それでは、どうぞ。
翌日。午後からの訓練に、俺と愛紗、翠と蒲公英の四人が集まっていた。
眼下には数千人の兵士達。いつも思うが、この数を調練とか、前からじゃ考えられないよなぁ。
「それでは、蒲公英は翠と。私はギル殿と動く」
「えー? 愛紗ばっかりお兄様と一緒はずるいよーっ!」
「む・・・そう言われてもな・・・」
「それに、愛紗は昨日もギルと一緒にお仕事だったんでしょ? それだったらたんぽぽにも少しお兄様との時間をくれてもいいと思うなー」
蒲公英は、どんどん言葉を紡いで愛紗を言いくるめようとしている。・・・これは愛紗が不利かなー。
「翠、今日は一緒に組もうか」
「は? あたしと? ・・・そういやギルと一緒にってあんまねーかもな。おう、いいよ!」
なにやらそろそろ陥落しそうな愛紗を尻目に、俺は翠を連れて先に兵士達の所へと向かうのだった。
・・・
俺と翠が兵士達のところに到着した辺りで異変に気付いたのか、蒲公英たちに詰め寄られたが、まぁさっさと二人組みにならないほうが悪い、と言い返しておいた。
恐怖のワード、「はいそれじゃあ二人組み作ってー」に対抗するには、言われる前からさっさと二人組みを作っておくに限るのだ。今日は偶数だから余りっこないけど。
「ギル、よろしく頼むぜ!」
「おう、こちらこそ。・・・さーて、いきますか!」
訓練開始のドラが鳴る。今回の訓練はただ真正面からぶつかって混戦になったときの訓練なので、正直俺達将は必要ないレベルだろう。
だがまぁ、この機会に『戦いのときに将に巻き込まれない』ための訓練でもあるのだ。・・・俺も最初の頃、兵士を数十人単位で吹き飛ばす愛紗とか恋とか春蘭とかに良く巻き込まれそうになった。
大切なのは、戦っているときでも『何処に危ない将がいるのか』を見極めるのと、『何処が危ない将の攻撃範囲外なのか』を知ることだ。
兵士の皆には、今回の訓練を通してそれを見極めていただきたい。愛紗も翠も、要注意の将だ。・・・蒲公英? いやほら、蒲公英はバカ力とかじゃなくて、戦場でいつの間にか背後に立ってる系の怖さだから、今回は別だ。
ちなみに蒲公英系統の怖さの将は、明命とか思春とかである。鈴の音が聞こえたときにはもう戦闘不能である。
「ギルっ、そっちは蒲公英だ! あたしは愛紗をやる!」
「おう。そうしてくれると助かる!」
流石に自ら愛紗と戦うような無理はしたくないからな・・・。
いろんな意味で気の抜けない戦いになるので、訓練ついでに蒲公英の面倒を見てやれるのなら願ったりだ。
「ほらほらー! 俺の近くにいると吹っ飛ぶぞー! あぶねーぞー!」
エアを回転させながら振り回すと、面白いぐらいに兵士が避けていく。
それでも逃げ遅れる兵士達も出てくるが、その場合はちょっと吹っ飛んでもらう。
こうしてたまには吹っ飛んでおいて貰わないと、いざというとき受身を取れなくて大怪我するからな。
大怪我するなら、治療の準備が整っている今してもらった方が覚えるだろう。
「? なんだろ、兵士さんたちが避けてるような気が・・・この感じ、お兄様っ! ・・・なんちゃって」
「良く分かったな。蒲公英も気を読み取れたりとか出来るようになったのか?」
「・・・ふぇ? え、ホントにお兄様!? わ、乖離剣持ってる・・・だから兵士さんたち避けてたんだ!」
一瞬で逃げる体勢になる蒲公英に、高速で迫る。兵士を盾にして隠れようとしているが、その兵士を掻き分けて蒲公英に追いつく。
「ひゃわわっ、つ、次の兵士さん・・・って、いない!? た、たんぽぽたちの周りから離れてってるー!?」
「逃がさんぞ、蒲公英ぉ!」
「見逃してー!」
「俺に勝てたらな!」
「む、無理だよ無茶だよ無謀だよー! お兄様の鬼ー!」
おいおい、そんなに褒めても攻めの手は緩めないぞ?
まぁ、今回は本当にエアだけ振るってるし、ステータスも落としてるから戦いようによっては勝てる・・・かな?
