辻堂さん達のカーニバルロード   作:ららばい

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3話:泥沼キャットファイト

「ふぅ、折角の土曜日を部活で潰しちゃうってなんだか損な感じ」

 

仕方がない。

部活とはそういうものだ、だから自分は嫌がったし今だって好きなわけではない。

何せどれだけ頑張って凄い記録を出したとしても自分は公式大会には出られないのだ。

報われない感が半端ではない。

 

けれどツケが来たといわれればそれまで。

センパイや恋奈ちゃんに言っても自業自得だと言われるだろう。

いや、センパイは優しいからもっと別な言い方をするだろうな。

 

「うげ、もう夕方かよ・・・・・・センパイ今日は家にいるかな」

 

携帯で時刻を確認すればもう五時を過ぎていた。

結局朝から晩まで試合にも出られないのに走らされ続けたわけか。

 

取り敢えずメールでセンパイに今どこにいるのか確認する。

事前にこちらの部活終わる時間を伝えていれば迎えに来てくれたのだろうけど、

何時に終わるのか全くわからなかったので敢えて伝えなかった。

流石に何時間も待ちぼうけを食らわせるのは申し訳ない。

 

メールにはシンプルに『今どこですか?』

とだけ打ち込み、送信。

 

これで僅かなタイムラグ後、センパイにメールが届くだろう。

携帯を仕舞って手頃なベンチを見つける事にする。

返信来るまでそこで時間を潰そう。

そう思い足を動かした瞬間、後ろから聞きなれた着信音が。

 

誰か後ろにいたのかと思い振り向く。

 

「・・・・・・何でセンパイがここにいるんすか」

「あちゃ、気づかれちゃったか」

 

そこにはセンパイがいた。

 

いたずらがバレた子供のような、少しバツの悪い顔。

 

「いや、ここで梓ちゃん待ってたんだけど。

 後ろから驚かそうと思って隠れてたんだ」

「待ってたって、なら部活の方に顔を見せてくれればよかったんじゃ」

 

そうすればセンパイにいい所みせるべくもっとやる気がでたのに。

とは言えない。流石にそこまでいうのは照れくさい。

 

「一度見に行ってたんだけど、何時に終わるかわからないみたいだったからさ。

 待ってる俺を見てたら梓ちゃんも練習し辛いだろうし、外で待ってたんだ」

 

相変わらず気を利かせる人だ。

その過剰なまでの他人本位な姿勢に呆れ半分嬉しさ半分。

 

「ほら、それじゃあ帰ろうか。

 お腹空いただろうし晩御飯にしよう」

「はいはーい。提案、今日はゲティな気分っす」

「はいはい。それじゃあ一品はそれで行こうか」

「えへへ、ども」

 

伸ばされた手を取る。

 

あったかい。

男の手だけあって柔らかくはないけれど、男の手だけあって大きい。

その手を恋人つなぎにして横に並んだ。

 

「荷物もつよ、疲れてるでしょ」

「はい、それじゃあお言葉に甘えます」

 

本当に気の利く人だ。

気づかれないようにあずを歩道側、自分を車道側へとポジション入れ替えているし

天気予報でも見たのだろうか、折りたたみ傘を二つ隠し持っているのもわかる。

 

「センパイ、帰り道に駄菓子屋寄りましょうよ。

 うめー棒食べたいっす」

「ん~、いいけど。でも食べるのは晩御飯の後にするんだよ?」

「わかってますって。

 ふふ、つかれた体に甘いお菓子ってクリティカルヒットなんですよね~」

 

いい気分になって繋いだセンパイの手を握り、大きく振る。

気分よく足を進めていると、横からセンパイの視線を感じた。

 

「なんすか?」

「いや、飯食べたあとのお菓子は体重にもクリティカルヒ――――ぶほぉ!?」

 

最後まで言わせずに威力増し増しのデコピンを食らわせた。

大丈夫だっての。

元からカロリー消費しまくる体質な上にハードな部活までしている。

更に自分はどんな鍛え方をすればどこの部分が痩せるかなどの知識も備えている。

死角はない。

無いのだ。

 

「そう言えばセンパイ、今日は昼とかどこか行ってたんですか?」

 

別段センパイの私生活を逐一監視するつもりはないが、

彼女として知っておきたいとも思う。

 

聞かれたセンパイは痛む額をさすりながら答える。

 

「愛さんとデー―――――あぶぁ!?」

 

二度目のデコピン。

最初のより威力があったと思う。

 

「サーセン。怒るつもりなかったんですけど、

 実際にイメージしたら滅茶苦茶腹立ちました」

「う、うん。殴られても仕方ないよね」

 

