っ込みを入れる。
なんなんだ突然。・・・全く、いつもながら分からん奴らだなぁ。
「む・・・これは凄いな」
兵士達からの敵意ある視線も大分和らいで来た頃、ようやくライブ会場へ到着した。
開演はまだのようだが、すでに開場はしているらしい。ざわつきを更に大きくしたような喧騒が会場を包んでいた。
近づくにつれて人混みの密度が凄まじい。うぅむ、これは適当なところで席から外れてみたほうが楽かもしれないな。
見づらくはなるだろうが、このままこの人の海とでも言うべき場所にいると絶対誰か怪我するぞ。
そうなる前に離脱したいのだが・・・いかんせん身動きが取れん。
「・・・」
「ん? ・・・誰だ?」
そんなとき、俺の手を引く感覚。
視線をそちらに向けると、左肩にマントをつけた改造メイド服の自動人形がいた。
「あれ、お前警備してるんじゃ・・・お、おい!?」
人間には出せない、愛紗級の力を発揮して人混みの中俺を連れ出す自動人形。
すいすいと人波を掻き分けて歩くさまは、まるで誰もいない大通りを歩いているようだ。
おそらく、この現場で数時間警備の仕事をしただけで人波を掻き分けるすべを見つけたらしい。それも、他人の意識の隙を突いて。
凄いな、アサシンモード・・・。
って、他の兵士達が人波に飲み込まれたままなんだが・・・。
「なぁ、他の子に伝えて兵士達連れてくることは出来ないのか?」
「・・・」
人混みを抜けたタイミングで自動人形にそう聞いてみると、彼女は無言で首をかしげる。
念話から伝わってくる感情としては、「なんで?」という疑問だ。・・・いや、何でって。
「ほら、俺だけ連れ出されてもさ。一緒に回ってる友達がいるんだから、そいつらも連れてきてくれないか?」
「・・・?」
「んー? 言ってる意味が分からない、って事じゃないよな?」
なんだろう、このかみ合わない感じ。
後できちんと調べてみる必要がありそうだな。人間とはいえ宝具だ。何か俺の知らない機能があるのかもしれない。
「・・・むん!」
カリスマ全開で、『兵士達をこちらに押し流すように』、民衆に意思を伝える。
しばらく何も変化は無かったが、そのうち俺のもとに吐き出されるように兵士達が飛び出してくる。
凄いな・・・大人数に対して無敵だな、カリスマって。
「お疲れ。ここからでも見れるけど、うーん、諦めたほうがいいかもなぁ」
「あ、兄貴が助けてくれたんスか?」
「助けたって程じゃないけどな。ほら、掴まれ、魏の」
「あ、どうもッス」
いてて、と尻餅をついていた魏の兵士を引っ張り起こす。
他の兵士たちもぞろぞろとやってきたようだ。
「・・・ふむ、仕方ない。こうなったら予定変更だ」
「舞台は諦めるんですか?」
「ああ。・・・その代わり、きちんとしすたぁずは見ていこう」
「? 舞台を見るのは諦めるのに、どうやってしすたぁずを見ていくんだ?」
「ま、黙ってついてくれば分かるさ」
自動人形の頭を叩くように撫でて感謝を伝え、疑問符を浮かべたままの兵士達を連れてあるところへと歩き出す。
・・・まぁ、この状態で行くところは一つ。舞台そばにある待機所だ。
関係者以外立ち入り禁止の札のところに立つ、先ほどのとは別の自動人形に手を挙げて挨拶する。
それだけで彼女は察したのか、すす、と道をあける様に横にずれた。
「後ろの兵士達も通してくれ」
こっちこっち、と自動人形の隣で立ち止まって兵士達を手招き、待機所へ。
俺達が待機所へと入るときには、すでに先ほどの彼女は元の場所へと移動していた。
流石だな、完璧な侍従・・・。
「よう、調子はどうだ、三人とも」
「こっ、ここここっ、ここはっ!?」
「まっ、まさかっ!」
後ろの兵士達が騒がしいが、取り合えず誰か来たのには気づいたらしい三人がこちらを振り向く。
すでにステージ衣装に着替えたしすたぁずだ。すでにストレッチでもしたのか、ある程度頬が上気している。
「あっ、ギルだー! ・・・と、誰?」
「ギルと一緒に来たってことは普通の兵士じゃないんでしょうけど・・・」
「・・・何度か、北郷さんとギルと彼らで騒いでいるのを見たわね」
じろり、と三人からの視線を受け、兵士達はなにやら呻きながら一歩下がる。
・・・アイドルに眼力で負けるなよ、兵士・・・。
「その通り、俺と一刀の共通の友達みたいなものだ。もう会場も一杯でな。何も見れずに帰るって言うのもつまらないだろ」
「だからここに連れてきたって事? ・・・まぁ、あんまりおもてなしも出来ないけど、らいぶの邪魔しないならいてもいいわよ」
「全くもう、ギルってば身内に甘いんだから。・・・ちぃ達をこんな近くで見れるなんて、あんた達、運がいいわね!」
「お、おおおおおおおおっ・・・!」
ずしゃあ、と蜀の兵士が膝をついた。え、何、どうしたの?
