辻堂さん達のカーニバルロード   作:ららばい

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18話:押し付ける我侭

青い、透き通った海のような空。

目を動かせば青いキャンパスに白いカモメがいて、堤防へと飛んでいく。

 

耳をすませば、さざ波の音と船の汽笛が聞こえてくる。

それだけじゃなく、山の方からは夏の風物詩であるセミの鳴き声。

 

雲は一切なく、空は澄み切っていて

耳には色とりどりの音色。

どれもが夏を彩り飾る。

 

遠くからは子供たちが遊んでいるのだろう、賑やかな喧騒も聞こえてきた。

夏だ。

 

「・・・・・・」

「約束通り、ショウとして来てくれたのね」

 

テスト期間が終わり通信簿が渡され、ついに始まった夏休み。

学生にとって様々な意味合いをもつこの時期。

 

好きな人と、友人と、一人でだっていい。

誰もが心を躍らせるその長期休暇の初日、俺はショウとして江乃死魔の基地の前にいた。

だが人気はかなり少ない。

 

いや、少ないというよりも限られた人間の姿しかない。

 

一条さん、おリョウさん、ハナちゃんさん。

四人しか江乃死魔の人間はいなかった。

 

「悪かったわね。右手を砕けているんでしょ?」

 

俺は頷く。

 

右手は包帯どころかギプスをはめられている。

恐らくこの夏休みの間は満足にこの手は使えそうにない。

関節だって立っているだけでギシギシとした痛みを訴えている

まるで油をさしていない自転車のチェーンのようにぎこちない感じだ。

 

「でも、ケリつけないとね。

 こんな宙ぶらりんな状態じゃ、素顔のアンタとどんな顔をして会えばいいかわかんないの」

 

その場には恋奈の声しか聞こえない。

だけど実質の数は五十人を超えている。

 

江乃死魔の5人だけじゃない。

暴走王国の追っかけの人、マキさんや相模おばさんを含む暴走王国のメンバー、そして愛さん集まっていた。

だというのにその場は静かなもので。

 

恋奈は持っていた鎖を俺に渡す。

 

「ワンナワーチェーンデスマッチ。

 暴走王国総長に対して江乃死魔総長の私が挑戦状を叩きつけさせてもらう」

 

これはまた懐かしい。

確かこれは二つの鉄製首輪をチェーンで繋ぎ、首輪に付けられたタイムカウントがゼロになるまで外れず

それまで殴り合い続けるルールだっけか。

 

恋奈と共に過ごした時間軸で、恋奈の力になる為に俺がマキさんに挑んだ時に利用したルールだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!

 なにもセンパイと恋奈ちゃんが殴り合う必要なんか」

「必要はないけど理由はあるわ」

 

梓ちゃんが必死になって止めに入る。

 

「アタシはコイツが気に食わない。

 それに先日の喧嘩の決着だってついていない。

 これ以上の理由が必要かしら」

「う、そ、それは」

「やめな乾。恋奈はもうやる気だ。

 今更お前が何言ったって無駄だってわかんだろ」

 

食い下がろうとする梓ちゃんを諌めるマキさん。

ナハさんや愛さん、相模おばさんの姿もここにはある。

しかし揃って誰も喧嘩を止めようとはしない。

 

誰もが先日の喧嘩で理解しているのだ。

 

今の暴走王国は過剰戦力すぎると。

 

「・・・・・・」

「へぇ、あっさり着けるのね。

 その潔さは相変わらず好きよ」

 

俺はメモリを一時間にし、首輪をはめた。

恋奈も同様だ。

 

暴走王国は現在湘南で嵐の中心になっている。

 

曰く最強のチームと。

 

それも仕方がない。

何せ梓ちゃんとナハさんだけでなくマキさんまでいる。

そして正式なチームではないが先日の喧嘩でさらに増えた追っかけ、計七十人。

味方かどうかあやふやなものの、俺に肩入れをしてくれる相模おばさん。

 

このメンバーに喧嘩を売れるチームなどもう江乃死魔と辻堂軍団しかいない。

 

だから恋奈が先に立ち上がった。

総長同士で力比べをしようと。

 

チーム同士のぶつかり合いだと被害が多すぎる上に恋奈にとって余りにも分が悪い。

しかも先日の喧嘩で一般人にも被害があったためもう片瀬の力でももうしばらく警察を御しきれない。

手っ取り早く決着をつけるには大将同士のぶつかり合いが一番だという事だ。

 

そういう理由付けをして勝ち目のないチーム同士の衝突を避けつつイーブンのこの状況に持ち込んだ恋奈も勇気があるが。

 

「私が勝ったらショウ、アンタは不良を抜けなさい。

 そして暴走王国は即時解散。それでいいわね」

「意外だな、恋奈。お前なら乾とかを取り込もうとすると思ったんだが」

「不良ぬけた奴なんて入れても無駄でしょ。

 それに暴走王国やその取り巻きはショウの魅力に惹かれて集まった集団。

 そういうのは引き入れた所でショウ以外への忠誠心なんて無いだろうし」

 

怪我をしている俺にタイマンで勝負を挑む。

これは決闘や試合という概念においては卑怯とされることかもしれない。

だが、不良の場合は意味が違う。

喧嘩ならば弱っている相手はむしろ獲物だ。

そこに卑怯も糞もない。

 

「この子も中々勇気あるやん。

 わざわざ自分の子分を最低限しか連れてないのにヒロちゃんの子分は全員連れてきてもえぇなんて」

「いや、私はダイの子分ってわけじゃ・・・・・・」

「んふふ、ヒロちゃんと一緒に行動したがるんはちっちゃい頃から変わらへんねマキちゃん」

「う、うっせぇな。んなガキの頃の事なんか覚えてねぇし持ち出して来んな!」

 

極楽院親子は俺たちの緊張感など何のその、仲良く会話をしていた。

親子の仲がいいのは良い事だ。

 

「なんか腰越のイメージくずれたシ」

「親に絡まれた子供などこんなものだろう」

「そうかい? 俺っちは親がムショ入ってるからいまいちピンとこねぇっての」

「・・・・・・すまん、軽率な言葉だった」

「いや、ティアラあんまり気にしてないから謝る必要ないシ。

 こいつご飯奢ってもらうためにこの身の上話利用してるくらいだもん」

 

至って緊張感がない。

江乃死魔組も賑やかだ。

 

江乃死魔のそういう空気に触れたのが懐かしい。

恋奈と一緒にいた時間軸ではしょっちゅうだったのだが、

こちらに来てからというものそうもいかない立場だ。

だから外野とはいえ彼女たちが楽しそうにしているのを見るのは嬉しい。

 

「ショウ。お前、恋奈と喧嘩できるのか」

 

俺がマスクの下で江乃死魔の人達を眺めていると愛さんが話しかけてきた。

 

