辻堂さん達のカーニバルロード   作:ららばい

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17話:不良とは

「飽きた。ダイの様子見てくる」

「ちょっと待てやこらぁ!」

 

江ノ島に散らばった八州連盟の不良八割程を引っ捕えた頃、

マキはウンザリした顔でつぶやいた。

 

薄々こうなりそうな気がしていた花子は慌てて裾を掴んで引き止める。

 

「待たねーよ。もう殆ど始末したし後はお前らでどうにか出来る数だろ。

 いつまでも私の手を借りて甘えてんじゃねぇぞ」

「そもそもコイツらって腰越狙いの奴らだからテメェが始末するのがスジじゃないかだシ!?」

「真っ直ぐ私狙うならともかく、逃げ回って引きつけようとする奴なんて相手してられっかよ。

 大体私は別に江ノ島のやつらがどうなろうと知った事じゃねーし」

 

困り果てる花子。

確かにマキの言っていることもメチャクチャだというわけでもない。

何せお前が気に食わないからお前の知らない奴らに因縁付けまくるぜ、と八州連盟に言われているようなものだ。

それに対してマキが妨害しなければならない理由はない。

勝手にすれば、と言いたくなるのが普通だ。

 

これが正義感が強い人ならば必死にもなるだろうが、マキはそういう人間ではない。

つまり花子にはマキを引き止める手段がないという事になる。

 

「ほら離せ。飯奢ってもらったよしみだ、手荒な真似はしたくないんだよ」

「だ、だったらまた飯奢ってやるから残っている奴らも・・・・・・」

「やだ。飯はダイに作ってもらえるからそこまで飢えてない」

「じゃあどうすれば残ってくれるシ!」

 

逆ギレを始める花子。

 

マキはそれを見てほとほと困り果てた顔をする。

体格が小学生低学年並みに幼い花子が泣きながら裾を引っ張る姿にしかマキには映らないのである。

 

「あー・・・・・・」

 

何を言っても多分花子は折れないし、マキ自身もいい加減ウンザリなので折れる気はない。

話は完全に平行線という事だ。

だが、マキが僅かに妥協しようかと珍しい事を考えていると

 

「いい加減にやめないかみっともない。

 いつまで部外者の力ばかりアテにする気だお前は」

 

総災天、リョウが多数の部下を引き連れて現れた。

 

「だって! ウチらじゃ人質取られたらどうしようもないシ!」

「って理由で私を離してくれないんだよ。

 どうにかしてくれよリョウ」

 

リョウは呆れたようにため息を吐く。

 

気分屋なため、江ノ島にいる八州連盟の不良一掃を途中でやめたマキに呆れたし

完全に他力本願な江乃死魔の奴らにもやはり呆れ果てた。

 

「もういい。後は俺達湘南BABYがマキの引き継ぎをする。

 お前はすっこんでろ」

「へ、ちょっとリョウ待つシ!」

 

リョウは木刀を片手に部下に獲物を索敵するよう指示を飛ばす。

 

「マキ、今言った通り後は俺が引き受けよう。

 お前はヒロ君の援護に迎え」

「言われなくてもそうするつもりだけどよ、

 そういや探してた奴見つかったのか?」

「ああ、途中別れたからな。今ヒロ君達の方に向かっている筈だ」

 

マキはリョウが探した人が誰なのか実は知らない。

取り敢えずかなり強い、マキや辻堂愛に劣らない人物だとは聞いているのだが。

 

何か嫌な予感を感じ弁天橋の方を見て鼻を鳴らす。

 

「なーんか、嗅ぎなれた匂いがするんだよな」

「気のせいだ。いいから行け」

「まぁ実際にどんな奴か見ればわかるか。

 んじゃ後は任せたぜ」

 

そう言ってマキは忍者のごとく走り去り姿を消す。

 

夜の江ノ島は既に八州連盟の不良のせいで騒ぎきっており、観客やお店の人間も困り果てていた。

実家が似たような商いをしているリョウとしては心中お察し、よりやる気を漲らせる。

 

「リョウ、本当に大丈夫なの?」

「くどいな。ん、丁度おあつらえ向きに連絡が来た」

 

リョウは心配しきっている花子を宥めるために実際に人質を取られた時の対応を見せることにした。

 

 

 

 

 

 

「て、テメェら! 大人しくしろよ!

 この女が傷モノになっても知らねぇぞ!」

「ひ、ひぃ! 誰か助けてください!」

「これはまたテンプレートな奴だな」

「だシ」

 

見れば江乃死魔の不良に取り囲まれ、逃げ場を失った不良が中年女性にナイフを突きつけている。

完全に激昂しており、迂闊なことをすれば本当に刺しかねない。

 

リョウは状況を確認した後、群衆をかき分けて八州連盟の不良の前にたった。

 

「テメェは総災天。

 ぐ、だからどうした。オラァ! そこの道を開けろや!」

「それは出来ないな。

 みすみす獲物を逃がす理由がない」

「あぁ!?」

 

数メートル離れた隙間を埋めるように堂々とリョウは足を踏み出す。

 

「ちょ、リョウさん!?」

「ちょっと待つシ!」

「やかましい。黙って見ていろ」

 

まるで人質などいないかのように普通に歩む。

その威風堂堂とした態度に相手も一瞬思考がフリーズするが、

ワンテンポ遅れて慌て始めた。

 

「そ、それ以上動くんじゃねぇぞ!」

 

人質の頬にナイフを突きつける不良。

周りの野次馬も事態に気づいたのか、徐々に人だかりが増し始める。

 

しかしリョウはどこ吹く風。

一切慌てた様子もなければ臆した様子もない。

 

「その女を傷つけず無条件で降伏すれば手を出さないことを約束してやる」

「・・・・・・あぁ?」

 

取引を持ちかけてきたのか思い、激怒している不良は僅かに聞く耳を持とうとする。

 

だが、不意にリョウの纏う空気が変わる。

 

「しかしその女に怪我を負わせた場合、お前はその怪我の二十倍の傷を負わせる。

 俺からすればその女は他人だ、別にどうなろうが俺からすれば知ったことではない」

 

やはり足を止めない総災天。

 

そして露骨に慌て始める不良。

まさか人質をとっているのにそれを無視する奴がいるなんて腰越以外にいるなど聞いていなかった。

どうする、本当にこのままこの人質に怪我を負わせていいのか?

いや、実際に相手が歩いてくるんだから言った通りナイフ刺さないとそれこそ拙い。

刺す気がない事がバレたらそれこそやばい。

 

そういった強迫観念に追われ始めた。

 

「・・・・・・刺すのか刺さないのか。

 お前の勝手だが、前者を選ぶのなら相応の覚悟をするんだな」

「う、うっせぇ!

 畜生ッ、いいか! マジで刺すぞ!」

「いやああぁぁぁぁ!

 誰か助けてえぇぇぇぇぇ!」

 

逆上する不良とヒステリックに叫ぶ人質。

 

それを意に介さず気がつけば既にリョウは5メートル程度の距離まで詰めた。

 

「うわああぁぁ!

 俺はもう知らねぇぞ!」

 

ナイフを振りかぶる。

 

周囲の人間がそれを唖然とした表情で見た。

 

「結局刺すのか、じゃあ仕方がない」

 

呆れたような声色でつぶやき、ナイフが振り下ろされる以上の速度でリョウが槍投げの要領で木刀を投擲。

その速度たるや凄まじく、殆どの人間が不良に直撃する瞬間まで木刀が投げられたことにすら反応できていない。

 

「ぐおあ! て、手があぁぁ!

 テメェよくもやりやがったな!」

 

ナイフを持った手に木刀が直撃し、手の骨が砕けたと同時にナイフもどこかに飛んでいった。

 

「リョウ、獲物投げ捨てて大丈夫だシ?」

「問題ない。何より俺は攻める時は木刀を使うよりも―――――」

 

痛みと怒りで我を忘れた不良は人質すら投げ捨ててリョウに飛びかかる。

 

この男も一介のチンピラにすぎないが、それでも喧嘩の実力は一つ頭抜けていた。

喧嘩屋程ではないにしろ、それに迫る実力を持っている。

だからこそこの状況でリョウに殴りかかったのだが。

 

拳を振りかぶり、リョウに殴りかかろうとしたタイミングでリョウがそれ以上の速度の貫手を相手の鳩尾に叩き込む。

 

「ぐおあッ」

 

いきなり打ち込まれた急所の痛みに崩れ落ちる。

だが、リョウは牽制程度に打ち込んだ為それ程の威力はない。

 

ただそれでも急所を打ち込まれたダメージは大きい。

不良は顔を痛みに歪めて膝をつく。

それをみたリョウは相手の膝に助走をつけて飛び乗り

その勢いのまま顔面を蹴りつけた。

 

「ぶっはああぁぁぁ!?」

「シャ、シャイニングウィザード!?

