真・恋姫†無双 ご都合主義で萌将伝!   作:AUOジョンソン

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「それにしても、ようやくライダーの努力が報われる日が来たんだな」「だな。キノコ狩りに始まり、衣装のデザイン、材料集めも手伝わされたしな」「ああ。・・・ま、個人的に楽しみだし、俺もお菓子大量に仕入れたけど。宝物庫の中、今すっごい甘いにおいするぞ」「・・・知りたくなかったなぁ、神秘の蔵のそんな真実」「さっきちらっと見たけど、宝物庫の中で自動人形たちが駄菓子屋を開いていた」「そんなのもあるのか!?」


それでは、どうぞ。


第五十話 十月最後の日に

「そんなにまじまじと見られると、恥ずかしいですね~」

 

俺の腹の上で寝そべる風は、わざとらしく口から「ぽっ」とか言ったりしている。

身動きされるたびに風の肌が直接触れるので、とても不味い状況だ。

寝起きだから、という理由以上の血液が余計な場所に集まってしまっている。

朝っぱらからというのは非常に不健全だな、と思いつつも風に手を伸ばすと、どたどたどたと大きな足音が近づいてきた。

 

「ギル! 貴様昨夜からがたがたぎしぎしと! やかましいぞ!」

 

「かゆ!?」

 

「うま~?」

 

ばったーん、と扉を開ける・・・というより吹き飛ばした華雄は、ずんずんと俺のもとまで来ると、ごつんと拳骨を落としてきた。

痛くない、痛くないが・・・よくもまぁ、この状況で平静を保っていられるな、華雄。

 

「・・・ん?」

 

「おはようございます~」

 

あ、一糸纏わぬ姿の風に視線がいった。

 

「・・・む?」

 

「・・・おはよう」

 

こっちに視線が戻ってきた。

・・・って、もしかしてどんな状況だったのか気付いてなかったのか、この娘。

さすが三国一二を争う猪突猛進娘だ。

 

「なっ、ななななななな・・・!」

 

頭の中で結論が出たのか、真っ赤になる華雄。

なるほど、茹でダコ、というのはこういうことを言うのか。

 

「なんというものを見せるんだ!」

 

再び拳骨。

痛くは無いが、そろそろやり返しても良いはず。

 

「・・・取り合えず、服を着るから外へ出てくれ」

 

「し、仕方ないな・・・!」

 

顔を真っ赤にしたまま、ずんずんと外へ出る華雄。

 

「・・・はぁ。取り合えず、服を着るぞ風」

 

「はいですよ~」

 

・・・

 

「・・・で、その、何だ」

 

「はっきりしたらどうだ。しおらしい華雄とか、正直怖い」

 

「う、うううううるさい! き、貴様たちは、その・・・そういう、仲なのか!?」

 

「そうですね~。昨夜から、ですけど~」

 

仮拠点で朝食を取っていると、華雄から話を切り出される。

真っ赤になる小動物系華雄さんは可愛いです。

かといって拳骨を落とされたことと金剛爆斧を振り回されたことを許したわけではないので、若干対応は冷たい。

 

「ま、これからしばらく歩くし、その間に話はしてやるから。・・・さてと、兵士たちも食事が終わった頃かな?」

 

外から聞こえてくる会話から察するに、もう片付けに入っているらしい。

後は食後の一休みをした後、準備をして出発するだけだ。

 

「む・・・ならば、私は兵士たちに指示を出すとしよう」

 

「ではでは、風はお兄さんと新婚気分でも味わってますね~」

 

前と同じように袖をたすき掛けにして、髪の毛も纏めた風は、がちゃがちゃと食器を洗い始める。

手伝う、と申し出たのだが、旦那様はこういうとき寛いで瓦版でも読んでいるものなのですよ~、と返された。

その間違った『旦那様知識』だが、出所が大体分かるので帰ったら副長にはしっぺである。

 

「~♪」

 

ご機嫌である。心なしか、頭の上の宝譿もいつもより元気な気がする。

いや、表情変わらないので雰囲気で、としか言いようが無いのだが・・・。

 

・・・

 

片付けの後、ちょっと時間が余ったので風の要望どおり空中から地図の訂正を行った。

・・・え? それだけだけど? ・・・ホントダヨ?

帰りの道中では特に問題もなく、賊に会えば華雄が吹き飛ばし、再び賊に会えば俺が吹き飛ばし、若干兵士を増やしながらも穏やかに帰路へとついた。

城に到着すると、待っていたらしい月が笑顔でこちらに飛び込んでくる。

 

「お帰りなさいっ」

 

「おお? 月か。ただいま。変わったことはあった?」

 

「いえ、特に・・・あ」

 

「何かあったのか?」

 

首を振りかけて止めた月に、少し心配になって聞き返してみる。

少し言いにくそうに俯いた後、何時もより小さめに呟いた。

 

「あの・・・ギルさんがいなくて、寂しかったです」

 

「ああもう可愛いなぁ!」

 

「へうっ!?」

 

頬に手を当てながら少し不機嫌そうに言う月を抱き上げる。

その騒ぎを聞きつけたのか、侍女組が続々集まってくる。

 

「あーっ、おっ帰りー! ギールさんっ」

 

「え? ギル? ・・・ホントだ。お帰り、ギル」

 

「あ、えと、その、お、お帰り」

 

多分口調で分かるかもしれないが、響、孔雀、詠である。

うんうん、メイドと執事に出迎えられると、少しテンションあがる。

さて、報告に行くか。気が進まないけど。

 

「お兄さん、行きましょうか~」

 

そんな俺の様子から感じ取ったのか、風が先を促す。

さり気無く俺の手を取っている辺り、可愛らしいものである。

・・・一瞬、月と視線の火花を散らしたように見えるのは、俺の気にしすぎだよな?