恋奈にまだ時間はあるか目で問うと、俺の準備ができるまで待ってやると返ってきた。

ありがたい。

 

「出来るさ。出来ないはずがない」

 

俺は三大天になりたい。

なのに他の三大天の二人と喧嘩ができないなんて事が通るはずがない。

 

「覚悟、最初からできてたんだな」

「・・・・・・うん」

 

抵抗は強い。

避けられるのなら避けたい。

しかし、避けられないのならいつまでもゴネて逃げようとも思わない。

 

「でも恋奈ちゃんとセンパイがマジ喧嘩するなんてやっぱおかしいっすよ」

「確かにな。なぁショウ、何で喧嘩嫌いのお前が恋奈と殴り合い出来るんだ。

 覚悟があるのはわかったけど、喧嘩をする理由が見当たらない」

 

俺が三大天になりたがる理由。

それは愛さんと恋奈の決着を邪魔されないように動きやすいポジションだからだ。

だけどそれだけが本心なのか。

その事を愛さんや梓ちゃんは疑問に思っているのだろう。

 

はっきり言おう。

 

「俺は愛さんと恋奈の喧嘩を誰にも邪魔されたくない。

 その為なら君達とだって喧嘩できる」

 

それ以外に理由はない。

 

恋奈の努力を見てきた俺だからこそ、三大天の決着は尊いものだと理解できた。

愛さんとマキさんの決着だってアレは本当に三人の望んだ理由で行われた喧嘩だったのか?

三人が納得できる結末だったのか?

 

それは本人にしかわからない。

わかった気になろうとも思わない。

 

「で、でもセンパイは恋奈ちゃんの事好きなんでしょ?

 だったらそんな人を殴るだなんて・・・・・・」

「殴るんじゃない。殴り合うんだ。

 意見が合わないから口論するのとはワケが違うかもしれない。

 でも、今の俺達からすればソレと何も変わらない」

 

詭弁だ。

口論は口論。喧嘩は喧嘩。イコールでは決してない。

口論で済ませられるのならそれが一番に決まっている。

 

だが、恋奈の立場、そして考えで俺に喧嘩を挑んだ。

ならば恋奈は恋奈自身にも、そして俺にとっても言葉よりも拳をぶつけあった方が一番いいのだろう。

 

話は終わりだ。

いつまでも恋奈を待たせるわけにはいかない。

 

「話は終わったようね。

 私に何か聞きたいことがあるようなら先に聞いてあげるけど」

「・・・・・・」

 

何故この喧嘩を俺に挑んだのか。

 

先程は恋奈が湘南を代表して最強に近づきつつある暴走王国を早期に摘むためと打算した。

だがそれは恋奈の言葉で聞いたわけではない。

 

もしかすればそれは建前で、本心は別の理由なのかもしれない。

恋奈の口から聞いた『気に食わないから』

それが本音なのかもしれないし、違うかもしれない。

 

「何も聞かないのね」

 

聞いて欲しいことがあるのなら恋奈は最初から言っているだろう。

つまり今恋奈から俺に聞いて欲しい事はないという事。

 

俺が聞きたいと思うことも無くはない。

この喧嘩の真意を聞きたいと思わなくもないが、それは今聞くことではない。

終わってからでいい。

 

「・・・・・・」

 

俺は一度大きく息を吸う。

 

そして静かに吐く。

 

それだけで自分の中のスイッチを切り替える。

 

理由がどうあれ、この喧嘩は負けられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相対して理解した。

コイツの得体の知れないプレッシャーを。

 

マスクをつけた奴との喧嘩など初めてではない。

それこそフルフェイスのヘルメットをつけて表情がわからない奴とやりあったこと等何度もある。

だが、コイツのプレッシャーは表情だけではない。

 

「恋奈、怪我人だからって手加減しようと思わない方がいいぞ」

「わかってるわよ」

 

辻堂もショウの事は高く買っているらしい。

最初はコイツと喧嘩すること自体に反対をするかと思ったのだが

辻堂は辻堂でやはりショウに思う事があった。

それ故にむしろ私とショウが喧嘩しやすいように人払いを手伝ってくれたりもした。

 

「おい恋奈様ー、何様子見してんだっての。

 相手棒立ちなんだからチャンスだろー!」

「お前と違って恋奈は慎重なんだろう。

 余計な口出しをするんじゃない」

「でもにらみ合ったまま動かないシ」

 

リョウ以外の二人の声が少し鬱陶しい。

 

特にティアラの奴とか一度相対しておいてまるでショウのプレッシャーに気づいていなかったらしい。

いや、そもそもコイツのプレッシャーは相手を選ぶ。

 

コイツの得体の知れない強さは今や湘南でも有名なものとなった。

曰く敵意が感じられない。

胡散臭い言葉だったのだが、向かい合ってようやく理解した。

 

「・・・・・・ちっ」

 

本当にこれから喧嘩をはじめるのか?

それすら疑問に思うほど相手から気迫を感じられないのだ。

ショウの性格上こちらから手を出さなければ絶対に危害を加えようとはしてこないだろう。

 

それはつまり殴られる覚悟を決めているという事にほかならない。

その完全な後手、それも喰らうことを前提とした覚悟がそんなプレッシャーを出すのか。

 

殴られなければ殴らない。

殴られないのならそれでいい。

それを地でいっている。

 

「そっちから来ないなら私から行くわ」

 

相手の精神状態おかまいなしのティアラや相手を殴る事自体に楽しさを見出す原木にはこのプレッシャーは感じられなかったはず。

それが良い事なのか悪い事なのかはわからない。

しかしいつまでもお見合いなどしている場合でもない。

 

シンプルに真っ向から突っ込んで拳を振り上げる。

 

右拳を振り上げ、体重を乗せてマスクに狙いをつけた。

 

「・・・・・・」

 

流石に顔を殴られるのは拙いらしい。

ショウは僅かに体を動かした。

 

何をするのか、それを凝視して見逃さないようにする。

 

「ヒロ君、いつの間に私の技術を・・・・・・」

 

リョウの声が耳に入ったと同時に、私の突き出した手がショウの拳に殴り落とされる。

 

「つっ!」

 

痛いというよりは痺れの感触が右手に走る。

だが収穫はあった。

コイツ、ノーガード戦法はとうの前にやめている。

それどころか結構達者な受け技すら身につけてやがる。

 

撃ち落とされた拳を腰に引き戻し、コンビネーションとして左突きをもう一度顔めがけて繰り出す。

雑魚相手ならば反応と防御が間に合わず、直撃の速度だが

 

「ぐ、見てもないのに」

 

やはり左ストレートも右肘で弾かれる。

マスクの下にある目は間違いなく拳は見ていなかった。

しかし身体が反応したとばかりに無駄なく反射された。

 

一瞬思考が停止する。

次をどうするか、それを考えすぎて逆に思考がまとまらずフリーズ。

 