いやまぁ、恋だけかもしれないけど。
「・・・蒲公英。俺は結構子供みたいでな」
「ふぇ? ・・・え、なに、何のお話?」
エアを回転させながら話しかけると、困惑しながら蒲公英も話しに耳を傾ける。
落ち着かせるために腕はだらんと下げている。そのためか、蒲公英も構えてはいるものの、立ち止まって姿勢を低くしているだけだ。
「・・・良く、こんな話を聞くだろう? ・・・『好きな女の子ほど、男の子はいじめたがる』、と!」
そう言って、一歩踏み出す。俺の戦闘中の一歩は、相手との彼我の距離を一瞬で詰める速度だ。
「ふ、あっ・・・!?」
がぁん、と蒲公英の構えた影閃にエアがたたきつけられる。
蒲公英の足元の地面にひびが入り、円形に凹む。
「い・・・ったぁ・・・!」
「おいおい、気を抜くなよ? 力も抜くんじゃない。手も抜いたら怪我するぞ?」
「あ・・・やっ・・・!」
振るった右手のエアが、蒲公英の影閃に何度も打ち付けられる。
後ずさりしながら武器を振るう蒲公英が、だんだんとよろけてくる。
「やっ、はぁっ・・・! ふわっ、わ、とと・・・す、好きな女の子って言われるのは・・・わわわっ、嬉しいけどっ! っとっと・・・」
「ほうら、上から来るぞ!」
「そう言って下から来るんでしょっ!」
俺のフェイントにも引っかからず、下からの攻撃を体を反らせて避ける蒲公英。
流石は蒲公英。こんな初歩の初歩じゃ気付かないか。
「今度は・・・こっちも攻めてくよっ!」
エアを避けると、蒲公英は軽いステップでこちらに飛び込んできた。
む、俺よりも長物の蒲公英が懐に飛び込んでくるとは・・・何か策があるのか・・・?
「や、は、とうっ!」
槍の一撃をエアで、拳、脚の連撃を左手で捌く。
防がれた槍を離して、さらに蒲公英は俺との距離を縮める。
完全に俺と密着しているレベルである。
「恋に教えてもらった徒手空拳っ。お兄様で試してみるよっ!」
「お、よっしゃこい」
小手調べとばかりに俺の顎にアッパーが飛んでくる。
軽く顎を引いて拳を避けると、その腕を掴もうと手を伸ばす。
しかしそれを読んでいたのか、俺の伸ばした手を掴んでぐるりと背中を向ける。
・・・これは、まさか・・・!
「背負い、な・・・うにゅー・・・!」
「お、もうちょっとだなー」
「・・・お兄様、背、高すぎ!」
俺の手をぐいーと引っ張るが、残念ながらちょっと身長が足りないようだ。
多分霞から恋へ伝わって蒲公英へといったのだろうが・・・。
「ほら、残念ながら蒲公英は掴まってしまった」
「ふみゅ・・・。た、蒲公英にいやらしいことする気でしょ! 薄い本みたいに! 薄い本みたいに!」
「・・・朱里か? 雛里か? ・・・まぁ、その辺は後で本人に確認するとして・・・残念ながら蒲公英は七乃の調練へとレッツゴー」
「ひにゃー・・・」
観念したのかふにゃっと力を抜いた蒲公英をつれて、兵士達の中へと飛び込む。
さぁ、吹っ飛べ兵士達! 受身をきちんと取れよ!
・・・
「・・・おお」
現在地は街の近くにある山である。
秋も深まり、『十月最後の日』も過ぎてはや一週間ほどが経とうとしている。
そろそろいい時期だろうと、将たちを連れて、雪蓮から頼まれていた『紅葉狩り』に来ている。
以前紅葉狩りに丁度良い広場を山の中に見つけており、そこにシート代わりに大きな布を敷いて、座る場所としている。
置いてあるのは酒、酒、酒・・・。後宮を建てるために店をちょっと休むと言う酒屋を巡って買い占めてきた。・・・これ、一日で飲めるのか?
俺の不安を他所に、雪蓮は早速酒豪たちと固まって酒を飲み始めていた。
紫苑に桔梗に祭に星・・・話題は最近体験したという俺との情事についてだった。・・・そういえば、あの中で雪蓮だけが仲間はずれだったんだな。
その話が聞こえたのか、冥琳がこちらを見てメガネをキラリと光らせている。「・・・これでまた一人」と言う声が聞こえたような気がした。
「あ、お兄さーん!」
「お、桃香」
蜀、魏、呉で大体シートを分けているので、桃香の周りには蜀の面々が集まっているのが見える。
・・・え? さっきの星達? あの辺りは『のん兵衛』ゾーンとして皆が皆暗黙のうちに避けているだけだ。
一応場所としては呉のシートなのだが、あの近くにはほとんど人が居ない。
「どうだ、楽しんでるか?」
「うんっ。えへへ、月ちゃんは任せて! 桔梗さんたちから守って見せるよ!」
「・・・頼りないなぁ」
「凄く辛辣だよ!?」
月を膝の上に乗せてのん兵衛たちから守っている(らしい)桃香に、うぅむ、と疑惑の視線を向ける。
必死に桃香は自分がどれだけ頼りになるかを説明しているが・・・自分で説明している時点で、ちょっと頼れないと思う。
「蒲公英、恋。・・・お前達二人が最後の砦だ! 頼んだぞ!」
「おっけー! 頑張って守るよー」
「・・・ん。月も、月の赤ちゃんも、守る」
桃香の両脇を固めている二人に月を頼む。
・・・え? 詠はどうしたって?