センパイはセンパイで色々と覚悟を決めているらしい。

 

この場合の被害者は様々な記憶がごった返しているセンパイなのではないだろうか。

まさかセンパイが好きな人に格付けできるはずがない。

平等にみんなに接しては皆から嫉妬の一撃を食らっているのだろう。

いっそのこと記憶を一つしか引き継げていない方がマシに違いない。

 

「もう、そんな事言われたら逆に責めらんないじゃないっすか」

 

センパイの気苦労はあずや辻堂センパイ達の比じゃないだろうに。

それを見せないあたり流石か。

うん、流石センパイだ。

 

「うん、ごめん。そうだ、お詫びと言っちゃなんだけど何か奢るよ。

 アイスとかさ」

 

どうやらお財布に余裕がある様子。

センパイはにこやかに笑いながら提案を出した。

自分はそれに少し思案するが

 

「遠慮しときます。っていうかうめー棒ちょこ味がいいっす」

 

あれでいい。

あれがいい。

 

センパイにおごってもらえる自分にとっての甘いものはあれが一番しっくりくる。

 

「そっか。それじゃあ行こうか」

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「大人しく持ってる金だせや、無駄に痛い目見たくないだろ?」

「ひぃぃ! こ、これは息子の誕生日プレゼント買う金なんです!

 頼むから見逃してください!」

「うっせぇな。金なんざまた稼ぎゃいいだろうが。

 それとも入院費まで稼ぐハメになったほうがマシってか?」

 

センパイと一緒に駄菓子を買い、家に向かっているとカツアゲしている所に出くわした。

 

いや、正確には見つけたという所か。

少し離れた裏路地におばさんが不良二人に引っ張り込まれていた。

 

あの顔は見覚えがある。

江之死魔の奴らだ。

どうやらまだ恋奈ちゃんはカツアゲしている奴らを対策していなかったらしい。

いや、センパイ捜索に忙しかったから単純に手が空いていなかっただけだろう。

 

「・・・・・・梓ちゃん、ちょっと先帰っててくれる?

 俺さっきのお店に忘れ物したみたい」

「は? ちょっとセンパイ」

「いいからいいから、ね。先帰ってて」

 

多分アイツ等に割り込むつもりだろう。

嘘が下手くそすぎる。

 

「センパイ、あのおばさん助けるんすか?」

 

ぎくりと体を固まらせた。

ビンゴみたいだ。わかりきっていたことだけど。

 

「あぁもう。本当にお人好しなんだから」

 

困った人だ。

だったらあずがアイツ等叩きのめそうかと思うが、それだとセンパイの顔を立てられない。

さて何か良いアイディアはないだろうか。

 

そうだ。閃いた。

 

「そっすか。じゃあ勝手に危険に巻き込まれてください。

 あずは知りませんから」

「うん。それじゃあまた後でね」

 

冷たく突き放したはずなのに優しげな言葉をかけてくるセンパイ。

見捨てる気など欠片もないのだが、罪悪感が押し寄せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

センパイと分かれてから、物陰に隠れる。

 

センパイの事だから恐らくおばさんを引っ張って逃げる作戦で行くだろう。

そう思い待機する。

 

「おいこら待てや!」

「お断りでござる!」

 

案の定間もなくセンパイが予想通りに飛び出していた。

 

なかなかの逃げ足ではあるが、あれじゃあ逃げきれないな。

それ見たことか。

全く、手間をかけさせてくれちゃって。仕方ないな。

 

「はいはい。アンタら、ちょっと待ってくださいねー」

「「あぁ!?」」

 

物陰から飛び出し、センパイを追う集団の前に飛び出した。

 

突如後ろから回り込んできたあずに驚き足を止める不良ども。

後ろを確認すれば現在進行形で立ち止まった不良から距離を離すセンパイ。

これならば逃げきれるかな。

 

「ねぇアンタら。江之死魔ってカツアゲ禁止じゃなかった?」

「げ。い、乾・・・・・・さん」

「あぁ、さん付けはいいよ。自分江之死魔抜けちゃったし」

 

こちらの素性をしって露骨に態度を変える。

 

「で、どういう事だよ。返答によっては恋奈ちゃんにチクるけど」

 

その言葉に慌て始める不良ども。

よほどチクられたくないらしい、そりゃそうか。

恋奈ちゃんのこういう裏切り者のヤキ入れは凄い。

怯えるのも仕方がない。

 

「だ、だったら乾さん! 