「・・・・・・」

「うわっ!?」

 

ボケた頭が次に捉えたのはゆっくり伸ばされる手だった。

 

目前にゆっくりと進んでくる手。

掴まれたらどうなるのか、そんな事も考えずただ抽象的な恐怖の感情のみに身を任せて体を飛び引かせた。

 

だがここで自分は間違えた。

これはワンナワーチェーンデスマッチ。

置ける距離に限度がある。

 

「ぐあっ、忘れてた!」

 

伸びきった鎖のせいで首に強烈な反動が来る。

 

自分の失策に呆れる。

だがチェーンが伸びきって衝撃が来たというのなら、同じくショウの首にも衝撃が来たはず。

何かしらアクションがあるかと確認する。

 

「足腰鍛えてんだな。

 ピクリとも動いてねぇじゃん」

「んふふ、あれならマキちゃんをお姫様だっこしても大丈夫なんとちゃう?」

「私は鍛える前から余裕で抱っこできる体重だゴラァ!」

「うちもお姫様だっこして貰おうかなぁ。

 なんや我が子やと思っとった子があんなに逞しく育ったの見ると年とったん実感するわぁ」

「聞けやババァ!」

「あ゛あ゛!?」

「やんのかゴラァ!?」

「お前ら喧嘩ならヨソでやれよ」

 

喧嘩を始めたアホ親子の仲裁を始めた辻堂。

 

こちらはそれどころではない。

今ので首が痛くて仕方がない。

 

まさかあっちはまるで動じていないとも思わなかった。

それどころか平然と立ってこちらを心配そうに伺っていやがる。

 

「舐めんなッ!」

 

先ほどので頭が冷えた。

そうだ、これはワンナワーチェーンデスマッチだ。

つまりこの鎖を利用しないわけがない。

 

全力で鎖を引っ張る。

 

相手がこちらの動きを伺うのなら、無理やりにでもこちらに引っ張る。

 

「・・・・・・っ」

 

こちらが鎖を利用するのが想定外だったのか、ショウはあっけなくこちらによろめく。

その隙に一気に距離を詰めて懐に潜り込む。

 

狙いは腹。

助走を活かし、後ろ回し蹴りを叩き込む。

 

その足が吸い込まれるようにショウの腹にめり込んだ。

直撃だ。

まともな人間ならば卒倒してもおかしくないほど綺麗に入った。

 

――――ハズだった。

 

「つうぅぅぅぅ・・・・・・!」

「あちゃ、恋奈ちゃんセンパイの陽動にまんまと引っかかってる」

「・・・・・・総長の方も妙にこの勝負方式に知識があるように見受けられるが、

 以前どこかでした事があるのだろうか」

 

蹴り込んだ足に笑えないほどの反動が来た。

 

まるでコンクリートか大木を蹴ったかのような足の痺れ。

痛む足を根性で引き戻し、改めて向き合う。

 

するとショウは足を僅かに内股にしつつ、左拳を力いっぱい握りしめて立っていた。

 

成程、これが噂で聞いた金剛って武術か。

元は梓や我那覇の技だったらしいが、面倒な技教えやがって。

 

だが硬いのはあくまでも筋肉を締め上げられる所だけのはず。

つまり筋肉が薄い層を狙えば関係は無いと見た。

ならば狙うは顔か横腹。

 

「シャァ!」

 

僅かに腕を広げ力んでいる為横腹がガラ空き。

逃さずそこに叩き込もうと蹴りを繰り出す。

 

しかしそれは悪い選択だった。

 

「恋奈のバカ、さっきからひろ・・・・・・ショウに良いように誘導されやがって」

 

辻堂の呆れ声すらいちいち反応してられない。

 

突然ショウが金剛を解き、半端じゃない速度で接近した。

それはボディーブローが届く距離よりもさらに密着していて、

正しくゼロ距離と言える距離だ。

 

「まず―――――ッ!」

「―――――ふんッ!!」

 

完全に密着した距離からこちらの肩に手を伸ばしてきた。

 

あからさまに近すぎて回避が間に合わない。

そして左手がこちらの肩に即座にかけられた。

 

次の瞬間、顔がぶつかりそうなほどの距離でも見合っていたショウの顔がブレた。

同時に腹にぶつかるインパクト。

 

体が宙に浮く。

このまま私が吹っ飛べばその衝撃はチェーンによって互いの首にかかる筈なのだが。

 

「が、はっ」

 

背中に本物のコンクリートがぶつかった。

どうやらショウはこれを狙っていたらしい。

チェーンが伸びきる前に先にこちらの体が壁に直撃。

面白いほどに景色がブレて見える。

 

そのまま体は無様に地面に着陸。

まともに受け身すら取れず、崩れるように倒れこんだ。

 

が、まだだ。

まさかこれで終われるわけがない。

 

「ぐ、痛くないッ!」

 

まるで挫けないプライド。

それを傘に着て体を叱咤し、無理やり立ち上がらせる。

 

「・・・・・・」

 

ダメージが無い事もない。

現に立ち上がるこの瞬間まで蹲って気絶したいほどの衝撃があった。

だが気合を入れて立ち上がればどうということはない、まだまだやれる。

 

「何立ち尽くしてんのよ?

 もしかして今ので私を倒せたとでも思ったのかしら、甘いのよ」

「うわぁ、血塗れの恋奈っぷり発揮してんな。

 見てるだけでもウザそうだわ」

「マキちゃんマキちゃん。

 あの子てんで弱いくせに何であんな高等技術覚えとるん?

 あんな超回復は川神の武神とかしか使えへん技やのに」

「いや、あれ技とかじゃなくてただ馬鹿だからしぶといとかそういう分類だから」

「黙れ外野ッ!」

 

黙っていれば好き勝手言いやがってあのクソ親子。

大体なんだ超回復って。

根性で大体のダメージなんて無かったことにできない奴がヘタレなのだ。

 

出来ることをする。出来なくても根性でゴリ押しする。

そういう心持ちじゃないから一度倒れたくらいで負けを認めてしまうのだ。

 

「さて、立ったは良いけど・・・・・・」

 

どう出るか。

あのよく分からない受けの技術も厄介だが、それ以上に金剛が鬱陶しい。

回避されるだけならば良いのだが、金剛を練っている状態のアイツを殴ると殴ったこっちの方がダメージがデカイ。

しかもこの勝負ルールだと一方的にショウの方が有利臭い。

 

何より、コイツはコイツでかつて腰越とこのデスマッチをしたこともあるし、

何度か私がこのルール前提とした戦法も見せている。

とすれば手の内はバレているようなものだ。

 

・・・・・・ええい面倒くさい。

だったら真正面からぶつかり続けるしかない。

相手の右手は砕けているのだ。

ステータスとしてはこちらが有利なはず。

 

「てぁりゃッ!」

 

真正面から突っ込み、隙だらけの大振りな蹴りを繰り出す。

 

恐らく受けられるだろうが、カウンターでも貰って吹っ飛ばされない限りしつこく前進してやる。

その心持ちでケリを放った。

 

放ったのだが。

 

「・・・・・・ぐっ」

「んな、直撃?」

 

ショウは受けや金剛はおろか何の防御姿勢も取らず、私の蹴りを右腹に直撃させた。

 

肉を思い切り蹴った際の弾力ある硬さが足に伝わる。

 

「ちょ、センパイ!?」

 

梓も驚いたのだろう。

崩れ落ちるショウに駆け寄ろうとする。

だが、

 

「待て乾。

 心配する気持ちはわかるが割り込むのなら容赦しねぇぞ」

「う、辻堂センパイだって心配じゃねぇのかよ!?

