辻堂さん達のカーニバルロード   作:ららばい

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5話:腰越ウォッチドッグ

「ん。ん~・・・・・・」

 

意識の浮上していく感覚がする。

 

微睡みの中の現実と夢との境界が限りなく曖昧な精神状態。

その均衡は崩れ、限りなく意識は現実により始めた。

 

そうなると後は速いもので、すぐに閉ざしていた瞼が開かれる。

そこで居心地のいい夢の世界とはおさらばだ。

 

「・・・・・・あっつい」

 

目を覚ませば何故だろう。

そこには見慣れた天井ではない。

いや、実の所見慣れたといえば見慣れた光景なのだが。

 

「んぅ・・・・・・」

「マキさんか」

 

どうやら俺のベッドでマキさんが俺を抱き枕にしている様子。

俺の視点からだと、頭を胸に押し付けられていて何も見えない。

ただ、その胸のボリュームと聞きなれた寝息で判別付く。

 

暑いはずだ。

夏の始めの次期、こんなムクモリティ感じるパッションボディを押し付けられて暖かくないはずがない。

冬だったらどれほどこの暖かさが貴重になるか。

違う違う話が脱線した。

 

「マキさん、ちょっと離してください」

「ぁん!」

「うおぃ、色っぽいな」

 

今のは俺が悪かった。

全く何も見えないから手を動かして顔を剥がそうとしたのだが

寝ぼけ頭のせいか、思い切り胸を鷲掴みにした。

 

「んぁ、はぁ――――おはよ、ダイ」

「おはようございます、マキさん」

 

妙に熱っぽい目をしているが、今ので起きたらしい。

 

互いに寝転がったまま、少し距離をおいてベッドの上で挨拶をした。

 

「どうして俺のベッドに?」

 

確か姉ちゃんの部屋とか、長谷家に特別用意したマキさんの個室とかそこで寝るはずだけど。

 

「バカ、寝ぼけてんなよ。

 今はここしか私の寝れる場所はねぇだろ」

 

ああ、そう言えばそうだった。

確かに、今は元々の長谷家じゃない。

姉ちゃんはまだマキさんと面識無いし、当然それゆえにマキさんの部屋もない。

 

「押し入れで寝ようと最初は思ってたんだけどさ、

 お前の寝顔見てたらつい横で寝ちまった」

 

それは、色々とデンジャーだな。

もし姉ちゃんが癖でいつもみたいに夜中俺の部屋に忍び込んでたらヤバイ事になってたんじゃ。

 

「よく寝れました?」

「あぁ。めちゃくちゃぐっすり寝れた」

「それは何より。やっぱり押入れや倉庫よりベッドや布団ですね」

 

マキさんは家出少女だ。

その為普段ねるところはベッドという物ではなく、

海の家や、近くの家にある倉庫とかを拝借してたらしい。

 

そりゃ寝心地がいいわけがない。

そう思い声をかけたのだが、マキさんは釈然としない顔だった。

 

「そうだな。確かにここは本当に寝心地が良いよ。

 何せ暖かくて柔らかいベッドに備え付けで極上の抱き枕があるんだからな」

「え、むぐ」

 

不意打ちで抱きしめられた。

 

「んじゃ二度寝しようぜ。

 おっぱい枕してやるからさ」

「いやいや二度寝しないでくださいよ!

 遅刻しちゃいますってば!」

 

無理やり引き剥がして起き上がる。

 

流石に月曜日の朝から二度寝は拙い。

起きる際にマキさんのおっぱい枕に未練があったが、是非もなし。

さっさとマキさんから逃げるようにベッドから這い出る。

 

「ちぇ、ノリわりーぞダイ」

「えぇい、こちとら朝食作りで忙しいんじゃい!

 食わぬのなら二度寝しても構わんですけどね!」

「構う! 超構う!

 ほらさっさと下降りるぞ! おっせーぞ!」

「ちょ、姉ちゃん起きてるかもしれないからマキさん降りちゃ拙いってば。

 ってか下なにか穿いてよ!」

 

ベッドから降りてようやく気付いたが、

マキさんの寝巻きはいつものノースリーブとホットパンツじゃなかった。

それは仕方ない。

何せ姉ちゃんと顔合わせしてないのだからその服を調達すら難しいのだ。

 

で、その代用なのだが

 

上は俺の体操服で、下は純白下着丸出しだった。

大きいお尻がこれでもかと自己主張している。

 

「おっとそうだった。

 どうにも姉ちゃんとの面識がリセットされたことに慣れねぇわ」

 

そう言って取り敢えず制服に着替え始める。

 

実の所マキさんの裸ももう俺は見慣れているのだが、

生の着替えは何度見てもドキドキする。

 

「ダイ、見すぎ」

「おっと失敬」

 

ちょっと照れたらしい。

顔を赤くして俺を諭す。

 

俺とマキさんは微妙な恥ずかしさに空気を濁していると

 

「ヒロー! 愛しのシスターモーニングコールよ!

