真・恋姫†無双 ご都合主義で萌将伝!   作:AUOジョンソン

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「お菓子っ!?」「ライダーが今までにない真剣な顔をしている・・・!?」「俺には全然違いが分からない」「あ、ちょっとだけカボチャの中の炎が強くなってる気が・・・」


それでは、どうぞ。


第十一話 お菓子を食べるために

「ギル。頼みがある」

 

朝起きて部屋から出たら、キャスターが立っていた。

驚いて硬直している俺にそう言い放ってからしばらくして、ようやく俺はキャスターに何か頼みごとをされかけていることに気づいた。

 

「・・・頼み?」

 

多分ろくなもんじゃないな、と目の前で笑みを浮かべるキャスターを見て直感する。

こういう笑みは隣の部屋で孔雀の恥ずかしい声を聞いていたとき以来だ。

 

「ああ。・・・そう身構えるな。簡単なことだからさ」

 

「聞くだけは聞こう」

 

「なに、本当に簡単なことさ。・・・私の作ったホムンクルスと戦って欲しい」

 

・・・想像以上にろくでもなかった。

 

「ホムンクルスって・・・あの?」

 

「もちろん。最近は研究環境もよくなってきたからね。いい感じのレシピができたんだ」

 

「・・・ほう」

 

前に部屋を訪れたときも広げていた何かの設計図っぽいものはホムンクルスのレシピだったのか。

・・・まぁ、最近はあまり動いてないし、鈍ってないか確認するためにも受けておくかな。

 

「それくらいならいいだろ」

 

「助かる。私では作り出せはしても性能確認はできないからね。ほら、キャスターだし」

 

自慢になってないけどね、と言いながら薄く笑うキャスター。

・・・そういえば、キャスターって何の英霊なんだろう。

三国大戦のときから今まで、一切キャスターの情報は知らなかったからなぁ。

ホムンクルスくらいしか特徴は知らないから、錬金術師かなぁ、位の憶測しかない。

 

「・・・なぁ」

 

「ん?」

 

「その頼みごと受ける代わりに、俺からの質問に答えてもらっていいか?」

 

「全然構わないよ。なにかな。マスターのスリーサイズ?」

 

「大丈夫。それは知ってる。・・・終わった後でいいよ」

 

「了解した。それじゃ、中庭にでも行こうか」

 

ちょうど良く捕まえた兵士に政務に少し遅れるという連絡を頼み、仲良く連れ立って中庭へ移動する俺たち。

ホムンクルスと戦えといわれたが、俺が思い出すのは一番最初の失敗ホムンクルスと量産型ホムンクルスだ。

前者は一番最初にキャスターが攻めてきたときに遭遇し、後者とは聖杯戦争中何度か戦っている。

・・・一体では足止めくらいしかできないが、何体も出現すればかなり手こずる相手になっていく。

新型はどんな感じなんだろうか。若干楽しみである。

 

「・・・よし、この辺でいいかな」

 

そう言ってキャスターは立ち止まり、持ってきたフラスコに手を伸ばす。

中身は見えないが、八つあるように見える。

 

「ふふふ、とりあえず八連戦位してもらうけど大丈夫かな?」

 

「ん、魔力にも余裕あるし、連戦なんて・・・ふふ、こっちの訓練じゃ連戦なんて日常茶飯事ですよ」

 

愛紗→鈴々→翠→紫苑→恋の連戦のときは本気で死ぬかと思ったけど。

まぁ、そのおかげで技量も上がったし、文句はないんだけど・・・もう少し、自重してくれても良かったんじゃないかな。

・・・ちなみに、そのときに心配してくれた璃々に思わず求婚して紫苑にあらあらまぁまぁと言われながら額を打ち抜かれたのはいい思い出だ。

あれ、英霊じゃなきゃ死んでたよな・・・。

 

「・・・そ、そうかい。なら遠慮はいらないね! ゆけっ、ホムンクルスよ!」

 

そう言ってキャスターはフラスコの一つを地面に叩きつける。

軽い音と共にフラスコが割れ、煙を上げながら中身が外に具現化する。

 

「・・・これは」

 

全体的に緑色なのは変わりないが、手には双剣を持つその姿には見覚えがある。

と言うか、つい先日同じスタイルで戦う奴と模擬戦をしたばかりだ。

 

「ふっふっふ、驚いたかい? 驚いただろう! 私は気づいたのだ! 骨格を一から作るより、すでにあるものを参考にすればいいと!」

 

嬉しそうに語るキャスターの前で、ホムンクルスが剣を構える。

・・・剣にも魔力が宿っているようだ。普通の剣ではないが、かといって宝具でもない・・・微妙な代物だ。

 

「セイバーを筆頭に、七騎のサーヴァントを基にしたホムンクルスを作ってみたのさ!」

 

その言葉と共に、ホムンクルスが突っ込んでくる。

慌てて宝具を発射しそうになったが、キャスターは性能テストと言っていたはずだ。

王の財宝(ゲートオブバビロン)で制圧射撃をしてしまっては、性能を測るどころではないはず。

ならば、普通に戦うのが一番いいか。

そんな結論に至った俺は、宝物庫から一つの宝剣を抜く。

原罪(メロダック)。選定剣の原典になったという剣で、必ず心臓を穿つ、とかの特殊な能力がない代わりに、圧倒的な使いやすさを誇る。

 

「ふっ!」

 

左右から迫る双剣を避けるため、スウェーバックで状態をそらす。

目の前を通り過ぎる双剣の隙を突くように原罪(メロダック)を横薙ぎに振るう。

だが、セイバーを模したというホムンクルスは俺が原罪(メロダック)を振るい始めたときからすでに身体を引いていた。

 

「・・・なんとまぁ」

 

そのままバックステップでホムンクルスは俺から距離を取り、すり足で移動しながらこちらとの間合いを計り、低く構えている。

元になったセイバーの技術を模倣しているのか、その構えは先日見たセイバーのものとほとんど同じだった。

実験体なので倒しても良いと言うお墨付きがなければかなり苦戦するだろう。手加減はかなり難しいのです。

 

「はっ!」

 

魔力放出で踏み込みの速度を加速させ、瞬きよりも早くホムンクルスの目の前へと到達する。

最高速のままでホムンクルスの左から剣を振るう。が、ホムンクルスはしっかりとその速度に反応していた。

俺の顔を見据えたまま、両手に持つ双剣を俺の原罪(メロダック)にぶつけ、下に逸らす。

地面に引っかかる原罪(メロダック)の感触に、あ、やべ、と思わず心の中で呟いた瞬間、目前には双剣が迫ってきていた。

 

