真・恋姫†無双 ご都合主義で萌将伝!   作:AUOジョンソン

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「ギルって限界超えて怒ったことってあるのか?」「そりゃあるさ。こっちに来る前には幼馴染がいたんだが、そいつに泣かされてキレたことが数え切れないほどある」「・・・幼馴染に嫌われてたのか?」「いや、俺も同じくらいの回数泣かせてキレられたことがあるから、お互い様って感じで仲は良かった」「・・・喧嘩するほど何とやらってことか」


それでは、どうぞ。


第二十六話 主人公、限界に

「ギル、明日は暇かしら?」

 

華琳に呼び出され、早速そんな一言。

 

「明日か? ・・・んー、まぁ、暇を作れと言われたら作れるが。どうした、何か問題でも出来たか?」

 

「・・・ええ、ちょっとね」

 

眉間に手を当てる華琳から聞いたところによると、なんと凛が風邪を引いたらしい。

風は少し遠いところに出かけていて、その凛の抜けた穴を埋める人員が足りなくなってしまった。

魏の文官を数人動員しているが、それでも仕事が間に合わなくなっていると困り顔で華琳が話してくれた。

 

「私はこれから別の用事があってここから離れないといけないし・・・どこからか助っ人を引っ張ってくるしかないのよ」

 

「それで俺に白羽の矢が立ったと」

 

「まぁそんな感じね。どうかしら、頼める?」

 

「ああ、もちろん。困ったときは助け合いだ」

 

「そういってくれると助かるわ。それじゃあ明日、お願いね」

 

「おう」

 

・・・

 

なんてやり取りがあったのが昨日の事。

そして俺は今、華琳の頼みを聞いた事を後悔し始めているのだった。

・・・なんでかって?

いや、まぁ可能性を考えなかった俺が悪いといえば悪いんだけどさ。

 

「ちょっとあんた! 手が止まってるわよ! まったくもう、華琳様から助っ人が来るって言うからどんな奴かと思えば・・・」

 

ぶつぶつと文句やら愚痴やら分からないものを吐きながら俺の対面で仕事をしているのは、ご想像通り魏の軍師、桂花である。

凛がダウンし、風がいない。更に秋蘭が華琳と共に出かけてしまったとあれば、書類仕事が出来るのは桂花と霞くらいのものだ。

ちなみに霞はすぐに逃げた。ほんとに早かった。あれが神速かと感心させられた。

 

「ほなな!」

 

という一言が印象に残っている。

・・・というか、男嫌いの桂花の助っ人に俺を向かわせるとか、華琳の嫌がらせかと思った。双方に対しての。

いや、うん、まぁ、我慢は出来る。だが、出来るのであってしたいわけではないのだ。

こちとら精神は現代っ子。キレる若者直撃の年頃である。

自分はそれなりに寛容なほうだとは思っているが、流石に敵意をびしびしぶつけられて穏やかにはいられない。

それは桂花も同じだろう。

男嫌いで華琳至上主義の桂花にとっては、俺に仕事を手伝われるなんてストレスでしかないはずだ。

・・・そんな感じで、妙に重い雰囲気の中、俺たち二人はがさごそと仕事を進めるのだった。

あ、ちなみに、ほかに数人いた文官たちは別室で仕事中だ。

俺たちの雰囲気のせいでギクシャクして仕事をしづらそうにしていたので、自室での仕事を許可しておいた。

もちろん桂花には「勝手な事しないでよ!」と怒鳴られたが、この時間に限って言えば俺は華琳の代理という立場。桂花の上司だ。文句は言えないだろう。

文官からはお世辞やおべっかではない本気の感謝の言葉を残してさっさと自分の仕事をしにいってしまった。

そんなわけで、俺と桂花はこうして二人、若干険悪な雰囲気の中仕事をしているのだった。

何で俺たちも分かれて仕事をしないかというと、文官たちに任せたものより重要性の高い仕事だからだ。

あまり政務室以外でやって欲しくはないものだから、こうして雰囲気が悪くても俺たちは部屋を出れないのだ。

 

「んー、こっちがこうなって・・・」

 

小声で悩む桂花に視線をちらりと向ける。

彼女は本当に「黙っていれば可愛いのに」を地で行く少女だ。

口を開けば華琳様、目を合わせれば妊娠するじゃないと叫ばれ、話しかけたら罵倒される。

・・・魏の兵士が選ぶ、怖い将トップスリーの中で、一位を沙和と争っているだけあるよなぁ。

 

「よっと」

 

「っ!」

 

かたん、と椅子から立って資料を探す。

急に立ったからか桂花がびくんとしていたが、気にしないことにする。

 

「急に立たないでよね!」

 

「・・・すまんな」

 

何で俺がここまで我慢しているかというと、華琳からお願いされただけではなく、一刀からもお願いされたからだ。

一刀が言うには、最近本当に桂花が男に対してキツイらしく、兵士から陳情があがっているらしい。

共に龍を倒した魏のからも話を聞いてみると、沙和の訓練の後に桂花に出会うと、一瞬故郷に帰ろうかと思うほどのダメージを負うらしい。

男であり、それなりに立場がある男といえば俺と一刀しかおらず、更に一刀は自身が桂花の言葉に耐性がないからと俺に頼み込んできていた。

酒の席であんなに泣かれるとは思ってなかった。

まぁ、このままではまずいと俺も思っているし、俺にぶつけてそれなりに大人しくなるなら防風林になってやろうとこうして仕事を共にしているわけだ。

 

