辻堂さん達のカーニバルロード   作:ららばい

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16話:格の違い

「獲物発見! サーチアンドデストロォイッ!」」

 

マキの軽い掛け声が人気の多い江ノ島に透き通る。

通行人はそれを耳にしたと同時に二発の爆発音に驚く。

 

「ぐぼあーーーーー!」

「んぎゃーーーーーー!」

 

バットで野球ボールをフルスイングしたかのような、気持ちのいい音が響き渡り

吹き飛ばされた不良二人の姿が大空へ掻き消える。

 

その後、きっちり20秒後に薄暗い夜の江ノ島の海に着水。

大きな水柱を立て、夜の海を眺めている人間を驚かせる。

 

「ちょっと腰越! あんなに吹っ飛ばしたら回収が手間だシ!」

 

小さい体で懸命にマキに付いていく花子。

悲しいことにあまりの虚弱体質なためまるで戦力にはならないが、

携帯を持たないマキのメッセンジャーとしての役割になっている。

 

「うっせーな。人質取られる前に素早く蹴散らさないとこっちこそ手間なんだよ。

 大体私がもう二十人ぶっ飛ばしたのに対してテメェらは全然捕まえられてねーじゃねーか」

「だって民間人囮にされたら手だせないシ」

「・・・・・・ずっと思ってたんだけどよ、何で不良が民間人を守ってやってんだよ。

 私はダイの頼みだからだけど、お前らには関係なくないか」

 

マキは次の獲物を探知すべく、耳を澄ませる。

どこかで喧嘩の雑音や、一般人の悲鳴のようなものが聞こえたら速攻そこに向かうつもりだ。

もしくは花子が舎弟からの居場所報告を聞いたらだが。

 

何にせよ、百人の八州連盟の不良がこの江ノ島に散らばったため闇雲に探してもキリがない。

 

「れんにゃの命令だから仕方ないシ」

「まぁ、江ノ島にはアイツの身内も沢山いるだろうし当たり前の命令だわな」

「あ、メール。

 海の家で暴れてるみたいだシ」

「ん。そういや今日はまだ晩飯食ってなかったな。

 おい、そいつら捕まえたらメシおごれよ」

「んー・・・・・・そだね、確かに腰越頼りにしてるし別に構わないシ」

「やりぃ! んじゃ抱っこしてささっと行ってやっからこっち来な」

 

花子は嫌な予感がしたが、言われるがままにマキの前まで歩み寄る。

 

そのままマキに抱っこされるべく身を任せ、マキもそれに応じて細い腕で花子を抱き上げた。

 

「あっぷ、オッパイデカ過ぎだシ。

 埋もれて息できない」

「喜べよ、この高性能クッションはダイ以外使ったことないんだぜ。

 その衝撃吸収能力は保証してやる」

 

百センチを超える巨乳に花子の頭は埋もれる。

マキは花子が胸の中にみっちり収まり、衝撃が極端に軽減される状態なのを確認したあと軽く二回ステップを踏む。

 

トントンと小気味よくマキの体が揺れ、同時に胸にいる花子も同じように上下に揺れた。

それに嫌な予感を感じる花子。

 

「ちょっと腰越、あんまりスピード出したらムギュ―――――ッ」

 

喋っている途中にマキはスタートを切る。

 

その後きっかり二秒後

 

「おどれこらこんな不味い飯食しおってからにおんどらおんどら――――」

「到着、アンドフィニッシュ」

「ぐっはぁーーーー!?」

「何事ぉーーーーー!?」

 

マキはワープするかのように海の家に走り込み、

その場で客に因縁をつけていた二人の不良を砂浜にぶん投げる。

 

突然現れたマキに勢いよく投げられた二人は訳も分からず頭から砂浜にツッこむ。

それをみたマキは周りを見渡す。

 

「おいお前ら、江乃死魔の奴だな」

「あ、はい・・・・・・」

 

マキが江乃死魔の特攻服を着ている一人の不良に声をかけた。

その不良は突然現れたマキに訳も分からず、足をガクガクと震わせる。

何せ相手は皆殺しと呼ばれる腰越マキ。

 

既に目が合っている時点でぶっ飛ばされてもおかしくない相手なのだ。

 

「アレ、後はお前らの方で処分しとけ。

 私はこれから晩飯だ」

「え?」

「あ、おいコラ何気絶してやがるお前。

 さっさと起きて奢れって」

「ん~・・・・・・あれ、何か一瞬凄い重力感じたと思ったら寝てたシ

 あ、この枕柔らかくてあったかい」

「わ、こら寝ぼけんな。くすぐってぇだろ」

 

不良を一人取り残し、マキは胸に抱えた花子をそのままカウンターに向かう。

そして椅子に花子を乗せたあと自分も座り込む。

 

「そんじゃフランクフルト山盛りに唐揚げてんこ盛り

 ついでに揚げ出し豆腐も沢山くれ!」

「食い過ぎだシ!」

 

何だかんだで久々に大暴れできるマキは楽しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナハッ! 何やってんだ、さっさとセンパイ援護しろ!」

「ぐ、そう言われましてもこうも波状的に攻撃を仕掛けられては」

 

梓ちゃんの怒声とナハさんの困った声が聞こえる。

 

「ハッハァー! 余所見してていいのかい!」

「・・・・・・」

 

困っているのは俺も同じだった。

何せ俺は一条さんとのタイマンの状況なのだ。

これ自体は別に問題はない、ある程度予測できていた。

 

問題は一点。

想像以上にナハさんに勢力を割かれていることだ。

俺を援護する筈のナハさんが江乃死魔に波状攻撃をかけられていてまともに動けない。

 

どうしたものか。

 

「オラオラァ!」

「・・・・・・っと」

 

思わず声が出た。

彼女なりの全力の連打に俺は驚いたのだ。

 

巨大な拳が数度俺に降りかかる。

恐らく喧嘩慣れしていない人間ならばこの大きな体格から繰り出す迫力に驚き対処できないだろう。

だが俺は違う。

 

梓ちゃん達のバックアップにより凄まじい数の人間と喧嘩をした。

俺がある程度余裕を持って勝てる相手のみと喧嘩できるように梓ちゃんが毎回選別していたのだ。

それにより俺は未だ体を壊さずにいられる。

 

既に体格の不利のみに圧される程ルーキーではない。

迫り来る連打に真っ直ぐ対面し、自分の間合いを意識する。

 

「・・・・・・ッ!」

「うわっと!」

 

一度二度拳を叩き落とし、崩れたフォームの隙をついて懐に潜り込む。

巨大な体のデメリットとして、このように懐に潜り込まれやすく

同時に頭や鳩尾などの急所がこちらにとって上に打ち上げる形になることだ。

 

急所は真っ直ぐに打ち込まれるよりも下から上に打ち上げる形で打たれる方が遥かに痛い。

金的など最たる例だろう。

・・・・・・まぁ相手は女性だが。

 

明らかな反撃のチャンス。

急所は目前だ、なのに

――――攻撃を躊躇った。

 

 

「こんの!」

 

巨体の相手に潜り込んだのならさっさと殴らなければ反撃が恐ろしいリスクもある。

 

何せ相手からしたら自分の真下に獲物がいるのだ。

重力と体重に身を任せた打ち下ろす一撃の威力は想像に難くない。

自身の間合いに威圧感を覚え、素早く距離を置く。

 

すると入れ違いになるように一条さんの拳が目前を通り抜けた。

冷や汗をかく。

 

「くっそ、あともう少しだったっての」

 

この間合いに意識を向ける技術だが、これを梓ちゃんやナハさんに聞いたところ制空圏というらしい。

自身の手の届く範囲、それを意識し、球体の範囲に身を置く。

その球体に入った攻撃は無意識にでも反応できるし、球体自体を敢えて縮小し

守りの強度をより濃密にする。

 

マキさんとの喧嘩で偶然覚えた技術だが、これのおかげで俺は見違える程強くなった。

 

「噂じゃノーガードで反撃狙いばかりって聞いてたんだけど、

 全然違うじゃねーの」

 

事前の情報と違うのだろう。

一条さんもやりにくそうだ。

だが俺もやりにくいのは一緒である。

 

流石に顔見知り、それも友人の好きな人を殴るのは気が引ける。

 

・・・・・・そんな事も言ってられないか。

ちらりと周囲を見渡す。

 

「喧嘩屋が相手なら最低三人でかかれ!