 実践でやる技かよ!?」

「さっすが総災天だぜ!」

「ぱねぇシ・・・・・・」

 

顔面に強烈な蹴りを叩き込まれ、意識を失いながら地面を滑り転がる哀れな不良。

 

周囲の観客や江乃死魔の部下共はその手際と派手な技にファンファーレを送る。

一般市民から江乃死魔のヤンキーまで全員が笑い、讃えたのだ。

 

「―――――とまぁ、俺は素手の方が出来る事は多い」

 

リョウは事も無げに髪を払い、部下を引き連れてすぐさま次のターゲット探しに移った。

 

江乃死魔に勢力戦で敗れ傘下に下り

喧嘩の実力としては梓や我那覇に劣るものの、それでも総災天の権威は衰える気配はない。

彼女の武器は喧嘩の実力だけでは無い。

 

強さ、殺気、残忍さ、冷静さ、統率力、風格

その全てが湘南において最強でないにしろ最高に等しい。

一人の不良としての総合的なスペックとしては愛やマキ、恋奈すら凌ぐだろう。

 

ただ、それでも喧嘩というフィールドが不良の本分であるため

最終的な抗争では個人の戦力が不良千人分を容易く超えるマキや愛

部下の統率力に飛びぬけた恋奈に負けはするものの

それでもやはり喧嘩というフィールドに限らなければ破格のステータスだ。

 

「伊達に一度はたった五十人程度で湘南トップをとったわけじゃないシ」

 

先ほどの流れでテンションを上げた江乃死魔の部下達に指示を飛ばすリョウの姿を見てハナはつぶやいた。

 

あれほど目立つ技や手段をとったのも腰越だよりで士気が下がっていた江乃死魔に激を入れるつもりだったからのか。

それは本人しか知らない。

しかし結果として人質を無事救いつつ相手は始末し、

テンションが落ちきっていた部下のリカバリも済ませた。

 

「何をしてる、行くぞ」

「あ、うん」

 

リョウはハナを気にかけたのか、近づいて手を差し出す。

ハナもそれに大人しく従い握り返した。

そのまま満足げに軽く目尻を緩めハナの頭を撫でた後、散歩するかのようにゆっくりと数歩歩き

 

「って子供扱いすんなー!」

「うわっと、小さい上に不貞腐れている顔が子供のようでつい」

 

どう見ても親子のソレに気づいたハナが激怒。

 

(ふふ、ヒロ君との子供ができたら今みたいな感じなのかな)

 

リョウは不良としてのスペックは高いが、同時に女性としてのスペックも高かった。

結構未来を夢見る乙女である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・」

「ぐ、ここまで来やがったか」

 

尋常ではない張り詰めた空気がショウと原木の間に漂う。

 

実力云々によるプレッシャーではなく、立場によるものだ。

 

かたや湘南を荒らし回った張本人で、今この場にいる八州連盟の仮初のリーダー。

かたやその湘南荒らしを幾度となく妨害している暴走王国の総長。

明確に敵対している同士。

 

「てめぇら! 見てねぇで手伝え!

 今ここに暴走王国総長がいるんだぞ!

 手柄が目の前にあるってのに何ビビってんだ!」

 

ショウの得体の知れない空気に飲み込まれていた八州連盟の者たちはその言葉に意識を戻す。

 

「そ、そうだ。

 アイツをやっちまえばもう俺たちの目標達成なんだ」

「ああ。アイツ倒したらもしかしたら水戸さんに何か特別待遇もらえるかもしれねぇぞ」

「それにあのショウって奴、全然手を出してこなかったけどもしかしてしぶといだけで弱いんじゃ・・・・・・」

 

様々な言葉が飛び交うも、全員が全員ショウを見る目が獲物を見る目だった。

 

「喝ッッ!」

「「「ウオッ!!!?」」」

 

突然我那覇が途轍もなく大きな声が響き渡り、周囲の心臓を跳ねさせる。

 

「与太者共よ、気がはやり総長に気を取られるのは仕方ないが

 ならば我をも相手するという覚悟をする事だ」

 

拳を鳴らす我那覇。

 

「良い啖呵っすねぇ。

 っつー事でセンパイの邪魔すんならちょーっと痛い目みて貰いますんで」

 

構える梓。

既に彼女たちが異様なまでに強い事はほとんどの人間が知っている。

恐らくまとまって挑んでも蹴散らされるだろう。

 

全員でかかればもしかするのかもしれないが、そんな事をすれば後続の江乃死魔に蹂躙されかねない。

つまりもうこの状況では梓と我那覇を相手している余裕はない。

 

「だったらさ、全員でショウを狙えばいいんじゃ・・・・・・」

「確かに。玉砕覚悟でアイツら二人無視して全員でショウに襲いかかれば誰かがやってくれるかも」

 

その言葉が広がり始める。

 

無論誰かが貧乏くじとして我那覇と梓にやられるだろうが、それでも溢れた者たちで一斉にかかればショウはひとたまりもない筈。

 

「あ~、ちょっと拙いっすねぇ」

「どうするんですか乾さん、私達も流石に一気に攻め込まれたら取りこぼしますよ」

 

これまでの進撃で暴走王国のおっかけの数も既に半分以下。

殆どが追っ手の妨害の為にはぐれてしまった。

 

「へへ、残念だったな。

 意気揚々と俺の目の前にまできたのが運の尽きだ。

 テメェだけさっさと始末して俺達は逃げさせてもらうぜ」

 

下ひた顔で笑う原木。

 

全員の作戦が決まったようだ。

その全員の目は真っ直ぐショウの方へ向かっている。

つまり一斉にショウを狙い、倒したと同時にこの場を立ち去るプラン。

 

「・・・・・・」

 

明らかに視線を感じるはずなのに一切の動揺を見せないショウ。

 

梓や我那覇ですらどうしたものかと思考しているのに彼の余裕は不自然だった。

というか余裕以前に彼の目は原木ではなく彼の背後に向いているのだ。

 

無論マスクをしているため気づくものはいない。

ただ、梓だけは大のその視線に気づき、彼の視線をなぞれた。

その先にはアオザイを来た妙齢の美しい女性が立っていた。

 

「あれ、あの女って確か」

 

梓が微妙に嫌な記憶を思いだし渋い顔を作ったと同時に

 

「あは、やっぱりヒロちゃんやん」

「・・・・・・ッ?」

 

その人ごみから突然飛び出した人影がショウの目の前に立ちふさがった。

 

「んふふ、リョウちゃんにヒロちゃんの手助けしてやってぇ言われたから急いで来てみたんやけど・・・・・・

 なんや随分わいるどな格好して分かりづらいから探すの手間どったわぁ

 時間にして一分くらい?」

「・・・・・・ッッ!」

 

まるで過剰な母が子に愛を注ぐかのようにショウを抱きしめる乱入者。

 

実際に彼女の年齢は大くらいの年齢の子がいるくらいの数字なのだが、

外見年齢は殆どお姉さんと形容しても差支えがないほどに若々しい。

 

「奴はまさか、無天の相模・・・・・・?

 なぜこんな場所に」

「無天の相模? なんですかそれ」

 

ショウを除いていち早く乱入者の名前を思い出す我那覇。

だがその名を知らない者は多く、追っかけの一人が質問する。

 

「汝らのような与太者・・・・・・いや、不良が知らないのも仕方あるまい。

 奴は―――――」

「あれ、ちょっとあそこの奴らおかしくない?」

 

我那覇が話している最中に一人が八州連盟の不良がいる一角を指差す。

そこを全員が辿ると、確かにおかしかった。

 

「あいつら、気絶してるね」

 

梓が呟く。

 

そして梓の言うとおり本当にその一角にいる全員が立ったまま気絶していた。

 

「んふふ、どの子がヒロちゃんの味方かわからんから取り敢えず飛ばさずに撫でるだけにしといたんよ」

「しかも地獄耳。あそこから聞こえてんのかよ。

 相変わらずおっかない人っすね」

「・・・・・・センパイ、奴をご存知なのですか」

「ん? ああ、ちょっと前にボコられちゃってさ」

「なんと!? せ、センパイですら勝てぬと!?

