それでは、どうぞ。
二人を連れてやってきたのは服飾店である。
最近本当に侍女が増えてきたと言うことで、新たに侍女の制服・・・つまりメイド服を新調しに来たのだ。
何で俺が二人を連れてきたのかと言うと、侍女の会計担当が俺だからである。
俺も用事があったし、ついでにそれを片付けられるのではと二人と合流したときに思いついたのだ。
「この採寸に合わせて侍女服を作って欲しいんだけど」
月から受け取った侍女や侍女見習いのみんなの採寸を記録してある竹簡を職人に渡す。
この人はメイド服から女子高生の制服、フリフリエプロンやら水着を作成した職人その人である。
良く一刀や俺がお世話になっている。
「はいよ!」
ちなみにこのみんなの身長、体重、スリーサイズなどが書いてある竹簡は将が身体測定したときの竹簡と共に
これを男で見れるのは職人さんしかいない。俺や一刀ですら見ると殺されかける。
・・・まぁ、月あたりは聞けば教えてくれそうではあるけど。
「この量ですと・・・数日お時間をいただくことになりますが」
「大丈夫だよな? 月」
「はい、大丈夫ですよ」
「ならそれでお願い」
「はいっ! 今回も腕によりを掛けて作らせて貰いますよ!」
元気に奥に引っ込んでいった職人を見送り、用事は終わったな、と一息。
「で、この後どうするの?」
「今日は二人の服を見繕おうと思う」
「ボクたちの?」
「ああ。二人とも基本的にメイド服だろ?」
「そうですね。なんだかんだで動きやすかったりするので、休みの日でも着ている気がします」
「ボクは軍師として訓練に参加するときなんかは前着てた服着たりするけど・・・基本的にこれね」
「と言うわけで、いつもと違う格好の二人を見たいと言うことで、今回服を見て回ろうと思う」
俺の偏見ではあるが、服を見て回ると言うのは女子が好きな行為じゃないだろうか。
月たちも息抜きできるし、俺も新鮮な姿の二人が見れるとなれば、一石二鳥である。
ふっふっふ、完璧じゃないかな、このアイディア!
「とりあえず、月の服から見てみようか」
そんなこんなでしばらく月や詠が着せ替え人形と化していたのだが、いろいろと良いものが見つかったと思う。
二人もいろいろな服を試着したりして楽しんでいた・・・と思う。
心は流石に読めないので表情から感じ取るしかないのだが、楽しそうに笑ってたしな
「へぅ、一日であんなに着替えたのは初めてです」
「ボクも。でもまぁ・・・ちょっとは楽しめたわ」
「それは良かった。・・・さて、一旦休憩しようか」
もう昼が近かったので、昼食も兼ねて休憩をとることに。
特に食べるものにこだわりもないので、近くの飯店に入る。
注文もすぐに決まり、店員が食事を持ってくるまで先ほどの服屋で選んだ服などの感想を話し合ってみる。
「いろいろ買ったなぁ」
「いつもお金出して貰っちゃってすみません」
「良いよ良いよ。俺に黄金率があるのは月が一番分かってるじゃないか」
「それでも、なんだか申し訳なくて」
俺が持っているスキルの中で一番活用しているのは黄金率ではないだろうか。
カリスマのように意図して抑えることが出来ないので、勝手に金がやってくる。
元一般人だった俺からすれば、大金があると言うことになんだか実感が沸かず、特に消費しているだとかは思えない。
月たちのために使うのだって嫌なわけじゃないし、溜め込んでいるよりは使ったほうが良いと思っているからなのだが。
・・・まぁ、そのうち恋人からランクアップするかもなんて考えているので、そのときの予行演習だと思っていれば良いだろう。
思っているのは俺だけなのかもしれないが。・・・それだとずいぶん悲しいな。
店員が運んできた食事を取りつつ、和やかに服の話をしている二人を眺める。
なんだか妙な感慨を受けつつ、二人と楽しい昼を過ごしたのだった。
・・・
「ふ、あぁ~・・・良く寝た」
むくりと体を起こす。
昼食をとった後、急に仕事が入ってしまったと言う二人を見送り、一人ですることもないし昼寝でもするかと木陰で寝ていたのである。
さてこれからどうするかなと目を擦りながら考えていると、横から声が。
「おはようございます、ギル様っ!」
「
「あぁんっ! 出会い頭に縛られるのも素敵っ!」
「い、いけないいけない。思わず拘束してしまった」
壱与の声を聴いた瞬間に思わず発動していた。
催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ・・・。
「ああっ・・・そんなっ、もうちょっと縛られていたかったです・・・」
ため息をつきつつ解除した
そんなっ、じゃねえよ。ド変態かお前は。・・・そうだったな。ド変態だったな。
「それで、何しにきたんだよ」
「何しにって・・・ギル様に会いにですけど・・・」
「いや、そうじゃ・・・ああ、うん、それでいいや」
何の用があるのか、と言う意味だったのだが・・・このきょとんとした顔を見るに、本当に俺に会いに来ただけらしい。
第二魔法を習得してからと言うもの、壱与の突然訪問は卑弥呼よりも頻繁だ。
そのたびに驚いた俺が
そろそろ慣れるだろ、とか思ってるときに限って慣れないものだ。
「ギル様の寝顔をこっそり拝見するつもりだったのですが、卑弥呼様の用事が意外と長引いてしまいまして・・・」
「良くやったぞ卑弥呼」
ぼそりと卑弥呼を褒めておく。
寝ているときに来られたら何をされていたか分かったもんじゃない。
・・・寝こみを襲われる心配をすることになるとはなぁ・・・。
「そういえばさ」
「はい?」
「・・・俺との家族計画作ってるって聞いたんだけど、ほん」
「興味がおありで!? ここにありますけど!」
本当か? と聞く前に言葉に割って入られた。
何だこいつ。スキルにインターセプトとかある訳?
