辻堂さん達のカーニバルロード   作:ららばい

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4話:据え膳ブレイカー

さて、どうしたものか。

 

アタシにとって男ってのは大きく三つに別れる。

一つは興味すら無い赤の他人。大多数がこれだ。

一つはある程度慣れ親しんだ奴。例えば軍団の奴らとか。

そして最後は命懸けでも守ってやりたい人。

 

最後に当てはまるのは大と父さんくらいだ。

 

そして、今現状。

自分はその自分なりの矜持を守ろうとしている。

 

「消えろ」

「おいおい、そりゃ無いだろ。

 大体俺はあんたじゃなくて長谷君に用事があって来てるんだぜ?

 その本人でもない人が追い返すってのも随分酷い話じゃないか」

「御託はいい。痛い目にあいたくないんならアタシの前から失せろ」

「はは、マジで参ったね。こういうのを会話にならないって言うのかな」

 

ベンテンリーダー、水戸角助とアタシは放課後の学園近くで互いに威圧を与え合っていた。

生憎とこの場にはコイツとアタシだけでなく大や一般人の姿もある。

互いに手を出す事は望みではない。

 

いや、違うな。

こいつからはアタシとやり合う意志を感じられない。

恐らくアタシが迂闊に手を出せない様に時と場所を選んだのだろう。

小賢しい奴だ。

 

「あの。水戸さん、ですよね。

 俺に用事って何です?」

「おい、大。危ないからアタシの前に行くな」

 

アタシは大を庇うように彼の前に立っていた。

だが、危機感のない大は普段通りのように自然な足取りでアタシの隣に立った。

 

「やぁ、長谷君。初めましてって事で良いのかな?」

 

気さくな感じで話しかける。

アタシはある程度人の敵意というものを肌で感じれるが、

水戸から大に対して敵意は一切見られない。

かと言って警戒は怠らないが。

 

コイツ、一体何のつもりで大を待ち伏せしてやがったのか。

 

「そう、ですね。でも水戸さんは俺の事を知ってる感じですよね」

「あぁ、良く知ってるよ。何せ君は三大天や総災天。

 それぞれとの繋がりのせいで中々に不良の中じゃ有名だからね。

 自覚、君もあるんじゃない?」

「・・・・・・そういう事か、水戸さん」

「そういう事。流石だね、長谷君。

 俺、まさかこんな早い段階で理解されるとは思ってなかったんだけど」

 

何か、今のやり取りでこの二人は互いに互いだけが分かることを知り合えたらしい。

口に出した言葉以上の何かがこいつ等二人の間で行き来している。

何だ、一体何を通じ合ったんだ?

 

「これから、どうするつもりなんですか?」

「さてねぇ、まだ決めてないよ。

 どうだい長谷君、これからそこの彼女さん差し置いて俺とどっか行かない?

 積もる話も結構あるんだ」

 

完全にアタシを置いてけぼりの空気になった。

 

二人は初対面じゃないのか?

明らかにフレンドリーな関係を既に構築していた。

依然としてアタシは警戒を緩めないが、それが徒労だと言わんばかりに二人の空気は和やかだ。

 

「申し訳ないですけどこれから愛さんとデートなんで遠慮しときます」

「それは残念。女に振られるのは慣れてるけど、男に振られるのも結構来るものがあるね。

 まぁそっちのケは無いんだけどさ」

 

互いに冗談を混じらせつつ笑い合う。

 

不良とすぐに仲良くなるのは大の特徴だけれど、今回のコレは何かが違う気がする。

違和感がある。

二人はそれを理解して仲良く会話しているのに、アタシだけがソレを理解していない様な。

 

「さて、それじゃあデートの邪魔者は消えようか。

 長谷君、今度会った時は俺の淹れたコーヒーをご馳走するよ」

「あ~・・・・・・はい、それじゃあ」

 

結局、何を目的としてコイツは大に会いに来たのか。

それすら分からないまま別れの流れになった。

 

最初からアタシにも大にも敵意を持たず、

かつアタシに何も企みを悟らせないその態度に恋奈のような腹黒さの片鱗が見える。

 

二人は別れの言葉を渡しあい、電話番号を交換した後、手を軽く振り距離を置く。

 

「・・・・・・テメェ、一体何の用事で大に会いに来た」

「ん? はは、それを直接本人に聞いてくるとは思ってなかったな」

 

アタシの言葉に対しておかしげに笑う。

 

気に食わないが、大の手前暴力に訴えることはしない。

コイツもそれを理解してのこの反応だろうが。

 

「わかって言ってるんだろ、喧嘩狼さんよ。

 不良の聖地にヨソ者の不良が来るって事の意味がさ」

 