「・・・桂花、ここの邑の住人の数なんだけど・・・」

 

「話しかけないでよ。妊娠しちゃうでしょ」

 

「・・・はぁ」

 

そういいつつも資料をぺいっ、と渡してくるあたり仕事はきちんとするようだ。

 

「まったく。あんたみたいな全身精液男と仕事するだけでもいやなのに・・・」

 

「全身精液男は酷いな」

 

いや確かに桂花から見ればいろんな女の子と仲のいい俺はそういう風に見えるのだろうが・・・。

 

「酷くなんてないわ。正当な評価よ。見るたびに違う女と歩いてるじゃない」

 

「そりゃまぁ、みんな仲良し、とまでは行かないけど、いろんな人と仲良くなるのは悪い事じゃないだろ?」

 

もちろん、いいことだけでもないけど。

 

「ふん。私はあんたみたいな男、絶対に認めないからね!」

 

「認め・・・ああもう、いいや」

 

「何よ! 最後まで言いなさいよっ」

 

「・・・落とし穴は、ほどほどにな」

 

「なに? あれに引っかかったの?」

 

あはは、バカみたい、と気分よさそうに笑う桂花。

ふふふ、そろそろ限界ですよ私。

前は天の鎖(エルキドゥ)で拘束からの全身くすぐりで許したけど、今回はもっと酷いからな。

 

「じゃあ私が新しく仕掛けたのも引っかかるかもね。あんた、そんな顔してるもの」

 

・・・確かにホロウでもギルガメッシュは大聖杯の穴に落ちてたな。

何だろう。穴に落ちる相でもあるのか・・・?

 

「ま、せいぜい落ちないようにする事ね」

 

「・・・桂花が作らなければ良い話なんだが」

 

「何であんたの言う事なんて聞かなきゃいけないのよ。男の言う事なんて絶対聞かないわ!」

 

「聞かないわって言われても。今日は桂花の上司だし、聞いてもらわねば困るんだが」

 

「い、や、よ! ただでさえ男と一緒に仕事なんていやなのに、更に男の言う事聞かなきゃならないなんて・・・絶対に嫌!」

 

「・・・ほう」

 

よし分かった。

俺の・・・上司の言う事が聞けないというんだな。

ふふふ、華琳からの伝言その二、桂花が言う事聞かないときは何でもしていいを発動しようじゃないか。

更に俺は少しなら無茶しても良いと華琳から確約を貰っている。

 

「もう怒ったぞ、桂花」

 

「ふんっ。何よ、またあの変な鎖で縛るわけ? やってみなさいよ。すぐに叫んでやるんだから」

 

「そんなものじゃないよ。安心して良い。あんな硬い鎖で縛るなんてことはしないよ。女の子だもんな」

 

そこでようやく俺の変な雰囲気に気づいたのか、桂花が少し身を引く。

 

「な、何よ。脅しなんて聞かないわよ!」

 

「脅しじゃないって。もっと平和的に・・・そう、仲良くしようっていうだけなんだから」

 

「あんたそれ鏡見てからもう一度言ってみなさいよ! 目が笑ってないわよ!?」

 

「大丈夫。一日分の仕事ぐらい、一人でも処理できるから」

 

椅子から立ち上がり、桂花に近づく。

 

「ちょ、ちょっと・・・やだ、こないでよ!」

 

「大丈夫」

 

「どこからそんな自信がわいてくるのよ!?」

 

桂花が逃げようと立ち上がるが、もう遅い。

英霊の敏捷から、運動不足の軍師が逃げられるはずないだろうに。

 

「きゃっ」

 

「よし、フィッシュ」

 

桂花の腕を取って、微笑む。

・・・ああ、別に危ない事をしようってわけじゃない。

ただ、仲良く一緒に仕事をしたいってだけだ。

 

・・・

 

「んー! んー!」

 

「はっはっは、何言ってるかわかんないなー」

 

さらさらと筆を滑らせながら、桂花の言葉に返事する。

桂花は今、椅子に座る俺の股の間に座っている。

騒がれるとうるさいので、口は布で縛ってあるが、それ以外は特に何もしていない。

男嫌いな桂花には、これが一番の罰だろう。

何せ、俺と密着して仕事しないといけないんだからな。

 

「大分すらすら進むな。これも、俺たちが仲良くしてるからかもなー」

 

「んー!」

 

違う、とでも叫んでいるのだろうが、残念俺にはその言葉を理解できない!

大分気分もよくなってきた。

たまに抱きしめてやると、絶叫がオクターブ高くなる。

・・・別に、桂花の事が嫌いなわけではないのだ。まぁ、苦手ではあるけど。

ただ、男が嫌いなのはいいけど、それで迷惑をかけるのは駄目だと教えてるだけだ。

若干俺のストレス発散も入ってはいるけど。

 

「はいはい、よしよし、もうちょっとで終わるからなー」

 

「んー、んー!」

 

・・・というか、本当に男嫌いなのか?