「ぬ、おおおっ!?」

 

原罪(メロダック)を一旦離して身体を深く倒す。

風をきりながら俺の頭の上を通っていく双剣。

俺は双剣が通り過ぎたのかを確認しないまま原罪(メロダック)を抜いて、ホムンクルスの背後へと回る。

ホムンクルスが俺に背後をとられたと認識する前に、原罪(メロダック)を振り下ろす。

 

「・・・ふぅ」

 

ホムンクルスの頭を叩ききる直前で、剣を寸止めする。

よかった。もう少し振り下ろすのが遅れてたら、切り裂くしかなかった。

 

「・・・ふむ、まぁこんなものか」

 

そう言って、キャスターは空のフラスコにホムンクルスを戻した。

・・・どうも、あの国民的モンスターゲームを髣髴とさせるよなぁ、あれ。

 

「さて、次はこいつだ!」

 

そんなことを考える俺を尻目に、キャスターは新しいフラスコをこちらに投げてくる。

さて、後七体だ。頑張りますか。

 

・・・

 

あの後、想像通りと言うかなんというか、ランサーを元にしたものやアーチャー・・・つまり俺を元にしたものなど、七騎のサーヴァントを模したホムンクルスが出てきた。

ランサーホムンクルスはスピードに重点を置いているらしく、ステータスで言うならA+の敏捷を誇るらしい。

・・・その代わり、耐久と幸運が哀れになるほど低く、牽制のつもりで入れた蹴りで決着してしまった。

アーチャーホムンクルスは遠距離からの攻撃を中心にしており、キャスター曰く「完全な後方援護用」とのことだった。

接近するまでは手こずったが、懐に入ればすぐに決着はついた。

ライダーホムンクルスは・・・うん、まぁ、ライダーって宝具がないとアサシンやキャスター並みに肉弾戦が苦手らしい。

しかも黒いもやであるという身体の特徴も再現できなかったからか、変な被り物をしたホムンクルスという感じだった。哀れ。

アサシンホムンクルスは右腕が長く、トリッキーな動きでこちらを翻弄してくるタイプだった。

こっちもやっぱり宝具は用意できなかったらしく、トリッキーな動きに慣れればすぐに対処できた。

バーサーカーホムンクルスは一番脅威だった。

量産型ホムンクルスに薙刀を装備させ、パワーをそのままに機動力を上げたという隊長機のような扱いだった。

薙刀を砕いたところでキャスターからストップがかかり、しばらく破壊した中庭を修復することになった。

そして、最後。

キャスターホムンクルスは一番・・・弱かった。

魔力を籠めた石を投げてくるのはなかなかに怖かったが、それがなくなればただのホムンクルスだった。

一切攻撃しないで終わった唯一のホムンクルスである。

 

「・・・ふむ、これで最後まで終わったわけだけど」

 

そして、八つ目のフラスコの中身は貂蝉を模したホムンクルスだった。

・・・妙にリアリティがあり、緑色の身体をしていたサーヴァントホムンクルスとは違い、人間と同じ肌の色をしていた。

しかも、声まで再現しており、そっちに能力の容量の九割を使ったとかで戦闘能力は皆無だったが、倒すのに一番時間が掛かった。

サーヴァントホムンクルスは寸止めで終わらせていたが、この貂蝉ホムンクルスだけは切り裂いた。容赦なく切り裂いた。

キャスターがあー、惜しいことを・・・とか呟いていたが、知るものか。

 

「よし、とりあえず問題点はまとめられたな。・・・また手伝ってくれると嬉しいね」

 

「・・・貂蝉ホムンクルスをやめたらな」

 

「分かった分かった。あそこまで拒否反応が出るとは知らなかったんだ。許してくれ」

 

「分かったならいいんだ。・・・それで、手伝った見返りだけど」

 

「ん? ああ、そんな話してたね。見返りと言っても・・・金は要らないよね? 前にあげたような概念武装でも作るかい?」

 

「いや、一つ聞きたいことがあるんだ」

 

「ほう。いいよ、それくらいならお安い御用だ」

 

意外そうな顔をするキャスターに、ずっと気になっていたことを聞くことにした・

 

「キャスターの真名が知りたい」

 

「・・・へぇ。そういえば誰も知らないんだっけ。あ、マスターは知ってるけど?」

 

「こういうのは本人から聞くものだろ?」

 

確かに孔雀に聞けば嬉々として教えてくれそうだが、それはなんだか意味がないように感じたのだ。

まぁ、それに本人に聞いたほうがいろいろと面白そうだ、っていうのもある。

 

「んー、じゃあ東屋にでも行こうか。腰を落ち着けたほうがいい話だろうし」

 

「ああ、そうしよう」

 

・・・

 

中庭から少し歩いたところにいつもみんなが使っている東屋のひとつがある。

そこに座った俺は、宝物庫からワインと酒器を取り出す。

話をするのに、口を潤すものがないのはどうかと思ったからだ。

 

「お、ずいぶんサービスがいいじゃないか。神代のワインとはね」

 

「昼間から酒っていうのもどうかと思ったが、お茶を用意するのもなんだかな、って思ったんだ」

 

「ま、いっか。遠慮なくいただくよ。・・・それで、私の真名だっけか」

 

「ああ」

 

キャスターの質問に頷く。

 

「私の真名はね、パラケルススっていうんだ。本名はテオフラストゥス・フィリップス・アウレオールス・ボンバストゥス・フォン・ホーエンハイム。長いからパラケルススのほうで呼んでくれて構わない」

 

「・・・錬金術師じゃないかとは思ってたけど、まさかそんな大御所だったとは」

 

「宝具は知ってると思うけど、四大元素の精霊(エレメンタル)アゾット剣(Azoth)アゾット剣(Azoth)のほうは、柄から出した粉を固めて賢者の石にしたり、粉のままエリクサーのような治療薬として使うこともできる」

 

・・・それ、相当凄くないか。

賢者の石、あるいはエリクサーと言うのは、不老不死を与えるといわれている霊薬のことだ。

 

「ま、作り出せるといっても流石に完璧なものは無理だけどね。とりあえず作り出した賢者の石に指向性を持たせることができるのと、ある程度の治療に使えるくらいさ」

 

「それでも凄いだろ」

 

「流石にデメリットもあってね。生成するのに魔力を多めに消費しちゃうのと、生成した賢者の石の内包する魔力は、生成するときに籠めた魔力の半分くらいになっちゃうんだ」

 

「・・・燃費悪いな。バーサーカー並だぞ」

 