 ったく、シスコンの弟はお姉ちゃんが起こしてあげないと

 いつまでもねむねむしてて手がかかるったらないわほぎゃあああああああ!?」

「うわやべ!?」

「姉ちゃん入るときはノックしてって何万回言えば!?」

 

着替えている最中のマキさんと気配を消して俺の部屋に突撃してきた姉ちゃんが鉢合わせ。

 

ノロケモードに入りつつあったからか、珍しくマキさんの野生の鋭さが発揮されなかったか。

 

「ななな何で見知らぬデカチチが弟の部屋に!

 このシチュって明らか朝チュンじゃない・・・・・・はっ、心なしか貴様らから甘い空気も感じる!?

 コラ弟ォ! 元に戻るまで互いにエロス禁止しておいて他の女には普通に手をだすんかい!

 どういう事だオラァ!」

「ぐぇあ!?」

 

詰め寄った姉ちゃんが怒りに任せて俺の胸ぐらを掴み持ち上げる。

とんでもない力だ。

それこそマキさんや愛さんに勝るとも劣らない人外のパワー。

 

ぶっちゃけゴリラみたいなパワーだ。

 

「こんなスリムな姉貴指して何がゴリラじゃテメェ!」

 

こんな時に俺ら得意の以心伝心が作用してしまうとは。

心の中ですら迂闊なことを言えないとは。

 

「姉ちゃん、ダイの顔がレーズンみたいな色してきたぞ」

「だまりゃあ! 見ず知らずの小娘に姉呼ばわりされる筋合いは―――――ん?

んん~・・・・・・んん?」

 

俺を片手で持ち上げたまま、姉ちゃんは何やらマキさんを観察し始めた。

 

「アナタ、まーちん?」

 

自信は今ひとつらしい、確信は無さげな顔つきでマキさんに聞く。

だがさすが姉ちゃん、ドンピシャだ。

 

「違います、人違いです」

「マキさん!?」

「こら馬鹿ッ! ここでその名前を呼ぶんじゃねぇ!」

 

何で他人のふりをするのか。

理由が分からずツッコミをしてしまった。

 

「やっぱりまーちんじゃない。

 なになに何で? いつ頃からヒロとまた遊ぶようになったの?」

「げ、世間話モード入った。

 面倒くさいから私は出て行くわ」

「あら、逃げるつもり?」

 

逃亡を企てたマキさんは即座に俺の部屋の窓から脱出しようとする。

だがしかし、窓枠に手を触れたとたん身体が硬直した。

 

「この匂いは」

 

クンクンと鼻を鳴らし、俺の部屋の扉を見る。

はて、何か鼻についたのだろうか。

野生動物みたいだなこの人。

 

「お姉ちゃん手作りモーニングセット。

 久々に気分が乗ったから作ってみたけど、出来は中々自身ありよ。

 食べてく、まーちん?」

「食べる食べるー!」

 

これは珍しい。

朝はものぐさな姉ちゃんがわざわざ寝る間を惜しんで朝食を用意してくれるとは。

寝ぼけ頭も一気に喜びで冴え渡る。

 

それくらい姉ちゃんの作った食事は凄い。

美味いとか綺麗とか、そういうのを超越してただただ凄い。

 

匂いで既に美味いものと判断したマキさんは窓から離れてダッシュで俺の部屋から出ようとする。

そして姉ちゃん待ち構える扉をくぐり抜けようとした瞬間。

 

「おわぁ!?」

「はいゲットーーーーーーーー!

 コラァクソガキ! ヒロとどこまで行きやがった!?

 Aか!? それともまさかCか!?

 言うまで食わせんぞ!」

 

首根っこ掴まれて持ち上げられた。

すげぇ、あの聖母のような穏やかな笑みから一変

オーガのようなたけり狂ったその表情。

 

マキさんもかなりビビってる。

 

「きゃ、きゃいんきゃいん!」

「へへへ、良い鳴き声してんじゃねぇか。

 あとは私の部屋でじっくりしゃぶりつくしてやるわ」

 

そうして首根っこ掴まれたマキさんは大した抵抗もできず、

されるがままに姉ちゃんの部屋に連行された。

 

「・・・・・・さて、俺は下に降りるか」

 

姉ちゃんの部屋で何が起こっているのか

気にはなるが、触らぬ神に祟りなし。

俺は結果だけ分かればいいやとあの二人のことは考えないことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、ヒロ君。おはよう」