それはその・・・ほら、あっち。
「んむぅっ!? ちょ、華雄、あんた何酔って・・・! し、霞! こいつを止めて・・・ばっ、ちが、何でボクを押さえて・・・ねねっ、ねね、助け・・・ああっ、すでにやられてる!?」
泥酔した華雄と霞に飲まされている。・・・詠、董卓軍の中では弄られキャラだったのか。
流石に見かねたので、大の字でシートの上に倒れているねねと、霞に押さえつけられている詠を救出する。
助け出すのが遅かったのか、詠の顔はかなり朱に染まっているが・・・恋の所においておけば元気になるだろう。
「・・・助かったわ」
「あー・・・うー・・・ぎーるーがー・・・二人、なのですー・・・?」
詠からはお礼の言葉を。ねねからは・・・ちょっと不安になる一言を聞かされる。
その二人を恋に預ける。彼女なら大体の将の襲撃を返り討ちにしてくれるだろう。
「あれ? そういえば愛紗と鈴々は? 桃香の近くにいると思ったんだけど・・・」
「・・・お酒を飲んではしゃいじゃって・・・向こうで打ち合ってるよ?」
桃香が煤けた目をしてそう呟く。
ああ、そっか・・・向こうで聞こえる金属音は幻聴とかじゃないんだな・・・。
相当激しそうな上に確実に二人以上が戦ってるみたいなんだけど・・・愛紗と鈴々以外に誰がいるんだろうか。
「侍女さんたちは今お料理持ってくるからもう少し掛かるんじゃないかな?」
「そっか。・・・じゃあ、それまで魏と呉のほうにも行って来るよ」
「うん。・・・気をつけてね」
「へぅ・・・えと、お気をつけください・・・」
なんだか、月だけでなく桃香にもそういわれると・・・死地に趣くような気分になる。
・・・
魏のシートに向かう途中。見慣れた赤髪の女性に呼び止められた。
・・・えーと。
「・・・考えてること分かるから先に言っておくけど・・・私だ。白蓮だぞ」
「おおっ!」
「何だその「ああ、そういえば!」って反応! やっぱりか! やっぱり忘れられてたのか!?」
うがー、と俺に噛み付いてくるように迫るのは「普通」の名を恣にしている蜀の器用貧乏こと白蓮である。
彼女の真名じゃないほうの名前をさん付けするとややこしいともっぱらの噂である。
「・・・いや、流石に冗談だぞ? 白蓮のことくらい覚えてるからな?」
「ほ、本当か・・・?」
「もちろん。毎回会うたびにこんなやり取りしてるだろ。きちんと覚えてるって」
「うぅ・・・ギルって本当に優しいよな・・・」
相当不当な扱いを受けているのか、酒が入っているからか、白蓮は少し涙目だ。
よしよしと慰めていると、背後から高笑いが。
・・・ああ、やっぱりか。『白蓮をパーティメンバーに入れていると袁家とのエンカウント率が上がる』と言うのはガセでは無かったようだ。
全力でガセであって欲しかったのだが・・・まぁ、出会ってしまったものは仕方ない。黒月とか黒愛紗とかと一緒だ。一度遭遇してしまうと、逃げられない。
「あーらっ。そこにいるのは白蓮さんとギルさんじゃありませんの?」
「・・・あーあ、ご愁傷様」
「もう、文ちゃん? ・・・確かにご愁傷様だけど・・・!」
麗羽が俺達を見て何時も通り尊大な態度で話しかけてくる。
その背後では猪々子と斗詩がぼそぼそとこちらを気遣うような事を呟いていた。
「こんなところで突っ立ってるなんて・・・二人とも、お友達がおりませんの?」
「ぐっ・・・麗羽に言われると腹立つわぁ・・・!」
「ああっ、ぎ、ギルさん落ち着いてくださいっ。麗羽さまの発言はいつもの事じゃないですか!」
ぎり、と握った拳を、斗詩が俺を説得しながら優しく解いてくる。
そのお陰か、少し落ち着くことができた。・・・やっぱり麗羽は苦手だなぁ。なんというか、人のイラつくポイントを狙い撃ちしてくる才能を持っている。
しかもそれが天然だって言うのが麗羽を憎みきれない原因だ。これで狙ってやってるんだったらやり様はあったんだが・・・。
「丁度良いですわ! 貴方がたもわたくしの場所へ招待いたしますわ!」
「嫌な予感しかしない・・・斗詩、袁家って何処で飲んでた?」
「・・・色んなところです。まず蜀のところにいたんですけど麗羽さまが「わたくしを呼んでいる声が聞こえますわ!」と言い始めて・・・」
「ああ、なるほど。・・・で、魏に行ったんだな?」
「お、アニキは流石だなー。そうそう。麗羽さまは知り合いのいる魏のところに言ったんだよ。・・・ま、予想通り曹操と喧嘩になっちゃってさー」
「だろうなぁ」
容易に想像できるぞ。言い争いになる華琳と麗羽・・・春蘭とかに攻撃される前に猪々子と斗詩の二人が麗羽を引っ張って逃げたのだろう。
「それで、美羽さまに会いに次は呉のところに行ったんですけど・・・」
「・・・呉なんて袁家の近づくところじゃないだろ」