「はは。まぁ、時間を掛けて大量に生成して、戦闘になったら一気に使うのが私の戦い方なんだ」

 

「なるほどなぁ・・・」

 

ちなみに、とキャスターは帯刀していたアゾット剣(Azoth)を鞘ごとぬいて立ち上がる。

 

「これが短剣のほかに杖とも呼ばれてたのは、こうして鞘から抜いて使えば短剣にしか見えないけど、こうして鞘に入れて刀身を下に向ければ・・・」

 

そういいながらキャスターは剣の柄が上に来るように鞘を持つ。

それは空想の中でよく見る魔術師が杖をもった姿に見えた。

 

「こういう風にもって柄の先っぽから賢者の石出してたから、杖の先から賢者の石が出ているように見えたんだと思う。それで、これが杖なんじゃないかって話になったんだろうね」

 

「・・・何ともまぁ、すさまじい勘違いだな」

 

「はは、昔の話なんてそんなものさ。・・・さて、これくらいかな。後は聖杯からの情報でも見てくれよ」

 

「ああ。ありがとな、わざわざ」

 

「構わないさ。それを言うなら、私もわざわざ君に頼みごとをしたんだしね」

 

そう言って、俺たちは立ち上がる。

 

「じゃあ、私はホムンクルスを改良してくる」

 

「おう。俺は・・・政務しに行かないとな」

 

大遅刻である。

ま、今日は愛紗がいないみたいだし、このくらいの遅刻ならまだ取り返せる。

昼前には大半の仕事は処理できるだろう。

 

「それじゃ、頑張ってくれ」

 

「そっちこそ」

 

こつ、と靴の音を鳴らしながら、俺たちは正反対の方向へと歩き始めた。

・・・にしても、パラケルスス、ねぇ。

っていうか、あいつ賢者の石遠慮なく爆破させてたのか。

錬金術師が見たら泣きそうな光景だな・・・。

 

・・・

 

「遅いじゃない」

 

「・・・は?」

 

政務室に入ると、女卑弥呼が俺の席に座って政務をしていた。

朱里や雛里、桃香はいないようだ。

 

「何でここに・・・?」

 

「何でって・・・あんたが遅刻するみたいだから、代わりにやっといてるんだけど」

 

何いってんのアンタ? とでも言いたげな顔でしれっと言われてしまった。

 

「・・・何が目的だ?」

 

「ん? 特に何も。暇だったからね。たまには仕事でもするかー、って」

 

「たまには・・・って」

 

「いやー、だってほら、わらわって女王じゃん? たまにはそれっぽい仕事もしておかないと。うちの弟、そういうの厳しいのよねー」

 

ああ、あのどんなところにいても姉に声を届けられる弟のことか。

・・・まぁ、こんな姉を持てば誰でも厳しくはなると思う。いつか会うことがあれば、龍の内臓を材料とした胃の薬をあげよう。

 

「ほらほら、座んなさいよ。わらわの対面で仕事できるんだから、狂喜しなさい」

 

「・・・すげえこと言い出すな、この女王」

 

そんなことを卑弥呼に言いつつ、言われたとおりに卑弥呼の対面に座る。

別にどこに座っても良かったのだが、多分この娘は対面に座らなかったらかんしゃく起こすだろうと思ってのことだ。

 

「ほら、アンタの分」

 

卑弥呼はずず、と机の上の書類をこちらにずらしてくる。

まぁ、卑弥呼がやっておいてくれた分、いつもより少なめだ。

 

「そういえば朱里たちは?」

 

「ああ、はわわはたわわに呼び出されて、あわわはなんかの会議だったかしら」

 

・・・訳すと、朱里は穏に呼び出されてどこかへいき、雛里は軍か何かの会議に行ったのだろう。

 

「それで、ちょうど遊びに来てたわらわが代わりにやってあげてんのよ」

 

遊びに来てた、の辺りで不安になったが、仕事はちゃんとやってるようだ。

流石は女王。ふざけてばかりじゃないんだな。

 

「ふんふーん」

 

しばらく手を動かしていると、静かだった政務室に鼻歌が響き始めた。

目の前の卑弥呼が、筆を動かしながらふんふーん、と歌っているようだ。

 

「何の曲だ?」

 

「・・・へ?」

 

声をかけてみると、顔を上げた卑弥呼と目が合った。

卑弥呼はきょとんとした顔でこちらを見ている。

 

「いや、なんか鼻歌歌ってたから、何の曲かなーと」

 

そこまで言ってようやく卑弥呼は心当たりに思い至ったらしく、ああ、と呟いた。

 

「鼻歌歌ってたのね、わらわ。っていうか、曲とか知らないわ。わらわのセンスがあふれ出たのよ」

 

「・・・そっか」

 

「ええ」

 

再び書類に顔を戻す俺たち。

しばらく筆を動かしていると

 

「ふーんふふーん」

 

紙の上を筆が滑る音しかしなかった政務室に再び聞こえる鼻歌。

・・・なんだろう。卑弥呼が上機嫌な気がする。

いつもは不機嫌そうにむすっと真一文字に結ばれている口も、下弦の月のように曲がってるし、鼻歌まで歌っている。

何かいいことでもあったんだろうか。

 

「あ、そうだ。金ぴか」

 

「・・・せめてギルって呼んでくれ」

 

「う、うん。・・・ギル?」

 

「ん?」

 

「・・・これ終わったらお昼でしょ?」

 

「ああ、そうしようと思ってるけど」

 

「そ。じゃあちょうどいいわね。ギルに街を案内させてあげる。ついでにお昼おごんなさい」

 

「・・・別にいいけど。どうしたんだ、急に」

 

「別にいいじゃない。急に街に行きたくなっただけよ。・・・それともなに? わらわとじゃ嫌なの?」

 

後半の台詞はすさまじく不機嫌そうにこちらを睨んで言った卑弥呼。

心なしか、魔力が収束している気がする。

 

「全然嫌じゃないぞ。あまり卑弥呼と出歩いたことないからな。ちょっと驚いただけだ」

 

「ふん。ならいいのよ」

 

キャスターの真名を教えてもらったからか、卑弥呼のことももうちょっと詳しく知りたいと思ってたところだしな。

・・・管理者のほうの卑弥呼? ごめん、だれそれ? 