 そんな馬鹿な事がある筈がないでしょう!」

「いや、いくらあずでも勝てない奴とか普通にいるし。

 っていうかお前のそのあずに対する信仰はどっから来てんだよ・・・・・・」

 

気の抜けるような会話をする二人を尻目に乱入者、山本相模はショウを胸に抱いたまま周りを見渡す。

 

「ん~。アンタ、うちと会った事あるん?

 アンタ程元気そうな子ぉ一度見たら忘れそうにないんやけど」

「へ、自分っすか?」

「そそ、アンタやアンタ。

 そのほっそい体に大きなパワー、ふっとい脚に外見以上の瞬発力。

 そうお目にかかる事ない逸材やわ」

「脚太くねーっすよ!? でけーのはおっぱいだけっしょ!」

 

あんまりなほめ方に速攻反応。

相模も相模で言葉を間違えたことを納得したらしく、朗らかに笑いながら軽く謝る。

 

そんな生ぬるい空気が立ち込めた頃、それを一変させるように相模やショウを睨みつける存在がいた。

 

「おい、ババァ。

 何せっかくの空気を台無しにしてやがる」

「―――――あぁ?」

 

言った後に原木は後悔した。

ババァというのは口先だけで、相手を挑発する為の言葉選びだ。

実際は原木からみても相模は美しかった。

だが、流石に乱入者を許すわけにも行かず侮辱をしたのだが、失敗した。

 

相模の目で理解した。

この女は明らかに辻堂や腰越側の人間だという事を。

 

「へへっ、やっちまおうぜ!

 どうせ女一人二人増えたところで変わんねぇよ!」

「おう! さっさとショウをぶちのめして逃げんぞ!」

「あ、おいテメェらやめろ止まれ!」

 

いち早く相模の強さの片鱗に気づいた原木の制止も虚しく、先走った舎弟達がショウと相模に襲いかかる。

 

全員がバットやバール等の凶器を持ち、速攻を狙う。

だが、そんな武器は意味がなかった。

 

原木に何か言おうとした所に茶々を入れてきた不良達に苛立つ相模。

彼女は一端胸で抱いていたショウを優しく離し、駆け寄る数十人の不良の波を見た。

 

「チンピラ風情が人の会話邪魔すんなや」

「え? うごっ!?」

「な、何だ今・・・・・・ぐおあ!」

 

先頭の人間が彼女の無造作な、しかし無駄の一切ない蹴りをまともにくらい吹き飛んでいく。

それを皮切りに相模は不敵に笑い、一気に前に進み出て自分から不良の群れの真ん中に入った。

 

「アンタら少し鬱陶しいわ。

 ちょっと海で泳いできぃ」

 

その言葉と共に鳴り響く地鳴り。

何が起こっているのかは相模以外の誰もがわからない。

何せ地鳴りと共に砂浜が砂埃まみれになり、視界がまるでおぼつかないのだ。

 

「ちょ、まじっすか」

「おいテメェら! あの女止めろ!」

 

梓や原木、ショウ達はあっけにとられながら上を見ていた。

 

前ではなく上である。

 

「わけわかんねえええええええええええええ!?」

「一体なにが起こっているのです!?」

 

そう言いながら殴られたことすら理解もできないうちに上空へ吹き飛ばされていく不良達。

 

吹っ飛ばされた不良は数メートルどころではない、それこそ遥か彼方まで打ち上げられて

沖の方で漁を始めているため漁船が大量にいる所まで消し飛ばされている。

 

吹き飛ばされているのが八州連盟だけならばいいのだが。

 

「ケホッケホッ! 前が見えねぇっての。

 ん? 何だいアンタ―――――うぎゃわあああああ!」

 

このように江乃死魔の人間もまとめて吹っ飛ばしていく。

 

異常事態を即座に気づいた恋奈は慌てて指揮を飛ばす。

 

「ぐっ、全員あの砂埃の中心地点から離れろ!

 逃げられないなら頭抱えてしゃがみ込んで凌げ!」

 

まるで竜巻にでも襲われているかのような状況だが、恋奈の命令は正しい。

相模には誰が江乃死魔で誰が八州連盟なのかは一切興味がない。

取り敢えず目に映る不良を片っ端から蹴散らしているだけだ。

 

だが、戦意喪失程度ならばダメージは与えず吹き飛ばすが、

倒れているものまでは手を出さず見逃す。

この状況では伏せて凌ぐことが一番正しい。

 

「ちょ、なんぞこれーーーー!?

 ショウさん探してたら何か凄い砂嵐起こっとるーーー!」

「これマジ?」

 

周囲一体を更地にしている砂嵐がはぐれた暴走王国の追っかけに迫り来る。

 

「・・・・・・ッ!」

 

幸い相模から距離が開き、ある程度視界が広がったショウはいち早く仲間の危険に気づいて走ろうとする。

だが確実に間に合わないだろう。

 

相模が周囲を吹き飛ばしながら進む速度と大が死ぬ気で更地を走る速度は前者の方が速い。

 

「我が行く! 奴らには借りがある!」

「ちょ、ナハ」

 

ショウよりも早く走っていた我那覇。

 

彼女は必死で走り、仲間が砂嵐に飲み込まれるよりも早く彼らのもとにたどり着く。

 

「我那覇さん。こ、これどうなってんです」

「説明する余裕はない。一瞬でも時間を稼ぐ故全力で逃げろ。

 今ならば誰も逃げる者を追うまい」

「それじゃあ我那覇さんが・・・・・・」

「構わん。元より我は強者と立ち会うためにここに来た。

 そして今、無天の相模と拳を交える絶好の機会。

 我にとって理想の状況だ」

 

仲間を逃がし、迫り来る砂嵐に真っ向から睨む。

 

実際に我那覇としては本当に理想の状況だ。

勝てる気は微塵もしないけれど、それでもこの本物の強さである相模とやりあえば何かしら身になるものは有るはず。

 

ただ、一番恐ろしいのは一瞬も時間稼ぎできず今後ろで逃げている仲間が巻き込まれる事だ。

 

そのイメージを振り払うため、我那覇は自分から勇ましく砂嵐に突っ込んだ。

 

「ぬぅ、前が一切見えん」

 

嵐の中はとんでもない密度の砂が吹き荒れている。

中にいる相模がとてつもないスピードで動いているからなのだろうが、

その副産物でここまでの砂嵐を起こすとは。

 

「あらぁ、アンタさっきあの脚太い子と一緒にいた子やん」

「ぬぉ!?」

「うわっと。なんやうちとやり合う気かいな」

 

突然、誰も居なかったはずの背後に現れた相模に驚いた我那覇は反射的に拳を振るう。

敵ではないと思っていた我那覇の攻撃に僅かに驚いたが、相模は今ので我那覇も退場を願うことにした。

 

「んふふ。リョウちゃんからアンタはヒロちゃんをよぅ面倒みてくれてたって聞いとるさかい手加減したるわ」

「舐めるなッ!」

 

余裕の態度を崩さない相模にせめて一泡吹かせようと我那覇は巨大な拳による正拳突きを繰り出す。

風切り音は凄まじく、まともに喰らえばあの馬鹿げたタフネスを誇る一条ティアラですら一撃で沈みかねない。

重いだけでなく速度も重ね添えた拳。

 

「あらら。アンタはあの子程じゃないんやなぁ。

 なんやがっかりやわ」

 

その拳を事も無げに弾き、残念そうに呟きながら我那覇の腹に手を添えた。

 

「・・・・・・無念、すまぬ。逃げる時間すら稼げなかったか」

 

我那覇は次の瞬間、自分が吹っ飛ばされる姿をイメージした。

拳を振り抜いた姿勢では回避も金剛もロクにできそうにない。

 

一度の差し合いで敗北という事を理解し、まともに時間稼ぎすらできなかった自分を恥じ入る。

 

「吹っ飛びや」

 

我那覇が覚悟を決めた瞬間

 

「―――――やり過ぎだぜ、お前」

「うわっと!」

 

相模が何者かの声に驚いて我那覇から離れ構えた。

手も出さずしてあの相模が一瞬だが驚かせる人間。

 

我那覇は九死に一生を得た事に安堵し、誰が彼女を引かせたのか姿を探す。

 

砂ぼこりも相模が動き回らなくなったことにより消え始めた。

視界もある程度鮮明に見え始め、数秒後には近くにいる人間ならば見ることが可能である。

 

「辻堂、愛。なぜ貴様がここに」

 