案の定という事か。

 

東京都心、井の頭最強のチーム。

ベンテンのリーダーであるコイツがここに来たということはつまりそういう事だ。

この湘南を統べ、名実ともに名を上げるという事だろう。

 

「上等じゃねぇか。なんなら今ここでアタシを倒してみたらどうだ」

「そりゃカンベンだね。

 いくら何でも俺一人で喧嘩狼とやりあうのはちと荷が重すぎる」

 

軽く笑ってアタシの挑発を流す。

 

コイツ、無駄な遠吠えや意地の張り合いをしてこない分、不気味な感じだ。

コイツが動き出す時は既に勝負の結果がわかる時。

そういう立ち回りをするタイプだ。

 

「何にせよ、今日は長谷君に挨拶しに来ただけだって。

 そもそも別に俺は喧嘩狼に何か用事があったわけじゃないんだぜ。

 今回の顔合わせは俺も想像してなかったただの偶然という事、マジでさ」

 

冗談を言っているような顔だが、多分言っていることは本当の事のようだ。

服の至るところに武器の気配がするけれど持ち主からの敵意はやはり無い。

 

「愛さん」

「わかってるよ。あっちから手を出してこない限りアタシは何もしないって」

 

いい加減敵意を振りまきすぎたか。

大が少し困ったように声をかけてきた。

 

「いや、そうじゃなくて。周り見て」

「ん? どういう事」

 

言われて周囲を見渡してみる。

そこで大が何を言いたいのか理解した。

 

「・・・・・・何見てやがる」

 

長身の不良とにらみ合いをしている辻堂愛。

成程、稲村学園の近くでやることじゃなかった。

周囲に人だかりができてしまっていた。

 

今のアタシの睨みで一気に囲みが崩れたが、このままでは学園に連絡が行き教師が来かねない。

潮時か。

 

「愛さん、そろそろ行こうか」

「うん」

 

大がいつものようにアタシの手をとって引っ張る。

その力に逆らわず、されるがままにする。

 

「それじゃ水戸さん」

「ああ、また今度会おう」

 

再び手を軽く振り合い、今度こそ帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ大。何でアイツと初対面なのにあんなに仲良さげだったんだよ」

「うーん。普通に水戸さんっていい人だから初対面なのにスグに仲良くなれた

 ・・・・・・じゃ通らないよね」

 

真剣な顔で睨んだら困った顔をする大。

何か言いづらい理由があるのだろうか。

 

大はアタシの手を握ったまま、幾分か考える素振りを見せる。

 

「水戸さん、多分俺と同じ状況になってるみたい」

 

あっさりと、完結に言い切った。

 

「俺達、じゃなくて俺とって事は」

「そう、多分一つの未来だけじゃなく、色々な先のことを知ってる」

 

何故そんな事がさっきのやり取りでわかったのか。

大自身もそうだからか。

 

「俺が愛さんやマキさん、

 恋奈の三大天だけじゃなくおリョウさんとの繋がりまである事を知っていた。

 けど前提としておリョウさんと俺との間に繋がりができたのは付き合い始めてからなんだ」

 

言っていることがよくわからない。

付き合い始めてから繋がりが出来たという事は、繋がりも何もないのに付き合い始めたという事か?

それはどういう事なのか。

 

「正確にはおリョウさんが俺と仲良くしてるのは素顔の時だけで、総災天の時はそれを隠し続けてたんだ。

 でも、水戸さんだけは事情があって俺と総災天であるおリョウさんが付き合ってる事を知ってた。

 逆におリョウさんの素顔を水戸さんは知らないと思うけど」

「あぁ、そういう事か」

 

納得できた。

つまりとある女と付き合い始めたら、そいつが総災天だった。

そして水戸はその後、大と総災天が付き合っていることを知ったが、

素顔の総災天はどんな人間なのか知らないという事か、

 

「でも。だとしたらアイツは、大がアタシとは付き合ってなくて

 総災天とだけ大が付き合ってると思ってた線は無いのか?」

「無いね。だって、愛さんの事を俺のカノジョって言ってたし」

「そう言えばそう言ってた気がする」

 

じゃあ、少なくとも二つ以上の先を知っているという事か。

 

それは厄介だ。

一度だけでなく二度以上の先の経験をしているのなら、

今後の行動はその一度目二度目よりも無駄の無いものとなる。

下手すれば別のアタシの行動パターンすら理解されており、

常に後手に回りかねない。

 

どうする。

先を知っているメリットはアタシだけじゃない。

むしろアタシ以上に先を知っている段階でアタシが不利。

 

単純に喧嘩でアタシを狙ってくるのならそんな要素は無視できるが

大の安全を考えれば無視など出来るはずもない。

 

「愛さん」

 

軍団の奴らを護衛に付けるか?