 

「じゃあ、さっさと終わらせちゃおうか」

 

「ええ。・・・といっても、わらわは九割方終わらせてるけどね」

 

そういいながら卑弥呼は最後の書類に手を伸ばす。

・・・確かに九割がた終わってるな・・・。

ま、俺もあと少しだし、あまり焦って間違っても大変だからな。

焦らずいつもどおりやっていこう。

 

・・・

 

「で、どこいくの?」

 

「んー、取りあえず腹ごしらえからかな。何か食べたいものあるか?」

 

「なんでもいいわよ。わらわ、嫌いなものないし」

 

「なんでもいいっていわれてもなー」

 

それが一番難しいんだけど。

 

「ま、ぶらぶらしながら気になったところに入ればいいじゃない」

 

「・・・それもそっか。ほら、はぐれるなよ、卑弥呼」

 

俺がそういうと、卑弥呼は腕組みをしつつぷいっ、と顔を背ける。

 

「はん。わらわを子ども扱いしないの。ま、なんかあったら飛べばいいし」

 

「飛ぶな」

 

「な、なによぅ。いいじゃない、便利なんだし」

 

「飛・ぶ・な!」

 

「・・・分かったわよ。飛ばないわよっ」

 

俺の説得が通じたのか、卑弥呼は不承不承といった感じに頷いた。

流石に街中で飛ばれたらとてつもなく困る。

仙人が町に現れた! とか大騒ぎになるに決まってる。

 

「ま、たまには自分の足で歩くのもいいわね。ほら、ギルがリードするのよ」

 

飛ぶなって言ったのあんたなんだから、と言いながらこちらを見上げる卑弥呼に、分かってるよ、と返す。

我がまま女王な卑弥呼の扱いもようやくわかってきた。

戦場以外ではまともに話した事もなかったんだなぁ、といまさら気づく。

こうして外を歩くのは楽しいみたいだし、これからもちょくちょく誘ってみるかな。

 

「? なによ、わらわのことじろじろと見て」

 

「ん、あー、いや、卑弥呼って可愛いなぁって」

 

「・・・当然じゃない。女王よ、わらわ」

 

俺がそうごまかすと、卑弥呼は俺の方とは真逆の方向に顔を向けながら、そんなことを言い放った。

・・・これと似たような反応を詠にされたことがあるな。

その時の詠と同じようなことを卑弥呼が思っているなら、確信は持てないが、照れてるんだと思う。

一人で納得しつつ、テクテクと歩く。うーむ、やっぱりこの辺の活気は凄いな。

 

「あ、ギル。前に月に聞いたんだけど、ここのラーメン、美味しいんだって?」

 

そのまま俺のほうを向かずに歩いていた卑弥呼は、ある一軒の屋台を見つけ、俺の裾を引っ張りつつ屋台を指差しながらそう言った。

卑弥呼が指差した屋台に目を向けてみると・・・ああ、確かにここは美味しいな。

何せ、華琳がなかなかやるわねと褒めていた屋台だからだ。

幸い客も少ないみたいだし、すぐに食べられるだろう。

 

「ああ、なかなかのものだぞ。食べていくか」

 

「ええ。ふふん、わらわの口に合うかどうか、試してやろうじゃない」

 

そう言って不適に笑いながら、卑弥呼は俺の服の裾を引っ張ったまま屋台へと足を向けた。

 

・・・

 

「美味しいじゃないっ。ちょっと、この店うちの城に持って帰りましょうよ」

 

「無茶を言うな。・・・ご馳走様。ほら、行くぞ卑弥呼」

 

二人分の御代を払い、やだやだこの屋台もって帰るのー! と駄々をこねる卑弥呼を持ち上げつつ屋台から離れる。

しばらく俺に運ばれると、騒いでも無駄だと悟ったのか、俺の腕からふわりと地面に降り立つ。

 

「ちっ。いいじゃん、屋台の一つや二つ買ってくれても。損はしないわよ?」

 

「・・・あー、はいはい」

 

「何その生返事! わらわのことを何だと思ってるのよっ」

 

「外見だけ成長した子供」

 

「・・・うぅー。なんか今日は冷たくない?」

 

「冷たくしてるつもりはないんだけどな・・・。疲れてるんだよ、多分」

 

実際今日はキャスターのことやら卑弥呼のわがままやらで意外と疲れている。

・・・まぁ、多少面倒くさいというのもあることは認めよう。

管理者のほうも、魔法使いのほうも、卑弥呼と話しているといつの間にか振り回されている。

 

「ふーん・・・。ま、いいわ。わらわの遊び相手がいなくなると困るものね。今日はこのくらいにしておくわ」

 

城に着いた途端に魔法を発動させる卑弥呼。

 

「ちょっと弟に愚痴ってくる。また来るわ」

 

「ああ、そのときは屋台ぐらい買ってやろう」

 

俺がそう返すと、卑弥呼は一瞬虚を突かれたような表情になる。

だが、すぐに笑顔になると、いいわよ、そんなことしなくても、と苦笑気味に言った。

 

「はは。じゃあ、何か卑弥呼を持て成す案を考えておく」

 

「ええ、楽しみにしてる。じゃね」

 

魔力の残滓を残して平行世界に飛んだ卑弥呼。

少しの間それを見届けた俺は、午後の政務を行うために政務室へと向かった。

 

・・・

 

「お、今度はいるな」

 

部屋に入ると、桃香と朱里、雛里の三人が机に座ってお茶を飲んでいた。

 

「あ、お兄さんだー。お昼食べてきたの?」

 

「ああ、三人は昼飯食べたのか?」

 

「うんっ。それで今は、お仕事前に食後のお茶なの」

 

俺の質問に、桃香が代表して答えた。

朱里と雛里はこくこくと頷いて桃香の言葉を首肯している。

そうなんだ、と桃香に言葉を返しながら、自分の席に着く。

すると、朱里がそうだ、と呟いてから

 

「ギルさんも、お茶いかがですか?」

 

と聞いてくれた。

・・・お茶か。今出かけてきたばかりでちょっと一息つきたい気分だし、貰おうかな。

 

「そうだな・・・。うん、貰おうかな」

 

「分かりました。すぐにご用意しますね」

 

俺の答えを聞いた途端に立ち上がり、かたかたと準備を始める朱里。

 

「あんまり急がなくていいからなー」

 

そんな朱里に声を掛けると、大丈夫ですー、と返答が返ってきた。

 

「そういえばさ、雛里」

 

「あわわっ・・・!? は、はひっ」

 

急に話しかけたからか、雛里はあわわと慌てだす。

雛里の頭に手を置いて落ち着かせてから、再び口を開く。

 

「前にお菓子作ってくれるって言ったじゃないか。それ、今日できるかな」

 