相模が警戒をして見つめている場所。

そこには威風堂堂と、圧倒的な存在感を見せつけながら立つ辻堂愛の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、勢い余って乱入したがどうしたものか。

何やら我那覇がアタシを驚いたように見ているが、多分アタシが何か考えがあって乱入したと思っているのだろう。

 

結論だけ述べるのなら、

何も考えず乱入しました。

 

遠くから眺めている時にこの相模の姿があったから警戒していたのだが

案の定先走って大の仲間ごと蹴散らし始めた。

その段階で手を貸すべきか考えたが、大が慌てて止めようとしているのを見て決心した。

 

した末にこうやって止めに入ったんだけど・・・・・・

 

「あら、あらあら。お嬢ちゃんが今ウチを驚かせたんかい。

 若いのに随分貫禄あるなぁ。びっくりやわ」

 

相手がやる気だった。どうしよう。

 

そもそも誰かに何で乱入したのか聞かれた時にどうやって答えよう。

まさか大がいつまでたっても頼ってこないから痺れ切らせて自分から動いたなんて恥ずかしくて言えないし。

 

そもそもコイツの乱入なかったらアタシがもっと大人しく場をまとめるはずだったのに。

 

「構えんな、アタシにやる気はねぇよ。

 アタシの用事はアイツにあるんだ」

「あいつ? ああ、ヒロちゃんかいな。

 ん~・・・・・・喧嘩とかそういう用事なん?」

「いや、少し話したい事があるだけだ」

 

取り敢えず無用な喧嘩は避けることにする。

 

流石に義理とは言え大の母親替わりの人を殴るのは気が引ける。

何度かそれを知らずに本気でやりあったりもした事があるが、知った今としては出来るだけ避けたい。

流石に大もいい気がしないだろうし。

 

「取り敢えずもういいだろ。

 もう戦意残ってる奴なんて殆どいないし、

 ひろ・・・・・・ショウの味方まで巻き込んでんじゃねぇか」

 

周囲を見れば散々な状況だった。

 

江乃死魔の奴らは全員頭抱えてしゃがみこんでるか、かなり遠いところでこっち伺ってるし

震源地だった八州連盟の中枢部なんて壊滅だ。

実質残っていた八州連盟は相模一人に潰されたと言ってもいい。

 

「あ、ありゃ。ちぃとやり過ぎたわ・・・・・・」

「自覚あるんかい」

 

コイツ、腰越の母親だけあって性格が似ている。

特に感情に任せて人をぶっ飛ばすところとかそっくりだ。

そんなにババァと言われたのが腹たったのか。

 

・・・・・・ウチの母さんもババァ言うとアタシでもビビるくらい激怒するし気をつけておこう。

挑発するにしても人が言われて心が傷つく類のものは言うものじゃない。

ましてや年齢など本人の意思に関わらずどうしようもないし、絶対に言わないでおこう。

 

「ご、ごめんなヒロちゃん。ついカッとなってやりすぎてしもた」

「・・・・・・」

 

アタシの事はそれ程興味ないらしく、警戒すらせずに大の方へ走り寄っていった。

 

コイツの起こした天変地異地味た暴れっぷりに乾や今庇った我那覇

恋奈や大も唖然としていた。

 

「な、何よあの女。

 暴走王国の隠し玉ってわけ?

 くそっ、全員集合! 意識のない奴は近くにいる体力の余裕ある奴が担いできて!」

 

人数が多い分かなりの被害を被った江乃死魔。

ここで無謀に相模に挑まないのは懸命だが、立て直すまでまだしばらくかかりそうだ。

 

「辻堂。要らぬ庇い立てをした事には礼は言わん」

「は? 別にお前を庇いたいと思ってあの女止めたわけじゃねぇよ」

 

我那覇が後ろでようやくショックから立ち直ったらしい。

相変わらずの堅苦しい感じで話しかけてきた。

 

「その件では礼は言わんが。

 貴様が相模を止めてくれたお陰で我の仲間が助かった。

 感謝する」

「・・・・・・お、おう」

 

変なところで義理堅いなコイツ。

 

アタシに一礼したあと、誰かを探すように周囲を見回した後目的の人物をすぐに見つけたらしい。

妙に安堵した顔を見せ、その仲間とやらのもとへ走っていった。

 

さて、アタシはどうするか。

 

相模も止まったし、もうアタシが何もする必要は無さそうだが。

かといってこのままフェードアウトするのも何か不自然だ。

 

「あ、そうだ」

 

折角ここまで来たのだ。

つまり今なら大と・・・・・・えぇと、誰だっけ。

取り敢えず八州連盟の生き残りのアイツとの喧嘩を近くで見ても問題ないはず。

よしそうしよう。

 

大の一世一代のマジ喧嘩。

うん、凄い楽しみだ。

 

そうと決まれば早速行動あるのみ。

アタシは少し威圧感を出しつつ大達の元へ歩み寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

流石愛さんだ。

相模おばさんが来ること自体想定外だった上に原木さんの一言でまさかの暴走。

それを止めてくれたのは心底助かった。

 

愛さんが近くにいる事は水戸さんとの繋がりで知っていたが、まさか乱入してくるとは思わなかったのだが

ともかく本当に助かった。

 

「せ、センパイ・・・・・・」

 

梓ちゃんが少し不安げに擦り寄ってくる。

多分相模おばさんの事が結構苦手なんだと思う。

まぁ初対面が最悪だったから仕方がないと思うが。

 

「大丈夫。優しい人だから」

「優しい人が砂嵐起こして不良三百人近く瞬く間に蹴散らしたりしませんよぅ」

「あ、うん。そうだね」

 

それを言われると俺もフォローのしようがない。

 

俺が困っていると愛さんと話を終えた相模おばさんが少し気まずそうな顔をしながらこちらに来た。

 

「ごめんなぁヒロちゃん。最初はここまで暴れるつもりなかったんやけど」

「いえ、止まってくれたのならそれで良いです」

 

俺達を助けてくれた追っかけの人達や江乃死魔まで吹き飛ばし始めた時は心底驚いたが

ともかく八州連盟以外は壊滅とまでは行っていない。

本当に愛さんが止めてくれてよかった。

 

「テメェ、初めからこの状況狙ってやがったのか」

 

胸をなで下ろしていると、背後から原木さんの焦りを感じさせる声が聞こえた。

 

振り返って顔を見てみれば、実際に声質通りの顔だ。

余りの事態に血の気が引いており、足も震えている。

 

「あらあら、そうや。そういえばアンタにお仕置きはまだやったなぁ」

「ぐ・・・・・・」

 

未だ怒りが残っているらしい。

笑顔なのだが、皮一枚下に怒りの色を残している相模おばさんが原木さんに詰め寄ろうとする。

しかし俺は彼女の肩を掴み、引き止めた。

 

この細い体のどこにさっきのような馬鹿げた超常現象を起こす力があるのか不思議なものだが

それは愛さんやマキさんので見慣れている。

 

「相模おばさん。この人だけは俺が相手しなきゃダメなんだ」

 

恐らく原木さんは梓ちゃんやナハさん、相模おばさん全員に襲われると思って怯えているのだろう。

確かにこの三人は原木さんや俺みたいな一般的視点の人間から見れば馬鹿げた強さだ。

特に相模おばさん何て次元が違う。

もちろん梓ちゃんもそれに続く強さだが。

 

ともかく、この人と喧嘩するのは俺じゃないと意味がない。

これで俺以外の人間が喧嘩して勝ったんじゃ何の解決にもならないのだ。

 

俺は意志を込めて相模おばさんの目を見る。

 

「んふふ。なんやヒロちゃん、久々におうたと思えばえらい男らしゅうなって。

 おばさんも年がいなくときめいてしまうやん」

 

そう言って相模おばさんは原木さんを一瞥した後俺の方に向き直った。

 

「ええよ。それじゃあ、あのちんぴらはヒロちゃんにお願いするわ」

「うん。任せて下さい、ありがとう」

 

意外なほどあっさり引いてくれた。

そのまま相模おばさんは俺の横を通り抜け、俺の背を乱入者から守ってくれるように背後に立った。

 

その気遣いに感謝し、俺も気を引き締めて前に進む。

 

「良いのかよ。あんな馬鹿げた女がいるのにわざわざテメェが俺とやりあうってのか」

「・・・・・・」

 

相模おばさんが引いたことで幾分安心したらしい、原木さんが追い詰められた表情のまま話しかけてくる。

 