いや、流石にそれをすると大がいい気がしないだろう。

 

どうしたものか。

 

いや、あった。

たった一つだけ。シンプルな答えがあった。

 

そうだ、そうなのだ

 

四 六 時 中 ア タ シ が 一 緒 に 居 れ ば

良 い 話 じ ゃ な い か !

 

「愛さん!」

「うわ!? ど、どうした大。急に大声出して」

 

あれ。

アタシは何を考えていたんだっけ。

今の大の声ですっぽ抜けてしまった。

 

「多分、水戸さんは俺を巻き込まない方向で行くと思うよ」

「へぇ。根拠はあるのか?」

「根拠というか、基本的にどの未来でも水戸さんが俺を人質に取ることはしなかったんだ。

 まぁ俺から巻き込まれに行った時は身柄を拘束される事もあったけど、

 それは俺の自業自得であって水戸さんの望む展開じゃなかった筈だ」

 

経験からの考えか。

それは間違いなく憶測で語る言葉より確実なものだ。

 

ただ、あくまでも大の今の言葉は前提として確実ではない。

何せ最後は水戸次第だ、

必ず水戸が大に手を出さないという確証はどこにもない。

 

警戒するに越したことはないか。

 

「ちなみに、アタシの知る未来以外でアイツとどんな事があったんだ?」

 

一応それだけは知っておきたい。

相手の手段を知っておけば同じ手は少なくとも防げる。

 

「タイマンしてボコボコにされました」

「アイツ殺してくる」

「わああぁぁぁ待った待った!」

 

許さん。

人の彼氏に手を出すという事がどういう事なのか、身をもって教えてやる。

 

「違うんだ! 俺はボコボコにやられたけど俺だって水戸さんを何度も殴ったし

 結果として喧嘩は引き分けの痛み分けで終わったんだって!」

 

大の言葉に足がぴたりと止まる。

今、有り得ない言葉が聞こえたきがするぞ。

 

「大が喧嘩? アイツを何度も殴った?」

「う、うん。

 素手や木刀で何度も殴ろうとしたし、目に度数滅茶苦茶高い酒をぶっかけもした」

 

大が喧嘩。

しかも相当本格的な喧嘩をしたらしい。

嘘などではないだろう。

ただ、全くその際の状況が想像できない。

 

「アイツ、相当できるぞ。それを引き分けに出来たの?」

「まぁ、俺は俺で完全に水戸さんにしか通じない対策練った上で汚い手も使ったからね。

 それでも途中何度も気絶仕掛けたし、あんなの偶然だと思う」

 

偶然でアイツが素人の人間に負けるはずがない。

 

アタシが気づいていないだけで、大は相当肉体的なスペックが高いのだろうか。

・・・・・・今度少し鍛えてみるのも良いかもしれない。

 

「っていうかどういう経緯があってお前が喧嘩なんてする事になったんだよ」

「あ~・・・・・・えぇと」

 

ものすごく歯切れの悪い返答。

言いにくい事なのか。

だが追求したい。

 

あの大が武器を使ってまで殴り合いをしたんだ。

気にならないはずがない。

 

「――――俺を守るためにした喧嘩だ」

「うお、総災天」

「あ、おリョウさん。こんにちは」

「ん、さっき水戸に絡まれていたが怪我は無いみたいだな」

 

全く、気配すら感じさせずいきなり現れた。

 

そして現れるなり大の体を触り始め、怪我がないかの確認をする。

かなり丁寧だ。それこそ手を取り、頬に顔を近づけ撫でている。

明らかに過剰なタッチな気がする。

 

「何でお前がここにいるんだよ」

「湘南で水戸を見たという情報が入ってな。

 万が一を考えてヒロ君の身を保護しに来たんだ」

「は? ヒロ君?」

「聞き流せ」

 

ヒロ君。

何やら聞き覚えのある大に対する呼称な気がする。

はて、誰が言っていたか・・・・・・

 

「ああ、惣菜屋のがそういえば言っていたような」

「ひぃ!?」

 

自己解決だ。

うん、こう、喉に引っかかっていた小骨が取れたような。

スッキリした気分。

 

「つつつつ辻堂! 言うなよ!

 絶対に誰にも言うんじゃねぇぞ!」

「あぁ? 何がだよ」

 

何やら必死な様子で総裁天が詰め寄ってきた。

何をそんなに必死になることがあるのか。

 

「あ~、そうか。

 そりゃ湘南ヤンキー界で恐れられている総災天がカレシをヒロ君って呼んでるのは知られたくないか。

 はは、安心しな。別に誰も言いやしねーよ」

「・・・・・・うん?