 俺らも前に乾さんに財布取られたことバラさせてもらいますよ!」

「あぁ? 好きにしろよ」

 

今更そんな脅しが聞くと思ってるのか。

こっちはもう江之死魔抜けてるし、

何よりこの世界の恋奈ちゃんはあずがカツアゲに関与してたのなんてとっくに知っている。

 

後暗いことなんて欠片もない。

 

だがこの余裕の態度が不良たちには大変宜しくなかったようで。

 

「だったら・・・・・・オイお前ら!

 今から弱み握ってバラせないようにするぞ!」

「ありゃ、結局そうなっちゃいますか」

 

大人しく引き下がってれば見逃してやったものを。

賢くない奴らである。

 

不良どもは息荒くして集団で飛びかかってきた。

 

全く、無駄な手間増やしやがって。

まぁ良いか。これなら正当防衛で通じるだろう。

 

「しゃーねーな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ。乾の抜けた穴は中々にデカイな。

 恋奈、早いところ代わりを見つけてくれ」

「そう言われてもね、そもそもそのポジションはかなり重要だから、

 よっぽど信頼できる奴しか任せられないのよね。

 だから代わりを見つけようにも・・・・・・ハナはともかくティアラとか絶対無理だし」

 

代役の候補はいくらかいるが、それにしたってやはり梓やリョウのようには行かないだろう。

 

適材適所。

梓の場合、その重要なポジションに置いたせいで一度ひどい目にあったけれど。

ともかくリョウならば間違いないと思う。

何せこいつは以前、一度江之死魔を抜けたあとに、

損得の感情を捨てて敗色濃厚の江之死魔に再び力を貸してくれた。

 

信用に値する。

 

しかもリョウには申し訳ないが、リョウ自身の適材適所なポジションが幅広い。

器用貧乏ではなく万能なのである。

諜報から統率、事務的管理、何より喧嘩。

組織構成におけるほとんどの分野で期待通りの活躍をしてくれる。

 

・・・・・・流石総災天だ。

 

「・・・・・・まぁ、急かしはしない。

 充分に吟味して後悔しない人間を選ぶことだな」

 

こっちが本気で困っていることに気づいて大人しく引いてくれる。

本当に人の感情の機微にも鋭い。

 

何というか、本当にリョウを江之死魔に入れることができて良かったと思うばかりだ。

この人材がもうすぐ卒業し、ヤンキーを引退するという事が余りにも惜しい。

手放したくない、何としてでも。

 

「えぇ。感謝してるわ、リョウ」

「じゃああずにも感謝してくださいよ」

「は?」

「ん、乾か」

 

リョウと話していると、本拠地の入口から聞きなれた声が。

見ればそこには梓の姿があった。

 

ただ、どうやら一人ではない様子。

 

「あら、そいつらは」

 

今日、ティアラ達に探しに行かせた奴らだ。

詰まるところ、この六月中旬の時点で江之死魔の規則を破り、カツアゲ行為を行っていた奴ら。

今日からこいつ等江之死魔にとっての膿を取り除こうと計画していたのだが

先に梓が見つけたか。

 

捕まえる過程で梓が手を出したらしく、ボコボコにされている。

しかもどうやら自分であるかせたらしく、逃げないように首に紐までかけられていた。

 

「どぞ、こいつ等が一般人カツアゲしてた所を捕まえました」

「そう。アンタなら見て見ぬふりすると思ってたけど」

「そうするつもりでしたけど、センパイが襲われてた人助けちゃいましたからね。

 あのまま放って捕まっちゃ危ないし、念のためっすよ」

 

大め、危ない事に首を突っ込むなと常日頃言っているのに。

ともあれ、やっていることは大らしい。

全く、後で怪我でもしなかったか見に行かないと。

 

「アンタ江之死魔抜けたんでしょ。こいつ等連れてきて貸しでも作ったつもりかしら」

 

リョウは部下に指示をし、梓が連れてきた奴らを別の場所へ連れて行く。

いい手際だ。

 

必然的に私と梓だけがこの場所に残ることになった。

語りにくい話題もこれで出来ることになった。

多分これもリョウの気遣いだろう。

 

「捻くれてるなぁ。これはただのケジメだよ」

 

ケジメ、か。

今、目の前にいる梓は私の知る梓とは違い、暴走王国で江之死魔に歯向かうことはなかった梓だ。

また、カツアゲを煽動する事もなかったらしい。

一応梓自身が江之死魔に下る奴らに時々カツアゲをしていた事はあったらしいが。

 

それでも私の知る梓とは大きく違う。

 

「ねぇ梓。アンタの知ってる私とアンタはどういう関係なの?」

 

