真・恋姫†無双 ご都合主義で萌将伝!   作:AUOジョンソン

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「風邪ひいたとき、女の子に看病されてあーんとか、男の憧れだよなぁ・・・」「ギルだったらそういう風に看病してくれる娘なんていっぱいいるだろ?」「いや、そうなんだけどさ。・・・俺、風邪ひかないんじゃない? って最近気付いて・・・」「あー・・・」


それでは、どうぞ。


第四十六話 風邪の看病に

「・・・うん、まぁ、良いかな」

 

自室に戻って、早速天和からの贈り物を飾ってみたり。

これは良いものだ。可愛らしい猫の置物である。

思えば、誰かからの贈り物なんて初めてじゃなかろうか。

 

「ふむ・・・ケースとか作ろうかな」

 

埃とか被らないようにさ。

・・・よし、そうと決まれば材料を集めて・・・よっと。

 

「出来た出来た」

 

宝物庫を探れば大体の材料って入ってるから、材料集めってただ宝物庫漁ってるだけなんだよな。

座学を受けているお陰で、こうして材料を元に自分の好きな形に変化させるのは上手くなった。

ふふん、今では水晶を馬の形に加工するなんて朝飯前だぜ!

どや、とケースに入った置物を眺める。うんうん、完璧。

一人頷いていると、こんこん、とノックの音。

 

「はーい?」

 

「わ、私です。愛紗です」

 

「ん、どうぞー」

 

俺の返事を聞いて、扉を開き、一礼して入室してくる愛紗。

・・・ううん、いつ見てもむず痒い。俺を尊敬してくれるのは嬉しいけど、このむず痒さだけは慣れないなぁ。

 

「どうかした? まさか、事務処理に人手足りなくなった?」

 

「いえっ。そんなことはありません。桃香さまと朱里だけでも処理できる件数です」

 

「そっか。それは良かった。・・・じゃあ、訓練関係かな?」

 

「それは珍しく星がやる気を出していたので、問題はありません」

 

・・・ん? じゃあ、何の用なのだろうか。

愛紗に直接そう聞いてみると、愛紗はもじもじとした後

 

「きょ、今日は珍しく何も仕事が無くて・・・」

 

休みなのか。良かったじゃないか。愛紗はちょっと働きすぎなところがあるからな。

・・・ん? じゃあ、休みの日にわざわざ俺のところに来てくれたということか?

 

「それで・・・ギル殿も午後からは予定が無いとゆ・・・ある筋から聞きまして」

 

月、って言ってもいいんだぞ・・・?

毎日の俺の予定を把握してるのなんか、俺の部屋に入り浸ってる月と詠か、俺のことをストーキングしてる壱与くらいしかいないんだから。

・・・ストーキングされている、というのは自分で言ってて中々悲しくなる事実である。

 

「もしよろしければ、ふ、二人で街に出かけませんかとお誘いに来たのですが・・・」

 

ご迷惑でしたか・・・? と上目遣いにこちらを見やる愛紗。

うおお、反則級だぞ、それ!

 

「迷惑なわけ無いだろ? そっかそっか、そういうことだったのか」

 

愛紗はいっつも照れたり遠慮したりで、俺から誘わないと二人っきりでデートなんてしてくれなかったからな。

何がきっかけで自分から誘ってくれたのかは分からないけど、良い事だ。

 

「よし、じゃあ何処行こうか」

 

どこか希望はある? と聞いてみるが

 

「いえ・・・その、ギル殿をお誘いすることで頭がいっぱいで、その後のことは・・・」

 

すみません、と謝る愛紗の髪を梳く様に撫で、気にするなと返す。

乙女だなぁ、愛紗は。

頬を赤くして胸の上に手を置く姿は完全にてれりこモードである。

てれりこモードを実装しているのは愛紗とか蓮華とか、いつもは毅然とした態度を取る娘に多い。

・・・たまに貂蝉も使うが、そのときはエアに出張って貰っている。切り裂かれろ管理者。

 

「ま、適当にぶらつこうか。それだけでも、きっと楽しいさ」

 

そう言って、愛紗の手を取って部屋を出る。

少しくらい強引じゃないと、愛紗とデートなんて出来ないのだ。

意外と押しに弱いからな、この娘。

 

・・・

 

「お、こっちの新作は美味しいな。そっちはどうだ?」

 

「こっちも美味しいですね。・・・私も、これくらい出来れば良いのですが・・・」

 

「はは・・・いや、うん、頑張ろうか」

 

「はい・・・」

 

食べられないような暗黒物質からは進歩してるんだから、悲観することは無いと思うけどな。

桃香と一緒に頑張ってるみたいだし、そのうちきちんとしたものを作れるようになるだろう。

 

「ん? あれは・・・」

 

なにやら人ごみが出来ているようだ。

何の騒ぎだろうか。

 

「ちょっと見に行ってみようか、愛紗」

 

「分かりました」

 

少し駆け足気味に、人ごみへと向かう。

・・・聞こえてくる声からすると、どうも穏やかな雰囲気じゃないな。

 

「通してくれ!」

 

「あんだよ・・・って、ギルさま!?」

 

「お、おいみんな! ギル様が来たぞ! 道を開けろー!」

 

俺に気付いた一人が騒ぐと、すぐに人垣は開けていく。

どうやら、緊迫した状況になっているらしい。

助かった、やらこれで大丈夫だ、と言った台詞が聞こえるから、間違いは無いだろう。

 

「ど、どけぇ!」

 

人ごみの中心に出てみると、なにやら少し腰が引けた男が、お爺さんを人質になにやら剣を振り回していた。

・・・なんだろう、人質には悪いけど、ちょっとだけ気が抜けた。

 

「・・・故郷のおふくろさんも泣いてるぞ」

 

「い、いきなりなんだよ手前ぇっ!」

 

何処からとも無く青龍偃月刀を取り出し構える愛紗を手で制しながら、犯人を説得する。

おそらく、賊だとか黄巾党の残党だとかではないのだろう。がっくがくに震えてるし。

自首すれば罪も軽くなりますよ、きっと。

 