 どう見ても今の不自然だったじゃねーっすか!」

「・・・・・・言っただろうが。気持ちはわかるって。

 だがこれは恋奈とショウの真剣勝負だ。

 お前が介入する事は許さねぇ」

「な、く・・・・・・クソ!」

 

中立である辻堂に立会人を任せておいて良かった。

 

梓は辻堂の言葉と迫力に圧され立ち尽くす。

しかし辻堂が目を離せばいつでも乱入しかねない空気だ。

 

「あらあら。ヒロちゃん、やっぱり前の喧嘩でスジ痛めきっとるやん」

 

スジ、関節の事だろうか。

 

「流水の最大加速で完全駆動した関節を金剛で急停止かつ固定させればこうもなろう」

 

流水?

名前のイントネーションから察するに梓や我那覇の使う武術か。

 

山本相模や我那覇が言ったことを反芻する。

そして回答。

つまり前の原木との喧嘩で使ったあの超威力の突きで関節を傷めたという事で間違いないだろう。

 

右拳だけでなく関節までダメージがあったのかコイツ。

 

成程。

だからさっきのタックルの後一切追撃もせず立ち尽くして居たということか。

動かなかったのではなく動けなかったと見て間違いない。

 

「ふん、だから何?

 怪我をしているから負けて仕方ないって考えで喧嘩するアンタじゃないでしょうが」

 

これは喧嘩。

しかもこの喧嘩はショウも同意したことだ。

私が無理やり押し付けた喧嘩ではない。するかしないかは相手にも決定権があった。

なのに受けたということはショウにも勝算があるという事。

 

まさかここで終わりなわけがない。

 

「・・・・・・」

 

まだまともに入った脇腹が痛むらしい。

けれどそれを無視するかのようにショウはゆっくりと地を踏みしめて立ち上がる。

 

「立ったのならさっさと始めるわよ!」

 

間髪いれず右ストレートを叩き込むべく踏み込む。

 

ダメージが残っているのなら恐らくまた直撃するコースだが、

難なく弾かれる。

それどころか再び左手をこちらに伸ばしてくる始末。

 

「うわっ!」

 

生理的な恐怖を感じ慌てて差し出してきた手を撥ねる。

 

「ショウの奴、出せば自滅する体当たりをまだ狙うんかい」

「仕方ないだろう。彼はあのタックルかさっき我那覇が言った突きしか攻撃手段が無いようなのだから。

 タックルしかないお前と同じだ」

「はっはっは! 一発芸上等だっての!」

「馬鹿はポジティブだシ」

 

確かにコイツは今の話のようにタックルと超加速の突きしかないと聞いている。

ただ、それを信じきって痛い目を見たのが原木だ。

アイツはショウにはタックルしかないとタカをくくった結果超加速の突きをまともに食らって一撃でやられた。

 

他人のした失敗を私がなぞるなんて有り得ない。

 

「ぐ、しつこい!」

 

弾いて後退すればした分だけ前に突っ込んでくる。

だからといって相手の突進を無視してしまうと密着されてそれだけ捕まる危険性が高まる。

ならば攻撃しかない。

 

開き直り、ある程度の至近距離だがボディーブローをもう腹めがけて振り抜く。

 

「ああもう痛いわね!」

 

鉄でも殴ったかのような衝撃が殴った拳に響く。

やはり筋の薄い層を狙わなければ金剛を突破できない。

ならばもう一度脇腹を狙う。

 

そうして膝を叩き込もうとするが、事も無げに至近距離にも関わらず右肘をぶつけられた。

強烈な痛みが膝に走り、転倒しそうになるが堪えて再び下がる。

しかしまた失策。

下がった先には壁があり、コンクリートの冷たい温度が背中に触れた。

 

ショウもそれを狙っていたらしく、そのまま詰め寄り手を伸ばしてくる。

ならば横にスライドして逃げようかと動くが、肘を当てられた膝の痛みで硬直してしまう。

しくじった。これならば初めから手を弾けばよかった。

 

次の瞬間、二度目のタックルが直撃。

しかも今度はコンクリートに押しつぶされた。

胃の中のものが逆流しそうなレベルの圧迫をまともに受け、またもや崩れ落ちる。

 

ただ、倒れたのは私だけではない。

私にダメージを与えた立場であるショウも自身の関節の痛みに耐え兼ねたのか、片膝をついた。

 

「あう、く・・・・・・痛くないっ!」

 

即座に立ち上がる。

これはチャンスだ。見逃すタイミングではない。

 

こちらが立ち上がったのに対しショウは未だ座ったまま。

見れば脂汗や冷や汗をかいて俯いている。

表情はマスクのせいで伺えないが、恐らく苦悶の表情を浮かばせているだろう。

 

目前には無防備なショウ。

一方的に殴るチャンス。

 

「・・・・・・ちっ、オラ立て!」

 

鎖を引っ張り無理やり引きずり上げる。

首が痛いかもしれないが知ったことではない。

 

至近距離で見合い、マスクの奥にある瞳を確認する。

 

「ふん、まだやる気あるんじゃない」

 

それを確認し、鎖を離す。

 

やる気がまだ萎えていないのならそれでいい。

 

「やる気があるのならさっさと動けや!」

 

ふらつきつつも立っているショウに向かい詰め寄り、アッパーを繰り出す。

アゴならば金剛など関係ない。

 

しかしショウはショウで私が立ち上がらせたことが気付けになったらしく、

足取りはおぼつかないものの、スウェーバックでギリギリアッパーカットを躱す。

が、遅い。

 

「だらぁ!」

「ぐっ」

 

下がる距離が短すぎる。

私は一瞬で距離を詰め、がら空きの横腹にケリを叩き込む。

それを一切の抵抗もできずまともに喰らうショウ。

 

倒れはしないが、初めて苦悶に満ちた声を吐いてよろめいた。

 

「そんな後遺症抱えて何で私の喧嘩を受けた!?