 

「ささ、お兄さん。『二人っきりの遠征』の報告に行きましょうか~」

 

変なところを強調するな! というか、月に視線を向けているのを見るに完全に挑発しているようである。

・・・二人とも、仲が悪いわけではなかったはずなんだが。

 

「・・・へぇ」

 

く、黒月、襲来である。

他の侍女組も空気を感じ取ったのか、俺にどうにかしろ、という視線を送ってきている。

俺が何とかしなきゃいけないのか。・・・しなきゃいけないんだよな、責任とって。

 

「ほらほら、二人ともそこまで。風、さっさと報告終わらせないと」

 

「了解ですよ~」

 

「月、後で少し腹に入れておきたいな。軽いもので良いから、作っておいてくれるか?」

 

「はいっ。もちろんですっ」

 

先ほどまでの空気は何処へやら。

二人ともご機嫌でニコニコである。うんうん、仲良きことはよきことかな。

侍女のみんなからも良くやった、という視線が来ている。

アイコンタクトで会話できるほど心が通じ合っていると喜んでおこう。

 

・・・

 

「・・・なるほど?」

 

「ああ。で、華雄と合流して帰ってきた。今は遊撃隊に組み込んで副長たちと訓練とかさせてる」

 

華琳、桃香、蓮華の三人と机を囲み、風が用意した資料を手渡していく。

 

「でもでも、やっぱりお兄さん一人で大体のこと出来るよね」

 

「桃香・・・お前は俺を何だと思っているんだ」

 

「? 好きだって思ってるよ?」

 

「そういうことじゃ・・・流石は天然というか、頭緩めというか」

 

「そういうことじゃない・・・? ・・・あ、大好きだよ!」

 

「そういうことでもない!」

 

ああもう、桃香は本当にマイペースだな。

会話してるといつの間にか空気がほんわかとしてくる。

 

「・・・で、そこで華雄を拾ってきた、ということね?」

 

ため息をつきながら、蓮華が空気を戻すついでに確認してくる。

ああ、と頷いて、書類を捲る。

そこには、合流した華雄の部隊と途中で加入してきた元賊たちのプロフィールが簡単に纏めて書いてある。

 

「まぁ、正確に言えば華雄とその配下だな。今は副長に全部任せてきてるけど」

 

ここに来る途中、出迎えてくれた副長に押し付け・・・じゃなく、任せてきたばかりだ。

とてもジトっとした目で見てきたが、どう頼めば良いか分かっている俺の敵じゃなかった。というか、最初から敵じゃない。

 

「じゃあ、そのまま遊撃隊に組み込んだら良いじゃない。実質的な指揮官が副長、軍師が七乃、武将として華雄。中々調整取れてきたんじゃない?」

 

「まぁ、華雄の武は頼りになるから、こっちで預かって良いなら助かるが」

 

これで副長の組み手の相手も出来たしな。

 

「細かいことは後で追々調整していきましょう。それじゃあ、解散!」

 

華琳の解散宣言に、桃香が「おつかれさまでした~」と答えて立ち上がる。

蓮華もふぅと一息つきながら桃香と同じように立ち上がり、座ったままの俺のところへと向かってくる。

だが、それよりも早く桃香が駆け寄ってきて腕に抱きついてきた。

 

「お兄さんっ。でぇといこっ」

 

「なっ!? と、桃香っ。それはずるいっ」

 

「・・・おやおや~」

 

蓮華も慌てて俺の腕を取り、ぐいぐいと自分のほうへ寄せるように引っ張る。

負けじと桃香も俺の腕を引っ張るので、まぁ、言わずもがな柔らかいものがぐいぐい当たる。

 

「凄く・・・柔らかいです」

 

「むむぅ・・・風には少し真似できないですね~」

 

真似しなくても良いです。是非風はこれからも健全に・・・って、何故俺の膝の上に登ってくるんですかねぇ・・・?

両隣からは柔らかさ、膝の上には心地よい重み。

・・・よし分かった。

 

「おぉ~、お兄さんがやるきなのですよ~」

 

「えへへー、おにーさんっ。んー・・・」

 

「こ、こらっ。わ、私も・・・その、えっと」

 

・・・

 

「・・・なんかゲッソリしてねえか、お前」

 

「いや、うん。前やったときも思ったんだけど、三人ってきついよね」

 

「? 組み手かなんかの話か?」

 

「・・・うん、まぁそんなものだよ」

 

かぼちゃの首を傾げるライダーに、フリフリと手を振って話を切る。

今日は少し身体を動かすし、朝っぱらからこんな沈んだ空気はいけないだろう。気持ちを切り替えないとな。

 

「よし! で、ライダー。手伝って欲しいことって何だ?」

 

「お、良くぞ聞いてくれた! そろそろ秋も深まる頃! そうなったら、一大イベントがあるだろうが!」

 

「・・・ああ、アレか」

 

ライダーの存在理由というか、アイデンティティというか。

そういえばもうあのお祭りまで一週間くらいか。

・・・確かライダー、夏の始まりから準備してた気もするけど。

そのときのキノコは良い具合に腐ったんだろうか。

 

「つーわけで、仮装を作るぞ」

 

「・・・まさか、俺を呼んだのって・・・」

 

「もちろん、材料調達を手伝ってもらうためだぜ」

 

まぁ、そのくらいなら手伝ってやるか。

俺も、みんなの仮装が見たくないわけじゃないし。

 

「で、どんなのを使うんだ?」

 

「んー、まずは龍の皮は確定だろ?」

 

「あ、それなら在庫あるぞ」

 

「そいつはラッキーだ。後は飾り付けに使うから鳥の羽だとか・・・」

 