「騒ぎがこれ以上続くようなら、警備隊も来るだろうし・・・早いうちに大人しく捕まった方が良い」

 

「うるせぇっ! こ、ここまで来てやめられるかよぉっ!」

 

「・・・だろうねぇ」

 

だったらさっさと無力化してやるのが人質や彼のためでもあるか。

愛紗に目配せをする。愛紗が突っ込んで犯人を無力化、その隙に俺がお爺さんを救出。

それが一番効率がいいだろう。宝具使えない俺なんてちょっと強いだけのサーヴァントだし。

 

「いけっ」

 

「はいっ! はぁっ!」

 

俺の合図に反応して、凄まじい勢いで飛び出す愛紗。

そのあまりの速度に反応できなかった犯人は、一撃で手に持った刃物を弾かれ、お爺さんから離される。

お爺さんを後に続いた俺が保護して、愛紗がそのまま犯人を確保しようとしたその時・・・。

 

「っ、愛紗、上!」

 

「なっ・・・!?」

 

気付いたときには遅かった。

愛紗の頭上から、大量の水が降ってきた。

屋根の上にいた人間が、水のたっぷり入っていた桶をひっくり返したのだ。

・・・共犯者か。油断していたな。

 

「たいちょー! お待たせしましたっ!」

 

「副長か、丁度いいところに! 屋根の上だ! 追いかけろ!」

 

「がってんしょーち!」

 

騒ぎを聞きつけたのか、誰かから通報があったのかはわからないが、数名の部下を連れてやってきた副長に屋根の上を逃げる共犯者を任せる。

副長は部下にいくつか指示を出した後、懐から爪撃ちを取り出し、屋根に打ち込んで上がっていった。

あの調子なら数分で戻ってくるだろう。

 

「愛紗、大丈夫か?」

 

「あ・・・えと、はい。濡れてしまっただけです」

 

・・・濡れるッ。いや、冗談はさておき。

頭から水を被ってしまった愛紗は、全身水浸しでぽたぽたと水滴を落としている。

濡れて肌に張り付いた服が透けていて若干目の毒なので、俺のジャケットを羽織らせる。

 

「ありがとうございます・・・」

 

そう言って、羽織ったジャケットを両手で押さえる愛紗。

・・・可愛い。某ヶ崎さんのような純粋な可愛さがある。

なんて感慨に浸っていると・・・

 

「よっこいしょー!」

 

「うおっ、びっくりした・・・」

 

屋根の上から飛び降りたらしい副長が、縄でぐるぐる巻きになった男を担いでこちらに振り向く。

一応言っておくけど、ズドンというのは女子の着地音としては不適切だからな?

 

「あ、捕まえましたよたいちょー。取調べとかはこっちでやっておくんで、隊長はどうぞ、愛紗さんとイチャコラしてきてくださいな」

 

どーせ私はお仕事ちゅー、と鼻歌を歌いながら副長は去っていった。

・・・あいつ、拗ねやすくなったと思うんだけど、どうかね?

 

「副長の好意に甘えるか。愛紗、一旦戻ろう」

 

「い、いえ! 私は全然大丈・・・っくしゅ!」

 

「大丈夫じゃないだろ。ほら、無理しないで帰るぞ」

 

「・・・はい」

 

顔を赤くして、俺に手を引かれるまま歩く愛紗と共に、城へと戻る。

時間的に、今日は愛紗を送り届けて終わりかな。ま、デートはまた出来るし、いっか。

 

・・・

 

「・・・で、風邪ひいた、と」

 

「申し訳、けほっ、けほっ」

 

「謝ることじゃない。むしろ、俺が謝る側だろう? ・・・熱もあるのか」

 

愛紗の額に手を当て、大体の体温を測る。

むむ、平熱より高め、でもあまり高くは無い、位だな。

 

「ほら、おかゆ作ってきたから。食べられるか?」

 

よいしょ、と鍋を置く。

ふふん、おかゆだったら俺にだって作れるさ!

・・・まぁ、流流の助けも借りたけどさ・・・。

 

「あ、あの・・・これは、ギル殿が・・・?」

 

「ん? ああ、流流にも助けてもらったけどな。ほら、あーん」

 

「は、はいっ!? え、ええと・・・?」

 

「あ、そっか。まだ熱いもんな」

 

戸惑う愛紗をよそに、俺はレンゲに乗ったお粥にふー、と息を吹きかける。

こうして冷ますのは、やっぱり定番だよな。

 

「これでよし。あーん」

 

「え、あ・・・あー、ん・・・」

 

はむ、と可愛らしくレンゲを咥える愛紗。

うーん、そこはかとなく色っぽい。

 

「味のほうはどうだ?」

 

「美味しいです。・・・わ、私も、ギル殿が風邪をひかれたときは是非・・・!」

 

「風邪、ひくかなぁ、俺」

 

魔力切れしたときが一番それっぽい症状が出るけど、月とのパスもきちんとしてるし、今はもう魔力切れしないからな。

 

「まぁ、取り敢えずはお粥より普通の料理だな。もう炭化させたり未知の物体Xにはならなくなってきたから、もう少しだと思うぞ」

 

「うぅ・・・精進します・・・」

 

すっかり意気消沈してしまった愛紗に、二口目のあーん。

おずおずとレンゲを咥えるさまは、見ていて飽きない。

そのまま愛紗は鍋一つをきちんと空にした。うん、食欲があるのは良い事だ。

さて、あまり長居するのもまずいし、そろそろお暇するかな。

 

「それじゃ愛紗、俺はこの辺・・・で・・・?」

 

そう言いながら立ち上がり、愛紗に背を向ける、が。

くい、と袖を引かれる感覚に立ち止まる。

 

「あ・・・え、と、その・・・」

 

「ふむ」

 

病気のときは一人が寂しくなる、とは聞くが。

愛紗もそうなのだろう。

 

「身体、拭こうか」

 

疑問系ではない。ほぼ断定した口調で、愛紗にそう伝える。

寂しいのなら、一緒に居て、介抱してればいいだろう。俺にだって、そのくらいの気遣いは出来る。

・・・何? 気違いの間違いじゃないかだって?