「どうせ乾やあの女からはもう逃げられねぇ。

 はっ、好きにしろや」

 

やはりか。

自暴自棄になってしまっている。

 

戦う前から諦めて、もうどうにでもしろと言わんばかりの態度。

こんな状態の相手と俺は喧嘩などしようとも思わない。

 

「・・・・・・俺に勝てれば後ろの彼女達が手を出すこともなく貴方を逃がす事を約束します」

「な、え? お前喋られるのか」

 

本当は最後まで話す気などなかったのだけど、状況を変える為には仕方がなかった。

 

幸か不幸か周囲の人間は相模おばさんが全て吹き飛ばしたため

俺の声を聞く人は原木さんしかいない。

ならばもう無理して俺自身の言葉を抑える必要もない。

 

「俺が負ければ貴方を無条件で逃がしてあげます。勿論江乃死魔からだって。

 だけど、貴方が負ければ二度とカツアゲをしないでください」

 

完全に壊滅した陣営の将の身のからすれば破格の取引のはずだ。

ここでこの取引に応じない場合でも俺は後ろの女性たちに手を出させはしない。

しかし流石に江乃死魔には引き渡させてもらう。

 

こんな人を平気で傷つけられる人間を放置してはおけない。

 

「その約束を守られる確証あんのかよ。

 俺がお前を叩きのめした後、

 逆恨みしたテメェや後ろの化物共がキレて結局俺をボコるんじゃねぇのか」

 

破格の条件を出してもこの状況じゃ疑り深くなるのも当然か。

俺はどうしたものかと思案する。

 

俺や相模おばさん、梓ちゃん達が何を言ったって敵側の言葉にしか聞こえないだろう。

ならばどうすればいいのか。

考え抜いていると

 

「安心しな。お前が勝った場合はアタシがお前の身の安全を保証してやる」

「愛さん」

 

横から愛さんが現れた。

 

「辻堂、テメェがか」

「ああ。アタシは今回の抗争じゃ完全に外野だ。

 別にお前に思うことなんてて全然ないし、だったら公平にこの喧嘩取り仕切ってやるよ」

 

思わぬ助け舟だった。

 

ここで江乃死魔でも暴走王国でも八州連盟でもない。

最初にこの場にいなかった誰の味方でもない愛さんが仕切るのは理想的だ。

 

彼女ならば実際に梓ちゃんと相模さんをも食い止められる実力と伝説もある。

原木さんにとっても願ってもないジャッジの筈だ。

 

「お前が勝ったのならアタシが責任を持って逃がしてやる。

 だが、負けた場合はわかってるな」

「ちょ、ちょっと待てよ!

 勝手に話すすめてんじゃねぇ!」

「ちっ、ウゼェな。ここに来てまだ逃げ腰かよ。

 おい、ひろ・・・・・・じゃなくてショウ。これやりあう前から結果見えてんじゃないのか?」

 

久々に悪い顔をした愛さんを見た。

まるで原木さんを見下したかのような目で睨み、

俺に可笑しそうに笑いかけてくる。

 

いや、これも愛さんの一つの顔だ。

俺に向けられたことが無いから知らないだけで、愛さんはやはり不良。

ならば相手に対してこの様な態度をとるのが当たり前なのだ。

 

「いい加減覚悟決めろ。

 じゃねぇと―――――アタシがお前を潰すぞ?」

「う・・・・・・っ」

 

気圧される原木さん。

それも仕方ない。何せその睨みを向けられていない俺ですら震えが走った。

 

しかし、その威圧が背中を押すきっかけになったらしい。

未だ青い顔をする原木さんだが、俺に向き直り構えをとった。

 

「約束は守れよ」

「わかってます。安心してください」

 

俺も同じく制空権を張り、不格好な構えを作った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喧嘩が始まって数度の打撃を受けた。

 

流石喧嘩屋だけあって一撃一撃の重さが凄まじい。

殴られた箇所は芯まで痛みが残る。

 

「どうしたどうした!

 噂通りの木偶のぼうかよ!」

「・・・・・・つぅ」

 

回し蹴りが腹に直撃する。

見事に体重を乗せたらしく、金剛を練っているはずなのにダメージが突き抜けてきた。

 

俺は少し頭がふらつく感じを抑えながら口を開く。

 

「原木さん。何で貴方は人を殴ったりカツアゲを平気で出来るんですか」

「あぁ!?」

 

俺の言葉を聞きながら連打を続けてくる。

俺も喋りながらも制空権を張り続け、攻撃をいなし、叩き落とす。

 

「ははっ、それを俺に聞くのかよ! 不良のテメェが!」

 

やはり喧嘩が楽しいらしい。

この殴り合いが始まってからというもの、彼はどこか生き生きとしている。

 

しかしそれはナハさんのような戦いを楽しんでいる訳ではない。

人を殴ることが楽しいから生き生きしているだけだ。

つまり、どちらかといえば彼は歪んでいた頃の梓ちゃんに近い。

 

「カツアゲすんのは楽に金が集められるから、

 人を殴るのは単純に気持ちいいから、それ以外に何か理由があんのかよ! えぇ!?」

 

体重を乗せた突きが俺のガードをブチ抜いて胸に突き刺さる。

 

金剛がギリギリ間に合ったおかげで一撃で沈む事はないにせよ、また後に引くダメージが入った。

だがそんな事はどうでもいい。

 

俺は原木さんの言葉にやはりデジャブを感じる。

いや、感じるに決まっている。

何せ大抵の不良が使う答えだからだ。

 

楽に金が入るからカツアゲをする。

自分より弱い奴を殴るのは楽しいから喧嘩する。

 

「原木さん、貴方は自分が不良なのかどうか考えた事ってありますか?」

「はぁ? 何いってんだお前」

 

彼は不良らしすぎる。

 

俺が勘違いしていただけなのだ。

愛さんやマキさん、恋奈のようなカツアゲを外道の行為として唾棄する人達の傍にいたから勘違いした。

 

不良っていうのは本来そういうものだ。

良くない行いをするから不良。

そこに程度こそあれ、根本的に悪に寄った人間を形容する言葉だ。

 

そして悪の語源とは醜いという意味を持つ『亜』の下に心を置いたもの。

すなわち醜い心が悪となる。

ならば不良とはイコール悪になるのか。

不良の心は皆醜いのか。

 

断じて違う。

 

言葉通りなどという言葉を俺は好きになれない。

人の言葉には必ず意図が、意思が、意味がある。

表面だけの意味に囚われていてはなにも相手を理解できるとは到底思えない。

 

不良である愛さんや恋奈、そして不良を抜けたとはいえ一時不良だったよい子さん、マキさん、梓ちゃんの心は醜い筈がない。

 

「好きな人の前で格好つけたい、頼られたい、良い所を見せたい。

 俺は好きな人に格好つけるためなら慣れないことだってします。

 俺はそういう心持ちで今ここに立っています」

 

ダメージで微妙に重くなった肩に力をいれ、原木さんの攻撃を散らし続ける。

 

「その結果、今現在まで喧嘩三昧。

 はは、もう俺不良ですね」

 

不貞なようだが、とある事情により俺には好きな人が六人も出来てしまった。

その内の二人に格好つける為に俺は今こうして好きでもない喧嘩をしている。

 

愛さんと恋奈の決着の邪魔を今後もさせない為に。

ただそれだけの為にこんな馬鹿な事をした。

ある日突然マキさんが気まぐれで元の世界に戻れば全てがパーになるのはわかりきっているのに

それでも俺はこんな真似をしてしまった。

 

恋奈に触れて江乃死魔を大切だと思ってしまって

愛さんに触れて、彼女の雄々しさに憧れを持ってしまって

マキさんに触れて、三大天の信頼にも似た絆を知って

梓ちゃんに触れて、悪に対しての理解が深まって

よい子さんに触れて、自分が誰かの為なら自分らしくない事が出来ることを理解した。

 

混ざりまくった不純物な俺だからこそ今この現状がある。

 

「原木さん。俺は貴方にカツアゲをやめてほしい。

 静かに暮らしたいだけの人に不当な暴力を振るうのをやめてほしい。

 はっきり言います、俺は誰かに悪い事をして欲しくない」

 

愛さんや恋奈達は不良だ。だが悪ではない。醜い心ではない。

しかし原木さんは不良で、間違いなく悪だ。

 

だがそれは不良だから悪だという事ではない。

 

我を通し、なかよしこよしの周囲に溶け込まず、現代社会で問題を起こす人間が不良なのだ。

人の為に振るった暴力すら犯罪扱いされるこの時代、不良の定義なんてもはやアテにもならない。

 

だから俺は悪い不良と悪くない不良を区別する。

ただただ日常を常識的に過ごし、暴力を嫌う人間に対して私利私欲の為だけに危害を加えた原木さんは

間違いなく悪だ。

 

「けっ、不良が良い子ぶってんじゃねぇぞ!」

 

フックが迫る。

しかし目が慣れてきたのか、余裕ができるくらいにゆっくりと見えた。

 

見えたからこそ、俺は避けなかった。

 

程なくして顔に強烈な痛みが走る。

だが喰らう覚悟が出来ていた分ダメージはそれほどでもない。

奥歯が砕けたかもしれないが、今は些細なこと。

 

「俺は俺の価値観を貴方に押し付ける。

 貴方にこれ以上悪い事をして欲しくない。

 そして邪魔して欲しくない喧嘩もある。

 だから―――――――」

 

もう良いだろう。

 

語る事は全て語った。

俺のわがままを原木さんに伝えた。

原木さんの攻撃も耐え忍んだ。

 

いい加減に終わらせてもらおう。

 

「俺は俺の我侭を貴方に押し付ける」

 

不良とは何か?