手も足も縛ってないからもっと暴れそうなもんだが、抵抗らしい抵抗は声だけだ。

たまにぺしぺしと俺の太ももを叩くが、それが今のところ一番抵抗らしきものだ。

まさか男が嫌いなんじゃなくて男が怖いんじゃないかと顔を覗き込んでみたが、顔に恐怖の色は見られない。

・・・?

本当に謎である。

 

・・・

 

「はぁ、はぁ・・・あんた、最低ね」

 

「何だよ桂花、そんなに褒めるなって」

 

「貶してるのよ!」

 

「分かってるよ、それぐらい。ま、仕事は終わったんだしいいだろう?」

 

「・・・納得いかないわ。それよりも、あんたと密着した所為で妊娠したらどうしてくれるのよ!」

 

「しないって。何度もそういってるけど、妊娠した事ないだろ?」

 

「当たり前じゃない! 男とそんな行為した事すらないわ!」

 

「じゃあいいじゃないか。ま、少しずつでいいから男と話すの位は慣れたほうがいいぞ」

 

「・・・ふん。まぁ、あんたはちょっとだけ・・・ほんとぉぉぉぉっにちょっとだけ! 見直してやってもいいわよ」

 

・・・なんだと・・・?

桂花が・・・桂花が男を褒めた・・・?

 

「くっ、いつの間に入れ替わっていたんだ・・・本物の桂花をどこにやった!」

 

「ちょっと! そこまで言われるほどのこと!?」

 

がーん、とショックを受けたような顔をする桂花と一通り騒いでから、執務室を後にする。

・・・なんだかんだ言って、桂花と仲良くなれたのでよしとする。

桂花に対する精神攻撃も習得したしな!

・・・喜んでいいのか?

 

・・・

 

あの後、少し経ってから。

俺は再び華琳の待つ玉座へと呼ばれていた。

 

「ギル、あなたやるじゃない。近頃桂花が少し男に優しくなったって聞いたわよ」

 

「そうなのか?」

 

「ええ。あなたは魏の人間じゃないから実感がないかもしれないけど、兵士からの陳情が目に見えて減ったわ」

 

「・・・兵士から陳情が挙がる時点で若干まずい気もするが」

 

「それでも有能だもの。それに、閨では可愛いのよ?」

 

「はいはい」

 

まともに聞いてたら日が暮れるなと思いつつ頷きを返す。

忘れ気味だったけど、魏って三国一百合百合しい国だったな。

一刀がいるおかげで少しは百合度が下がっているが、それでも華琳を筆頭に百合娘は多い。

 

「そうね。褒美に桂花をあげましょうか? あの子、最近何しても喜ぶから苛め甲斐が無くて」

 

「はいは・・・ちょっとまて。あげましょうかって何だあげましょうかって」

 

そんな事を考えつつ話を右から左へと流していた所為か、華琳の言葉に危うく頷きかけた。

 

「もちろん魏の軍師である事には変わりないけど。桂花にとって初めて認めようと思った男ですもの」

 

あなたも女の扱いは手馴れたものでしょう? と華琳は艶かしい笑みを浮かべながら聞いてくる。

いやまぁ、そりゃ他の男より慣れてる自覚はあるけど・・・流石に桂花が拒否しないか、それ。

そんな俺の胸中を知ってか知らずか、どう? と華琳が再び問いを投げてくる。

 

「どうって・・・そんなことしなくても良いよ。それに、もし桂花とそういうことするにしても、自分で口説くさ」

 

まぁ、今のところそんな予定は無いけど。

華琳も俺の言葉のトーンからそれを見抜いているのか、いつもどおりふぅん、と呟くにとどめた。

・・・諦めてないな、あの目は。というか、華琳って結構独占欲とか強そうなんだが・・・しかも桂花は結構愛してる部類に入るんじゃないのか?

それを俺に譲るだのなんだの・・・冗談だとしてもなんだか妙だ。

 

「そう? まぁいいわ。なら頑張りなさいな」

 

「はは、ほどほどに頑張るよ。それじゃあな、華琳」

 

「ええ」

 

なんだか煮え切らないなぁ、なんて小首を傾げつつ、玉座の間を後にした。

 

・・・

 

「む? ・・・なんだ、貴様か」

 

「・・・思春かぁ」

 

「・・・どうした。何かあったか?」

 

よほど妙な顔色をしていたらしい。

あのデレの無いツンデレといわれる思春からも心配されてしまった。

 

「いや、なんでもないんだ・・・ほんと、何でも」

 

「・・・いくら私でも、目の前でそこまで落ち込まれていたら心配ぐらいする。・・・ほら、なんだ。近しすぎる人間には言いづらいこともあるだろう。話くらいなら・・・その、聞いてやらん事も無い」

 

そういいながら、思春はそっと目を逸らした。

・・・どうしたんだろう、思春。風邪でも拗らせたのかな。

 

「貴様・・・何か失礼な事を考えてないか?」

 

「そんなことないよ。心配してくれて嬉しいなぁって思ってるだけさ」

 

ごめんなさい思いっきり失礼な事考えてました、と心中で謝っておく。

でも思春、ごめんな。いつもツンな思春に心配されると、どうも命の危険を感じるんだ。

 

「なんだか納得がいかないが、まぁいい。それで? 何か悩んでいたのではなかったか」

 

「ん、いやー」

 