否定は、しないけどさぁ・・・。

 

「えっ? あ、あの、その・・・」

 

もじもじとする愛紗に半分くらい無理やり背中を向けさせ、上着を取っ払う。

風邪をひいて寝込んでいたからか、下着を着けていない愛紗の綺麗な背中があらわになった。

 

「・・・お、お願い、します」

 

「あ、ああ」

 

濡れタオルを手に、軽く力を入れて背中を拭く。

 

「痛くは無いか?」

 

「はい・・・ん、大丈夫、です」

 

「・・・なぁ、愛紗?」

 

こちらに背中を向けたままの愛紗に、俺は手を動かしながら話しかける。

 

「はい・・・? なんでしょうか?」

 

「・・・ごめん、風邪ひいてるのに」

 

「はい? 何を・・・きゃっ!?」

 

・・・

 

「さいていです」

 

「うっ・・・ごめん」

 

背中を拭いていたらそのまま理性がどこかへ行ってしまい、気付いたら愛紗を押し倒してた。

本能の趣くままに身体が動いていて、気付いたら事後だった。

 

「言い訳するつもりは無いよ。風邪で辛いのに、無理させてごめん」

 

「・・・別に、怒っているわけではありません」

 

嘘だ。完全にむくれてる顔だぞ、それ。

 

「い、嫌だったわけではありませんが・・・急すぎますっ」

 

「それは本当に申し訳ない・・・」

 

平謝りである。

というか、病気のところに無茶をさせるなど、人間としてやっちゃいけないことだ。

・・・いや、だからと言って全快したらもう一回! とか考えてないからな!?

 

「・・・その、本当に反省していますか?」

 

「もちろん。お詫びと言ってはなんだけど・・・何でも言うことを聞くよ。何か、食べたいものとかあるか?」

 

「何でも・・・ですか?」

 

一瞬、愛紗の目が弱った女の子の目から武人関雲長の目に戻った気がする。

あれ、俺早まった? と後悔するが、時すでに遅し。

何であろうと全力でやったろうじゃないか!

そう決意しながら愛紗を見返すと、愛紗はもじもじしながら呟いた。

 

「それでしたら・・・その、一緒に、居てくれますか・・・?」

 

「え、いや、それはもちろん。・・・え? それだけ!?」

 

「そ、それだけと言われても・・・」

 

「ほら、他に無いか? 向こう一年分の書類片付けて来いとか、三国の兵士を今日中に全て一人前に調練して来いとか・・・」

 

「・・・ギル殿が私をどういう目で見ているのか、十分に分かりました」

 

あ、墓穴った?

 

・・・

 

「・・・風邪なんて、しばらく無縁でしたからね。少し、心細く思っていたところです」

 

「確かに、愛紗が風邪で寝込んでるところなんて想像できなかったな」

 

言いながら、桃の皮をむいて、一口サイズに切っていく。

やっぱり看病といえば果物だろう。宝物庫にリンゴもあったが普通の果物としてのリンゴが無かったので桃にした。

桃も、宝物庫の中のものだと仙人が食べるようなものしかなかったので、市販のものだ。

皿に並べて差し出すと、どうも、と受け取ってくれた。

いつものきちっとした服装ではなく、寝巻きに身を包み髪をストレートに下ろしている愛紗はいつもとは違った可愛らしさがある。

・・・むむ、またいらん所に血液が。グッバイ煩悩。

 

「想像できないといえばギル殿もですよ。今まで病気になられたところを見たことが無い」

 

「はは、サーヴァントだしなぁ。もし風邪をひいたら、愛紗に看病をお願いしようかな」

 

「は、はっ! もしそのような時が来たら・・・全力で看病いたします!」

 

「・・・そこまで気合入れることじゃないぞー」

 

ぐっと拳を握って一人燃えている愛紗に、横から突っ込みを入れる。

・・・聞いてないな、こりゃ。

はは、と乾いた笑いを浮かべていると、こんこん、とノックの音。

 

「はーい」

 

「あ、えっと、私だよっ」

 

「・・・不審者か!」

 

「ち、違うよぉ! お兄さん、わざと意地悪してるでしょ!? 桃香だよー!」

 

分かってるって、と言いながら、扉を開ける。

そこには、予想通り頬を膨らませて少しだけ眉を寄せた桃香が、いつものように胸の上で手を組んで立っていた。

今にもぷんぷん、とか口で言いそうな顔をしている。

 

「もぅっ、意地悪するお兄さんは嫌いだよーっ。ぷんぷんっ」

 

・・・うお、口で言った。

マジかよ・・・流石は天然ドジっ娘属性持ち・・・。

どんなあざといことをやっても許されるということか・・・。

 

「桃香様・・・移るといけないのでお見舞いは結構ですと伝えたはずですが・・・」

 

「えー? だって、私だって愛紗ちゃんの看病してあげたいもん!」

 

戦慄している俺を他所に、桃香は寝台の上の愛紗と会話している。

・・・おにーさんを混ぜてくれても良いんだよ? ぐりーんだよ?

 

「だいぶ落ち着いたみたいだね」

 

「はい。ギル殿に手厚く看病していただいたお陰です」

 

「ふぅん・・・。ね、愛紗ちゃん、風邪って人にうつすと早く治るんだって!」

 

「は、はぁ・・・。えっ、何で近づいてくるのですか桃香さまっ!?」

 

「咳とか、くしゃみとか出ない?」

 

「その手に持つ紙縒りはなんですか!」

 

何故か一進一退の攻防を繰り広げる二人を微笑ましく眺めながら、取りあえず桃香を押さえる。

流石に愛紗が紙縒りで無理やりくしゃみをさせられるのを見過ごすわけには行かない。

・・・というか、桃香よ、風邪をひきたいのか・・・?