散々考えたが未だその定義すら俺には曖昧だ。

マキさんや愛さんならばきっとその俺の疑問にも答えを出しているだろう。

だけど、それはあくまでもマキさんや愛さんの答えに過ぎない。

 

マキさんの定義と愛さんの定義が同じではないだろうし、それを互いに否定し合う事もないだろう。

答えは人それぞれ。二人共それを理解した上で不良をしていた。

 

じゃあ今の俺にとって不良とは何だ。

その答えすら定かではなく、おぼつかない自覚。

だから、もう答えを出そう。

 

俺の答えは――――――

 

「自分の価値観を、自分の意思を力づくにでも押し通す。

 他人の考えなんて知ったことではない。

 そんな不良に絡まれたのが貴方の運の尽きです」

 

俺は覚悟を決めて拳を握り、構える。

 

殴られる覚悟はずっと前からしてた。

でも、いつまでも俺は殴る覚悟が出来ていなかった。

 

体当たりなどして人を吹っ飛ばしたりはしたが、未だ碌にこの拳で人を叩いたことはない。

何度か拳を振ったことはあるが、まともに当てたことなど一度もない。

 

「わけわかんねぇ事をごちゃごちゃと」

 

原木さんも何度も殴っているのに一度もクリーンヒットが出ず、いい加減じれてきたのだろう。

噂に聞いていた手刀をするらしい。

手の形をその形状に変えた。

 

「原木さん。俺は貴方のしてきた事が許せない。

 だから、殴らせてもらいます。

 殴ってでも貴方にカツアゲをやめてもらいます」

 

体を半身に構え、腰を落とす。

左手を軽く前に突き出し、右手は拳を作り、腰に添える。

 

露骨な正拳突きの構え。

余りにも相手にこれから何をするか伝えすぎる。

 

「はっ、ブラフだろ。

 知ってんだぜ、お前が体当たりくらいしかできねェ事は」

 

間違ってはいない。

 

確かに俺は今まで決め手がタックルしかなかった。

だけど、タックルしか梓ちゃんやナハさんに教わらなかった訳じゃない。

 

間合いを意識する。

制空権の外にまだ原木さんはいる。

今動いてもギリギリ届かない。

 

「何にせよ、タックル以外の事をしてこようが俺の手刀よりはおせぇ」

 

自身の技にかなりの自信があるのだろう。

自ら俺の射程に入ってくる。

 

「噂は聞いていますよ。

 確か、人の肌は当然として骨すら断つ鋭さだとか」

「へぇ。ちゃんと知ってんのか。

 でもソレちょっと説明が足りてねぇな」

 

嗜虐心をむき出しにした笑みを浮かべる。

俺はそれに僅かながら嫌悪感を覚えた。

 

「俺の手刀は鉄も叩き切る。

 その得体の知れねぇ固くなる技で受け止めようったって無駄だぜ」

 

それは凄い。

 

でも。それだけだ。

今更そんな事を言われても俺は驚かない。

 

梓ちゃんの手刀の方が疾いに決まっているのだから。

 

「・・・・・・」

 

軽く息を吸う。

目を凝らす。

地に足を付ける。

 

一歩二歩、原木さんは殺意を持って俺の間合いに近づく。

 

原木さんの迎撃を狙うが、しくじれば即アウト。

肩を両断されるだろう。

しかし不思議と焦りはない。

 

俺はこの喧嘩に勝てる。

そう思うだけの努力をしてきた裏付けがある。

 

――――――制空権に入った。

 

「シャァッ!」

「ふッ!」

 

原木さんの方が僅かに早くアクションを起こした。

若干俺が遅れる形で攻撃に入った。

 

だがそんな事は関係ない。

 

受ける事は一切考えず、何度も繰り返した突きを繰り出す。

 

「ハッ! 俺の方がはえぇ!」

 

迫る手刀。

それを無視して俺は体の関節を意識する。

 

突きとは即ち体のひねり重心移動、その他もろもろの体を関節を駆動させて加速させ打ち込むもの。

関節とはつまりギア。

駆動させられるということは一つ一つの関節で遠心力を生み出すことができるという事だ。

 

腰だけじゃない。肩だけじゃない肘だけじゃない。

全身の関節をフル稼働させ無駄なく回転させる。

ただの正拳突きとはまた違う、速さのみを追求した突き。

 

そして生まれる遠心力。

明らかに並みではない速度の突き。

 

簡単な技術ではない。

梓ちゃんに綿密に教わり続け、練習し続け、

拳の皮も肉も剥がれたあたりからようやくスタートラインが遥か遠くに見えた程度の熟練度だ。

しかしスタートラインに立ててもいない程度の熟練度でも初見相手ならば出し抜く事ができる早業。

 

「――――ッ!? はえぇ!!?」

 

出し遅れたはずの俺の突きが原木さんの手刀の速度をたやすく上回る。

完全に振りぬいた最高速度の拳はそのまま相手の腹部に突き刺さった。

 

「ごあぁッ!」

 

直撃。

俺に先手を入れられた為相手の手刀は途中で大減速し、俺の肩に当たりはするものの痛みなど欠片もない。

 

半端ではない突きが直撃した。

普通の人間ならばこれで悶絶する筈。

一瞬そう思ったが、次のタイミングで違和感を感じた。

 

「が、は。へ、へへ気づいたかよ」

「……」

 

そういう事か。

手ごたえが鈍い。つまり腹部に何かつけている。

プロテクターか何かか、ともかく打撃を大幅に吸収してしまう何かを身に着けていた。

 

「そんなもの、関係ない」

 

まだ俺の突きは終わっていない。

 

相手に直撃した拳に全神経をとがらせる。

 

物を殴ると言う事はつまり、反動が殴った者にも返ってくると言う事につながる。

ハンマーで鉄を殴れば関節がその反動を吸収し殴った者に返ってくるダメージを軽減させる。

 

つまり打撃を加えた際、自身の関節の存在が打撃の威力を吸収してしまい100%の威力を相手に与えられなくする。

簡単に説明するのなら。

完全に地に固定されたものにぶつかるのと、ただそこに置かれているものにぶつかった際のダメージは前者の方が大きいと言う事だ。

 

「ふんッ!」

 

超速度で繰り出した拳。

それが相手にめり込んだ瞬間、俺は金剛を練る。

完全駆動していた全ての関節を急停止かつ固定し、地と足を一体化させる。

 

俺に返ってくるはずだった反作用は全てシャットアウトされ、俺の全体重を乗せた高速突きはほぼ全て威力が削がれることなく相手の体に向かう。

 

「が、ごエェッ!」

 

プロテクターなどつけていようが関係ない。

野球などで使われる分厚いものならばまだしも薄いものならば衝撃を奥までぶち抜ける。

 

まともに食らった相手は吐瀉物をまき散らし数メートル吹き飛ぶ。

 

「が、は……ぐ。が」

 

尋常じゃなく痛いのだろう。

当然だ。殴ったこっちだって痛いのだから。

 

焼けるような痛みを訴える右手を見る。

それを確認して俺はマスク越しに笑った。

 

「ちょ、センパイ!