手が祈るように組まれているから、どうみても神を目の前にした信者だ。
・・・あ、そっか。蜀のは・・・趣味が『そういうの』だもんな。ちぃはストライクか。
「ぎ、ぎぎぎぎぎ・・・ギルの兄貴!」
「お、おう?」
「正直、お嬢さまと結ばれたと聞いたときは本気で殺意が沸いたりしたが・・・今だけは、神と呼ばせて欲しい・・・!」
「勝手にしろ・・・あ、いや、やっぱり神呼びはやめろ。王と呼べ」
「えっ、AUO!」
「・・・なんだかイントネーションが妙なような気もするが・・・まぁいっか」
どうも神性がカンストしてから『神』という単語に過敏に反応している気がする。
続々と礼拝のポーズを取り始める兵士を見てしすたぁずと一緒に若干引きつつ、それなりに大きいテーブルについて人和の入れてくれたお茶を飲む。
しすたぁずはファンとの交流会くらいに考えているのだろうが、兵士達のほうは湯飲みを持つ手ががたがた震えているほどに緊張している。
多分彼らの軍のトップそれぞれにあったときでもこんな緊張しないだろう。凄まじいな、しすたぁず。流石はアイドル。
「そういえば前にギルから聞いたんだけど~。龍を倒しに言ったって本当~?」
おっとりとした声の質問に、呉のが誰よりも早く反応する。
「は、はひっ!」
「あはは~。やっぱりそうなんだ~。龍の皮で作った・・・えっと、『みずぎ』? ってやつ? あれ、いいよねぇ」
「そう言ってくれれば、討伐した甲斐もあるよ。なぁ、皆?」
俺の問いかけに、コクコクと高速で首肯する兵士達。・・・お前ら。
「姉さん、アレで踊るー、って聞かなかったんだから。そんなことしたら・・・その、出るじゃない」
「・・・地和にはその心配は無いだろ?」
「あんたねぇッ、言って良い事と悪いことってあるのよッ!」
あ、やべ、つい口を滑らせてしまった。
語尾が若干鋭い気もするから、かなりの激おこだ。
もしかしたらぷんぷん丸かもしれないな。
「ごめんごめん。地和は天和に無い可愛さがあるからさ。ついついちょっかい出しちゃうんだよ」
「・・・そういうことなら、まぁ、さっきのは聞き流してあげてもいいわ。・・・でも、その代わり今日の夜・・・は無理か。出来るだけ早く! 二人っきり・・・よ?」
「ああもう可愛いなぁ!」
がしがし、と強めに地和の頭を撫でる。
「ちょ、ちょっと! や、やめなさいよぉっ」
「あーっ! 地和ちゃんだけずるいんだー! ね、ギルー、お姉ちゃんもー!」
こちらに押し付けるように頭を寄せてくる天和。しかたないな、と地和と同じように撫でてやる。
その更に奥。天和の隣では、人和がおでこに手を当てつつはぁ、とため息をついている。
「・・・貴方達、よくあんなのと友達やってられるわね」
「へぇっ!? あ、いえいえいえ、と、友達なんて恐れ多いッ! 兄貴は俺達の兄貴ッス!」
「・・・ふぅん。なんだかんだで慕われてるのね、ギルも。・・・そういえば貴方達?」
「はひっ!? な、なんでしょうかっ!」
「・・・あの二人の世話で一杯一杯になってる隙に・・・その、ギルとどんな話してるか、聞かせてくれる?」
「も、もちろん! なあ兄者!」
「あ、ああ! そうともさ、弟者!」
なにやら人和も兵士達と仲良くしてくれているようだ。うんうん、よきかなよきかな。
「・・・おっと、もうこんな時間か。三人とも、出番だぞ」
宝具の時計を見ると、ステージ開始十分前だった。
なんだかんだで全員で仲良く話していたから、時間もすぐすぎたように感じるな。
パンパン、と手を叩いてしすたぁずに準備するように促す。
「えー。もうー?」
「・・・よっし。ギル分は補給できたし、いつもの倍はいけるわよっ!」
「・・・私も。・・・いい話が聞けたわ」
ぞく、と何故か背中を冷たいものが走った。・・・?
