真・恋姫†無双 ご都合主義で萌将伝!   作:AUOジョンソン

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「甘味処といえば、体重を気にする幼馴染にパフェとか勧めまくったの思い出すなぁ」「・・・食べさせるギルもギルだけど、食べる幼馴染も幼馴染だよな」「あいつはなんか誘ったら断らなかったからさー。・・・俺も、虫歯のときとかに大福勧められて断れずに食ったけどさー」「・・・話何回か聞いてるけど、本当に仲良いよな、ギルとその幼馴染」「まぁ、長い付き合いだしねぇ」


それでは、どうぞ。


第三十八話 甘味処に

「はい、お茶が入りましたよ」

 

「ん、ありがと」

 

月作の昼食を自室で食べた後、これまた月が煎れてくれたお茶を飲む。

ふむ、至福・・・。

 

「今日の昼飯は月が作ったんだよな? いつも通り美味しかったよ。ありがとな」

 

「へぅ・・・私も、美味しいって言っていただけると嬉しいです。ありがとうございます」

 

「いやー、仕事の息抜きには最高だよなぁ、こういう時間は」

 

そう呟きながら、お茶を一口。

勝手に漏れてくるため息を吐き出しながら、椅子に深く腰掛ける。

 

「ふふ。こんな時間が、ずっと続けばいいのにって思います」

 

そう言って、月は窓の外へ目を向ける。

俺も釣られて外へ視線だけ向けると、少し風が強いのか、砂埃がちらほらと視界をよぎった。

もう冬も近いのかな。

 

「月、こっちおいで」

 

そう言って月を手招きする。

一瞬戸惑った月だが、すぐに意図を理解したのか頬を赤く染めながらおずおずと俺の膝の上へ。

 

「よっと。んー、やっぱり軽いなぁ。ちゃんと食べてるか?」

 

「へぅ・・・あんまり食べちゃうと、今度は重くなっちゃいます」

 

「そうかー? これはもう少し食べないと不味いんじゃないかなってレベルだぞ」

 

「れべる・・・ですか?」

 

「あー、いや、うん。なんでもない」

 

「? そうですか」

 

こちらに背を向けて膝に乗る月の髪の毛に触れる。

ゆっくりと手で梳くように頭を撫でると、ゆっくりと月は俺に背中を預けてくる。

 

「・・・気持ちいいです、ギルさん」

 

「そうか? ・・・まぁ、月の頭は何度も撫でて知り尽くしてるからな」

 

「へぅ・・・」

 

「知り尽くしてるのは頭だけじゃないけどな」

 

「ふぇ? ・・・っ! ぎ、ギルさんっ。は、恥ずかしいことを言わないでくださいっ」

 

俺の言葉の意味が分かったのか、頬に手を当てていやいやと頭を振る月。

そのたびに振り回される髪の毛からふわりと月の香りが届く。

うん、我慢の限界かな。

そんなことを頭の片隅で他人事みたいに思いながら、月の腰に手を回す。

 

「ひゃっ・・・ぎ、ギルさん?」

 

驚きながらも俺の手に自分の手を重ねてくれる月。

 

「ま、まだお昼ですよ? ・・・それに、えと、明るいと恥ずかしいです」

 

「ははっ、まだ何にもしてないだろ? 何想像してるんだ?」

 

「へぅ・・・ギルさんは意地悪です」

 

少しだけ頬を膨らませる月。

小動物のようなその表情につい笑ってしまった。

 

「も、もうっ。笑わないで下さいっ」

 

「ごめんごめん。さてと、どうする?」

 

「何がですか?」

 

「ご飯も食べたし・・・散歩でも行くか?」

 

「お散歩・・・いいですねっ。行きたいですっ」

 

「よしっ。じゃあ善は急げと言うことで早速行くか」

 

月を膝の上から下ろし、立ち上がる。

川のあたりまで歩いてみようかな。

あの辺なら景色もいいだろうし。

散歩のコースを考えながら部屋を出ると、月がくいくいと裾を引っ張ってきた。

 

「あの・・・手を、繋ぎたいです」

 

「ああ、良いよ。ほら」

 

