真・恋姫†無双 ご都合主義で萌将伝!   作:AUOジョンソン

32 / 86
「夏休み、宿題が終わらないと泣きついてきた幼馴染に、『実は今年の八月は三十二日まであるからあと一日あるんだよ』って言ったら信じちゃって、翌日嘘だと気づいた幼馴染に殴られた」「それは・・・うん、幼馴染、純粋なんだな」「ちなみに小学校六年間ずっと引っかかった」「・・・じゅ、純粋な・・・のか?」「馬鹿なんだと思う」


それでは、どうぞ。


第三十一話 夏の終わりに

「・・・ふぅ」

 

大人の状態に戻り、俺の意識も表面へと出た。

宝具の所有権は何とか自分のものに出来てたので子ギルの様子を見つつ天の鎖(エルキドゥ)ぶっ放していたのだが、子ギルはきちんと仕事をしてくれたようだ。

自分でやっておいてなんだが、逃げるたびに天の鎖(エルキドゥ)に絡めとられてたら俺でも心折れるからな。

 

「お、子ギルからの置手紙がある。きっと恨み言が書いてあるだろうから、後で読むか」

 

手紙を手に取り、流れるような動作でそのまま宝物庫へイン。

 

「さて、多分居酒屋あたりで一刀は管巻いてるだろうな。行って慰めてくるか」

 

そうと決まれば話は早い。

いつもどおりの軽装で町へと繰り出す。

しばらく歩いて何件か店を覗いてみると、三件目にして一刀を発見した。

予想通り酒を飲みつつ兵士に愚痴っているようだ。

 

「よう、一刀、それに蜀の」

 

「ああ、ギル様ですか」

 

「ギルぅ? ああ、ギルっ。てめ、俺を生贄にしたな!?」

 

「はっはっは。仲間がいたんだから良かったじゃないか」

 

「ちっ・・・。今度絶対に仕返ししてやる!」

 

「今日のところは俺の勝ちだな」

 

苦笑しつつも席に着くと、店主が酒を運んできてくれる。

ちょくちょくここで呑んでるからか、俺が呑む酒を覚えてくれたようだ。

 

「ありがと。・・・ほらほら、呑め呑め」

 

「いわれなくてものんだらぁっ!」

 

後から聞いた話なのだが、一刀はあの後、面白がった華琳にメイド服を着たまま城内を練り歩かされたらしい。南無。

 

・・・

 

「主様ぁ~っ!」

 

「美羽? いきなりどうした?」

 

背後からどたどたと言う足音と共に声が聞こえた。

俺を主様と呼ぶのは一人しかいないので、誰が近づいてきているかは振り向く前から分かった。

美羽は俺のもとへ駆けてきて、その勢いのまま口を開いた。

 

「七乃はどこかのっ!」

 

「七乃? ・・・いつもこの時間だったら訓練中じゃないのか?」

 

「そうなのかえ?」

 

「そうなのかえ、って・・・なんで知らないんだよ」

 

美羽の直属の部下じゃないか。

 

「とっ、とにかく七乃のところに行きたいのじゃっ」

 

「訓練場いけばいいんじゃないのか? ・・・ああ、行き方が分からんのか。分かったよ、付いて行こう」

 

「助かるのじゃっ。流石は主様じゃの」

 

「構わんよ。それに、美羽を放っておいたほうが大変だしな」

 

そういって訓練場へと歩き出す。

ひらひらとした袖を振り回し、美羽は全身で喜びを表しながら俺の隣についてきた。

 

「そういえば七乃は主様の隊で何をしているのじゃ?」

 

「軍師かなぁ。副長も結構成長してきたから、俺がいなくても賊の討伐くらいできるようになってきたし。助かってるよ」

 

「うむ! 七乃はこっちに来る前から頭が良かったからの。路銀稼ぎも困らなかったのじゃ!」

 

路銀稼ぎに困ったから町の真ん中で倒れていたんじゃないのか、とは言わないでおいた。

多分言っても首を傾げられるだけだろうしな。

 

「七乃が主様の役に立っているようで何よりなのじゃ!」

 

「ああ、大助かりだよ」

 

まさか俺の遊撃隊のためだけに朱里たちに付き合ってもらうわけにもいかなかったからな。

どこにも属さない軍師適正のある将というのはそれだけで魅力的だ。

いつもの行動からは想像もつかないほど有能だしな。

 

「あ、ほら、見えてきたぞ」

 

「おぉー。ここが訓練場かの」

 

「初めて来たのか?」

 

「うむ!」

 

多分七乃が「危ないから」と近づけなかったのだろう。

同じ理由で紫苑も璃々には一人で訓練場に近づかないように言いつけてあるからな。

・・・そうか、璃々と同じレベルか・・・。

 

「七乃ぉー!」

 

「お嬢さまっ!? 何でここに・・・って、ご主人様?」

 

「なんか、用があるんだって。代わりに俺が訓練見てるから、ちょっと行ってこいよ」

 

「あ、はい。・・・なんか申し訳ありません~」

 

「はは、七乃がそんな殊勝な言葉を掛けてくれるとは」

 

いつもより眉が下がっている七乃を送り出し、副長が暴れている訓練場へと目を移す。

今日の天候は晴れなので、いつものように緑の服を着ているようだ。

・・・あ、あの酷暑が続いた日に赤い服を渡しておけばよかったのか。

そう思ってもすでに秋に入りそうなこの時期に、あれほどの酷暑はもうないだろう。

惜しいことをしたと歯噛みしていると、副長が武器を仕舞ってため息をつく。

 