 そのザマでも勝てるとタカくくってたのかッ!」

 

関節が使い物にならないのなら初めからまともな喧嘩など出来るはずもない。

日常生活すら苦痛を感じるレベルで傷めているようにすら見える。

ましてや右拳も砕けているのだ。

一応ギプスで外部の衝撃には耐えられるようになってはいるが、

そんなので喧嘩など出来るはずもない。

 

「まともに攻撃もできず、まともに喧嘩すら成り立たない。

 それで何で私の挑戦を受けた?

 私を舐めてんのか!」

 

追撃で二度三度拳を叩きつける。

急所を狙った打撃は流石に防がれるものの、一発だけいいのが金剛を練っていない状態の腹に直撃。

もんどりうって体をくの字に曲げた。

 

ショウが万全な状態だったならばこんな展開にはならなかったかもしれない。

はっきり言えば単純な殴り合いならば既にコイツはティアラと普通にやりあえるレベルだ。

そうじゃなきゃあの茨城最強の原木とやりあえるはずもない。

 

右拳が使えて関節に異常がなければ原木を一撃で倒した高速正拳突きも使えたはず。

あれを使われたら流石の私でも立ち上がる云々に関わらず、一瞬で気絶してしまいかねない。

意識が残っていれば何度でも立ち上がる自信はある。

しかし一撃で意識を刈り取られたらそうもいかない。

 

「おらっ、反撃してみろや!」

 

蹴りを横腹に叩き込む。

 

肉がひしゃげる感触。

その日常生活では味わえるはずのない非日常な肉感にゾクゾクした。

 

「・・・・・・つッ」

 

どうやらもう金剛すらまともに練れない程のダメージが蓄積したらしい。

 

殆どサンドバッグ状態だ。

 

「やり返せないならそのままくたばれやッ!」

 

右ストレートを隙だらけな顔面に叩き込む。

手加減など一切していない。

当たればもんどりうって倒れるであろう一撃を打ち付けた。

 

だが、倒れない。

 

勢いに圧されふらついて一歩二歩交代するものの、ダウンをしないショウ。

 

「せ、センパイ意識飛んでないよね?」

「どうでしょうね。

 我が見たところ、奴からはまだ闘志は微塵も薄れていないように写りますが」

 

倒れない。

 

殴る。

だが倒れない。

 

殴り続ける。

倒れない倒れない倒れない倒れない倒れない倒れない倒れない倒れない。

 

「ちょ、ショウってあんな打たれ強いんかい!?」

「お前は勘違いしているようだが、彼は金剛があるから打たれ強かったわけじゃない。

 打たれ強い上に金剛を覚えているだけだ。

 前に彼から聞いたが、あの技は体を固くするだけで痛みまでカットする便利な技ではない」

「じゃ、じゃあ今まで金剛で攻撃受けてたのも全部実はダメージはあったんだシ?」

「そうだ。

 だが、彼がいくら打たれ強かろうと流石にこれ以上は拙い」

 

ショウを殴り続けていると周囲の気配が濃くなってきた。

 

梓や暴走王国のおっかけ、リョウ、腰越や相模の気配だ。

しかし誰も乱入してくることはない。

当然だ。

これは私とショウの喧嘩。

 

どちらかが負けを認めない限り誰も乱入する権利などないし、たとえ乱入しても辻堂が抑えてくれる。

 

「はぁっ・・・・・・はぁ・・・・・・くっ」

 

何度も何度も殴った。

金剛を練ってもいない腹を、頭をこっちが疲れ果てるまで殴った。

しかしまだ立っている。

 

「・・・・・・」

 

仮面には亀裂が走り、服は所々破けている。

そんなザマにも関わらずコイツからまだ得体の知れないプレッシャーを感じる。

油断できない。

 

だが、そんな危機感を持つのが遅すぎた。

ショウはフラフラになりながら俯かせていた頭をゆっくりと上げ、

こちらに顔を向ける。

 

その目を見た瞬間、ショウの姿がブレた。

 

「―――――打たれ強いのは恋奈だけじゃない」

「なっ、はやっ!」

 

まさかの全力疾走。

さっきまで立っているのがやっとな程だったくせに、突然のマックススピードによる肉薄。

まともに対処できず、安安と懐に潜り込まれる。

 

「ふん、また懲りずにあの体当たりかしら。

 アレはもう喰らう私より食らわせたアンタの方が―――――」

 

言う途中で気づいた。

明らかに狙いが違う。

 

肩ではなく左手でこちらの胸ぐらを掴み出したのだ。

つまりコイツの狙いは。

 

「おいおい、恋奈にそれは拙いんじゃねぇのかダイ」

 

こちらとショウの頭の高さがほぼ一緒になる。

相手はマスクの奥の瞳を真っ直ぐこちらの目に向けて意図を伝えてきた。

 

・・・・・・黙って不意打ちすりゃいいのに何格好つけているのか。

 

「上等だ! 私の土俵で勝とうなんざ甘いんだよ!」

 

互いに一度頭を反らす。

そして一拍置き

 

その場に轟く炸裂音。

 

「・・・・・・ぐ、あ」

「い、っつぅ」

 

互いに掴んでいた胸ぐらを離し、頭を抑える。

一方的にかます頭突きならまだしも、互いにぶつけ合う頭突き合戦だとこちらのダメージも甚大だ。

一撃で意識が飛かける。

 

だがまだ私もショウも意識がある。

ならば

 

「もう一回だ!」

 

そう叫び、ショウの胸ぐらを掴む。

ショウもそのつもりなのか、同じタイミングで私を掴む。

 

ふと、その時にショウのマスクの亀裂がさらに進んでいる事に気付く。

 

コイツ、このまま続けてマスクを砕いて大丈夫なのか?

そんな疑問を一瞬持ってしまった。

だが今はそれどころではない。

余計な事を考えていると一撃で意識が飛びかねない。

 

どれだけのダメージを負っても意識があれば立ち上がる自信がある。

しかし、一撃で意識が飛んでしまってはどうしようもない。

だからこそコイツは頭突き合戦という土俵に持ち込んだろうのだろう。

 

「ダラァ!」

「――――ッ!」

 

二度目の轟音。

 

「ちょ、頭蓋骨砕けますよセンパイ!」

「み、見ているこっちが痛くなってくるシ」

「止めるべきか、流石のヒロ君でもこれ以上は・・・・・・」

 

一撃目より威力が更に上がっていた。

まさか、コイツ。

 

一切の間を置かず続けて三度目の衝撃。

 

「が、ぁ・・・・・・」

「ぐぁ・・・・・・」

 

更に増す威力。

こちらも手は抜いていない。

だが威力は一撃目と大差ない。

 

しかしコイツは徐々に更に威力を上げていくらしい。

 

「およ、ショウの奴のマスクが少し砕けたっての」

 

ティアラの声を聞いて、全員の目がショウのマスクに集まる。

するとマスクの上の部分、つまり額のあたりが砕けていた。

 