知っておきたかった。

梓自身がカツアゲをしていた事により、少なからず江之死魔内にカツアゲを許す空気ができていた。

更に過去を隠され二重に裏切られたと感じた私は梓を江之死魔から追放したらしい。

 

納得できる。恐らく私も同じ事をするだろう。

 

だが、その後何かひと悶着あって梓と別の私は和解した所までは知っている。

けれど、その私がどんな気持ちで梓を手元に置くことをやめたのか。

それだけはわからなかった。

 

「ふふ、知りたい?」

「うざいわね、もったいぶんないでよ」

「う、サーセン」

 

ちょっと強く出たらすぐにヘタレる。

相変わらずだ、私の知る梓と何もかわりない。

 

「その、ダチ・・・・・・です」

 

・・・・・・ダチ、ねぇ。

 

「奴隷でも舎弟でもなくて?」

「当たり前でしょ! 何で自分が奴隷になんなきゃならないんすか!?」

 

そう言われても実際に私の奴隷になってたのだけれど。

まぁいい。

何となくわかった。

 

「じゃあ恋奈ちゃん、そろそろあず行くね」

 

少し気まずそうな、それでも親愛を感じる微笑みを残しその場を去ろうとする。

 

恋奈ちゃん、か。

向こうの私とも随分いい関係を築けているようで。

 

「梓、不良じゃないのならもうここには来ないでよ」

「・・・・・・はい」

 

こういう突き放される言葉にもなれているらしい、

トボトボとした歩き方でその場を離れる。

 

「アンタがまた不良と思われて学園で差し支え出たら困るでしょ。

 プライベートでならいつでも遊んであげるから、私に会いたいなら好きな時に連絡しなさい」

「え、恋奈ちゃん?」

 

どうせ今の私には嫌われたと思っていたのだろう。

意外そうな顔をしてこちらを振り向いてくる。

その弱々しい顔に私はどうにも弱い。

 

「ほら、さっさと行きなさいよ。

 どうせこの後大の所行くんでしょ?

 私もアイツ等の始末が終わったら行くから先に行ってなさい」

 

シッシと手を払い散らせようとする。

そんな扱いをされておいて、梓は何故か嬉しそうに目を輝かせた。

 

「うん、恋奈ちゃん」

 

先ほどとは打って変わって、明るい足取りで歩み始め再び立ち去る梓。

私の知る梓との確執を私はあの子に押し付けない。

そして、あの子の知る私の意思も反故しない。

 

別の私と和解したのなら、それでいい。

私も同じように仲良くする。

いつまでの別の私がウダウダいうのなどお門違いだろう。

 

離れていく梓の背中を見ながら私は自嘲気味に笑い、ソファーに座った。

 

「随分機嫌が良さそうじゃないか」

「うわ! リョウ、いつからいたのよ!」

「いや、普通に今戻った所だが・・・・・・

 顔色がさっきと比べて随分良いみたいだな、乾と何かあったか」

 

否定はしない。

何せもうあの梓とは主従関係もなく、完全な対等だ。

いい友達。

 

「まぁね。それよりリョウ、この後用事あるからアイツ等の処分はじめるわよ

 ・・・・・・なにその顔」

 

何故か微妙そうな顔をするリョウ。

 

「用事とは、彼に会いに行くことか?」

「え、ええ」

 

リョウはこちらの事情を知る一人だ。

隠し事を互いにしない。

ただ、今のリョウは何か私に隠し事している気がした。

 

「何よ、含みがある反応するじゃない」

 

食いついてみる。

するとリョウは言うべきか迷う仕草を見せた。

何か私に言いづらい事でもあるのだろうか。

 

「いや、多分彼の家にはマキもいるぞ。

 乾共々せいぜい怪我をしないように気をつけるんだな」

「げ、腰越が!? なんでよ!」

「マキ本人から聞いたことだが。マキは夏の間にヒロく・・・・・・彼と同居を始めたらしい。

 それを今も引き継いでいると言うところだろう」

 

はぁ!? 同居!?

この私を差し置いて?