と、兎に角、だ。何故かやる気満々の地和人和が天和を両脇からがっちりホールドして、待機所の通用口から出て行く。
あそこから出ればステージの舞台袖まで誰にも見られず移動できるので、基本的にステージとの行き来はあの通用口を使っている。
じゃねー、と手を振る天和に手を振り返し、頑張れよ、と声を掛ける。
・・・さて。
「それじゃ、外に出て一曲聴いていくか」
「了解ですっ!」
異常なテンションになっている兵士達にいやな予感を抱えつつ、待機所から外へ。
自動人形がすす、と再び避け、そこを通る。
「お、俺、あっちにいくッス!」
「あ、魏の! 私も行きます!」
「俺もだぁっ!」
「弟者!」
「兄者!」
「あ、おい・・・って、行っちまった」
止める間も無く、あの人波の中に突っ込んでいく兵士達。
「うおー! 最前列まで頑張るッスー!」
「・・・やっぱり、アイドルと直接話すとテンション上がるんだなー・・・」
まぁ、他人に迷惑さえかけなきゃ良いか。
むしろ適度に怪我して頭を冷やしてくれたらいいと思う。切実に。
「・・・っていうか、置いてかれたな」
「・・・」
ぽん、と肩に手を乗せられ、自動人形が首を振る。
・・・なんだ、その『ま、元気出せよ』みたいなジェスチャー。
「一緒に見るか」
「・・・」
ぐ、とサムズアップ。
とたとたと待機所に入って行き、すぐに椅子を一脚持って出てきた。
そして、俺のそばに置いて、『どうぞ』と手で促してくる。
「ああ、すまんな、わざわざ」
俺が座ると、すす、と後ろに彼女が付く。
・・・なんだか居心地悪いな。
「・・・自分の分も持ってきて、隣座りなさい。・・・命令な」
「・・・っ」
頷き、彼女は再び待機所へと入っていく。
次は少し時間が掛かっているようだ。
「・・・」
彼女が姿を見せたとき、片手には卓と椅子、もう片方にはお茶のセットがあった。
どうやら、寛げるようにと気を利かせてくれたらしい。
・・・しっかし、片手でどうみても自分と同じかそれ以上の重さの卓と椅子持ってるの見ると、流石としか言いようが無いな。
「・・・」
卓を置き、椅子を下ろし、お茶のセットを卓に置く。
流れるような所作でお茶を煎れて、こちらに差し出す。
「ん、サンキュ」
座りなよ、と視線で指示を出すと、彼女は背筋を伸ばしたまま椅子に着席する。
視線はそのままじっと真っ直ぐ前を見据えているが、意識は常にこちらに向いている。
会場の様子は言葉の通り『目に映ってる』だけで、彼女の中では特に意識もしてないのだろう。
俺が身じろぎするたびに気配が動くので、何かあればすぐに動いてくれるだろう。
「お、始まった」
派手な登場から始まったステージは、あっという間にファンのボルテージをマックスにした。
手にはサイリウムっぽいものを握り、法被らしきものを着て『ほああああ!』と叫ぶ様は、何時も通りのライブだ。
負けじとマイクを持って歌って踊るしすたぁずも、同じようにテンションをあげていく。
これから日が変わるまで彼女達は踊り続けることになるだろうが・・・あれを見れば、全く問題は無いな。
「ん、一曲目は終わりか」
彼女達を預かる社長としては全てを見て行きたいが、この祭りを企画した委員長としては他のところも見て回らねばならないだろう。
それに、日が変わる前に済まさねばならない用事もあるしな。
「よっと。・・・悪いけど、次のところに行くよ。片付けと、見張り。続けてお願いしていいかな」
「・・・」
未だに無言だが、『任せて』という意思を受け取ったので、礼を言って立ち去る。
さて、次は屋台通りの確認していないところも見てこないとな。・・・一番問題ありそうな、『飲み屋』もその辺りにあることだし。
・・・
「やっぱり・・・」
屋台通りの奥。城があって、そこから城門まで一直線に通りがあり、その城門側は飲み屋が纏まって開かれていた。
ちなみに城の近くからはしすたぁずのライブ会場へと行ける。その大体反対側が後宮である。