「ふぃー、一旦休憩にしましょうか。七乃さんもそれで・・・ってあれ? 七乃さんが隊長みたいになってる・・・!?」

 

「いや、俺だから。本人だから」

 

「ああ、よかったぁ。恐怖のあまり、ついに隊長の幻覚を見るほどになったのかと・・・」

 

てへへ、と苦笑いする副長に軽くデコピンしてから、お疲れと声を掛けた。

 

「あ、いえいえ、その、ありがとです。あれ、そういえば七乃さんはどこへ?」

 

「いきなり美羽が来てな。何か用があるみたいで」

 

「ほえ~」

 

「それにしても、兵の練度もあがったなぁ」

 

「ええ、はい。そりゃあ、アレだけ濃い訓練してればそうなりますとも」

 

「そっか。・・・そういえばそろそろ副長の定期底上げ訓練だな」

 

「ごめんなさい急用が出来そうなのでちょっと失礼します!」

 

「せめて急用が出来てから言えよ、そういうこと」

 

逃げ出そうとする副長をがっちりキャッチ。

いーやーでーすー! とか、ちーかーんー! とか大声で失礼なことを叫ぶ副長を引きずる。

 

「今日は誰にしようかなーっと」

 

「出来るだけ優しい人希望です。・・・ああ、蒲公英さんとか優しげなので希望いたします!」

 

「蒲公英は前に戦ったばかりだからな。次はもっと強い・・・翠とかいいかもな」

 

「翠さんとか殺す気ですか隊長っ! ・・・あ! あの人がいいですっ!」

 

そういって副長が指差したのは、なにやら書類を持って歩いている雛里だった。

 

「お前・・・あれ雛里じゃねえか。完全に非戦闘要員だぞ・・・」

 

「ちょっと押したら多分倒れちゃうと思うんですよね! 最速で訓練が終わります!」

 

なんというか、「訓練に参加しないようにする」から、「訓練を出来る限り早く終わらせる」に副長の目論見がシフトしてきているような気がする。

完全に駄目人間じゃないか、これ。

 

「大人しく訓練を受けろ。・・・今日は恋に出張ってもらうことにするかな」

 

「ごめんなさいっ。真面目にやるんで恋さんだけは勘弁してもらえないですかねっ!?」

 

「よろしい。さて、そうなると誰か良い相手は・・・」

 

ここは幸運スキルに任せてちょっと念じてみようか。

今の副長の相手に良さそうな相手、来い・・・!

 

「あれ? にーさま?」

 

ぐぐ、と念じると、曲がり角から流々がひょっこりと顔を出した。

本当に来た!? 幸運スキルすげえな!

 

「よう、流々」

 

「こんにちわ、にーさま。訓練ですか?」

 

「副長の、な。流々も訓練みたいじゃないか」

 

「はい。なんだか体を動かしたくなっちゃって」

 

「それなら丁度良い。副長と手合わせしてやってくれないか」

 

「ぐぅっ。隊長、この人ってアレですよね、素で地面へこます人ですよね・・・?」

 

小声で耳打ちしてくる副長に、首肯を返す。

よりいっそう嫌そうな顔をしたが、ここで断ると恋との手合わせが待っている。

そのあたりで悩んでいるのだろう。

 

「手合わせですか? もちろんいいですよっ!」

 

副長がそうこう悩んでいるうちに、流々は元気に頷いた。

 

「よし、じゃあほら、早く用意しろって副長」

 

「ぐ、仕方ないですねぇ。やりますよ。応援、よろしくお願いしますね」

 

「はは、おう、任せろ」

 

俺に背を向け、鋭い音を立てて剣を抜く副長。

うむうむ、様になってるじゃないか。

 

「行きますよー!」

 

「どうぞ来て下さい! 出来れば三割ほどの力で!」

 

「流々ー、本気でなー」

 

「もちろんですっ!」

 

「なんとぉー!? 隊長、応援してくれると言う約束はどうなったのですか!?」

 

「え? ほら、流々応援してるじゃん」

 

「屁理屈じゃないですか!」

 

「あーほら、流々が迫ってるぞー」

 

「え? うわっ!」

 

俺の言葉でようやく流々が迫ってることに気づいたのか、飛んでくる伝磁葉々をぎりぎりで防ぐ副長。

 

「隊長への文句は後ですね・・・。とりあえず、倒します!」

 

「出来るものなら!」

 

迫る伝磁葉々を盾で危なげなく防ぎ、副長は大きく回りこみながら流々に接近する。

もちろん何もせずに接近を許す流々ではなく、戻ってくる勢いを利用して伝磁葉々が副長へと再び迫る。

 

「読んでますっ!」

 

言葉のとおり、あらかじめそう来るのが分かっていたかのように副長はスライディングをかます。

土煙を上げながら伝磁葉々の下を潜り抜け、地面に足を引っ掛けて立ち上がりながら盾で流々の手を打った。

 

「くっ・・・! まだまだ!」

 

「わわっ、何で胸倉掴んで・・・っきゃーっ!?」

 

伝磁葉々を持っていた手を打たれ一瞬痛みに顔をしかめたものの、流々は空いた片手で副長の胸倉を掴み、そのまま城壁に向けてブン投げた。

流石あんなでかい武器振り回すだけあるな。とてつもない怪力だ。

 

「引っ掛けます!」

 