「おはよう、よい子さん」

 

二人の騒音から耳を塞いで下に降りれば、そこには学園の制服を来た良い子さんの姿が。

 

「今日の朝食作りに来たんだけど、冴子さんがもう作ってたみたいね」

「だね。もう見た感じからなんか神々しいオーラ出てるねこのテーブル」

 

なんだか知らないけど、ただのスクランブルエッグから金色の輝きが出てるし

ただ焼いただけのベーコンやパンが何故か市販のものでは絶対に出せなような香りがする。

自分の分のパンを軽く指で押してみたら、ホテルで焼かれたパンのように妙に焼き加減が凄い。

絶妙すぎる。

 

サラダもただ切ってるだけなはずなのに妙に鮮度が異常に高く見えるし。

これ凄い瑞々しいなオイ。

何で俺と同じ野菜を使ってるのにここまで外見や存在感に差が出るのか。

 

「三人分という事は、マキが上にいる?」

「うん。今姉ちゃんに質問攻めされてると思う」

 

そして時折二階から聞こえる騒音はマキさんが暴れてるのと、それをとっ捕まえる姉ちゃんの音だろう。

っていうか、最初から三食作っているあたり最初から俺の部屋に誰かいたのは気づいていたのか?

 

うちの姉ちゃんは底知れない。

 

「よい子さんは朝ごはんまだなの?」

「うん、実はそうなの。それでヒロ君達の朝食作りにきたついでに一緒に食べようかなって思ってたんだけど。

 まさか冴子さんが作ってたなんて、タイミング悪かったかな」

「本当にタイミング悪かったね。

 姉ちゃんが食事を用意する日にぶつかるなんて滅多にないよ」

 

それこそ足繁く通うくらいでないと遭遇しないレベルだ。

 

俺は苦笑しているよい子さんにコーヒーを差し出し、キッチンに立った。

 

「あら、もうご飯あるのに何でキッチンに立つの?」

「え、だってよい子さんの分がないじゃん」

 

よい子さんが朝食抜きなどあっていいはずがない。

だったら普段家事を一切手伝わず、尚且つ弟を酷使する姉こそが飯抜きであってしかるべきなのだ。

今日の姉ちゃんは凄味があるからそんな事言えないけれど。

 

「そんな、悪いわ。せめて自分の分は自分で用意しますってば」

「だーめ。よい子さんは客人なんだから席に座ってて」

「客人って、私達は今更そんなの気にする仲でも・・・・・・」

 

えぇい。

中々に引き下がってくれない。

 

「よい子さん。俺はよい子さんに俺が作った朝ごはんを食べてもらいたいんだ。

 そう、この食事には朝食的な意味合いだけでなく俺の主婦力も試されている」

 

半ば無理やりな感じでまくし立てる。

 

とは言え、俺もいつかよい子さんと結婚する気満々である。

勿論今この世界でのことではないけれど、ともかく俺はよい子さんと結婚したい。

 

つまりだ。

俺は基本的にどうやら人の世話を焼くのが好きらしい。

そしてよい子さんも同じく世話焼きさんだ。

 

拙い、非常にまずい。

よくできた旦那を立てるよい子さんに甘え過ぎたら俺がダメ人間になりかねない。

いや、そこまでは自制できる自信もあるのだけれど

ともかくよい子さんに甘えすぎて家事を気がつかないうちに丸投げしてしまう恐れがある。

 

「もう、そういわれちゃうと断れないじゃない。

 ヒロ君ってば大きくなるたびに口が上手くなっちゃって」

「あはは。よい子さんへの口説き文句だって毎日考えてるよ」

 

キザったらしい事を言う。

 

他人にそういうことを言えば寒い事この上ないが、

俺たちならそんな恥ずかしい言葉すら笑い合える。

 

俺は居心地のいい空気に甘えながら調理を続ける。

 

「よい子さん。俺達結婚したら家事どうしようか」

「い、いきなりどうしたの」

「いきなりじゃないよ。

 俺はよい子さんと付き合い始めた日から意識してた事だよ」

 

何せ互いに人並み以上には家事をしている。

どっちが専業主婦でも普通にやっていけるし、

共働きだったとしてもやはり問題ない。

 

よい子さんが将来したい仕事があるのなら俺が主夫をやったっていい。

 

「ヒロ君は大学出たらしたい仕事とかあるの?」

「実の所まだそういうなりたい仕事はまだ無いんだよね。

 よい子さんの方は?」

「ふふ。私はお母さんと孝行を守り続けて、お仕事で疲れたヒロ君を労わる毎日が夢かな。

 ・・・・・・言っててちょっと照れるかも、これ」

 