ありえないだろう常識的に考えて。

 

「ごめんリョウ。後は全部任せるわ。

 ちょっと私先に上がるからよろしく言っといて」

「あ、おい」

 

急いで特攻服を脱ぎ、鞄を持って走る。

こうしちゃいられない、同居など許すものか。

 

声をかけてくるリョウを無視してその場を後にした。

 

 

 

「もぅ、私もヒロ君の所行く予定だったのに。

 これじゃあ夕飯時過ぎちゃうじゃない・・・・・・」

 

何か、リョウが聞いたことのない口調で愚痴ったように聞こえたが気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「腰越ぇ・・・・・・人のカレシと何同居なんて始めてるんだコラ?」

「何でお前に断らなきゃなんねーんだよ」

 

私が着いた時には既に戦争が始まっていた。

 

「なにこれ。梓、大。説明してよ」

 

長谷家のリビングには既に二つのブロックができていた。

 

辻堂と腰越による一触即発メンチ切りエリア。

そして大と梓の他人の振りしてお食事エリア。

その異様な光景に私としたことが理解に苦しむ。

 

「いや、えぇと。愛さんが晩御飯作りに来てくれたんだけど」

「飯食ってる時に腰越センパイが口走っちゃったんすよ」

 

ああ、さっきリョウが言っていた奴か。

大の家にマキが住み着くと。

 

「梓、アンタはあっちで腰越に何か言わないの?」

 

素知らぬ顔で味噌汁を啜る梓に聞いてみた。

 

「言いません。腰越センパイ怖いし」

「このヘタレが」

 

もういい、コイツが逃げ腰を極めているのは周知の事実だった。

だったら次は

 

「大、アンタもアイツ等止めたりしなくていいの?

 この家ぶっ壊されかねないわよ」

「はは・・・・・・俺ってどっちの味方に付けばいいんだろうね」

 

何やら記憶が複数あるポジションならではの悩みだった。

腰越との記憶では同居を認めているが、辻堂との記憶ではそれはできない。

成程、随分コイツはコイツで苦労しているらしい。

 

でも今コイツ現実逃避して梓同様味噌汁飲んでるわね。

 

「ちっ、腰抜けどもが」

「ひどい」

「じゃあ恋奈ちゃん二人を仲裁してみてよ」

「言われなくても、腰越の奴に好き勝手させるつもりはないわよ」

 

未だ辻堂とメンチを切り合う腰越の横に立つ。

 

「おいコラ腰越。アンタ大と同居始めるんですって?

 ざけんなよ、誰の許可得て決めてんのよ」

「あぁ? 辻堂に続いてまた鬱陶しいのが増えやがって」

「鬱陶しいのはテメェだろうが。

 何アタシを差し置いてボーダーライン超えてやがる」

 

完全に辻堂とアタシが腰越を叩く形式になった。

 

別に辻堂と組む気はないが、こういう時は叩く人数が大いに越したことはない。

 

「ボーダーライン? はっ、こちとらそんなもんはとうに超えてるっつぅの。

 なぁダイ?」

「・・・・・・えぇと」

 

返答に困っている大。

腰越の言っているボーダーラインとは、つまりアッチの方向の事だろう。

 

辻堂は知り合いのそういう下ネタが苦手なのか僅かに顔を赤らめて口をパクパクしている。

 

「今の大とお前は違うだろうが。

 大体アンタを大と一緒に置いておいて何か間違い起きたらシャレになんねーんだよ」

 

超絶肉食系の腰越の事だ。

多分瞬く間に大を食べてしまいかねない。

一応私たちの肉体も六月の状態にもどっているらしく、まだこの体も未通のままっぽい。

 

そんな状態で大が腰越を抱いてしまったら恐らく今のイーブンな状態が崩れ去る。

腰越を贔屓しかねない。

 

ダメだ。大の特別は私だけでいい。

 

「人を痴女みたいに言うなよな。

 私だってダイが乗り気じゃないなら無理にしねーっての」

 

心外だと言わんばかりに文句を言う腰越。

だが男なんざ性欲の生き物だ。

大は違うが、それでも大の性欲の強さを私は身をもって理解している。

油断はできない。

 

「だ、抱くとかそういうのじゃなくて今は腰越、お前が大の家に住むのが話の焦点だろうが。

 話をずらしてんじゃねぇ」

「あ、辻堂照れてる? ウブじゃん、顔真っ赤だぜ」

「ばッ、馬鹿か! て、照れてねぇ!

 これは切れて興奮してるから赤いんだよ!」

 

そうは言うものの、どう見ても怒りと言うよりは照れの方に見えるけれど。

 

「・・・・・・結構乙女なのね辻堂って」

「意外ではねーわな。硬派な番長さんだしよ」

「うるせぇ! 今アタシの事は関係ねーだろ!」

 

いけないいけない、つい話題が辻堂の方にそれてしまった。

そうだ、確かに辻堂の言うとおり今重要なのは腰越の事だ。

 

ただ、中々隙のない辻堂をイジれるこのタイミングが妙に惜しく感じる。

 

「もしかしてお前は元いた所でもまだヤる事やってねぇの?」

「何でそんな事お前に言わなくちゃなんねーんだよ」

「あ、この反応はちゃんとヤってますね」

 

