それでは、どうぞ。
「ギル様! こちらの椅子へどうぞ!」
「あ、いや、大丈夫、自分で座れるから」
「そんな! ギル様は王様なのですから、ご遠慮なさらなくてもいいんですよ!?」
「いや、だから俺は王様じゃな・・・」
「お茶をお入れしますね!」
・・・なんでこんなことになっているかを説明するには、少しだけ時間を遡らなければならないだろう。
つい数時間前、いつもながら唐突に卑弥呼がやってきた。
そこまでは別にいつもどおりなので気にはしない。
だが、今日は少しだけ違った。
隣に少女が一人いたのだ。
「・・・その子は?」
「ん? ああ、わらわの弟子の壱与よ」
「・・・へえ。はじめまして、壱与。俺はギルって言うんだ。よろしくな」
あたりをきょろきょろと見回している壱与にそう声をかけ手を伸ばしてみる。
壱与はその手を見て、そのまま視線を上に上げる。
もちろん俺の視線とぶつかるわけだが、俺と目が合った壱与は、両目を見開きわなわなと身体を震わせ、俺の手を両手で掴み、今にも平伏しそうな勢いで跪きながら叫んだ。
「は、はじめましてっ! 卑弥呼様からお話は伺っております! 私は壱与と言いますっ、ギル様!」
「あ、ああ。よろしく、壱与」
なんだか妙に懐かれたんだが・・・。
壱与を見て同じく硬直している卑弥呼に耳打ちする。
「壱与っていつもこんな感じなのか?」
「・・・わらわもちょっとびっくりしてる。いつもは男が近づくと照れて喋れなくなるか緊張に耐え切れずに逃げるかのどっちかなんだけど・・・」
なんと、それは変わり過ぎだろ。
いったいどうしたって言うんだ。
「ちょっと、あんまり迫らないでよ、壱与。ギルが困ってるじゃない」
瞳をきらきらと輝かせて俺の眼前に迫る壱与の首根っこを引っ張って離した卑弥呼が呆れ気味にそういうと、壱与ははっとして。
「も、申し訳ありませんギル様! 私の顔なんて近づけられてご迷惑でしたよねっ。申し訳ありませんっ」
がばっ、と土下座してしまった。
というか、土下座に移行するまでが早すぎるだろ。ちょっと残像残ってたぞ。
「ああもう、土下座なんかするんじゃない。服が汚れるだろ」
「・・・注意する場所ちがくない? あれ? わらわがおかしいの?」
壱与の服装は卑弥呼の服装と大差ないが、若干装飾が多いようだ。
やっぱり次期女王だからだろうか。
「うぅ、ギル様はお優しいです・・・。私、感動しました!」
「・・・ありがとう。・・・卑弥呼、後は頼んだ」
「いやよ。このテンションの壱与と二人っきりなんてお断りだわ」
「? ギル様、卑弥呼様、どうかなさったんですか?」
俺たち二人がこそこそと話をしているのに疑問を持ったのか、壱与が首を傾げている。
「・・・なんでもないわ。ほら、ギルはこれから仕事らしいから、邪魔にならないようにどっか行くわよ」
「お仕事・・・なら、私お手伝いしたいです!」
「・・・わらわとか弟の手伝いはしないくせにこの弟子は・・・! い・く・わ・よ!」
「あー・・・ギールーさーまー・・・!」
卑弥呼に首根っこをつかまれたまま引き摺られていく壱与を見送りながら、俺は政務室まで向かった。
そこでいつもどおり桃香の面倒を見ながら仕事を終わらせ、ちょっくら休憩するかと政務室を出ると・・・。
「お待ちしておりました、ギル様!」
出待ちしていたらしい壱与に一瞬で腕をとられた。
混乱する間もなく腕を引っ張られ、通路を進んでいく。
「・・・え?」
自然と困惑した声が口から出るが、そんなことお構いなしに壱与は俺の手を引いてずんずん歩いていく。
「ささ、こちらへ! お茶とお菓子の準備が出来ておりますっ!」
「は? あれ? 卑弥呼は?」
「卑弥呼様には気ぜ・・・いえいえ、お休みいただいていますっ」
・・・気絶、って言いかけたぞこの子・・・。
「大丈夫です! 卑弥呼様にいっつも淹れているので、お茶は得意ですから! 美味しいですよっ」
「・・・いや、えーっと、まだ仕事が残って・・・」
本当は仕事を全て終わらせてあるのだが、取り合えず卑弥呼の様子も見ておきたいので壱与にそう言ってみる。
「え? 先ほど予知でギル様のお仕事の終わりは感知したのですが・・・」
きょとんとした顔の壱与がしれっとそんなことを言った。どうやら、誤魔化しは通じないらしい。
占いの魔術をこんなところで使うんじゃない!