ライダーがあれもこれもと必要な材料を伝えてくる。

・・・が、そのほとんどが宝物庫に入っている物だ。

 

「あんだよー、調達しにいかなくても良いのは楽だけどよー・・・」

 

つまらない、とライダーの瞳の炎が語りかけてくる。

こいつは本当に、「目は口よりもモノを言う」の典型である。

慣れれば、ライダーの炎を見るだけで機嫌が分かるからな。

 

「ま、いっか。その分準備に時間掛けられるってことだからな」

 

「前向きだなぁ・・・」

 

少しだけ見習いたいほどである。

 

「さてと・・・後は俺の中にいる奴らを見せて参考にさせるか」

 

「それだけはやめておけ」

 

なんでこいつ、祭りのためだけに宝具使う気でいるんだ・・・。

・・・あ、俺もだ。花火のために色々使ったな。

 

「お互い、人のことは言えんな」

 

「はぁ?」

 

ライダーに首を傾げられながら、凄まじく呆れた声を出された。

適当なことを言って会話を切りながら、ライダーが贔屓にしているという店に向かう。

 

「いらっしゃい」

 

到着したのは、裏路地を何本か歩いたところにある怪しい一軒の店。

周りには何もなく、見つけようと思ってもこの店を見つけることは難しいだろう。

そんな場所に建っているのだ。ライダーはどうやって見つけたんだ、この店。

雰囲気に気圧されながらも中に一歩踏み入れると、なんというか、黒い瘴気のようなものを幻視する。

それほどまでに、店の中の空気が・・・言いにくいが、淀んでいるように感じるのだ。

 

「よー、ばっちゃ。今日は衣装を作って欲しくてよー」

 

そんな中で静かにこちらを見ていた老婆に軽い挨拶をするライダー。

良くそんなフレンドリーに話しかけられるな。

俺ちょっと帰りたくなってきてるのに。

 

「衣装? ・・・ああ、はろうぃんとか言う祭りのかい?」

 

「そーそー。材料はあるから、こういう感じで・・・」

 

「なるほどねぇ。ここはこうして・・・」

 

「お、いいじゃんか。あ、こっちはこうしてくれよな」

 

ライダーが店主らしき老婆と話しこんでいる間、俺は店内を見回してみる。

怪しい骨や怪しい水晶、怪しい薬や怪しい液体が陳列されている。

何々? 滋養強壮、睡眠不足解消、夜のお供に朝の一杯に・・・。

なるほど、漢方薬みたいなものか。・・・にしても、購入意欲を減衰させる外見である。

これなんか、確実に毒薬・・・え? 俺の宝物庫にも似たようなのあるの?

 

「お、何だろこれ」

 

そんな中、一つだけ綺麗な髪飾りが並んでいた。

きっと、枕詞として「呪いの」とか付くんだろうな、と思いながらも手に取る。

ギルガメッシュとしての能力だろうか、神様の手の込んだ悪戯のどちらか分からないが、俺には鑑定眼が備わっている。

多分ギルガメッシュとしての鑑定眼が神様の手の込んだ悪戯によって狂化されたのだろうと予想している。『強化』ではないのがミソである。

兎に角、そのお陰で(所為で?)俺は物品、人物その他諸々を見たとき、そのものの価値、本質なんかが見れたりする。

 

「綺麗だけど・・・やっぱり呪われてるっぽいな」

 

ステータス異常で常に『混乱』がかかるらしい。

ま、後で解呪すれば良いだろ。

 

「おばちゃーん、これくださーい」

 

「お? なんだ、また嬢ちゃんたちへの贈り物か?」

 

「そんなもんだよ。いくら?」

 

しばらくこの店の空気に当てられていたからか、最初ほどの忌避感も感じなくなっていた。

順応性高いな、俺。と自画自賛してみたり。

 

「あー? それはねぇ・・・」

 

ゆったりと話す店主に代金を渡して、宝物庫に一時避難させる。

こんなの持ってたら、どんな弾みで誰かが呪われるか分かったものじゃない。

『この そうびは のろわれている !』なんて、洒落にならないのだ。

 

「ようっし、注文も終わったし、帰ろうぜー」

 

髪飾りを購入した後、棚に置いてある商品を眺めていると、ライダーがふよふよと近づきながらそう言った。

 

「おう、次は何を用意するんだ?」

 

「あん? ・・・あー、まぁ、後は祭りの日付をみんなに周知しねえとな」

 

・・・

 

というわけで、ライダーの中にいる怪物たちや、仮装した俺による宣伝が始まった。

宣伝と言っても、仮装してこういうことをしますよー、と説明しながら看板持って町を練り歩くだけである。

 

「・・・あらぁん?」

 

「うわぁ・・・」

 

なんてこった、一番嫌なのに見つかった。

 

「楽しそうねん。元気そうで何よりよぉん」

 

「・・・この状態を見て元気といえるか、貂蝉」

 

くねりくねりとしなを作りながらこちらに近づいてくる貂蝉に、ぞぞぞ、と鳥肌が立つのを感じる。

いや、だが、逃げてばかりではいけないのではないか。

ここで、一歩でも近寄る努力を・・・。

 

「んふぅん」

 

あ、無理っぽい。

っていうか、何なんだよお前ら。

貂蝉といい、卑弥呼(漢女)といい、マッスルなほうのプリティなベルといい、なんで威嚇するように笑うのだろうか。

卑弥呼にマジカルルビー、卑弥呼にマジカルサファイアを渡せば、三人揃って魔法少女隊『華麗・ド・ビルダー』とか結成してくれるのかな。

・・・いや、プリティな世界の天使に迷惑をかけそうなのでやめておこう。あの索敵天使に、こっちの漢女の相手は荷が重いだろう。完全にSAN値直葬される。

 