そのうち日常生活にもインターセプトしてきそうでとても怖い。
・・・ああ、もう大分割り込まれてるか。
「どうぞっ」
渡され・・・いや、押し付けられた本を受け取り、表紙に視線を走らせる。
『壱与の家族計画~一年目~』と言うタイトルが目に入る。
・・・何年目まであるんだろうか。
ぺら、とページをめくってみる。
「おおう・・・」
しょっぱなから飛んでるお嬢さんである。
一年目にして五人ほどの子供がいることになっている。
ちょっとまて。何それどういう理論?
しかも五つ子とかそんなことも無く普通に年も違う。
一年で産める子供の数じゃない。
「・・・これ、どうやって一年でやるつもりだったんだ?」
「気合ですよ、気合。ギル様とだったら出来そうな気がするんです!」
無理だろ。気合でどうにかするより普通に数年掛けて計画的に子作りしたほうが絶対にいいぞ・・・?
やんわりと伝えてみると、意外にも理解を示してくれた壱与。
「分かりました! じゃあそこの部分は書き換えますね!」
・・・ん? 危ない危ない。何故か俺が壱与と子供作る前提で話が進んでいる。
これを狙ったのだとしたら予想以上の効果をあげたぞッ!
「名前はどうしましょうか?」
「待て待て。俺は壱与とそんなことするとは言ってな・・・」
「でも卑弥呼様とはしてますよね?」
「まぁ」
「だったら弟子の私にもしてくださいませんと!」
「その理屈はおかしい」
万年零点を取る少年と話している気分になってきた。
こいつ何言っても聞かないな。分かってたけど。
「・・・分かった。じゃあこうしよう。壱与が卑弥呼にきちんと認められて、邪馬台国を任せられるまでに成長したら、壱与のその家族計画、乗ってやるよ」
「本当ですかっ!? 嘘じゃなく!? 冗談でもなく!? こいつちょろそうだから適当な事言ってごまかしておけばそのうち忘れるだろはっはっはとかそういうことでもなく!?」
「どこまで具体的に想像してるんだよ・・・。大丈夫、嘘じゃないから」
まぁ、そこまでいけばきっと仕事も忙しくなってこちらに来ることも無くなるだろうからそのうちうやむやになるんじゃないかと言う期待はあるが。
・・・美少女の恋人がまた増えると言うのも男としては嬉しいものだが・・・ん? あんまり断る要素が無いような。
待て待て、これから国を担う少女を俺のところに拘束すると言うのはあんまりよろしくないからな。大丈夫。正しい判断だ。
「そっ、それじゃあ早速師匠と重鎮たちを集めてきょうは・・・げふんげふん、説得してきますね!」
「お前ってちょくちょく危険思考漏れるよね。日常生活大丈夫なのか?」
思わず突っ込みをいれてしまったが、仕方の無いことだろう。
「日常生活・・・ですか? 概ね大した障害も無く過ごしていますが・・・」
「そっか。きっと壱与は幸せなんだろうな」
頭の中が、と言う言葉は口には出さずにおく。
「? はいっ、幸せですよ! なんてったってギル様公認ですからね、この家族計画書! 後四十年分はあるので!」
・・・逞しい妄想力をお持ちのお嬢さんのようだ。
「それ、今度全部持って来い。添削しておく」
「了解ですっ。それでは今日はこの辺で!」
そういってすぱっと消える壱与。
・・・嵐が去っていったかのような安心感がこみ上げてくる。
それと同時に、やっちまったんじゃね? と言う後悔も少し。
「・・・卑弥呼もたまに労ってやらないとなぁ・・・」
たまに貰う卑弥呼の弟からの手紙を見るに、壱与は最近大抵あのテンションらしい。
姉が胃痛に苦しむのを初めて見ました。明日はきっと世界が滅亡するのですね。なんて手紙を読んだときは卑弥呼の苦労にちょっと同情したし、弟の認識にちょっと涙したりもした。