ブン投げられて滞空中の副長も負けてはいない。

冷静に懐から鉤爪の形をした武器を装備すると、それを城壁に絡まる蔦へと発射した。

何を隠そうあの武器、鉤爪には鎖がついており、蔦や木材を掴んだり刺したりすることによって、高所への移動などを可能にしたのだ。

・・・いや、やっぱり勇者といったらあれは作らないと。剣、盾、弓、アレは完全に無いと詰むじゃないか。

 

「もう一丁!」

 

爪撃ち(副長はあの武器をそう呼ぶ)は両手に装備する武器で、一つを撃ってる時でも、もう一つを使用することができるのだ。

さらに不意を突けば油断している相手から武器を掴んで奪うこともできる優れものだ。

・・・両手装備に青い服、重い靴で「ズゴッ○」とかやったものだ。

 

「何ですかこの爪っ」

 

流々は伝磁葉々を振り回して爪撃ちを弾いたが、その間に副長は体勢を立て直していた。

城壁にぶつかることなく、爪撃ちを外して安全に地面に降りた副長は、懐に武器を仕舞い、代わりに弓を取り出した。

 

「はっ!」

 

気合の掛け声とともに、引き絞られた弓から矢が飛び出す。

 

「この程度で!」

 

「分かってますよ!」

 

飛んでくる矢程度なら簡単に弾いてしまう流々にそう返すと、副長は更に矢を撃ちながら接近していく。

ある程度距離が縮むと先ほどと同じように懐に弓を仕舞い、剣と盾を背中から抜く。

 

「はぁっ!」

 

副長は飛び上がりながら脳天めがけて剣を振り下ろすが、その程度の攻撃が見えない流々ではない。

伝磁葉々の綱を横にピンと張り、剣を受け止めた。

そのまま副長は一瞬空中で止まるが、すぐに重力に引っ張られて地面へ足をつけた。

少し前に出ればぶつかりそうなほど接近した副長に、流々は笑いながら口を開く。

 

「不用意に近くに来るなんてっ。さっきのこと、忘れちゃいましたか!?」

 

「忘れてませんよ。でも、もうあなたには私を投げられない!」

 

「何を・・・っ!?」

 

先ほどと同じように投げようと副長の腕を掴んだ流々が、驚いた表情を見せた。

 

「投げられないでしょう? ・・・乙女としては複雑ですが、今の私、とっても重いので!」

 

「何でこんな、急にっ・・・!」

 

「今度はこっちの番です! 投げられてちょー怖かったんですからね!」

 

戸惑う流々に向けてそう叫びながら、副長は流々の足を掴んでその場で回転。

 

「とんでっけー!」

 

「きゃあああああああっ!」

 

三回転ほどでぱっと手を離すと、流々は面白いように飛んでいく。

伝磁葉々を手放して軽くなったからか、さっきの副長よりも飛んでいる気がする。

 

「終わらせます!」

 

流々を投げた後、副長は落下地点へと駆ける。

いつの間にか背中へと戻されていた剣と盾を再び抜き放ち、空中で体勢を立て直し、何とか着地した流々へと突きつける。

 

「武器もなし。この距離で剣を突きつけられれば、負けですよね?」

 

「・・・はい、負けちゃいました」

 

「っぷはー! たいちょー! 終わりましたよー!」

 

「分かってるって。大声出さなくても聞こえてるよ」

 

ぴょんぴょん跳ねながらこちらに訓練終了を伝えてくる副長と、そのそばでへたり込んでる流々の元へと向かう。

 

「二人ともお疲れ様。怪我は無いか?」

 

「あ、はい。私は平気です、にーさま」

 

「私もです。投げられたときは冷や冷やしましたが」

 

「・・・そういえば、何で二度目のときはあんなに重かったんですか?」

 

流々が小首を傾げて副長に聞くと、副長はえっへん、と胸を張って

 

「これですよ。重量靴」

 

「これは・・・」

 

「靴の底に着脱できるようになってて、体を重くしたりできるんですよ!」

 

「なるほど、だから急に重くなって、投げられなくなったんですね」

 

青い服とともに渡したあの靴底は、副長の言ったとおり着脱可能な鉄の塊のようなものだ。

副長の足のサイズに合わせたためとても小さいが、重量はなんと副長の体重の十倍ほど。

移動はとてつもなく遅くなるが、その代わりどんな攻撃を受けても後ろに吹き飛ばされなくなる。

先ほどのように投げられそうになっても踏ん張れるようになるのだ。

 

「・・・隊長に無理やりこれ履かされて河に落とされたときは本当に焦りました。いくら水中呼吸が可能な青い服があるとはいえ、いきなりドボンは焦りますよねえ」

 

「ん? ああ、まぁ副長なら大丈夫だろうと思ったからだよ。信頼してなきゃ、あんなことできないだろ?」

 

「た、隊長・・・!」

 

なんだか感動し始めた副長にやっぱりちょろいなー、と心の中で呟きつつ、流々に手を差し出す。

一瞬呆けた顔をした流々が手の意図に気づき、すみません、と言いながら手を掴んで立ち上がった。

 

「それにしても、副長さんの武器は多彩ですね。中でもあの爪の武器が一番驚いちゃいました。蔦とかに絡めて使うんですね」

 

「ええ。まぁ。アレがあればどんな高いところでも上れますからね。結構重宝してます」

 

爪撃ちを作ったときに苦労したのは、鎖を巻き取る機構と蔦や網を掴むだけではなく、木材に刺さるように鉤爪を設計したところだ。

我ながら良く再現できていると感心したものだ。

 

「さて、いつの間にかいい時間になってるし、飯でも食べに行こうか」

 