 気づいてない?」

「何が?」

 

確かにそりゃ知られたくないな。

硬派と言うよりは謎に塗れた素性の知れない総災天。

そんな女が男を君付け、まるで乙女のような言葉使い。

 

うんうん、そりゃ恥ずかしいだろうな。

 

「おリョウさん。

 愛さん気づいてないみたいだよ」

「そ、そうみたいだな。

 ・・・・・・辻堂って天然なのか?」

「いや、愛さんは純粋なんだよ」

「気づいてないって、何の事だよ」

 

何か、二人がアタシに隠し事をしている気がする。

総災天が誰かに隠しごとをするのは別にどうでもいい。

しかし大にまで隠し事をされるとなると話は別だ。

 

大はアタシだけでなく、他の奴らとの記憶も持っている。

だからアタシの知らない事も沢山しっているのだろう。

ただ、そのアタシの知らないことを隠されるのは嫌だ。

 

「う、愛さん・・・・・・」

「じー」

 

見つめる。

真っ直ぐに見つめる。

 

やましい事がないのなら軽く流せるだろう。

性根が歪んでいるのなら目をそらせるだろう。

だが大はそうじゃない。

 

10秒見つめる。

大は顔を引きつらせて一歩後ずさり。

 

20秒見つめる。

手で目線を隠そうとするが、アタシが妨害。

 

30秒見つめる。

大は観念する。

 

「おリョウさん。

 元の方でも愛さんは知ってることだし、教えてあげてもいいんじゃ・・・・・・」

 

耐え兼ねた大は総災天に交渉を始めた。

何だかんだでやはり大は甘い。だから好きだ。

 

「まぁ、別に元の時間にいずれ戻るからな。

 信用できそうな奴一人くらいに知られたところでそれ程問題じゃないが」

 

目を閉じて腕を組み考える総災天。

何の話だろうか。

イマイチ把握できない。

 

「おい、辻堂。絶対に他の奴にバラすなよ。

 他ならぬヒロ君の頼みかつ、お前に借りがあるから教えるんだからな」

「お、おう」

 

何をバラすんだろう。

大を追求したのはいいけど、大元の流れがわからない。

 

首をかしげていると、不意に総裁天が自分のマスクのゴムに手を伸ばす。

何をする気かわからず、ただただ眺めていると

そのままマスクを普通に外した。

 

「え、何でマスク取ってんの?」

「お前がヒロ君に追求したことだろうが」

「え、あ、あ~・・・・・・そうだったな!」

「・・・・・・愛さん、もしかして本題わからないまま俺を追求してたんじゃ」

 

拙い。完全に疑いの目を向けられている。

何とかして知ったふうな風をふかさなければ。

 

「お、おう総災天。普通に綺麗な顔してんじゃん。

 何で今までマスクしてたんだよ」

 

見れば普通に美人さんだった。

うん、特に他にいうことはない。

切れ目で、素顔でも相手に威圧感を与えるその風貌。

 

傷もなければ醜い訳でもない。

何で今までマスクで顔を隠す必要があったのかわからない。

 

「ん? あれ、どこかで見たことある様な気が・・・・・・」

「あるんだよ、よく思い出せ」

「ほら、愛さん。

 俺のご近所方面とかに似たような人いなかった?」

「大のご近所? うーん」

 

首をひねる。

 

そういえばいたような。

とは言え、こんな存在感ある奴をアタシが忘れるはずない。

でも確かに心当たりはあるんだよな。

 

「何で顔を見て思い出せないんだ!」

「よ、よい子さん落ち着いて!」

 

何故かキレる総災天。

そんなことを言われても、知らないんだから仕方ないだろう。

 

うん? そういえば今大がよい子さんと言ったような。

 

言われてみれば似ている気がしなくもない。

 

「う~ん・・・・・・」

 

じっくりと見る。

下から、横から、正面から。

確かに、大の贔屓にしている惣菜店の一人娘だった。

 

「何で大の姉貴分が総災天の真似事してるんだ?」

「真似事じゃなくて俺が総災天そのものなんだよ!」

 

え、マジで。

 

戸惑う感じで大を見る。

大はアタシの目を見ると、肯定するように頷いた。

 

言われてみれば確かに見覚えはある。

だが、余りにもあの惣菜屋の姉さんと比べて印象が違いすぎる。

 