 それでも無理なら二人になって防御に徹して梓を誘導しろ!」

「「「ういっす!!」」」

 

恋奈は梓ちゃんを戦力の一つとして利用し、的確な指示を飛ばす。

連盟に単体の戦力として劣る江乃死魔はこのように作戦をもってやりあっていた。

 

「ぐ、どけ与太者共!」

 

対してナハさんは苦々しい顔で時間稼ぎに徹している江乃死魔を相手する。

本来ならば彼女が一条さんを相手するはずだったのだが。

 

ともかく早く俺が動いて梓ちゃんと共に前線を上げて原木さんのところまで行かないと拙い。

 

どうしたものかと困り果てながら一条さんの突進を躱す。

すると不意に少し離れたところから人の気配が一直線にこちらに来た。

梓ちゃんだ。

 

彼女は一瞬で不良の波をくぐり抜け、俺と一条さんの間に立つ。

 

「こっちの予定の邪魔しやがって・・・・・・ッ」

「うお、マジギレかい!?」

 

予定通りに事が進まず、完全に切れている梓ちゃん。

凄まじいメンチを切り、一条さんに構えた。

既に何人もの喧嘩屋や不良を蹴散らした後らしく、手や顔に返り血がついている。

それにより一層相手に対する迫力が増す。

 

「く、梓。俺っちとやるつもりかい」

「う・・・・・・」

 

梓ちゃんと対面し、明らかに敵意のない友人の目で見る一条さんに対し

露骨にためらいを見せた梓ちゃん。

 

そりゃそうだ。

彼女たちは何の確執もないただの友人。

殴り合う理由などない。

 

「ティアラさん、引いてください。

 こっちの邪魔しないなら見逃してあげますから」

「そりゃできないっての」

 

恋奈の信頼に応えるために一条さんも俺を相手しているのだ。

友人の脅し程度で引けるわけもなかった。

 

「・・・・・・センパイ」

 

縋るように俺を見る梓ちゃん。

多分命令して欲しいのだろう。

俺が一条さんを蹴散らせと指示すれば梓ちゃんはそれを免罪符に手を出せる。

 

逆に言えば、それは本心では一条さんに手を出したくないという事で。

 

「俺のことは良いから江乃死魔の助勢をしてあげて」

「で、でもそれじゃあセンパイが」

「君が友達と喧嘩をする必要はない。

 それじゃあスジが通らない」

 

梓ちゃんだけに聞こえるように俺は耳元で囁く。

 

俺の我侭で梓ちゃんを喧嘩させてしまっているのだ。

その上何の恨みもない友人と殴り合いをしろなどと言えるはずもない。

 

「だけど余り時間かけると原木も恋奈ちゃんに仕留められちゃうよ?」

「大丈夫、俺に任せて」

 

俺は自身を持った声で語りかける。

 

マスクをつけているせいで顔は見せられないが、それでも目だけは見えるはずだ。

梓ちゃんは悩むように俺をじっと見つめた。

 

「怪我しちゃ嫌だよ?」

「ああ、ダメそうなら逃げるさ」

 

心配で仕方ないらしく、何度も口を開いては閉じて何かを言おうとする。

やっぱり自分がやると言いたいのだろう。

でも一条さんを相手にしたくはない。

そういうふうに悩んでいるはずだ。

 

「梓ちゃん、早く手助けに言ってあげて。

 ほら、あそことか今にも崩れそう」

 

指を指す。

そこには一際強い喧嘩屋一人に江乃死魔の不良3人が押されていた。

即座に勝てないと踏んだらしく、恋奈に言われたとおり防御に主軸を置き

梓ちゃんを待っているようだ。

でも実力差がひどすぎる。恐らくもう二分持たない。

 

「あんな奴らよりあずはセンパイが―――――」

「あんな奴らなんて言っちゃ駄目だ」

 

俺を気遣っての言葉なのだろう。

だけどそれは言ってはいけない。

 

「彼らは、恋奈は君を必要としているんだ。

 俺の事もナハさんの事も敵として見ているけれど、

 間違いなく君の事だけは力になってくれると思っている」

 

だから梓ちゃんには一切江乃死魔の不良が襲わないし、

今もこうして梓ちゃんの援護を待っている人が多い。

 

「俺は君が好きだ、必要だ。

 だけど俺以外にも君を必要とする人間はいる。

 そんな人たちをあんな奴らだなんて言っちゃいけない」

 

困っている人間を助けるのはいつだって余裕のある人間でないといけない。

でないと共倒れになりかねない。

少なくとも梓ちゃんはこの場において最強だろう。

その余裕ある身として、彼女には江乃死魔の味方であって欲しかった。

 

「・・・・・・あずがせっかく心配してんのに説教しないでよ」

「うん、ごめん」

 

少し拗ねちゃったらしい。

梓ちゃんは少しジト目で俺を睨む。

しかしその目に敵意や怒りの感情は感じられず、すねた子供のような色だけだ。

 

「梓、そろそろいいかい?

 俺っちもいつまでも棒立ちしてちゃ恋奈様に怒られるっての」

 

俺と梓ちゃんが話しているのをずっと口も手も挟まず待ってくれていた一条さんが声をかけてきた。

いきなり手を出されてもおかしくないのだが、事前に警告を入れるあたり素直な人である。

 

梓ちゃんは少し瞼を閉じて思考する。

このまま自分が一条さんを相手するか、それとも江乃死魔の助勢に行くか迷っているのだろう。

ただ答えはすぐに出たようで

 

「センパイ、間に合わないようだったらあずが全部かっさらうから」

「ああ、それも良いかもね」

 

梓ちゃんならば正直なところ今からいきなり原木さんに奇襲をかけて瞬殺することも容易い。

それをしないのはあくまでも俺に原木さんを倒させるため。

つまりこの喧嘩自体の収集はいつでもつけられるのだ。

 

梓ちゃんは少し心配そうな目で俺を一瞥した後、素早くその場を離れ前線へと戻っていった。

 

「ふ~、梓とやりあわなくて良かったっての」

 

本気で困っていたらしい一条さん。

額の汗を拭いながら笑っている。

 

「んじゃまぁ、仕切りなおしといきましょかい!」

 

俺との間にある距離を一気に詰めつつ攻撃を仕掛けるつもりらしい。

何度も見ている肩を突き出した姿勢。

つまりタックルのポーズを決める一条さん。

 

これ自体を躱すのは容易い。

極限まで引きつけて身をそらせば簡単に避けることはできる。

 

ただ、いつまでも躱し続けるわけにもいかないか。

 

「ん? なんだい、そのポーズ」

「・・・・・・」

 

俺は今までの制空圏を張る構えではなく、金剛を練る構えを取る。

重心を安定させるために軽く内股にし、両拳を握り全身の筋肉を僅かに強ばらせる。

三戦立ちである。

 

もう時間の余裕もないし、回避ばかりしていてもラチがあかない。

決着を付けさせてもらう。

 

「・・・・・・何考えてんのかわかんねーけど、まぁいいや」

 

相変わらず細かい駆け引きが苦手らしい。

俺が何を考えているのかを察する事を諦め、素直に行くことにしたらしい。

 

「へへっ、んじゃ行かせてもらうっての!」

 

数メートルあいた距離を一瞬で埋めるようにかなりの速度で詰め寄ってきた。

 

肩をこちらに向け、真っ直ぐな突進。

一切の作戦もなくシンプルにその体を俺にぶつけるつもりなのだろう。

そのシンプルさが曲者だ。

 

巨体が凄まじい速度で迫ってくるというだけで人は臆する。

車の突進にも似たような圧力を受け人は相手は一瞬体が硬直するのだ。

 

勿論肝が座った人間ならば即座に反応対処も容易い攻撃なのだけど。

 

「スゥー・・・・・・っ」

 

大きく口で息を吸う。

 

正面衝突する覚悟は出来た。

後は備えるだけだ。

 

両足を地に貼り付け、相手の体を受け止めるべく手は前に向ける。

相手の攻撃が酷くシンプルなため俺の対処もやはりシンプルでいい。

 

「だらぁっ!!」

「ぐ―――――っ」

 

突進が直撃する。

 

前に出した手は勢いでブチ抜かれ、肩が胸に直撃した。

余りのインパクトに一瞬意識がブレるも、持ち直す。

 

ここでまずいのがそのまま吹き飛ばされることだ。

そうなれば着地の衝撃で気絶しかねない。

冷静に考え、手で一条さんの服を掴み、足を踏ん張り続ける。

 

「うおっと! 吹き飛ばないんかい!」

 

一気に後ろに引きづられるものの、地に足を付けている俺に驚いている一条さん。

ならばと突進を止めることなく更に俺ごと前進を続ける。

 

俺は息を止めながら全身の筋力を引き締めて体を固め、重心を安定させ続ける。

 

その後何メートル後ろに押されたのだろうか。

回りに沢山の不良がいたはずだが、どうやら俺達は前線から外れたどころか外野まで行ってしまったらしい。

俺の引っ張られた足跡が一直線に未だ抗争が続いている不良たちの群れからここまで続いていた。

 