「さんせーですたいちょー! 今日はチャーハンの気分です!」

 

「はいはい、分かったよ。流々も来るだろ?」

 

副長の頭を撫でて落ち着かせつつ、流々を誘う。

 

「ふぇ? 良いんですか?」

 

「もちろん」

 

小首を傾げた流々にそう返すと、流々が何か思いついたようにぽん、と手をたたいた。

 

「あ・・・そうだ! それじゃあ、私が作りますよ!」

 

「いいのか? 仕合の後すぐだぞ。辛くないか?」

 

「大丈夫です! ちょっと疲れてますけど、この程度なら全然問題ないです!」

 

「そっか。ならお願いしようかな。副長も大丈夫だろ?」

 

「ええ、大丈夫ですよ。流々さんのお料理、楽しみです」

 

コクコクと頷く副長を連れ、流々と一緒に厨房へと向かった。

 

・・・

 

二人を連れて厨房へとやってきた。

 

「チャーハン、大盛りで頼みますね」

 

「はい。腕によりをかけちゃいます」

 

「楽しみだな。・・・っと、着いたみたい・・・だな・・・?」

 

なにやら、厨房から黒い煙と刺激臭がする。

・・・いやいや、おおよそ厨房で嗅ぐような臭いじゃないぞこれ!

刺激臭のする物質なんて、理科の実験くらいでしか嗅いだこと無いんだが。

 

「・・・に、にーさま? なんだかとっても嫌な臭いが・・・」

 

「たいちょー、嫌な予感もしてきたんで撤退しませんか?」

 

「ああ、そうしよ」

 

そうしよう、と言い切る前に厨房から人影が出てきた。

どうやら、俺たちの会話が聞こえたらしい。

 

「なにやら声がすると思ったら。ギル殿でしたか」

 

「げえっ、関羽」

 

「・・・人の顔を見るなり驚くとは。それに、なぜ真名で呼んで下さらぬのです?」

 

「ああ、いや、うん。ごめん愛紗。ちょっと驚いただけだ。・・・なんで、こんなに煙が?」

 

先ほどの発言についてはすでに流されたらしく、愛紗は神妙に頷きながら事の次第を話し始めた。

 

「いえ、その、ギル殿が副長殿や流々と訓練しているのを見ていた時の事なのですが・・・」

 

「見てたんだ。声くらい掛けてくれればよかったのに」

 

愛紗によると、声を掛けてともに訓練するより、先に昼食を作って振舞ったほうが驚かせられるし俺が喜ぶのではないかと思ったらしい。

それから急いで食材を集め、以前華琳と桃香とともに作った(教えてもらった?)五種盛りだか何だかを作ろうとして、こうなったと。

 

「・・・そうか、俺の料理の失敗も、まだまだ軽いものだったんだなぁ・・・」

 

「に、にーさま?」

 

「・・・隊長の目が、死んだ魚のような目に」

 

「あっ、あの、その、一応完成したのですが・・・」

 

そこまで言うと、もじもじとし始めた愛紗。

・・・ああうん、「食べてほしい」とか言えないもんな、この状況

 

「・・・取り敢えず、換気かな」

 

以前競馬のときにやった、宝物庫からの突風を利用し、厨房からこの黒い煙を含む空気を追い出す。

・・・この中にいてよく平気だったな、愛紗。

後で医者に見てもらわねばならんか。

 

「流々、食材は俺が出すから、副長にチャーハン、作ってやってくれ」

 

「え、えと、にーさまは・・・?」

 

「愛紗が作ってくれたらしいから、良いよ。ごめんな、折角作ろうとしてくれたのに」

 

「い、いえ、大丈夫ですっ、けど・・・大丈夫ですか・・・?」

 

まぁ、死にはしないだろう。

俺は調理台の上に食材を出しながら、四人がけの卓に座る。

 

「よっと。愛紗、料理は?」

 

「こちらに・・・私が言うのもなんですが、本当に大丈夫ですか・・・?」

 

「大丈夫だって。いざとなったら副長もいるし」

 

「・・・私、生きて帰れますかね」

 

そんな言葉を呟きつつも、副長は俺の隣へと座る。

流々は心配そうな顔をしつつも調理を開始し、愛紗は卓の上へ料理を並べていく。

 

「水晶肴肉、海蟹皮、白油鶏、冷鮑魚、棒棒鶏の冷製五種盛り・・・に、なる予定だったものです」

 

流石の愛紗も失敗していることに気づいているらしい。

料理が盛られた皿を卓に置きつつも、すごく気まずそうな顔をしている。

 

「・・・まぁ、見た目的にはすべて黒くなっててどれがどれだか分からなくなってるぐらいしか問題点は見当たらんな」

 

「・・・隊長、目の付け所がすでに間違ってます。「大した問題じゃねえな」みたいな軽い問題じゃないですよ、それ」

 

「臭いは・・・うん、まぁ、理科の実験で直に嗅いだアンモニアよりは軽い感じか」

 

「あの、隊長って実は目とか鼻とかおかしかったりします? ・・・私、料理から鼻を突く臭い、って言うのを感じたの初めてなんですけど」

 

「目は良いぞ。千里眼持ってるからな。鼻は・・・どうだろうか。自分では中々良いほうだと思ってるけど」

 

「勘違いじゃないですかね?」

 

副長とのそんなやり取りを経て、俺は皿とともに置かれた箸を取った。

 

「どれがどれだか分からんから、目に付いたのから食ってくか」

 