「・・・あ、でも丁度良いか」

 

「何がかしら?」

 

「いや、お前だったら仮装しなくても町を練り歩けるなと思ってさ」

 

ガチムチな身体に三つ編みお下げのみの髪型、更にはヒモパンとくれば、立派な怪物である。

ライダーの眷属の怪物さえ裸足でお魚咥えて逃げるレベルだ。

そんなに褒められると照れるわぁん、と恐ろしい一言を呟く貂蝉に看板を差し出す。

 

「というわけで、この看板持って歩いてきてくれ。卑弥呼は近くにいないのか?」

 

「わかったわぁん。卑弥呼も呼べば来ると思うからぁ、一緒に宣伝してきてあ・げ・る」

 

語尾に(はぁと)とか付きそうなねっとりとした声で答えながら、貂蝉は嬉しそうに看板を受け取る。

看板を受け取るときに両手をぎゅっと握られ、危うく往来で宝物庫を開きそうになったのは内緒である。

きっと乖離剣でもぶっぱしないと堪えないのだろうが、流石にエアもキレると思う。

そのまま漢女と分かれ、俺は大通りへ、貂蝉は市場のほうへと向かったのだが、市場から凄まじい悲鳴が聞こえてくる。

阿鼻叫喚というか、地獄の再現というか・・・。

すまん、民たちよ、と心の中で謝りながら、俺は笑顔で大通りを練り歩いた。

 

・・・

 

「で、そのはろうぃんって言うのはどういう祭りなのよ」

 

町民たちを恐怖のずんどこに叩き落した後、俺は月と詠と三人で卓を囲んでいた。

そこで、俺の看板を見た詠がきょとんとした顔で聞いてくる。

 

「そうだな、ライダーから出てくるような怪物に仮装したりして、家を回るんだ」

 

「家って・・・他人の?」

 

「そうそう。で、トリック・オア・トリートって言うんだ」

 

「ええと・・・響きからして天の言葉ね。どういう意味?」

 

「『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』って意味かな」

 

「いたずら、ですか?」

 

首をかしげた月が、不思議そうに呟く。

 

「っていうか、家に突然行ってお菓子を要求して、もらえなきゃ悪戯なんて・・・そういうの、なんていうか知ってる?」

 

「いや、まぁ、その祭りのときのみの暗黙の了解があるというか・・・」

 

「・・・前に教えてもらった、えいぷりるふーる、っていうのと同じなんですね?」

 

「ああ、そんな感じだな。『その日は嘘ついても良いんだよ』って言うのと同じように、『その祭りのときだけはお菓子を要求しても良いんだよ』っていう暗黙の了解があってだな・・・」

 

月のフォローに乗っかるように説明を補足する。

それに、本場では子供たちの悪戯の攻防戦をする家もあるみたいだし・・・。

そういう意識をまずは広めないとな。

 

「そういえば、二人は参加するか?」

 

「ボクたちは・・・どうする? 月」

 

「へぅ・・・その、ギルさんは参加されるんですか?」

 

「まぁ、お菓子をあげる側でな」

 

「そうなんですか・・・?」

 

少しがっかりした顔の月たちに、実はな、と答える。

 

「俺も最初は仮装して参加しようとは思ってたさ。・・・ただ、な」

 

「? なんか問題でもあったの?」

 

「いや、俺がやると、黄金率の所為できっとお菓子じゃなくて献上品が出てくる」

 

「あ、あぁ・・・そういうことね」

 

理由に得心がいったのか、ため息をつきながら頷く詠。

 

「かりすまと違って、切れないんですよね」

 

そうなんだよなぁ。

黄金率はもうスキルというより性質になってきているからな・・・。

カリスマならまだ『抑える』ことも出来るけど、黄金率だけは、もう諦めてる。

下手をすれば、町を歩いているだけで金品を渡されそうになるし・・・。

やったことは無いが、スキルを持っている本人としての直感がそういう未来になると言っている。

最初に路地裏のギャンブルで黄金率を試してた頃よりも更に強力になってる。

基本的に俺のスキルは神様の手が加わっていると考えて良いからな。・・・あ、宝具もか。

 

「二人が参加するなら・・・なんかあるかな」

 

宝物庫の目録を、頭の中に展開する。

使い慣れてきたからか、いちいち集中しなければ見れなかった目録も、こうして思い立ったときにすぐ覗ける様になったのだ。

ええと、仮装するためのだから・・・『変身』欄かな?

 

「うわ」

 

先ほど冗談で言った『ルビー』と『サファイア』がある・・・。

おいおい、リィンと鳴るロッドもあるぞ。不屈の心や戦斧の名を持つデバイスだとか、キラキラ光る不思議なコンパクトとか、肉体言語の王女の杖だとか・・・。

凄いぞ、プリティでキュアキュアな子達のアイテムだとか、月にかわってお仕置きしたくなるようなアイテムとか、お邪魔な魔女のアイテムまで入ってる!