所々にこの突進に巻き込まれて倒れている人がいるのが面白い。

 

「ぐぅ、流石に限界だっての・・・・・・」

 

突進しつつ力を込め俺を押しながら呼吸する事は難しく、酸欠を起こしたらしい。

速度や圧力を緩め始めた。

 

俺も同じく無呼吸だったのだが、踏ん張り続けるだけの俺と違い

大の男をこの砂浜で押し続ける方が体力や酸素の消費は激しい。

狙い通りだ。

 

俺はこの隙を見逃さず、全身の筋肉を更に強ばらせバンプアップさせる。

 

「うわっと!?」

 

息切れしている所に来た突然の反動に驚き、一条さんは体が僅かにブレた。

 

「―――――ッ」

 

この時を待っていた。

 

俺は今一条さんにしがみついている状態だ。

つまりそれは俺が一条さんを捕まえているという意味でもある。

 

自分の体を僅かに落とし、相手の左肩を右手で一気に引く。

疲れ果てている彼女ならば抵抗も薄い。

そして同時に左肩を体で円を書くようにして前にしつつ、全力で一歩前に踏み出す。

 

一拍後、俺の肩は強烈な速度で一条さんの腹にめり込む。

 

「ぐおっ!?」

 

手応えはあった。

 

体格差で吹き飛びこそしないものの、一瞬一条さんの身体が浮くほどの威力はあったのだ。

しかし倒れず、静かに後ずさる。

どうやら反撃できない程度のダメージはあったようだが。

 

「へ・・・・・・へへっ。俺っちにタックルで反撃してくる奴なんて初めて見たっての!」

 

逆に燃えさせてしまったか。

ダメージはかなりあるらしく、足取りは鈍い。

この調子だとあと三回は今のを繰り返さないといけないだろう。

 

・・・・・・。

 

「・・・・・・」

 

・・・・・・逃げるか。

 

「ちょ、おいコラ!?

 どこ行くんだっての!?」

 

こんな馬鹿げたタフな人を最後まで相手していられるか。

俺は帰らせてもらう。

 

一条さんの横を抜けて一直線に不良の群れの中に突っ込もうとする。

 

その時、少し離れたところから俺と同じようにこの群衆に走ってくる五十人近くの見覚えのある人間の姿が見えた。

 

「・・・・・・ふむ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「外屋! 折手我! 松種! ジェットストリームアタックをかけるぞ!」

「「「じゃあお前誰だよ」」」

「ぬううぅぅぅぅ!

 どけぃ与太者共!」

 

目前でたむろっていた与太者4人を蹴散らす。

 

その後、視線を彷徨わせ総長の姿を探すも見つからない。

我と似た体格の与太者の突進を受け止めた後、かなりの距離を押されたせいで最早見失ってしまった。

 

このままではヘタをすれば我の取りこぼした江乃死魔の者共に袋叩きにされてもおかしくない。

それはつまり我の本分を果たせないということであり。

 

「えぇい! どこにいる!?」

 

周りの者共を吹き飛ばしながら総長の姿を探す。

 

「グループF、グループR! 我那覇がフリーになったわ!

 プランCで時間を稼げ!」

「「「ういっす!」」」

 

いくら蹴散らしても戦場全体を把握している片瀬恋奈に見つかって新たな兵をぶつけられる。

単純に殴りかかってくるのならば瞬殺し、前進できるのだがそうはいかなかった。

 

「オラァ! 弾けて混ざれや!」

 

与太者の一人が何やら固形物に火をつけて投げつけてきた。

一瞬危険物かと思い距離を置きつつそれを凝視していると、

突然その投擲物がとんでもないフラッシュを起こす。

 

「ぬぅ、これは」

 

堪らず目を閉じる。

一瞬まともに見てしまったせいで瞼を落としてもまだ目がチカチカする。

 

今のは以前授業で見た記憶がある。

確かマグネシウムに火をつければ化学反応がどうのこうの、

余り詳しい原理など知らないが、恐らくそういった類のものだろう。

 

「今だ! チェーンでひっとらえろ!」

 

我が目を閉じていると、足や腕に鎖が巻かれる感触がした。

 

実の所相手は常にこのように我の動きを封じに来ている。

積極的に物理攻撃をしてくるわけでもなく、ひたすらに我に隙を作らせ

捕縛を狙いに来るのだ。

 

そのせいで過剰なまでに手間がかかる。

 

「ふん、力で我に勝てると思ったか」

「どわぁ!? こっちは男四人がかりなんだぞ!」

「この筋肉だるま! 一条さん以上かよ!」

「筋肉だるまとは・・・・・・そう褒めるな」

 

両手両足にかけられたチェーンを力づくで引っ張る。

その勢いでチェーンを握っていた男共は全員逆に転倒。

このまま追い打ちで殴り倒して気絶させてもいいのだが、そんな事をしていたら第二波にまた狙われる。

 

倒れている者共を無視し、総長を探すべく更に進む。

 

「おい! 我那覇がフリーだぞ!」

 

指揮系統が優秀すぎるせいで伝達が異様に速い。

今追っ手を倒したばかりだというのにもう次の追っ手の姿が見える。

なまじ我の身長が高いせいで群衆に紛れ込むことも出来ない。

 

「どこだ! 総長!」

 

声を荒げるも、周囲の与太者共の掛け声や叫び声のせいで紛れてしまう。

 

せめて追いつかれないように人ごみを掻き分け走り続けるも見つからない。

嫌な予感を感じながらも必死に探す。

その時、一人の目立つ人間の姿を見つけた。

 

「おいコラ待やがれっての!」

「む、あ奴は」

 

我と同じく周りから明らかに浮いている程の体格を持つ者が必死に走っていた。

奴が総長を外野まで運んでいった筈だが、

あの姿を見たところ、総長が決着を付けずに逃げたらしい。

 

という事は

 

「見つけた」

 

その与太者の少し前を走る総長の姿があった。

 

だがそれ程力も体格も恵まれていない為に人をかき分ける速度はとても遅い。

あのままではじきに追いつかれるだろう。

 

ならば助太刀に行こうかと思い一歩踏み出した時。

 

「おいコラ我那覇ァ! 逃げてんじゃねぇぞオイコラボケェ!」

 

取り囲まれてしまった。

 

拙いな。

これではまた見失いかねない。

それどころか再び総長が捕まり、余計な時間を取られてしまうことになる。

 

そう思い焦り始めた時、思わぬ援軍が来た。

 

「ボケはテメェだボキャアァァァァァァ!」

「あ? 何だお前――――うごあ!?」

 

我を取り囲んでいた者共がそれを超える人数に取り囲まれ、まとめて背後から袋叩きにあった。

 

「汝らは・・・・・・なぜここに。

 いや、なぜ今日ここで抗争がある事を」

 

援軍は全員見覚えのある顔だった。

暴走王国にやたら付いてくる与太者共である。

 

そのほぼ全員が揃いも揃って我を援護するように囲んでいる。

 

「いやぁ、何か朝から見慣れないヤンキー多いなと思ってたら未唯ちゃんから連絡あったんですよね。

 そんで今日の事知ったんですけど。

 あっははは、場所までは知らないんで今さっきまで必死に走り回ってましたよ」

 

総長のマスクなどの予備を作っている若干変態のケがある女が前に出て説明する。

 

「・・・・・・助力は頼んでいない筈だが」

「んなの知りませんよ。

 ちょっと気に入ってるチームに勝手に手を貸すつもりなだけですし」

「そうそう。我那覇さん達も俺たちに同じことしたんでそれ真似してるだけですぜ」

 

確かに、我らも頼まれてもないのに此奴らの助力をした経歴はあるが。

それはあくまでも此奴らを助けるというよりは、八州連盟の与太者どもを成敗するのが目的だっただけだ。

故に恩義を感じられても困る。

 

困るのだが

 

「すまぬ。恩に着る」

 

助かったのは事実。

我は恩義を感じてしまった。

頭を下げる。

 

「いえいえ~。私らが勝手に恩を返してるだけで我那覇さんが恩を感じる必要なんか・・・・・・

 所で私のショウさんはどちらにホギャアアアアアアアアアア!?