「ですよねぇ。・・・美羽さまだったらまだ可愛がられてますけど・・・麗羽さまは、あれですから・・・」
「だよな・・・」
これまた容易に想像できる。一瞬で呉のシートのヘイト値をマックスにする麗羽・・・鈴の音を聞く前に、猪々子と斗詩の二人が麗羽を引っ張って逃げたのだろう。
・・・と言うことは、今は何処にもいれなくて逃走中ってことか。
「・・・蜀に戻れば? 今なら白蓮もつけるぞ」
「抱き合わせ!?」
「・・・いいですか? 白蓮さんがいて下さればいけに・・・いえ、被害が抑えられるかと」
「生贄って言おうとしたー!」
よしよし、と慰めながら、白蓮を斗詩に預ける。
・・・ごめんなー。後で何かしらフォローはするよ。・・・覚えてれば。
諦めたように麗羽について行く白蓮を見送りながら、俺は魏のシートへと向かった。
・・・
「一刀、飲んでるか?」
「おー、ギルか。蜀のほうにはもう行ったか?」
「もちろん」
「あ、そっか。料理が来るまで暇なんだな?」
俺の心理を読んだのか、一刀がにやりと笑いながら杯を掲げる。
その後ぽんぽんと隣のシートを叩く。ここに座れと言うジェスチャーのようだ。
よいしょ、と一刀の隣に腰を下ろす。すぐに流流が近づいてきて、杯を手渡してくれる。
「どうぞ、にーさま」
「お、ありがと」
俺の隣に立ち膝で寄り添い酌をしてくれる流流。
頬を少し赤くしているのは、酔っているからか、照れているからなのか・・・。
「・・・えへへ。あ、ちょっとしたお菓子を作ってきたんです。どうぞ」
そう言って、流流は包みを取り出す。
中から出てきたのは、クッキーのようだ。
「以前教えていただいた作り方を更に詳しく分析してみたんです。・・・その、以前教えていただいたものだと分量が不明瞭なところがありましたので」
「だよなぁ・・・。朱里たちも作るときに困ってたみたいだけどさ・・・一刀と一緒にパイのレシピを作ったときも大変だったもんなぁ」
「はは、パイもクッキーも、作ったことなんて無かったからなぁ。一応材料については記憶してたけど・・・なぁ?」
隣の一刀が、苦笑いを浮かべながら話に入ってくる。
そうだよなぁ。お菓子は食べても作らないほうだったからなぁ。
「でも、朱里達もそうだったけど・・・流流も凄いな。材料とか完成品の概要を見て分量とか考えたんだろ?」
・・・凄いよなぁ。俺には真似できない。宝物庫の中の自動人形に丸投げなら出来るけど。
思えば・・・自動人形に聞けばレシピ詳しく分かったんじゃないだろうか。
「光栄に思いなさいよ? 流流ったら、私や季衣よりも、ギルに先に食べさせるからって味見もさせてくれなかったんだから」
一刀の隣、俺とは反対側に座って紅葉を鑑賞していた華琳も話しに参加してくる。
華琳の言葉に、流流は今度こそ顔を真っ赤にしてあたふたとし始める。
「あっ、あのっ、えっとっ、ち、ちが、くはないんですけど・・・!」
「あら、流流のこんな可愛い顔は初めて見たわ。ふふ、ギルも花を開かせるのが上手いのね」
華琳が色っぽい表情を浮かべる。・・・やらんぞ?
「そうそう、言い忘れてたけど・・・美味しいよ、流流」
「あっ・・・は、はいっ! お口にあってよかったです!」
照れながらも俺にくっ付いてくる流流。・・・潤んだ瞳で見上げられているのだが、これは何かを要求されているのだろうか・・・?
助けを求め、話を逸らすように華琳たちに話しかける。
「そ、そういえば季衣は? こういうとき真っ先に流流にクッキーねだってそうなもんだけど」
後春蘭と秋蘭もいないな。どうしたんだろ。こういうとき華琳のそばにいる一刀をぶっ飛ばしたりしてるんだけど。
「ああ、春蘭と季衣なら向こうで愛紗たちと打ち合ってるわよ。はしゃぎすぎたらしくてね」
・・・そうか、魏はその二人か。
「で、秋蘭はもし何かあったときの保護者よ。必要でしょう?」
「確かにそうだが・・・って、あれ。そういえば桂花は?」
「・・・いないわね。何処に行ったのかしら」
「? 先ほどまで華琳様のお隣に見えてた気がするのですが」
「ああ、それは間違いないぞ。反対側にいる俺に罵声浴びせてたからな」
きょろきょろと辺りを見回す俺達。どうやら俺が来るまでは普通にいたらしい。
・・・迷子か?
「探してくるよ・・・あ、いや、やっぱり大丈夫みたいだ」
立ち上がりかけて、やっぱりもう一度座りなおす。
風と凛のところに避難してこちらを覗く桂花が見えたからだ。
顔を赤くして「黙ってろ」と言うジェスチャーをしているから、きっと放っておいて欲しいんだろう。
風がいつものように眠そうな瞳で桂花の頭を撫でていて、凜は「どうしたんだろうこの人」と言う瞳で桂花を見下ろしている。
「・・・そろそろ呉のほうにも行って来るよ」
「あ・・・う・・・行っちゃうんですね」
うおお、何だこの罪悪感!