・・・華琳から桂花をあげるって言われたんだけど、なんだか様子がおかしいみたいなんだ、なんて言えない。

 

「なんだ、軍の機密関係か? ・・・確かにそれなら言いにくいのも分かるが・・・」

 

「い、いや、ほんと個人的なことだからさ。気にしないでくれよ」

 

「そうか? ・・・まぁいい。それより、蓮華様を見なかったか」

 

「蓮華?」

 

「ああ。この時間になったらいつもは中庭で訓練のはずなのだが・・・数日前からどうも様子がおかしくてな。頻繁にぼうっとなされるようになったのだ」

 

「・・・様子がおかしい?」

 

「何か心当たりがあるか?」

 

「いや、すぐには。・・・んー」

 

とりあえず、思春と一緒に蓮華を探す事になった。

呉の関係者には全員当たってみたとのことなので、あとは蜀か魏しか残っていない。

魏に蓮華が行くとは考えにくいので、まずは蜀の人間を当たってみる事に。

 

「蜀か・・・」

 

「何かあったか?」

 

「いや・・・私は蜀の軍師たちや南蛮の娘たちに怖がられるのでな」

 

「ああ・・・小さい子には、目つきが少し怖いのかもな」

 

今は無表情な思春だが、それでも目の鋭さは変わらない。

こちらをちらりと見やるその目つきも、下手すれば睨んでいると思われても仕方がないほどだ。

・・・亞莎も同じような悩みを持っていなかったか。

 

「こればかりはどうする事も出来ん。蓮華様には「もっと笑ってみたら」と良く言われるのだが」

 

「・・・ちょっと笑ってみてくれないか?」

 

「・・・」

 

こちらを向いてしばし無言になった思春が、突然口角を上げた。

にこっ、とかにぱっ、というよりは、ニタァ、とかニヤリ、というちょっと恐ろしげな笑いだ。

 

「うん、もうちょっと自然に笑えるようになれば良いな」

 

「自然にと言われてもな。・・・そういう貴様はどうなのだ?」

 

「俺? どうって言われてもな。笑うって言うのは、何か楽しい事とか嬉しい事とかがあったときに自然に出るものだからなぁ」

 

「楽しい事や嬉しい事か・・・」

 

そういって考え込んでしまった思春の隣を歩きながら、俺もうーんと考える。

自然に笑えるようにするには・・・まぁ、一番は自分の好きな事をやっているときじゃないだろうか。

思春の好きな事・・・分からん。

そもそも、思春と出会っても話すのは他愛もない世間話のようなものだ。

あまり思春自身に踏み込んだ話はした事ないな。

 

「・・・分からん」

 

「まぁ、今は戦乱の世じゃないんだし、ゆっくり探していったらいいんじゃないかな」

 

「そういうものか」

 

「そういうものだって。無理矢理探したものは「好きな事」とか「楽しい事」にはならないんじゃないのかな?」

 

「・・・一理あるな。お前も、たまには良いことを言う」

 

「そんな年がら年中良い事言えるほど人間出来てるわけじゃないからな。大切なときに一言言えれば十分だろ」

 

「っ・・・」

 

微笑みながらそういうと、思春はばっと顔を背けてしまった。

・・・しまった、クサイ台詞だったかな。

 

「まぁ、なんだ。・・・やはり、お前は他の男とは違うようだな」

 

「ん?」

 

「何でもない。・・・ありがとう、と言っただけだ」

 

そういってこちらを見上げる思春の表情は、少しだけとはいえ笑顔だった。

 

「今、笑えてるじゃないか。そういう風に、素直に感情を出していけば良いんだよ」

 

「・・・そうか」

 

足取りが軽くなった(ように見える)思春の後ろを歩いていると、朱里の部屋から出てくる蓮華が見えた。

 

「む、蓮華様。・・・助かったぞ、ギル」

 

こっちを向いてそういい残した思春に、気にするなと手を振る。

それを見てクールに笑って小走りに去る思春を見送り、踵を返す。

蓮華と少し話をしていくのもいいが、今日は姉妹(しすたぁず)とのミーティングがあるのだ。

数日前に様子を見に行ったとき、人和から予算の事について質問されていたので、その資料の説明やらこれからの活動予定なんかを話し合わないといけない。

・・・それにしても、何で朱里の部屋にいたんだろうか?

 

・・・

 

「というわけなんだが、この予算でいけるか?」

 

「・・・まぁ、無理ではないわね」

 

俺の渡した資料を渋い顔をしながら読んだ人和が不承不承といった感じに呟く。

現在の三人の成果に対しては、このくらいしか出せないのが現状である。

・・・金があるからといってそれを全部活動資金に回してしまっては、人和はともかく天和と地和は湯水のように使うだろう。

飢えさせたいわけではないが、あまり贅沢させるのも考え物だろう。

特に天和は贅沢するとすぐに堕落しそうなイメージがある。

 

「姉さんたちは文句を言うだろうけど・・・こうして安定した資金を出してくれるだけで普通は感謝してもしきれないものだもの」

 

「はは、俺も人和たちがヒット・・・大活躍するのを見込んで出資してるわけだし、善意だけでこんなに金は出せないからな」

 

「・・・ふふ、そうね。私たちは大陸中に歌を響かせるためにこうしてアイドルしてるわけだし」

 