 何か野生のゴリラに追い掛け回されとる!」

 

見ればもう手を伸ばせば捕まえられる距離まであの与太者が総長に近づいていた。

 

「拙い! 我は一気にこのまま突き抜ける、

 汝らは我の通った後の道を辿るがよい!」

「あ、了解です!」

 

援軍が江乃死魔の追っ手を食い止めてくれている間に我は気力を高め

一気に走る。

 

「ん、何この地響き震災かな? ・・・・・・なんか戦車みたいなのが突っ込んできたああぁぁぁぁ!?」

「ぷるぁ!?」

「ぺぷっ!?」

 

進路にいる与太者共を片っ端から跳ね飛ばし、一直線に総長の元へ走る。

我が通った後の道は邪魔者を踏み潰したり跳ね飛ばしているため、ほぼ障害物のない道ができている。

そこを援軍が続いて走る。

 

明確に我の邪魔をするものがおらず、相手の不意をつく立場ならば誰も止められたりなどしない。

 

そして間も無くして、我は総長の前にたどり着く。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

突然人ごみを切り裂いて我が横から目の前に現れたことに驚いたらしい。

総長が足を止めて呆然とした様子で我を見上げる。

 

「すまぬ、援護が遅れすぎたようだ」

 

軽く頭を下げ詫びる。

 

元々は我が江乃死魔の者共を相手にし、総長は原木を狙うはずだったのに我の所為で計画が滞っている。

せめて何かで汚名を返上したい所だが。

 

「んん? 何でアンタがここに。

 まぁいいや。それにしても間近で見るとやっぱデカイねぇ。

 初めて俺っちよりデカイ女みたっての」

 

一条と言ったか、我の体格に驚いたらしくジロジロと見てきた。

 

「此奴を我が相手するのも良いが・・・・・・いや、それどころでないか。

 汝ら、此奴やその他の追っ手をしばらく食い止められるか?」

 

見れば江乃死魔はセンパイの手を借りているお陰で既に八州連盟の中央部に食い込み始めている。

丁度凹の字の形のように正面突破に成功しつつある。

つまり時間はそれ程余裕ない。

 

「余裕っすよ。俺通信空手やってるし!」

「俺塾かよってるし!」

「じゃあ私税理士!」

「揃いも揃って糞の役にも立たなさそうなボンクラばかりじゃねーか」

 

どこまで本気なのかは判らないが、目は真剣なものだ。

これならば信頼して任せても良さそうか。

 

「そうか、重ね重ね恩に着る。では頼んだ」

 

我は我でやることがある。

 

「総長、我の背に乗れ。

 このまま一気に本丸へ突撃する。

 立ち止まらざるを得ない所までは運ぼう」

 

我の力と体格ならばダメージさえ覚悟すれば一気に突進するだけで八州連盟の中枢。

つまり原木の所へとたどり着ける。

問題は帰り道だが、今八州連盟はほぼ江乃死魔に押されている為その心配もない。

 

我は総長に背を向けしゃがむ。

 

「・・・・・・」

 

総長は一瞬迷ったようだが、時間がない事を理解しているのだろう、素直に我の首に腕を回す。

 

「軽いな。もっと筋肉を付けるべきだ」

「・・・・・・」

 

何やら言いたいことがあるらしく、背中から講義じみた視線を感じるが無視をする。

 

「まぁ良い。それでは、往くぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、ウッザイなぁ。

 きったねー手で触ってくんじゃねぇよ雑魚」

「がっ、ぐおえ」

「ひ、ひ~~~!

 何だこの女ッ、半端じゃなくえげつねぇ!」

「あ、こら逃げんな。追いかけんのがメンドくせーんだっつーの」

 

喧嘩屋一人の喉仏を握り潰していると、取り巻きの不良が一斉に散らばって逃げ始める。

一応軽く見た感じではこの失神した男以外の取り巻きは雑魚ばかりだから

自分が処理せずとも江乃死魔の奴らが片付けられるレベルだ。

 

「しまったなぁ。こんなことなら辻堂センパイみたくグローブでもつけりゃよかったかも」

 

手には返り血やらなんやら色々なものがついてしまっている。

手荒れも気になるし、爪が割れては女子校生として一大事だ。

せめてテーピングくらいしておくべきだった。

 

「おいお前ら、あの逃げたやつら追え。

 あずはちょっと手ぇ洗ってくるから」

「は? あの、今そんな場合じゃ・・・・・・」

「てめぇらの都合なんかあずが知るかよ。

 大体もう江乃死魔と切れてるあずが何でお前らのお守りなんか」

 

喧嘩屋もあらかた片付けたし、恋奈ちゃんの的確な指揮で今は江乃死魔が有利だ。

八州連盟の奴らは所詮ゴロツキの集まりに過ぎず、全員が個人プレイ。

そのせいで江乃死魔の統率された動きにまるで対応できていない。

 

一応八州連盟にも水戸や原木というブレーンがいるけど、片方はここにいないし

原木には知恵もなければゴロツキ共を統率するカリスマもない。

 

もう自分がいなくても大丈夫だろう。

さっさと手を洗ってセンパイと合流しよう。

 

「ねぇねぇ君、江乃死魔の特攻服来てないってことは俺らの側だよね」

「はい?」

 

一端切り上げて人ごみの隙間を縫っていると声がかけられた。

 

江乃死魔は特攻服、八州連盟は逆に完全な私服で統一されている為

あずの方から何もしなければどちらにも襲われることはない。

江乃死魔はあずの顔を知っている上に恋奈ちゃんから狙わないように指示が出ているし、

連盟の方は自分が私服なため一見では江乃死魔寄りの人間とも思われない。

 

一部、最初の顔合わせでこちらの顔を知っている奴もいるが、そいつらはあらかた倒されたあとだ。

 

ショウセンパイやナハは外見で目立ちすぎるためあずの様にはいかないけれど。

ともかく自分はこのように八州連盟によく誤認されていた。

 

「いや、かなり俺ら押されてると思ってさ。

 このままじゃ江乃死魔のやつらに殴られそうだし一緒に逃げない?」

「そんなの一人で逃げりゃいいじゃん。

 自分を誘う意味がわかんないんだけど」

「だからさ、いい具合に夜もふけたし逃げるついでにさ・・・・・・

 わかんだろ?」

 

・・・・・・ああ、そういうコト。

こんな状況でナンパする程八州連盟の奴らはモチベーションが低いらしい。

 

「はぁ。アンタに興味ないんでお断りします」

 

無駄な時間を過ごした。

戦況を見て逃げようとした事自体は特になんとも思わない。

確かに負ける喧嘩にいつまでもこだわり続けるのはアホらしいだろうし。

自分もコイツと同じ立場ならさっさと逃げるだろう。

 

別にコイツを殴り倒してもよかったのだけど、流石にナンパ程度でキレて殴っては他のやつらに怪しまれる。

出来るだけ穏便にこの群衆から抜けたいのだ。

 

「ん? あ、アイツ!」

 

振られた男も特に気にはしていなかったらしい。

食い下がって来る事はなかった。

 

その後すぐに何かを発見したらしく、声を荒げている。

少し気になって振り向いてみる。

そしてソイツの視線をたどってみると。

 

「あれ、何で恋奈ちゃんがこんな前に」

「へ? 何で君が江乃死魔の総長をちゃん付けで――――あぶ!」

 

余計な事を言いそうだったのでさっさと気絶させる。

 

そんな事よりも今は恋奈ちゃんだ。

恋奈ちゃんが最前線で大暴れするようなキャラではないのは百も承知。

つまり今前に出なければならない事が出来たということだろう。

 

「せーの・・・・・・じゅわっち」

「うわ!? ちょっと梓、いきなり真横来ないでよ心臓に悪いわね」

 

軽く走りささっと恋奈ちゃんの傍に近づく。

 

流石江乃死魔総長だけあってマークが激しい。

部下を引き連れているものの一人で数人にマークされていた。

 

「サーセン。お詫びにコイツ等やっつけてあげるから許してよ」

「な、お前さっきまで全然別の所いたはずじゃぶはぁ!?」

 

取り敢えず恋奈ちゃんをマークしてた六人の奴らだけ始末した。

他の奴らまでは面倒見るつもりはない。

 

「掃除完了っと。

 あ~、いい加減手が痛くなってきたなぁ」

 

ナハのように拳の硬さ自体を鍛えていない自分では殴れば相応に手に反動が来る。

そしてそのキャパシティもやはり相応に低い。

いい加減手がジンジンと痺れたような痛みを訴え始めている。

 

幸い爪とかは割れていないけれど、それも回数の問題だろう。

 

「あ、恋奈ちゃん後ろ」

「は? おっと!」

 

あずに気を取られていたらしく、背後から詰め寄る雑魚の姿に気づかなかったらしい。

間一髪、危うくも回避した。

 

「ちっ、惜しかったか!

 往生せぇやクソアマ!」

「往生するのはアンタよ!