よい子さんは本当にお母さんが好きだな。

凄く良い事だ。親子の仲が良好なのは素晴らしい。

 

「でも俺は仕事してても家事をやめないよ?」

 

家事を全部押し付けるなんて申し訳ない。

何より俺自身家事に楽しさを見出している。

今となっては家事をしないと落ち着かないくらいだし。

 

「あらあら。それじゃあ夫婦揃って家事の奪い合いになっちゃうわね」

「そうなるね。独り占めしようったってそうはいかないよ」

 

こうやって将来の家庭イメージを考えるが。

俺とよい子さんの組み合わせだと正直妙にリアルにイメージできてしまう。

普通に子供ができて、普通に仕事を続けて

普通にマイホームを構えて、普通な人生を送る。

 

でもその普通さが退屈さにつながることはなく、むしろ安心という感情のベクトルだ。

 

「何かもう長年連れ添った夫婦みたいだね、俺達」

「実際に長年連れ添ってるじゃない。

 ほら、指輪だってもうもらってるし」

 

にこにこしながらポケットからプラスチック玉を嵌めた指輪を取り出した。

 

「これが今日ここに来た理由?」

「うふふ、実はそうなの。

 ちょっと早起きしてね、それで余裕出来た時間に回収させて貰ったの」

 

本当に安っぽい、子供が好みそうなチープな指輪。

この指輪は長谷家の子供箱に入っていたのだが。

よい子さんはその箱の中にあるこれを取りに来てたらしい。

 

この指環をいい年した人間がつけていたらそれこそ馬鹿にされるだろう。

ましてやこれを宝物としていたらお笑い種にされかねない。

 

でも、俺とよい子さんにはこれがやっぱり大切なものだった。

よい子さんの清楚な外見に不釣合いなド派手なデザイン。

当時の俺にとって精一杯背伸びした末に選んだデザイン。

それを今なお大切に思ってくれているのならそれは凄く嬉しい。

 

「いつか、プラスチック玉じゃなくて

 本物の宝石が埋まってるのをプレゼントするよ」

 

窓から漏れる光に指輪を照らすよい子さんにボソリと呟く。

本人に聞かせるつもりではなく、単純に自分に対する誓いみたいなものだった。

 

だが、もともと静かだったため聞こえちゃったようで。

 

「ヒロ君。あんまり無茶して高いのなんて選んじゃ駄目よ?」

 

なんて、相変わらずな反応だった。

 

「いや、こればっかりは背伸びさせてもらうよ。

 例え値が張っても本当によい子さんに似合うものを探すからさ」

 

一生もののプレゼントだ。

それこそ妥協なんてしたくない。

 

その熱意をよい子さんに伝えようとした。

 

「ありがとう、嬉しい」

 

どこか大人っぽい、柔らかな笑みを浮かべて指環をつけた手を握る。

 

「ヒロ君。一緒に幸せになろうね」

「うん」

 

この人を絶対に幸せにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何が拙かったのか。

そう聞かれた場合、俺は全てが拙かったと答えよう。

 

だってそうだろう。

 

「梓、大から離れなさい」

「やだ。恋奈ちゃんこそ長谷センパイから離れてよ」

 

本日学園帰り、いつも通りに俺は梓ちゃんのお迎えに行った。

 

流石に夏が始まり、日が昇る時間が長くなったため部活時間も相応に延びている。

その為俺は俺で早く行きすぎると待ち時間がかなり長くなる。

ゆえにある程度時間を見計らっていたのだけど。

 

時間を潰すためにブラブラと街を歩いていたらそこで恋奈と遭遇。

そのままずっと今現在、梓ちゃんを迎えに行く時間まで行動を共にした。

 

「聞き分けないわね。

 痛い目見ないとわからないわけ?」

 

けっこうイラついているらしい。

かなり目つきを鋭くして梓ちゃんを睨む。

 

「う・・・・・・で、でも」

 

結構気が強い梓ちゃんでも恋奈には色々な理由があって強く出れないらしい。

タジタジである。

 

とはいえ、この脅し方は良くない。

明らかに遺恨が残りかねない。

 

「恋奈、なんか今日はピリピリしてるけどどうしたの?」

「そ、そうだよ。何でそんなにキレてるの」

「・・・・・・別に、キレてないわよ」

 

俺が問いかけると恋奈は目をそらしてため息をついた。

 

こういう反応をする人間は大抵何かしら悩みがある。

というか普通そうだ。

 

「恋奈、悩み事があるなら相談に乗るよ。

 さぁさぁ何でも言ってくれ」

「さぁさぁあずも何でも聞いちゃいますよ!」

「この馬鹿コンビは」

 