「先ほどギル様の一日の予定を秒刻みで予知させていただいたので、今日の予定については完璧に把握しております!」
「・・・ストーカー?」
「すとーかー? なんですか、それ」
「なんでもない。気にしないでくれ」
「はぁ。そういうことでしたら。・・・ささ、こちらの東屋ですっ」
たどり着いた東屋の椅子を引いて俺を座らせた壱与は、そのまま茶と茶菓子の用意を始める。
そして、冒頭に戻るのであった。
「どうぞっ」
俺が座りやすいように椅子を引いてくれる壱与。
そこに、礼を言いながら座らせてもらう。
「ありがとう。・・・これ、なんて茶なんだ?」
「さぁ?」
「さぁ!? さぁって言ったか今!」
名称も分からん怪しい茶葉で入れたお茶を飲んでしまったのか、俺!
「えぅ・・・。だ、だってその茶葉は卑弥呼様に連れられて行った並行世界のものでして・・・名称とか分からないんですよ。美味しいし、毒もないので卑弥呼様と一緒に愛飲しているんですけど・・・」
しゅん、と落ち込んでしまった壱与の説明を聞いて、なるほど、と納得した。
適当に出したわけではなくて、名前が分からない美味しい茶を出してくれた、ってことか。
「すまんな、声を荒げて。顔、上げてくれ」
「は、はいっ。ギル様、なんてお優しい・・・」
あれ、なんでこの子はきらきらした瞳で見つめてくるんだろうか・・・。
おっかしいなぁ。この子のツボが分からんぞ。
「それで、お茶菓子って言うのは?」
「あ、これです!」
そういって壱与は卓の上にお菓子を並べる。
「・・・なんでこの時代に羊羹と和菓子が・・・」
「ふぇ? 知ってるんですか? 流石はギル様ですっ! これはですね、卑弥呼様にもらった調理法を元に作成したお菓子なんですけど、とってもお勧めなんですよ!」
この花びらの部分を作るのは苦労しましたっ、という壱与の力説を聞きながら、一つずつ平らげていく。
うむ、なかなか美味しいな・・・。
「えへへ、ギル様に美味しそうに食べていただけて、うれしいですっ」
満足そうに笑う壱与に笑いかけながら、茶と茶菓子を楽しんでいると・・・。
「うらぁぁぁぁぁぁっ!」
「おおうっ!?」
「ひゃあぁっ!?」
すごい勢いで卑弥呼が突っ込んできた。
思わず壱与を抱えて倒れこんだが、かなりぎりぎりだった・・・。
「危ないな!」
「ちっ、
「弟子だろ!? 殺すなよ!」
「・・・ふ、ふふふ。背後から後頭部を鈍器(銅鏡)で強打して気絶させてくる上にギルに色目を使うような弟子は・・・
お、おおう・・・?
卑弥呼の笑顔が怖いぞ・・・。
「えへへへ・・・弟子は・・・師匠を超えるものなんですよ?」
「言ったわね・・・? やってみなさいよ! こんの馬鹿弟子がぁぁぁ!」
ああ、それは!
その台詞はだいぶ不味い!
なんというか、この世界で卑弥呼がその台詞を叫ぶのはいろいろな意味で不味い!
「・・・というか、この後中庭を修復するのはきっと俺の役目になるんだろうなぁ・・・」
お互いにビームを発射しあう卑弥呼と壱与を見ながら、はぁ、とため息をつく。
いつの間に三国志は光線飛び交うファンタジー世界になってしまったんだろうか。
「起きろエア。本当に不本意だろうけど、ちょっと頑張ってもらうぞ」
宝物庫から取り出したエアに魔力をつぎ込みながら、目前の二人を射程に捕らえる。
「少し、頭冷やそうか」
・・・
「そこに正座」
「はいっ、ギル様っ!」
「・・・なんでわらわまで・・・」
ぶつぶつと文句を言いながら地面に正座する卑弥呼と、文句すら言わず、むしろ俺が言い切る前に自ら正座した壱与。
・・・この師弟、どっちもどっかネジ吹っ飛んでるんじゃなかろうか。
「こんなところで暴れたら駄目だって。直すの大変なんだぞ」
「申し訳ありませんっ! でも、ギル様のご命令なら、中庭の修復作業すらご褒美ですっ!」
「・・・なんなの、この弟子。わらわ、人選失敗したかしら」
ご褒美ときたか・・・。
なんだか、この娘の懐きようが極まってるな。
「じゃあ、中庭の修復作業、壱与に任せようかな」
冗談交じりにそういってみると、壱与は立ち上がり
「了解いたしました! この壱与、ギル様のために全身全霊で中庭を修復いたしまっ、アッー!」
立ち上がったまではいいものの、正座のダメージがあったらしい。
すぐにへなへなと地面にへたり込んでしまった。
「はうう・・・足、痺れましたぁ。・・・で、でもでも、ギル様に命令された正座で痺れたということは・・・この痺れも、ギル様が与えてくれたもの!? こ、興奮してきました!」
「・・・卑弥呼、壱与ってクーリングオフできる?」
「くーりんぐおふの意味はわからないけど、きっと無理じゃないかしら。たぶん、あんたに会いたいがために魔法習得する気がするわ」
「今はっきりとその未来が幻視できた・・・」
「ギル様が・・・ギル様が私の痺れた足をつんつんして、「どうだ、これでもか!」と・・・フヒヒィ」
「あ、倒れた」
「・・・きっと、キャパオーバーしたのね」
どさり、とその場に崩れ落ちた壱与を東屋の椅子に寝かせ、卑弥呼と俺とで中庭を修復した。
こんなこともあろうかと作っておいたスコップが早速役に立った。
宝物庫にあまっているダイヤの塊と、木の棒二つを使って作成したこのスコップ、かなり使いやすい。
「さてと、大体元通りね」
「おう。お疲れ様」
「・・・まぁ、今日はちょっとはしゃぎすぎたわね。また今度来るまでに、壱与を落ち着かせておくわ」
「そうしてくれると助かる」
「それじゃ、今日はこの辺で失礼するわね・・・よいしょ、っと」
東屋に寝かせたままだった壱与を担ぎ、卑弥呼は平行世界へと消えていった。
壱与・・・恐ろしい娘!