 テメェみたいな雑魚に江乃死魔総長の首が取れると思ってんのか!」

 

雑魚と立ち会い始めた。

参ったな、何で前線来てるのか聞きたいのに邪魔された。

仕方ないので恋奈ちゃんの代わりに蹴り倒す。

 

「失せろ、ヒトの会話邪魔すんな」

「あひん」

 

鳩尾にめり込ませた足を降ろし、恋奈ちゃんに向きなおす。

 

「くっ、本当にアンタの戦力が惜しいわ・・・・・・」

 

何やらあずを手放した事を後悔していた。

そもそも恋奈ちゃんが手放したのではなく自分が抜けたので後悔しても無駄なのだけど。

何でもお金で手に入る恋奈ちゃんが自分に手が届かなくて悔しがっているのを見るとちょっと愉快だった。

 

「何で総長の恋奈ちゃんがこんなごった返してる所にいるの?

 最初は少し前程度のポジションにいたのに」

「敵のアンタに教える必要はないわね」

「て、敵って」

 

ここまで自分をこき使っておいてそれはないでしょうに。

 

自分の非難を含んだ視線に恋奈ちゃんも言ったあとに後悔したらしく、こほんと気まずそうに咳払いをした。

 

「あれ、見てみなさい」

「あれ?」

 

恋奈ちゃんが指差した方向を見る。

 

するとそこには暴走王国のおっかけ共を引き連れ、一直線に原木の元へ向かうナハとセンパイの姿が。

ティアラさんはどうしたのかと思い、姿を探せばやはりおっかけの奴らが防御に専念して食い止めていた。

結構使えるなアイツら。

 

「あぁ、そゆこと」

「そういう事よ。

 もう時間の余裕ないから私も直々に喧嘩してんの」

 

進軍の速度は凄まじく、ナハを先頭にしてロードローラーのように進行方向にいる不良どもを蹴散らしていく。

自分があらかた喧嘩屋を片付けたのもあり、ナハを止められる奴が存在しない。

 

・・・・・・これは後でセンパイに感謝してもらわねば。

 

「別にあのままナハとセンパイに原木始末させれば良いじゃん」

「そうはいかないわ。

 これだけ湘南荒らしておいて、

 その原因の原木をぽっと出の得体の知れない奴なんかに取られちゃメンツに関わるでしょうが」

「メンツねぇ。ふ~ん」

「何よその反応、あとその小馬鹿にしたような顔ムカつくわね」

 

バカにはしていないけれど、ちょっと自分には理解できない動機である。

自分が損得主義なだけなのかもしれないが、メンツの為に危険をおかしてまで前線に来るとは。

舐められたくない気持ちはわかるけれど、それだけでここまでリスクを冒せるだろうか?

何か恋奈ちゃんの言葉から本音が感じられなかった。

 

「わかったらさっさとどきなさい。

 原木を殴り倒すのはこの私が率いる江乃死魔よ」

 

立ちはだかるあずを押しのけて更に前に進軍する。

その後、再び八州連盟の奴らに取り囲まれて部下と共に殴り合いを始める。

 

数発殴られ、一瞬フラつくも即座に立ち直り相手を殴り倒す恋奈ちゃん。

その姿はどこか鬼気迫るものがある、言い方を変えるのなら必死に見える。

 

ふむ。

・・・・・・何となくわかってきた。

 

「ねぇねぇ恋奈ちゃん」

「うひゃ!? だから急に傍に来んなって言ってんでしょ!」

「ごめんごめん、お詫びにコイツ等はあずが相手するから。

 おらぁ! 連続死ね死ね蹴り!」

「またこのパターンか! へぶし!」

 

取り敢えず恋奈ちゃんに絡んでた奴らだけ全員蹴り倒す。

やはり靴を履いている分、足技の方がこちらの反動が少なくて良い。

辻堂センパイや皆殺しセンパイのように不思議ぱわぁ(笑)で相手を無条件で星にできない自分では

こうして真面目に効率を考えなければならないのが泣けてくる。

 

「礼は言わないわよ」

「そんな使い古された遠まわしなお礼はいいから。

 ほんとテンプレートなツンデレっすねぇ。チョロい、まじチョロい」

「アァッ!?」

 

ビキビキと血管を浮き上がらせた。

まさかのマジギレ。

鮮やかに超ベリーバッド。

 

「んでんで聞きたい事あるんだけど」

「後にして、今余裕ないの」

「あ、こら恋奈ちゃん!

 護衛の奴らはまだやりあってるから一人で言ったら」

 

こちらの制止を聞かず一人で更に前に進んでいく。

いくら不死身臭い恋奈ちゃんであろうと一人で突っ込んだら袋叩きだ。

慌てて付いていく。

 

恋奈ちゃんは付いていく自分を鬱陶しそうに見た。

地味に傷つくなぁ。

 

「さっきから何よ鬱陶しい」

 

実際に鬱陶しいと言いやがった。

マジで傷つくなぁ。

 

「いやいや、だから聞きたいことがあるって言ってるじゃん」

「後にしろっつってんでしょうが」

「でも今じゃないと意味がない事なんだってば」

「じゃあ諦めなさい」

 

こちらを無視してガンガン前に突き進む。

無視ってひでぇ。

こんなぞんざいな扱いをするのなら見捨ててやろうか。

 

「おどりゃ片瀬テメェ死にさらせ!」

「隙だらけじゃボケナスオタンコナスのビチグソジャリガキがぁ!」

「なっ、まずっ!」

「なーんで黙って不意打ち仕掛けられないんすかねぇ・・・・・・」

 

不意打ちで飛びかかる不良。

しかも恋奈ちゃんはその掛け声が聞こえるまで気づいていなかったらしく、

まるで防御が間に合いそうにない。

 

「必殺! ハイパー銀色の脚スペシャル!」

「うぼげぇッッ!」

「足が分身して見えるだとぉ!?」

 

仕方がないので自分がまた助太刀する事になった。

少しばかり危なかったのでオーバーキル気味だが、まぁ死にはしないだろう。

 

「さっきから私の相手全部アンタが排除してるわね」

「今回のはサービス。

 でも話聞いてくれないのなら自分はアッチの助太刀行くけどね」

「好きにしなさいよ、元々アンタ江乃死魔じゃないし

 これ以上こっちの援護されても困るだけだわ」

「散々あず利用しておいてそりゃねーっすよ・・・・・・」

 

少しばかりまだ心配だが、どうやら前線も八州連盟はもう壊滅状態だ。

 

江乃死魔と暴走王国に押されまくって八州連盟の奴らは戦意喪失しているし

中には逃亡を始めた奴らすらいる。

 

『おいコラ!

 逃げてんじゃねぇぞ! 最後までやりやがれ!』

 

姿は見えないものの原木の怒声が聞こえた。

つまりその声が聞こえる程度に距離は縮まったという事か。

 

『ふざんな! 水戸さんならともかくお前の為にそこまでカラダ張れるかよ!』

『大体俺は最初からテメェの為にこんな喧嘩すること自体嫌だったんだ!』

『て、テメェら・・・・・・この腰抜けが!』

 

哀れなものである。

 

この展開もセンパイの予定通りなのだが。

何せ今いる八州連盟のメンバーは水戸の部下であり、原木の私兵ではない。

その為忠誠心などあるはずもなく、水戸の命令で仕方なく参加している程度だ。

 

そのお陰で江乃死魔や暴走王国が勢いづけばそれだけ八州連盟の数が減っていく。

 

これならば上手く行きそうか。

 

「じゃあ恋奈ちゃん、自分もセンパイの援護行ってくるね」

 

恋奈ちゃんの事は心配だけれど、八州連盟の現状を見る限り多分大丈夫だろう。

 

自分は取り敢えず少し遠いところで大暴れしているナハとセンパイの姿を確認し、そこに向かう事にした。

 

「梓」

「ん、どうしたの?」

 

時間がないと人の話に聞く耳を持たなかった恋奈ちゃんがまさか話しかけてくるとは思わなかった。

 

「アンタはアイツが何を企んでいるのか、全部知ってるの?」

 

アイツとはショウセンパイの事だろうか。

恋奈ちゃんは少しばかり深刻そうな顔で彼に視線を送っているあたり間違いなさそうだ。

 

「うん。全部知ってるよ」

 

空いた三大天の一席に座ろうとしている事。

そして江乃死魔と辻堂センパイの決着の邪魔が入らないようにする事。

センパイのその目標は暴走王国を本格的に動かし始めたその日に聞いた。

 

最初は無茶だと思ったが、まさかここまで上手く進むとは全く思わなかった。

 

「アイツはどこまで本気なの?」

「さあ。でも、あの人が喧嘩で人を傷つける程度には本気じゃないのかな」

「・・・・・・」

 

下を向いて黙り込む。

拳を握りしめて震えているあたり、心中が察せるけれど。

 

そこまでは自分が関与する所ではない。

そこまで恋奈ちゃんとセンパイとの関わりを知らないのだから

恋奈ちゃんの動揺を理解できるとも思えない。

 

「話はそれだけ?