「それだけお前が戸惑っているという事は、俺の変装も中々だったようだな」

「はは、俺も素顔を見てもおリョウさんとよい子さんが同一人物だとは思わなかったしね」

「それは君と辻堂が天然だからだと思うが・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで辻堂。水戸の件、どう動くつもりだ」

「どうもしねーよ。アタシや大に危害を加えるのならさっさと消す。

 けどそうじゃないのなら目障りにならない限り無視」

 

そういうと思っていた。

完全にマキと同じ答えだ。

 

まぁマキの場合は不良やめた手前、自分からベンテンに攻撃を仕掛けられない。

アイツが誰かを殴るのは自己防衛や誰かを守るためという前提が必要。

 

「受身なのは結構だが、水戸の奴は侮れない。

 俺は後手に回って安全とは思えないな」

「だったらお前がどうにかすればいい。

 アタシは決断を変えるつもりなんてサラサラないぞ」

 

この場にヒロ君はいない。

少し物騒な話になるから先に帰ってもらった。

勿論家までちゃんと俺達が送り、それから俺達が近場の喫茶店へ入った流れだ。

 

「恋奈の方はどうなんだよ。

 アイツはアタシや腰越と同じ選択をするとは思えないけど」

「恋奈はまだ様子見だ。

 相手の行動がまだ全くわからないからな」

「へぇ。じゃあ三大天全員受身ってことだな」

 

どうでもよさげな態度を崩さず、ココアを口に含む辻堂。

 

「・・・・・・俺に気にせず砂糖を追加したらどうだ」

「何でお前がアタシの好みしってんだよ」

「それだけチラチラと砂糖見ていれば誰でもわかる」

 

俺に自分の好みを把握されたことが悔しいらしい、

微妙な表情でシュガースティックを数本取り、アイスココアの中に追加。

甘すぎやしないのだろうか、俺にはとても飲めそうにない。

 

そう思いながら俺は自分で注文したくず餅を食べた。

 

今の俺は普通にプライベートな姿だ。

マスクもしてないし服装もジーンズにいつものシャツ。

気楽なものだ。

 

「不良を抜けたマキや乾の方がお前や恋奈よりよっぽど頼りになりそうだ」

「どういう事だよ」

 

乾はともかく、マキに比べられた事に腹が立ったらしい。

食いついてきた。

 

「二人共、喧嘩は仕掛けないが情報は集めると言っていた。

 恐らくマキは今水戸の動向を探っているだろう」

 

マキの行動は全く読めないが、それでも大の身に何かあるようならば全力で警戒するだろう。

アイツはそういうやつだ。

 

乾の方は乾の方で持ち前の立ち回りの上手さで何かしら独自の情報を手に入れるはず。

 

「へぇ。総災天、お前やたらとベンテンを警戒してるんだな」

 

当然だろう。

 

「良いか辻堂。ベンテンは湘南を制覇することが目的だ。

 ならその湘南の不良の誰を倒すことが制覇に繋がるか、わかるだろう」

「三大天、だろうな」

「そうだ。だがはっきり言えばアイツ等ベンテンにお前やマキを倒せるとは思えない。

 何せお前は一人で俺の代わりに――――いや、この事は知らせるべきじゃないか」

 

まさかお前が俺の代わりに500人以上の不良を一人で壊滅させたなど言えない。

知っているのはあの辻堂と俺とヒロ君だけでいい。

 

「なんだよ」

「何でもない。ともかくだ、恐らくベンテンは最初は江之死魔を狙うだろうが

 それも難しい様なら確実に搦手を使ってくる」

 

正攻法だけを選ぶ人間なら最初から不良等にならない。

いや、辻堂は正攻法しか選ばないような気もするが

ともかく水戸はそういう人間ではない。

 

「辻堂、ともかく警戒だけはしておけ。

 ヒロ君に何かあってからでは遅い」

 

はっきり言えば、俺が水戸を警戒する理由の大半の動機がこれだ。

江之死魔がどうなろうと、湘南の不良がどうなろうと

俺の家族や、そのご近所の人たち。湘南BABYや長谷家。

そしてヒロ君が守れるならばそれでいい。

 

その為ならなんだってするし、必死にもなる。

そしてそれは今、本来居るはずのないこの時間の世界だって例外じゃない。

元の時間に戻るまではやはりここを守りぬく。

 

「わかってるよ。大だけは何があってもアタシ等不良のいざこざに巻き込まない。

 それだけは約束してやる」

「そうか、なら良い」

 

ヒロ君を守ってくれるだけで充分だ。

 

「だがな、総災天。

 お前、少し勘違いしてねぇか」

「勘違い? 何をだ」

 

辻堂はココアを一口のみ、カップをテーブルに戻す。

 

「大はそんなに守られてばかりの弱い男なんかじゃない」

 