・・・
ようやく落ち着きを取り戻し、午後に向けて腹ごしらえでもしようかと大通りを歩く。
店の人たちや町の人たちが俺に気づいて挨拶してくれるのを嬉しく思いながら、どの店で食べようかと思案する。
・・・うぅむ、なんだか今日はどの店にも食指が動かんな。
「らっしゃいらっしゃい! お、ギル様じゃないですかい!」
「ん?」
声をかけられたほうに顔を向けてみると、どうやら野菜を売っている出店のようだ。
野菜・・・うぅむ、特に厨房で切れている食材なんかはなかったから、特に用は無いが・・・。
「今日は何かお買い物で?」
「んー、いや、昼飯を食べようと思って店を回ってたんだけどさ、どうもピンとくるところが無くて」
「なるほど・・・。そうだ! なら、ご自分で料理なさってみては?」
「自炊かー。・・・うーん、出来るかなぁ」
料理の経験なんてほとんど無いぞ・・・。
小さいころに親の手伝いでハンバーグ作ったり、学級キャンプの
あれ、そういえばこっちに来てからは外食するか流々たち料理が出来る将に作ってもらうかしかしてないな・・・。
むむむ、よく考えてみると自分で何も出来ないというのはまずい気がする。
「・・・親父、なんか簡単に作れる料理って無いかな」
「お、料理する気になったんですかい?」
「ああ。思えば、いつも作ってもらうばっかりだったからな」
「はっはっは、なるほど、そういえばギル様の周りには世話を焼いてくれそうな娘っこがたくさんいましたなぁ!」
「はは、そうなんだよねぇ」
「ようっし、そうと決まれば良いものを見繕いますぜ! ちょっとお待ちを!」
そういって、店主は自分の店の野菜を選び始めた。
少し待つと、店主が籠にいくつかの野菜を入れて渡してくれた。
「これと、後卵なんかを買えば、チャーハンくらいは作れると思いますぜ! もし無くても、調味料さえあれば野菜炒めにはちょうど良いでさぁ!」
「ほうほう、野菜炒めなら作れそうだ。・・・チャーハン?」
「チャーハンの作り方なら、俺よりもお城の武将さんのほうが詳しいと思いますぜ!」
「そっか。・・・流々、今日は非番だったかなぁ・・・」
さすがに魏の将の予定までは分からんな・・・。
ま、帰って誰か料理できそうな人に聞いてみるか。
「おっと、御代を忘れるところだった。はい、これ」
「あいよ! ・・・って、ちょっと多いですぜ!」
「教えてくれた情報量ってことで。ま、店じまいしてからちょっと一杯引っ掛けるときの足しにしてくれれば良いよ」
「そういうことでしたら・・・。ありがとうございやしたぁ!」
「こっちこそ。それじゃ、また」
ええと、卵は城にあるし・・・米もあるよな。
うん、買い足すものは無いか。
俺は籠を持ち、城へと踵を返した。
・・・
城へと戻り、厨房へ向かう。
食材はすでに宝物庫の中に入れているため、鮮度は気にしなくていいだろう。
「さて、一番いいのは流々がいることだが・・・」
彼女なら俺も頼みやすいし、調理の腕も確かだ。
それなら華琳のほうが調理の腕もピカイチ、教え方も上手いから良いんじゃないかと思うだろうが、おそらくそれにくっ付いてくる人物のことを考えると気後れしてしまう。
桂花ならまだ罵倒だけなので楽なほうだが、春蘭がついてきたら調理から仕合に変わる可能性がある。
それなら、流々に頼んだほうが気も楽というもの。
・・・ああ、一刀に押し付ける手もあるな。
そんな友人を売り飛ばすようなことを考えていると、厨房にたどり着く。
いったん思考から意識を浮上させ、期待をこめながら厨房を覗く。
「あれ? にーさま?」
そこには、期待通り流々がいた。
何かの下ごしらえをしているらしく、手には包丁を持ち、まな板の上の食材を切っているところだったようだ。
「こんにちわ、流々」
「こんにちわ。どうしたんですか? ・・・あ、お昼ご飯とか・・・ですか? それだったら、今作ってるのがあるので、少しお待ちいただければ・・・」
「ん、昼飯は昼飯なんだけど、今日は自分で作ってみようかと思ってね」
「ご自分で・・・?」
「ああ。で、料理の経験なんてほとんどないから、教えてもらおうかと流々を探してたんだ」
「ふぇ? 私を?」
「ああ。一番頼れそうなのは流々くらいしかいなかったし・・・」
「え、えへへ・・・頼れる・・・えへへ」
頬に手を当て、顔を赤くしながらいやいやと顔を横に振る流々。
「おーい?」
「あっ、は、はい!」
「それで、教えて貰えるかな?」
「もっ、もちろんですっ!」
「そかそか。それはよかった」
よし、じゃあ食材を出すかな。
調理台の上に宝物庫の入り口を開き、先ほど買った食材を乗せる。