差し出した手を優しく握る月。

控えめに絡めてくる指に応えながら、外に向けて歩き出す。

・・・城から出るまでに、龍討伐の時の兵士たちに見つかって散々恨みの言葉を吐かれたのは省略することにする。

 

・・・

 

と言うわけで川まで来たんだけど。

どうしようかな。景色を見てるだけと言うのも良いが・・・。

 

「紅葉が綺麗ですね」

 

「ん、そだな。紅葉狩りもいいかもなぁ」

 

弁当でも持ってくるべきだったか。

・・・昼飯を食べたばかりだったな。

そんなことをつらつらと考えていると、月が寄り添ってくる。

 

「ん、寒いか?」

 

「あ、えと・・・ちょっとだけ」

 

「そっか。じゃあ、町に行って何か温かいものでも飲もうか」

 

「はいっ」

 

そんなに早く帰るなら何でここに来たのかというのは言ってはいけない。

まぁ、腹ごなしに散歩するのが目的だったわけだし、良いんじゃないかな。

 

・・・

 

町まで戻ってきて、目に付いた喫茶店(のようなもの)へと入店する。

昼食は食べ終わってしまっているので、お茶と軽いお菓子だけを注文して、人の往来に目を向ける。

 

「やっぱり昼間は人でいっぱいだよな」

 

「そうですね。でも、いっぱい人が歩いていると言うのは平和なことなんだと思います」

 

「そっか。・・・そうだな」

 

最近だと夜にも沢山出歩いている人がいるみたいだしな。

賊などの脅威が薄れてきている証なのだろう。

 

「そういえばギルさん、今日はお仕事は無いんですか?」

 

「無いよ。訓練は副長に任せてあるし、書類仕事は俺が手伝うほどじゃないみたいだし」

 

「そうですか。じゃあ、今日はずっと一緒にいられますね」

 

嬉しそうな表情でにこりと微笑む月。

恥らう表情も可愛いが、こっちも可愛いな。

この娘を部屋に持ち帰りたいんですがかまいませんねッ!

 

「お待たせしました」

 

店員の声で我に返る。

危ない危ない。

 

「それでは、ごゆっくりどうぞ」

 

目の前に置かれた湯飲みと、卓の真ん中に置かれた饅頭からはほかほかと湯気が上っている。

うん、これは美味しそうだ。

そういえばこの店に来るのは初めてだな。

採譜を見ておくとしよう。今はちょっと入らないが、美味しそうなものがあればまた来るときの楽しみになるしな。

お茶を片手で持ちながら、空いた手で採譜を持ち、眺める。

 

「何か美味しそうなものはありますか?」

 

「ん、そうだな・・・この桃まんとか良いんじゃないかな。意外と桃まんってやってるところ少ないから」

 

「桃まん、ですか。そういえばあんまり作ってるところ見ませんね」

 

「俺が知ってる中でも二つくらいしか無いな。片方は確かもう作ってないし」

 

「あ、それって確かおじいさんがお饅頭作っていたお店ですよね? 少し前お使いの途中で立ち寄ったらもう作れなくなったんだって言ってましたよ」

 

「そうなのか。まぁ、あのおじいさん結構いい年だからなぁ。あんまり無理して欲しくは無いが・・・あの桃まん食べれなくなるのかぁ」

 

作っているところが少ないからと言うのもあったかもしれないが、あそこの桃まんは絶品だった。

そういやもう一つの方はあんまり行ってないな。今度ためしに行って見ようかな。

 

「あ、お兄さんだーっ」

 

「あ、桃香様」

 

「桃香? ・・・仕事は?」

 

「ゔっ・・・だ、大丈夫っ。後でちょっとだけ頑張ればすぐ終わるから! 今はちょっとだけ休憩!」

 

無理だな。絶対後で手伝うことになるだろう。

まぁ、いいか。桃香の仕事を手伝うのは慣れてるからな。

後で愛紗も宥めないといけないか・・・そっちのほうが大仕事だ。

 

「あっ、お菓子だ~。・・・はうっ。うぅ、お腹ぺこぺこなの思い出しちゃった」

 

「はぁ・・・。座って良いよ。一緒に食べよう。すいませーん、追加良いですかー」

 