料理に適当に箸をつける。

口に運んでみると、妙な苦味とすっぱさが同時に感じられた。

んー、食べられるぎりぎりまで焦がしたゴーヤチャンプルーにレモン一個全部絞った感じかなぁ。

五つに分けられてるのはかろうじて判断できるので、次の料理に行ってみるとしよう。

 

「・・・どうしましょう。隊長、口がもぐもぐしてるんですけど・・・あの黒い物体を食べて、すぐに吐き出したり嚥下したりせずに咀嚼してるんですけど・・・!」

 

次のは・・・なんだこれ? 炭に・・・なってないな。

ほかの料理のがくっ付いただけだろうか。・・・ああ、あの黒い煙の所為か。

 

「クラゲ・・・か?」

 

まぁ取り敢えず食えば分かるだろう。

ひょいぱくと一口。

 

「・・・んー」

 

「止める暇も無いくらい躊躇無くいきましたね。・・・隊長がこれを料理だと認識して味わってるのが不思議な位なんですが」

 

「まぁ、これはそんなに失敗してないと思うな。食べれない物じゃない」

 

「ホントですかぁ? 隊長、恋仲の方の料理だからって贔屓してません?」

 

「はは、んなことしても意味無いだろ。ほら、副長も食ってみ」

 

「ちょ、待ってくださ、これ・・・!」

 

「ほれ、あーん」

 

「あ、あーん」

 

箸を差し出した直後はなにやら戸惑っていたようだが、更に箸を突き出すと諦めたように口を開いた。

副長は箸を口に銜えたままむぐむぐと咀嚼し始める。

ごくん、と飲み込んで、ようやく箸を放した。

 

「・・・まぁ、クラゲから大きく外れてはいませんでしたね」

 

「だろ?」

 

「ですが、料理としてはクラゲからこんなに外れている時点でだめだと思います」

 

「うぐっ・・・!」

 

副長の一言で、愛紗がダメージを受けたようだ。

 

「・・・次のこの・・・鮑、ですか? 食べてみても良いですか、隊長」

 

「構わないぞ。ほら」

 

「あーん。・・・あー、うん、そうですねぇ」

 

「むぐ。・・・あー、うん、そうだなぁ」

 

「水分、多いですねぇ」

 

「水っぽいなぁ」

 

「ぐうっ・・・!」

 

多分切る前の工程で何か躓いたのだろう。

 

「これは・・・鶏肉か」

 

口に運んで咀嚼してみると、もぐがりっ、と食べ物にあるまじき音が鳴った。

 

「・・・大丈夫ですか、隊長。歯か骨が砕けたような音がしましたが」

 

「いや、大丈夫。この料理に神秘でも篭ってない限り、歯も骨も折れん」

 

これは・・・なんだ、炭か?

いや、なんと言うか、炭よりちょっと硬くなってるな。物体Xの誕生か。

 

「まぁ、鶏肉の味はしないな。良く加熱した炭にタレを掛けたような味がする」

 

「およそ食べ物に使う言葉じゃないですね。良く加熱した炭て・・・」

 

「まぁ、総評価は四十点位かな」

 

「零じゃないんですか?」

 

「初期の愛紗の料理は・・・ああ、食べたこと無いのか。あのな、最初は愛紗、すべてを炭にして更になんか・・・うん、良く分からないものが混ざってたんだ」

 

あれ、確か動いていたような気が・・・いやいや、思い出すのはやめておこう。

 

「それから比べたら、余計なものは入ってないし、これを見るに手順を間違えただけらしい。中には食えるものもあるし、零点ではないよ」

 

「・・・ふぅん、そですか」

 

じとりとした目で料理を見つめる副長に苦笑していると、料理を終えたらしい流々が声を掛けてきた。

 

「どうでしたか?」

 

「あ、流々。・・・チャーハン、できたんだな」

 

「はい。あ、にーさまも食べますか?」

 

「ん、いや、いいや。愛紗の料理食べちゃったし、お腹一杯だよ。俺の分は愛紗が食べるといい」

 

「で、ですが・・・」

 

「いいから。流々みたいに料理できる娘の料理を食べて、もっと勉強しないとな。次は炭化する部分を少なくすることを目指そう」

 

「は、はいっ! 更に精進して、ギル殿に百点満点と言って頂ける料理を目指します!」

 

「その意気です愛紗さん! 私もお手伝いしますよ!」

 

「ありがとう流々! 取り敢えず流々のチャーハンを貰って、味の研究をするとしよう!」

 

そういってレンゲを取る愛紗。

副長はいつの間にかパクパクとチャーハンを食べていたようだ。

 

「・・・料理といえば、天下一品武道会の亜種として天下一品料理大会とか開くと面白いかもな」

 

「あの料理を食べた後で良くそんなこと言えますね隊長。尊敬します」

 

「そりゃ副長の上司だからな。尊敬されること言っておかないと」

 

「・・・尊敬されようと思っていえるような台詞じゃないですよ、今の」

 

「取り敢えず、一刀に掛け合ってみるかなぁ」

 

愛紗も料理への情熱を燃やしていることだし、めでたしめでたし。

 

・・・

 

「ん、くぁぁ・・・」

 

あの不思議料理を食べた後、俺は歩きながらあくびをしつつ両手を伸ばす。

どうにも眠い。やっぱり徹夜はするもんじゃないな。

さっき昼飯も食べたから余計眠たいようだ。

 

「・・・部屋まで戻るのも面倒なほどに眠いな。どこか木陰で休むとしようか」

 

夏の暑さもほとんど感じなくなってきたことだし、外で休むのも良いだろう。

幸いそよ風も吹いてるし、心地よく眠れるだろう。

 