疲れたときには甘いもの、と言う考えが頭によぎったときに思い出した二人との約束。

以前、政務中にお菓子が得意だといった二人に、今度食べさせてくれよ、と俺は返したはず。

で、その機会に恵まれずに今日まで来てしまったが、これはいい機会だと思って頼んでみる。

 

「今日、ですか。・・・材料があれば、多分大丈夫です」

 

「材料か。・・・んー。ああ、そうだ。使わなくて残しちゃったって言うお菓子の材料、確か城にあったな。あれ、もったいないからさっさと使おうと思ってたんだけど・・・それでも大丈夫かな?」

 

確か何かの祭りがあったとき、お菓子を作って振舞おうとしていたのだが、予定していた職人がこれなくなり、材料だけが余ってしまったのだ。

祭りも小規模なものだったし、数十人が食べればすぐになくなってしまうくらいのお菓子しか作れないのだが、二人が作る分にはちょうどいいだろう。

 

「あ、そういえばありましたね。すっかり忘れていました・・・」

 

「まぁ、俺たちが直接取り仕切ったわけじゃないしな。覚えてないのも無理ないよ」

 

確かあの祭りは区画を取り仕切っている長がやりたいと言い出したからちょっと協力しただけだったはずだ。

他の政務に追われていたときに、その内容まで覚えておくというのは難しいだろう。

 

「じゃあ、後で朱里ちゃんと相談してみますね」

 

「ああ。楽しみにしてる」

 

「あ、私も食べたいなー」

 

ニコニコと話を聞いていた桃香は、手を上げながら雛里に言った。

 

「は、はい。桃香さまもどうぞ」

 

恥ずかしいのか、帽子のつばを押さえて俯いてしまう雛里。

 

「お待たせしました、ギルさん。・・・あれ? どうしたの、雛里ちゃん。顔が真っ赤だよ?」

 

「あ、あのね・・・?」

 

タイミングよく戻ってきた朱里は、俺の前にお茶を置いた後、顔を真っ赤にして俯く雛里の顔を覗き込んだ。

雛里は恥ずかしそうにしたまま、いきさつを話した。

 

「お菓子、ですかぁ。確かにしばらく作ってませんし、久しぶりに作ってみるのもいいかもね、雛里ちゃん」

 

「うん。・・・ちょっと、自信ないけど」

 

「えへへ、頑張ろうねっ」

 

「うんっ・・・」

 

「よし、じゃあ残りの政務も片付けて、お菓子の時間にしますか」

 

今からこの量なら・・・うん、ちょうど三時のおやつに間に合うくらいには終わるだろう。

楽しみもできたことだし、今日も頑張るかな。

 

「私、いつもより頑張っちゃうよ~!」

 

「いつも、頑張ってくれればいいんだけどな」

 

「はうっ。そ、そういう意地悪な事言わないでよぉ、ギルさん」

 

「ごめんごめん。つい」

 

「んもー。つい、じゃないよ」

 

頬を膨らませる桃香を見てほんわかと和やかな気持ちになりながら、筆を取る。

ふと朱里たちを見ると、朱里たちもニコニコと笑顔になっている。

・・・こういう風に、人を自然と笑顔にさせられるのも、桃香の才能だよなぁ。

 

・・・

 

政務が終わった後。俺たち四人は厨房へと来ていた。

目の前では朱里と雛里がお菓子作りに精を出している。うむ、エプロンっていいなぁ。

俺の隣にいる桃香も、ニコニコと二人を見守っている。

 

「ふふ、二人とも楽しそうだね~」

 

「ああ。お菓子を作るのが好きなんだろうな」

 

「あ、雛里ちゃん、次それ貸して」

 

「うん。・・・はいっ」

 

「ありがとうっ」

 

二人とも満面の笑みである。

よほど楽しいんだろうなぁ。

・・・思えば、大戦の頃からお菓子を作っていないことになるんだし、そりゃ楽しいか。

 

「朱里ちゃん、あんこできたよ」

 

「あ、俺味見してみたい」

 

「私もっ」

 

出来立てのあんこと言うものに興味が沸いてついつい出てしまった一言だったが、雛里は笑顔でいいですよ、と言ってくれた。

ちゃっかり手を上げていた桃香と一緒に、あんこを味見する。

 

「・・・おお」

 

「おいひーね、おにーさんっ」

 

もごもごと口を動かす桃香に同意を求められ、ああ、と頷く。

あんこだけでもすでに旨い。店を出したら確実に繁盛するだろう腕前だ。

 

「あわわ・・・よ、良かったです」

 

「それでは、もう少しだけお待ちくださいね」

 

俺たちの反応を見た二人は、満足そうに作業に戻る。

これから生地を作ったりするんだろう。

ならば、邪魔しないように静かにしているのが一番だろう。

 

「くんくん・・・美味しそうなにおいがするのだっ!」

 

静かにしようと思った瞬間に、背後から鈴々の声が聞こえた。

 

「まてっ、鈴々っ・・・って、ギル殿!?」

 

そのすぐ後に、愛紗の声も聞こえる。

どうやら匂いを嗅ぎつけた鈴々と、それを追いかけてきた愛紗、ということなんだろう。

 

「あれ、愛紗ちゃん。どうしたの?」

 

「いえ、その・・・鈴々が突然走り始めまして・・・」

 

「あーっ、朱里と雛里、お菓子を作ってるのだ!」

 

「はわわっ、り、鈴々ちゃん?」

 

「あわわ・・・愛紗さんまで・・・」

 

突然現れた二人に、朱里と雛里は持っているものを落としそうになるほど驚いていた。

・・・まぁ、どたどたと大きい音をたてながら走ってくれば、誰でも驚くか。

 

「ほら、鈴々。こっちにおいで。静かに待ってるなら、お菓子を分けてあげるから」

 

そう言って手招きすると、鈴々は

 

「ほんとにっ!? わかったのだー!」

 

元気に返事をして、俺のひざの上へと着席した。

・・・あれ? 