「邪馬台国。隣の世界のことだけど、この大陸の人たちより個性が濃いんじゃないのか・・・?」
・・・
「・・・うぅむ」
なんともまぁ、珍しい気がする。
と言うか、こうして気にしたのはおそらく初めてではなかろうか。
「雨、か」
結構良い降りをしている。
こりゃ洗濯物は外に干せないな、なんてくだらない事が脳裏を掠める。
「街も静かだな。やっぱり雨が降ってると人も少ないのか」
兵士たちのほうはこれ幸いと雨のときを想定した訓練なんかやってるが。
泥に塗れて大変そうだ、なんて他人事のように心配してみる。
「うお、こけたぞあいつ」
ずしゃぁ、と顔面から滑り込むように転んだのは、何を隠そう我が隊の頼れる右腕(自称)、副長さんである。
あーあー、折角の勇者の服が台無しじゃないか。
・・・仕方ない。この新作のゾー、じゃなくて、青い勇者の服を渡してくるかな。
べっ、別に新作が出来ていつ副長に着せようか迷っていたときにちょうど良く機会が巡ってきたからって喜んでるわけじゃないんだからねっ。
うぅむ、詠のような可愛いツンが出来ない。いや、出来たところで誰得なのだが。
「おーい、ふくちょーう」
屋根だけの天幕の中から、副長を呼ぶ。
ぐしぐしと顔の泥を拭った後、駆け足でこちらに寄ってくる。
「なんでしょーか、隊長。私、転んでて若干泣きたい気分なんですけど」
「あー、うん。素直でよろしい。ほら、これで顔拭けって」
「うみゅみゅ。・・・ありがとです。まさか鬼畜の権化である隊長にこんな優しくしてもらえるなんて思っても見ませんでした。今度から頻繁に顔面から転んでみようと思います」
「女の子の発言じゃないな・・・。顔は大切に。折角黙ってれば可愛い顔なんだから」
「口、縫おうかな・・・」
「本気で悩むなよ・・・」
と言うかそれだと黙ってるととても怖い顔にクラスチェンジすることになるんだが。
とりあえず、変な悩み方をしている副長に青い勇者の服を渡す。
「新作ですか? ・・・また変な魔術掛かってますね、これ」
「ふっふっふ。気づいたか? キャスターの魔術講座を受けた俺と甲賀の共同開発だ」
ふふん、とドヤ顔。
こいつはお気づきの通り水の中での呼吸を可能にし、更に追加で雨に濡れても冷たさを感じず、更に更に洗濯しなくても常に綺麗な状態を保つように魔術を掛けてある。
自分で魔力を取り込む機能と自浄機能を一緒につけるのはとても苦労した。
「・・・そういえば私、隊長に採寸とかされた覚えないんですけど、何でぴったりな服作れるんですか?」
「気にするな」
「いや、でもやっぱり乙女としてはそういうところ気にな」
「気に、するな」
「了解いたしました隊長っ!」
良かった。両肩を握りつぶすほど強く握ったら副長も分かってくれたようだ。
やっぱり話し合いから試さないと駄目だよねぇ。
「とりあえず着替えてきますね。・・・あたた」
肩をぐるぐると回しながら隣の天幕へと駆け込む副長。
隣の天幕はこちらと違いきちんと壁まであるので、着替えるのには問題ないだろう。
「さて、ゴロ・・・じゃなくて、赤い勇者の服はいつ着せるかなぁ」
まぁとりあえずは、雨の日の訓練を楽しむか。
「ひゃっはー! 私の前に出てきた兵士はみんな死ぬぜぇ!」
「真面目にやれっ!」
「もっ、もちろんですよたいちょー!」
それと、世紀末なのか死神なのかどっちかにしなさい。
死んだように気絶している兵士を医療班に回収させながら、青い勇者の服で無双している副長に目をやる。
汚れないと分かっているからか、泥の中を転がり鏃を潰した矢で兵士を狙い打ちながら高笑いしている様はちょっと・・・いや、かなり危ない人に見える。