本当に、コイツはヒロ君の本質を知っているらしい。

成程、伊達にバージンロードを歩いたわけじゃないな。

 

「そんな事は知っている。

 彼が強い人間なのは誰よりも俺が知っている」

「へぇ、言い切るじゃん。

 伊達にテメェの為に大が水戸とやりあった所を見てたわけじゃないんだな」

「・・・・・・まぁな」

 

首をすくめる辻堂。

 

「彼は強い。だが、前提として一般人なんだ。

 俺は不良のいざこざにヒロ君を巻き込みたくない」

 

不良の問題は不良同士で解決するべきだ。

だからどんなに彼が強い人間だとしても巻き込みたくはない。

 

「同意見だ」

 

否定せず、同意する。

そして辻堂は一気にココアを飲み干し、カップをおいて立ち上がった。

 

「わかったよ。総災天、その熱意に討たれたよ。

 何かベンテンの事でわかった事があればアタシにも言え。

 お前や江之死魔でどうしようも無い場合に限って力を貸してやる」

 

そう言って勘定に向かい始めた。

 

「そうか。助かる」

「勘違いすんなよ。

 アタシが力を貸すのはあくまでも大の為だ。

 江之死魔にだけ被害がある喧嘩なんかで呼ばれたとしても力なんて貸さねぇぞ」

「わかってる。それで充分だ」

 

こいつにはまた借りができそうだ。

差し当たって―――――

 

「勘定は俺がする。奢らせてくれ。

 といってもお前、ココアくらいしか頼んでいないが」

「ん、さんきゅ」

 

辻堂の手にあった伝票を奪い、俺が会計を済ませた。

 

そして財布をしまい、二人で喫茶店をを出る。

 

「あ、あのさ・・・・・・」

「ん? 急にどうした」

 

何やら店を出たとたんソワソワし始めた辻堂。

何だろうか、トイレでも我慢しているのかと疑うがそれも違うようだ。

 

「大が水戸と喧嘩した時の事、興味あるんだけど」

 

あぁ。そう言えばコイツやたら気にしてたな。

 

「・・・・・・水戸やヒロ君当事者たちに直接聞けばいいだろう」

「だって、大って自分の武勇伝とか語らないだろうし、

 水戸は話聞いてたら殴り倒しちゃいそうだし」

 

まぁ、彼氏をボコボコにした張本人の話など聞いてたら辻堂ならそうするか。

とは言え俺も教えるつもりはない。

 

あの時の映像は未だ鮮明に残っている。

俺の為に痛みに耐えて何度も立ち上がり、死ぬ気で勝てない勝負に挑むあの姿。

そして結果としてその勝てない勝負に勝ったその結末。

 

惚れ直した。

そんな言葉すら生ぬるいほどあの時俺は彼を強烈に男として見た。

守ってあげたいと思っていた男の子だったのに、逆に俺が守られた。

それは嬉しくて、それでも俺の為に怪我をした事が悔しくて。

 

「何にせよ俺は語るつもりはない。

 俺の為に必死になってくれたあの時の彼の姿は俺だけのものだ。

 当事者以外の誰とも共有などしたくない」

 

きっぱりと断る。

余計な期待を持たせるのも失礼だ。

 

ただ、懸念として辻堂がヘソを曲げるかと思った。

だがそれは杞憂のようで

 

「そっか。そうだな、大切な思い出ってそういうもんだよな」

 

何やら、一切後に引かないさわやかな反応が返って来た。

 

「ワリィな、今のはアタシが失礼だった」

 

・・・・・・こういう邪気のない真っ直ぐさがヒロ君と波長が合う一因だろう。

俺自身今の辻堂の反応でこいつに対する評価が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということがあってさ」

「へぇ。そこまでよい子さん警戒してるんだ」

 

今日もよい子さんと恋奈は江之死魔の集会だ。

流石にベンテンが来たとあって緊急事態なのだろう。

そしてマキさんと梓ちゃんもベンテンの偵察で忙しいらしい。

 

まさか不良を抜けた二人がベンテンの偵察に出るとは思ってもみなかった。

 

その事を愛さんに語ると

 

『よかったな、お前のためだぜ。愛されてるじゃん』

『あだだだだだだだ!?』

 

と、思い切りつねられた。

嫉妬されたらしい。

 

「でもさ。腰越の奴、警戒するんだったら全員元の時間に戻せばそれで解決する話だろうがって思うんだよな」

 

まぁ確かに、愛さんのいう事も最もだ。

ただ、俺は別の見方があった。

 