腹の虫が鳴き始めた桃香に席をすすめ、声を上げる。

こちらに気づいた店員がこちらへと駆けてきた。

先ほどと同じようにお茶とお菓子、そしてついでに桃まんを頼む。

桃香が食いきれなければ俺が処理すれば良いし、少し多いくらいが良いだろう。

 

「はむはむ・・・んー、美味しいよっ」

 

「そりゃ良かった」

 

「ふふ。とっても美味しそうに食べますね、桃香様」

 

「だって美味しいんだもん。あっ。桃まんといえば、お城近くのお饅頭屋さんのおじいちゃん、桃まん作るのやめちゃったんだって~」

 

残念だよねぇ、とため息をつく桃香に、俺と月は苦笑を浮かべる。

 

「ふぇ? ど、どしたの? なんか変なこと言っちゃった?」

 

「いや、ついさっき俺たちもおんなじ話してたからさ」

 

「はい。今度来たときにここの桃まんを食べましょうねってお話もしてたんです」

 

「そうなんだ~。えへへ、じゃあ丁度良い時に来たんだね、私」

 

まぁ、桃香にはご自慢の桃まんが二つ・・・っとと。

このネタは三回目くらいだな。自重しないと。

 

「そういえば、今日は一人で仕事してたのか?」

 

「ふぇ? んーん。朱里ちゃんとー、雛里ちゃんも一緒だったよ」

 

「・・・愛紗が後で見に来るとかは言ってなかった?」

 

「どうだったかなぁ・・・。えーと・・・あ゙」

 

心当たりがあるのか、桃香の笑顔が凍った。

だらだらと汗を流しているのを見るに、おそらく後で愛紗が来るのに何も言わずに抜け出てきてしまったのだろう。

 

「・・・あーあ、しーらね」

 

「ふぇーん! お兄さん、何とかしてよぉー!」

 

「無理に決まってんだろ。それより俺たちから離れろ。流石に爆心地にはいたくない」

 

「愛紗ちゃんは爆発物じゃないよぅ!」

 

「へぅ・・・お疲れ様です、桃香様」

 

「ちょっ!? 月ちゃんまで見捨てる態勢!?」

 

やめてよー! と騒ぐ桃香の背後の群集が騒がしくなる。

・・・来たか。

 

「ねぇねぇ! 何とか愛紗ちゃんから隠れる・・・どうしたのお兄さん、そんなに私の背後を凝視して・・・ま、まるで愛紗ちゃんが立ってるみたいな・・・?」

 

「なんというか・・・ご愁傷様、桃香」

 

「ええと・・・桃まんは後でお届けしますね、桃香様」

 

俺と月の言葉を聞いた桃香は覚悟を決めたのか後ろを振り向こうとする。

だが、その前にその方にほっそりとした手が置かれた。

 

「桃香様?」

 

「ひゃいっ!」

 

「先ほど政務室に行った所書類だけが放置されていたのですが・・・何故でしょうか?」

 

こ、こえぇ・・・。

気合入れたマイナスみたいな顔してるぞ、愛紗。

 

「な、なんでかなー。ふ、不思議だねぇ愛紗ちゃん」

 

「そうですね。ふふふふ」

 

「あ、あはははははー・・・ごめんなさいっ!」

 

「今日という今日は許しませんっ! 来て下さい!」

 

「ひーん!」

 

観念して謝った所までは良かったけど・・・遅すぎたな。

愛紗に強制ドナドナされる桃香に手を振って見送る。

 

「・・・後で、桃まんを包んで行きます」

 

「ああ。俺も、後で手伝いに行ってやらないとな・・・」

 

店員が持ってきた桃まんに視線を移しながら、俺たちは苦笑した。

 

・・・

 

「おーす、差し入れにきたぞー」

 

「お邪魔します」

 

がさがさと紙袋を抱えながら政務室の扉を開く。

中には桃香と愛紗、朱里と雛里の四人が政務を進めているところだった。

 

「あっ、お兄さん! お手伝いに来てくれたのっ!?」

 

「ギル殿・・・あまり桃香さまを甘やかすのは・・・」

 

「はは・・・。まぁ、ちょっと位は大目に見てよ。愛紗たちにも差し入れ持ってきたからさ」

 