立ち上がった俺の手をゆるく掴む流流に、俺の心が「・・・終わるまでここにいようかな」と言う選択肢をぐいぐい押してくる。
「・・・後で、二人っきりでな?」
「ふぁ・・・」
何とか理性を総動員して、流流の頭を撫でて落ち着かせる。
耳元でこっそりと囁くと、流流は少し蕩けた顔をする。
さて、次は・・・一番行きたくない、のんべ・・・呉のシートに行くかな。
・・・
予想通りというかなんというか・・・シートの間を移動しているときに絡まれる。
絡まれると言うとなんだか嫌な表現だが、まぁただ話しかけられただけだ。
「あっ、ギル様っ」
「ん? ・・・お、明命。思春もか。どうだ? 楽しんでるか?」
「はいっ。蜀のお猫様たちもいらっしゃっているので、とても楽しいです!」
若干興奮気味の明命とは対照的に、思春は何時も通りの落ち着いた顔をしている。
・・・若干顔が赤く見えるのは、酒を少しは飲んでいるからだろうか。
「・・・思春が蓮華の近くにいないって珍しいな。どうしたんだ?」
「別に。どうもしてはいない。・・・ただ、蓮華さまより『私は姉様やシャオの様子を見ないといけないから、あなたは一人で色々回って見なさい?』と言われただけだ」
「ああ・・・多分、雪蓮たちに巻き込まれないように配慮してくれたんだな」
今呉のシートは桔梗たちのん兵衛に占領されているのだろう。それに巻き込まれないよう、先に明命や思春を避難させたのだろう。
根が真面目な二人は、一応目上の雪蓮たちに酒を勧められると断れないだろう。
それで潰れてしまうのは流石に可哀想だと蓮華が気を使ったのだと思う。
「・・・多分な。蓮華さまをお一人で残すと言うのは気が進まぬが・・・あれだけ強く言われてはな」
「それが一番いいと思うね。・・・俺でも、酔い潰れるときあるからな、あの人たちと飲むと・・・」
「貴様がそれほどまでに追い込まれるとは・・・相当恐ろしいな」
思春が少しだけ俺を気遣うような視線を送ってくる。
・・・意外と優しい子だよな、思春って。前も俺が落ち込んでるときに励まそうとしてくれたこともあったし。
「あ、そうそう、ギル様は今お一人ですか? 良ければ、私と思春殿と一緒に御酒を飲みましょう!」
「お、いいね。是非。明命とも思春とも、一緒に飲んだこと無いからな。・・・じゃ、ちょっと呉の近くからは離れようか。・・・のん兵衛たちに見つかったら逃げられなさそうだし」
そう言って、俺達は呉のシートから少し離れ、木陰に陣取ることにした。
小さなシートくらいなら俺の宝物庫を探さずとも有るので、それを敷く。
「ほら、どうぞ」
「ありがとうございますっ。ほらほら、思春殿も!」
「・・・邪魔するぞ」
三人座ってもまだ一人二人くらいなら座れそうなシートの上で、侍女に頼んで酒やつまみを少量持ってきてもらう。
「そういえば、紅葉狩りは紅葉を見て楽しむんでしたよね。春のお花見のようなものですか?」
「そうそう。ま、発案は雪蓮だから、堂々と酒を飲みたいって言うのが主目的だと思うけどな」
「でしょうね。・・・でも、ギル様と一緒にお酒を飲めるのは嬉しいです!」
「はは。そう言ってくれると嬉しいよ。・・・俺も、明命や思春と仲良くなれるのは嬉しいよ」
犬のように身を寄せてくる明命を撫で回す。
わふー、と何処かで聞いたことのある声を上げる明命を見て、思春がふ、と笑う。
「・・・明命も、最初は硬かったものだが・・・柔らかくなったものだ」
感慨深そうに呟いて杯を傾ける思春。・・・俺からすれば、思春も十分柔らかくなったと思うけど。
「思春も、最近良く笑うようになったと思うよ。良い事だ。可愛いしね」
「ごふっ・・・!? ・・・き、貴様は、そうやって・・・!」
「おいおい、大丈夫か? 明命、手ぬぐい取ってくれ」
「はいっ、ギル様、どうぞっ!」
「ありがと。ほらほら、思春、口拭けって」
「む、ぐ・・・じ、自分で出来るっ!」
そう言って、思春は俺の手から手ぬぐいを奪う。
ぐいぐいと乱暴に自分の口を拭うと、そのまま顔を背けてしまう。
「思春、恥ずかしかったんだな」
「ですね。思春殿は、意外と照れ屋さんですから」
ぼそぼそと二人で小声で囁きあっていると、呉のシートからフラフラと一人逃げ出すように飛び出してきた。
「あ、亞莎だ。おーいっ、亞莎ー!」
「ふぇ? ・・・あ、明命っ!」
とたとたとこちらのシートにやってくる亞莎。
うむ、今日も視線に困る服を着てるな、彼女は。
「どうしたの? 随分疲れてるみたいだけど」
「・・・祭様に捕まってたの。うぅ、ようやく抜けてこれた・・・あ、ぎ、ギル様もいらっしゃるんですね」