「愛さんはさ、俺たちが元に戻った後

 今ここにいる時間はどうなると思う?」

「どうって・・・・・・あれ、そういえばどうなるんだ?」

 

それは俺にもわからない。

 

記憶はそのまま、元の時間に飛んで、この体の俺達はまるでここ数日の記憶がない状態になるのかもしれない。

もしくは全て覚えていて、全く同じ記憶を持つ二つの記憶がここと未来の二つに分離するだけなのかもしれない。

 

なんにせよ、戻ったあとのこの世界がどうなるのかは誰にもわからないのだ。

 

「マキさんや恋奈、よい子さんはそれを考えてここまで警戒してるんだと思う。

 梓ちゃんは・・・・・・どこまで考えてるかちょっとわからないけど」

 

あの子はあの子で察しがいいから気づいてるかもしれない。

 

ともかく、今この時点の問題を解決してから元に戻る事になりそうだ。

 

「ま、どうでもいいよ」

 

様々な問題を愛さんはばっさり切り捨てた。

面倒だからかと思ったが、それは愛さんの性格上考えづらい。

 

考察する俺に愛さんは軽く微笑みながら柔らかく抱きついてきた。

 

「アタシには大が居ればそれでいい。それだけで満足だ。

 大がいるのならずっとこのままでもいい、だからアタシは大の身を守ること以外興味なんて無いよ」

 

返答に困った。

 

ここまでストレートに好意をぶつけられると、それに見合う返答が見つからないのだ。

どんな言葉を返しても、今の彼女の言葉ほどの重みがなさそうだ。

 

「愛さん、俺は」

「好きだ、大」

 

俺に首を回し、顔を見合わせる。

 

力を入れているわけでもないのにその力に抗えない。

いや、そもそも抗おうとも思わない。

 

「あ、愛さん」

「黙ってろ。アタシが今日はそういう気分なんだ」

 

どうやら今日は愛さんが強気で行きたい日らしい。

本来ならばそういう日はもう愛さんにされるがままになる。

 

積極的な愛さんもやっぱり綺麗だ。

だが今この現状では以前梓ちゃんに断ったように同じく拒否しないといけない。

 

「あん、んちゅ――――んはぁ・・・・・・大ぃ」

「あぅ・・・・・・あ、愛さん」

 

さっきから啄むように俺にキスをしてくる愛さん。

 

口がまともに開けないため止める言葉がだせない。

 

「あは、おっきくなってる」

「う、これは」

「いいって。ちゃんとアタシが小さくしてやるから」

 

拙い。

今日に限って愛さんがいつもより積極的だ。

 

俺のペニスをスラックスの上から優しく、けれど手馴れたようになで上げる。

そのなで上げる感触に俺は言葉を失う。

 

「んん・・・・・・大の汗、美味しい」

 

俺のペニスに手で奉仕しながら、首元に舌を這わせる。

汗ばんだ俺の肌をまるでヘビのように舐め上げ、恍惚の表情をする愛さん。

既に俺のモノは完全に硬度を増していて、今にも愛さんにいれたくて仕方がない。

 

流されてもいいか。

一瞬そんな考えが頭を支配する。

 

ダメなんだ。

俺の考えとか、そういうのを無しにしても今日は絶対に駄目なんだ。

 

俺は愛さんの肩を掴み、引きなはそうと手を動かした。

その時

 

「させるかぁ! ドッキングなんてさせるものかぁ!」

「うひゃあ!?」

 

突然俺の扉が蹴り開かれた。

それに驚いた愛さんがお尻からフローリングに落ちる。

 

ドジっ子みたいな愛さんも可愛いなぁ。

 

「つーじーどーさん。何をやってるのかしら?」

「え、えぇと・・・・・・その」

 

そうなのだ。

今日は姉ちゃんがいるのだ。

そりゃこうなるわな。

 

「シットシットシット!

 私の家、そして愛の巣に泥棒猫なんざお呼びじゃないのよ!」

「ど、泥棒猫・・・・・・舐め猫みたく可愛いのかな?」

「いや愛さん、猫呼ばわりされたからって喜ばないで」

 

どうにも姉ちゃんは姉ちゃんで別の時間の記憶があるらしい。

俺もそれがどんな記憶かは知っている。

まぁなんというか、言わずもがな姉ちゃんとそういう関係になった記憶だ。

 

ただ、その記憶のせいで今この現状で困ったことがあり。

 

「大は私の弟。すなわち大の全ては私のもの。

 オーケー?」

「オーケーなわけあるか、異議あり!」

「認めません。あ、判決は島流しね」

「暴君かよ!」

 

姉ちゃんが凄い大人気ないのだ。

何やら俺を独占しようとしてる。

 