「む? おぉ、ギルではないか! こちらへ来い! 酌をしてやろう!」
「あらー? ホントだー! ほらほら、こっち来なさいよギル」
いの一番に俺に気付いたのは、祭と雪蓮だ。その後に、星や桔梗、紫苑がこちらを向く。
・・・あれ、こういうときに一番騒ぎそうな霞がいない。・・・って、そうか。元董卓軍として今は月のところにいるんだっけか。
その後は色々と回るって言ってたけど、まだいないところを見るに華雄か恋の世話に忙しいようだ。・・・南無。
「出来上がってるなぁ」
「良く来ましたな、ギル殿。ささ、駆けつけ一杯」
「貰うよ」
星から差し出された酒をぐいっと呷る。
む、中々いいものだな。華琳の焼酎作りも進んできたかな。
「良い飲みっぷりじゃのぅ。ほれ、こちらへ座れ」
「私のお膝の上でもいいのよ、ギルさん?」
手招きをする桔梗と、自分の膝の上をぽんぽんと叩く紫苑。
桔梗はともかく、紫苑は少し酔って来てるな? ・・・どれだけ飲んだんだ。紫苑が酔うなんて相当だぞ。
「あーっ、それはずるいわよ、紫苑! ギル、こっちおいで? 一緒に温まりましょ?」
「うむ、母性という意味ではワシも負けておらんぞ」
「何だよそれ」
酔っ払いはホント、手に負えないな。この人数となると更に。
・・・ここでやらかすわけにも行かないし、鋼の意思と理性で何とか逃げ出すしかないか。
「普通に座るよ。・・・ごめんな紫苑、隣失礼するよ」
酔ってるとはいえこの中では一番の良識人。しかも以前は酔った振りをしてまで助けてくれた彼女なら、被害も少ないだろう。
今ももしかしたら、酔った振りをしているだけかもしれないし、という一縷の望みもある。
「ふふ、私はいつでも大歓迎ですよ」
そう言って、胸を押し付けるようにしな垂れかかってくる紫苑。・・・おおう。
「おや、ギル殿? なにやら鼻の下が伸びておるようだが・・・私では不満かな?」
反対側にいた星も紫苑に対抗するようにこちらに胸を押し付けてくる。
「大きさでは流石に敵いませぬが、私のものも中々だと自負しております」
「全く、ワシの分も残しておいてくれんと困るな」
ぎゅむ、と後頭部になにやら柔らかいものが。
・・・振り向かなくても分かる。桔梗が俺の後ろからあすなろ抱きしてるのだ。
ぐいっと引っ張られ、腕に絡み付いてくる二人ごと桔梗に背中を預けるような形になった。
「ちょっとちょっと! 蜀だけでギルを独占するのはどうかと思うわ!」
「ワシらも混ぜんかっ」
不機嫌そうな顔をした雪蓮と祭が真正面から身を乗り出してくる。
前にもこんな状況になった気がする。・・・その時助けてくれた紫苑は後ろじゃなくて横行っちゃったけど。つまり本気で酔っている可能性が高い。
あれ、副長も居ないし・・・詰んだ? ・・・いやいやいや、日が変わる前には行かなきゃいけないところもあるし、最悪ステータス全開にして何人か引きずっていくことにしよう。
「ほらー、進んでないわよー」
「分かってるって。大丈夫大丈夫」
俺へ酒を注いでくれる雪蓮を、撫でて宥める。
ふにゃっとした顔をするので、そのまま頭から頬へと手を滑らせる。
・・・やっぱり蓮華の姉だなぁ。こういうところも似てるのか。
すりすりと手に頬を擦り付けてくる雪蓮を見ながら、そんなことを思う。
「ずるいぞー・・・ワシ、も・・・ぐぅ」
「・・・あれ、祭? ・・・もしかして、寝た・・・?」
もう片方が静かだな、と思ったら、どうやら祭は寝てしまったらしい。
・・・もう結構な年なのに無理するから。・・・よっと。
取り合えずブランケットを取り出して掛けておく。幾ら居酒屋の中が暖かいからと行って、この季節に何もかけずに寝たら風邪をひくだろう。
「祭さん、寝ちゃったのね。・・・ふぁ・・・。あ、あら、つい・・・」
俺の腹に突っ伏すように寝てしまった祭の髪を手櫛で梳きながら、紫苑が欠伸を噛み殺す。
その後恥ずかしそうに口元を手で隠すが・・・うむ、これがギャップ萌え!