梓ちゃんは俺を先導させて恋奈と会話する戦法に決めたらしい。

まぁ、本人がそっちのほうが話しやすいのならいいのだけれど。

 

とにかく、俺の家に帰る道中の話のネタはこれで決まりだ。

 

「・・・・・・大は心配してないけど、梓。

 アンタ絶対他のやつに言わない約束できる?」

「そりゃぁもう。自分これでも秘密を隠すのは超得意なんで」

「ちっ。あぁ、確かにアンタそういうの凄い上手かったわね」

「何で舌打ちするの!?」

 

なんというか、相性はいいんだろうけど

個人的な確執のせいで梓ちゃんに対する恋奈の当たりが強い。

これで梓ちゃんに罪がないのならまだしも、恋奈の未来でも梓ちゃんの未来でも

どっちにせよ恋奈に被害を与えているから対処に困る。

 

「まぁいいわ。別に隠したところであんまり意味ないし」

 

どうやら語ってくれるらしい。

俺と梓ちゃんは取り敢えず黙って恋奈が口を開くのを待つ。

 

「昨日今日からやたら関東のチームの奴らの姿がチラつくようになったわ」

 

あぁ。成程。

 

「リョウの話を参考にしたら確実に一ヶ月以内に面倒な事になるわね。

 既に辻堂や腰越には互いに不干渉の言質はとってるけど面倒ったらないわ」

「さっすが恋奈ちゃん! 手回し良いっすね!」

「流石恋奈だ! その手腕に驚くばかりだよ!」

「その取り敢えずここは褒めておこうってノリは結構イラつくわね」

「サーセンっす」

「めんご」

 

今日の恋奈は結構怖い。

俺も梓ちゃんにならって警戒しておこう。

 

「水戸さんが煽動してる線は?」

「どうでしょうね。まだこれといった大きなアクションが無いから判断できない。

 でも、アイツが煽動してるのならかなり手間になりそう」

 

水戸さん、恋奈に結構買われてるらしい。

伊達に恋奈とやり口が似ているだけの事はある。

 

ミラーマッチほどやりにくいという事だろう。

 

「あ、自分昨日ベンテンが会話してる所盗み聞きしてますよ」

「・・・・・・は?」

 

梓ちゃんの突然の言葉に絶句する恋奈。

俺も驚いたが、そう言えばマキさんと梓ちゃんはベンテンの動きを嗅いでるってそう言えば聞いたな。

 

「細かい会話内容は説明するの面倒なんで省略しますけど、

 会話聞いた限りまだベンテンのリーダーは何も指示してないみたいっす」

 

へぇ。水戸さん、まだ何も行動起こしてないんだ。

 

それに何か理由があるのか。

それとも今日これから、もしくは近いうちに行動を起こすのかはわからないが

ともかく俺は少し安心した。

 

「そう。じゃあ昨日からやたら目障りになった関東の奴らはなにか言ってなかった?」

「え~と、確か・・・・・・」

 

思い出そうとする。

 

だがイマイチ出てこないのか、結構唸っている。

恋奈も特に急かすつもりはないらしく、俺達三人は黙って数歩進み続けた。

 

「あ、思い出した。そうそう、そのリーダーがある日を境に方針を変えたんで

 それに反発した奴らが集まってるって話だったような」

「ある日を境に方針を変えた、ね。

 それが何故なのかは知らない?」

「そこまでは聞いてませんでした・・・・・・中途半端でごめんなさい」

 

恋奈の質問に答えきれなかった事が申し訳ないらしい。

項垂れて謝る。

 

だが恋奈はそんな梓ちゃんを見て、苦笑し、頭に手を置いた。

 

「充分よ。ありがとう梓、助かったわ」

「え、あ・・・・・・う、うん」

 

頬を赤らめて大人しく撫でられる梓ちゃん。

 

うん、確執はあってもやっぱり基本仲のいい二人だ。

俺が心配することはないらしい。

 

しかし水戸さんか。

あの人も俺と同じく様々な先のことを知っているけれど

何故、何を方針転換したのか。

色々と謎がある。

 

今までよりも更に用意周到な慎重策にでたのか。

それとも湘南制覇を諦めてくれたのか。

何にせよ強硬派にフラストレーションを溜めさせるという事は派手な事はしばらくしなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り道の途中、俺達は寄り道をした。

 

「セーンパイ、うめー棒大人買いしましょうよ」

 

そう言って梓ちゃんは買い物かごにうめー棒が50本袋詰めされているのをぶち込んだ。

 

「チョコ味一色だけど、これ全部食べられるの?」

「大丈夫っすよ。センパイの家で色々な食べ方をしてればスグに尽きますって」

「なによ色々な食べ方って」

 

俺も気になる。

何だいろいろな食べ方って。

砕いてご飯にかけたり、湯でふやかしたりとかそんなのか?

