辻堂さん達のカーニバルロード   作:ららばい

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6話:嵐備えてファイトバック

最近、辻堂愛はクラスで浮いている。

 

いや、これは間違いだ。

元々一匹狼気質かつ稲村番長である辻堂愛は学園で浮いていた。

 

言い方を変えよう。

 

辻堂愛は浮ついていた。

 

 

 

 

 

 

「おはよ、大」

「おはよう、愛さん。あれ、何か昨日よりも一段と綺麗になってない?

 いや、昨日の愛さんも女神の如き美しさだったけどさ

 今日は更に輝いてみえるよ」

「ば、ばか。ここじゃハズいって・・・・・・でも、ありがと」

 

やっぱり浮ついていた。

因みに現在この場は登校時間の教室内。

 

本来6月時点の辻堂愛には委員長と大くらいしかまともに会話できるクラスメートはいない。

後のクラスメートは全員が彼女に怯え、一切の関わりを避けているレベルだ。

 

「どじゃーん。今日は俺も弁当作ってきたんだ。

 ねぇ、お昼は弁当交換しあいっこしようよ」

 

だが大は違う。

何せ彼は十月よりも先の記憶を持ち合わせており、その時点での彼女との互いの好感度は凄まじいものだった。

もう色んなところでイチャついてる。盛ってる。

 

勿論時系列が変わってしまったとしても彼女と彼の熱は欠片も冷めない。

 

「アタシ、今日二人分作ってきたんだけど・・・・・・」

「何だって! そりゃラッキーじゃないか。

 何せ俺は育ち盛りの男の子、弁当二人前なんてご褒美以外の何者でもない」

 

今日は大から攻める日らしい。

 

普段にもまして大は一人寂しく席に座っていた愛にガンガン攻める。

 

「なぁ、アレどうなってんの。新手の自殺の仕方?」

「昔悪かった俺は知ってるけどさ、

 辻堂さんにあんなちょっかいの出し方した奴って例外なく再起不能になってんだぜ」

「でも辻堂さんも結構というかかなり楽しそうに笑ってるタイ」

 

クラスメートは二人の話に聞き耳は立てないものの、姿は眺めていた。

 

いや、この三人だけが眺めているわけではない。

クラス内にいる全ての生徒が二人の異様な仲の良さに驚いていた。

 

「やだよ。片方失敗作詰め込んでるから大に食べさせたくない」

 

何だかんだで食べ物を粗末にはしない愛はちゃんと失敗したものも食べて処理する。

もっとも流石に炭化したものや落としたものは食べないが、それでも味付けや見た目で失敗した程度なら食べる。

 

「じゃあさ、それは一緒に食べようよ。

 俺作弁当とその失敗した弁当の半分を愛さんが。

 成功したのと失敗した弁当の半分を俺が。これでどう?」

「あーもー。何でそんなにコレ食いたがるんだよ。

 正直不味いぞ、何せ失敗してんだから」

「愛さん。例え失敗してたとしても、愛さんの作ってくれたものならそれは俺にとってご馳走だよ」

「・・・・・・そ、そっか」

 

思い切り赤面して照れる愛。

自分の方から大に攻めるときは彼女も今の大に劣らずグイグイ行くのだが、

今日はそうじゃないらしい、押されるがままだ。

 

「愛さん、だからそっちの弁当も俺が食べてもいいかな?」

 

大のその押しの強さに愛は戸惑う。

だが、すぐに諦めたのだろう。

ため息を一度吐く。

 

「わかったよ・・・・・・それじゃあひとつ条件。

 この弁当の中身はアタシが箸で掴んで食べられそうなものだけお前の口に運ぶからな」

 

つまり。あーん、である。

 

「参ったな。それじゃあ幸せすぎて弁当の味がわからないじゃないか」

「ばーか。それが狙いなんだよ」

 

凄まじい桃色空間だった。

二人の周りだけ世界が輝いているレベルである。

 

「ふぁっくゆー、なう」

「あの二人殺していいかな」

「お二人共落ち着いてください」

 

委員長こと北条歩は、愛や大を見て殺意たぎらせる烏丸未唯

及び片岡舞香を嗜める。

 

「なんなのさ辻堂さんのあの変わりよう。

 明らかに一週間前と変わりすぎじゃない?」

「だね。何だかおとうさ・・・・・・長谷君と急に仲良くなったよね」

 

二人もやはり女の子。

他人の色恋沙汰に結構興味津々なお年頃。

聞き耳を立てている。

 

「別にお二人が気づいていなかっただけで急にというわけでもありませんが

 ・・・・・・でも、確かに何か過程を飛ばして一気に親密になった気もしますね」

 

6月中旬まで。つまり現時点までしか委員長が二人の面倒を見た記憶はない。

だが、勘のいい委員長は明らかに自分の知る期間以上の絆を二人から見た。

 

「う~ん。一週間前から確かにお二人は一層仲良くなりましたね」

「だよねだよね。もしかしてさ、二人って付き合ってたりするのかな?」

「え~、長谷君と辻堂さんが?