「やっほー。良かったらここで少しゆっくりしていかないか?」
ありがとうございます、とお礼を言いながらこちらのシートに座る亞莎。
・・・ち、袖が邪魔で見えないか。・・・え? あ、いやいや、こっちの話。
「・・・というか、明命? その・・・なんでギル様のお膝の上で寝てるの・・・?」
「ふぇ? ・・・あ、えーっと・・・ほ、ほら、お猫様の気持ちになるために・・・?」
亞莎の疑問に、明命は俺の膝の上で丸まりながら答える。
二人とも首をかしげているのが面白い。
「亞莎も来るか? 今なら大サービスだぞ」
「ふぇっ!? い、いえっ! そんな、ギル様のお膝なんてうらやま・・・じゃない、恐れ多い!」
「・・・良い気持ちなのに」
「・・・あぅ」
「今だけなのになー」
「・・・あぅぅ・・・」
少しずつ心が揺れているのか、亞莎がフラフラとこちらにやってくる。
「明命、少し譲ってやってくれ」
「はい。ほら、亞莎」
「ふぁい・・・」
ぽてん、と俺の膝に頭を乗せる亞莎。
・・・やっぱりか。祭に捕まってたって言ってたからもしやと思ったが・・・。
「随分飲まされちゃったみたいですね」
「だな。顔も赤かったし。相当祭にやられたな」
「・・・気分は大丈夫そうか?」
「ああ。少し休ませれば問題ないだろ」
ぼそり、と呟くように亞莎を気遣う発言をしたのは、先ほど恥ずかしさから顔を背けた思春である。
・・・やっぱり、優しくなったよな。なんというか、冷たさみたいなのが和らいだような。
「・・・亞莎が起きたら、少し水をあげてくれよ」
「はいっ」
「・・・さて、それじゃ俺は亞莎みたいな犠牲が出ないように祭たちのところに行くかな」
しばらく亞莎を撫でて落ち着かせてから風邪を引かないように一応ブランケットを掛け、俺は呉のシートへと向かった。
・・・
「おう、ギルではないか! ささ、こちらへ来い! 特別にワシが酌をしてやろう!」
祭に見つかった瞬間、腕を引かれてのん兵衛ゾーンに引き込まれた。
な、なんという力・・・! 祭と一緒に桔梗もニヤニヤして引っ張ってるし・・・!
こうなったら、最後の良心、紫苑に期待するしか・・・。
「あらあら、ギルさんがいらっしゃったの? 私のお膝にどうぞ?」
酒に酔っているのか、頬を赤らめながら自分の膝をぽんぽんと叩く紫苑。
・・・最後の良心が駄目になっていた!? と言うか率先して俺を引っ張ってるんだけど・・・!
そのまま俺は紫苑に引き込まれ、所謂あすなろ抱きで固定されてしまった。・・・あれ、これって立場逆じゃ・・・。
「はーい、ぎゅー」
「ぬおお、紫苑がはしゃいでいる・・・!? 嬉しいけど、嬉しいけど桔梗たちがいる時点で無事に帰れる気がしない・・・!」
脚を崩して座っている紫苑に後ろから抱き締められながら、俺は黙って桔梗たちが迫ってくるのを見ているしかなかった。
「以前はギルに随分と虐められたからのぅ。今度は、ワシ達の番じゃと思わんか?」
「ギル殿に押し倒され押さえつけられるのもまた興奮いたしますが・・・逆もまた、興奮するとは思いませんかな?」
桔梗と星が押さえられている俺を前にニヤニヤと笑う。・・・くそ、俺が紫苑を無理矢理振り払えないからってお前ら・・・!
「お? ・・・ほう、策殿。ギルに迫るならば今が良いのではないか?」
「あら? 本当ね。・・・ギールー?」
「うおお、てめ、この、反撃出来ないからっておま」
ここで無理に紫苑を振り払えば、ちょっとフラフラしている紫苑は倒れてしまうだろう。
酔っている紫苑はもしかしたらそのまま頭を打ってしまうかもしれない。・・・だから振り払えないのだが、この四人はそれをいい事にじりじりと距離を詰めてくる。
「こっ、こらーっ!」
「っ、何奴!」
「何奴でもいいです! そこの酔いどれ痴女達! 隊長を酔わせてどうするつもりですか! ええ、ええ、言わずとも分かっております! エッチなことするつもりでしょう! 薄い本みたいに! 薄い本みた・・・あいたぁっ!?」
副長がやってきて俺にべったりくっ付いて来る。・・・守ってくれて・・・るのか・・・?
だが星にデコピンをされて涙目になっているあたり、ちょっと頼りない。
「おっと、良く分かりませぬが、なにやら面白そうでしたので」
「・・・うぅ、なにやら面白そう、でデコピンされた私って・・・」
「んもぅ、邪魔しないでよぅ。折角ギルを皆で・・・あ、副長も一緒に混ざる?」
「えっ? 良いんですか? ・・・多人数プレイ・・・ごくり・・・」
あ、この、副長っ。お前まで敵に回ってどうする!