「ちょー快適! これ凄いですねたいちょー!」
一人の兵士をなぎ倒しながら、副長がこちらに振り返って叫ぶ。
次の瞬間、振り返った勢いを利用してそのまま次の兵士に回し蹴りを決めているところを見るに、きちんと訓練をする気はあるらしい。
「副長さんは凄いですねぇ」
「七乃も混ざってくるか?」
「やだなぁもう。冗談はやめてくださいよぅ」
「おーい、七乃の剣持ってきてー」
「ええっ? ちょっと、冗談ですよね・・・!?」
少し焦った声色の七乃に笑みを返しつつ、そろそろこの手合わせを終わらせる頃合かと気づく。
太陽が見えないから時間は分かりにくいが、宝具の時計を見るに昼近い。
「よーっし、一旦昼休憩いれるぞー!」
兵士たちから安堵の声が混ざった返事が返ってくる。
副長は一人えー、と言う顔をしながら剣を鞘に収めていた。
「いいところだったのにー」
「じゃあ俺とやるか?」
「お昼ご飯、今日は何にしよっかなぁ」
「正直なやつだなぁ、副長は。偉い偉い」
「馬鹿にされてます・・・?」
一通り副長とのやり取りを終え、兵士たちが着替えに戻る中副長と七乃の二人と軽い報告を済ませる。
午後からは個人戦ではなく部隊での訓練もこなさなければならないので、いろいろと大変なのだ。
「で、副長。雨の中の戦いはどうだったよ」
「この青い服、凄いですねっ。雨も泥も全然気になりませんし」
「そうだろうそうだろう。苦労して作ったからな。・・・じゃなくて、兵士の動きとかだよ」
「素晴らしいノリ突っ込みですね~」
「隊長と私の信頼がなせる技ですからね。・・・っとと。兵士の動きでしたか? やっぱり泥は辛いみたいですね。滑ったり埋まったり散々でしたよ」
だろうな。
副長に沈められた兵士の半分ぐらいが泥に足を滑らせたりしている時にやられてたし。
「動きにくいってことを前提に行動しないといけないって学んでからはちょっとマシになりましたけど」
「ふむ・・・まぁ、午後からの部隊運用訓練ではそのあたりに気をつけつつ動いてくれるか、七乃」
「りょーかいです。まぁ、これくらいでしたらすぐにまともな動きを出来るようになりますよ~」
七乃の自信ありげな声にほう、と感心する。
まぁ、七乃は適当に見えても出来ないことは出来ないとはっきり言う奴だしな。
「よし、それなら午後からも頑張ろうか。副長と七乃、昼でも食べに行くか」
「はーいっ。もちろんおごりですよねっ。私今月ちょっと厳しいので!」
「・・・お前、先月もそういってたな。何に使ってるんだ?」
「い、いやだなぁ、もう。乙女の秘密にはあまり首を突っ込まないほうが良いですよ?」
「ま、いいけどな。七乃も大丈夫だろ? 美羽連れて門に集合な」
「はぁい、分かりました」
・・・
「もっ、もうちょっとそっちいけませんかたいちょー!」
「・・・無理に決まってるだろ。あーほら、美羽、背中から落ちるなよー」
「うむ! 気をつけるのじゃ!」
「四人で一つの傘っていうのが無茶なんじゃないですかねぇ・・・」
右からぎゅうぎゅうと副長が押してきて、左からむぎゅうと七乃が抱きついてくる。
美羽は俺の背中で手を振り上げて楽しそうだ。
・・・なんでこんなことになっているかと言うと、七乃のいうとおり傘が一つしかないことが原因だ。
それなりに大きいものなので密着していれば濡れずに済むのだが・・・これ、最大収容人数二人だろ。完全にオーバーしてるぞ。
「ふぃー・・・やっとついた。ほら、美羽。降りろー」
「もう着いてしまったのか。むむぅ・・・」
「帰りもおんなじことするんだから、少しぐらい我慢しろって」
「了解なのじゃ。よっと」
なんとも可愛らしい動作で俺の背中から降りると、美羽はとててと先に店の中へ。