「今日のために、皆色々と無茶をしましたからな。睡魔に襲われるのも無理はありますまい」
まだまだ元気な星は、薄く笑いながら杯を傾ける。
右手側にいる祭と・・・あ、紫苑も落ちた。右手側の二人は全滅したようだ。
左手側にいる星と雪蓮はまだまだ元気だ。特に雪蓮。俺に空になった酒瓶押し付けるのはやめなさい。
「・・・実を言うとですな」
「ん?」
気まずそうに杯をくるくると回しながら、星がこちらを見上げる。・・・なんだろう。嫌な予感がする。
もう片方の手には、なにやら小さいビンのようなものを持ち、こちらに見せ付けるようにゆらゆらと揺らす。・・・あれ、あの入れ物は何処かで見た気がするな。
何処で見たっけ? と思考の中にもぐりかけた瞬間、星が一瞬で酔いも冷めるような爆弾発言をしてきた。
「一服盛りました。華佗のところで扱っている、眠気を誘う薬なのですが・・・効果はてき面ですな」
「え? ちょ、マジで!? 何やってんの!?」
俺の突っ込みと同時に、背もたれになっていた桔梗ががくんと倒れる。
その衝撃で祭と紫苑は俺から離れ、雪蓮もがくんと頭を落とす。・・・後ろは見てないが、桔梗も寝たのだろう。
「ふふ。・・・ギル殿も悪いのですぞ。いつもいつもこの面子の中では私が一番蔑ろにされておりますからな」
「いや、まぁ、悪いとは思うけど・・・」
星を蔑ろにしているんじゃなくて、他の押しが強すぎるだけなのだ。
桔梗を下敷きにしつつ、星が俺の上にのしかかってくる。・・・桔梗、ごめんな。ちょっとしばらく我慢してくれ・・・。
「一時間は起きぬとお墨付きを貰っておりまする。その程度であれば、ギル殿も時間は取れましょう?」
「・・・あー、これ、頷かないとずっと続くんだよな?」
「それは、どうでしょうな」
「分かったわかった。・・・店、貸切にしてくる」
「いえ、そんなことなどせずとも。・・・あちらに厠がございます」
「・・・変態め」
「ギル殿には言われたくありませぬな」
人数分の毛布と一人の自動人形を一応置いて、星に手を引かれるままに店の厠へと向かう。・・・これなんてエロゲ。
・・・
「うぅ、星め・・・時間が無いからって急かしやがって・・・」
ああいうのは時間があるときにじっくりやるものであって、あんなファストフード店で飯食うような感覚で手早く済ませるものじゃないだろ。
・・・でもまぁ、着衣のままというのは中々新鮮な経験だった。星の服は丈が短いから、捲るだけで良いしな。
星もめでたく眠った飲兵衛達の仲間入りを果たしたので、自動人形に任せて店を足早に出た。
間に合うかな。最悪霊体化・・・出来ないんだった。受肉してるんだよな、俺。
「ライブも佳境か。盛り上がってるみたいだな」
目的地に近づくに連れて、ライブ会場も同じように近づいてくる。
歓声も歌声も、屋台通りまで聞こえてきている。そろそろ年越しだし、今年最後の一曲なんじゃないかな。
「おっとと。俺も行くとこ行かないと」
早歩きでは間に合わないな、とある程度の速度で走り出す。
筋力ばっかりではなく、きちんと敏捷も上がってるのだ。アサシンやランサーには敵わないところもあるが、それでも他のサーヴァントには負けない自信がある。
「よう。入るぞ」
入り口にいる自動人形に手を挙げてそう伝えると、頭を下げて道をあける。
それなりの大きさの扉を開き、目的の部屋まで一直線。
「・・・こんばんわ。月」
「あ、ギルさんっ。こんばんわっ」
暖炉の近くで本を読んでいた月が、こちらへと歩み寄ってくる。
もうお腹も大分目立つようになってきている。・・・うんうん、母子共に健康そうで何よりだ。
「調子はどうだ、月」