横から梓が割り込む。

こいつ、喧嘩の空気が消えたとたんイキイキとしてきやがった。

 

「何でわかんのよ」

「ふふん、伊達にギャルしてねーっすよ。

 そういうの何となく空気でわかっちゃうんだよね」

 

妙に説得力のある言葉だった。

 

「お、おい・・・・・・腰越の話題・・・・・・」

「へぇ。辻堂も硬派で売ってる割にはヤる事やっちゃってんのな」

「まぁ辻堂センパイってそっちには情熱的っぽいですし、

 別に不思議なことでもないと思いますけどね、自分」

「こらこら、アンタら。大が頭抱えてんじゃない、そこまでにしときなさいよ」

「あのー・・・・・・腰越の話は?」

 

何か辻堂がボソボソ言っているが聞こえない。

 

まぁ取り敢えず面白い話題が始まった。

辻堂以外全員談笑しながら食卓につく。

 

「大、私もご相伴に預かってもいい?」

「ああ、ちゃんと恋奈の分も用意してるよ」

「ん、大変よろしい――――ってごらぁ!

 何私のっぽい皿の唐揚げ食ってやがる腰越ぇ!」

「うっせーな。食卓は戦場だろうが、そこでのんびりしてるお前がスロウリィなんだよ」

 

それで人の皿のものをとっていいと言うのかコイツは。

 

「あれ、愛さん。そこで一人で立ってないで一緒に食べようよ。

 ほら、隣空いてるからさ」

「・・・・・・ありがと」

 

何か妙に落ち込んだ辻堂がおずおずとした感じで大の隣に座った。

 

「あれぇ!? そこ自分の席っすよ!」

「え、でも皿全部空で米粒が一粒残らず消えてるよ?」

「んな馬鹿な・・・・・・ってマジで無いし。これ絶対腰越センパイの仕業っしょ」

「おう私だ。飯の途中にも関わらず席を立ったからもういらねーんだと思ったんだよ。

 そして私は謝らない」

 

悔しげに唸る梓。

辻堂は辻堂で大の隣に座れた事が嬉しいらしく、意地でも動く気がないらしい。

 

「つ、辻堂センパイ。自分まだ食べるんでその席返してくれません?」

「絶対に断る。絶対にだ」

 

聞く耳持たず。

まぁ私は私で大の正面に座っているから悪くない。

梓は一瞬こちらを見るが、首を振る。

私もこの席を譲るつもりもない。

 

「じゃ、じゃあ自分はここに失礼しまーす」

「おっと」

 

何をトチ狂ったのか、梓は辻堂と私、腰越の分の配膳を終え再び席に着いた大の膝に乗った。

 

成程、くっつきグセのある梓らしい。

らしいが、これは選択肢を間違えたわね。

 

「・・・・・・おいおっぱい、テメェ誰の男の膝に乗ってやがる」

「乾、超えちゃいけないライン考えろよ」

「ひぃ!?」

 

静かな殺気に怯えすくむ梓。

理解したらしい、自分が地雷を踏んだことに。

 

哀れに思わなくもないが、自業自得だ。

この三大天に囲まれた状態で今の無策な行為は大変いただけない。

反省しろ。

 

「戦略的撤退!」

 

一瞬で大の膝から飛び降り、リビングから脱出。

 

相変わらず逃げ足だけは速い。

腰越も辻堂も僅かに反応が遅れたのか、追いかけたり等をして捕まえようとはしなかった。

 

「アイツ、逃げ足だけなら三大天を超えてるかもな」

「っていうかそもそも逃げ足で比べようにもアタシ等が逃げる事がないわけだが」

「え、でも恋奈はよく私らから撤退してんじゃん」

「うっさいわね」

 

梓の足音を聞くに恐らくあの子は大の部屋に向かったようだ。

同時に、それと入れ代わるようにまた別の人間がこの家に入ってきた音がした。

 

「あら、あらあら。食事時に間に合ったみたいね」

「こんばんは、よい子さん。

 今よい子さんの分も用意するよ」

 

そう言って再び席を立つ。

 

「あ、俺はもう全部食べたからここに代わりに座ってよ」

「じゃあお言葉に甘えて。

 あとこれ差し入れね、売れ残りだけどミートボールと手羽先」

 

袋に入れたそれらを大に渡し、席に座る・・・・・・えぇと、大の幼馴染の武考田よい子さん、だっけ。

 

私が大と付き合ってたときはこんな時間にこの家に来るような人ではなかった気がするけど。

 

「折角大の隣だったのに・・・・・・」

 

何かまた落ち込んだ辻堂を放って、私の目の前に座った女を見る。

どこかで見たことある目と髪質なのよね。

 

その私の露骨な視線に気づいたのか、怪訝な顔をした彼女と目が合う。

 

「な、なにかしら?