アイドルというのは難しい。

やった事のない俺が言うのもなんだが、歌って踊れるというのが俺の中でのアイドル像である。

アイドルの語源のとおり、崇拝される勢いでファンを増やし、維持し続けなければいけないというのは相当難しく、プレッシャーになるだろう。

・・・まぁ、天和の言動を見るにプレッシャーは感じていないようだが。

ちなみに、人和がアイドルという言葉を知っているのは、もちろん俺が教えたからだ。

ちょうど良い呼び名としてこれほど相応しい単語もあるまい。

彼女たちのライブでは、「ほあーっ!」という熱気溢れる雄叫びをあげるファンたちが集うのだ。

その中心にいるのだから、アイドルという呼び名が相応しい。中身はともかく。

 

「期待してるぞ。・・・さて、折角だし天和たちの様子も見ていくか」

 

「今はたぶん・・・歌の練習でもしてるんじゃないかしら」

 

「へえ。やっぱり歌って踊れるのが必須条件だからな。天和も真面目にやってるか」

 

「そりゃあね。私たちにはこれしかないわけだし。私もちょっと姉さんたちを脅かしてるから」

 

「脅かすって?」

 

「そんなに大仰な事じゃないわ。頑張らないと、お金がなくなるわよってことを時間を掛けて教えただけだから」

 

そういって、メガネをクイッ、とあげる人和。

・・・うわぁ、光を反射してメガネがキラリと光ったぞ・・・。

 

「大分顔が青ざめてたから、しばらくは真面目に練習するんじゃないかしら」

 

そういう人和に連れられ、以前姉妹(しすたぁず)が使っていた小屋へとやってきた。

人気の少ない町のはずれにある事から、歌や踊りの練習をしても周りに迷惑を掛けないと考えられたため、急遽そこをレッスンスタジオへ改装。

まぁ元々小屋が建っていたし、ライブ会場と小屋を少し改装するだけで済んだのであまり手間は掛かっていないが、それなりに良いものにはなっているだろう。

 

「・・・あら? 何も聞こえないわね」

 

「ん? ・・・ああ、そうか。歌の練習してるんだもんな」

 

現代のような防音設備はもちろんないので、ただ壁を厚くしただけの防音設備しかないのだが・・・ここまで近づけば流石に歌声ぐらいは漏れるものである。

 

「人和、嫌な予感してきたんだけど。帰っていいか?」

 

「駄目に決まってるでしょ。あなたが帰ったら姉さんたちを一人で怒らなきゃならないじゃない」

 

「ああ、もう決定してるんだ、それ・・・」

 

「ふふ、あれだけ脅かしたのに、全然分かってないんだもんなぁ、姉さんたち。良い、ギル。私は天和姉さんを何とかするから、地和姉さんをお願い」

 

「・・・ら、ラジャー!」

 

怖い・・・怖いぞこの娘!

というか、天和より地和のほうが言う事聞かせるの難しくないか。

天和は天然ほわわん系の抜けてるお姉さんキャラだから話に乗せるのは意外と簡単だが、地和はなぁ・・・。

どうしようかとうんうん唸りながら、人和の後ろに続いてレッスンスタジオへ入る。

中に入っても歌声が聞こえないという事は残念ながら嫌な予感が当たっているという事だ。

 

「・・・姉さん?」

 

人和の声が一オクターブ低くなる。

目の前には、なにやら騒いでいる天和と地和。

卓に展開されているのは、様々な店の出前の品。

うわ、これって結構高いところの奴じゃないか・・・?

多分、俺につけられてるんだろうなぁ。まぁ、後でもちろん返してもらうけどな!

というか、二人は体が資本の仕事をしている自覚があるんだろうか。

少し前も食べ過ぎて痩せなきゃと騒いでいた天和が満足そうな顔して息をついているんだけど。

あ、地和がこっち気づいた。で、顔を真っ青にした。

 

「れ、人和!?」

 

「えー? あ、ほんとだー。人和ちゃん、遅かったねぇ。もう全部食べちゃったよぉ」

 

・・・すげえ。自分が悪い事してるって言う自覚がないって言うのがすげえ・・・。

そんな二人の姉を見た人和が、こちらを振り向く。

顔は無表情である。が、目には漆黒の炎が宿っている。

あ、駄目だってその炎は宿したら。

 

「ギル? ・・・ちょっと、練習を手伝ってくれない?」

 

「・・・はぁ、了解。俺もちょっと、目に余ると思ってたところだし」

 

性根を叩きなおす必要がありそうだ。

宝物庫から三人のために集めておいた古今東西、歌や踊りや立ち居振る舞いに関する指南書を取り出しながら、二人に向き合う。

 

「スパルタになるが・・・殺しはしない。副長も泣き叫ぶぐらいで翌日にはケロッとしていたから安心しろ」

 

「それ絶対安心できないわよね!? ちょっと姉さん! 今私たちちょっと命の危機よ!?」

 

「えー? あ、人和ちゃん怒ってるからー?」

 

「駄目だこの姉!」

 

地和が若干絶望したように頭を抱えた。

うん、俺も天和の頭のゆるさには頭を抱えたくなる。

・・・というか、天和を見てると桃香を思い浮かべてしまうのは俺だけだろうか。

 