あの後、店の人に言って桃まんをいくつか包んでもらったのだ。

もちろん桃香だけではなくみんなの分も用意してある。

 

「お茶、煎れてきますね」

 

「ん、お願い。ほら、一旦休憩しようぜ。様子を見るに昼飯も食べずにやってるんだろ」

 

「はわわっ。な、なぜそれを!?」

 

「あわわっ・・・す、凄いですっ・・・」

 

・・・まぁ、朱里たちは毎回仕事に集中すると食事を疎かにするからな。

この辺は長い付き合いの中で学んできたことである。

 

「ほら、愛紗も。一緒に一休みしようぜ」

 

「で、ですが・・・まだお仕事が・・・」

 

「良いから良いから。はい座る」

 

そう言って俺は半ば無理やり愛紗を椅子に座らせる。

最後まで渋っていたが、月がお茶を、俺が桃まんをそれぞれの前に置くと、諦めたようにため息をついた。

 

「はぁ・・・分かりました。ですが、少しだけですよ? 後で書類の整理手伝っていただきますからね」

 

「分かってるって。最初っからそのつもりだったし」

 

唐突な休憩時間のつじつま合わせは後で俺が手伝うことでチャラにすると言うのは決めてたことだし。

それに、こうしてみんなで仕事が出来るのは嬉しいことだ。それなりに楽しいしな。

 

「この桃まんは見たことがありませんね・・・新しいお店のですか?」

 

「うん。知ってるかな、ほら、泰山の隣あたりに出来た新しい甘味処なんだけど・・・」

 

「あっ・・・一度だけ、行ったことあります。そっか、桃まんもあったんですね」

 

そう言って魔女帽子を深く被りなおす雛里。

そんな雛里の隣で、朱里が桃まんを両手で持ち口へ運ぶ。

 

「まふ。・・・! なんだか他のお店とは違う感じがしますね・・・餡が違うんでしょうか・・・?」

 

小首をかしげる朱里がそう呟くのを聞いたのか、雛里も桃まんを一口。

咀嚼して飲み込むと、朱里と餡について話し合い始める。

 

「んー! おいひーよ、お兄さんっ」

 

「それは良かった。愛紗はどう?」

 

「美味しいですね。甘さが控えめなので、飽きがこないのが良いと思います」

 

桃香と愛紗は桃まんを咀嚼しながら頷く。

何かに納得しているようだが・・・俺にはわからん。

 

「お茶も美味しいし・・・さいこーだよっ」

 

「はぁ・・・先ほどまで半泣きでお仕事をしていた人と同一人物には見えませんね」

 

「はうっ! あ、愛紗ちゃんっ。半泣きになんかなってないよぅ! ね、二人とも!」

 

そう言って桃香は朱里と雛里に話を振る。

 

「はわっ!?」

 

「あわっ!?」

 

だが、二人は慌てながら視線を逸らしてしまう。

・・・本当に半泣きになってたんだな。そんなに説教が堪えたか。

 

「目を逸らさないでよっ」

 

「で、ですが・・・」

 

「あわわ・・・」

 

「そっか・・・大変だったな、桃香」

 

「うわーん! その優しい目をやめてー!」

 

・・・

 

「そういえば・・・こちらにずっと居るが仕事は大丈夫なのか、月?」

 

「はい。今日はお休みだったので、ギルさんとその、でぇとをしていました」

 

手を頬に当て、きゃっ、とでも擬音がつきそうな恥ずかしがり方をする月。

愛紗は自分から話を振ったにも関わらず若干不機嫌そうだ。

 

「成程・・・我々が仕事をしている間にギル殿は月と出かけていたわけですね?」

 

「あー、愛紗ちゃん嫉妬してるー!」

 

「とっ、桃香様っ」

 

先ほどまで不機嫌そうにこちらを見つめていた愛紗だが、桃香の一言であたふたとし始める。

ほほう、図星なのか。

 

「愛紗は仕方ないやつだなぁ。分かったよ。明日一緒にデートしような」

 

「ギル殿っ! それでは私が駄々を捏ねているようではありませんか!」

 

「・・・違うんですか?」

 