 それじゃあず行くね」

 

声をかけても反応がない。

 

「どうして・・・・・・」

 

その場を去る時、恋奈ちゃんの怒りとも悲しみとも違う声が耳に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石江乃死魔だね、あの片瀬恋奈の采配力は俺も見習うところがあるよ」

「・・・・・・そうかい」

 

江乃死魔、暴走王国、そして八州連盟の喧嘩している砂浜から少し離れた高台には俺と喧嘩狼の姿があった。

いや、それだけではない。

この凄まじい数の大乱闘だ、既に野次馬もかなりの数がいる。

 

これで警察が介入していないということはやはり片瀬のお嬢さんが警察に何らかの干渉をしているのだろうね。

権力の力ってすげぇな。

 

「アタシをこんな所に呼び寄せたのはこの喧嘩を見せたいからか?」

「それもあるね。

 俺の連盟と三大天の一人が潰しあってんだぜ、君の反応が気になるに決まっている」

「お前がアタシにここで叩き潰される可能性は考えてなかったのか」

 

冷や汗が出る。

流石純粋な腕力であの皆殺しや無天の相模とやり合えるだけの事はある。

 

これでも喧嘩なら大抵の喧嘩自慢の奴らにも余裕で勝てる自信がある俺だが、

それでもビビってしまう。

間違いなく俺など歯牙にもかけない強さを持つ女だ。

下手なことを言えば本当に潰されかねない。

 

「考えてないなそんな事。

 俺から君になにも仕掛けていないし、君に対して何か今する気もない。

 君の機嫌を損ねないように今気をつけてるし、俺自身のマナーが悪い事もない」

 

まくし立てるように言う。

実際の所は冷や汗ものだ。

こんな隣にいるだけでプレッシャー与えてくるような女なんて見たことない。

 

「だからアタシが手を出さないって言いたいのか」

「そういうこと。君の性格は長谷君のノロケで何度も聞かされてある程度理解しているつもりだぜ。

 ただ、あそこにいるウチの奴らを止めろなきゃ殴るって言われたらどうしようもないけどね」

 

流石にアイツらを止めろと命令された場合、それには従えない。

総長がころころと日和見主義者のように命令を一転二転させては俺の立ち位置が危うい。

そうなれば否応なく辻堂から逃げるなりなんなりしなければならないが。

 

「しねーよ、ふん」

「そ、そりゃ助かるね。ハハッ」

 

余りにテンパリ過ぎて甲高い笑い声になった。マジうける。

 

少し冷静になる為に一度双眼鏡を外して上を向く。

辻堂と睨み合いなんざまっぴらゴメンなので互いに喧嘩を見ながら話していたのだが、

やはり会話するのなら相手の姿を見ながら出ないとどうにも落ち着かない。

 

「ところで君、こんな遠くから裸眼で見えてるのかい?」

 

見れば動物園で檻に入った生き物を見るような、そんな近くの物を見るような感じでジーッと見ていた。

ここからあの現場までかなりの距離があって、

とてもじゃないが裸眼で個人を見分けられるとは思えないのだけど。

 

「・・・・・・」

「こーんーなーとーおーくーかーらー」

「聞こえてるから黙れ」

「あ、はい」

 

結構怒ってる、今のにマジギレとかないわ。

カルシウム足りていないんじゃないだろうか。

 

「見えてるよ。アイツとかいい動きしてるな」

「指さされてもこの距離じゃ誰のことかわからない。

 名前で言ってくれると俺も助かるんだけどさ」

「っせーな。えぇと、乾だよ」

 

ああ、彼女ね。

うん、確かに彼女はすごい。

双眼鏡を構え直してもう一度姿を確認してみれば、ショウと合流して大暴れしてるし。

こうやって見ている間だけでも原木には劣るものの、実力では名の知れた喧嘩屋を蹴りだけで瞬殺している。

 

辻堂や腰越同様タイマンはご遠慮願いたいものだ。

 

っていうか辻堂も腰越も何でこんな距離からそんなに見えるんだろうか。

マサイ族みたいとか思ったが、言ったら殺されそうなので黙殺しておく。

 

「彼女もすごいけどショウも中々じゃないか?

 俺としては評価高いんだけど」

 

乾梓には確実に劣るものの、殆ど攻撃を喰らわず見事な防御をしている。

稀に回避や弾きに失敗する事はあるものの、その場合確実に防御しているし

攻撃を一切せず乾梓や我那覇への攻撃を引きつけて、なお最小限のダメージなのは中々だ。

 

もっとも、最小限に済むのは我那覇や乾が凄まじい速度で相手を蹴散らしているのも一因なのだが。

 

「ああ・・・・・・素敵だよな・・・・・・」

「は?」

 

ほぅ、と熱いため息をつく辻堂。

彼を見る瞳は心なしか潤んでいて、頬は赤らんでいる。

ようするに恋する乙女のソレである。

 

成程。

以前長谷君が辻堂は可愛らしい女の子だと言っていたが、何となくその片鱗を見た気がする。

ただ例えるのなら、熊が一部の限られた人間になついて可愛い所を見せたとしても、

懐かれていないそれ以外の人間にとっては依然として恐ろしい存在に変わりないのだけど。

 

「ああっ、あの野郎よくも大を殴りやがって! 今からアタシが行って直々に・・・・・・

 お、乾よくやった!」

「わからん、さっぱりわからん」

 

女心は複雑である。

こんなおっかない女でも長谷君の前では乙女なあたり、女の二面性ははかりしれない。

軽く女性不信になってしまいそうだ。

 

ともかく、長谷君が殴られればこのように激怒し、

乾や我那覇がその報復をすれば大喜びといった事を何度か繰り返していた。

見ているこっちは少し怖い。

 

俺の白けた目に気づいたらしい、辻堂は少し照れたように咳をつく。

 

「で、話を戻すけど何でこの喧嘩を見せたかったんだよ」

 

あ、話戻したらしい。

 

「え、だって万が一があったら困るじゃん」

「万が一? 何の事だ?」

「だから、万が一原木率いるアイツらが勝ってしまったら拙いでしょ。

 俺の友達である長谷君の身が危ない上に、俺の立場も危うくなる」

「勝ってしまったら拙いって、お前アイツらの総長じゃねぇのかよ」

 

確かに総長ではある。

総長ではあるのだけれど。

 

「君は持ち前のカリスマがあるから知らないんだろうね、

 ヤンキー千人以上いる巨大グループってのは一人で管理なんて実質不可能なんだよ。

 確実に暴走したりして輪を乱す奴が現れない方がおかしいんだ」

 

何せヤンキー、つまりアウトローだ。

何でアウトローがわざわざグループに入ってお行儀よく誰かの命令に従い続けなければならないのか。

逆に辻堂にきいてやりたいくらいだ。

 

「それで輪を乱すアイツをある程度庇い立てしつつ、

 それでもギリギリ勝てない程度の増援を送り、自分は仲間を見捨てず

 だけどアイツが無能なせいで戦力を無駄に削がれた哀れな総長を演じるってか」

「そこまでは言っていないだろ。

 俺としても原木が改心して俺の下に素直につけばそれが一番ベストだ」

 

だがアイツがあそこまで追い詰められたとなればもうそんな展開はない。

行く所まで行ってしまうだろう。

 

元よりアイツはやりすぎた。

損得を意識し、俺を出し抜いてカツアゲ三昧したのはまだ許してもいい。

だが、今回の喧嘩で原木がとった作戦。これは最低だ。

 

元からついてきていた私兵を使って一般人を巻き込みまくり腰越を引きつけ

自分は俺の送った増援に囲まれてハイエナを狙う。

こんなザマでよくもまぁ俺を出し抜こうとしたものだ。

私兵と増援全てを揃えて真正面から暴走王国と江乃死魔に立ち向かったのなら誠意を見せたとして

さらなる増援や最悪逃げる手伝いをしてやってもよかったが

 

「アイツはもうダメだ。

 ショウにやられちまうだろうよ、俺も庇い立てするつもりはない」

「へぇ、乾や我那覇、恋奈でもなく大にか」

「ああ、どういう事をするのかしらないけど彼は少なくとも原木よりは強いよ」

 

何せ勝つためならえげつない手段も取る男だ。

あらゆる手を使って俺を追い詰めた彼が原木程度にやられるとは思えない。

 

だが、何事にも万が一はある。

何でも予定通りにいけるのなら失敗する人間などいない。

物事は常に最悪の展開を想定しつつ二転三手先の対策をしながら進めてこその総長だと俺は考える。

 

「という事で、万が一ショウが原木に負けたり、

 原木がやられたあと暴走王国が江乃死魔やらに追い詰められたらお願いしますよ辻堂。

 いやほんと冗談抜きで友人がリンチうけるとかぶっちゃけ有り得ないんで」

「お前が何とかするって考えはないのかよ」

「いやいや、原木に増援送っておいてここから暴走王国に肩入れできるかよ。

 俺まで袋叩きにあうわ、常識的に考えようぜホントマジでさ」

「うわぁ・・・・・・」

 

辻堂はゴミを見る目で俺を眺めた。

傷つくけれど、紛れもない本音を言ったので言い訳不能である。

 

「・・・・・・初めて大がマジの喧嘩してる所を見たけど、

 アイツあんな風にやるのか」

「一度本気で殴り合いした俺からすれば、元はそんなに強くはなかったぜ。

 一ヶ月で不自然なまでに喧嘩慣れした上に乾と我那覇に英才教育受けただけでしょ」

 

喧嘩など一ヶ月で慣れるものではないのだけど。

どれだけ場数踏んだのだろうか。

 

「ただちょーっと打たれ強いのは以前からかな」

「・・・・・・」

 

俺を一瞥もせず、熱心にショウの動きを見ているらしい。

 

「それでだ、マジに彼らがやばくなった時に彼女の君は彼を庇い立てしてくれるのかい?

