・独自設定&世界観
以上を含む。
「ほい葵ちゃん、今日のお弁当やでー」
「…………はい?」
朝の寝巻き登校珍騒動もなんとか落ち着き、時間は経ってお昼休憩の時間。既に制服に着替えさせた姉にお昼はどうしようかと聞いた私だったのだが、当の姉は此方に一つの包を差し出しながらそう言ってきた。
うん、ちょっとイッテルコトガワカラナイナー。
「? どったの葵ちゃん。……はっ、もしかしてウチのお弁当にもう飽きてしもうたんか? 確かに葵ちゃんと
「いや、うん、ちょっと待とうかお姉ちゃん」
「や、もしかして朝の事をまだ怒っとるんか……? 昨日葵ちゃんに呑ませた薬の作用を夜通し記録しとって、いつの間にかお日様も『おはよーさん』しとったから今日のお弁当用意したわええけど、葵ちゃん起こすんすっかり忘れてウチだけで学校に来てしもうた事――まだ怒ってたりするん……?」
「本当に待とうかお姉ちゃん? 今サラリも聞き捨てならない台詞を聞いた気がするんだけど!?」
色々朝の準備をすっ飛ばしてる事とか、その中で何故お弁当だけ律儀に用意してるのかだとかそんな事この際いい。問題は今この姉の口から出た『薬』『作用』『観察』という不穏極まりない単語だ。
「ほんまごめんなー。いつも葵ちゃんのお世話になりっぱなしやったから色々抜けとったんよー。次からはちゃんと起こすさかい、今回は堪忍し」
「私が気にしてるのそこじゃないからね? え、なに。お姉ちゃん
「あ、なんやそっちかー」
「軽っ! 実の妹に対して薬の実験しておいてその反応はないでしょ!? この前も止めてって言ったのにまったく反省してないよね!?」
私の苦言にキョトンと目を丸くする姉。ダメだ、やっぱり解ってない。
今のやり取りから察せられると思うが、姉は
また、これ加えて看過できない所業が数多とあるのだが……今は置いておこう。
「あはは……今日も大変ですね、葵さん」
「本当ですよ、もう……」
私と姉が賑やかにしてると、隣でその様子を苦笑して見ていた友人が労いの言葉を掛けてくれた。
彼女の名前は
一応歳は同じ筈なのだけど、とても同級生とは思えない。近所の優しいひとづ――コホン、ママさんとかお姉さんって表現がとてもしっくりくる気がする。
「おー、おはよーさん結月。結月も一緒にお昼ご飯食べへんかー?」
「う、うん……あ、ありがとう、ございます?」
「いえいえこちらこそー」
で、そのゆかりさんなのだが……実を言うと姉の事が苦手らしい。その証拠に姉と会話する時はどこかぎこちなく、交わす会話も姉の将来の天然性も相俟って微妙にずれたものとなっている。
以前理由を聞く機会……というかゆかりさんの方から相談された事があったけど、その理由もどこか判然としていなかった。どうにも姉の雰囲気? というか気配? が慣れないらしい。ただ生理的に受け付けないという訳でもないらしく、その原因に心当たりないかと質問されたのだが、その様な漠然としたものを私が解る筈もなかった。
まあ、一つ気になるとすれば姉はゆかりさんの事を頑なに『ゆかり』と名前の方で呼ばないくらいだろうか。最初にゆかりさんの方から「私の事は〝ゆかり〟と呼んでくれて構いませんよ」と言われた時も
『んー、そか? あ、そう言えばな結月。この前葵がなー――』
『え……。あ、あの……』
『ん? どないしたん結月?』
『ぁ……え、えぇと……。な、なんでもないです。お話を続けていただいていいですよ』
みたいなやり取りがあった。
……うん、十中八九これが原因かな。でも姉は特別ゆかりさんを毛嫌いしてる訳でもなさそうだし(むしろ友好的だと思う)、どうして名前で呼ばないのかは私にも分からない。
(今度ちゃんと聞いてみないと……)
なんで今まで聞こうとしなかったかは……朝の出来事を思い出してくれると助かる。意識が中々向かなかったんです……。
「まったく、そろそろ慣れなさいって」
「ひゃあ!? マ、マキさん!?」
私が悩んでいると、ゆかりさんの後ろからもう一人、共通の友人が顔を見せた。
辿々しい態度のゆかりさんの背中を押した彼女は弦巻マキ。腰まで伸びた金髪に晴れの日だけ立つという二本の――俗に言うアホ毛が特徴的な女の子だ。ゆかりさんとは別の意味で皆の頼れるお姉さんみたいな人。それと……私達の中で一番大きい。こちらもとても同級生とは思えない。
いや、うん。何がとは言わない。それに別に悔しくなんて、ない……。
「ん? どうしたの葵ちゃん。そんな『この前の身体測定で双子なのに胸のサイズだけ姉に先を越されて愕然した時』みたいな顔して」
「なんでそれを知ってるんですか!? ……あ、」