なんでこんなに豊富なんだ・・・。新たに、神様の『魔法少女物好き』な一面が見えてきたんだが・・・。

 

「・・・流石にこの辺は使えないな・・・」

 

確実に何か事件が起こるだろう。

簡単に取り出さないように注意しよう。さっき買った髪飾りと同じ『危険』区分に移動しておくか。

 

「二人は例えばどんな仮装をしたいんだ?」

 

それを聞いておけば、ライダーが製作依頼した衣装を借りておくことも出来る。

俺の質問に、二人はうーん、と仲良く一緒に考え込む。

 

「・・・そう、ですね。私は、狼男さん、とか・・・あ、私だと狼女ですか?」

 

「がおー、って、言ってみ?」

 

「ふぇ? が、がおー?」

 

「よし持って帰る!」

 

「落ち着きなさい!」

 

戸惑いながらも言われたとおりの台詞を口にする月に興奮してがたんと立ち上がりかけた俺を、詠が神秘の篭ったハリセンですぱんと叩いて嗜める。

あ、危ない危ない。あまりの衝撃に、我を忘れかけた。

 

「助かった、ありがとな」

 

「ふんっ。月が襲われそうになってたから助けただけよ!」

 

それでもだよ、と詠を撫でながら答えると、顔を真っ赤にしてそっぽを向く詠。

久々のツン子である。とても癒される・・・。

 

「で、ツン・・・じゃない、詠はどんな仮装をしたいんだ?」

 

「ツン子いうな! ・・・そ、そうね、ボクはあの、黒い羽の付いた小さいのとか」

 

「・・・ああ、悪魔かな、それ」

 

詠が悪魔・・・いや、小悪魔だな。その仮装をしているのを想像する。

 

「・・・よし、詠。寝室に行こうか」

 

「落ち着いてくださいね、ギルさん?」

 

先ほど詠が使ってそのまま置いてあったハリセンで、二度目の衝撃を与えられる。

あ、危ない危ない。俺の意識というか、本能も危ないけど、その神秘の篭ったハリセンも結構危険物だ。

回収して、宝物庫に入れておこう。これは、『使用注意』ゾーンだ。

ちなみに、こういう分類には、他に『Cランク以上』だとか、『宝剣類』なんていう大雑把な分類から、『温泉用』、『副長用』などなど、使用方法に特化した分類まである。

『未確認』ゾーンはいまだに一割も開拓されていない。せめて、英霊になるまでには解明しておきたいものだ。

 

「よし、もう大丈夫。で、その二つだったら多分衣装あると思うし、後でライダーに話つけておくな」

 

「はい、分かりました」

 

「ま、まぁ、期待しないで待ってるわ」

 

・・・

 

ライダーに無事用件を伝え、すぐさまその場を離れた後(貂蝉と卑弥呼とともに、魑魅魍魎が跳梁跋扈していた。後はお察し)、仕事をするために城に向かう。

その途中、せっせと作業をする蒲公英を見つけた。

 

「・・・また、落とし穴か?」

 

「ひゃうっ!? な、何だお兄様かぁ・・・。びっくりさせないでよね、もぅ」

 

「ほほう、俺の気配遮断も中々見たいだな。訓練してみるか。スキルとして習得できるかもしれないし」

 

「や、やめてよね! お兄様が気配遮断なんて身につけたら、悪戯できないじゃない!」

 

「はっ、次は俺が悪戯する番だな!」

 

圏境まで使えればアサシンとしてもいけるのだろうが、残念ながらそこまで武術の真髄を極められるとは思えない。

 

「もーっ。あ、でもでも、お兄様と一緒に悪戯するんだったら楽しいかもねっ」

 

「そうかもな。・・・まぁ、取り合えず蒲公英に今までの悪戯の分を清算してもらうのが先かなぁ・・・」

 

俺の視線の温度が低くなっていくのが分かったのか、蒲公英は決まりが悪そうにうっ、と呻きながら後ずさる。

今までもちょくちょく注意はしてきているのだが、蒲公英はずっとのらりくらりとかわして来たのだ。

だが、再三注意して禁止令まで出した落とし穴を作ったのなら話は別だ。

 

「・・・よし、蒲公英。逮捕だ」

 

「ふぇっ!? お、お兄様、ちょ、顔が本気なんだけど・・・!?」

 

「今回ばっかりは、本気だな」

 

戸惑う蒲公英の腰に縄を巻きつけ、手錠は無いが連行する。

 

・・・

 

「というわけで、裁判を始める」

 

「ちょっと待ってお兄様! 人選間違ってない!?」

 

「黙りなさい、被告人。死刑にするわよ」

 

「まって卑弥呼さん! だからお兄様、これおかしいって!」

 

被告人である蒲公英が、裁判長である卑弥呼の目の前に立つ。

ちなみにその左右を壱与と孔雀が固めている。

 

「大丈夫だ、最強の弁護士を呼んでいる!」

 

「響さんでしょ!? 安心できないよぉ!」

 

検事側には俺が立ち、弁護側には響が立っている。

ちなみに、人選は適当で選んだ理由はそこにいたから、である。

 

「で、裁判って何するの? 弁護士って、どうすればいいのー?」

 

「やっぱり! 今の聞いたお兄様っ、蒲公英の味方のはずの響さんから不安な言葉がっ!」

 

「やかましいわよ被告人。死刑ね」

 

卑弥呼の名誉のために弁解しておくが、卑弥呼がここまで私情をがっつり挟んだ判決を頑なに下そうとしているのかには、理由がある。

まぁ、単純な話、卑弥呼も蒲公英の落とし穴の被害者ということなのだが、ちょっとその被害の遭い方が違う。

魔法使いである彼女は、足元がずぼっと消失した瞬間、宙に浮かんで落下を回避。次の瞬間、落とし穴に引っ掛けられたと理解した瞬間にそれなりの威力で合わせ鏡発動。

一帯にある落とし穴全てを吹き飛ばした・・・までは良いのだが、いや、良くは無いけど。兎に角落とし穴の中には蒲公英のだけではなくて桂花のもあったのだ。

桂花は落とし穴に色んなものを入れる。爬虫類とか口に出したくないものとか、色々だ。桂花は敵を陥れるためなら全力を尽くす。

いともたやすく行われるえげつない行為である。

そんなところに合わせ鏡・・・つまり、『はかいこうせん』を打ち込めばどうなるか。

もちろん、中身が舞い上がる。そして、打ち上がった中身たちは卑弥呼に降り注ぎ・・・。

泣きながら取り乱す卑弥呼が胸に飛び込んできたときは、正直世界が終わるかと思った。

 