「華佗さんも定期的に来てくれますし、産婆さんにも色んな事を教えてもらっています。それに、自動人形さんにもお世話されていますから、調子はバッチリです!」
「そっか。それなら良いんだ」
「へぅ・・・でも、その・・・あまりにも至れり尽くせりで、ちょっと太っちゃいそうです」
「・・・もうちょっと肉付きよくてもいい気はするけどな。まぁ、その辺の感覚は男女で違うか」
「ギルさんがそう言ってくださるのは嬉しいですけど・・・油断すると、一気にきますから・・・」
ふにふに、と自分の二の腕を摘んだりしている月に、思わず笑みがこぼれる。
この俺の眼で見ても、月の体形や体調に悪い変化があるようには見えない。まぁ子供の分重くはなっているだろうが、それを差し引いても健康体だ。
「それじゃあ、月。運動がてら、外に行かないか?」
「・・・! はいっ、是非!」
月は嬉しそうに笑うと、ちょっと待っていてください、と寝室に引っ込んだ。
少しして出てくると、薄く紅をつけたりと化粧をして、余所行きの服に着替えをしていた。
・・・さっきまですっぴんだったんだろうが、やっぱり化粧をしなくても綺麗だよな、月って。
「えへへ・・・最近ちょっとお化粧してなかったんですけど・・・ど、どうでしょう? 変じゃない・・・ですか?」
「ああ、綺麗だよ。心配しなくていい」
「へぅ・・・ぎ、ギルさんに褒められると、その・・・とっても嬉しいです」
頬に手を当て、いやいや、と首を振る月。その表情は緩みきっていて、言葉通り嬉しさがにじみ出ていた。
そんな月にカーディガンを羽織らせ、マフラーを巻く。ちょっと暑いかも知れないが、身体を冷やすよりはいいだろう。
「さ、行こうか」
「はいっ!」
手を繋いで、部屋を出る。
目的地は、現在絶賛ライブ中のあの舞台だ。
・・・
「ありがとー!」
「最後までちぃたちについてくるなんて、流石はちぃたちのふぁんね!」
「私達の舞台はこれで終わりだけど、この後年越しの秒読みなんかもあるから、最後まで残ってね」
舞台袖にたどり着くと、丁度しすたぁずのライブは終わったようだ。
こちらに下がってきた天和たちが、俺と月を見つけて駆け寄ってくる。
「あーっ、月ちゃんだー! 元気ー? お腹、どう?」
「ちょっとギル。こんな寒いところに妊婦連れてきて大丈夫なの? ・・・月、寒くない? なんだったら毛布か何か貸すわよ?」
「・・・でも、温かそうね。いろんな意味で。心配はなさそうよ?」
「へぅ。お久しぶりです、しすたぁずの皆さん。・・・あ、お腹の子も、私も、元気一杯ですよっ」
あっという間に月が取り囲まれてしまった。
お腹を擦ってみたり、差し入れの温かいお茶を差し出してくれたり(ちなみに先ほど俺も勧めていたので、これで五杯目くらいだ。若干月が苦笑い気味になったのは、見間違いじゃないだろう)、色々と世話を焼いてくれた。
「そういえばー、何で月ちゃんがここにー?」
「あ、そういえばそうね。後宮で療養に入ったんじゃないの?」
「ん? いやほら、しばらく月も外出てなかったし、気分転換にどうかなって。それに、一年が終わるっていうのに一人で部屋の中にいるのも寂しいだろ」
「・・・それもそうね。それで? 一緒に月さんも壇上に上がるの?」
「ああ。結構皆にも月の様子はどうかって聞かれるし、後宮建設に協力してくれた人たちにも一目元気な姿は見せておくべきだと思ってな」
「へぅ・・・皆さんの前に出るのは、ちょっと緊張します・・・」
不安そうに俺の手を握ってくる月。その手をちょっと強く握り返して、安心するようにこちらを見上げる月に視線で伝える。
まぁ、俺も一緒に出るし、月は隣で手でも振ってくれれば良い。
「将の皆もそろそろ集まってくると思うんだけど・・・」