愛紗の風邪はその翌日無事に治った。

・・・の、だが。

 

「へーちょっ。あうぅ・・・風邪ひいたぁ~・・・」

 

「・・・流石オチ要員」

 

「オチ要員っ!? けほけほっ」

 

「ああほら、無理にツッコミするから」

 

前日の愛紗と同じく、髪を下ろして寝巻きに身を包んだ桃香の横で、俺は軽くため息をついた。

まぁ、うつして欲しかったみたいだし、何か言うつもりはないけど・・・。

 

「あーうー・・・」

 

「はいはい、ちーん」

 

「ちーん・・・」

 

この時代にティッシュなんてものは流石に無かったので、こうしてハンカチ代わりの布を使っている。

ゴミ箱の中には使用済みのものが大量に積み重なっている。

風邪のときに鼻が詰まったりすると辛いよなぁ。

こうして、俺の休みは愛紗と桃香の看病で潰れたのだった。

 

・・・

 

「・・・ええと、ギルさん?」

 

両手で持ち上げている響が、とても困惑した顔でこちらに話しかけてくる。

 

「どうした、響」

 

「いや、えーと、何で私はギルさんに高い高いされてるのかなーって」

 

「さぁ、何でだろうな」

 

「ギルさんに分からなかったら誰もわからないよね!?」

 

ぶらぶらと持ち上げた響を左右に振ってみる。

 

「え、なに、なんなの・・・? 私、何されてるの・・・?」

 

えぇー、と、なにやら困惑している模様。

俺だって何をやってるか良く分からないのだ。響に分かるはずもないだろう。

だが、ちょっと楽しくなってきたぞ・・・。

 

「なーんーなーのー・・・あの、降ろしてー」

 

「ちょっと待って。今ちょっと楽しくなってきたところだから」

 

「何処がっ!?」

 

「よし、満足した」

 

「ほふっ。うぅー、やっぱり地上に足が着いてないと不安だよねー」

 

降ろしてから少しの間、響は確かめるように地面を踏んでいた。

 

「にしても、響、太った?」

 

「た た き の め す ぞ !」

 

「『対魔術:D』!」

 

いきなりではあるが、響の魔術は、声とかの『音』を使ったものになる。

『静けさや 岩に染み入る 蝉の声』と言った様に、音を浸透させ、その音と混合させる。

つまり、Act1と2の良いところ取りである。

結構本気出していたらしく、俺のちょっと上がった対魔術を突破しそうな威力だった。

ちなみに今の『叩きのめすぞ』という大日本帝国兵も真っ青な台詞が俺に浸透すれば、本当に叩きのめされたようなダメージがある。

 

「ギルさんこらぁ! 言っていい事と悪いことってあるんだよ!?」

 

「いや、持ってみたら前抱き上げたときより重かったから・・・」

 

「前? ・・・っ! そ、それって夜のお話でしょ!?」

 

「あー、持ち方違うからか。もう一回後ろから足を持って・・・」

 

「恥ずかしいからやめようよ! まだお昼だからね!?」

 

「まぁいいや。で、太ったって話だけど・・・」

 

「何なの!? 何でそこまでしつこいの!? ええ太ったよ太りましたよ! でもちょっと二の腕と脇腹がぷにぷにし始めただけだもん! まだくびれてるもん!」

 

デリカシーの無い話をしていると、響が大噴火し始めた。

二の腕と脇腹の肉付きが良くなってきたらしい。

 

「いつまで持つかな・・・くっくっく・・・」

 

「何その悪役っぽいの・・・」

 

げんなりと肩を落とす響。

先ほどから太った太ったと言ってはいるが、そんなもの誤差の範囲くらいだ。

メイド服を着ている今の状態では、何処がどう変わったのか分からない。

こうして響をいじっているだけで楽しくて可愛いのでやってるだけだ。

正直仕事も無く暇なので、こうして食堂で偶然出会った響をからかっているのだが。

 

「そういえば、響の魔術を見たのは初めてかもしれないな」

 

「そう? ま、私が魔術を使い始めたのは孔雀ちゃんに教わり始めてからだからねー」

 

音や声を使うということは、頑張ればそのうち響はスタイルを使えるのだろうか。

個人的には誤変換を使って頑張ってもらいたい。

 

「舌見せてみ」

 

「ふぇ? ・・・れろ」

 

「・・・はぁ」

 

「何でがっかりされたのかなぁ・・・?」

 

若干怒りの篭った声で首を傾げられる。

 

「いや、舌に『誤』って書いてなかったから」

 

「普通書いてないよ? ねえ、さっきからどうしたのかなギルさん。魔力でも足りないの?」

 

魔力の篭った握りこぶしを振り上げながら、響が微笑む。

・・・ふむ、そろそろ潮時か。

 

「よし、響。買出しに付き合ってくれ」

 

「・・・その切り替えの早さ、凄いと思うよ」

 

はぁ、とため息をつきながら俺の手を握る響。

何だかんだ言ってノリノリなのが響の良い所だ。

 

「さっ、でぇとだよっ。まだ行ってない甘味処があるから、そこ行こっか!」

 

響のこの切り替えの速さのほうが凄いと俺は思う。

 

・・・

 

「はー、美味しかった!」

 

「そりゃ何より」

 

「あーんも出来たしー、口の周りについてるよーも出来たしー、ちゅ、ちゅーも出来たし・・・」

 

てれりこ、と頬を染める響。

どうやら自分の言葉に照れてるらしい。

 

「いつも思うんだけどさ、何で響って恥ずかしい言葉自分で言って自爆するの?」

 

「自爆!? 私そんな事してないよ!?」

 

なんと。無自覚だったらしい。

それはいけないと今までの自爆話をつらつらとしてみる。

見る見るうちに響の顔が真っ赤になっていき、最終的に・・・

 

「もうやめてぇぇー! 分かったからぁっ。もう分かったからぁっ」

 

顔を伏せてやー、とかもー、とか唸り続ける響。

無自覚の自爆を自覚してしまって今更ながら恥ずかしくなっているらしい。

 