 返答次第ではちょっとばかりえげつない手段を取ることになるけど」

「アタシの舎弟なら今頃自宅だぜ」

「・・・・・・こりゃ驚いた」

 

前もって辻堂軍団の奴らを引っ捕えて隠していたのだが

俺の知らないうちに開放されちゃったようだ。

 

「俺の部下はどうなった」

「さあ、適当にぶっ飛ばしたから知らねーな」

 

メチャクチャな奴だ。

返答すら定かではないまま、交渉のカードを破り捨てられた。

まさに最悪な事態である。

 

勿論、こんな事も想定はしているけれど。

 

取り敢えず俺は携帯を取り出して事前に登録した女に電話する。

 

「あー、俺俺。え、わかんない? おいちゃんと名前つけて登録してなかったのかよ。

 水戸だって、イケメン水戸さん。え、わかんない?

 八州連盟のシャレオツな総長、水戸角助だってば。え、わかんない?

 はっはーんわかったぞ、テメェわざと俺を馬鹿にしてんだろ」

「隣でうっせーな」

 

電話先の女が盛大に俺を馬鹿にしてくるのでこちらとしてはガラにもなく激怒してしまった。

 

「で、どうなのよ。

 お目当ての人見つけられた?」

『あぁ。昼にデパートの屋上でたこ焼き食ってた。

 あ、ちょ、やめてください!』

『んふふ、しばらく見ぃひん内に随分お尻育ったなぁ~。

 ちょっと揉んでえぇ?』

『ひあっ! 手つきが嫌らしすぎです』

 

何やってんだ総災天。

っていうかあの女ってそんなデカケツなのか。

確かにロングスカートの上からでもヒップのラインが出ていたが。

 

「お楽しみの所悪いけど、その人は力になってくれそうなのかい?」

『あ、ああ。快く引き受けてくれたよ。

 息子のように彼を思っているらしいしな。

 あんっ。も、もういい加減にしてください!』

『あたっ!? よい子ちゃんがぶったー!』

『反省してください!』

「あっあっあっ、切りますね」

 

仲が良さそうでなによりだ。

所であの相模って何歳なんだろう。

やたら若く見えるが、あれで子持ちなんだっけか。

世の中はアンチエイジング極めている人間もいるのだね。

 

「なんか総災天や聞き覚えのある声聞こえたぞ。

 少し音漏れ何とかした方がいいんじゃねーのかその携帯」

「君が耳栓したらいいだけじゃないのか」

 

耳がいい人間相手のためだけに防音処置とか面倒すぎる。

 

「これでアタシはお役御免って事だな。

 何を考えてんのか胡散臭ぇけど大の無事を考えてんのなら見逃してやる。

 じゃあな」

「ちょい待てって。

 まだ俺が君に立ち去っていいなんて言っていないだろうに」

 

一人で話を進めてその場を去ろうとする辻堂の手を掴んで引きとめようとする。

だが、俺が彼女の手を掴む瞬間軽く手を弾かれた。

 

「気安いんだよお前」

 

どうやら手と手をつなぐのは彼女的にNGらしい。

別に下心を持っていたわけでなく、単純に引き止めるべく手を伸ばしただけだったのだけど

地味に傷つく。

これでも女受けの良いタイプのツラや性格をしている自信はあるのだが、

辻堂相手にはまるで意味のないステータスだったか。

 

「いってぇなもう」

 

辻堂にとって軽くでも、俺にとっては強烈な痛みだった。

ジンジンとした痺れが弾かれた手にいつまでも残る。

 

「あぁ、ちょっと力強すぎたか。

 悪かったな」

 

一応ちゃんと謝れる子らしい。

本心から悪いと思っているみたいで、

俺の頼んだとおり帰るのをやめて俺が何か言うのを待っているようだ。

 

「君、ここを去るのは勝手だけどその後どうするつもりだい?

 江ノ島では腰越が大暴れ、あそこでは大乱闘。

 それを放置して帰るなんて喧嘩狼がする事じゃないと俺は睨んでるが」

 

三大天は揃いも揃って我が強い。

言い方を変えれば舐められるのが嫌いなのはリサーチ済みである。

つまりここで辻堂が何もせず今回の抗争に関わらない場合、

辻堂は蚊帳の外扱いとして後日舐められかねない。

 

さて、辻堂はどう動くのか。

それを知るためにここへ呼んだというのが実際の目的だ。

 

「知りたいって顔してるな」

「是非とも知りたいね」

 

好奇心猫をも殺すというが、それでもやはり知りたいことはある。

狼に殺されることはなさそうなのが救いか。

 

「教えない。じゃーな」 

 

いたずらした少女のように子供っぽく笑い、その場を去った辻堂。

俺はその表情に驚いて二度目の制止をできなかった。

 

何だろうか、人は人の目と顔、声で相手の性格を判断するが

その要素から辻堂の中身がわかった気がする。

 

「なるほどね。長谷君が惚れるわけだ」

 

俺もある程度人を見る目が肥えている自信がある。

それから察するに、

彼女からは限りないほどの純粋さ、実直さ、そして純情さの片鱗を感じた。

 

まぁつまり。

裏のない純情な乙女が狼の皮をかぶっている感じか。

今時の女の中では絶滅危惧種ではないだろうか。

 

「うーん、あてられちゃったな」

 

どうやら俺がなにかせずとも長谷君は大丈夫そうだ。

 

あの子がいる限り長谷君の身は最初から安全だったわけだ。

これから彼女がどう動くのか、明確には知らないが何となく想像はつく。

 

「あーあ、俺もあんな俺を大切にしてくれる子見つけたいね」

 

ま、そういう事ならしょうがない。

やれる事はやったし後は観戦にしけこみますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原木は焦っていた。

 

「おいお前ら逃げんな!

 アイツらさっさとぶっ殺せや!」

「うっせぇな。アンタの為に何かする義理なんて俺らには最初からねぇんだよ。

 水戸さんが手を貸してやってくれと頭下げたから仕方なく乗っただけだしよ、

 水戸さん本人でもない奴の為にこれ以上危険な目にあってたまるかよ」

「ちっ、どいつもこいつも水戸水戸水戸・・・・・・ッ!」

 

どんどん逃げ去ろうとする借り物の部下を必死に引きとめようとするも、

全員が全員水戸の義理の為にここに来ただけでお前の為にこれ以上付き合っていられないと言う。

 

押され始める最前線。

乱れ始める冷静さ。

崩れ始める自尊心。

 

既に原木は頭がおかしくなるほどのパニックになっていた。

 

「ねぇ。アンタ原木さんであってます?」

「あぁ!?」

 

周囲の人間が慌てて逃げる準備を始める最中、隣に突如現れた女が声をかけてきた。

 

「て、テメェは暴走王国の!」

「ども、お命頂戴しに来ました。なんちゃって」

 

愉快そうに笑う梓。

言葉自体は冗談めかして周囲を和ませるものだろう。

しかし原木はそうは思えない。

 

何せこの女、目が一切笑っていない。

そのせいか異様なまでの威圧感すらある。

 

「くっ、使えない奴らだなオイ。

 簡単に突破されやがってよ」

「あはは、自分にはアンタが一番役立たずに思いますけどね」

 

先程まで我那覇やショウと共に行動していた梓だが、途中一つ思いついたことがあった。

故に彼らより一足先に原木の元に突撃した。

並み以上程度の実力では単独の突貫など自殺行為だが、梓ほどの速度と実力ならば容易い事である。

 

「あれだけ恋奈ちゃんやショウセンパイに偉そうに啖呵切っておきながら

 いざ喧嘩始まったら後ろで偉そうに命令するだけ。

 終いには部下にすら見限られる始末。

 あはは、超ダッセーっすね」

「な、テメェ・・・・・・」

「そうそう、大して実力もカリスマも知恵もないくせにプライドだけは高い。

 それが小物くせーっていうか。

 何にせよアンタ程度がショウセンパイと恋奈ちゃんに肩を並べられるワケなかったんだよね」

「このクソアマ・・・・・・ッ!