「で、取り合えずこれから裁判で合法的にあんたを殺す・・・じゃないや、判決を下すわけだけど」

 

「殺意が見えるね・・・ま、ボクが響の補助をするから、死刑は回避してあげるよ」

 

「うぅ、ありがとねぇ、孔雀さん・・・」

 

なので、こんなにも殺意が見え隠れしているのだ。

壱与は・・・分からんな、一番関係ない存在だけど。

そんなことを壱与に視線を向けながら思っていると、壱与から質問が飛んできた。

 

「ギル様の検事、というのはどういう役割なんですか?」

 

「ん? そうだな、蒲公英がやったって言う証拠を提示したりする・・・まぁ、弁護人と反対みたいな位置かな」

 

「弁護する人と反対・・・なるほど、では、求刑は死刑ってことで良いですわね?」

 

「良くないよね!?」

 

ああ、この裁判で蒲公英は突っ込みのし過ぎで倒れるんじゃないだろうか。

傍聴席に副長が座っているが、寝ているので後で起こしておくとしよう。

 

「ふぁっ!? あ、あー・・・もう始まってます?」

 

「大丈夫、今からだから」

 

「そですかー。あ、どうぞ始めちゃってください」

 

詠たちから回収したハリセンで引っ叩くと、涎を垂らしながらも目を覚ます副長。

口元を拭いながら、俺たちに先を促す。

 

「よし、取り合えず罪状の確認からだな」

 

「ええ。この邪馬台国女王のわらわに対して危害を加えたわ。ということは、邪馬台国に対する宣戦布告と受け取って良いわね。はい、死刑」

 

「あら、そうなんですか? まぁ、流石に邪馬台国の象徴に手を出したら壱与も黙ってるわけにはいきませんね、はい、死刑で」

 

「二人とも・・・。ボクはきちんと真面目にやるけどさー。えっと、何々? ギルに禁止されてたにも関わらず、落とし穴を再三作成し、なおかつ被害者を出した。・・・えーっと、ごめん。擁護できないや。死刑で」

 

「罪重くない!?」

 

「ネコミミの分もあるからじゃない?」

 

ネコミミというのはもちろん桂花のことだ。

二人分の罪を(と言っても、卑弥呼の私情が過剰に含まれているが)被せられた蒲公英は、納得いかなーい! と目の前の台をバンと叩いた。

 

「あ、じゃあえっと、弁護人の私の出番だねっ。んーと、死刑はやりすぎじゃないかなー?」

 

「ふむ・・・じゃあ、響・・・じゃなくて、弁護人はどのくらいが適当だと?」

 

「ふぇっ!? そ、そだねー、えっと・・・くすぐりの刑、とか?」

 

「ちなみに言っておくけど、くすぐりってやりすぎると拷問になるからな?」

 

「えげつないですねー、響さん。隊長ですら私へのお仕置きとしてはあんまりやらないのに」

 

傍聴席にいる副長が、冷や汗を流しながら呟く。

・・・確かに、あんまりやんねえな、くすぐりの刑。

 

「あ、今なんか余計なこと言って藪を突いた気分になりました」

 

「大正解だ副長。次のお仕置きが決定した」

 

「なんですとっ!? さ、さいばんちょー! 目の前で犯罪予告が!」

 

「は? 恋人同士のイチャイチャをどうやったら犯罪予告に出来るのよ。大人しく爆発してなさい」

 

冷静な卑弥呼に返され、しゅん、と項垂れる副長。

 

「で、そこの馬娘かっこ妹の処遇だけど・・・」

 

「はーい、さいばんちょー!」

 

「発言を許可するわ、爆弾娘」

 

「けーふぁさんの分も負担させるのは酷いと思います!」

 

「・・・それもそうね。むしろ、わらわの被害の大半はあのネコミミの所為だものね」

 

時間が経ってずいぶんと冷静になったのか、卑弥呼が考え込んだ。

流石は女王だ。冷静になればきちんと客観的な判断を下せるのだろう。

 

「分かったわ。無償労働一週間で手を打ちましょう」

 

「あ、裁判長、それに追加で執行猶予? とかいうのもつけておこうよ」

 

「ふむ・・・壱与、あんたの考えも一応聞いておいてあげる」

 

「? 壱与の結論は変わりませんよ? 卑弥呼様に手を出したんですし、死刑が妥当でしょう?」

 

「・・・ある意味わらわ以上の危険思想の持ち主よね、こいつ」

 

ぶれないなぁ、壱与は。なんだかんだ言って、卑弥呼も邪馬台国も好きだからな、あいつ。

卑弥呼がため息をつきながら木槌をたんたん、と叩く。

 

「じゃあ、判決を言い渡すわ。取り合えず無償奉仕一週間、執行猶予は・・・ま、三ヶ月で良いんじゃないの? その期間内に落とし穴作ったら、くすぐりの刑ね」

 

「う・・・ま、まぁ、一週間くらいなら・・・」

 

途中から突っ込みも諦めて聞いていた蒲公英が、がっくりと項垂れながらその判決を受け取った。

 

「ふはー、私いる意味ありましたー? あ、一応絵は描いておきましたけどー」

 

そう言って、副長はスケッチブックを見せてくる。

そこには、裁判の様子が綺麗に書き写されていた。

・・・ちょっと浮世絵風なのは気になるが、まぁまぁ及第点だろう。

この画風以外で描いてみろと言ったら萌系になるんだよなぁ。極端すぎるだろ。

 

「ちなみに、無償奉仕先はギルよ。取り合えず、閨にでも行ってあんたの貧相な身体捧げて来なさい」

 

「ふぇっ!?」

 