「・・・それって、宝具っていう凄い蔵なんですよね?」
「うん? そうだけど?」
「・・・使い方、所帯じみてません?」
「・・・ははっ」
「ごまかしましたね・・・」
ジト目でこちらを見上げてくる流々から視線をそらし、話もそらす。
「と、とにかく、チャーハンを作ってみたいんだ。教えてくれるか?」
「チャーハンですか・・・。この材料なら・・・後は卵とご飯があれば大丈夫ですね」
ちょっと持ってきますね、と厨房から出て行った流々は、すぐに両手に食材を抱えて戻ってきた。
よし、調理開始だ!
・・・
「きゃっ、きゃー!?」
「うぬおぉっ!?」
どがしゃぁん、とド派手な音を立てて中華鍋が吹っ飛んだ。
「・・・だ、だめだ。筋力ステータスに中華鍋がついてこない・・・」
もう結構ステータス落としてるのに・・・。
最初のほうは鍋を振ったら力が入りすぎてチャーハンがすべて天井にくっついてしまったり、思い切り握りすぎて鍋の取っ手がひしゃげたりしてしまったのだ。
これで駄目にした中華鍋は三つ目だ。・・・チャーハンを駄目にした回数は二桁に上る。
人の手を握りつぶさないような調整は出来るくせに、こういう物に対してだと若干加減が分からなくなるようだ。
あれ、俺って料理できないやつだったのか・・・。
「わわ、お、落ち込まないでください! 大丈夫ですよ! かなり良くなってきてますから!」
「そうか・・・? 流々は優しいなぁ・・・」
「ほら、もう一度頑張りましょう?」
「・・・おう、頑張るぜ!」
「その意気です!」
新しい中華鍋を用意し、強火で加熱し、油を投入する。
きった材料をいれ、先にご飯と卵を混ぜておいたものを追加する。
「よっし、いい感じだ」
「はいっ。この調子で頑張りましょう!」
それからしばらく中華鍋と奮闘して、ようやくチャーハンが完成した。
「よっしゃー! 完成だ!」
「わー!」
ぱちぱち、と可愛い拍手をする流々。
やっと出来たチャーハンを二人分皿に盛り、卓に並べる。
「よし、食べてみようじゃないか」
一口味見してみたが、まずくはなかった。
若干食材は無駄にしたものの、その価値はあったと思う。
まさか自分がここまで料理が出来ないとは思ってなかったからな・・・。
「いただきます」
「いただきますっ」
蓮華を持って、チャーハンの山に突き立てる。
一口分を掬って口に運ぶ。
「・・・んむ、まぁまぁじゃないかな」
「おいしいですね。数時間程度の練習でここまでなら、十分ですよ」
「そか? そういってもらえると嬉しいな」
「えへへ」
その後、流々に片づけまで手伝わせてしまった。
今度何かお返しするよ、といったら、流々はにっこり笑って
「じゃあ、今度は私の料理を食べてくださいね」
なんていうものだから、思わず頭をなでてしまった。
健気だなぁ・・・。凄くいい子だ。
「はわわわ・・・」
「ああ、ごめんごめん。つい」
あたふたとする流々を見て、謝りつつ頭から手を離す。
「あ、いえ、謝らないでください。・・・嫌じゃ、なかったですから」
「それなら良かった。まぁ、いきなりだったのは謝るよ」
「ふふ、大丈夫ですよ。ちょっとびっくりしただけですから」
流々はこれから魏の屋敷で仕事があるらしく、少し歩いたところで別れた。
「それじゃあ、また!」
「ん、また料理作るときは頼むよー!」
「はいっ!」
・・・
突然だが、俺は原作ギルガメッシュと同じく、
もとよりあるアーチャーのクラススキル、単独行動のランクが上がったりといろいろ英霊とは違うところが存在する。
・・・まぁ、元々俺は英霊というには中途半端な存在なので、それはいまさらという感じがする。
そんなことほとんど忘却の彼方へとぶん投げていた俺は、セイバーの一言でちょっと考え込むことになる。
それは、ある昼下がりのこと。
セイバーとともに甲賀の家に行き、ランサーと共に茶を飲んでいたときに、ふと英霊の話になったのだ。
そのときに、セイバーがそういえば、と前置きしてつぶやくように聞いてきた。
「ギル、お前は英霊の座についてるのか?」
「む?」
「そういえばギル様の情報を聖杯から貰ったときは、確か叙事詩のほうのギルガメッシュの情報が流れてきましたね。本人とはかけ離れている人物像だったので驚いたのを覚えています」
「・・・そういえば、俺って何かを成し遂げた英雄とかじゃないから座なんてねえな」
交通事故で死んだところを神様に拾われ、能力をインストールしてもらい、管理者たちに引っ張られたんだったか。
そしてあの妙な聖杯戦争に参加し、こうして最終的には受肉しているのだが・・・そういえば、この状態って寿命とかあるのか・・・?