「とにかく! 姉妹(しすたぁず)全体の実力を底上げするために、今日はビシバシ行くぞ!」

 

「え? ビシバシって厳しくってこと? やだよぉ」

 

「ちょっ、姉さん、火に油注がないで! ちぃにも飛び火するんだから!」

 

「もう遅い! すでに炎上しすぎて飛び火するところ無いくらいだから!」

 

その日、レッスンスタジオから出てきた天和と地和は人和に手を引かれないとまっすぐ歩けないほどになっていた事をここに記しておく。

・・・ああ、ちなみに人和は軽めのレッスンにしておいた。人和は今まで真面目に練習してきてるし、自制もきちんと効く娘だからな。心配は要らないだろう。

だからといってずっと休ませるのもあれだから少しは練習させたが。

結局その後は鞭の後には飴をという事で優しく接してあげて、アフターケアをしておいた。

それで二人の機嫌も直ったので、良かった良かったと一人頷いていた事は内緒だ。

 

・・・

 

「ぷはー・・・美味い」

 

ただいま一人で風呂に入っているところだ。

一刀はなにやら忙しそうにしていたし、甲賀は元々城にはあまり寄り付かない。

それに、今日はなんだか一人でゆっくりと浸かりたい気分だったので、こうして一人湯の上に酒の載った盆を浮かべながらまったりとしているのだった。

 

「やー、一回やってみたかったんだよねえ、これ」

 

うーん、後はここから桜でも見れれば完璧なんだが・・・ふむ、何か植えてみるか・・・?

 

「桜・・・んー、桃の木?」

 

桃園でも再現してみるか。

うむ、桃香辺りが喜びそうである。

そうと決まればどこかで苗でも発注するか。どこで発注できるんだろうか。

外を見ながらそんな事を考えていたからか、いつの間にか近くに人の気配がしている事に気づくのが遅れた。

入り口に俺が入っている事をあらわす札を下げておいたのでそれを見た一刀かセイバーでも入りに来たかと視線を気配のほうへと動かす。

 

「おや、やはりギル殿でしたか」

 

「やっべ、そろそろあがらないと上せるなぁ」

 

「まぁまぁ、そんなに焦って出なくても良いではないですか」

 

ギルは逃げ出した! しかし回り込まれた!

なぜか湯船の前にはタオルで前だけを隠した星がいた。

それを避けるように湯船からあがろうとしたが、すたすたと前に回りこまれて肩を抑えられてしまう。

 

「いやいやいや、俺が入ってるって札下げといたはずだけど!?」

 

詳しくは「ただいま男入浴中」という札なのだが。

 

「いえ、風呂に入ろうとしたらその札があったのですが、まぁどうせギル殿が入っているのだろうと思って入ってきてしまいました」

 

「えー・・・なんだその理由・・・」

 

ちょっと納得行かない気がするが・・・。

 

「というか、目の前でしゃがまないでくれ。見えかけてる」

 

俺は湯船の中に入っているので、俺の肩を抑えている星より一段目線が低くなっている。

星は俺の肩を抑えるためにしゃがんでいるので、俺の目線と星のげふんげふんが同じ高さになってしまっているのだ。

タオルが最後の防壁とばかりに頑張っているが、あんな引っかかっただけの布にそこまでの防御力は期待できまい。現に今、風でふわりと煽られてるし。

 

「見たいのですか?」

 

「見たら何か要求されそうだからいらない」

 

「それはひどい。折角ギル殿のために一肌脱ごうと思って来たのですが」

 

「本当に脱がなくていいだろうに」

 

いや、そういう意味じゃないんだろうけど、なんだかなぁ。

 

「それに、こんな美女と共に風呂に入れるのですよ? 喜んだらどうなのですか」

 

「わーい、うれしいなー」

 

「ふふ、それは何より。そんなギル殿にはこの奥を見せてあげましょう」

 

俺の言葉が棒読みだった事に何か思うところがあったのか、星は怪しい笑みと共にタオルをどけようとする。

慌ててその手を押さえるが、まずいぞこの状況!

 

「・・・要求は何だ」

 

「要求などありませんよ。ただ私は風呂に入りに来ただけですから」

 

「じゃあ俺はあがるからゆっくりしていけよ」

 

「いいではありませぬか。そんなに私との入浴がいやなのですかな?」

 

「嫌じゃないけど・・・星は良いのか?」

 

「ふふ、ギル殿にならどこを見られても恥ずかしくはありませぬよ」

 

「・・・はぁ、もういいよ。取り合えず入ってくれ」

 

「ええ、そうさせてもらいます」

 

俺が後ろに下がると、星はゆっくりと湯船に浸かり始める。

ちゃぽちゃぽと湯の上に浮かぶ盆のところまで進むと、お猪口に残っていた酒をぐいっとあおった。

 

「あぁっ、それ、まだまだ試作品で量も少ないのに!」

 

一刀から貰った試作品の酒で、あんまり量もないからわざわざちびちびと飲んでいたのに!