「よいしょ。ふー、いいねぇ・・・」

 

大きく息を吐きながら目を閉じると、すぐに眠気がやってくる。

眠気に任せて、俺はゆっくりと背中を木に預けた。

 

「・・・おぉ? お兄さんが風のようなことをなさってますねぇ」

 

なんだか誰かの声が聞こえたような気がしたが、それを確認するよりも先に、俺の意識は沈んでいった。

 

・・・

 

夢の中である。

・・・まさか、自分が夢の中だと自由に認識できるようになるとは思わなかった。

神様に会ったり宝物庫の中とかの精神世界に行き過ぎた所為かもしれない。

 

「っつってもなぁ。神様に会いに来たわけでもないし、宝物庫の中身を確認しに来たわけでもないしなぁ・・・」

 

「まぁまぁ、そっちから会いに来なくとも、私から会いに来ることもあるんですけどね」

 

「・・・神様か」

 

「ええ、はい。お茶でもどうですか?」

 

「いただくかな。何にもしないのも暇だし」

 

いつの間にか真っ白なテーブルと椅子が現れていて、テーブルの上には湯気が立つティーセットが並んでおり、椅子には神様がすでに座っていた。

対面に座ると、ひょいと神様がお茶を淹れてくれた。

 

「今日は煎茶です。懐かしいでしょう?」

 

「まぁね。ドヤ顔なのがいらっとするけどそのとおりだよ」

 

ティーセットから出てくる煎茶というシュールな光景に驚くようなことは無い。

神様のやることにいちいち驚いていたら付き合えないからな。

 

「いえね、意外と急須って高くって。湯飲みと合わせてもちょっときついかなぁって」

 

「・・・妙に生活感漂う台詞だな。神様も買い物とかするんだ」

 

「買い物というか物々交換みたいなものですけどね。神様にお金という概念は定着しにくいんですよ」

 

ティーカップのお茶をずずずと啜りながら神様が呟く。

物々交換・・・なんと言うか、神様が肉とか魚を交換している場面が想像できん。

 

「たまーにいますけどね、お金持ってる人。なんでも、札束や金塊で頬を叩くのが楽しいらしくって」

 

「・・・金塊で頬叩くのか?」

 

「ええ。部下の頬叩いたりしてるの見たことありますよ」

 

・・・怪我しないか、あんな塊で頬叩かれたら。

というか、金の使い道としては間違ってるんじゃないだろうか。

 

「部下の人もお金とか金塊の使用方法を知らないらしくて、それが正しい使用法だと思ってるらしいんですよ」

 

「・・・なんて不憫な・・・」

 

「あ、そうこうしてるうちに目が覚める時間ですね。それでは、また会いましょう。次までには、急須もあることと思います」

 

「ん、そうか。それじゃな」

 

・・・

 

意識が戻ると、なにやら重みを感じた。

確か胡坐をかきながら寝たので、きっと足の上に誰か乗っているのだろう。

璃々か鈴々か、その辺のちびっ子たちだろう。

ならば、好きなだけ座らせておけばいいか。

 

「すー、すー・・・」

 

「・・・あれ? 風?」

 

これは驚きである。

いや、まぁ、寝てることには一切の驚きはないのだが、まさか俺の足の上に乗っているとは・・・。

そんなに仲良かっただろうか。

・・・ま、それだけ気を許してくれているということか。

 

「それにしても良く寝てるなぁ。確か前の会議も寝てなかっただろうか。・・・夜とか眠れてるんだろうか」

 

寝る子は育つというが・・・うぅむ。

寝てもあんまり育たない娘もいるんだなぁ。

 

「・・・なにやら、失礼なことを考えられてる気がしますね~」

 

「起きてたのか」

 

「今、起きたのですよー」

 

「もう少し寝たいなら別に構わんぞ。俺も暇だからな。そのくらいは付き合ってやれる」

 

「お兄さんは心が広いですねぇ。普通、勝手に座って眠ってたら不快に思うと思うのですがー」

 

「風はそういう娘だって知ってるからな。特に嫌だとは思わんさ。それより、それだけ心を許してくれてると分かって嬉しかったよ」

 

「・・・そですかー」

 

「そうそう。ま、そういうわけだからもうちょっと眠るなら好きにどうぞ」

 

「眠ってる間お兄さんが暇そうですから、お話してあげますよ~」

 

「気を使わずとも良いよ。風が寝てる間、頭でも撫でてるから」

 

「ふむぅ・・・お兄さんに撫でられるのは気持ち良いらしいですからねぇ。それも良いですが~・・・むむっ、お話しながら撫でてくれれば一石二鳥の様な気がしますねー・・・」

 

そういいながら、風は頭に載ってる宝譿を取った。

そして頭を少しだけこちらに伸ばしてくる。

・・・撫でろということか。

 

「はいはい」

 

猫を撫でるときのことを思い出しつつ、風の頭を撫でる。

手を動かすたびにおぉぅ、とかにゅぅ、とか気の抜ける声を上げる風。

 

「これは、また眠りそうなほどに心地よいですねー」

 

「風の髪の手触りも気持ち良いよ。綺麗だしね」

 

「おおっ、なんだかお兄さんに褒められてしまいました~」

 

それからしばらく撫で続けると、風は気持ちよさそうに眠ってしまった。

なんだかんだ言いつつ、寝るのが好きなのだろう。

 

「さて、もうしばらく楽しむとしよう」

 