でもあれってチョコ味なんかでしても結局滅茶苦茶不味いって話だが。

 

「ポッキーゲーム、うめー棒バージョンとか。

 ほら、彼氏彼女ならではの食べ方ってあるじゃねーっすか」

 

ポッキーゲームね。

 

うめー棒を互いに両端から咥えあって、ギリギリまで近づいていく。

ちょっと考えて思った。

 

「かなり食べにくそう。

 あと油で口がベトベトになりそう」

「粉っぽいから食べてる途中に気管支に粉が入ってむせそうね」

 

俺も恋奈もそこらへんはタンパクだった。

 

「なんでやってもないのにここまでダメだしされなきゃなんないの。

 ほら、うめー棒って中央に穴空いてるんですよ。

 つまりこれでポッキーゲームをするって事は・・・・・・」

 

するって事は何なんだろうか?

首をひねる。恋奈も全く理解できないそうだ。

 

「察しが悪いなぁ。

 つまり食べてる最中は互いに鼻と口で呼吸しますよね。

 で、その互いにの口に直結してるうめー棒を加えた状態で口呼吸をしたら」

 

あぁ。口呼吸をしたらうめー棒の穴を介して見事に互いの息を交換しあうと。

うん。

 

「ないわ。不潔。

 なんかアンタ変態っぽいわね。ドン引きだわ、今後の交友関係ちょっと考えない?」

「梓ちゃん。変な性癖は余り彼氏として感心しないな。

 性癖は健全であって然るべきだ」

「何なんすかその冷めた態度!

 あと尻フェチのセンパイに言われたくねーっすよ!」

 

やだ、最近の若者ってキレやすい。

お店のおばあちゃんは耳が遠くてフガフガ言っているだけだけど、他の子供客がびっくりしてる。

 

梓ちゃんは久しぶりに顔を赤くしてプンプンしている。

 

「おこなの?」

 

スパァン!

 

思い切り頭を叩かれた。

ちょっと前にインターネットで見たネタを言っただけなのに。

 

「ちゃかさないでください。

 自分結構マジギレしてるんで」

 

怖い。

目が座ってる。

 

「色々言いたいことはありますけど、一つだけ。

 真面目にセンパイに質問します。冗談抜きで答えてください」

 

俺の胸ぐらを掴んで自分の方に引っ張り込んできた。

否応なしに俺と梓ちゃんの目と目が至近距離で見つめ合う。

 

・・・・・・綺麗な睫毛だなぁ。

 

なんて思っているが、その先にある瞳の方は色々な感情が見て取れた。

怒りとも焦りとも違う感じだが。

 

「あずはセンパイとしたいけど・・・・・・センパイはそういう事したくないの?」

 

自信なさげに聞かれた。

 

「いいですとも!

 さぁうめー棒買い占めよう。今日は一日中うめー棒咥え続けよう。

 ほらほら遅いよ梓ちゃん! レジ通しちゃうよ!

 あぁもう焦れったい、俺が担いであげよう!」

「ぎょわーーー!?

 ちょっとセンパイはずいってば!」

 

恥ずかしい?

何を馬鹿な事を。愛や恋とは常に恥ずかしさを超えた先にこそ本領がある。

照れの残るカップルも初々しくて乙なものだが、

俺としては周りをドン引きさせるくらいの戯れ合いこそが本望だ。

 

取り敢えず素早くうめー棒や目に付いた駄菓子を買って

梓ちゃんの腰に腕を回して持ち上げる。

そしてそのまま長谷家へダッシュ。

 

「・・・・・・はっ!? 

 ちょっと大! 私を無視するんじゃないわよ!?」

 

何やら恋奈の声が遥か後方から聞こえたが、離れすぎていて全く聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。本当反省してます。

 いや、本当に口だけとかそういうんじゃなくて心から詫びてます。

 なんなら焼けた鉄板の上で土下座してもいいくらい」

 

その夜。

俺は恋奈に土下座していた。

 

家について急いで晩御飯をを用意して、梓ちゃん、恋奈との食事を済ませた。

姉ちゃんやマキさんはどうやら服とかの買い物に行っているという旨を書いた書置きがあった。

そのためいつ帰るかわからないので先に食事を頂いたわけだ。

ついでに俺の手伝いで一緒に食器を洗っている梓ちゃんの尻を触った。鷲掴みだ。

 

ここまでは俺の行いに罰せられる点はない。

多分。知らんけど。

 

「お前の罪を数えろ」

「身に覚えがありません」

「口だけの土下座じゃねぇか!」

「むぎゅ!?」

 