 

「まぁまぁ」

 

そういいながら、星は頭の上にタオルを乗せてくつろぎ始める。

・・・くっ、後三杯分ぐらいしかないな・・・。

しばらく補充も出来ないだろうが・・・まぁいいか、飲まなきゃ死ぬというわけでもないし・・・。

気持ちを切り替えて、星に質問する事に。

 

「で、何でいきなりこんな事を?」

 

「・・・特に理由はないのです。ちょうど風呂に入ろうと思っていたら札が下がっておりまして、念のために脱衣所を覗いてみるとどうもギル殿が入浴中のようでしたので、ギル殿なら良いか、と」

 

「星の行動が気まぐれなのには慣れたつもりだったけど・・・まだまだ甘かったみたいだな」

 

隣に寄り添い始めた星に呆れながら、視線を向けないように気をつける。

風呂にはタオルを浸けないというマナーを守っているのか、湯船でくつろぐ星の体を隠すものは何もない。

 

「? ・・・おや? ギル殿、そんなに不自然に目を逸らして、いかがなさいましたかな?」

 

「星の体があんまり綺麗だから、直視できないだけだよ」

 

「成る程、嬉しい事を言ってくださいますね。ですが、そこまで言っていただけるのなら、じっくりと見ていただいて構わないのですが?」

 

どうせなら、触っても構いませぬよ、と続ける星に、俺は視線を向ける。

一瞬にやりと笑った星だが、俺が視線を向けるだけで何も言わない事に疑問を抱いたらしく、小首をかしげる。

 

「? どうなさい・・・きゃっ」

 

「お言葉に甘えて、星に触らせて貰ったよ」

 

隣に座る星の肩に手を回し、こちらに引き寄せた。

まさかそこまでされるとは思っていなかったのか、星は可愛い悲鳴を上げる。

ふ、ふふふ。その作戦は一刀のようなピュアボーイになら通用していただろう。

だが、俺には通用しないのさ! ちょっと心臓バクバクしてるけどね!

 

「い、いささか驚きました。まさかギル殿がここまで大胆な事をするとは思わず・・・」

 

「星相手に一本取れるなんて、楽しいな」

 

俺がそう言って笑いかけると、星も笑みを返してくれた。

そのまま俺にしなだれかかるように頬を寄せると、星はこちらを見上げて口を開く。

 

「・・・ギル殿、隙ありですよ」

 

「ん、何が・・・むおっ!?」

 

「ちゅ・・・ふふ、私も一本、です」

 

まさかここまでされるとは。

というか俺の入ってる風呂に突入する時点で薄々感ずいてたけど、まさか星も・・・。

 

「ギル殿、続きをしていただけませんか?」

 

「・・・星が良いなら良いんだけど・・・本当に良いのか?」

 

「ふふ、私はこちらも百戦錬磨ですゆえ。問題ありませぬよ」

 

「・・・嘘付け。私初めてですって顔してるぞ」

 

俺がそういうと、星は図星を突かれた、という顔をする。

・・・まぁ、俺がそれを知っている理由はちょっとズルイ理由なのだが、それでも星に無茶をさせるわけにはいくまい。

 

「っ。本当に面白いお人だ、あなたは。・・・白状してしまいますが、こんな事初めてでしてな。というより、殿方に迫るなどという行為自体初めてなもので。どうすれば良いかかなり悩んだものです」

 

「星が悩むところなんて想像できないな」

 

「ふふ、ギル殿が私のことをどう思っているか、少し分かった気がします」

 

「うお、やめろって星!」

 

こいつ、俺の息子握りつぶそうとしてきたぞ!?

 

「私も知識がないわけではないのですぞ? 朱里や雛里からぼっしゅ・・・もとい、借りた本で学びましたので」

 

知識だけならば、月にも負けませぬ、と不適に笑う星。

それでも、俺の息子からは手を離してくれないが。

 

「ギル殿が一人で風呂に入っていると知って、これは好機、と思ったものです。・・・まぁ、少し恥ずかしくはありましたが」

 

「あー、そっか。・・・星は、俺とそういうことしても良いってほどには好きでいてくれてるんだな?」

 

俺がそう問いかけると、星は少し頬を赤く染めて頷いた。

 

「ギル殿には武も智もあり、お人柄も良い。・・・好きにならない方が難しいというものですよ」

 

「そこまで褒められると照れるな」

 

「・・・ささ、ギル殿。あまり長湯していると上せてしまいまする」

 

そういって、星は俺の手を掴んで自身の胸へと誘導してくる。

そんな星に口付けてから、星を湯船から上げて仰向けに寝転がらせる。

 

「・・・少し、恥ずかしいですな」

 

「大丈夫」

 

「ギル殿に言われると、安心します・・・」

 

上に覆いかぶさる俺の背中に手を回しながら、星が呟く。

そんな星の綺麗な体に手を伸ばしながら、首筋に口付ける。

・・・まだまだ時間はあるし、ゆっくりと慣れさせていこう。

 

・・・

 

「ふぅ、少し、上せてしまったようです」

 

「湯船からは上がってたんだけどな」

 

「あんなに暖かいところであんなに激しい運動をすれば、上せもしましょう」

 

「・・・させたのは、星だけどな」

 

「何のことやら?」

 

そういってかわいらしく首を捻った星にため息をつきながら、俺たちは通路を歩く。

星の足取りには若干の違和感があるものの、ぱっと見ただけではそれに気づかない程度である。

愛紗辺りが見れば分かるかもしれないな。

 

「ま、星も大変だったみたいだし、良しとするか」

 