「ほほう?」
「なんだよ、セイバー。その悪巧みしてる顔」
「いやなに、ふと面白いことを思いついただけだ」
ずず、と湯飲みに淹れられた茶を飲みながら、くく、と短く笑うセイバー。
「私も気になります。どうしたのでしょうか、セイバー」
「・・・まぁ、隠すことでもないから言うが、ギル、お前死んだら座に行くんじゃないのか?」
「・・・はぁ?」
何を突拍子もないことを、と言おうとして止まった。
「ギルが受肉していて、英霊の座にいないということは、お前今、普通に英雄の状態なんじゃないのか?」
「・・・ああ、なるほど。異世界へと渡り、マスターとともに戦乱の世を駆け、仲間を集めてこの世すべての悪と戦い打ち勝つ。これ以上なく簡単な英雄譚ですね」
「いやいやいや、ちょっとまてよ。でも、俺はサーヴァントとして召還されてるんだぜ?」
あれ、でも存在的には受肉してるから生きてる・・・いや、生き返ったってことになるのか・・・?
「あの筋肉の塊にはそういうことは聞けんのか?」
今まで黙って茶を啜っていた甲賀が、ふとそう漏らした。
ああ、確かにあいつらなら何かしらの情報を持っていることだろう。
・・・だけど会いたくないなぁ。出来れば一生。
神様に聞ければ一番早いんだけど、土下座神様とは最初に会ったとき以来何の音沙汰もない。
「・・・とりあえず、機会があったら貂蝉たちに聞いてみるよ。・・・にしても、その可能性は考えなかったなぁ」
「まぁ、普通の英霊からしたらありえないことだ。あれほどの存在を受け入れ、受肉したにも関わらず、座にはいない英雄。そんなもの、存在する確立が低いだろう」
「普通の英霊からしたら、あれを受け入れる、なんていう前提条件がありえませんからね」
確かに。
あの時何とかできたのも、この英雄王の力と・・・これは自画自賛になるかもしれないが、俺のやってやるという自暴自棄にも似た意地があったからだ。
「さ、今日はこのくらいでお暇しておくか。甲賀、ランサー、馳走になった」
「いえいえ。お二人からのお土産もなかなかのものでした。お茶を出すくらいは、当然のことです」
「あの饅頭は旨かった。また持って来い。こっちも良い茶葉を用意しておく」
「はは、オッケー。よっしゃ、それじゃ帰ろうか、セイバー」
帰り道、考え事をしていたせいか、いつもより遅めに城にたどり着いた。
さて、とりあえず軽く城を見回って、貂蝉か管理者のほうの卑弥呼を探してみよう。
あいつらなら、答えとまでは行かないまでも、十分なヒントくらいは得られるはずだ。
・・・
「・・・いねえ」
しばらく探した後、自室に戻り、一人ごちる。
何でこう、必要としないときに出てきて、珍しくこちらから用があるときに出てこないかなぁ。
いやまぁ、八つ当たりって言うのは分かってるんだが、なんだかこう、納得いかない。
「お、お邪魔します」
「ん? ・・・ああ、月。それに詠も」
「こんばんわ。・・・どうか、したのですか? なにやらお疲れの様子ですけど・・・」
「あー、えっと・・・」
どうしよう、話してみようか。
俺のマスターであり、一番近い存在である月と、魔術に知識があり、頭の回転が速い詠。
二人なら、何か俺じゃ気づかないことに気づいてくれるかもしれない。
話してみる価値は、ありそうだ。
「ああ、今日の話なんだけど・・・」
そう前置きして、今日セイバーに言われたことを話してみる。
「・・・なるほど? 確かに、英霊になる条件は満たしてるみたいね」
「へぅ。詳しいことはちょっと分からないんですけど、純粋な英霊じゃないって、ギルさんが自分で言ってましたね・・・」
「そうなんだよ。まさかこんなところでこうして響いてくるとは思ってなかったけど」
「・・・まぁ、ボクの意見を言わせて貰うなら、たぶん英霊になるんじゃないかしら」
「そですね。私もそう思います」
「んー、やっぱりか」
「よくよく考えてみれば、ランサーの言うとおりよね。英雄譚として語られるくらいのこと、あんたしてるんだから」
「えへへ・・・なんだか、私まで嬉しくなってきちゃいます」
「それに? もう一個のほうでも英雄みたいだしねー」
そういって、ジト目になる詠。
もう一個?