「うぅぅー・・・あの時のとかあの時のとかも自爆っちゃってるのー・・・? ああっ、あの時も自爆してるかもしれないっ・・・!」

 

次々と思い当たる節が出てきたのか、今にも自分の部屋に戻って枕に顔を埋めたそうにしている。

うんうん、分かるよその気持ち。俺もとあるノートがばれた時そんな気持ちになったもの。

ちなみに寝る前と風呂に入っているときに良くそういう黒歴史が脳裏を掠めたりするのだ。

 

「ま、そういう自爆も含めて好きだから。気にしなくていいよ。むしろ気にするな」

 

「・・・はい」

 

顔を真っ赤にしながらしょんぼりする器用な響を慰めながら、町を練り歩いてみる。

気分を切り替えて楽しむことにしたのか、開き直ることに決めたのか分からないが、響も時間が経つにつれて再び元気になったようだ。

先ほどから俺の手を引っ張ってあっちへ行ったりこっちへ行ったり忙しない。

 

「ほわー・・・ど、どう? 似合う?」

 

露天の髪飾りを当ててこちらに振り向く響。

・・・ドクロの髪飾りはやめような。こっちのリボンにしないか?

 

「おっきーね。でも、こういうの似合わないと思うよ?」

 

「似合う似合う。ほら、こうやって・・・」

 

ポニーテールの根っこにしゅるっと巻いてみる。

うん、いいんじゃないかな?

 

「そ、そっか。えと、うん」

 

そのまま響はふらふらと会計を済ませてきた。

・・・俺が出すつもりだったのだが、足取りが覚束ない響に気を取られているうちに会計を済まされてしまったのだ。

まぁいいか。可愛い響を見られたことだし。

 

「か、帰ろ、ギルさん。お部屋で、お話したいな」

 

本当に「お話」をしたいのかは疑問だが、まぁ部屋に来たいというのなら連れて行くしかあるまい。

 

・・・

 

あの後、再び自爆しまくる響を心行くまで可愛がった後、響は寝台の枕に顔を埋めて足をばたばたとさせ始めた。

しばらく一人でこうさせて、と言われたので、最後に一撫でしてから政務をするために政務室へと向かう。

さて、今日も今日とて書類仕事だ。

 

「あわ・・・おはようございます、ギルさん」

 

「おはよう、雛里。・・・あれ、一人?」

 

「は、はいっ」

 

「そっか。よし、一緒に頑張ろうな」

 

「はひっ! ・・・あわわ」

 

変な返事をしてしまったのが恥ずかしいのか、魔女帽を深く被って顔を隠そうとする雛里。

帽子ごと撫でたい衝動に駆られるが、我慢我慢と筆を用意する。

 

「お、今日はちょっと多めかな?」

 

「そうですね・・・。先日行われた行事の後処理だと思います・・・」

 

「ん? ・・・ああ、アレか! この書類を見るに成功したみたいだな。良かった良かった」

 

あそこの区画長はお祭り好きみたいだし、ちょくちょくこういう催しを企画してくる。

ふむふむ・・・なるほど、今回のはそんな祭りを・・・。

 

「参考になるなぁ」

 

「? どうかしたんですか?」

 

「いや、この行事面白そうだなぁと」

 

見てみる? と雛里に書類を渡してみる。

受け取った雛里は、しばらく目を通してから、あわあわ取り乱し始めた。

・・・まぁ、現代でいうミスコンみたいなものだからな。

水着審査とか、歌の審査とか。そういうのは雛里には刺激が強いかもしれない。

未だに取り乱しているのを見るに、自分がそういう舞台に立っているのを想像しているのだろうか。

水着の雛里か。スク水しか見てないが・・・ふむ、もし他の水着なら・・・。

 

「いいな」

 

それはとてもいいぞ。

ビキニ・・・いや、パレオか。

仕方ない、また龍でも討伐してくるか。

 

「あわ・・・? どうされたんですか、ギルさん」

 

がたり、と立ち上がった俺を見て正気に戻ったのか、雛里がそんなことを聞いてくる。

小首をかしげる雛里に俺はああ、と頷いて。

 

「龍を討伐してくる」

 

「あわわっ!? い、いきなりどうしたんでしゅかっ!?」

 

「ほら、雛里の水着を作らないと」

 

「い、意味がわからな・・・しゅ、朱里ちゃぁん・・・助けてぇ・・・」

 

一人じゃ止められないよぅ、と呟く雛里。

俺が正気に戻ったのは、ふと今の季節が秋だということを思い出した後だった。

しかし俺の手には龍の素材。・・・どうやら、無意識のうちに龍を討伐してきていたらしい。

こっちはまだ幻想種が倒せるレベルだから良いけどなぁ。

 

「あわ・・・帰ってきた」

 

「あ、雛里。ただいま」

 

「お、お帰りなさいです。・・・あの、その手に持ってるのは・・・」

 

「水着」

 

「あわわ・・・ほ、本当に倒してきたんだ・・・」

 

雛里にしては珍しく若干引き気味の表情を浮かべる。

? どうしたんだろうか。

 

「取りあえず、仕事が終わったら俺の部屋で着ような」

 

「私のなんでしゅかっ!?」

 

仕事の後は俺の部屋で水着審査だ。・・・隅々までな!