 流石にそれは無いとおもうなぁ」

「無いという事も無いのですが・・・・・・

 ふふふ、何にせよ仲の良い事はそれ自体が良い事ですね。

 辻堂さん、頑張ってくださいね」

 

ある程度事情を知っている委員長は友人である愛を優しげな目で激励を贈った。

無論それを愛が気づくはずもない。

しかし、激励を贈ってくれる友人がいるという事実が愛にとって掛け替えのないものだった。

 

「愛さん・・・・・・」

「大・・・・・・」

 

終いには二人は名前を呼び合って見つめ合っていた。

 

「よし、ちょっとアイツ等殴ってくる」

「俺が許す、行ってこい。

 なんならこのペーパーナイフも貸してやるよ」

「僕は死にたくないから遠慮しとくタイ」

 

男性陣は二人の空気に殺意をみなぎらせ。

 

「なんかさ、辻堂さんって結構・・・・・・っていうかかなり可愛いくない?」

「そだね、あんな風に笑うんだ。

 笑ってるところ初めて見たかも」

 

女性陣は愛のその恋する乙女な姿を見て、愛への意識を再構築し始めていた。

 

「委員長。ひろと辻堂はどこまで仲良くなったんだ?」

「さぁ。私もちょっと把握できてませんね。

 でも、二人共幸せそうなので特に問題はありません」

 

唯一、このクラスで友人と認める長谷大ののろけぶりに坂東太郎は驚いていた。

とは言っても慌てたりしているわけではなく、静かに状況整理する程度の驚きだが。

 

「何にせよ、あの二人付き合ってるみたいだな」

「ええ。それはもう毎日仲良くしてるみたいですよ」

「ふむ。辻堂とひろか・・・・・・片方が不良なのは感心しないが、

 辻堂がカツアゲしていたというような外道的行いは聞いていない。

 当人が幸せならば僕が何か茶々を入れる理由もないな」

 

依然変わらぬ二人の姿を見ながら坂東太郎は自己回答を出した。

 

「坂東君、長谷君の事を心配してるんですね」

「当然だろう。ひろは僕の友達だ。

 ならば悪い女に引っかからないか心配するのは当たり前の事だ」

「ええ、そして辻堂さんは良い人です。

 問題は一切ありませんね」

「不良を良い人という委員長に僕は驚いたが。

 ともかく、辻堂なら文句はないな」

 

限りなく保護者目線で二人は愛と大を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛さん取られた」

「今まで一度たりとも愛さんがクミはんのものになった事がなかったと思いますけど」

 

辻堂軍団でもやはり話は持ちきりだった。

 

「(くちゃくちゃ)アノ男なんなの?

 何で愛さんにあんなに親しげなワケ?」

「知らねーよ。何で愛さんはあの情報屋なんかとあそこまで仲良くしてんだ・・・・・・」

 

大は今の辻堂軍団には情報屋と思われていた。

 

そして愛はその情報を買っている。

つまりただのギブアンドテイクの関係ではないのかというのがこの中での認識なのだが。

 

「ああぁぁぁぁぁあああぁぁぁっぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!

 納得いかねぇ! ちょっとアイツ締め上げてくる!」

「あ、今愛さんはあの男と――――いっちゃったか」

「クミはん、馬に蹴られて死なんとえぇけど」

 

昼休み。

大に愛を取られたと勘違いした久美は一人で走った。

目的地は愛がよく一人で弁当を食べていた屋上だ。

 

もっとも、大と付き合い始めてからは一人弁当など無くなったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛さんは俺のもんじゃ!