しばらく、風も目を覚まさないだろうし、今のうちに風の感触でも楽しんでおこう。

 

・・・

 

「お兄さん、それでは~。またお膝に乗せてくださいね~」

 

「ああ。気に入ってくれたなら良かったよ」

 

あの後、夕日が沈みかけるころに風は目を覚ました。

ゆったりとした声でお礼を言われた後、部屋まで風を送り届け、今こうして別れたところだ。

どうやら俺の膝は風の御眼鏡に適ったらしい。

ふりふりと手を振る風に手を振り返しながら、通路を歩く。

 

「まだちょっと寝足りないかな。でもま、これ以上寝ると夜眠れそうにないし、ちょっと早いけど晩飯にしようかな」

 

次は桃香あたりが作った料理でも食べてみたいな。

どれだけ上達したのか確認してみたいし。

 

「取り敢えず今日は自分で作るかな」

 

ちょくちょく自分でもやっておかないと、力加減とか忘れてしまうからな。

材料はまだまだ残ってるし、厨房に戻ろうかな。

・・・なんだか今日は厨房での用事が多いな。

 

「よっと。誰かいるかー?」

 

・・・うむ、誰もいないようである。

自分で声を掛けておいてなんだが、いなかったらいなかったで寂しいものだ。

 

「さぁて、今日はいろいろ調味料を調達したからな。アレが作れる」

 

まず、宝物庫よりスパイスなどを取り出す。

それを水に溶かしてから型に注ぎ込み、もう一度宝物庫の中へ。

数秒後、宝物庫から取り出すと・・・

 

「なんと! カレールーができるのです。・・・なんで?」

 

自分で入れて言って良い台詞ではないと思うが、まさしくその台詞がぴったりだ。

ある程度の分量がそろっていれば、宝物庫が勝手にそれを「カレールー」だと判断して、再構成してくれるらしい。

宝物庫の便利さに驚きである。

 

「・・・取り敢えず、野菜を切ろう」

 

インドの人からも「これ、うちのカレーと違う」と言わせるほど独自の進化を遂げた日本のカレーを再現してやろう。

 

「思えば、ほとんど鍋で煮込むだけだから力加減とか関係ないな」

 

それにしても、この野菜を炒めている時点でだいぶおいしそうである。

もう肉と野菜の炒めものでも良いんじゃないかな、という誘惑を振り切りつつ、水を投入。

これでまたしばらく火に掛けて、最後にルーを溶かせば良い・・・はず。

飯盒炊爨以来のカレーに俺の記憶も細かいところまでは思い出せないようだ。

 

「まぁ、食えないものはできないだろう。・・・これでうまくいけば、天下一品料理大会で出してみるのもいいかもな」

 

出来上がったカレーは中々のものでした。

・・・ムドオンされなくて良かった。

 

・・・

 

「はぁ、夏祭りねぇ」

 

「やっぱり夏といえば夏祭りだろ! 資金も大丈夫だし、出店も町の人たちがノリノリで参加表明してくれたし!」

 

「確かに夏といえば夏祭りだな。・・・もう、夏も終わるけど」

 

「だからこそ今やろうって言ってるんだろ!」

 

「まぁ、そこまで準備してるんだったらやらないほうが変だよな。よし、やろう!」

 

「おう。いろんな浴衣が見れるぞ!」

 

というか、ほぼそれが理由である。

すでに卑弥呼に言って浴衣は準備済みだ。

 

「・・・ギル、お前ほんとに自由人だよな・・・」

 

そんな俺の思惑を見透かしたらしい一刀は、呆れたように笑った。

 

「まぁ、そこまで準備万端ならやらないほうが変だな」

 

「おう。場所も取ってあるし、資金も大丈夫。浴衣も今日中に卑弥呼が持ってくるだろうし、出店もすぐに準備できる。サプライズもあるし」

 

「・・・ギル、お前本気出すと凄いよな。まだやるって確定してないのにそこまで準備するとか・・・」

 

「まぁ、夏祭りくらいだったらやろうっていえば出来るだろうと思ってたしな」

 

そういって俺は立ち上がる。

みんなに話をつけて、開催するまで大体二日くらいか。

まぁ、それぐらいあればきちんとできるだろう。

 

「つーわけで、夏祭り実行委員会として頑張ろうぜ」

 

「俺も入ってんの!?」

 

「もちろん。ま、当日は楽しめるようにするからさ。巻き込まれてくれよ」

 

・・・

 

「というわけで、浴衣を持ってきたわよ」

 

「おう、ありがと。ほほー、いろんな柄があるなぁ」

 

「ふふん。・・・あ、壱与もくるらしいから、がんばんなさいよ」

 

「ん、ああ。・・・そういえば、壱与になんか言われたか?」

 

「言われたわよ。「私に女王の座を譲り渡してください」って。ふざけんなってはっ倒したけどね」

 

うん、その様子がとても鮮明に思い浮かべられるな。

 

「ま、あいつが女王になりたい理由聞いたから、何でそんなこと言ったのかは理解したけどね。・・・だからこそ反対したって言うのもあるけど」

 

「ふぅん。やきもちか」

 

「ばっ・・・か、まぁ、そうだけど。まぁいいわ。とりあえずさっさと浴衣を宝物庫にしまいなさい」

 

「おう」

 

話を逸らそうとしてるのに気づいたが、それを追求して照れ隠しに合わせ鏡を放たれても困るので、素直に浴衣を収納する。

後はこれを更衣室に展開し、将のみんなに着てもらうだけだ。

 

「で、わらわの浴衣姿はどうよ」

 