年越しのカウントダウンはステージ上に武将達が集まって全員一緒にしよう、ということになっている。
・・・真面目な朱里や雛里、冥琳の文官たちはすでに集合しているから不安は無いが、春蘭や雪蓮なんかは少し不安だ。
特に薬を盛られた飲兵衛たち。・・・自動人形からはすでに起こしたと連絡が来ているが、果たしてたどり着けるかどうか。
取り合えず、俺と月はそろそろ壇上に登るべきだろう。桃香たちがこれからの流れをステージ上で説明しているし、そろそろ俺達の紹介をしてくれるだろう。
「それではっ! 皆さんもお待ちかねでしょう! おにいさ・・・えっと、ギル委員長と、月ちゃん! お願いしまーす!」
「おっと。呼ばれたな。行こうか、月」
「はいっ」
手を繋いで舞台袖からステージに出る。
瞬間、凄まじい歓声。先ほどのライブにも、勝るとも劣らない。
「わーっ。月ちゃん、久しぶりだねーっ。お腹もおっきくなっちゃって・・・うぅ・・・つ、次は私の番! 頑張るからね、お兄さん!」
「・・・公私混同するなよ、総合司会だろ、桃香・・・」
そうだったっ、と焦る桃香からマイクを受け取り、集まった民衆に語りかける。
「開会の挨拶以来かな。しすたぁずの舞台は楽しんだかな?」
おー! という大歓声。それはよかった。
「うんうん。そう言ってくれると、企画した甲斐があるというものだ。・・・さて、皆も気になってるだろうけど、隣に月が来てる。分からない人間は、侍女長って言った方が分かりやすいかな」
興味深そうな視線が、俺と月に注がれる。
月のことを知っている人間は期待に満ちた目を。話は聞いていたが、姿は初めて見た、という人間はあれが、という興味深そうな目をしていた。
そこで一歩横にずれ、月にマイクを渡す。
マイクを受け取った月は、一歩前に出て緊張した面持ちで口を開く。
「えぇと、こんばんわ。お城で侍女長をしています、月と申します。・・・その、皆様には後宮建設などでお世話になりました。お手紙もいただいて、『元気な姿を見せて欲しい』とのことでしたので、こうしてお邪魔させてもらっています」
少し強張っているみたいだが、言葉自体ははきはきとしている。
「お腹の子も順調に大きくなってきて、大体春には皆様に赤ちゃんの姿を見せられるかな、と思っています。・・・ええと、後三十分くらいで今年も終わりますけれど、来年も実りある素晴らしい年であるように、祈っております」
話の締めにぺこり、と頭を下げ、マイクを俺に返してくれる月。
「・・・良かったよ。流石は俺のマスター」
「・・・へぅ。緊張しました・・・」
短い言葉を交わして、マイクを受け取った俺は民衆に向き合う。
そろそろ武将達も集まった頃だ。皆にも壇上に上がってもらうとしよう。
「それでは、将たちも集まってくれたようだ。・・・皆、上がってきてくれ!」
俺の言葉を皮切りに、鈴々や季衣と言った元気っこ達が我先にとステージに現れる。
ぞろぞろと全員が出揃う。・・・お、卑弥呼に壱与、響たちもいる。
こちらに手を振ってきたり、ウィンクしたり。色んな反応をしてくれる。
「たーいーちょっ。えへへー、ベスポジげっとー」
「あ、副長さん。お久しぶりです」
「あ、月さん。お久しぶりですー。お腹、おっきくなりましたねぇ」
後ろから抱き着いてきた副長が、顔だけ月に向けてそう言った。
「・・・やっぱ、良いなー」
俺の背中に顔を埋めて何か言っているらしいが、流石にこの喧騒の中では聞こえない。
全く。人の背中に顔埋めてもごもごするのはやめなさい。くすぐったいから。
「さて、それじゃあ取り合えず魏呉蜀のそれぞれの国主から挨拶貰おうか。桃香、パス」