 あんなビチグソ野郎に取られてたまるかよ!」

 

屋上扉の前にたどり着いたクミは気合を入れる。

 

問い詰めなければならない。

尊敬する愛に対して、あの男とどういう関係なのか。

そして今後不良活動をどうするのか。

 

不良娘が一般人に恋をして不良の世界から足を洗うなど珍しい事ではない。

そして愛がそうならないとも限らない。

久美子の心配しているところはそこだった。

 

「愛さんっ、失礼します!」

 

勇気をだして扉を開ける。

一人で食事をしているであろう我尊敬する番長に質問責めをしなければならない。

その事に申し訳なさを感じながら、頭を下げながら扉を開けたのだ。

 

開けたのだが。

 

「大、美味しい?」

「うん。これ全然失敗してないじゃない。

 凄く美味しいよ」

「いや、失敗してるよ。

 ほら、見た目不格好だろ」

「あはは。見た目にこだわるのも良いけど、俺はそんなの気にしないよ。

 愛さんが作ってくれたってだけで何よりのステータスだもん」

「大・・・・・・」

「愛さん・・・・・・」

 

朝の焼き増しだった。

 

硬直する久美子。

一人で食事していると思ったら、まさかの相席。

しかももう疑うべきもなし、明らかに恋仲だコレ。

 

完全に絶句する久美子。

最早愛に何を問い詰めるのかすら頭から吹っ飛んだ。

 

ただただ漠然とした精神状態で立ち呆ける。

 

「あれ、クミ。何してんだ?」

「え、あ。愛さん!」

 

流石に二人きりしかいなかった場所に乱入者が現れれば鋭い愛なら直ぐに気づいた。

 

若干先程までの甘い空気に水を差された事にいらだちを感じているが

相手が自分になついている後輩なら別だ。

 

「そ、その・・・・・・何をしてんですか?」

「何って。弁当食べてんだよ。

 見りゃわかんだろ」

「そうじゃなくて!」

 

愛は久美子が何を伝えようとしているのか理解しかねる。

対して久美子は必死に愛に対して食いつく。

 

「その男と、何をしてんですか!?」

 

クミは必死な形相で詰め寄る。

その鬼気迫る雰囲気に愛はようやく理解した。

 

「ああ、そういう事か。

 そういやまだお前らに紹介してなかったな」

 

髪を掻きながら、愛は少し照れくさそうに頬を赤くする。

 

その仕草にクミは嫌な予感がした。

今現在もっとも恐ろしい返答が来るような、そんな感じだ。

 

「コイツは長谷大。

 アタシの彼氏だ」

「――――――ッッッ!!!!」

 

腹に不意打ちで鉄球ぶつけられたような吹っ飛び方をする久美子。

 

「お、おいクミ。

 いきなり吹っ飛んでどうしたんだ」

「あ、愛さん。ヤンキー・・・・・・抜けませんよね?」

 

せめて、そこだけは。

最早死に体だが、まだ意識はある。

これでノーという返事が来たら恐らくクミはショックで永眠するだろう。

 

「当たり前だろ。何言ってんだお前」

 

なんとか、九死に一生を得た。

ただ、その後再び九回くらい死んだ気がする。

そのくらい愛が男と付き合ったことにショックだった。

 

「クミちゃん、大丈夫?」

「―――――テメェ!」

「うおぁ!?」

 

心配して手を差し出した大に向かって掴みかかる久美子。

 

大は抵抗すらできずそのまま胸ぐらを掴まれた。

 

「オンダラァコラァ!

 ナメクサットッタラグチャグチャニアビャギョウバラァ!?」

 

最早日本語にカテゴライズされない言語を語りながら、

クミは愛に吹っ飛ばされた。

 

「クミ。いくらお前でもアタシの彼氏に手をだすなら容赦しねぇぞ」

 

見事に扉に吹っ飛ばされた久美子。

だが流石に手加減はされていたようで不思議と勢いの割にダメージはなかった。

 

とは言え精神ダメージはもう限界。

死にかけで何か覚醒する能力があるのなら正に今がその時なのだが

生憎と久美子は凡人なのでそんな能力はない。

 

「愛さんの手でやられるなら・・・・・・本望です」

 

崩れ落ちて気絶する久美。

そして階段からゾロゾロとほかの辻堂軍団が現れた。

 

「クミはんが失礼したそうで。ほな、あとはごゆっくり」

「(くちゃくちゃ)へぇアンタが愛さんの彼氏ね、まぁ仲良くしなよ」

「長谷君・・・・・・だったね、愛さんをよろしく頼むよ」

 

それぞれに大に応援を贈り、クミをチャーミングポイントである一本頭から生えたお下げを掴み

ズルズルと引きずって去っていった。

 

「あだだだだ! 髪イテェ!?