 顔に何かついてる?」

「いえ、なんでもないわ」

「リョウ、差し入れ気が利いてんじゃん」

「ひぃ! マキ、ここでその呼び方はやめてって言ったでしょ!」

「あ、ワリィ。忘れてたわ」

 

リョウ?

へぇ、そういうあだ名なんだ。

 

「ん? リョウ?」

「なななななんでもないのよー」

「そういや総災天の奴もあだ名がリョウだったよな」

「偶然よー! 

 ほら、松って苗字に付く人がほぼ必ずまっちゃんって言われるようなテンプレーション的な感じのアレよ!」

 

まぁそんな所だろう。

リョウがこんな平々凡々な見た目してるわけもないし。

 

「そうだよ。よい子さんが不良バリバリなおリョウさんと関わりあるわけないでしょ」

「ヒロ君・・・・・・」

 

大が差し入れやこの女の分の食事を皿に乗せて戻ってきた。

相変わらず雑用が板についている。

 

気遣い上手はこういう所で小間使いされて損だと私は思うけれど、

大本人が喜んでしているのならそれでいいのだろう。

そんなところもコイツの良いところだ。

 

皿を置く際、何かこの武考田よい子とアイコンタクトをしているのが気になったが、

聞いたところで教えてくれないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急に呼び出して何だよ、アタシは大と今から洗い物かたすんだ。

 手早くすませろよな」

「・・・・・・台所関連はもうアンタと大のセット領域になった気がするわね」

 

まぁそこは気になるものの重要な点ではない。

 

私は食事も終え、食器などを洗うタイミングで辻堂を外に呼んだ。

話さないといけないことがあるからだ。

辻堂もじれているし、言う通りにさっさと済ませよう。

 

「辻堂、江之死魔としばらく停戦しない?

 互いに干渉せず、手を出さない。どうかしら」

「・・・・・・ふん」

 

黙る辻堂。

恐らくどの世界の私でもこの次期は辻堂に停戦を持ちかけたはずだが。

こっちの辻堂はそれを断ったのだろうか?

 

「それでアタシがお前に手を出さない事でアタシに何のメリットがある」

 

まぁ当然か。

辻堂が江之死魔と停戦を結ぶ場合、ほぼ必ず大の身を危惧してのものだ。

だがこの世界においてその危惧は無い。

 

なにせ私も大には辻堂同様の気持ちを持っているからだ。

まさか私が彼氏である大に手を出すはずがない。

よって辻堂にとってもはや江之死魔と停戦を結ぶ意味はない。

 

「メリットね。確かにそんなものはないわ」

「へぇ、あっさり認めるんだな」

 

そうだ。辻堂の言うとおり今この瞬間、辻堂が私と敵対しないことにメリットはない。

 

「でも、明日。いえ、明日以降から極近いうちに徐々にメリットは出てくる」

 

辻堂は私の言葉に眉を寄せる。

恐らく私が何を言いたいのか完全には把握できていないからだろう。

 

「『ベンテン』、近いうちに来るわよ」

「ベンテン・・・・・・あぁ、そういやいたな。そんなのも」

「そんなのもって、アンタ随分あっさりな反応じゃない」

 

未来を知る私達だからこそ知り得る先の事。

実の所私のところではベンテンは現れず終いだった。

だが、リョウが私にわざわざ教えてくれた。

 

もし来ないのならそれでいい。

だがリョウの時は来たし、辻堂の方も反応を見た感じやはり現れたようだ。

多数決でも考えても湘南に現れる確率が高いことになる。

 

「ベンテンのトップ。水戸は狡猾な奴よ、湘南を統べようとするのなら確実に三大天とぶつかる。

 まさか無策で来るわけもなし、必ず私達の弱点を調べるでしょうね。

 その際に真っ先に私たちの弱み・・・・・・いえ、私たちの所為で巻き込まれる奴がいるとしたら」

「大って事だな」

「理解が早くて助かるわ」

 

私達の決着も重要だ。

けれどそれ以上に優先するべきこともある。

 

「何より本来腰越もこの湘南の抑止力として働く筈だったのに、

 今アイツはヤンキーをやめちゃってる、既に三大天という構図すら崩れてるわけ」

 

アイツはヨソから来た騒々しい不良共ならば片っ端から蹴散らしてくれるだろう。

しかしもうアイツは自分から他者に暴力を振るわない。

湘南をよその不良から守る強力な壁が一枚消えてしまったという事だ。

 