 あの突きに金剛合わせたらダメって教えたじゃん!」

 

梓ちゃんが青ざめた顔であわてて俺の身を案じる。

あわてるのも無理もない。

何せ、俺の拳は今の反動でグシャグシャになった。

恐らく骨が皮の下で凄いことになっているだろう。

握ることも出来そうにない。

 

そりゃ超スピードで拳をぶつけたにも拘らず衝撃を一切吸収しなかったらこうもなる。

 

「あ、うわ。ど、どうしよう」

「……大丈夫だよ」

 

拳だけじゃない。

全身の関節もやばい。

完全駆動していた関節に急ブレーキをかける金剛をかけたのだから当たり前か。

 

一撃必殺はやはりハイリスクハイリターンだと決まっている。

むしろ成功しただけマシだ。

 

俺は痛む体に鞭を打って前に進む。

原木さんをこのままにしては置けない。

 

「痛いですか」

「がはぁ! が、ごえぇ!」

 

気絶すらできないらしい。

内臓を傷めたのか、血と唾液と胃液が混ざった液体を吐きまわりながら地を這いずっている。

 

余りの惨状だった。

自分が一人の人間をこうさせた。

その事に今更ながら申し訳なさを感じる。

だけど

 

「俺の勝ちです。

 原木さん、二度とカツアゲをしないでください」

 

謝らず、勝ち名乗りをあげる。

 

こうなる事をわかっていて殴った。

こうする事を目指して技を磨いた。

こんな事をする為にこの喧嘩をした。

 

今更詫びた所でそれは自分のした行いを正当化する事にしか繋がらない。

 

「か、は……」

 

痛みで聞こえていないのだろう。

目は虚ろで息も荒い。

 

その姿を目に焼き付ける。

自分がした事だ。

望んでした事なのだ。

 

「決着だな。この喧嘩はショウ、お前の勝ちだ。

 二度とコイツはカツアゲをしない。もししたのなら、アタシが直々に手を下してやる」

 

黙りこくる俺に愛さんが決着を告げる。

 

「……これで満足か」

 

愛さんは俺が勝ったことに喜びでもな悲しみでもない、ただ俺を問う感じで尋ねる。

 

「何にも、満足なんてしてないよ」

 

人を殴ったってやっぱり何も面白くない。

自分に殺意を向け、暴言を吐き、一般人にも危害を与えまくった人間をこんな姿にしたとしても一向に達成感などない。

あるのは罪悪感だけ。

 

自分の我を通した結果がこれか。

 

俺は徐々に意識を薄れさせていく原木さんの体を抱え上げる。

 

「おい。ソイツをどうするつもりだ」

「手当するんだ。

 このままにしておけないでしょ」

「自分でそんなザマにさせておいて、それでお前が手当するのか」

 

愛さんからすればそれは可笑しな事らしい。

いや、愛さんだけじゃない。

相模おばさんも梓ちゃんも驚いていた。

後ろにいる暴走王国の追っかけの人たちも皆呆れている顔だ。

 

でも、俺は彼らとは違う。

 

「馬鹿な事をしている自覚はある。

 だけど、それでも怪我をした人間を放っては置けない。

 それが俺自身のせいで怪我をしたとしても」

 

馬鹿馬鹿しい偽善、もしくは我がままだろう。

 

しかしこれが俺だ。

我を通させてもらう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リンゴを剥こうかと思ったが手が動かない。

じゃあ水でも用意しようかと思ったけど片手じゃすごくやりづらい。

不便極まりない。

 

「ん、んん……」

「あ、目が覚めましたか」

 

色々なことに手間取っているとベッドで寝ていた原木さんが起きた。

 

「誰だお前、つかここどこだ――――つぅ!」

「あ、動かないでください。

 内臓傷めてるんで数日はここで安静にするようにとの事です」

「その声……お前、まさかショウか?」

「はい。まぁショウってのは偽名で本名は長谷大といいますけどね」

 

とりあえず寝起きでは口の中気持ち悪いだろうし、今さっきいれた水を差しだす。

原木さんは俺の素顔をみて戸惑ったようだが、とりあえずは言うとおりにしてくれるようだ。

おとなしくベッドに横になりコップを受け取った。

 

「ここ、学校の保健室か」

「ええ。病院に連れて行くのも良かったんですが、あっちは原木さん保険証なかったら困りますから。

 だから胡散臭いけど腕は確かな保健室の先生に頼りました」

「変なところで気を利かしてやがる」

 

クスリとおかしそうに笑った。

 

一瞬自暴自棄になっているのではと思ったが、そうでもなさそうだ。

 

「負けちまったな」

「ええ。俺が勝ちました」

 

水を一口飲み、目を伏せて呟く原木さん。

 

「約束通り二度とカツアゲはしねぇ。

 信じられるかどうかはお前次第だがな」

「信じますよ」

「即答か、お人よしかよ馬鹿馬鹿しい」

 

中々酷いことを言うが、本気で嫌味を言ってる感じはしなかった。

 

実際にもしまたカツアゲをしたらどうするか。

それはもう原木さん次第だ。

愛さんに約束を破った事を知られた場合は多分次こそ病院送りになると思うが。

 

ともかく俺にはもう信用するしかない。

そして原木さんを信用したかった。

 

「俺をどうする気だい。

 ここでヤキ入れでもするってのか」

「しませんよそんな怖い事。

 あ、これ差し入れです。美味しいですよ」

「……いただくよ」

 

自分でリンゴ切れない事は最初からわかってたので、梓ちゃんにお願いして手ごろな果物を買ってきてもらい

相模おばさんに切ってもらった。

二人とも今は席を外してもらっているが、後でお礼を言っておこう。

 

ちなみに原木さんとの決着がついた後の事だが。

あの後、江乃死魔が立ち直ったので俺も恋奈とやりあうことを覚悟したが

マキさんが帰ってきたので江乃死魔の方から引いてくれた。

 

流石に梓ちゃん、マキさん、ナハさん、相模おばさんを同時に相手する事は不可能だと思ったんだろう。

うん。愛さんでも無理だと思う。

 

ただ……近いうちに恋奈と、江乃死魔と一度本気で向かい合う必要はあるだろうな。

何せ三大天になろうとしてるんだし。

 

「うめぇな。果物とかファミレスとかでしか食った記憶ねぇわ」

「あはは。まだまだありますよ。

 ブドウとかイチジクとかミカンとかバナナとかキウイとかメロンとか桃とかドリアンとか。

 人の金だからって買いすぎだろう梓ちゃん!?」

「腹痛くてそんなに食えねーよ」

 

財布の中見てみたらすっからかんだった。

何だドリアンて、どこで売ってんだこんなゲテモノ。

絶対に面白そうだから買っただろうこれ。

 

「なぁ。お前」

「はい?」

 

俺が今後の生活レベルを下げざるを得ない程の貧困化に喘いでいると原木さんが声をかけてきた。

 

「お前って不良なのか?」

 

はて。

何故今更そんな質問を。

 

「不良ですよ。

 自分のしたい事をして、自分の我がままを貴方に押し付けたじゃないですか」

 

殴ってまでして原木さんにカツアゲをしないようにさせた。

 

「……なんか違う気がするけどな」

「え、違うって何がです?」

「しらねーよ。ただ、お前のはなんっつーか不良っぽくねぇな」

 

曖昧な答えである。

ただ、まさか不良っぽくないと言われるとは。

てっきり肯定されるものとばかり思っていた。

 

「まぁいいわ。

 それで俺は今後どうしたらしい。

 この怪我治ったらお前の舎弟にでもなりゃいいのかよ」

「勘弁してくださいよ」

 

舎弟なんて欲しくないし、目上の舎弟なんて冗談ではない。

 

「治るまではずっとここで安静にしておけと保健室の先生言ってました。

 後の事は原木さんのお好きなようにしてください。

 地元に帰るなり八州連盟に戻るなり」

 

俺が辞めてほしいのはカツアゲだけだ。

実際の所は喧嘩も良くは思わないが、喧嘩をして解決した俺が命令出来ることではない。

後の事は知らない。好きにしてくださいという所か。

 

「はっはっは。

 マジかよ、信じらんねー……つぅ、笑うと腹に響くなオイ」

 

何がおかしいのか、愉快そうに笑う原木さん。

 

「ああ、んじゃお言葉に甘えてここでゆっくり養生させて貰うぜ。

 保険証ねぇから病院いったら金取られまくっちまうし」

「はい。ごゆっくり。

 それじゃあ俺は明日期末テストなんで今日は帰りますね」

「はは、学生してんねぇ」

 