 

「なぁ鈴々、何でひざの上に?」

 

「ふぇ? お兄ちゃんがこっちにおいで、って言ったからなのだ!」

 

「・・・そっか、そういえばそう言ったな」

 

俺の想定していた「こっち」とはちょっと違ったが、まぁ鈴々が嬉しそうなのでいいだろう。

 

「・・・鈴々ちゃん、いいなぁ・・・」

 

「はは、桃香はまた今度な」

 

鈴々を羨ましそうに見ている桃香を撫でつつ言う。

前に桃香にひざを貸したこともあるし、なんだかんだ言って子供っぽい桃香ならではといったところか。

喜ぶポイントが鈴々と同じようなところなのは桃香の可愛いところだ。

 

「ほんとにっ!?」

 

「ああ。俺のひざでいいなら、いつでも」

 

「えへへ、やったー」

 

今にも飛び上がりそうに喜ぶ桃香と、それをいさめる愛紗。

全力でいつもどおりの展開だ。全く問題ない。

 

「・・・いい匂い」

 

「恋殿ぉ~、そんな犬のように四つんばいにならないでくださいませ~!」

 

くんくんと鼻をならしながら散歩中の犬のように厨房へとやってきた恋と、それを必死に止めようとするねね。

・・・とてつもなくねねに同意したい。やめてくれ、恋。

 

「あ、ぎる」

 

「むむっ! ギルですかっ?」

 

「・・・恋、四つんばいはやめなさい。ほら、裾とか汚れまくりじゃないか」

 

「いい匂い、したから」

 

「駄目だぞ、そういうことしたら。女の子がはしたない」

 

ちょいちょいと手招きして恋を呼び、裾についた土やら砂を払う。

ああもう、手のひらも汚いな。水で洗わないとな。・・・水、まだストックあったっけ。

 

「・・・あ、あった。ほら、恋。これで手を洗うと良い」

 

「・・・ん」

 

「いつ見てもその宝物庫とやらは不思議ですなー」

 

それから恋とねねも朱里たちのお菓子を待つことになり、翠や蒲公英、星まで集合する騒ぎになってしまった。

まぁ、元から材料は大量にあったからお菓子も大量に作るつもりだったし、消費する人間は多いほうがいいだろう。

 

「できましたー!」

 

「それでは、中庭に移動しましょうか」

 

そう言って完成したお菓子を持って二人が歩く。

確かに、この人数だと厨房は手狭だし、外は良い天気だ。

ぞろぞろとみんながお菓子を持つ朱里たちについていく。

 

・・・

 

「それでは、皆さんどうぞっ」

 

そう言って朱里がお菓子を並べると、鈴々と恋、そして翠が真っ先に飛びついた。

消えるようになくなっていくお菓子。もう半分ほど消えている。

 

「・・・ふっ!」

 

意識せずもれた気合の声と共に、お菓子に手を伸ばす。

敏捷値に任せた速度で、やっとお菓子を一つ取れる。

・・・なんでこの娘たち、お菓子を取るのに牽制とかフェイントとか掛けてるんだろう。

 

「あむ。・・・おお、良い甘さだ」

 

くど過ぎない甘さは、俺の好みにぴったりと合う。

・・・って、うわ、もう皿の上に何もないぞ・・・。

 

「・・・ギルさん」

 

「ん?」

 

隣から雛里の声が聞こえる。

視線を向けてみると、小さい皿にいくつかのお菓子を乗せて俺にすっと渡してくれた。

 

「こうなるかもって思って、最初にとっておいたんです・・・」

 

「おぉ、ありがと! 桃まんとか一つも食べてないから助かるよ」

 

「あ、そんな、お礼なんて・・・!」

 

いつもの魔女帽子ではなく頭巾をつけている雛里の頭を撫でる。

あわわといつもどおりに照れる雛里にもう一度ありがとうと言ってから、桃まんを手に取る。

 

「・・・どきどき」

 

「・・・わくわく」

 

朱里と雛里が、擬音を口に出しながらこちらを見ている。

・・・なんだか桃まん一つ食べるだけなのに緊張してきたぞ・・・? 

 

「あ、む。・・・おー、こっちも良い感じじゃないか。美味しいよ」

 

「あわわ・・・! やったね、朱里ちゃん・・・!」

 

「うんっ。ギルさん、そちらのお饅頭も食べてみてください!」

 

恋や鈴々が物欲しそうにこちらを見る中、俺は雛里が取っておいてくれたお菓子を一つずつ味わっていく。

美味しいと伝えると、その度に嬉しそうにはしゃぐ二人を見て、こっちも嬉しくなってくる。

・・・うん、また二人にはお菓子を作ってもらおう。

 

「・・・あ、後ですね・・・こ、こちらもどうぞっ」

 

「これは?」

 

目の前に出されたのは、パイ・・・のようなもの。

少なくともこの時代のこの国にはないもののはずだ。

 

「えっと、以前教えてもらった天の国の料理の中で、このパイ、というものだけは材料があったので・・・」

 

「おそらく、祭りでパイを作るつもりだったのでしょう。作り方も一緒にありましたので、その、ギルさんのいた国のお菓子を作ってみたんですっ!」

 

ほほう。

・・・そういわれれば確かに、祭りで珍しいものを作りたいと頼まれて一刀と一緒にパイのレシピを思い出した覚えがある。

俺の財力でそろえた材料と、一刀の努力によって完成したレシピが、まさかそんなところに眠っていたとは・・・。

 

「・・・にしても良くできてるなぁ・・・。俺たちが考えたレシピ、若干怪しいところもあったはずだけど」

 

一刀と二人で「・・・あれ、ここってどんな材料使うんだろ」「えー、なんか白い粉じゃなかった?」「あー・・・名前が思い出せない・・・」「白い粉、でいいだろ」みたいなやり取りが数回あった。

・・・ごめん、嘘ついた。数十回くらいあった。分量とか全力で適当だった。

 

「あ、あはは~・・・。その、作り方と完成図を見てなんとなく推測して作ったんですよ~」

 

「ちょっと失敗もしましたけど・・・味のほうは大丈夫なので・・・」

 

・・・凄いな。あのあやふやなレシピを見て完成させたのか。

 

「・・・えっと、取りあえずいただこうかな。・・・いただきます」

 

そう言って一口かじる。

・・・おおっ、パイだ! これ、パイだ! 