可愛らしい驚きの声を上げながら、蒲公英はこちらを振り向く。

同時に自分の身体を抱き締めながら後ずさっているのを見ると、少し傷つく。

 

「あ、えと、い、嫌じゃないよっ。嫌じゃないけど、えっと、そういうのってなんか違うって言うかー・・・」

 

「いや、やらないよ? 無理やりは趣味じゃないし」

 

一応蒲公英に弁解しておく。俺に弱みを握って、なんて悪代官的(そういう)趣味があると思われても困るし。

まぁ、そんなことを言われても不快に思われない程度には好かれていると思えば、そんなにショックではないが。

あと、卑弥呼は人のこと『貧相な身体』とか絶対言えないと思う。

 

「はい、じゃあ第一回裁判は閉廷ね」

 

卑弥呼のその台詞と、木槌を叩く音で、その場は解散となったのだった。

 

・・・

 

というわけで、働き手として蒲公英を受け取ったのだが・・・仕事、そんなに溜まってたっけな。

 

「あれ? 蒲公英ちゃんがここにいるなんて珍しいね。お兄さんのお手伝い?」

 

「そだよー。ゆーざい判決受けちゃってさー」

 

「た、蒲公英ちゃん、何か犯罪を・・・?」

 

勝手に戦慄し始めた桃香に事情を説明する。

最後まで聞いた桃香は、なんだー、と何時ものようにほわんと笑う。

 

「ちゃんと償ってねー?」

 

「分かってるよぅ。壱与さん、結構本気で怒ってたからねー」

 

確かに俺も見たこと無いぐらいキレてたな、壱与。

・・・まぁ、俺の前ではただの変態なので、それ以外の表情を初めて見たというべきか。

 

「俺の分は別に手助け必要ないし、朱里のほうは・・・」

 

「はわわっ!? わ、私の方は・・・そのぉ・・・」

 

「ああ、分かってる。ちょっと蒲公英じゃ不安なんだろ?」

 

「うぅ・・・ごめんなさい、蒲公英ちゃん」

 

「いいよー、たんぽぽだって、それくらいは分かってるってー」

 

「じゃあじゃあ、蒲公英ちゃんには私のほうを手伝って欲しいな!」

 

「はーいっ」

 

桃香の隣に向かった蒲公英含めて全員が席に着いて、それぞれの仕事を始める。

さっき怒られた・・・というか、裁判を起こされたばかりだからか、蒲公英は比較的静かに作業している。

たまに桃香にちょっかいを出したり桃香からちょっかいを出されたりして朱里とか俺に注意されているものの、何時もと比べたらとても真面目である。

このまま改心してくれれば問題ないとは思うのだが、まぁ蒲公英がそんな一筋縄でいくような女の子なら、悪戯小悪魔系トラップ武将なんてやってないのである。

 

「ねーねー桃香さま、ここって・・・」

 

「あ、うん。そこはね・・・」

 

早めに終わったので朱里のを手伝い始める。

桃香たちは桃香たちで仲睦まじく進めているみたいで、もう終盤に差し掛かっているようだ。

微笑ましい気持ちで二人を盗み見ながら書類を片付けていると、副長がやってきた。

顔だけを覗かせて、俺を呼ぶ。

 

「たいちょー」

 

「ん? 何だ副長、こんなところに来るなんて珍しい」

 

「いやいや、珍しいのは隊長のほうですよ。訓練、もう始まってますよ?」

 

「は? ・・・うわ、本当だ!」

 

時計を見ると、遊撃隊の訓練の時間を少し過ぎていた。

いつの間にか夢中になっていたようだ。

 

「はわわ・・・私の分は大丈夫ですから、蒲公英ちゃんを連れて訓練に向かっちゃってくらさいっ! ・・・はわ、噛んじゃった」

 

「了解! ほら、蒲公英行くぞ!」

 

「わわわ、う、うんっ。ごめんね、桃香さま」

 

「んーん、気にしないでー。頑張ってねー」

 

桃香と朱里に見送られながら、城内を三人で走る。

 

「うっわー、久しぶりに寝坊した気分だよ・・・」

 

気分は遅刻ギリギリの通学路を失踪している気分である。

とても懐かしいが、出来ればあんまり体験したくない気持ちでもある。

 

「何度も言いますけど、本当に珍しいですね。本日は何かあったんですか?」

 

「いや、んー・・・特には無いけど。ま、ぼーっとしてたんじゃないかな」

 

「・・・アレだけ高速で書類を処理してて、ぼーっとしてた、はないんじゃないのー? お兄様ー」

 

隣を走る蒲公英に突っ込みを受ける。

 

「うーむ・・・ま、季節の変わり目だから」

 

「あ、季節の変わり目といえば・・・なんか、変質者出ましたよ、城内に」

 

「そりゃ凄い」

 

副長の言葉に、俺の口から出てきたのは正直な賞賛の気持ちである。

巡回の兵士がいる上に人間を超えているような武将たちが常にいるこの城に侵入して不埒な行為を働くというのは、遠まわしな自殺行為である。

 

「外套の下は何もつけてないぜー、な変質者さんでしたね。私は見てないので詳しくは分からないのですが」

 

「そうなのか」

 

「ええ。怪しい気配を感じた瞬間に眼を閉じてボコりましたから。直接は見てないんですよ」

 

「・・・副長まで、人間を辞め始めてる・・・」

 

それは恋とかの領域である。

・・・いや、恋でも難しいんじゃないか?