「うっ・・・」

 

朱里からの口撃に胸を抑える愛紗。

これも図星だったらしい。

 

「・・・大正解みたいだね、朱里ちゃん」

 

「はわわっ、愛紗さんも自覚はしてたみたいだね、雛里ちゃん」

 

二人してざくざくと愛紗に止めを刺していく。

なんだか二人とも容赦が無いような・・・。

 

・・・

 

「うぅ~、と、桃香さまっ。このような服、私には似合いませんよ・・・!」

 

「えー? そうかなぁ。ほら、髪型も変えてみて、っと・・・。うん! 似合ってるよ、愛紗ちゃん!」

 

女性用の服屋ではしゃぐ桃香と戸惑う愛紗をぼうっと見つめながら確かに似合うな、と相槌を打つ。

もう何度もここには来てるので気まずさなんて感じない。

店員さんも「ああ、またあの人か」みたいな目をしているし、常連のお姉さんも「ああ、またあの人か」みたいな目をしている。

 

「どうかな、お兄さんっ。愛紗ちゃん、すっごく可愛くなったよね!」

 

「ああ、そうだな。いつもの凛々しい愛紗も良いが・・・そういう可愛らしい服も良いじゃないか。どうだ、後二、三着ほど見繕っとけば良いんじゃないか?」

 

「良いねそれ! あっちにもあるから、いこっか!」

 

「桃香さまっ、ひ、引っ張らないでくださいっ」

 

・・・最初は俺と愛紗のデートのはずだったんだが、いつの間にか桃香にリードされちゃったな。

ま、愛紗も桃香との買い物を楽しんでるみたいだし、文句は無いけどさ。

 

「お兄さーん! 早く早くー!」

 

「はいはい。分かってるって」

 

小走りに駆けていった桃香たちを追いかけ、今居る店とは別の店に入る。

店員さんの「ああ、またあの人か」という目に再び晒されながら、先に入った桃香たちを探す。

 

「ほらっ、これこれ! 色違いのこっちもおそろいで着たら、きっとお兄さんもメロメロだよ!」

 

「め、めろめろ・・・ですか・・・」

 

お、あっちか。

なにやら色違いのミニチャイナドレスを見ている二人の元へと近づく。

あれを着るのだろうか。・・・少し、サイズが小さめのような気が。

 

「あ、お兄さん。これもどうかな?」

 

「良いとは思うけど・・・着れるのか?」

 

「むーっ、失礼だよお兄さんってば!」

 

「・・・じゃあ試着してみろよ」

 

「良いよ! ほら愛紗ちゃんはこっち!」

 

「え? え? いえ、桃香さま私は」

 

「着るの!」

 

「は、はい!」

 

いつに無く燃えている桃香に押し切られ、桃香とは別の試着室へと入っていく愛紗。

・・・愛紗はともかく、桃香は最近運動してないからなぁ。

 

・・・

 

「ひーん!」

 

数分後、桃香の入った試着室から可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。

可愛らしいというか、抜けているというかの判断は任せるが、まぁ兎に角奇妙な悲鳴だ。

そんな声を聞いた俺は、やっぱりか、と苦笑しながら桃香に声を掛ける。

 

「桃香、どうだったー?」

 

「ちょ、ちょっと小さい・・・かも」

 

「かも?」

 

「ち、小さい、です・・・」

 

「だろうね。桃香ってば最近ずっと執務室に篭りっきりだったからなぁ。仕方ないよ」

 

「うぅ~・・・が、頑張ってこれを着れる様になるよ!」

 

桃香が意気込みを新たにしていると、愛紗が試着室から出てきた。

 

「・・・先ほどの悲鳴を聞くに、桃香さまは・・・」

 

「うん、まぁ想像通りじゃない? ・・・お、愛紗はやっぱり大丈夫だったか」

 

いっつも訓練とかで動いてるからかな。

青いチャイナドレスが似合っている。

・・・体のラインがはっきりと出ているから、胸の部分が凄まじいことに。

 

「ええ。少し不安ではありましたが・・・ど、どうでしょうか?」

 

恥ずかしそうに聞いてくる愛紗に、笑顔で答える。

 