 

・・・

 

ある昼下がり、俺は窓を開けて風を受けながら読書していた。

太陽の光と風がなんとも心地よいと少しうとうとしながらページを捲ると、元気な声が聞こえてきた。

 

「おにーちゃーん! あーそーぼー! なのだー!」

 

「ん? おー、鈴々かー。ちょっと待ってろー!」

 

中庭から俺の部屋にむけてとなると、相当大きな声を出しているのだろう。

流石元気っ娘。俺の眠気もどこか行ってしまった。

特に用事も無い以上、遊ぼうと誘われたら遊ばなければなるまい。

とうっ、と窓から飛び降りる。

 

「おー! 凄いのだー!」

 

「はっはー、凄いだろー」

 

たまに失敗して足が痺れることは言わないほうがいいだろう。

俺にだって、守りたい名誉はある。

 

「で、何して遊ぶんだ?」

 

「んー? えーと・・・あっ! 前に璃々から聞いた、「おままごと」って言うのをやってみたいのだ!」

 

「あーっと・・・別の遊びにしないか?」

 

「駄目なのかー? んーと、じゃあ・・・」

 

そう言って丈八蛇矛を抱えながら考え込む鈴々のお腹から、くぅ、と可愛らしい音がした。

頭の後ろをかきながら、鈴々は恥ずかしそうにお腹を押さえる。

 

「あ、あははー。おなかが減ったのだー」

 

「みたいだな。ご飯食べながら考えようか」

 

そうするのだー! と返事をする鈴々と並びながら、町へ出る。

何時も通りのラーメン屋でいいだろう。

それにしても、鈴々の照れる表情が見れるとは、幸先が良い。

 

・・・

 

「特盛りにするのだっ!」

 

天気もいいので、外に並べてあるテラス席に座り、大通りの人の流れを見ながら食事をすることに。

鈴々は何時も通り大盛りの更に上・・・特盛りラーメンを頼んでいた。

ラーメンも良いが、チャーハンもいいな。・・・半分ずつ頼むかな。

店主に注文をしてから、今日も人が凄いな、と呟く。

ふと鈴々に視線を戻してみると、なにやら荷物を卓の上に乗せていた。

・・・そういえば、ここに歩いてくるまで丈八蛇矛の代わりにその包みを持っていたような気もする。

 

「よいしょっ、と」

 

「なんだそりゃ」

 

「ふぇ? これは朱里から借りた本なのだ!」

 

「へぇ。鈴々が読書なんて珍しい」

 

先ほどまで俺も読書をしていたので、少し気になった。

俺が読んでいたのは三国を旅しているという旅人の自伝だ。

なんというか、そう言うのっていいよね。今度やってみようかな。

 

「なんて本なんだ?」

 

「えーと、内緒なのだー」

 

「なんだよー」

 

「朱里に、お兄ちゃんにはとくに見せちゃ駄目だって言われてるのだー!」

 

俺には特に見せちゃ駄目・・・? 八百一本か?

いやいや、流石の朱里たちもきちんと理解できる人間にしか勧めないさ・・・きっと。

俺は嫌だぞ、元気いっぱいに腐っていく鈴々を見るのは。

少しだけ戦慄しながら鈴々を見ると、だめなのだー、と本を押さえる。

心配しなくとも、無理やり見るようなことはしないさ。

 

「その本、どの辺りまで読んだんだ?」

 

「んーとね、ごーこんで連れ去られそうになった女の子が助けられるところなのだー」

 

「そっかー。鈴々は可愛いなぁ」

 

「急にどうしたのだー?」

 

なんでもないよ、と誤魔化す。

とても素直なところは鈴々の長所である。このまま育っていただきたい。

 

「はいよっ! お待ち!」

 

「お、きたな。じゃ、食べようか。いただきます」

 

「いただきますなのだー!」

 

ずぞぞぞ、と凄まじい勢いで鈴々の特盛りラーメンが減っていく。

うはぁ、それだけでお腹いっぱいである。

 

「うんうん、やっぱりこのくらいで良かったか」

 

視覚的にも、味覚的にも。

さて、今日の鈴々は何度替え玉をするのだろうか。

 

「鈴々、ちょっと本借りるぞー?」

 

「いーのだー!」

 

食事に夢中になりすぎてるのか、ご機嫌になりすぎてるのか、俺の言葉に頷く鈴々。

それじゃ遠慮なく、と本を捲る。

・・・俺の予想通り、現代でいう少女漫画のようなものらしい。

主人公が男子更衣室でヒーローに向かって「私が畳んであげるわよ」と言っているシーンが見える。

なんで主人公そんなところにいるんだよ。というか、この漫画俺読んだことが・・・。

 

「お腹いっぱいなのだー・・・あっ! お兄ちゃん、それは読んじゃ駄目なのだ!」

 

「鈴々が貸してくれたんだぞー?」

 

替え玉を三回して満足そうな鈴々が俺の手元を見て騒ぎ出した。

ははは、俺の策略の勝ちだな!

 

「そんなわけないのだ! うそは駄目なのだ、お兄ちゃん!」

 

「ま、兎に角・・・朱里の本だっていうからどんな有害図書かと思ったら普通の本だったな」

 

ごめんごめん、と鈴々に本を返す。

 

「まったく、お兄ちゃんは仕方ないのだ。そんなに読みたかったのかー?」

 

「えーっと・・・そ、そうだな。俺もちょっと興味あったんだよ」

 

「そーなのかー。んー、でも鈴々もまだ途中だし・・・そだ! お兄ちゃんのお部屋で一緒に読もう、なのだ!」

 

「良いのか? 朱里に禁止されてるんじゃ・・・」

 

「えへへー。内緒にするのだー」

 

そう言ってはにかむ鈴々に手を引かれ、俺は再び自室へと戻ることになった。

 

・・・

 

「それじゃあ読むのだっ。お兄ちゃん、座るのだ!」

 

そう言って、鈴々に言われるがままに寝台に腰掛ける。

鈴々は俺の膝の上によっと、なんて軽い掛け声と共に腰掛けてきた。

なるほど、俺は鈴々の椅子になりながら読めと。いいだろう。

 

「えーと、どこまで読んだかなー」

 

そう言って、鈴々はぺらぺらと本を捲る。

少しの間そうしていたが、お目当てのページが見つかったのか、鈴々の手が止まる。

俺も鈴々の頭越しに目を通してみる。・・・ふむ、漫画かと思ったが、挿絵の多い小説のようだな。

言葉を覚えたてでも読み勧めやすいようになっているのだろう。流石朱里、鈴々のことを分かっている。

ぺらり、というページを捲る音だけが部屋に響く。

読んでて思ったが・・・少女向けと侮れんな。中々引き込まれる。

 