「はれー? 皆様何をなさってるんですかー?」
「・・・最悪だ。考えうる限り最悪の人物が最悪の状態でやってきたぞ・・・!」
ふわふわっとした口調でやってきたのは、三国一の胸部兵器を持つ、穏である。
本を読むと極度の興奮状態になるという彼女だが・・・酒を飲んで若干呂律が回っていないようだ。
ちょっと服も肌蹴てるみたいだし・・・本だけじゃなくて酔っても若干エロくなってしまうみたいだな。・・・まぁ、本を読んだときは問答無用で襲ってくるからこっちのほうがまだマシだけど。
「ギールーさーんっ!」
「うわっ、ちょっと、圧し掛からないでくださいっ、わー、わーっ、脂肪の塊が重いっ!? 重いし憎いっ!」
紫苑の膝の上に俺の上半身が乗るように抱き締められていて、その上に覆いかぶさるように副長が抱きついている。
更にその上から穏が圧し掛かってきている。・・・紫苑の足、大丈夫か・・・?
「あらあら~。ギルさん、たくさん甘えてくださいねー」
・・・流石は蜀のお母さん。俺を撫でる手が手馴れすぎてて怖いほどだ。
この重量が足に圧し掛かっているのに柔らかい笑顔を崩さないとは・・・む?
「おいこら! 見えないけど誰だ俺の下半身触ってるの・・・! 五本以上の腕が触ってるの分かるぞ!?」
しかもそれぞれ違う感触するし・・・さっきの四人全員触ってるな・・・?
っていうか、副長が顔を俯かせてもじもじしてるんだが・・・こいつ、隠れてるからって何やってやがる・・・。
「た、隊長? その、急なお願いなんですけど・・・右手、貸していただけませんか・・・?」
「絶対に拒否する! そういうのは部屋でやりなさい!」
「ふぇっ!? あ、ば、バレて・・・あ、いや、何でも、ひにゃあああー!」
うがーっ、と穏を跳ね除けながら立ち上がり、雪蓮たちにダイブする副長。
「わ、ちょ、何やってんの副長っ!」
雪蓮が抗議の声を上げるが、そんなのお構いなしとばかりに副長はばたばたと暴れる。
・・・どうやら、俺を逃がす為に騒いでくれているようだ。
でも紫苑がな、と思っていると、ぼそりと囁きかけられる。
「ギルさん、後はこちらで何とかしておきますので、今のうちに」
「紫苑・・・酔ってなかったのか」
「うふふ。こういうときにこっそりと助けるのが、妻の務めですわ」
口元に人差し指をあて、「しーっ」というジェスチャーをする紫苑。
・・・なんという強かさ。俺を抱き寄せて独占することで、他の四人に絡まれるのを最大限防いでくれていたのか。
「・・・すまん、それじゃ頼むよ」
・・・あれ? 妻?
・・・
再び蜀のシートに戻ってきた。
少し人が増えている。響たち侍女組が料理をそれぞれのシートに配っているらしい。
蜀のシートには響たちメインメンバーが。他のシートにも、侍女たちが回っているらしい。
「あ、ギルさーんっ。おつまみ持ってきたよー!」
「おう、ありがとな、響。・・・皆で作ったのか?」
「うんっ。あのね、孔雀ちゃんが凄い器用なんだよ! 魔術で孔雀の尾羽を作って、それでお料理するんだから!」
マジか。孔雀、料理できたんだな・・・。
そんな視線に気付いたのか、孔雀がニヒルな笑いを浮かべる。
「ボクだってね、花嫁修業をしてないわけではないんだよ?」
「そっかそっか。それなら、将来も安泰だな」
「うあ・・・しょ、将来って、や、やっぱり、その・・・お母さんになるとか、だよね・・・。後で紫苑に話し聞いておこうっと」
こちらから目を逸らしてぼそぼそっと呟く孔雀。周りの喧騒に掻き消されているが、顔を赤くしているからきっとなんか恥ずかしいことを呟いているんだろう。
孔雀はホント、乙女なところがあるからな。
「ほらほら、ギルさん、あーんっ」
「お、おー。あーん」
響から差し出された箸には、鶏肉らしきものが見える。
口に入れると、爽やかな酸味が広がる。・・・むむ、これは柚か何かか?
「へへー。これはね、私が新しく作ってみたんだ。華琳さんのお墨付きだよ!」
流石響。華琳とも仲良くなって真名交換するほどになってたのか。
というか、華琳に食べさせて美味しいとまで言わせるとは・・・。
「・・・『惜しい』と『美味しい』を聞き間違えたとかじゃないよな?」
「違うよ!? 何でそんなに私への料理への信頼度低いのかな!?」
いや、ほら、料理できる子より料理できない子のほうが多いだろ・・・。
だから必然的に警戒心が強くなると言うか。・・・まぁ、愛紗の料理を食べた後だとどんな失敗作でも食べられるようになるけどな。
「はは、冗談冗談。響の料理は以前弁当も食べてるからな。信用してるよ」
そう言って響の頭を撫でると、機嫌が直ったようだ。
ニコニコしながら、次の料理を箸で掴む。
だが、その前に孔雀がはい、と俺の前に箸を差し出す。
「これはボクが作ったんだ。自信作だよ? 大丈夫、毒見も味見もしてるから」
ね、ほら、あーん、と笑顔で迫る孔雀。
断る理由も無いので、そのまま口を開けて料理を迎える。
「む・・・これは・・・魚か?」
「うん。まぁ簡単に調理しただけだけどね。少し辛くしてあるんだ。外にいるから、こういうので体を温めるのもいいだろう?」
「なるほど・・・むぐむぐ・・・うん、美味い美味い」
「ギル、わらわも作ったわ。口をあけなさい。押し込んであげる」
孔雀の料理を味わっていると、メイド服の卑弥呼がスプーンの上にリゾットのようなものを乗せて迫る。
・・・押し込む? 食べさせる、とかじゃなくて・・・?