「・・・・・・ちっ」

 

舌打ちをする辻堂。

恐らく自身の知らない世界で腰越が不良を抜けたことを気にしているのだろう。

それはつまり辻堂の世界ではまだ三大天の決着がついていないという事か。

 

「で、どうなの辻堂。

 私は先の見越してアンタに停戦を求める、何せ大の身に危険があるかもしれないからね。

 私たちが争ってる場合じゃないと考えてる。

 それに対してアンタの返答はどうなるのかしら」

 

腰越が不良を抜けた今、最早湘南は辻堂軍団と江之死魔の両者争いの形になっている。

 

ただ、私や辻堂はまだ誰にも腰越が不良を抜けたことを喋ってはいない。

それは私達が置いていかれた寂しさをごまかす為なのかどうかは自分でもわからない。

それでも、腰越は私たちより先に一歩進んだ。

 

それを誰かに言いふらしたくはなかった。

負けたようで、置いていかれたようで。

どこか悔しいのだ。

 

ともかく、三大天の関係が崩れている事はこの家に集まった人間以外は知る由もない

 

「受けるさ、大の安全がかかってるのなら当然だろ」

「そう言うと思ってたわ」

「はぁ。解決したと思ってた面倒事がまた降りかかってきやがった」

 

本当に困ったようなため息を吐く。

まぁ、確かに一度成し遂げた問題がまた目前に戻ってくるのはかなり鬱陶しい。

辻堂の気持ちは理解できそうだ。

 

「それじゃあこれから、ベンテンの件が解決するまでは江之死魔と辻堂軍団は互いに手出ししない事。

 そっちの躾のなってない馬鹿共にちゃんと伝えておきなさいよ」

「ふん、アタシの時はそう言っておきながら散々ちょっかい出されたけどな」

 

何やってんだそっちのわたしーーーー!

既に私に向ける辻堂の目に信用の色がない事に気付く。

 

「まぁいいよ。一応クミ達に伝えておく」

「そ、そう。頼むわね」

 

何だかんだで受け入れてくれた辻堂。

助かった。

ただ、借りを一つ作ってしまった感は否めない。

無論辻堂はそんなつもりはないだろうけれど。

 

ともかく、頷いた辻堂はこれで話は終わりと言わんばかりに私に背を向け

大のいるリビングへと戻る。

しかし、数歩歩き突然足を止めた。

 

「言い忘れてたけど、辻堂軍団って言うのはやめろ。

 恥ずかしいんだよ」

「じゃあ何て呼べばいいのよ」

「代案はねぇよ。でも、大とかの前で辻堂軍団って言われるのはハズい」

 

ワガママな奴。

 

「はいはい。考えておくわ」

「すげーぞんざいな言い方、絶対考えないなコイツ」

 

だって面倒くさいし。

実質辻堂のワンマンチームでもあるからこれほど的を射た名前もない。

いくら辻堂以外の奴らも強くても辻堂が強すぎて目立たないし。

 

「あと、何かアタシ達大切なことを忘れている気がする」

「何よ、私はもうアンタに要件はないけど」

 

唸る辻堂。

本当に思い出せないらしい。

釈然としない顔だ。

 

「まぁいいや。また何かの拍子に思い出せるだろ」

「そうね、思い出せないのに必死に考えたって時間の無駄よ」

 

軽く笑い合い、一緒にリビングへ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜。

 

「腰越ぇ! だからテメェは他所で寝ろっつってんだろうが!」

「うっせーよ恋奈。近所迷惑だ、失せろ」

 

私と辻堂は夜、寝る時間になってからようやく思い出した。

 

「っていうか辻堂、お前も思い切りお泊りの準備してんじゃん」

「う・・・・・・こ、これは」

「ふぅん。他の奴らを差し置いて何をするつもりだったのやら」

 

腰越に押され始めた辻堂。

因みに梓は私達が二階に行ったとき、既に大のベッドで一人で寝ていた。

どうやら部活で疲れたのだろう、大人しく寝かせておいてやる。

 

「ねぇ、よい子さん」

「うん? どうしたのヒロ君」

「俺、今日寝るところ無さそうだから久々に孝行に泊めてもらっていいかな?」

「あら、ふふ。ヒロ君がうちに泊まるなんていつ以来かしら。

 お母さんもびっくりするわね」

 

そして、数分後。

長谷家にも関わらず長谷家の住人がいなくなった中、私達は大の部屋で大暴れをした。

 

翌日の朝、酔いどれ状態で帰って来た大のお姉さんに全員鉄拳制裁を食らった。

痛かった、全然痛くなくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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