「お兄ちゃん?」

 

「ん? どうした?」

 

「んと・・・ちょっとくすぐったいのだー」

 

鈴々の頭の横から顔を出していたからか、俺の髪が鈴々の頬に触れていたらしい。

恥ずかしそうに頬を染めて人差し指で自分の頬をかく鈴々。

 

「ごめんごめん。ちょっと近かったな」

 

「近いのは別にいいのだ。ちょっとくすぐったかっただけなのだ!」

 

「よっと。これで髪もかからないだろ」

 

両手で自分の髪をかき上げる。

普段着に変えると髪もおりちゃうからな。

これで大丈夫か、と鈴々に視線を向けてみると、じっとこちらを見上げていた。

 

「・・・どうした?」

 

「にゃ? んー、お兄ちゃんの髪型はそっちのほうが好きだなーって思ってみてたのだ!」

 

「はは、そうか? 実を言うと俺もお気に入りなんだ」

 

「だからお兄ちゃんは戦うときにその髪型なのかー」

 

微笑む鈴々にそうだぞー、と答えながら頭を少し乱暴に撫で、再び読書タイム。

髪がかからなくなってから鈴々はこちらに何か言うこともなくなった。

だが、時折ちらりとこちらに視線を向けるようになってきた。

どうしたのだろうか。髪の毛・・・はもう流石にかからないだろう。全部上げてるし。

良く見てみると、ページもあまり進んでいないようだ。

 

「どうした? 進んでないみたいだけど・・・」

 

「なんでもないのだ! ちゃんと読んでるのだー」

 

「それならいいけど・・・」

 

そう言いながら、鈴々のページを捲る手は先ほどより明らかに早い。

確実に読んでない。ぺらぺら捲って挿絵だけを確認しているかのような速度だ。

ついに最後のページまで捲り終え、パタンと本が閉じる音が響いた。

 

「どうしたんだよ、鈴々。なんか変だぞ?」

 

「・・・変なのだ。どうしようお兄ちゃん。鈴々、変なのだ!」

 

「落ち着けって。ほら、深呼吸」

 

「すー・・・はー・・・」

 

混乱しているらしい鈴々に深呼吸をさせる。

大きく息を吐いた鈴々は、再びこちらを見上げて口を開く。

 

「この本を見てると、変な気持ちになるのだ」

 

「変な気持ち?」

 

この本に八百一要素は無かったし・・・普通の恋愛物だったはずだ。

一緒に読んでいた俺が言うのだ。間違いは無い。

 

「あのね、好きな男の子の前だと、女の子は胸がドキドキするらしいのだ」

 

「みたいだな」

 

この本の主人公も、ことあるごとにヒーローにドキドキしてるみたいだし。

大丈夫なのか、この娘。そのうち心臓爆発するぞ?

・・・っとと。話がそれたな。

 

「でも、鈴々はお兄ちゃんと一緒に居てもドキドキしないのだ! お兄ちゃんといると、きゅーっとして、なでなでされるとふわっとするのだ!」

 

擬音語ばかりだったが、なんとなく言いたいことはわかった。

この主人公の女の子は、自分で「普通の女の子」だといっている。

そんな「普通の女の子」とは違う感覚を受ける鈴々は、自分が普通じゃないのでは、といいたいのだろう。

・・・鈴々にはまだ、恋愛の「好き」が分かってないのではないだろうか。

俺の呼び方も「お兄ちゃん」だし、家族に近い「好き」なのだと思う。そんな鈴々が俺の近くに居ても、きっとドキドキはしないだろう。

鈴々がもっと成長して、きちんと異性を意識したとき、その答えも見つかるのではないだろうか。

 

「鈴々は、変なのかー?」

 

問題は、それをどうやって鈴々に伝えるか、だ。

不安そうにこちらを見上げてくる鈴々に急かされるように、俺は頭の中でいくつかのパターンをシュミレーションしてみる。

・・・うん、駄目だ! 全く上手く伝えられる未来が見えない!

 

「お兄ちゃんっ。聞いてるのか?」

 

「聞いてる。聞いてるよ。うん。えーっとだな・・・」

 

こちらに向き直って胸倉を掴んでくる鈴々に思考を邪魔されながらも、何とか口を開く。

 

「そう、だな。それは・・・」

 

「それは?」

 

うぐ、純真な視線が痛い。

というかこれは親の仕事ではないのだろうか。俺まだ子供居ないんだけど。

・・・璃々? いや、確かに紫苑とはそういう関係だけど・・・。じゃなくて。

 

「鈴々が、大きくなったら分かるよ」

 

出てきたのは、凄まじく曖昧な言葉。

自分でも言ってて絶対鈴々は納得しないな、と理解してしまうほどの不正解だった。

 

「えー? そんなのやなのだ! やっぱり鈴々は変なのかー?」

 

「いや、そんなことは無いぞ? だからだな・・・ええと・・・」

 

「はっきり言って欲しいのだっ」

 

うぐ・・・鈴々に言葉で追い詰められるとは思ってなかったぞ・・・。

 

「お兄ちゃんは鈴々が何でこんな気持ちになるのか知ってるのだ?」

 

「・・・まぁ、一応」

 

「じゃあ、ちゃんと教えて欲しいのだ!」

 

ぐぬぬ・・・。

だんだんと追い詰められてるぞ。

・・・仕方が無い。きちんと正直に話してみるか。

鈴々も成長しているのだ。きっと理解できるはず。

 

「・・・分かった。あのな・・・?」

 

そう言って、先ほどの考えを鈴々に伝える。

最後まで伝えきったとき、鈴々は頬を膨らませていた。・・・なんで?