「もちろん、似合ってるよ」

 

はっきり言わないと愛紗には分かってもらえないからな。

それに、はっきりと可愛いとか似合ってると言われて恥らう愛紗も良いものなのだ。

俺の予想通り、愛紗は「あ、ありがとうございます・・・」と言いながら頬を染め、俯いた。

いつも思うんだけど、手を置けるほど大きい胸って凄いよな。

 

「で、桃香だけど・・・どうする?」

 

「仕方ありませんね。今日はこれから、桃香様には運動をしてもらいましょう。・・・昨日、桃まんも沢山食べられていたようですし」

 

「えー!? せっかくお兄さんとのでぇとなのにー!」

 

「そのでぇとで恥をかきたくは無いでしょう?」

 

「そ、そうだけどー・・・」

 

試着室の仕切り越しに会話をする二人を見守っていると、しばらくの問答の末桃香が折れたらしい。

いつもの服を着て、少し落ち込んだ表情をしながら試着室から出てきた。

手には愛紗とは色違いの赤いチャイナドレス。

目標はそれを着られるように、だな。

 

「よし、じゃあそれを買って早速城に戻ろうか」

 

「それでは、私はこれを着替えてきます」

 

「うん。その間に会計済ませてくるよ」

 

二着分の会計を済ませるとほぼ同時に愛紗が試着室から出てきた。

もちろん手には青いチャイナドレスが。

店員に頼んで二着とも包んでもらい、三人で城へと戻った。

 

・・・

 

「それでは、最初は軽く走ってみましょうか」

 

「えー? 食べた後すぐ走るとわき腹痛くなるんだよー?」

 

「俺の拳骨とどっちが痛いと思う?」

 

「いってきまーす!」

 

動きやすい服に着替えた桃香がすたこらさっさとばかりに走り始める。

やれやれ、見た目と言いちょっとサボり癖があるところと言い、本当に天和と似てるなぁ。

 

「さてと、俺たちはどうする?」

 

「そうですね・・・桃香さまが走り終えるまで時間もあるでしょうし・・・一手、お願いしてもよろしいでしょうか?」

 

「お、良いね。受けて立つよ」

 

宝物庫からエアを抜き取る。

今日も今日とて禍々しい紋様が元気に渦巻いている。

 

「手加減は無用です」

 

「もちろんそのつもりだ。最近は愛紗も油断ならなくなってきたからな」

 

以前せがまれて王の財宝(ゲートオブバビロン)を使ったところ、恋の様に避けられたからな。

そろそろこっちが宝具を制限して戦えるような状況じゃなくなってきた。

 

「では・・・行きます!」

 

青龍偃月刀を構えて突撃してくる愛紗。

単純だが、それ故に無駄なく速い。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「まだまだ!」

 

迫る偃月刀を弾く。

この程度の速さなら俺には通じない。

それは愛紗も理解しているはず。

なら、この突撃はフェイントか・・・何か、この後に連撃が来るはず。

弾いた偃月刀を視界の端に捕らえながら、空いている左手で愛紗に手刀を放つ。

 

「ふっ・・・!」

 

その手刀をちらりと見た愛紗が短く息を吐いたかと思うと、残像が残るのではないかという速度で身体を沈めた。

読まれてた!? 不味いっ、懐に潜られる!

いつも自分がやっていることだけに、その危険度は身体が覚えている。

ほとんど反射で、膝を突き上げる。

 

「つっ・・・」

 

だが、身体を横に回転させながら突っ込んできていた愛紗の顔には、一瞬だけ掠るだけだった。

というかこれ、常人の動きじゃないぞ!?

 

「そこっ!」

 

「くっ・・・!?」

 

隙を突かれ、軸足を払われる。

迎撃に足を使ったのが不味かったか!?