 

「だって、その・・・こ、恋人以外の殿方のアレを見るなんて、はしたないじゃないですかっ」

 

「・・・流石は大和撫子」

 

いきすぎ大和撫子であるが。

その変質者は現在取り調べ中だ、なんて話を聞きながら走っていると、訓練場へとたどり着いた。

すでに兵士たちは準備運動を終え、素振りに励んでいた。

 

「すまん、遅れた!」

 

「総員、整列!」

 

俺が到着すると、それぞれの班の班長が俺の前にぞろぞろと班員を並べていく。

班長を先頭に、綺麗に並んだ兵士たちを前に、訓練前の注意なんかを伝える。

それからは、何時も通り組み手をさせる。

 

「・・・よし、今日は蒲公英もいるし、俺が副長と蒲公英の相手をするか」

 

「・・・っしゃ!」

 

「ふ、副長さんが露骨に喜んでる・・・」

 

小さくガッツポーズを取る副長に苦笑しつつ、宝物庫から双剣を取り出す。

ご想像通り、終末剣エンキである。

 

「ほら、蒲公英もさっさと武器持って来い」

 

「りょ、りょーかいっ。ちょっと待っててー!」

 

小走りで去っていき、少しして戻ってくる。

その手には、蒲公英の武器、影閃が握られていた。

副長も緑の服に勇者の剣、王国の盾と準備万端だ。

 

「よし、来い」

 

・・・

 

黄金の双剣を構える隊長に、地面を蹴って迫る。

ぶらりと両手が垂れ下がった構えですらない構えは隙だらけに見えるけど、隊長にそんなものは存在しない。

大振りで勇者の剣を振ってみるけど、右の剣で弾かれ、左の剣が眼前に迫る。

 

「させないよっ」

 

私に迫った黄金の刃が銀色の一閃で弾かれる。

だけど、サーヴァントの膂力で振るわれた一撃を完全に弾くには、蒲公英さんの一撃は軽すぎた。

でも、それで十分。少しでも逸れれば、王国の盾で防げる威力になる。

 

「やっ!」

 

防いだ衝撃を私の腕に伝えてくる盾を手元に戻すより早く、私は剣を突き出す。

単純に、突きというのは防ぎにくい。

更に、私は今姿勢を低くしている。足元というのは、どうしても防御が疎かになりがちだ。

 

「甘い」

 

でも、隊長は片足を上げることで突きを避け、更に剣自体を踏むことで剣が地面に突き刺さる。

いきなりの衝撃に手首に軽い痛みが走るが、それよりも不味いのは、前につんのめり過ぎて隊長に後頭部を晒しているこの状況。

 

「ま、だまだっ!」

 

「ふ・・・!」

 

頭上で激しい衝突音。

私の隙だらけの後頭部に打撃を加えようとした隊長の剣と、それを防ごうとした蒲公英さんの槍がぶつかり合う音だろう。

頭上なんて見えないはずなのに、火花が散ったのを幻視する。

 

「副長さんっ、早く戻って!」

 

「がってんしょーち!」

 

剣を地面から引っこ抜き、隊長の横を前転で通り抜ける。

そのまま、振り向きざまに剣を振るう。

丁度私と蒲公英さんで挟み撃ちをする形になった。

 

「挟み撃ちますっ」

 

「甘い!」

 

右の剣を蒲公英さんに振るい、左の剣で背後からの私の一撃を防ぐ。

・・・ば、化け物だこの人!

 

「はっ!」

 

そのまま、左の剣を戻す勢いを利用して、蒲公英さんに振り下ろす。

何とか蒲公英さんは避けるけど、隊長はそれすらも読んでいたかのように、蒲公英さんが避けた先に蹴りを放っていた。

 

「う、そっ!?」

 

蒲公英さんが避けた勢いも合わさって、思いっきり横に吹き飛んでいく。

やばい。蒲公英さんが復帰してくるまで、私が一人で隊長の相手をしないといけないって言うのがやばい!

 

「はっ!」

 

「ふ、よっ!」

 

短く息を吐いた隊長が、こちらに振り向く。

背後を見せているうちに一撃を加えたかったけど、それは出来なかった。

もう、簡単に倒れてくれれば良いのに!

 

「はっ、ならそれが出来るくらい、強くなれ!」

 

「心を読まないでください!」

 

振るわれる双剣を、盾と剣を駆使して防いでいく。

ああもう、片手で扱っているはずなのに、一撃一撃が重い!

 

「道具を使いますっ」

 

そう言って、懐から鉄球を取り出す。

狙いも定めずに適当にぶん投げると、奇跡的に隊長のほうへと飛んでいく。

 

「ちっ」

 

隊長は、迫る鉄球を弾きながら舌打ち一つ。

私はその一瞬の隙を使って距離を取り、別の道具を取り出す。

 

「爪撃ちっ」

 

それを背後に打ち込み、更に距離を取る。

 

「それは失策だぞ、副長」

 

空中で爆弾矢を弓につがえて引き絞ると、隊長も双剣を繋げて弓にしていた。

あ、やべ、そういえばあれ、そういう機能あったっけ。

 

「発動はしてないから威力はそこまで無いけどな。寝てろ」

 

そうして発射される光の矢。

私は、自身に迫る矢を涙目になりながら見つめ・・・。

 

「たいちょーのばーか!」

 

自分でつがえた矢の先端についていた爆弾で自爆し、訓練が終わったのでした。

 

・・・




「・・・なんだ? なんだか、凄まじい足音が・・・」「ギぃールぅーっ!」「卑弥呼っ!?」「きゃーっ、ぎるぎるぎるぎるー! 虫っ、爬虫類、蛇ぃっ!」「は? 何を言って・・・うわ、卑弥呼の服凄いことになってんぞ!? これ、もしかして桂花の落とし穴の中身・・・の残骸か」「わらわ、でろっとしたの苦手なのぉっ、取って、拭いて、脱がしてぇっ」「・・・会話だけ聞くと、なんと勘違いされそうなことか」「ひーんっ」


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