そこには黒い髪が見えていて、やはりマスクからはみ出ている銀色の髪はウィッグだったことが誰の目にも明らかだった。

 

しかしそんな事は今私とショウには関係がない。

 

「オラァっっ!」

「フンッ!」

 

意識が一瞬飛ぶ。

そのまま意識など手放せば次の瞬間来る痛みから逃げられていっそ楽なのだが、

そんな甘えは有り得ない。

 

ダメージに怯み、再び手を離す。

 

やばい。

徐々に威力を上げているだけあって一撃で意識が飛びそうになる。

 

「く、痛くない!」

 

そう自分に言い聞かせ五度目の頭突き。

 

その時、マスクが更に砕けた感触があった。

 

「はぁ、つ・・・・・・ぐぅ」

「がぁ、ぐ」

 

やばい。

意識がぶれて集中できない。

しかしまだ負けられない。

私は江乃死魔の名を背負っているのだ、負けるわけにはいかないのだ。

 

次の一撃に備えようと乱れに乱れた意識を集中させる。

喝をいれんと相手の顔に目を向けた。

 

「やばっ、センパイ顔隠して!」

 

私がショウの顔を見るよりも早く梓が声をあげる。

だが時すでに遅し。

 

ショウのマスクは真っ二つに砕け地に落ちる。

 

「・・・・・・」

 

ショウ自身も額が痛むのだろう。

手で額を抑えているためある程度顔は隠れているが、それでも数割程度。

誰もが彼の顔を見ることができる。

 

その素顔は、やはり長谷大のものだった。

 

「つぅ、ははっ。マスク割れちゃったか。

 じゃあもう隠す必要もないよね」

 

痛む額を抑えながら大は苦笑しながらウィッグを投げ捨てた。

 

「あ、あれがショウさんの素顔?」

「まじかよ、俺初めて見たけど何か・・・・・・」

「イメージと大分違うわね、喧嘩なんてしそうな顔じゃないわ」

 

暴走王国の追っかけがショウの素顔をみて動揺を始める。

やはり追っかけの奴らには素顔を見せていなかったのか。

それ程秘匿していたのに何故バレてここまで余裕でいられるのか。

 

「おいおい。何で長谷の奴がショウなんだっての。

 やっぱり辻堂とはヤンキー繋がりで付き合い始めてたんかい?」

「でもやっぱり長谷ってヤンキーっぽい顔じゃないシ。

 つか本当にヤンキーだシ?」

「・・・・・・長谷大、替えのマスクを使うか?」

 

いち早くリョウが自分の使っているマスクをショウに近づき差し出す。

辻堂も長谷がショウだった事は知っていたらしく動揺はない。

だが、今まで素顔を隠してきたショウだ。

顔を隠したい理由もあるのだろうと辻堂は考えてリョウの介入を認める。

 

「心配ないよ、おリョウさん。

 別に今ここにいる人達になら俺は見られたって構わない」

「おいおい。今までひた隠しにしてきた素顔をみられても構わないって、

 どういう心境の変化だよ」

 

腰越の言う事ももっともだ。

余りにも潔すぎる。

 

今現在、誰もが大の真意を測りかねているのだ。

何故彼女である私と大は喧嘩しようと思ったのか。

その理由は定かではなく、何故今まで隠し通そうとしていた素顔を見られても構わないのか。

やはりそれも誰も分からない。

 

少なくともこの喧嘩は避けられた筈の喧嘩。

怪我を理由にしてもいい。

拳が砕け関節を傷めているのだ、誰も彼を根性なしと責めようとは思わない筈。

なのに何故こんな無謀な喧嘩を受けたのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「理由は・・・・・・いや、何も言うつもりは無いよ。

 なんでこの喧嘩を受けたのか、なんで顔を見られてもいいのかも

 それを誰かに聞かせるつもりはない」

 

そんな事よりも今は目前の恋奈との喧嘩だ。

 

未だ打ち付けた頭がズキズキと痛む。

意識もブレにブレまくっている。

だがそれは恋奈も同じことだ。

 

「続けよう恋奈」

「・・・・・・わかったわ」

 

互いに近づき、胸ぐらをつかみ合う。

肩でも腰でも、ましてや頬でもない。

彼氏彼女が掴むべきではない所だ。

 

そして互いに僅かに身を反らせ、ぶつける。

 

一度目よりもより強く。

二度目よりも更に強く。

三度目よりも尚強く。

繰り返しに繰り返し続け、一切の手加減もなければ恐怖もない。

 

「ふっ・・・・・・うぅ」

「が、あ。は、はは!」

 

その末に徐々にだが恋奈が圧され始める。

勿論ダメージは互いに殆どイーブン。

俺とて一撃ごとに意識が飛びそうだ。

 

そのせいかどうかは知らないが、打ち付ける度に何故か精神状態がハイになってくる。

何もおかしい事などありはしないのに笑いがこみ上げてくる。

 

「恋奈。ギブアップかい?」

「・・・・・・ざけんな」

「うん。流石恋奈だ」

 

じゃあもう一度。

そうアイコンタクトを送り、恋奈も頷く。

成程やはり俺達は彼氏彼女だ。

だって、何も言わなくても互いに何を考えているのか大体わかる。

 

そこからは酷い泥仕合だった。

 

何度も打ち付けた、何度も何度も

頭がおかしくなるか意識が飛ぶか、どちらかがギブアップするか。

技術もへったくれもないただの根性比べ。

 

「なんで―――――」

 

俺も恋奈も額の皮が擦り切れ、皮膚が裂けて流血し始めた頃に恋奈が呟き始めた。

 

「なんでアンタは私の敵になったの」

 

意識が飛んでいるのだろうか。

喋っていはいるものの目の焦点が合っていない恋奈。

うわ言のように口を動かしている。

 

「なんで・・・・・・なんでアンタが!?」

「ぐぉッ!」

 

ふらついたまま、こちらのタイミングなどお構いなしに頭をぶつけてきた。

 

裂けた額の傷が更に広がり、出血の勢いが増し始める。

それは恋奈も同じことで、やはり彼女自身も今ので更に傷が開き始めた。

 

「言ったはずだ、誰にも理由は言わないって」

 

何故俺がこんな不良の道に足を踏み入れたのか。

 

愛さんと恋奈の決着を誰にも邪魔されたくないから。

それを俺は梓ちゃんやマキさんに教えた。

だけど皆本当にそれだけの為に俺がここまでしたのか、

そう思っているのだろう。

 

「自分のした事を正当化するつもりはない。

 だから自分のした事の理由を相手に理解してもらおうとは思わない」

 

本当にそれだけ。

それだけの為にこれだけの事をした。

 

その行き着いた先が今現在だ。

愛さんと恋奈の為になんて大言壮語を吐くつもりはない。

俺は俺のしたい事をした末に恋奈を殴りあいをしている。

 