土下座ヘッドを踏んづけられた。

 

っかしぃな。

土下座って究極の護身じゃなかったのか。

どんどんピンチになっている気がするんだけれど。

 

「あ、あずもセンパイの頭踏んづけていいっすか?」

「ふざけんなや。大の頭踏めるのは私の特権なのよ」

「いや待って、そんなの俺は知らない」

 

俺の知らない所で俺の人権が失われつつある。

 

「大。アンタは私の何なのかしら?」

「・・・・・・彼氏って事で良いのかな?」

「疑問形で答えんなや」

 

いや、だって。

なんかもう俺自身本当に彼氏ですって答えるのが正しいのかわからないのだ。

 

例えば街中で友人に会って、隣に愛さんがいるときに俺の彼女だと答えたとする。

そして翌日また同じ状況になって隣に恋奈がいたとする。

これ俺クズ野郎じゃないか。

 

「いい、別にアンタにはアンタで私達とは違う記憶状況だから梓や辻堂といちゃついたって責めないわ」

「ホントに? じゃああず遠慮しませんよ?」

「まぁ、いい気はしないけどね。

 はっきり言って嫉妬・・・・・・するけど」

 

俯いて小さく付け足した。

 

「け、けど私もみなさいよ。

 大の特別から私だけのけものなんて絶対に認めない」

 

精一杯の訴えだった。

強がりを含んだその必死な本音に俺は驚いた。

 

その驚きも一瞬の事で、驚きから愛おしさへと気持ちは移る。

 

「恋奈・・・・・・」

 

俺は顔を真っ赤にして目をそらす彼女の頬に手を添える。

そして彼女の顔をこちらに向け、目をまっすぐに見つめあった。

 

「大・・・・・・」

 

恋奈も僅かに照れの入った、けれど熱を持った瞳で俺の瞳を見返す。

 

意志の強そうな、それでいてどこか幼さの残るその瞳。

黒水晶のようなにごりない美しさに吸い込まれそうになる。

 

恋奈がゆっくりと瞼を閉じて顎を少し上げた。

キスの催促だ。

 

俺はそれを拒否せず、恋奈の唇に向かい自身の唇を進ませる。

潤いがあり、綺麗なピンク色。

一見しただけで瑞々しくて、尚且つ柔らかい事が想像できる唇だ。

 

そして互いのソレがくっつき合う――――――

 

「はいそこまでー。

 あずを差し置いてラブ空間作り上げるとは許すまじ」

「うおっと」

 

――――ことは無かった。

 

ミリの距離で不意に梓ちゃんが俺の襟をもって引っ張ったのだ。

急に後ろに引かれたので首がいたい。

 

「く・・・・・・空気よめや梓ァ!」

「どわああああ! マジギレっすか!」

 

いい空気をぶち壊された恋奈が激怒して即座に梓ちゃんの胸ぐらを掴む。

 

「目の前であずの彼氏に手を出さないでよ恋奈ちゃん!」

「うっさい! 大は私の彼氏だっつってんだろーが!」

 

取っ組み合いが始まった。

 

「大体いつもいつも何で大がアンタの部活帰りのお出迎え行く事になってんのよ!

 それのせいで私と一緒の時間が減ってんのよ!」

「それは残念っすね。羨ましいっしょ。

 あずとセンパイはラブラブなんであしからず」

「があああああ! ムカつく!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。

マキと冴子は学園業務終了後に一緒に買い物を済ませ、長谷家へ帰宅した。

 

手にした沢山の紙袋にはお洒落なブランドの名前が書かれている。

中に入っているモノはそのブランドの服である。

 

「ったく、こんなに買い込んでどうすんだよ」

「別にいいでしょ。私のおごりなんだから」

「まぁ、それは感謝するけどさ」

 

家出少女なためマキに金銭の持ち合わせはない。

 

普通に生活するに至って衣食住が最低限求められるが。

マキの場合全てが平均ライン以下なのだ。

 

その為冴子はそのマキを見かねて長谷家へ住む事。

家族のように食事を共にすること。

そしてお洒落できるように沢山のセンスある服をプレゼントした。

 

服自体はマキは遠慮したのだけれど、そうでなければ同居を認めないと言われれば従わざるを得なかった。

 

何せ不良を卒業したのだ、最低限の一般人らしい生活は必須。

かと言って実家に帰るなどまっぴらごめん。

ならば選択肢もない。

 

「あー、疲れた。

 ったく、無駄にでかいチチしやがって。

 合う服ほとんど見つからなかったじゃない」

「私だって好きでこんなにデカくしたかったわけじゃねーっつぅの。

 っていうか文句言う割には買い物楽しんでたくせに」

「何かいった?」

「お~怖い怖い。何もいってねぇよ」

 