空中に放り投げられたような姿勢になりながら、追撃に入ろうとしている愛紗に天の鎖(エルキドゥ)を放つ。

 

「むっ・・・!」

 

それを見た愛紗は、身体を前転させて無理やり反転し、地面を蹴ってその場から離れる。

天の鎖(エルキドゥ)は愛紗ではなく地面に当たり、思い切り地面を抉る。

・・・見てから避けるとかどんな身体してるんだ・・・。

 

「その鎖・・・やはり厄介ですね」

 

「ある程度動きを操れるしな」

 

俺から距離を取って着地した愛紗の言葉に答える。

結構反則的な宝具だと自分でも思う。

 

「それにしても、あんな動きをされるとは思わなかった」

 

「ふふ。ギル殿とは何度もこうして手合わせしてきましたからね。だんだんと対策も出来てきてるのですよ」

 

そう言って、愛紗は偃月刀をくるくると回し、構える。

低めに構えてるのを見るに、再び懐に潜り込もうという腹積もりだろうか。

・・・それとも、フェイクか・・・?

あまり考え込んでいるとその隙を突かれる。

が、お互いにじりじりと間合いをつめるだけの時間が過ぎる。

・・・思い切ってみるか!

 

「こちらから仕掛ける!」

 

思い切り踏み込み、右から回り込むように飛び掛る。

空中に飛び出すのは愛紗相手では安易かもしれないが、踏み込みはほぼ全力。

ただ飛び出すのとは速度が違う。

副長なら視界の端に捕らえるのも難しいほどの速度で、愛紗の左側面から迫る。

 

「速い・・・っ!?」

 

「そこッ!」

 

エアを突き出す。

うねりを上げて愛紗に迫るが、愛紗も歴戦の勇士。

落ち着いて回転する刀身を避け、偃月刀を突き出す。

首だけで偃月刀を避ける。

頬に刀身が掠るが、気にするほどではない。

 

「はぁっ!」

 

お互いに一撃を外し、一瞬の空白。

地面に着地した体勢の俺と、空中に偃月刀を突き出した態勢の愛紗。

俺と愛紗が同時に行動しようと反応した瞬間。

 

「は、は、はふぅー・・・。愛紗ちゃーん、終わったよぉー?」

 

「っと・・・桃香さま、意外と速かったのですね」

 

「もうそんなに時間が経ってたのか」

 

意外と緊迫した瞬間を過ごしていたからか、予想よりも時間が経っていたようだ。

まぁ身体を暖めるための準備運動みたいなものだしな。

それに、こういう時代に生きているからか最低限の体力はあるみたいだし。

 

「よし、じゃあ次は腕立て腹筋でもやってみるか?」

 

こういうとき、筋トレは基本的なトレーニングといって良いだろう。

 

「愛紗、手伝ってあげて」

 

「はい。桃香さま、やり方はわかりますね?」

 

「うん、まぁ・・・一応」

 

そう言って、桃香は腕立ての体勢を取る。

そして、愛紗の掛け声と共に身体を下ろそうとして・・・。

 

「ふぇっ・・・あ、愛紗ちゃん、お兄さん」

 

「ん? どした?」

 

「まさか、一回目で限界、なんてことは・・・」

 

「む、胸がつっかえるんだけど・・・」

 

「よし、腹筋行ってみようか!」

 

一回目で限界を迎える以前の問題だった。

胸がつっかえて一回も出来ないとかふざけてんのか。

・・・いやでもまぁ、たまにあれにお世話になる身としてはあまりふざけてるとか言えないのが現状なのだが。

早々に腕立てを諦めた桃香は仰向けに寝転がって膝を立てる。

ちっ、スカートだったら良かったのにな。

 

「押さえててね愛紗ちゃん」

 

「はい」

 

「ふ、ににににぃ・・・!」

 

桃香の足を愛紗が押さえる。

なんとも気の抜ける声と共に、桃香の上体が起き上がる。

・・・これで一回か。

 

「ふっ・・・むにににに・・・!」

 

二回目。

若干ぷるぷるしてきてるように見えるのは気のせいだろうか。

胸も「ぼくはわるいスライムじゃないよ」とばかりに主張しているように見える。

 

「まだいけますか、桃香さま?」

 

「だ、大丈夫っ・・・ふんににに・・・!」

 

三回目。

だいぶぷるぷる具合が極まってきている。

あれ? まさかもう・・・限界?