「夢を見るの」

 

俺の言葉が聞こえていないのか。

恋奈は続けて数度俺の額に自分の額を繰り返し当て、その最中に口を動かす。

 

「毎日、毎日毎日同じ夢を見るの」

 

ガン、ガンと鉄同士をぶつけ合うような音が響き続ける。

 

「ある日、私の江乃死魔が梓率いる暴走王国に乗っ取られて

 そして大もどこか行きそうになる悪夢を毎日見るの」

 

一撃事に俺たちの額の間に血が伝う。

まるで舌を絡め合うキスをした後、

一筋の唾液が二人の口を繋げているかのように赤い血の糸が俺達を繋ぐ。

 

「腑抜けて挫折して、腐った私には大しかないのに

 大だけあればもう良いと思っているのに

 なのにアンタはどこかへ行っちゃいそうになるの」

 

更にぶつける。

 

明確ではない恋奈の意識。

だというのにぶつけられる痛みは一向に弱くならない。

 

「なんで・・・・・・」

 

声のトーンが一段落ちた。

 

何か、恋奈の言う夢の背景を俺は知らない。

しかしその夢を語る彼女の声は余りにも必死で真に迫っていた。

 

梓ちゃんは自分の名前が出て、しかもその夢の内容を僅かに心当たりがあるのか

悲痛な面持ちで目を伏せている。

 

俺も何か、この恋奈の言葉には理解できることがある。

俺や水戸さんが複数の記憶を持つように、恋奈達が俺の知らない別の記憶を持っていても何もおかしくはない。

愛さんにも以前に何か、違和感を持ったことがある。

その時から可能性には気づいていた。

 

恐らく、恋奈の語る夢はあり得た未来なのだ。

 

「なんで、これは夢じゃないのになんで――――」

 

更に声のトーンを落とす。

 

そして恋奈は俯いたまま俺の胸倉を再びつかみ

 

「―――――なんで私の隣に大がいない?」

 

拳を大きく振りかぶり俺の頬に拳を打ち付ける。

突然の行為に俺はまるで対応できずまともに殴られた。

 

一撃で口の中はズタズタになり、血の味が口いっぱいに広がる。

 

「アンタは私の仲間だ、私の男だ。

 なのにどうして私の隣じゃなくて前にいる!?」

 

今ので倒れなかったのが拙かった。

 

恋奈はそのまま俺を掴み、一方的に殴り続ける。

一撃ごとにただでさえ限界近い体力が更に限界に向かい始める。

 

「私の為に喧嘩をしろなんて言わない、

 だから敵にならないで! 私の味方でいてよ!」

 

額から血を振りまきながら、手でつかんだ俺を殴り続ける。

既に血は目にまで入っていて視界もおぼつかないらしい。

数発に一度は見当違いの所に拳を振って外したりもしている。

 

だがそれでも手は止めない。

血なのか、それとも涙なのか。

それすら判断出来ない程のものを目からこぼしながら俺を一方的に殴るその姿は、

少なくとも普段の恋奈のものじゃない。

 

その剥き出しの恋奈に対し俺は……答えずとも、応えなければならない。

 

「恋奈、聞いてほしい」

 

今ある精神力を奮い立たせ制空権を練る。

 

至近距離から繰り出された恋奈の全力の拳を俺の砕けた右手で弾き飛ばす。

 

「俺は、恋奈の知らない別の俺は愛さんに逃げる事を教えたんだ」

 

彼女は今俺の声が聞こえているのかも怪しい。

それほどまでに意識の有無が明確ではない。

その証拠に手を弾かれてもやはり手を止めず構わずさらに殴りかかってくる。

 

それはまるで恋奈が思いの丈を俺にぶつけているように見えた。

だから俺は今度はそれを弾かずに金剛を練って受け止めた。

 

「避けられる喧嘩は避ける。不要な、不毛な争いなんてまともに相手するもんじゃない。

 だから俺はそれを愛さんに問い、意見の相違で喧嘩だってした。一度は別れもした」

 

痛みを感じないのか。

恋奈は金剛によるダメージお構いなしに何度も殴ってくる。

 

金剛は体を硬くしているだけで神経までシャットアウトする技ではない。

その為俺自身にもかなりダメージが蓄積している。

けれど俺のダメージなんてどうでもいい。

このままでは恋奈の拳が砕けかねない。

 

俺は、金剛すら解いて一切の防御もせず恋奈の拳を受け続ける事にした。

 

「結果として愛さんは俺の気持ちを汲んでくれた。

 避けられる喧嘩は避けてくれて、喧嘩よりも俺を取ってくれた。

 喧嘩狼なんていう通り名を持つ彼女がだ」

 

足を踏ん張り恋奈の攻撃を受け止め続ける。

 

顔を狙ってこないのが救いだ。

流石にこれ以上頭部を殴られたら意識が持つか自信がない。

 

「だけど、避けちゃならない喧嘩だってある。

 それを俺は愛さんから、君たちから学んだ。

 おリョウさんを守る事を選んだあの時に覚悟した」

 

俺は愛さんを、マキさんを、それこそ俺に関わった人たちを変えた。

だから俺も変わった。

 

「俺は、君の為なら。君達の為なら何だってできる。

 君達の為なら死ねる。

 だから死ぬ気でこんな真似をしている」

 

慣れない喧嘩をして、人を良いように利用して

彼女の為に彼女と殴り合いまでしている。

 

しかしそれは語るべきことじゃない。

 

今俺が言わなければならない事は

 

「俺は……死んでも君の味方だ。

 敵であっても味方であるつもりだ」

 

矛盾はしていない。

彼女の満足いく結末に向かう為に彼女の敵に回る。

それを裏切りと取るか、それは相手次第。

それは正当化できない。

 

「愛さん達の為なら恋奈、君の敵になる。

 恋奈の為なら―――――皆の敵になれる」

 

全てはそれが原動力。

自分勝手な我儘を押し通す為のモチベーション。

 

「だったら、だったら私の傍で私の力になってよ!

 私を頼りなさいよ! 私に頼らせてよ……」

 

既に恋奈も限界なのだろう。

拳は何発も前から力が殆ど残っていなかった。

涙と血が混ざったものを零しながら必死に俺を拳で糾弾してきたが

それすらもう持たない。

 

俺も、いい加減限界だ。

 

「俺は三大天になる。だから恋奈を頼れない。

 恋奈が俺を頼ることだって許さない」

 

だからこそ俺は愛さんにも手助けを求めなかった。

 

恐らく愛さんも俺のその考えを早い段階から察していた。

故にショウである俺と必要以上に関わらなかった。

 

「ショウは君の敵だ。愛さんの敵だ」

 

三大天はそうでないといけない。

ただの馴れ合いをする事が三大天の関係じゃない。

 

「それでも俺は、長谷大は君が大好きだ。

 だから君の敵になる、君達の敵になる」

 

余りにも抽象的すぎて伝わるのかわからない。

 

しかしそれでいい。

自分の気持ちなど完璧に伝えられるものではない。

 

言葉は所詮気持ちを表すための一手段、装飾品だ。

そして余計な装飾は元々の素材を曇らせる。

 

言葉も装飾も足りない程度で丁度いい。

 

「いや、そんなのいやよ!