うむうむ、ちょっと味が薄い感じがするが、あやふやレシピで、しかもぶっつけ本番で作ったにしては完璧だ。

 

「あの、取りあえず作り方は別に書き留めておいたので、後で確認してみて欲しいです・・・」

 

「ああ、俺たちが作ったレシピ・・・作り方より、断然そっちのほうがいいと思う」

 

それから俺は、久しぶりに食べられた現代のお菓子が懐かしかったのか、一人ですべて平らげてしまった。

桃香たちには全然構わないよ、といわれたが、流石にそれは気がとがめる。

また材料をそろえるので、桃香たちにも作ってあげてくれ、と朱里に頼んでおく。

・・・そんなこんなで、朱里と雛里のお菓子はとても美味しくいただきました。

 

・・・

 

「・・・は?」

 

「いえ、ですから、手合わせを願いたいのです」

 

二人のお菓子に舌鼓をうった後。

腹ごなしついでに街でも回ってくるか、と考えていた俺に声を掛けてきたのは星だった。

星は自身の獲物である赤い槍、『龍牙』をちらりと見せながら、食後の運動に手合わせでもどうですか? と言ってきたのだ。

そこから、さっきのやり取りに繋がるわけなのだが・・・。

 

「・・・俺より、愛紗とかの方が訓練にはなると思うけど」

 

「何を言っておられる。訓練ではなく、食後の運動・・・腹ごなしですよ」

 

「ですよ、とか言われてもなぁ・・・」

 

「私はいまだに一度もギル殿と手合わせをしたことがないのです。ですから、ここは一つ」

 

「・・・まぁ、断り続けても諦めないだろうしなぁ」

 

自身の背後に手を伸ばし、ゲイボルグの原典を取り出す。

 

「ほほう? ギル殿の獲物は突撃槍のような剣と聞いておりましたが」

 

「リーチ・・・間合いの問題だよ。槍に剣は不利だろ?」

 

「ふむぅ・・・剣のほうも見たかったのですが・・・」

 

「それに、俺の宝具は相手に合わせるのが本来の使い方だからな」

 

不死の生物には不死殺しを。物量には宝具の雨嵐を。

そうして相手を圧倒するのがギルガメッシュの戦い方。・・・だと、俺は思っている。

と言うわけで、相手が長いリーチを持つなら、こっちも長いリーチの獲物を。

 

「ま、俺も槍は使えるから・・・」

 

取り出した原典を星に突きつける。

 

「満足はさせてやれると思うけど」

 

「・・・面白いですね、ギル殿は」

 

原典を構える。鎧はつけない。もし当たっても、神秘を纏っていない武装は俺に通用しないからだ。

 

「ふふ、それでは・・・行きますっ!」

 

不適に笑った星が、力強く地面を蹴る。

ふわりと蝶のように跳んだ星が、上空から突き刺すように龍牙を突き出してくる。

上方から攻撃されることなんて一度もなかったので、一瞬思考に空白ができる。

 

「・・・しっ!」

 

だが、すぐに思考を張り巡らせ、上空の星を迎撃する。

空気を切って迫る槍と槍が中空でぶつかり合う。

一瞬、切っ先が火花を散らし、星と俺の視線が交じり合う。

 

「はっ!」

 

槍を基点に滞空していた星は、そのまま俺の後ろに回るように着地する。

こんなに身軽な人間がいるとは・・・! 

背中合わせで立っていた俺たちは、何かを考える前に一歩前へ足を踏み出していた。

槍は中距離をカバーする武器。密着するほどの距離では真価を発揮しない。

振り返りざまに横薙ぎの一撃。星と考えることは一緒だったらしい。お互いの武器が再びぶつかり合い、火花を散らす。

ぶつかり合った槍は、すぐにお互いの手元に引き戻され、次の攻撃に備える。

 

「・・・やりますな、ギル殿」

 

「星にそう言ってもらえると、自信つくよ」

 

槍に腕を絡めるように構える星と、腰を下ろし、両手で構える俺。

お互いに不敵な笑みを浮かべ、相手の間合いを計る。

少しずつ、少しずつ間合いをつめていく。後数ミリ・・・今! 

 

「はあああああああああぁっ!」

 

「せえええええええええいっ!」

 

お互いが間合いに入ったと感じ取った俺と星は、一歩前に踏み込み、槍を突き出す。

シャッ、と刃物を研いだような音を立てて、お互いの槍がすれ違う。

軌道がずれて顔の横を通っていく赤い切っ先。・・・って、あぶねえな!? 

 

「・・・ふ、ふふ。分かりました。これくらいにしておきましょう」

 

「ん? ・・・いいのか? どう見ても不完全燃焼、って顔してるが」

 

槍を戻した星がいきなりそんなことを言ったので、思わず疑問が口をついて出てきた。

正直言って、決着がつくまでやめないような人間だと思ってたので、とても以外だ・・・。

 

「ええ。この辺でやめておかねば、やめられなさそうになりますので」

 

それはあれか。今まではウォーミングアップだったのよ、と言うことか。

 

「それに、待ち遠しそうにしている娘もいることですし」

 

そう言って、星はちらり、と視線をずらす。

その視線を追ってみると、そこには恋が軍神五兵(ゴッドフォース)をもって立っていた。

 

「・・・えーっと、恋? もしかして・・・手合わせしたい・・・とか?」

 

「ん」

 

こくり、と首肯。

 

「そ、そっかー! じゃあ、俺は街に行くから、星と存分にやっててく・・・」

 

「・・・ぎる、と」

 

最後まで言わせずに、言葉をかぶせてくる恋。

・・・あぁー・・・。

 

「恋、お前はギル殿の奇妙な剣を見たことがあるんだったな?」

 

「・・・ん。かいりけん、って言ってた」

 

「・・・ほほう。申し訳ありませぬ、ギル殿。ギル殿の本気が見たくなってしまいました」

 

そう言って、妖艶に笑う星。・・・あ、いやな予感が。

 

「恋と二人ならば、ギル殿の切り札も引きずり出せましょう。・・・恋、良いな?」

 

「・・・いい。最近はぎるも強いから、多分ちょうどいい」

 

・・・この後、恋と星を相手にしている最中に偶然通りがかった翠、鈴々、雪蓮を追加した五人を相手にし、攻撃を防ぐためとはいえ宝物庫を使うほど追い詰められた。

あ、死んだ、と思ったのは両手では数え切れないほどだ。・・・良く生きてたな、俺。

その後、何とか休憩を入れてもらい、神代の酒を振舞ってうやむやにし、逃げてきたわけだ。

 

「あーよかった、今度こそ、街にいけそうだな・・・」

 

エアを回さないで戦うのがアレだけ辛いとは思わなかった。

・・・まだまだ精進が足りないな。

 

・・・

 

「あ・・・ギルさんっ!」

 

「お、月。・・・なんだか凄く久しぶりな気がするなぁ」

 

駆け寄ってきた月の頭を撫でつつ、そんな感慨にふける。

あー、こうやって月の頭撫でてるだけで、今日のあの激戦の疲れが癒される・・・。

 

「・・・あの、何かあったんですか?」

 

「え?」

 

「いえ、その・・・お疲れのようでしたので」

 

「あー、さっきな―――」

 

かくかくしかじかうまうま、と月に事情を説明する。

 

「・・・恋さんと鈴々ちゃん、それに星さんと翠さんと雪蓮さんを同時に相手して、良く生きていましたね・・・」

 