「ああもう、お嬢様は落ち着かないところも可愛いですねぇ・・・」
そんな美羽を追って七乃も店内へ行ってしまったので、俺たちも店内へ。
もちろん、入る前に傘を畳んで店先に置くことも忘れない。
「いらっしゃい! 凄い雨ですねえ」
すでに顔見知りとなった店主に出迎えられる。
雨だからか客は少ないようだ。
「昨日までは晴れてたんだけどな。あ、傘置かせてもらってるよ」
「ええ、大丈夫ですよ」
笑顔で了承してくれた店主に礼を言って、すでに美羽と七乃が座っている卓へと向かう。
すでに美羽は採譜を見てはしゃいでいるようだ。
「主様主様! 妾はこの特別定食とやらが食べたいぞっ。おまけがついてくるのじゃ!」
「おーおー、いいんじゃないか? 美羽みたいな娘のために作られたようなもんだからな、それ」
よいしょと椅子に座りながら美羽に言葉を返す。
特別って書いてあるけど実質お子様ランチだからな。
「妾のためにっ!? おー! それは凄いのじゃ!」
「そうですねー、とっても凄いですー」
七乃は確か特別定食が子供や小食な人向けのものだと知っているので台詞も棒読みだ。
・・・にしても、さっきから副長が静かだな。
「で、副長はさっきから静かだけどどうかしたか?」
「いっ、いえっ? どうもしてませんよっ。あ、私はラーメンお願いします!」
「・・・何もないって言うなら良いんだけど」
その割には動揺してたけどな。
まぁ、本人が何もないと言ってるんだし、そんなに深刻そうなことでもなさそうだから放置しておくとしよう。
「で、七乃は?」
「私はそんなにおなか空いてないのでー、んー、麻婆豆腐でいいですー」
「午後から大丈夫か?」
「大丈夫ですよぉ。それに私は職業柄あんまり運動しないので、食べ過ぎるとちょっと・・・」
「あー、女の子だもんな。そういうのも気にするのか。・・・まぁ、何人かそれを気にしないのがいるけど」
「それはそれと言うことで~」
「・・・ま、いっか」
店主を呼び、注文を伝える。
俺はそんなに食べたいものがなかったので、副長と同じくラーメンにしておく。
これから動くかもしれないしな。あんまり食べ過ぎるのもやめたほうがいいだろうし。
「ああ、そういえば副長は雨に濡れても大丈夫だから傘の外に出しても大丈夫だったんだよな」
「それ凄いイジメの現場に見えますよ? 隊長と七乃さんと美羽ちゃんだけ傘に入ってて、そばを歩いてる私は傘の外でトボトボ歩くとか・・・」
「・・・あぁー、なるほど。あんまりにも自然に使ってるから忘れがちだけど、あんまり人目に着けられないからなぁ、魔術って」
「変なところで抜けてますね、隊長。・・・しかもさっきのを実行すると隣を歩く私は雨に濡れずに歩いてるわけで・・・こ、怖いじゃないですか!」
「なんで自分で言って怖がるんだ」
「聖剣持ってて幽霊倒せたとしても怖いものは怖いんです!」
「・・・仕方ない、今日は雨だし怪談でもするか」
「ぶっ飛ばしますよたいちょー!」
「やれるもんならやってみろ。返り討ちにして拘束した後延々と怪談聞かせてやるよ」
「うひぃ! 鬼畜!」
がたたっ、と副長が座る椅子が音を立てる。
相当怖いらしい。
「怪談、いいですねぇ。お嬢様も怖い話を聞かせると面白いぐらいに怖がってくれるんですよぉ」
七乃が話に入ってきた。
美羽はまだかのまだかの、とはしゃいでいてこちらの話は耳に入っていないようだ。
知らぬが仏と言う奴か。
「翌日、おねしょしてそうだな」
「分かります? そういう時は一緒に寝ないようにしてるんですよ~」
・・・七乃、思ったより腹が黒い・・・。
と言うか、俺より鬼畜じゃないか?