 あと階段を引きずって降ろすんじゃねぇ!」

 

屋上にまで響く絶叫。

相当痛いらしい。

 

取り残された大と愛は何だったんだろうと首を捻った。

 

「大、気を取り直して続きしようぜ。

 ほら、いつものプチトマトだよ」

「うん、いつものプチトマトしようか」

 

二人しか分からない暗号も既にできていた。

図太い二人だった。

 

ちなみにこの合図、互いにプチトマトを口に入れ合う習慣の事である。

人目がない場合口移しなどザラだった。

 

そして今現在、二人以外に屋上に人気は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セーンパイっ。お待たせっす!」

「いや、俺もさっき来たところだよ。

 それより部活お疲れ様、疲れたでしょ」

 

長谷大の日常。

放課後はいつも乾梓の部活終わりに顔を出すことだった。

 

梓が部活に復帰した翌日から毎日欠かさず迎えに行っているだけの事はあり、

今では普通に陸上部の人たちにも名前で呼ばれている。

 

そして今日も同じく、部活が終わり、スポーツ着の梓に大はタオルとドリンクを渡す。

 

「どもっす。それじゃコーチ、自分もそろそろ帰りますね」

「あぁ。帰り道に気をつけるんだぞ」

「あはは、元不良の自分にそれをいいますか」

 

既に陸上部のトレーニングエリアには殆ど人影がなかった。

 

これは単純に梓が他の部員が帰った後も個人練習として残ったからだ。

 

部員もコーチも梓が部活に戻ってきたときなんの冗談かと思っていた。

しかし、梓は周囲の奇異な目も無視し、一週間近く他の部員以上の練習量をこなしている。

しかもその才能により殆ど最初から陸上王国由比浜で一番の足の速さを誇っていた。

 

今まで練習をサボっていて、しかも一年生である梓に惨敗する陸上王国の部員。

それはいいカンフル剤となっていた。

 

彼女にだけは勝とうと、周りの部員はより真面目に練習を積み重ねる。

良い意味での反発心、克己心を彼女は部員にもたらしているのだ。

 

惜しむべきは、過去の行いで乾梓がもう公式大会に出場する事はできないという点。

これに監督や学園教員は大きく嘆く。

それこそ10年に一人の逸材なのだ。

今まではその才能を潰していたが、真面目に練習をすればそれこそ様々な記録を更新するなど不可能ではない。

 

「では、おつかれっした」

 

ただ、当人である梓はそれ程それを気にしていなかった。

 

彼女は最初から自身の才能を活かすことに興味は薄い。

だからこそ、部活に対しての目標や理由が他の部員とは全く違う。

 

「センパイ、すぐ着替えてきますんで待っててくださいね」

「急がなくていいよ。ゆっくりシャワーでも浴びておいで」

「ん~、シャワーはセンパイの家でいいっすよ。

 センパイの家のバスルームって結構広くて快適ですし。

 あ、何なら一緒に入ります?」

「こら! 先生の前で何言ってんのさ!」

「おっと、コーチ。今のは冗談っすよ」

「・・・・・・君たちが仲がいいのはわかったから、速く帰りなさい」

 

彼女が不良を抜けて陸上をする理由。

それは、自身に夢を見た親への孝行。

そして―――――――

 

「それよりセンパイ。

 今日も自分かーなーり、頑張ったんっすよ。また一番でしたし」

 

未だ額からつたる汗。

一見しただけでかなりハードなトレーニングをこなした事が伺える。

 

梓は大に対し、真正面に向かいニコニコと笑う。

 

「うん。頑張ったね、梓ちゃん」

 

汗ばんだ頭に手を伸ばし、優しく撫でる。

その親が頑張った我が子に対する労いのような行為に梓は目を細めて喜んだ。

 

「はい、頑張りました」

 

―――――彼に褒められるためというのも理由の一つだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日も暮れて住宅地に様々な色の光が灯る頃、二人は帰り道をなぞっていた。

 

「センパイ、自分汗臭くないっすか?」

「いや、特にそんな事はないよ」

 

しきりに自分の体臭を気にする梓。

 

汗でべたつく体を意識し、やっぱりシャワーを浴びておけばよかったと後悔する。

そしてベタつくということは結構な汗が出たということ。

自身が汗臭くないだろうかと気にする。

 

「ホントに?」

「本当だよ」

「そっすか、じゃあもっとくっついちゃお」

 

手をつなぐ程度だった距離が腕を組む程度の距離へと縮まった。

 