「もう一個ってなんだ?」
まさか、俺でも気づかないような何かが・・・?
「あんた、まさに『英雄色を好む』を体現してるじゃない」
「・・・へぅ」
「・・・ぐっ」
ぽっ、と頬を染める月と、呻きながら胸を押さえる俺。
詠の言葉の意味を理解したのは二人同時だったらしい。今の行動もぴったりのタイミングだった。
「ま、そういうのも、英雄としては必要なんじゃない? それだけ、好かれてるってことなんだから」
・・・まぁ、好意的に見ればそうなるか。
「・・・はぁ。ま、あんまり考え込んでも仕方ないってことだな」
その可能性が高いってことだけ、覚えておけば良いか。
まだまだ、先は長いんだし。
「とりあえず、今日は色を好むことにするよ」
そういいつつ、隣に座る詠を抱きかかえる。
「ふぇっ? あ、ちょ、馬鹿っ、そういうつもりで言ったんじゃ・・・!」
「へぅ・・・。ギルさん、詠ちゃんの後は・・・」
「もちろん。それじゃ詠、脱ぎ脱ぎしましょうねー」
「やん、ばか、変なとこさわ・・・あ、んっ!」
こうして、夜は更けていく・・・。
・・・
「・・・ん」
閉じた瞼の裏からでもわかる明るさに、もう朝かと意識を覚醒させる。
ぱちりと目を開くと、かなりの明るさに目が眩む。
なんだこりゃ、直接ライトでも当てられたかのようにまぶしいぞ・・・?
「ああ、おはようございます。お久しぶり・・・ですよね?」
「誰だ・・・?」
この声、なんだか聞き覚えのあるような初めて聞いたような・・・。
「あれ、覚えてません? まさか、そっちではもう結構な時間が経ってたり?」
どうやら、俺の知り合いらしい。
久しぶり、という言葉から、おそらくかなりの時間会っていないのだろうということだけは分かる。
この、軽薄なような重厚なような、区別のつかない声は誰なんだろうか・・・。
そんなことを考えていると、漸く目が慣れてきたようだ。白い光以外のものが目に飛び込んでくる。
そこにいたのは、きょとんとした顔でこちらを見る、少女。
頭上には天使の輪が輝き、髑髏の意匠の髪飾りがおどろおどろしく自己主張している。
ああ、この、どっちかにしろよ、と言いたくなる頭の少女には、一人しか心当たりがいない。
「あ、ようやく完全にお目覚めのようですね。おはようございます」
「・・・おはよう、土下座神様」
「その途轍もなく不敬で単純なあだ名、若干の不満を抱かざるを得ませんが・・・まぁいいでしょう。私と貴方の仲です」
「それで、神様、ここは夢の中なのか?」
とりあえず、気になったことを聞いてみる。
神様は俺の言葉にええまぁ、と頷きを返し
「夢の中って言うかあの時出会った空間っていうか。こっちに貴方を呼び出した感じ?」
「感じ? とか言われても」
「そーよねー。・・・まぁ、何かそういう空間だって意識で良いです」
「そ、そうか」
大雑把だぞ、この神様・・・。
「それで、なんでここに呼び出されたんだ?」
「え? いや、そりゃ貴方が私に用事あるようなこと考えてたからですけど・・・」
「え?」
「え?」
とりあえず、二人して首をかしげる。
「あれ、間違ってませんよね。だってメール来ましたもん」
「メール?」
俺がそう聞くと、神様は俺を送る世界を探したときに使った機械を取り出し、画面をこちらに向けてきた。
長々と書かれた文章を要約すると、俺が神様に用件があるようです、といった内容の文章が書かれていた。
「ほら、貴方のスキルに神性ってあるじゃないですか?」
「・・・あるな」
原作のギルガメッシュは神様を嫌っているためにランクダウンしているが、俺は神様本人と出会っている上に別に嫌っているわけでもないので、元のA+ランクだ。
「そのスキルに、ちょっとおまけをつけておいたんですよ。私に用があるとき、私の元にメールが届くようになってるんです」
なるほど、確かに今日、神様にちょっと話でも聞けないかなぁと思っていた。
それが神性スキルによってメール発信され、神様が受信。
用があるなら聞いてやろうじゃないか、と俺が呼び出されたわけだ。
「・・・そんなに簡単に神様に会えていいのか・・・?」
「ほら、そこは神性ランクのおかげってことで。BとかAとかじゃちょっと難しいかもだけど、君くらいなら普通に会えるよ?」
「そうか。・・・そうか」
「あれ、なんでちょっとガッカリ風味?」
「いや、こうして大人になるのかなぁって」
「何で急に悟ってるのか知らないけど、とりあえず用事を聞かせてもらおうかな」
どうぞ、座って、と神様が言うと、何もなかった空間にテーブルと椅子が現れた。
テーブルの上には紅茶とクッキーなどが置かれており、美味しそうな匂いを漂わせていた。