 

「違うのだ! お兄ちゃんが好きなのは、家族だからじゃないのだ!」

 

そう言って、鈴々は俺に詰め寄る。

 

「いや、だからな? 家族そのものじゃなくて・・・」

 

詳しく説明しようとするが、鈴々は全く聞く耳を持たない。

完全に暴走しているようだ。

 

「鈴々、お兄ちゃんと家族じゃないからにゃんにゃんも出来るのだ!」

 

「は? にゃんにゃ・・・ちょっと待て! そんなの何処で知って・・・」

 

「前に朱里から借りた本なのだ!」

 

「そっちが有害図書か!」

 

しかも意味を全部理解してるっぽいぞ!?

くそ、最近政務を一緒にさせたりして知力を上げたのが原因か!

妙なフラグが立った気がするぞ・・・!

 

「鈴々、落ち着けって! こういうことはまだ鈴々には早い・・・」

 

「お兄ちゃんに子ども扱いされるのが一番嫌なのだ! 鈴々もちゃんとできるのだ!」

 

そう言って、服を脱ぎだそうとする鈴々。

ああもう、恨むぞ朱里!

 

「分かったよ。分かったから落ち着け、鈴々」

 

俺の膝の上で服に手をかけていた鈴々の肩をつかみ、目を合わせる。

鈴々はきょとんとした顔でこちらを見上げてくる。

 

「鈴々、その・・・俺のこと、好きか?」

 

うわぁ、自分で言っててなんだが、完全に自意識過剰な台詞である。

後で枕に顔を埋めることは確定した。

 

「好きなのだ! お兄ちゃんといると胸がきゅーってして、あったかい気持ちになるのだ!」

 

「・・・そっか。じゃあ、俺は今から鈴々に色んなことをするぞ」

 

「にゃんにゃんとか?」

 

「にゃ・・・そ、そうだな。そういうこともする。もし、もし少しでも怖かったり嫌だったりしたら、ちゃんと言うんだぞ」

 

「分かったのだ」

 

真面目な顔で頷く鈴々によし、と頷き返し。

 

「じゃあ、まずは口付けからだな」

 

「くちづけ・・・ちゅーなのだっ」

 

「そうだな。目、閉じて」

 

「分かったのだ。・・・ん」

 

そう言って眼を閉じ、口を突き出してくる鈴々に軽く口付ける。

・・・さて、本当に突っ走って大丈夫だろうか。

俺が、きちんと鈴々を気遣えばいいな。頑張ろう。

 

・・・

 

「んー・・・」

 

神妙な顔をしながら、てこてこと歩く鈴々。

偶然通りすがった孔雀が、そんな鈴々を見つけて声を掛ける。

 

「おや? おはよう、鈴々」

 

「あ、孔雀なのだ。おはようなのだー」

 

「・・・どうかしたの? ずいぶん歩きにくそうだけど。・・・まさか、怪我?」

 

「違うのだー。・・・んっとね、昨日、お兄ちゃんとにゃんにゃんしたのだ」

 

「にゃんにゃ・・・ええっ!? り、鈴々と!? うっわぁ、ボクが言うことじゃないけど、犯罪臭・・・」

 

ずさっ、と驚いたような反応をする孔雀。

 

「ああ、じゃあそれは・・・えと、入ってる感覚、してるんだ」

 

「そうなのだ。痛くはないんだけど、歩きにくいのだー・・・」

 

頬を染めながら、孔雀は鈴々に大丈夫? と聞く。

 

「孔雀も最初はこうだったのかー?」

 

「そ、うだね。今じゃ結構慣れてきたけど、最初の頃はその・・・異物感っていうのかな。変な感覚だったなぁ・・・」

 

「そうなのかー・・・」

 

「その、鈴々は・・・痛かった?」

 

孔雀の問いに、鈴々はううん、と首を振る。

 

「お兄ちゃん、優しかったのだ。いっぱいなでなでとか、ちゅーとかしてくれたから、平気だったのだ!」

 

「そっか。・・・うん、そうだよね。僕も話に聞いてたほどじゃなかったし。・・・もしかして、ギルって上手いのかな」

 

「どうかしたのかー?」

 

「ふぇっ!? う、ううん! なんでもない! それより、あまりきついようだったら部屋で休んでたほうがいいよ」

 

ボクの部屋近いから寄ってく? と自室を指差す孔雀に、鈴々は少し考えて首を横に振った。

変な感じはするけど、歩けないほどじゃないという鈴々の言葉を聞いて、そっか、と一人頷く孔雀。

 

「じゃあ、ちょっとだけ魔術を掛けて置いてあげよう。治癒って程じゃないけど・・・違和感くらいはなくなるはず」

 

そう言って、鈴々の下腹部に手を当て、呪文を唱える孔雀。

すぐに当てた手が光りだし、鈴々に吸い込まれるように消えていく。

 

「これでよし。どう? 普通に歩けるくらいにはなった?」

 

「んーと・・・にゃにゃっ、凄いのだっ、変な感じしなくなったのだ!」

 

「それは良かった。・・・でも、無茶はしない。いいね、鈴々?」

 

「分かったのだー! ありがとうなのだ、孔雀っ」

 

それじゃねー、と手を振って駆け出す鈴々。

孔雀はその後姿を見送って、はふ、とため息。

 

「そっかぁ。鈴々までか。・・・髪の毛も伸びてきたし・・・そろそろ、ボクも可愛がってもらおうかな」

 

そう言って、メイド服を翻してギルの部屋へと駆ける孔雀。

就寝中のギルにヒップドロップをかまして朝からいちゃつき、仕事に遅刻してしまったのは、この二時間後のことであった。

 

・・・




「うぅ・・・やっぱりお肉付いてきたかなぁ。・・・はぁ、寄る年波には勝てないよねぇ」「・・・そういえば響・・・さんはボクより十五くらい上なんだ・・・ですよね」「敬語はやめようよ孔雀ちゃぁん・・・いじめ? いじめなの?」「いじりと言って欲しいね。響をいじると楽しいし可愛いから」「確かに。俺もわかるぞー」「だよね。・・・ん?」「ちょ、きゃあああっ!? ギルさんっ!? 今女湯の時間だよっ!?」「知ってる」「・・・ギルも響いじり好きだよねぇ」


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