そのまま、互いに何か語るわけでもなく静かに歩き続ける。

 

話題が無いわけでもない、空気が気まずいわけでもない。

むしろその逆である居心地のいい空気に二人は甘んじていた。

 

「あ、そうだセンパイ。

 ナハに会えました?」

「いや、探してはいるんだけど中々見つからないね」

「そっすか。自分も探してるんですけど何故か見つかりませんね。

 あんな巨体、何か目立つことしてなくとも目立つもんなんだけどなぁ」

 

探せば見つからない法則。

誰もが経験した事があるだろう。

 

ここに置いておいたモノがない。

あったはずの場所にある筈のモノ。

それが探し始めたら何故か消えている。しかも散らかした覚えもないのに見つかならない。

 

大抵は自分がどこか気まぐれに場所を移して、それを忘れていることが原因なのだが

ともかく大抵の人間が経験したことがある話のネタとタネ。

 

「ったく。電話番号とアドレス暗記してりゃよかった」

「まぁまぁ。何にせよナハさんがこの湘南にいることは間違い無いはずだし

 俺は気長に探すよ」

「それであずとの時間が減ったら元も子もねーんすよ。

 ナハを探す時間があるのならあずにその時間割いてくださいよー」

 

ごねる梓。

相変わらず子供っぽく、少し我侭な彼女に大は苦笑した。

 

「ごめんね。どうしてもやらなくちゃいけない事だから」

 

あやす様に、優しく語りかける。

その一切の怒りも嫌悪もなく、ただただ困っている対応に梓は逆に申し訳なくなった。

大の足を引っ張って困らせるのは彼女の本望ではない。

 

「わかってますよ。

 だから自分もお手伝いしてんですから」

「うん。ありがとう梓ちゃん。

 頼りにしてる」

 

梓は更に大とくっつく。

最早梓が大の肩に頭をおいている程の距離だ。

 

「はい、頼りにしてください」

 

息巻く梓。

何を頼りにするのか。それは当の二人しか知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ぐ、ぬぅ」

 

同日、同時刻。

江ノ島一角の砂浜で巨漢の女性、我那覇葉は地に膝をつけていた。

 

そしてその場には、それを飄々とした態度で見る一人の男の姿がある。

 

「残念だったな、この勝負は俺の勝ちってわけだ」

 

水戸角助。

その男が苦悶に満ちた我那覇を見下ろす。

 

手にはワイヤーやメリケンサック。

そしてジャケットの裏や服の至るところに暗器を仕込むその男。

 

「無念、だ。好きにしろ、敗者の責務は守ろう・・・・・・」

 

我那覇は力が及ばないことに悔しさを感じ、

されど敗北した事実とこの後のことを覚悟した。

 

不良に喧嘩を挑み負けたのだ。

それこそ殺されたって不思議ではない。

何の覚悟もなく喧嘩をふっかける我那覇ではない。

それも仕方あるまいと観念する。

 

だが、水戸はその我那覇の言葉に笑った。

 

「おいおいよせよ。こっちはちょっとばっかしインチキをしてる。

 今回ほとんど無傷で勝てたのはそのおかげだ。

 その負い目で見逃してやるからさ、さっさとここから去りな。

 流石にギャラリーが来ちまったら俺の立場上見逃せ無くなる」

 

インチキ。

水戸のその言葉を我那覇は理解出来なかった。

暗器の事を言っているわけでもなければ、何かドーピングをしているわけでもない。

 

我那覇には全くそのインチキに心当たりがなかった。

 

「お、俺の言葉に引っかかってるみたいだねぇ。

 でもそれが何なのかは内緒だ。そら、いい加減行きな。

 それが出来る程度には体力残ってるだろ」

「・・・・・・情けのつもりか」

「冗談だろ。そもそも俺は人を必要以上に嬲る趣味なんてないっての。

 アンタが俺に喧嘩を挑んで俺が勝った。俺レベルアップ、今回の件はそれで終わりだ。

 ドラ○エみたいに敵を殺して経験値とお金ゲットみたいなのはリアル日本じゃ有り得ないわけ」

 

水戸はしっしと猫を追い払うように手を払う。

 

既に構えは解き、ワイヤーやメリケンサックもポケットに仕舞っている。

明らかに油断したところを狙う雰囲気でもない。

 

「手合い、感謝する」

 

我那覇は体をふらつかせながらも立ち上がり、一礼して背を向けた。

 

「丁寧だねぇ。そういうの嫌いじゃないぜ」

 