思わず大きく反応してしまった。教室に残っている同級生の視線が集まるのを感じた。幸いにも内容は聞かれていなかったようでみんな不思議に思うに留まってるみたいだけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。
あぁ……加えて言わせてもらう。私はマキさんが少し苦手だ。
「いやー良い反応。〝葵ちゃん〟はやっぱり可愛いねえ」
「そら当然よー。なんせウチの自慢の妹やからなー」
「本当、茜とは大違い」
「えへへー。せやろせやろ?」
それでまあ……逆に姉とマキさんは結構仲が良かったりする。私達四人の間にはなんとも妙な相関図が出来上がっていた。
……でも、何だかんだで私はこんな関係がそれなりに気に入っていた。
「ほらゆかりん。席用意しといたからちゃっちゃと座る座る」
「あ、ありがとうございますマキさん」
マキさんは私達の中では一番何をするにも積極的だ。いつの間にかゆかりさんの分まで机を移動していて、自分は既にお弁当を机の上で広げていた。
そんな彼女に続いてゆかりさんも席に着く。
「おー? 今日のマキ〝先輩〟のお弁当旨そうやなぁ」
「そりゃもう当然。今日は〝母さん〟が作ってくれたからね」
「マキさんのお母さんは料理御上手ですからね。私も以前お店の方にお邪魔した時、お店のメニューからサンドイッチを一品作って頂きましたけど、とても美味しかったです」
「え、あの喫茶店ってマキさんのお父さんがキッチンを担ってるんじゃ…?」
マキさんは自宅で喫茶店を経営している。私も以前姉とゆかりさんと一緒に伺った事があるけど、キッチンには彼女のお父さんの姿しか見えなかった気がする。
一応マキさんとそっくりな(と言うよりマキさんがそっくりな)お母さんとも顔は合わせた事はあるけども……。
「母さんは別に料理が下手って訳じゃないよ? 現に私の料理は母さん譲りだしね。ただまあ、母さん体が弱い方だし、定期的に体調が不安定になるから土日の朝しかお店の手伝いさせないようにしてるんだ。しかもそっちは不定期で。それで、ゆかりんは偶々その機会に巡り会えたって訳」
「え、でもマキさん。あの時はもう午後の四時を回っていたような……」
「あー……あの時は母さんが『たまには最後まで手伝わせて』って言ってきてね。私と父さんとしては万が一があっても困るから休んでて欲しかったんだけど、そしたら『内職止めて週五で夜勤入れちゃいますよ!』って迫られて……結局此方が折れるしかなかった」
「それは脅し、なのかな…?」
いや、マキさんのお母さんの体が弱いのは私達も共通の認識だったし、無理はしないでと言ってる矢先に夜勤宣言は確かに脅しなのかもしれない。だけど……何だろう、随分可愛らしい反抗というか、それで折れたマキさん達はどれだけ過保護だったのかと。
「そ、そうだったんですね。無理をなさってる時に私は伺って……その、すみません」
「別にゆかりんが謝る事じゃないよ。今思えば私達もちょっと過保護過ぎたし、母さんの気持ちとの折り合いを付ける良い機会だっと思えばね。来月辺りからだけど顔を合わせられる機会も増えると思うよ」
「それってつまり、お店の方の手伝いをする事が増えるって事ですか?」
「週4のお昼までだけどねー」
肩を竦めるマキさん。どうやら妥協に妥協した結果らしい。「こればかりは譲れない」と頬を膨らますマキさんのお母さんと、それにたじたじなマキさんとお父さんを想像して少しだけど笑ってしまった。
「……
姉がポツリと何かを呟いた気がするけど、その言葉は私には届かなかった。
「
――さーて、私の家庭事情の話はおしまいおしまい! そんな事より……ここは一つ女子らしくコイバナとでも洒落込もうじゃない?」
「こ、恋ば……!?」
「おやおやー? ゆかりんってば顔赤くしてどうしたのー? ……もしかしてもうデキちゃってるとか?」
「おー結月オメデタなんか? せやったら明日はお赤飯炊いてこんとなー」
「オ、オメデ……お赤飯……あぅ~」
「ああゆかりさん!? ちょっとお姉ちゃん! いくらなんでもそれは飛躍しすぎでしょ!?」
「いや、分からないよ? ゆかりんこんな初々しくても好意を抱いた相手には意外と積極的になるかもしれない。そしてこの反応……八割は堅いね」
「マキさんも悪ノリしないでください!」
「? なんやオメデタとはちゃうん? 結月を射止めた
「前提がおかしいからね? まだ相手がいるって決まった訳じゃないからね?」
「そかー……。んじゃ葵ちゃんはどんな人と付きおうとるん?」
「どうしてそうくるの!?」
「あらま、葵ちゃん……やりおる」
「マキさんまでってあーもうっ!」
――一つだけ訂正。このマイペースにも程がある姉も少し苦手です。……誰か助けて!