「・・・失礼するよ」
すでに座っている神様が、どうぞどうぞ、というので、遠慮なく座る。
「で、何?」
「・・・ああ、まぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「どうぞ。私に答えられるものなら、答えましょう」
これでも、結構えらいんです、とドヤ顔を決めてくる神様に、今日の話をしてみる。
俺の扱いというか、死後というか・・・。
その辺は、どうなるのかという話だ。
「ああ、座に着きますよ?」
なにいってるんですか? とでも言いたげに、神様は紅茶を飲みながら即答した。
「・・・そ、そっか」
「ええ。元々転生って形でしたし、あなたの扱いは能力持ってる一般人ってことでしたので」
だから、死んだら私が直接座まで持って行きますから、とさらっと言われた。
・・・座まで持ってくって・・・。
「ま、あなたの寿命はまだまだありますから、そんなこと心配しなくていいんですよ」
「・・・俺の寿命って?」
「・・・知ってます? ギルガメッシュさんって、127年間在位して、更にその後旅に出たらしいですよ」
「・・・」
つまり、127年以上は生きるということだろうか。
つーか、それ大分生きるな。曾孫が成人するぐらいまでは普通に生き残りそうだ・・・。
「ま、気長に生きてください。・・・それじゃ、また何か用事があれば会いましょう」
そういって神様が手を振ると、意識が遠くなっていく。
どうやら、本当に目覚めるみたいだ。
「じゃ、またなー」
「ええ、また」
・・・
「・・・うーむ」
起き上がり、頭に手を当てる。
両隣からはすぅすぅと小さい寝息が聞こえてくる。
ま、しばらくはこのことは考えなくても大丈夫そうだ。後でセイバーたちにも話しておくとしよう。
とりあえずは・・・みんなのこと、大切にしていくことだけを考えていけばいいや。
「んみゅ・・・あ、おふぁようございまふ・・・」
「おはよう、月。・・・詠は今日、休みだよな?」
「あ、はい」
「じゃ、もう少し寝かせておこう」
仕事の疲れもあるだろうし、あとはまぁ、昨日少し集中的に攻めすぎたというか・・・。
とにかく、疲れがたまっているだろうから、寝かせておこう。決して昨日の罪悪感からとかじゃないんだからね!
「・・・誰にツンデレてるんだ、俺」
「どうかしましたか?」
「・・・いや、なんでもない」
・・・
「ほほう、やはりそうなのか」
「やはり、ギル殿は英霊となるのですね」
午前と午後の仕事の間の昼休憩。
俺は再び甲賀の家を訪れていた。
そこで神様の話をしてみると、こうして二人にうんうんと頷かれているわけだ。
「ま、まだまだ時間はあるみたいだし、ゆっくりと考えるがいいさ」
「そうするよ」
「それじゃあ、これからは英霊になることも見越して、いろいろと鍛えるとするか!」
「我々も全力でサポートいたします!」
・・・この発言の後、全サーヴァント、全マスターを巻き込んだ『ギルを最高のサーヴァントにする会』が発足されたのは、翌日のことだった。
発足、されてしまったのだ・・・。
・・・
再び神様に会って話をしてみたところ、鍛えればスキルが増えたり強化されたりするのは転生特典でもあるらしい。
ならばとセイバーやらランサーやらキャスターやらにさまざまなことを仕込まれた。
この調子で鍛えていけば、更にスキルが増えることだろう。
・・・何ともまぁ、便利な体である。
「あいたたた・・・」
そんなわけで、セイバーに扱かれた後汗を流すために風呂へと来ている。
脱衣所には、さっきまで訓練をしていたセイバーと、無理やり巻き込んだ一刀が共にいた。
「はは、大丈夫かよ、ギル」
「・・・笑い事じゃねえぞ、一刀。お前もやってみるか?」
桃園結義の中で劉備、関羽、張飛を相手に
こっちの装備はフルアーマー仕様だったのだが、本当につらかった。
というか、銀が思ったよりノリノリだったのに驚いたな。
かなりの魔力をつぎ込んでたみたいだし。そのせいか、桃園結義が二時間も展開されていたわけなんだけど。
もしものときは令呪も使う気だったらしい。銀いわく、余ったから使っておかないとな、らしい。
三度しか使えない令呪をもったいないからと使い切る気でいる銀に若干の戦慄を覚えながら、浴場へと足を踏み入れる。
「あー、しっかしこのシャワーってやつはいいな」
セイバーがシャワーで頭を洗いつつそう呟く。
「はは、だろ? 宝具を提供してくれたギルには感謝しないとな」
「まぁ、俺もできるならシャワーもほしいって思ってたし、別に構わんよ」