そういって星の頭を撫でると、少しむくれた顔をした星がこちらを見上げた。

 

「・・・子ども扱いは、不服です」

 

「はは、意外と星は子供っぽいんじゃないか?」

 

特撮ヒーローに憧れるところとか、ちょっと耳年増なところもそうかもしれないな。

なんというか、背伸びして無理に大人っぽく振舞うところとかはあると思う。

 

「ギル殿は意地悪だ。・・・ですがまぁ、そういうところも良いと思ってしまうのは惚れた弱みという奴でしょうか」

 

「そうストレートに言われると照れるな」

 

「すと?」

 

「・・・直接的にって意味さ」

 

「ああ、成る程。・・・まぁ、すでにお互いの事を想い合っているのですし、隠す必要もありますまい。それとも、人を好きだというのが恥ずかしい事だと?」

 

俺の言葉に得心がいったと頷きながら、星がそう聞いてくる。

いや、恥ずかしくなんてないさ。素晴らしい事だとも思う。けどさ・・・。

 

「そうはいわないけどさ。恥ずかしいって言うより、二人きりのときならともかく、人前でそういうこと言われるの慣れてないんだよ」

 

城内の通路というのはもちろん俺たちだけが歩いているわけではない。

兵士や侍女、たまに将ともすれ違うわけで・・・。

さっきの星の台詞を聞いた兵士がこちらを二度見してる始末だ。

・・・ああ、後数分もしたら月たちの耳にも入るんだろうなぁ・・・。

 

「・・・ふふ、良いではないですか。月たちも許しているのでしょう?」

 

「そりゃそうだけど・・・」

 

「それに、月たち侍女や愛紗たちは良くて私は駄目という事もないでしょうに」

 

「・・・分かったよ、もう何も言わない」

 

「いえいえ、愛している、位は言ってもらわないと困ります」

 

「そういうことじゃ・・・ああもう・・・星、大好きだよ」

 

星の頭を再び撫でながら、言葉を伝える。

 

「子供扱いは、と言いたい所ですが・・・これは心地よいですな。許すとしましょう」

 

「何でそんな上からなんだ」

 

「ふふ。・・・ああ、本当に心地よい。月たちが進んで撫でられるのもわかるというもの」

 

そういって満足そうに目を閉じる星。

頭から手を離して少し歩くと、星の部屋へと到着した。

 

「・・・ちょっと休まれていきますか?」

 

「絶対休ませる気ないだろ」

 

「おや、ばれてしまいましたか」

 

部屋での一戦の後に風呂でもう一戦というのは何回かやった事あるが、風呂の後に部屋に誘われるのは初めてだ。

まぁ、本当なら別に寄っていっても構わないのだが、今日も姉妹(しすたぁず)達を見に行かなければならない。

今の状況だと、一日休ませたら確実に気を抜くだろうし。

そう言って誘いを断ると、星は少しだけ残念そうな顔をして

 

「それならば仕方がありませぬな。・・・ではまたの機会にお呼びするといたしましょう。む、それより私がそちらに行ったほうが・・・」

 

なにやら顎に手を当てて考え込み始めた星に声を掛けると、なんでもありませぬ、と手を振って誤魔化された。

 

「それなら良いんだけど。それじゃ、俺はもう行くよ」

 

「ええ。私も少し休んだら訓練に行くとします」

 

「・・・すまんな。出来る限りゆっくりはしたんだけど」

 

「お気になさらず。月たちから話は聞いていたので覚悟済みです。それに、あれだけ優しくしていただいたのです。文句などあるはずもない」

 

「そっか」

 

「そうですとも。それに、これで愛紗を本格的にからか・・・げふんげふん、愛紗と語らえるというもの」

 

「・・・心配だなぁ。まぁ、ゆっくりと休めよ?」

 

「もちろんそういたします。流石にこれで愛紗と打ち合うのは難しいですし」

 

「ん、じゃあ、また」

 

「ええ。・・・ギル殿っ」

 

「なん・・・むっ!?」

 

「・・・ふふっ、隙あり、ですな」

 

突然名前を呼ばれて振り返ると、星が俺のもとへと飛び込んできていた。

俺の首に腕を回すと、そのまま抱き寄せるように口付け、地面に降り立つ。

・・・適わないなぁ、こりゃ。

 

「それでは、頑張ってくださいませ」

 

そういって部屋に戻って行く星を見送ってから、俺は事務所へと歩みを進めた。

ふむ・・・あっちに着くまでに何とか平常心に戻っておかなければ。

この状況で姉妹(しすたぁず)のもとに行ったら、襲う自信があるぞ・・・。

天和たちもアイドルなだけあって顔もスタイルも抜群だからな。

・・・いや、仕方がないだろう。あれだけ可愛い子達に毎日迫られてるんだから。

 

・・・




「ちなみに、どんな理由で喧嘩してたんだ?」「俺がプレゼントした貯金箱千円も溜めないうちに破壊したこととかかな」「幼馴染にも貯金趣味広げてたんだ・・・」「あいつ、壊滅的に手元に金を残さない奴だったからなぁ。あいつの母上からも頼まれてたんだ。お小遣い貰っても二日後には大体三桁しか残ってなかったりする」「凄いなその幼馴染・・・」


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