大量の服が入った紙袋は冴子が全て持ち、マキの方はというと

大量の食材が入ったビニール袋を持っていた。

それこそキャベツやらカボチャやら、とにかく重量感あるものばかりだが

マキは涼しい顔をして持っていた。

 

「それより姉ちゃん。腹減った」

「はいはい。今日はまーちんが長谷家に住む事になった記念日って事で

 朝に続いてお姉ちゃんが作ってあげるわ」

「まじか! 今この瞬間が今日の中で一番姉ちゃんに感謝したタイミングだぜ!」

「はは、こやつめ。

 服買ってやるんじゃなかった」

 

マキは元の時間軸では長谷家に住んでいたこともあって、何度か冴子の作った料理を食べたことがある。

その美味いとか凄いとかを超越した料理はマキはファンになっていた。

いや、よい子や大も何か薬物中毒的なハマり方をしているのだけれど。

 

ともかく、それ程凄まじい料理なのだ。

 

「ごっはん! ごっはん!」

「落ち着きなさい。取り敢えず今から用意するから二階にいる大を呼んできて」

「おう!」

 

言われると同時にダッシュで二階に移動する。

 

「ん? そういや玄関にやたら靴が多かったな」

 

大の部屋の扉の前にたどり着くと同時に思い出した。

デザイン的に女物だが、辻堂愛のものではない。

という事は

 

マキは眉を寄せて大の部屋の扉を開く。

 

 

 

 

 

 

 

「どうっすかセンパイ。あずのおっぱい気持ちいいっしょ?

 こんな事恋奈ちゃんにはできないっすよね」

「ぐぬぬ・・・・・・そ、その代わりに私はそのデカチチに慢心しない熱意があるのよ!」

「もがもが」

 

そこには梓にの乳によって顔面を埋められている大。

そして後ろから大を抱きしめる恋奈の姿があった。

 

硬直するマキ。

喧嘩に熱中しているためマキの姿に気づかない三人。

 

その光景にマキは頭の血の気が引いた。

本当に怒りが最高潮に達すると血の気が引いて静かに怒るらしい。

 

「ほらセンパぁイ。

 その空いてる手でいつもみたいに気持ちよくしてくださ・・・・・・あれ?」

「ひ、大。

 あんなぜい肉にたぶらかされちゃダメよ・・・・・・あら?」

 

一分近く経ってようやく気付く二人。

 

いや、姿に気づいたというよりは絶対零度の如き寒気を出す大元の気配に気づいたのだが。

ともかく、やっと腰越マキの姿に気づいた。

 

「やぁおっぱいさんと恋奈君」

「「ひぃ!?」」

 

笑顔で語りかけるマキ。

 

声も柔らかくてとても人に不安を与えるものではない。

なのに二人は怯え竦んだ。

 

「いやぁ。本当に今日はいい日だな。

 長谷家に住めることになったし、姉ちゃんの飯にもありつける」

 

何でこんなに柔らかい声質と笑顔なのにここまで不安を掻き立てるのか。

 

「―――――死ぬにはいい日だよな」

 

それはマキ自身がそんな笑顔と声質など絶対に出さないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人の男に手を出してただで済むと思ってんのかゴラアァァァァァァ!』

 

二階に響くマキの声を聞いて冴子はキッチンでため息を付いた。

大根と包丁をまな板に置いて一旦手を止める。

 

「早速まーちんがいい仕事してくれてるわね」

 

冴子がマキの同居を認めたのは、他の女が大と十八禁的行いをさせない為だった。

 

鼻や勘の良いマキが家にいれば確実にそういった行為を妨害してくれるという打算があるからだ。

勿論昔馴染みのマキだからこそ家に住むことを許した背景もある。

これが他の人ならば同居など許す筈もない。

親切心が八割、打算が二割だ。

 

ただ、この番犬の問題がひとつあって。

番犬が大を食ってしまう可能性も高いという事だ。

 

「・・・・・・う~ん」

 

考える冴子。

 

「まぁ。あの子いい子だし、きちんとお願いすれば聞いてくれるわよね」

 

何だかんだで、身内に甘い冴子だった。

そして、その親身な人間による頼みをマキは断れなかった。

 

 

『痛くない!

 あ、ちょっと復活したてでまだ敏感だからやめっ、きゃああああああ!』

『うわぁぁぁん! センパイ助けてーーーー!

 逃げようとしたら見えない壁に阻まれて外にでられねーっすぅ!』

 

二階から響く絶叫。

 

「明日ご近所さんに怒られないといいけど」

 

冴子は仕事してくれているマキを止めはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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