「ひ、大ぃ・・・・・・」

 

本気でお説教かましてくる姉ちゃんに参っているらしい。

涙目で俺に助けを求める愛さん。

助けねばなるまい。

 

「姉ちゃん。

 下に降りて三人で一緒に晩御飯作ろうよ」

「やだ。お姉ちゃんは辻堂さんの教育的指導に熱心なの」

「姉ちゃん。たまには俺も姉ちゃんと一緒に家事したいな」

 

できる限り一緒にというワードを強く強調する。

 

今の記憶を引き継いだ姉ちゃんの扱い方として、どうも俺のおねだりには弱いらしい。

それを考えての言葉だ。

 

「そんなに私と一緒にしたいの?」

「したい。凄くしたい。

 姉ちゃんがいないと俺もう何もできる気がしない」

 

何かもう俺がただのダメ人間みたいだけど、

愛さんのためだ。

 

「仕方ないわねぇ。もう、ヒロはいくつになってもシスコンなんだから。

 ほら、お姉ちゃん先行ってるから」

「う、うん」

 

・・・・・・嵐はあっけなく去った。

 

そしてこの嵐は見事なまでに俺と愛さんとのエロイ空気をかき消していった。

 

取り残された俺と愛さん。

互いに今の姉の凶行の名残に沈黙する。

 

「・・・・・・ごめん、ウチの姉ちゃんが」

 

何かもう申し訳なくなって取り合えず頭を下げた。

 

「畜生、良い空気だったのに」

 

愛さんは結構本気で悔しがっていた。

何にせよ、今後長谷家では今みたいなエロイ空気は姉ちゃんがブチ壊すであろうことがわかった。

因みに姉ちゃんと俺の場合はというと、

 

既に事情は説明済みだったりする。

そして要領のいい姉ちゃんは姉ちゃんで、マキさんに頼らない別の戻る手段を既に見つけているらしい

でも俺が戻るまでは待ってくれるようだが。

ともかく、姉ちゃんにも夜のそういった体と体の関わりは戻るまで我慢してもらうことになった。

 

代わりにやけ酒する頻度が増えたが、俺の都合を押し付けている手前それを諌めづらい。

 

『ヒロー! 辻堂さーん! 早く降りて来なさーい!』

 

姉ちゃんの呼ぶ声が二階に届く。

 

「愛さん、行こう?」

 

手を差し出す。

微妙に涙をこらえてぐずってる子供っぽい愛さん。

その姿に母性的なものが刺激された。

 

差し出した手を動かし、愛さんの頬に添えた。

 

「今は愛さんとそういう事は出来ないけど、

 でもこのくらいなら出来る」

「あ・・・・・・」

 

添えた頬に優しくキスをする。

 

「今はここまでしかできないけれど、

 これで許してくれないかな?」

 

精一杯の誠意を見せようにもその表現の仕方が思い浮かばない。

だから今は口だけだ。

でも、例え行動で示さなくても互いに心は通じ合う仲なはず。

 

「いやだ、物足りない。

 キスだけじゃ嫌だ」

 

ごねる愛さん。

普段俺以外にはクールなぶん、俺と二人きりになると誰も見たことない彼女の別の顔が見られる。

それはすなわち俺が特別扱いされているというわけで、嬉しい。

 

「それは困ったな。

 じゃあお姫様、次はどのようにすればいいでしょうか」

 

既に互いにエロい事をする空気じゃない。

だから俺は少しクサイが、芝居がかった言葉を選ぶ。

 

愛さんも俺の突然のバカみたいな芝居に苦笑した。

 

「それじゃあ、お姫様だっこしてくれ。

 素肌を合わせられないなら、せめて服越しでもくっつきたい」

「仰せのままに」

 

愛さんの、その細い体に手を回し抱き上げる。

相変わらず軽い体だ。

この細腕のどこに男を星にする力があるのかと真剣に考えてしまいそうになる。

 

まぁ、今はそんな事よりすべき事がある。

 

「それじゃあこのまま下まで降りようか」

「ああ。お願い」

 

俺の顔に頬ずりする愛さん。

 

柔らかくて瑞々しいその肌の感触に俺は驚いた。

 

「大。戻ったら・・・・・・そのさ、戻るまでお預けだった分

 その、さ・・・・・・」

「わかってる。出来なかった分を取り返すくらいしよう」

「う、うん・・・・・・」

 

自分で誘っておいて照れたらしい。

 

俺はそんな愛さんに微笑ましいものを感じながら彼女をお姫様だっこしながらキッチンへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

その後、そのイチャつく俺たちの姿をみた姉ちゃんに鉄拳制裁を貰ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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