いや、俺が鬼畜だと認めたわけじゃないけど。
「ま、そういう点で考えると副長はそういうのないから存分に怖がらせられるけどな」
な、と言いつつ副長に視線を向けると、汗を滝のように流しながら視線を逸らしていた。
「・・・しない・・・よな?」
「は、はは、は・・・」
「よっしゃ、今日は一緒に寝るか、副長」
「ややややややややめてくださいよたいちょー! 乙女の部屋で一晩過ごすとか誰かにうわさされたら恥ずかしいじゃないですか!」
「うるさい。いっちょ前に何をときめきしてるんだ、お前は」
だが、そうか。いきなり一緒に寝るか、はちょっと難易度高かったな。
なんだか最近誰かと一緒に寝るのが常になっていたから忘れてたけど。
「しかし・・・やるんだな、副長。その年で」
「お嬢様と精神年齢変わんないんじゃないですかねぇ?」
「ありえる。蜂蜜水とか与えたら喜びそうだ」
「今度そっと出してみましょうか~」
「知ってるか、天の国には映像を記録する機械があってだな・・・」
「ちょっとその話詳しく聞いてもよろしいですかっ!」
「目の前で怖い話するのやめてくださいよ! 何で休憩中に精神削られなきゃならないんですか!?」
俺と七乃の会話に割って入った副長が叫ぶ。
「なんだ、仲間に入れてほしかったのか? 仕方ないなぁ、副長は」
「え、ちょっと、何で私が子ども扱いされてるんですか!? 違いますよね? と言うかそんな理由で声を上げてるわけじゃありません!」
それから、食事がきてもきゃいきゃいと姦しい副長を受け流しつつ、休憩時間は過ぎていくのだった。
・・・
「うぅ、隊長は鬼畜、隊長は変態、隊長は・・・」
「・・・なにやら副長さんがぶつぶつ恨み言を言っているようなのですが、大丈夫ですか、お兄さん?」
「いつものことだろ。俺に恨み言を言わない副長とか別人だって」
「すさまじい関係ですね~」
いつも飄々としている風が少しだけ身を引いた。
「お、始まるぞ」
午後からの部隊運用訓練。
その様子を見たいと立候補した風が俺の隣で眠そうな瞳を遊撃隊に向けている。
いつもどおり宝譿とペロキャンは装備されているようだ。
「おぉ~、いつもながら士気の高さが凄いですねぇ」
俺のカリスマスキルが影響されているのか、俺がいないときでもそれなりの士気と纏まりはある。
まぁ、ここまで戦ってきた俺の経験もあるので、スキルだけと言うことはないだろうが。
確かカリスマがA++までいっていたような・・・。
敵兵だろうと判定次第では従わせると言うもうそれカリスマ超えてないかと言うレベルである。
これからも鍛錬次第では伸びるそうなので、座に上がるまでに鍛えておこうと思う。
「それにしても、副長さんの成長っぷりには驚きました。今ならほとんどの武将とそれなりの戦いをするのでは?」
「そうだろうな。服とかの装備で底上げしてるとはいえ副長は元々の能力が高いから」
「流石はお兄さんの右腕さんですね~」
「自称、だけどな」
それでも確かに、遊撃隊で動いているときには副長が俺の右腕のような働きをするのを否定はしない。
なんだかんだ言って俺と訓練をこなしているから連携も上手だし、ことあるごとに遊撃隊の指揮権を渡しているので指揮も上手い。
後は掴みにくい性格と俺に敬意を払わないところが治れば完璧だ。
「お兄さんの部隊の副長というのはそれなりに重圧もあると思いますし、良くやってるほうじゃないですか?」
「・・・そんなに重要な立ち位置か?」
「それはもう。お兄さんは自分の客観的な評価を知るべきですね~。・・・そういえばふと思ったのですが、副長さんはどこから見つけてきたんですか?」
飴を口に含んだまま、風が首をかしげる。
副長をどこで見つけたかって?
「見つけたも何も、志願してきたから採用しただけだけど」
「なんと。お兄さんが自分で適正のある方を選んだのかとばかり」
「はは、遊撃隊が出来た頃の俺にそんな審美眼があるわけないだろ」
あの頃はいろいろといっぱいいっぱいだったときだしな。
「でもまぁ、一応面談みたいなことはしてるんだけどな」
武器の要望を聞くついでのようなものだったが。
どこに住んでたのかとか、ここに来る前は何をしてたのかとか。
「面談、ですか」
「そ。驚いたことに、俺が最初に賊と戦った村の出身らしいんだ、副長」
「・・・なるほど。それはさぞ驚いたことでしょう」
「まぁね。もしかしたら会って話してたのかもな。記憶にはないんだけど」
必死に賊を倒して必死に吐き気と戦ってた時だし、長以外の人物の記憶はあんまりない。
俺の言葉に風はなにやら考え込んでいるようで、それから訓練の終わりまで、風が口を開くことはなかった。
・・・
「あら? ご主人様だけですか? 副長さんと風さんは?」