 おいお前ら! 暴走王国の乾がここに居るぞ!

 さっさと片付けるの手伝えや!」

 

原木の一声で周囲がざわつく。

殆ど全員が梓を見るも、敵意が薄い。

明らかに戦意が無い周囲の反応に逆に原木の方が動揺した。

 

「何もたついてんだ!

 早く取り囲めよ!」

「ふふ、無駄っすよ。

 後ろで偉そうにふんぞり返ってたアンタと違ってこの人達はあずが強いの知ってるもん」

 

勿論原木も梓の実力は知っている。

異様なまでの足の速さ。

その体躯に不釣合なほどの単純な筋力の強さ。

そして喧嘩屋すら一蹴する達人級の技術力。

 

ただ、それはあくまで遠目で見た姿や話に聞いた程度の知識だ。

目前で仲間の誰かが叩きのめされる所を今だ原木は見ていない。

 

その差が原木と立ち止まり困惑する部下の間にはあった。

 

「さてどうしよっかな。

 ここで自分がアンタを始末しても良いんだけど」

「・・・・・・調子に乗んなよ嬢ちゃん」

 

誰も援護に来ない。

既に原木の自尊心は粉々だった。

誰も自分に従わないし、誰も助けようともしない。

それでいて小娘相手に舐められきって。

 

原木は覚悟した。

 

「俺は茨城で名の知れた喧嘩屋、原木だッ!

 テメェみたいな世間舐めたガキが調子づいて舐めんじゃねぇぞ!」

 

目を開き、腹の中に溜まったネガティブな澱みを吐き出すように叫ぶ。

 

一般人ならばこの怒声だけで怯むだろう。

しかし相手が悪い。

 

「そういう遠吠えしてるところが小物くせーんすよ。

 ちったぁショウセンパイみたいに黙って行動してみたら?

 ああいうのを何て言うんだっけ、不言実行?」

 

実際にショウは梓や我那覇以外には一切言葉を交していない。

だというのに彼を慕う者は数多く、今原木率いる八州連盟数百人が撤退準備を始めているのに対し

五十人程度の暴走王国の追いかけは全員が自ら避けられた筈のこの劣勢な抗争に割り込んだ。

 

原木は唇を噛み締める。

 

「俺がアイツより格下だと、そう言いたいのかい」

「そっすよ。あたりまえじゃん」

 

言い切る梓。

より胸の中に得体の知れない悔しさを感じる原木。

 

水戸よりも格下なのは自覚していた。

自分に彼のような人を率いる威厳などないし、人徳もない。

そういう生き方をしてきたし、そういう性格なのだから当たり前。

喧嘩だって水戸に全く勝てる気などしない。

 

だから、水戸よりも格下である事は納得できている。

情けないけれど、それでも妥協して受け止められた。

 

「違げぇ。俺は、俺はアイツより格下なんかじゃない」

 

誰に言うのでもない、独り言のように吐き捨てる。

 

「俺は好き勝手生きてきた。

 今さえよけりゃ後は誰がどうなってもいい、俺自身の将来も興味ねぇ。

 だから舎弟共を使ってカツアゲで金を集めた」

「・・・・・・」

 

最早誰に言っているのか、それすら定かではない。

ただ原木は言い訳するように言葉を続ける。

 

梓は、その暴露に対しなにも言葉を挟むことはせず真剣に聞き入る。

 

「当然お礼参りなんて日常茶飯事だ。

 だが俺はそんなクソみたいな日常の中で生き続けた」

 

アウトローとして生きてきた原木。

人を殴りなれて、いつしか痛めつけること自体にも快感を覚えていた。

 

楽しみながら人を傷つけ、痛めつけた人間から金を奪い取り。

それを糧にして生き続けてきた。

勿論喧嘩屋として誰かに雇われて金を得ることもある。

だがそれでもやはり人を傷つけることが生業の仕事だ。

 

「そんな修羅場で生きてきた俺が・・・・・・

 あんなワケのわからねぇ偽善振りかざしてる奴より格下なわけねぇだろうが!」

 

八州連盟によるカツアゲや彼らに絡まれた一般人、彼らに襲われた外道ではないチームの救済。

原木にとってそれらをしているショウの存在は目障り以上に存在自体が鬱陶しかった。

 

悪を持って金を得る自分に対し、無償で善を行おうとする彼のその存在は何よりも気に食わないのだ。

 

「・・・・・・やっぱり、あずは間違ってたか。

 アンタ見てるとつくづくそう思う」

「あぁ!?」

 

原木の半ば狂いつつある精神状態。

自分で自分をロクに正当化すらできず、今までの自分の生き方を自分しか肯定してくれる人がいない。

悪を責められ、糾弾されたとしても開き直るしか道はない。

 

そしてその生き方のツケを今突きつけられ、狂ったように喚き散らすその姿。

梓にはそれが余りにも他人事には思えない。

 

その道はもしかすれば自分が通ったかもしれなかった。

大と接点が薄く、かつて江乃死魔の裏切り者を使って一般人から集団によるカツアゲを行おうとしていた。

そんな梓からすれば隣の家の事件のようなものだ。

もしかすればそれは我が身の事だったのかもしれなかったのだ。

 

「いいよ、見逃してあげる。

 自分がアンタ相手すんのは違う気がするし」

「どういう事だよ、意味がわかんねぇ」

「言葉通りだよ、あずじゃお前とやりあっても楽しくない。

 だからお前を殴るのはパス、最初の予定通りショウセンパイにお任せって事」

 

梓はもう原木と喧嘩をする気は失せていた。

元より原木の本音を聞くために一人突撃したのだ。

そしてその本音はやはり思っていたとおりのものだった。

 

自分もこうなる可能性が高かった。

それを知った今、自分の幻影を原木に重ねてしまい喧嘩などする気が起きない。

 

ただ、それでも梓と原木は違う。

 

梓は大との交流で考え直し、カツアゲの煽動を行うことなく自身も不良から足を洗った。

無論過去に不良を痛めつけて金を奪っていた事実もある。

それはやはり正当化出来ることではない、一生大に対して負い目を感じる事だ。

だが、それでも今の梓は言い切れることがある。

 

「道を間違えなくてよかった。

 アンタにならなくてよかった」

 

心から吐き出した言葉だった。

 

目先の金の為に不当な行為をする生き方や、

将来を度外視し今だけを楽しむ刹那的な生き方に品性は無い。

 

品性がなければ人は誰もついてこないし、信頼も無い。

その生き方は余りにも第三者の目には寂しく映る。

 

金さえあれば一人で生きていける。かつての梓の言葉だ。

それは間違っていない。

ただ、金の為に品性を捨てる生き方は余りにも哀れだった。

 

「意味わかねぇな」

 

梓の言葉を皮肉と受けとった原木は食いかかる。

しかし梓は憑き物が落ちたかのような表情で笑った。

 

「あずは欲張りだから何でも欲しい。

 金だけじゃない、友達も欲しいし好きな人にも愛されたい。

 アンタと自分は違うって感じてるだけっすよ」

 

原木には梓が何を言っているのかわからない。

唯一わかるのは梓が自分と同類かもしれないという事だけだった。

 

無論それは違う。

過去の梓ならば今の原木と同類だ。

けれど今の梓は決して同類ではない。

 

「あぁ、そうそう。

 残念だけどもう時間切れっすね」

 

話は終わりと言わんばかりに梓は一方的に会話を打ち切る。

 

「時間切れ?」

「そ。後ろ見てみたら」

 

梓は少し原木に同情した顔をし、彼の後ろを指差した。

嫌な予感を感じながら原木は指先をなぞるように視線を移す。

 

「・・・・・・」

 

そこには、沈黙を守り憮然とした態度で立つショウの姿があった。

彼の瞳は伺えないが、原木を睨んでいる事だけは誰の目にも明らかだ。

 

決着の時は近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。
かなりの期間放置していて誠に申し訳ありません。

最近つよきすネクストをプレイしましたが面白いですね。
主人公がヒロインと湘南に遊びに行ったら不良に絡まれて困った所をマキが結果的に助けたとか、そういう描写ありましたが嬉しいものですね。

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