 

「まっ、まだまだぁー! ふにゅううぅぅぅうううう!」

 

まだまだと言われてもなぁ・・・。

四回目でそこまで気合の入った声を入れるようになったら終わりだぞ。

 

「ふぅー、ふぅー・・・」

 

「・・・愛紗、桃香が凄く限界っぽいんだけど」

 

「・・・言わないでおいて下さい」

 

「むむみゅぅ・・・はむう・・・!」

 

「おー、五回目」

 

・・・

 

腹筋は何とか十回まではいけたものの、桃香はその後すぐにギブアップしてしまった。

いや、まぁ、桃香は武闘派じゃないからなぁ。かといって頭脳派ってわけでもないんだが。

 

「・・・」

 

「? どうしたのお兄さん、私のことそんなに見つめて・・・」

 

「・・・ふぅ」

 

「何でため息ついたの!?」

 

「いや・・・はぁ」

 

「何でため息つくのぉ!?」

 

「・・・そのあたりで一旦やめて頂いてもよろしいですか?」

 

「おう。次いってみようか」

 

ぷくぅと頬を膨らませる桃香を撫でて落ち着かせながら、次のメニューへ。

やはりダイエットの定番といえば縄跳び!

宝物庫から清らかで尊き糸玉(アリアドネ)を適度な長さにしたものを取り出し、桃香に渡す。

細くて強度も十分なので、縄跳びの縄には十分だろう。

 

「これは・・・紐?」

 

「・・・ギル殿? まさかとは思いますが、こんな明るい内から妙なことを・・・」

 

「そういうこと言ってると、本当に俺はやるからな?」

 

「わ、私はいつでも大丈夫だよ!?」

 

「桃香さま!?」

 

「・・・いや、取りあえず説明するけど良いか?」

 

なんだか収拾つかなくなってきたし。

桃香の発言を半分ほどスルーしつつ愛紗と俺の分も取り出す。

 

「これの両端を持って、くるっと一回転。足元に来たら小さく飛んでもう一周・・・って感じで続けてくんだ」

 

「成程・・・少しやってみてもよろしいですか?」

 

「もちろん。桃香もやってみようぜ」

 

「う、うんっ。頑張ってみるよっ」

 

二人は俺の手本を見ながら見よう見真似で一緒に飛び始める。

 

「は、ふ、は、ふ」

 

「・・・」

 

桃香は拙いながらも引っかからずに飛んでいる。

基本的な身体能力は良いんだろうなぁ。それを生かせてないだけで。

愛紗は黙々と飛んでいる。たまに口から呼気が漏れる程度で、ほとんど息は切れていないようだ。

俺もしたしたと続ける。所謂ボクサー飛びというものだ。

ふふふ、カッコいいからと生前練習しまくったからな!

これなら体力の続く限り延々とやれるさ!

 

「ふ、ふ、ふ、わわっ、よ、っとと、ふ、ふ」

 

「大丈夫、ですか?」

 

「う、うんっ、はふっ、だいじょぶ!」

 

少し足に引っ掛けたものの、そのまま続行する桃香。

それにしても・・・今は三人向かい合って飛んでいるのだが、この光景は素晴らしいな。

紫苑や桔梗、祭や穏にも縄跳びをやらせてみるべきだろうか。

ぴょんぴょん飛ぶたびに揺れる果実!

もちろん言葉は濁しておく! これぞムッツリのプライド!

 

「はふっ、はふっ、も、もー、限界ー!」

 

「・・・私はまだいけますが」

 

「愛紗ちゃんたちがおかしいんだよぅ!」

 

とんとんと軽い足音を立てながらついに飛んだ回数が百回の大台に乗る。

 

「それに、しても、これは、面白い、ですね」

 

「中々良い運動になるだろ?」

 

「うぅ~・・・私ももう一回やるもん!」

 

こうして、日が暮れるまで縄跳び大会は続くのだった。

 

・・・




「チャイナドレスか。スリットが色っぽくて良い感じ」「分かる分かる! スリットから覗く脚! 最高だよな!」「でもある程度肉付き良くないと映えないよなぁ。その辺は難しい衣装でもある」「あー・・・」「和服作ったし、チャイナドレスも見たし・・・次はドレスでもいってみるか?」「和洋中コンプリートか! 協力するぜ!」「最終目的はウェディングドレスかねぇ」


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