訓練が終わった後、報告に来た七乃が疑問を口にする。
そんな七乃に俺は苦笑しながらある場所を指差す。
「なるほど、あんなところでお話してるんですか」
隊長様の天幕より少し離れた兵士用の天幕の近くで、二人してなにやら話しているようだった。
兵士用の天幕とは言っても肝心の兵士たちは片付けに奔走しているので天幕には副長と風の二人だけだ。
「あの二人が話しているのを見るのは初めてかもしれませんねぇ」
「ああ、そういわれれば確かに」
と言うか、七乃以外の武将と話している副長の姿をあまり見たことがない気がする。
人見知りするって性格じゃないと思うんだけどなぁ。
そういえば、副長ってば頑なに月とは会いたがらないんだよな。
黒月の話をしたのがまずかったのだろうか。
「あ、戻ってきましたね」
考え込んでいた俺の隣で休憩していた七乃が声を上げる。
その一言で意識を戻すと、視界にはこちらに向かってくる副長と風の姿が。
「お待たせしました~」
「あ、お待たせしました、隊長、七乃さん」
ここまで来るのに、副長が傘をさしてきたようだ。
副長は装備のおかげで濡れないので、風を重点的に雨から守ってきたらしい。
風にお礼を言われ、いえいえ、と謙遜する副長が傘を畳んで傘立てに置いた。
「いや、そんなに待ってないから大丈夫だ。じゃ、報告してもらおうかな。まずは七乃から」
「は~い。今回はですね・・・」
七乃、副長、風の順番に報告を聞いて、今回は解散となった。
・・・
「そういえば風、副長と何話してたんだ?」
帰り道、風を送り届けている途中。
解散する前から気になっていたことを訊いてみた。
すると、なにがおかしいのか片手を口に当ててふふふと笑い
「秘密、ですよ。お兄さん、乙女には秘密が沢山なのです」
「・・・それには同意するよ。分かった。詮索はしないでおく」
「聞き分けの良い方で助かるのです。あんまり詮索するようでしたら、めっ、とするところでしたが」
「はは、ちょっと見てみたかったかもな」
「変なお兄さんですねぇ」
「それは前からだよ。・・・っと、風の部屋ってここだっけ」
「あ、はい。わざわざありがとうございますなのですよ~」
「構わんよ。それじゃ、またな」
「はい~」
そういって去ったはいいものの、副長とした会話がまだ微妙に気になっている。
まぁ、気にしないと言った手前蒸し返すようなことはしないが・・・。
「ま、乙女の秘密とまで言われちゃあ、引き下がるしかないか」
・・・
「また今日も雨ねぇ」
副長と風の秘密の会話の翌日。
今日も激しく雨が降っていた。
「ああ・・・こうも続くとやることなくて辛いな」
流石に二日連続で雨の中での訓練をすることなんて出来ないので、今日は遊撃隊には休暇を言い渡してある。
詠が窓の外を眺めながら呟いてから、お茶を淹れてくれる。
「ありがと。にしても、雨が降ってると本当にやることないな」
外に出かけるにしてもあんまり遠出は出来ないし、そもそも雨が降ってると店が閉まってることもある。
仕事をすればいいのかもしれないが、今日は珍しく仕事が少なく、もう終わってしまって手持ち無沙汰だ。
「暇だなぁ・・・詠、ちょっとおいで」
「駄目よ。まだ仕事あるんだから。服が汚れちゃうでしょ」
俺がしようとしていることを察したのか、ちょいちょいと詠を呼んだ手がぺしっと叩かれる。
むむ、冷たいなぁ。
まぁ、暇だからと言って誘った俺が悪いのだが。
「仕方ない、何か暇つぶしでも考えるか。室内で出来る暇つぶし・・・」
一人で考えても仕方ないか。
こういうときは一刀に聞きにいくのが一番だ。
「出かけてくるよ」
「どこ行くのよ」
「一刀のとこ。掃除、頼んだぞ」
「はいはい、分かってるって」
不機嫌そうな詠を撫でてから、部屋を出る。
少し歩いて階段を降り、左に曲がって更に少し歩くと一刀の部屋だ。
「おーい」
「はーい? 開いてますよー」
「お邪魔ー」
「お、ギル。どした?」
部屋の中には、なにやら書物を開いている一刀の姿が。
「いやなに、かくかくしかじかで」
「あぁ、なるほどな。にしても暇つぶし・・・ああ! いいのがあるぞ!」
ちょっと待ってくれ、と断ってから、一刀は書類の山を探索し始めた。
そして俺の眼前に掲げられたのは、一枚の書類。
「侍女喫茶・・・メイド喫茶のことか?」
「その通り! ほら、前に言ってたろ、見習い侍女の練習と資金調達が同時に出来るよなーって」
「ああ、確かに」
月から最近侍女見習いが増えすぎて教えきれなくなってきたと言われ、あ、メイド喫茶やれば練習しつつ商売になるじゃん、と思いついたのが最初だ。
それを一刀と煮詰め、場所の確保やらの申請をした後めっきり話を聞かなくなったんだが・・・。
「申請、全部通ったんだ! 場所も機材も完璧!」