ゆっくりとその場から離れていく我那覇の姿を見送る水戸。

 

そして数分、我那覇の姿が見えなくなってから水戸はため息をついた。

 

「そりゃ、一度手合いしてギリ勝った相手だ。

 相手にだけその記憶がないなら俺が負ける理由はねーわな」

 

水戸のインチキとはそういう事だった。

 

大同様水戸にも様々な未来の記憶がある。

そしてその記憶の中には我那覇と直接やりあったモノもある。

 

水戸にとって我那覇を相手するのは二度目。

対して我那覇にとって水戸は初めて対戦する相手。

実力にそれ程差がないのなら有利なのは圧倒的に水戸の方だった。

 

「忙しい事だよまったく。

 湘南制覇、ほんとどうしたもんかねぇ」

 

迷いを口にするものの、水戸の考えは既に纏まっていた。

 

ただ、それを実行するのはやはり、愚痴の一つも言いたくなるようなものだった。

 

「ま、こうなってはしょうがない。

 いっちょやってやりますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「偶然やっと見つけたと思ったら無様な姿してるね」

「・・・・・・反論の余地もありません」

 

我那覇が水戸角助に敗れ、見逃された後。

彼女は帰宅途中の梓と大に遭遇した。

 

「お久しぶりに会えたというのにこのような礼節を弁えぬ様で申し訳ありません、センパイ」

「いいって。相変わらず硬いなナハは」

 

二人は手負いの我那覇を案じ、近場の公園へと運び込んだ。

 

我那覇と梓は同郷の友と同時に先輩後輩の関係でもある。

そして我那覇は梓の事を尊敬している。

ゆえに梓に対する我那覇の態度は酷く丁寧なものだった。

 

「ナハさん。これで口元の血を拭ってください」

「む、感謝する」

 

大は先程蛇口でハンカチを濡らし、それを我那覇に手渡す。

 

初対面でやけに親しい態度を取る大に我那覇は僅かに戸惑っていた。

まるで友人なのに自分だけが相手を忘れているような、そんな感覚を抱いている。

 

「このハンカチは洗って返そう。

 しばし借りておいても構わぬか?」

「別にそんなの気にしなくても良いけど、ナハさんがそうしたいのならどうぞ」

「うむ」

 

公園に着いてから、梓と大は我那覇を懇切に診た。

骨は折れていないか、頭部に打撃痕はないか。

内出血はないか、意識に問題はないか。

 

その過剰なまでの面倒見に我那覇自身が若干困っている。

とはいえ相手は尊敬する乾梓。

その好意による行為を無下にはできない。

されるがままだった。

 

「長谷、大。だったか」

「うん。さっそく覚えてくれたみたいだね」

 

未だ腕などに怪我がないか触診する大に向かって声をかける。

 

「汝は、以前どこかで我と面識があったのか?

 だとすれば我は詫びなければならないが」

 

名乗った覚えもないのに大は最初から自分のことをナハさんと呼んだ。

どうにも梓が教えたという空気でもない。

その為我那覇は対応に困っていた。

 

「いや、俺達は初対面だよ。

 ただ、俺が一方的に君を知ってたってだけで」

「そうか。

 この姿は目立つ故不思議なことではないな」

 

大の言った言葉と我那覇の言葉には意味の食い違いがある。

しかし大はそれには触れなかった。

 

「さて、目立った怪我も無いみたいだね。

 痛みとかも引いてきました?」

「うむ。万全ではないが、普通に動く分には問題ない」

「相変わらずタフっすねぇ」

 

これで会話は終了なのだろう。

我那覇は立ち上がる。

 

「センパイ。手当ありがとうございました。

 このご恩はいつか必ず」

「そういうのいいってば。ダチでしょ自分ら」

「・・・・・・そういって頂けて光栄です」

 

嬉しげに微笑む我那覇。

梓も特に照れもなく、軽く笑っていた。

 

「長谷大、汝にも借りが出来たな。

 センパイ同様、何か我に出来ることがあるのなら力になるが」

 

顔を上げ、大に顔を向ける。

 

「お、チャンスっすよセンパイ」

「だね。願ってもない展開だ」

「・・・・・・む、何の事だ?」

 

二人が何を言っているのか理解しかねる我那覇。

 

しかし、大と梓にとっては今この現状が素晴らしく理想的な展開だった。

 

「ナハさん。それじゃあ早速お願いがあるんだ」

 

 

 

 

一年の間に二度訪れた湘南の夏は、やはり嵐が来るようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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