「ひゃっ、ちょ、投げな、わわっ、っとと・・・えへへー! 取ったよー!」
「・・・わー、えらいえらーい」
マイクを手にぴょんこぴょんこ跳ねる桃香の胸に視線を固定しつつ、一切感情の篭らない声で抑揚無く褒める。
華琳に肘打ちをされてようやく我に返った桃香が観客に向き直る。
「えへへ、ごめんね、皆。きちんと挨拶するよっ。あの、あのね、こうして皆で新しい一年を迎えられること、とっても嬉しく思います! ・・・まだまだ一杯言いたいことあるけど、それだと皆にまわらなくなっちゃうから、これくらいで!」
はい、華琳さん、と隣にマイクを渡す桃香。うんうん、きっちりと纏まった、良い挨拶だ。
「あの大戦が終わって、三国がそれぞれ協力して、こうして大きな行事を開けるまでになった。素直に素晴らしいと思うわ。これからも、様々な困難があるでしょうけど・・・皆ならば乗り越えられる。そう確信してるわ」
華琳がニッコリ笑ってトリよ、と蓮華にマイクを渡す。
一瞬あたふたとしたようだが、すぐに取り直したようだ。しっかりとマイクを両手で握り、前を向いて口を開いた。
「ええと・・・大体言いたいことは前の二人に言われちゃったし、私自身も話は得意じゃないから短く済ませるわね。この一年、良い年でした。次の一年も、良い年であるように祈ってるわ」
はい、と蓮華からマイクが返ってくる。
「というわけで、三国代表からの挨拶でした。・・・はい拍手」
ワッ、と一瞬で観客が沸く。拍手だけじゃない。歓声もすさまじい。
後ろの副長なんてひゃー、と気の抜けた声を上げながら耳を塞いでいる始末だし。
逆に鈴々たち元気な子達はこういうのにも慣れているのか、一緒にテンションが上がっているようだ。・・・観客席に飛び込まないよう、見張っておかないとな。
「・・・っと、そんなこんなで後十分か。じゃあ、スクリーンに時計表示だ」
裏方を担当してくれている甲賀に合図を送る。
ぱっとカウントダウン用の時計が出現する。
幾らデジタル方式の時計といえど、この時代の人間の過半は分からないだろうが、まぁ数字が減っていっているというのはわかるだろう。
声に出してカウントダウンするのなんて最後の十秒くらいだ。それが分かれば良いだろう。
それまでは他の武将達にも質問を投げたりして、最後の十秒に。
「よーし、後十秒! 九、八、七・・・」
「さーん! にー! いーち!」
新年、明けましておめでとうございます、と全員が頭を下げた。
みんなの声が、一つになった瞬間だった。
・・・
「・・・確か、あの人今日寝ないんですよね。つまんないの。・・・いいもんいいもん。こっちはこっちでお仕事するから。・・・次の人、どうぞー」「・・・お、お邪魔します」「早速だけど、座ってねー。お名前からどうぞ」「あ、はい。えっと、ジャンヌ・ダルクと申します」「そっか。『秩序・善』・・・うん、スキルも申し分なさそう」「あの、ご相談があると聞いているのですが・・・えっと」「あ、神様って呼んでくれていいよ」「・・・そ、そうですか」「うん。それで、呼んだ理由だけど・・・ある人のサーヴァントになってくれない?」「召喚されるってことですか? 聖杯戦争で?」「・・・多分、それ関係無しに呼ばれるかもねー」「え? え? ・・・聖杯戦争関係なく私を呼ぶような人がいるんですか?」「うん。この水晶に映ってる人なんだけど」「・・・何処かで見たような・・・」「・・・多分、生きてるうちに君に会いに来ると思うよ」「え? え? ば、化け物か何かなんですか?」「・・・否定できないのが辛いねぇ」
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