一応勉強も少しはしていたが、普通に考えるとちょっとやばいかもしれない。

ただ、実は俺や愛さん達のタイムリープ組は早い段階からそろって一つの仮定を出していた。

 

『期末テストって自分たちが過去に受けたのがまんまでるんじゃ?』

 

である。

違ってたら死ぬ。

多分姉ちゃんは少し変えてくるだろうけど、ともかくヤマは張っていく事にした。

恋奈やよい子さんはまじめに勉強して受けそうだけど。

 

俺は明日に不安を抱きながら扉に手をかけた。

 

「ああ、オイ」

「はい?」

 

後ろから声がかかったので振り返る。

すると、何やら原木さんが渋い顔をしていた。

 

「……借りが出来たな。

 あのまま放っておかれたら俺は江乃死魔に連行されてただろうしよ」

「俺が原木さんを怪我させたんですから当たり前の事をしただけですよ。

 それでは、失礼しますね」

 

一礼して俺は扉を開けて保健室を後にした。

 

うん。

今日はちょっと疲れた。

この後梓ちゃん達に連絡したり、よい子さんに相模おばさんを呼んでくれたことにお礼を言わないと。

 

やる事は多そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「当たり前の事、か」

 

原木は明かりの点いた保健室のベッドの上でひとり呟く。

 

色々と考えていると、不意に大以外の人間が保健室に入ってきた。

一瞬ここの先生かと原木は思ったが、姿を確認して違うことを理解した。

 

「よ。みっともない姿だな原木」

「水戸さんか。何しにきやがった。

 俺に罰でも与える為に連れ戻しに来やがったのか」

「っと、そう構えんなよ。長谷君に言われなかった?

 怪我に響くとかさ」

 

痛みに耐えつつ警戒をする原木に対し、水戸は気軽な感じで原木の横に置かれた椅子に座る。

 

尚警戒を怠らないが、それでも水戸は気にした態度も取らない。

この些細な余裕の違いが器の大きさを示しているようで原木は癪に障る。

 

「これ差し入れだ。

 どうせ後数日はここにいるだろうし、口さみしい事もあるだろうと気を利かせたんだぜ」

 

持ってきたビニール袋を布団の上に置く。

差し入れという事はやばいものではないのだろうとその中身を確認してみるが。

 

「コメントに困るものを持ってきやがった」

「怪我したときは高タンパクな納豆。

 そして納豆の中でも俺一押しの松永納豆だ」

 

原木は冷めた目で水戸を見る。

水戸自身もその冷たい目に心当たりはあるのだろう。

 

「十個購入で一口納豆小町のブロマイド応募できてさ・・・・・・」

「それで?」

「沢山買ったのは良いんだけど食べるスピードと消費期限の迫るスピードが反比例しちまって」

「・・・・・・まぁ、いただくけどよ」

「あぁ、助かる・・・・・・」

 

何やら見舞っている水戸の方が哀れな気持ちになってきた。

 

「それで、何の用だ。

 いい加減教えろや」

「ん? ん~。それじゃあちぃっとキツい事から伝えときますか」

 

原木としても宙ぶらりんな状態は好ましくない。

嫌なニュースだって確実にあるだろう。

既に落ち込んではいるが、それでもさっさと今後の事を知りたかった。

 

「原木、お前もうほとぼり冷めるまで湘南から出るな。

 八州連盟の総長としてお前を処罰する事になった」

「一言目と二言目の意味が繋がってねぇぞ」

「わかりにくかったか。悪いね。

 つまり俺が今日、今ここでお前を半殺しにしないといけないって事だ」

 

ポケットに手を突っ込みメリケンサックを取り出す水戸。

その突然の言葉に原木は驚く。

 

ただ、驚きはしたものの逃げようとはしなかった。

 

「今から半殺しにする奴と仲良く会話するって性格でもねぇだろアンタ。

 続きを言ってくれ」

「良いね。俺の足引っ張てたくせに俺のこと良く分かってる。

 お陰で話が勧めやすいよ。あ、これも差し入れだから」

 

取り出したメリケンサックを原木の枕元に置く。

 

「んで、今日の一件で湘南のヤバさが各地に伝わったわけだ。

 腰越、乾、我那覇、江乃死魔、辻堂、総災天。

 イレギュラーとして相模ってのも相当だったな」

 

思い出すように言葉を続ける。

 

原木としても頭が痛い限りだ。

まさかあんな所で相模とかいう意味不明な達人級が現れるとは思わなかった。

 

あれさえなければと思わなくもないが、いや、辻堂もいた。

ならばどうせ自分はあそこで壊滅していたのだろう。

 

「何よりもショウってのが実に面白かったな。

 まさかお前をワンパンでそんなザマにしちまうとは。

 これには流石の俺も驚いたぜ」

「・・・・・・けっ、油断しただけだ」

「違うね。お前が油断したってのもあるが、ショウがお前を故意に油断させたってのもある。

 結果的にはお前は彼にいいように誘導させられてたってわけだ。

 負けた事に言い訳してんじゃねぇぞ原木」

 

ショウ本人が今まで出来る技を最後まで隠し通してきた。

勿論ショウもその甘さ故あの突きを使う覚悟が無かったのだが、

ともかく敢えてタックルでしか相手を倒してこなかったショウの作戦勝ちだ。

 

「俺がわざわざ与えた八州連盟の精鋭も無駄に壊滅させてくれちゃって。

 この責任はお前を半殺し程度じゃ済まされないな」

 

八州連盟の精鋭二百人が見事に全滅。

原木の私兵もリョウとマキに全員ひっとらえられている。

完膚なきまでの敗北だ。

 

その責任を原木は背負う必要がある。

 

「っつーことで、俺はお前を半殺しにしました。

 恐らくワンシーズン以上は湘南から動けないレベルの怪我を負いました。

 そしてしばらく八州連盟は湘南に手を出す気もない。

 なんせあんなやばい奴らがうじゃうじゃいる魔窟なんか来たくもないしね」

 

原木は腰越マキ一人に千人以上を遊び半分の気持ちで吹き飛ばされた過去を持つ。

原木が勝てるなど有り得ないと最初から思っていた。

 

「精々大人しくして養生してな」

「水戸さん・・・・・・」

 

原木自身もぬるすぎると思うが、まさかけが人をこれ以上痛めつける趣味もない。

水戸としてはこの処置こそがベストだった。

 

互いに少し生ぬるい空気を感じ始めたとき、突然静かな保健室に携帯の着信音がなった。

水戸はその不意打ちに近い着信音にびっくりした跡慌てて取り出す。

 

「水戸だ。何か用事?

 え、引っ捕えた俺の部下を受け取りに来い?

 えぇ~・・・・・・」

 

連絡者は恋奈だった。

 

捉えた原木の私兵の焼入れも終わり、情報を引き出し終わったのだろう。

総長自ら取りに来いと連絡をしてきた。

 

「はいはい分かりましたよ。

 丁度近くにいるから行きますよ。

 でも一人で行くの怖いから部下連れて行くくらい許してくれません?

 え、ダメ? マジウケるんですけど」

 

言葉は軽いが、水戸の本心としては結構追い詰められている感じだった。

何せ受け取りに行って恋奈の気まぐれで水戸自身も捕まりかねない。

しかしこれだけ江ノ島荒らしておいて行かないなどという事もできない。

 

そんな真似をすれば八州連盟全員が今後湘南に近づくことを許されなくなるだろう。

総長として頭が痛い限りだった。

 

水戸は頭を抱えながら携帯を切ってポケットにしまいこんだ。

 

「聞いてたとおり、俺は今から江乃死魔に顔出してくるわ。

 もしかしたら俺もここのお世話になるかもね」

 

なんて軽口を叩き、保健室から出ようとする。

 

「悪かった。

 足引っ張って悪かった、水戸さん」

 

水戸の背中に向けて。原木は正直に謝った。

口だけの言葉ではなく、確かな感情のこもった響きがある。

 

「反省したんなら許してやるよ。

 精々片瀬のお嬢さん達に捕まらないように気をつけて湘南ライフを満喫しな」

「・・・・・・ああ」

 

 

 

 

 

 

 

こうして、湘南の長い一日が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです、

思ったよりも長くなってしまった。
次でエピローグにしようと思ったのですが、ちょっともう一話割り込ませる必要があるかも・・・・・・

今回の話も二万三千文字超えてしまい、読んでいる途中ダレてしまった人も多いと思います。
短くまとめるのが苦手なもので、申し訳ありません。
それではまた次回も読んでいただけると嬉しいです。

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