「あーっ、ず、ずるい! ずるいですよ卑弥呼様! ギル様に食べさせるときは二人一緒にと言ったはずです!」
「はんっ。知らないわよ、そんな約束。聞いてないわ」
「くぅ・・・アレだけ書類に起こしましょうと言ったのに強行突破したのはそのためですか・・・!」
「わらわの方が一枚上手ということね。・・・ほら、ギル? 口を開きなさいな。・・・口移しのほうがいいかしら?」
そう言って小首を傾げる卑弥呼。
後ろでうーうー言っている壱与もスプーンを持ってうろちょろしている。
「・・・壱与、あーん」
「あ・・・は、はいっ! どうぞっ!」
卑弥呼を押しのけて壱与が俺の前に正座で滑り込んでくる。
そのまま俺の前にスプーンを差し出してくるので、それを咥える。
うむ、美味しい美味しい。リゾットというよりおじやだな。卵とネギの味が心なしか風邪に効きそうな味だ。
「あーっ、ちょ、ばっ、何で壱与を優先したのよっ。わらわが先に差し出してたでしょ!?」
「・・・あんまり壱与に意地悪ばかりもどうかと思うぞ。・・・ほらほら、壱与、ビックリするくらい贔屓してやろう。膝の上においで」
「是非っ!」
ぽふ、と軽い音を立てて俺の膝の上に乗る壱与。
卑弥呼はあまりの悔しさにかスプーンを自分で咥えてこちらを睨んでいる。
・・・俺というよりは壱与を睨んでいるような気がするけど。
「はぁぁ・・・。ギル様のお膝に乗って、卑弥呼様に睨まれるなんて・・・壱与は、本当に幸せです。・・・えへへ」
そう言ってトリップし始める壱与。
膝の上に壱与を乗せていると、不機嫌そうな卑弥呼が隣に座る。
「・・・」
むすっとした顔をした卑弥呼は、無言でただ座っているだけだ。
・・・後でこっちもフォローしておかないとなー。
「ギルさんっ」
「お、月。・・・あれ? 桃香は?」
「・・・先ほど華琳さんと蓮華さんに連れて行かれました。『王同士、こういう場でこそ語ることがあるでしょう』って言ってましたけど・・・」
月の少し引き気味の説明に、涙目で二人に連行されていく桃香の姿をはっきりと想像した。
おそらく少しも間違っていないだろう。
「すまんな。膝の上も両隣も背中も埋まっちゃって・・・」
「あはは・・・いえ、私は別に・・・。ギルさんとこうして目を合わせてお酒を飲むのも、新鮮で心地よいですよ」
・・・なんて出来た子なんだ。あ、でも妊娠中のお酒は駄目だぞー。
こっちのジュースにしておきなさい。大丈夫。宝物庫にあった桃を材料にしているらしくて、この大陸原産っぽいから。
「あ・・・そうですね。私お酒に弱いから・・・へぅ、きちんとお腹の子のことも考えないといけませんね」
少量なら問題ない・・・のかもしれないが、月は基本的に酒に弱い。
だからちょっと飲んでしまうとそのまま酔って自重できないかもしれない。
可能性は潰しておくに限る。基本的に飲酒喫煙は禁止だ。・・・まぁ、酒は余り飲まないしタバコについてはまず存在しないからなぁ。
「・・・ギル。恋、ちゃんと守ってた」
「おお、そうだったな。偉い偉い。蒲公英もな」
小動物のように頭を差し出してくる二人を撫でてあげる。
・・・周りを見回してみると、それぞれのシートがだんだんと酔っ払いに侵略されていっているようだ。
そろそろ、お開きにするべきか。随分と長い時間飲んでいたし、もう日も暮れてきている。
「よし・・・恋、取り合えず酔い潰れて寝ちゃったのから運ぶぞ。酔ってない武将とかがいたら、協力を要請しよう」
「ん。・・・あっちで呼んで来る」
「あっち? ・・・ああ、愛紗たちか。そうだな、頼むよ」
こうして、秋の紅葉狩りは賑やかに終わった。
・・・
「お、凄いな。ストーリーモードとかあるのか」「はい。まぁ、主人公は貴方なので、マスターを誰にするかで色々分岐するようになってます」「へー。月とか孔雀とか甲賀とか、聖杯戦争のマスターはいるんだな。・・・お、詠とかもあるんだ」「はい。・・・でもこの、エクストラマスターを全員出すのが難しいんですよ」「何々? ・・・『ピンクブロンドのくぎゅー』、『月に閉じ込められた女ザビエル』、『ブルマの似合う合法ロリ』『亡者の国のお姫様』? ・・・なんだこりゃ」「私にも良く分からないんですよね。これの製作段階で何人かの同僚に協力を依頼したので、その同僚達が管理している世界の人物かもしれません」「・・・ふぅん。俺がこの中の何処かに行くこともあるかもしれないってことだな」「ええ。そうかもしれませんね」
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