というか、宝具を提供しただけの俺より、それを組み合わせて宝具ボイラーを作った甲賀のほうが凄くないだろうか。
「そういえば、明日もセイバーと訓練なのか?」
「いや、さすがにそこまで魔力は持たん。明日はキャスターの魔術講座だ」
「・・・座学もあるのか」
一刀がうわぁ、と哀れみの声を漏らした。
「一刀、お前も受けるか? そろそろ、学校の雰囲気も恋しいころだろう」
「い、いやぁ、遠慮しておこうかなぁ。あ、そ、そうだ! 明日は珍しく仕事があるんだよ!」
「・・・チッ」
「舌打ちした!?」
そりゃ、舌打ちもする。
キャスターと長時間二人っきりとか、絶対精神が削られるだろ。
まだ俺は、貂蝉ホムンクルスのことを許したわけじゃないんだぞ。
「・・・まぁ、無茶はしないと思うし、大丈夫だろ」
・・・
「ふぃー、疲れたー」
「あ、お邪魔してまーす」
「ん? 桃香か」
風呂から上がり、ほっこりとしながら自室へ戻ると、桃香がお茶の用意をして待っていた。
「ごめんね、勝手にお茶の準備しちゃった」
「いや、嬉しいよ。ありがと」
「えへへー。どういたしましてー」
いつものようにあごの下で手を組んで笑う桃香を微笑ましく見ながら、湯飲みを手に取る。
なかなか美味しい。お茶を淹れる腕が上がっているようだ。
「美味しい。腕を上げたな、桃香」
「そう? それなら良かった。おかわり、あるよ?」
「ん、もう一杯貰っておこうかな」
「はーいっ」
空になった湯飲みにお茶を注いでもらう。
それを飲みながら、桃香の話を聞く。
「えへへ、今日はね、お兄さんと一緒に寝ようかなぁ、なんて」
「良いね。最近は桃香も仕事が忙しかったみたいだし、ゆっくり話も出来なかったからな」
「ほんとっ!? じゃあじゃあ、早速・・・ね?」
「あ、おい、そんな焦らなくても逃げないって」
「ぶー。時間は限られてるんだよー!」
「・・・はいはい」
頬を膨らませて怒った様子を見せる桃香。
まぁ、いつものとおり、ぜんぜん怖くないのだが。
寝台に引き込まれた俺は、仰向けに倒れた桃香に抱きしめられ、その豊満な胸へと顔を埋めさせられていた。
「・・・呼吸が、苦しいんだけど」
「だーいじょーぶ」
「何の根拠があって・・・」
確かに息は出来ているが、この状態では眠れないぞ。いろいろな意味で。
「お兄さんと一緒に夜を過ごせるなんて久しぶりだから、いっぱいぎゅってするんだー」
「うん、それはいいから、ちょっと胸から離れさせて・・・」
「だーめっ」
語尾にハートマークでも付きそうな一言を言い放った桃香は、更に強く俺を抱きしめた。
あー、でもなんというクッションだ・・・。この柔らかさ、ちょっと反則だろう。
ためしに桃香の胸を枕にして眠ってみたくなってきたぞ・・・。
「・・・そういえば、今日はぼろぼろになってたね。何の訓練してたの?」
桃香の胸に関して考え込んでいたら、桃香に話しかけられた。
む、何の訓練か、か。
別に隠すことでもないし、良いか。
「今日はセイバーの固有結界の中で訓練してたな。しかも、宝物庫使用禁止とか制限されてたから大変だったよ」
「ふええ・・・良く生きて帰ってこれたね、お兄さん」
「まぁ、セイバーたちも加減はしてくれてたし、俺だって強くなってないわけじゃないし」
「そっか・・・そうだよねっ」
「? 嬉しそうだな、桃香」
「ふぇ? そ、そりゃあ、好きな人が強いって言うのは、女の子としては嬉しいって言うかなんと言うかでして・・・」
ぼそぼそとつぶやくような言葉だったが、この至近距離だ。聞こえないわけがない。
そっか、嬉しいか、と一人納得しながら、よいしょ、と桃香の拘束から抜ける。
油断していたらしいので、結構簡単に抜け出せた。
「あぁっ、駄目だよ逃げちゃっ」
「逃げてないって」
すぐに俺を捕まえようとする両手首をつかんで、寝台に押し付ける。
「あ、あははー・・・もしかして、捕まっちゃった?」
「ついさっき出来た俺の信条のひとつに、やられたらやり返せっていうのがあってな」
「お、お手柔らかにおねが・・・んんっ!」
「いやー、ちょっと無理かなぁ」
「そんなー、明日も仕事なのに、んっ、ちょ、ちょっと待ってよぉ、ぎゅうってしたこと怒ってるなら謝るからぁ」
「残念、もう遅い。というかその辺はもうどうでも良い」
「ど、どうでもいいっ!? どうでもいいって言った!?」
・・・
「やったねギルさん! (戦闘用も)スキルが増えるよ!」「おいやめろ」「・・・いや、やめなくていいだろ」
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