「もちろん似合ってる。綺麗だよ」

 

「・・・へふぅ」

 

「どしたいきなり? ・・・気絶してる」

 

奇声を上げて倒れた卑弥呼を支えつつ声を掛けてみると、どうやら気絶してしまったようだ。

そんなに褒められ耐性低かったのか。

・・・ああ、そういえば前ちょっと褒めただけで照れてたな。

 

「・・・どうすりゃいいんだ、この女王」

 

仕方ない、目覚めるまで背負って行くか。

 

・・・

 

浴衣を用意してから一週間後、夏祭りが開催された。

すでに出店はやっているので、みんなの楽しそうな声は聞こえてくる。

将たちは今浴衣に着替えている最中のはずだ。

 

「ギルさんっ、似合いますか?」

 

以前卑弥呼に和服を着せられて要領を得ている月はいち早く着替えて俺の部屋へとやってきている。

薄い青の染料で風のような波のような模様が月の雰囲気にぴったりだ。

 

「ああ、似合うよ」

 

「うれしいですっ」

 

そのままくるくると回ってどうですか、ともう一度聞いてくる月。

しばらく後、着付けを終えた詠や響たちがやってきてはくるくると回って「似合う?」と聞いてきたのは想像に難くないだろう。

侍女組が全員揃い、卑弥呼が目を覚まして壱与が平行世界からやってきたころ、ようやく夏祭りへと出掛けることになった。

桃香や愛紗たちをまだ見ていないが、先ほど全速力で鈴々が駆けて行ったのでそれを追いかけて先に行ってるだろう。

 

「卑弥呼が来たら行こうか」

 

みんなの着付けを手伝ってるっぽいからもうちょっとかかりそうだけど。

 

「おうよーっ! 楽しみだねえ。夏祭りってアレでしょ? ギルさんの千里眼を使って射的の景品を全部打ち落として射的屋さんを泣かせたり、ギルさんの幸運値に任せてクジ屋さんを泣かせたりするお祭りのことでしょ!?」

 

「・・・え?」

 

「いやいやいや、響、適当なことを言わない。・・・後孔雀、信じない」

 

「・・・あー、良かった。ギルだったらやりかねないことだったから九割信じてた」

 

否定は出来ないな。

というか屋台の人を泣かせるだけの祭りとか誰が得するんだよ・・・。

 

「あれー? 違ったかぁ。ひーちゃんがそう言ってたんだけど・・・」

 

「ひーちゃん?」

 

「卑弥呼ちゃん。もう一人の筋肉さんと区別しないと面倒くさいから、ひーちゃん」

 

「ほう、響にしては良い事いうね。僕もこれからひーちゃんと呼ぼうかな」

 

「ひーちゃん・・・良い響きですね。卑弥呼さんに合っている気がします」

 

「ひーちゃん、ねぇ。ま、区別するためっていうなら中々良いんじゃないの?」

 

侍女組がそう結論を出すと、タイミングよく卑弥呼が部屋に入ってきた。

 

「うーい、ただいまー・・・」

 

「あ、ひーちゃんおかえりー」

 

「お疲れ、ひーちゃん。みんなの着付けは終わった?」

 

「ひーちゃん、お疲れ様です。着付け、ありがとうございます」

 

「ま、まぁ、ひーちゃんにしては良くやったんじゃない?」

 

「ふおおっ!? 何この歓迎のされよう!? ひーちゃん!? 超フレンドリーでびっくりした!」

 

扉を開けて入ってきた卑弥呼が「ひーちゃん」呼びに驚いている。

 

「ちょ、なに? どっきり? ドッキリなの!?」

 

ちょっとどうなのよ、と俺の元までやってくる卑弥呼。

 

「ドッキリじゃないから安心して呼ばれるといいんじゃないかな、ひーちゃん」

 

「ふぅ・・・」

 

「・・・また気絶したぞこの女王」

 

かくんと倒れそうになった卑弥呼を受け止めると、なにやら妙な気配が

 

「今ッ、女王を謀殺するなら今しかないッ!」

 

「壱与!?」

 

いつの間に平行世界を移動してきたのか、壱与が体を捻りながら顔の前に掌を広げて立っていた。

 

「血液のビート刻んで心停止させてやりますよッ!」

 

「お、壱与も浴衣着てるのか。いつもの服とは違った雰囲気で良いね。似合ってるよ」

 

「ちょっと、反応するのそっちなの?」

 

「えっ? あの、は、はひぇ・・・」

 

「・・・気絶したわね」

 

「成功したか。卑弥呼の親類ならもしやと思ったんだ」

 

こうして、俺たちは気絶した人間二人が起きるまで待ち、無事祭りへと出発したのだった。

・・・邪馬台国の二人に対しての扱いを学んだ! スキルポイントが5上がった!

何のポイントだろうか。

 

・・・




「良く関羽さまのあの料理普通に食べれましたね、隊長」「まぁ、幼馴染と毒料理対決ずっとやってたからな。食えないもの耐性は高いと自負してる」「・・・普通の人間ってそういう耐性無いものなんですよ、隊長」「懐かしいなぁ。中身が餡子に見せかけた炭で、それを巻く葉っぱがトリカブトの柏餅とか何度食べたことか・・・」「かしわもちが何かは分かりませんが、取り合えず危ないものを食べさせあっていたのは分かりました」「お返しにカレーに芽の出たジャガイモ入れたりな。いやぁ、あのころは楽しかった」「感性が普通じゃないってこういう人のことを言うんですね」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。