「やっぱり、月でも引くようなラインナップだったか・・・」

 

若干笑顔が引きつっている月が、お、お疲れ様・・・でした? となんだか気まずそうにねぎらってくれた。

 

「アレに愛紗と春蘭が入っていたら・・・ああ、多分駄目だ」

 

「あ、あはは・・・」

 

「・・・そういえば、月はまだ仕事なのか?」

 

何も持っていないから、もしかした休憩時間かも知れないな、なんて思って聞いてみる。

すると、月は笑顔のままふるふると首を振った。違うらしい。

 

「いえ、今日はお休みなんです。お仕事が夜遅くまでだったので、今まで寝てたんです」

 

「そうだったのか。遅くまでお疲れ様」

 

そういえば、たまに兵士の夜食を作る手伝いとかに行ってたな、と思い出しながら月をねぎらう。

月は両頬に手を当てて、へぅ・・・ありがとうございます、と呟くように答えてくれた。

 

「あ、じゃあ月は今暇なのか?」

 

「は、はい」

 

「じゃあ、街にでも行かないか?」

 

「ぜひっ」

 

「良かった。どこ行こうか? ・・・お任せします、以外でな」

 

「へぅ。・・・え、えーっと・・・」

 

んー、と考え込み始めた月の隣を歩きながら、平和だ、と心の中で呟く。

少なくとも月なら南海覇王を握りながら「血が滾るわ・・・!」とか言わないし、無言で必中無弓(ゆみ、きそうかちなし)を撃ってこないし、地面をへこませるほどの一撃をはしゃぎながら放ってくることもない。

・・・ああ、さっきまで俺、地獄にいたんだなぁ。気がつかなかった。

 

「あ、そうだっ。あの、ギルさん。私、服をみたいですっ」

 

「服?」

 

「はいっ。あの・・・し、下着を、選んで欲しいんですっ」

 

・・・人通りの多い街中で、何をおっしゃってやがりますか、マイマスター! 

ああっ、饅頭屋のおばちゃんの優しい視線が痛い! 

 

「・・・ゆ、月? そういうのは、もうちょっと声を抑えて欲しかったなぁ・・・」

 

「えっ? ・・・あっ・・・。へ、へぅぅ・・・」

 

ようやく周りの状況やら視線に気づいた月は、恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして抱きついてきた。

俺のお腹の辺りに顔を埋めて、恥ずかしそうにいやいやと首を振り、慌てた様子で口を開く。

 

「ち、違うんですっ。その、紫苑さんと下着の話になりまして、いろいろとお話を聞いたんです。それで、その、ギルさんに選んでもらったらどう? といわれまして・・・」

 

・・・煽った紫苑も紫苑だが、素直にそれを実行する月って凄いな・・・。

 

「は、反対したんですけどっ、そ、そうしたら、その、・・・をするときにも、楽しみが増えるわよ、と言われて、ぎ、ギルさんが選んでくれるなら、って・・・」

 

「あー、うん。もういいよ。大丈夫、大体の事情はわかった」

 

「へぅ・・・お恥ずかしいです・・・」

 

「ま、取りあえず行こうか」

 

下着を取り扱っている店へと向かう途中、ようやく落ち着いた月が口を開く。

 

「今日、本当は詠ちゃんも一緒の予定だったんです」

 

「そうだったのか?」

 

「はい。でも、急に軍師のほうのお仕事が入っちゃいまして、一人でお部屋にいるのもなんだかもったいなぁって思ってたんです」

 

「それで、外を散歩してたのか?」

 

「散歩・・・ではないです。ギルさんが今日お仕事だっていうのを聞いて、政務室に向かう途中だったんです」

 

「あぁ、そういうことだったんだ」

 

「そういうことだったんです」

 

そう言って繋いでいる手に力を入れる月。

 

「どうした?」

 

「なんでもないですよ」

 

ニコニコと笑顔でそういうと、月は再び前を向く。

・・・? 

凄く上機嫌だ。卑弥呼といい月といい、なんだか今日は街に出ると上機嫌になる日なんだろうか。

 

「・・・謎だな」

 

余談ではあるが、将に女性が多いからか、街の店も若干女性向けのものが多い。

・・・まぁ、男勝りの武将もいるとあって、飲食店はどちらかと言うと男性向けといった様相を呈しているが。

何を言いたいのかと言うと、下着が売っているところに男が行くべきではない、と言うことだ。

 

「・・・ぎ、ギルさん、そんな顔しないでください。なんだか私まで恥ずかしくなっちゃいます・・・」

 

「いや、無理を言うな。女性用下着売り場(こんなところ)で男に平常心を求めるのは間違いだと思うんだ、俺」

 

「へぅ・・・」

 

気まずい表情をしている俺と、恥ずかしそうに俯く月。

・・・なんだか変な二人組が、女性用下着売り場で立ち往生していた。

うーむ、落ち着いて見回してみると・・・月に合いそうなのがいくつかあるな。

月が落ち着いたら、後でちょっとあわせてみるかな。・・・お、あの白いのとかいいかも。

 

「・・・あ、あの、ギルさん?」

 

「・・・よし、月、いくつか良いのあったから、ちょっとあわせてみようぜ」

 

「え? え? ・・・あの、ちょっと、ギルさんっ・・・!?」

 

・・・

 

「ごめんなさい」

 

「いえ、その、大丈夫ですから、頭を上げてください・・・!」

 

あの後、良い感じに暴走した俺は、数点の下着を選び、月に合わせて確認していた。

三着目あたりからはぅはぅ言い始めた月に気づき、こうして頭を下げているわけだ。

 

「そ、それに・・・ギルさんに選んでもらえて、嬉しかったです」

 

「それはなによりだ。いくつか見繕って、買って行こう。暴走したお詫びと言うわけではないけど、代金は俺が持つ」

 

「自分で払います・・・といっても、無駄なんですよね」

 

「ああ。こういうときに払うのは、男の甲斐性だからな」

 

「・・・それでは、お言葉に甘えることにいたします」

 

数着の下着と、追加で服を見繕う。

やっぱり、メイド服以外の服も見てみたいのだ。

 

「今度一緒に出かけるときは、これを着ていきますね」

 

「ああ、楽しみにしてる」

 

・・・さらに余談であるが、その夜見た月の下着は、その日買ったうちの一つであったと言っておこう。

 

・・・




「ここでそうびしていくかい?」「おいこの店員バグったぞ。いきなり何言ってんだ。なぁ、月?」「は、はい。ちょっと試着室お借りしますね・・・!」「月!?」


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