 私はアンタの都合も気持ちも知らない!」

「……困ったな」

 

力も失せ、気力も残っていないらしい。

女子供のような力ない拳で殴られてもなんら痛くはない。

 

ただ、それでも困りする。

 

まるで子供のような癇癪を起した恋奈をどう宥めるか。

喧嘩をしている最中だというのにそんなことを考え始めた。

 

胸に抱きしめようか。そう思い手を伸ばす、

いや、そんな事をできる立場ではない。

行き場を失った手は宙を彷徨った。

 

「そこまでだ」

「おっと、愛さん」

 

伸ばした手を愛さんがつかむ。

 

どうしたのだろうか。まだ恋奈と俺の決着はついていないのだが。

真意を図りかねる。

 

「今のコイツはただの癇癪起こした子供だ。

 そんな奴との喧嘩なんてする必要はない」

 

言葉は厳しいが、愛さんの恋奈を見る目に蔑みの色はない。

それどころかどこか、シンパシーを感じているような気配すらある。

 

恋奈もそれを受け取ったのだろうか、反論しない。

ただただ嗚咽を漏らし続けていた。

 

「じゃあ勝敗はどうするんだい?

 俺も恋奈ももう限界だけど、それでもまだ戦意はあるけど」

 

喧嘩は片方が一方的に終わらせられるものじゃない事をマキさんから教わった。

だからこそ勝敗は互いが納得できる形で明確にしないといけない。

そうじゃなきゃ恋奈と殴り合いをした意味がない。

 

「ショウ。お前はこの喧嘩に勝ってどうしたかった?

 恋奈はお前に不良を抜けてほしかったようだが」

 

勝ってどうしたかったか。

そういえばまだ言っていなかったか。

 

「俺は、そうだね。

 君達に、三大天の残る二人である恋奈と愛さんに認めてもらいたかった」

「それはどういう意味でだ。

 喧嘩の強さか、それとも長谷大が喧嘩をするという事をか」

「全部だ」

 

俺が俺らしくなく喧嘩をすると言う事も。

俺の喧嘩の強さも。

俺の今のごちゃまぜな在り方も全てを認められたかった。

 

「いいじゃねぇか辻堂。

 コイツ、お前のお眼鏡に適ってんじゃないのか」

 

マキさんがおかしそうに笑いながら愛さんの隣に立つ。

何が良いのか。

それを察せない俺は首をかしげる。

 

「ああ。今の馬鹿で無謀で、でも自信と本気に満ちた啖呵。

 どっかの馬鹿がアタシ達に聞かせたものと同じだな」

「だな。私に向けられていないのがちょっと癪だけど、

 でも私は合格だと思うぜ」

「アタシも異論は無い」

 

完全に俺と恋奈は置いてけぼりだ。

 

恋奈も何か言いたいようだが、未だ涙ぐんでしゃべられないらしい。

とはいえ俺も何か言いたいけど何を言えばいいのかわからないため何も聞けない。

 

ただ、愛さんとマキさんは懐かしそうな目で俺と恋奈を見ていた。

 

「ショウ。アタシはお前が三大天に加わる事を認めてやる」

「……え?」

「ちょ、辻堂!?」

 

流石に恋奈もあわてて鼻の詰まった声で愛さんに食いかかった。

 

「元三大天の私もコイツなら私の後釜になっても文句はねぇな」

 

捲し立てるようにマキさんも愛さんの言葉を肯定した。

突然の話の流れに俺はついていけない。

 

「恋奈。ショウの実績は充分だろ。

 一撃で喧嘩屋を倒した上にこのチームの質も文句もない」

 

そりゃ、マキさんや梓ちゃん、我那覇さんがいる時点で破格だとは思うが。

 

「けど、だけど!」

「子供みたいな事言うなよ恋奈。

 実際お前もこいつの実力は認めてんだろ?」

「そ、それは……」

 

どうやらマキさんと愛さんは俺を三大天の仲間入りする事に積極的らしい。

二人して恋奈を捲し立てている。

 

何にせよ、この喧嘩はとりあえず終わったらしい。

決着は引き分けと言う事でいいのだろう。

それを意識した途端体から力が失せた。

 

「おっと、大丈夫? センパイ」

「ん、受け止めてくれてありがとう」

「いえ。ふふ、お疲れ様でした」

 

後ろに倒れた体を素早く抱いて受け止めてくれた梓ちゃん。

 

「あ~……終わったと思ったら急に意識が遠くなってきた。

 俺がこんなザマなのに恋奈はよくまだ愛さん達と口論できるな」

「恋奈ちゃんはタフさだけなら辻堂センパイ達とタメ張れますからね。

 そんな恋奈ちゃんとまともに頭突き合戦したセンパイも相当っすけど」

 

何にせよ俺はいい加減無理だ。

さっきから額から滴る血で視界が最悪で目も開けづらい。

ただでさえ意識が朦朧なのに目を閉じざるを得ないため緊張が解けると寝てしまいそうになる。

 

「寝ちゃっていいですよセンパイ。

 あとは自分がセンパイにとって都合が良いように纏めとくんで」

 

微妙に悪い笑みを浮かべた梓ちゃん。

こういう工作にかけては誰よりも手馴れているのだろう。

 

ちょっと怖いけど、でも頼れそうだ。

 

「梓ちゃん。ありがとう」

 

武術を教えてくれた事に。

俺の我儘に付き合ってくれた事に。

そして今こうして俺を支え続けてくれている事に。

あらゆる行為に感謝した。

 

「センパイにはおごられっぱなしでしたからね」

 

邪気のない、まさに無邪気な笑顔で梓ちゃんはそう言った。

 

その言葉にどれほどの意味が込められていたのか俺には把握しきれない。

ただ、軽い言葉ではない。

それは間違いなく伝わった。

 

何にせよ、後は梓ちゃんに全て任せよう。

 

俺は安心し、水面で揺れていた波紋が静まるようにゆっくりと意識を沈めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これでこの話の喧嘩パートは全て終わりとなります
ここまで書いて思いましたが、戦闘描写は難しい、うーんアメリカ語より難しい(小並感)
しばらくは大人しくラブコメ書いておこう。

次回エピローグとなります。
ですが、それで終わりではなく。以前私が描いたss『辻堂さんの冬休み』のように細々とエピローグ後も短編番外編を書かせていただきたいと思います。
丁度もうすぐ辻堂さんのドラマCDもでるし、いいタイミングかな?

それでは。失礼します。

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