「おおっ、良くやった!」
正直、内容的に華琳が通すかが一番の問題だった。
桃香と蓮華は口車に乗せやすいが、華琳は別だ。
「うむ・・・なら、雨でやることない今のうちに試験でもしておくか」
見習い侍女と・・・後は誰か講師役の侍女をつれてくれば良いかな。
・・・
「と、言うわけで響ちゃんと孔雀ちゃんの! 侍女見習い養成講座ぁ~!」
「・・・どんどんぱふぱふー」
妙にテンションの高い響と反比例するようにテンションの低い孔雀が、片手で何かをぱふぱふ鳴らしていた。
侍女見習いたちからは真摯な瞳と真面目な拍手が向けられる。
「はい、みんな元気ですねー。・・・はれ? 一刀さん、そんなに暴れてどしたん? 危ないよ?」
「ちょ、何で俺縛られてるの!? 何かした!?」
「いえ、ギルさんから侍女見習いと一緒に講習受けるって聞いたので、後でお着替えさせようと思って」
「ギィィィィィィィィルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?」
ギルどこいったんだよ! 逃げたのか! とヒートアップする一刀に、響がそっと呟く。
「んー、でも後で一刀くんと一緒にメイド服着るって言ってたよ?」
「ま、マジで!? さっきはへんな事言ってごめん!」
「でもどこいったんだろうねぇ。すぐにくるーって言ってたんだけど」
響がそうつぶやくと、がらら、と扉が開く。
「こんにちわー、ここで王の持て成しが受けられると聞い――罠だ!」
「あ、いらっしゃーい!」
「脱出・・・
部屋から脱出しようとして
自身の宝具に絡めとられつつ、ばたばたと暴れているが、
最高の神性を持つ子ギルに逃れるすべはなかった。
「はーい、お化粧部隊! 一刀さんと子ギルちゃんをお着替え開始!」
「了解いたしました!」
「どこからっ・・・ぎゃー!? た、たすっ、無理矢理はいやぁぁぁー!」
「お、王のっ、王の待遇を要求しまっ」
言葉の途中で消えていった二人を見届け、響が額の汗を拭う動作をする。
・・・
「はいっ、と言うわけで、お着替えも終わったところで講習開始していきたいと思います!」
「・・・うぅ」
「・・・くぅ」
ばっちり侍女の服になった男二人がうな垂れつつ拍手を送る。
「まずは挨拶から!」
響の挨拶を復唱する侍女たちを尻目に、一刀は子ギルに話しかけた。
「・・・そういや、えーっと、子ギル・・・? 君は何でここに・・・?」
「ええと、ああ、北郷さんでしたか、たしか。何でって、大人のボクに嵌められたに決まってるじゃないですか。これ、見てくださいよ」
「なになに?」
一刀が渡された紙に目を走らせる。
『拝啓 子ギルへ。最近はめっきり若返りの薬を使うこともなく過ごしてきましたが、今日は雨が酷く仕事もないので、どうせなら子ギルに息抜きでもしてもらおうかと持て成しの場を用意しました。
是非楽しんでもらえると嬉しいです。 敬具』
「・・・うわぁ」
「ちょっと期待するじゃないですか。で、来たらこれですよ。いつの間にか宝具の所有権も向こう持ちになってますし」
「用意周到だな・・・」
「今回の大人のボクは良い人そうだと油断していました。うぅ、何が悲しくてボクがメイドを・・・」
「はぁ・・・」
男二人分のため息が、部屋の中へ溶けていった。
・・・
「ここが侍女喫茶の開催場所ね」
扉の前で、華琳が誰に問うでもなく呟く。
「そのようですね。なにやら声が聞こえてきますし、間違いないのでは?」
「申請が上がってきて興味を惹かれたから許可を出してみたものの・・・どんな風になっているかしらね」
秋蘭の言葉に答えつつ、華琳は扉を叩く。
中から、響の声ではーい、と返事が返ってきて、しばらくの間。
「お帰りなさいませっ、お嬢様!」
「妙に低い声・・・ね・・・?」
「か、華琳・・・!?」
女性にしては妙に低めの声を聞いた華琳が一刀を見つけるのと、一刀が頭を上げるのは同時だった。
ぴたりと目が合ってしまい、一瞬の沈黙。
「一刀!? な、なんて格好を・・・ああ、そういう趣味に?」
「違う! 絶対に違う! ギルに嵌められたんだ!」
「そういえばギルはどうしたの?」
「・・・あそこ」
「・・・子ギルになってるのね。まぁ、一刀がやるよりは似合ってるわ」
「ぐぅっ・・・!」
「まぁいいわ。とりあえず注文しましょうか」
採譜を頂戴、と言いながら席に着いた華琳に、一刀は採譜を渡す。
子ギルは別の場所で黙々と仕事中だ。逃げようとしても鎖につかまるので、諦めているらしい。
・・・
「昔は審美眼なんてなかったけどな。今はほら、このお香に火をつけるだけで・・・
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