辻堂さん達のカーニバルロード   作:ららばい

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15話:痛みに耐えるためのモチベーション

この時間に来て、自分のしたことを後悔しているかと聞かれれば俺はこう言うだろう。

 

間違ったことをしている自覚はある。だけど後悔はない。

 

試合でも何でもないただの喧嘩で人を殴って、それを正当化するつもりは欠片もない。

故に俺は認めないといけない。

人を何度も殴り倒し、回避できた喧嘩を回避しなかった俺は間違いなく―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マキさーん、そろそろ行きますよー」

 

雀が騒がしく鳴く時刻、俺は一人で外に出て自転車の鍵を外す。

ついでに玄関から持ってきたマキさんいわくダサイヘルメットをかぶり、後ろに乗る予定の人を待つ。

 

待つのだが、待てども待てども来やしない。

 

まだまだ時間に余裕はあるし、

ヤバくなったらマキさんの場合走ればバイクとかよりも速く目的地につけるので心にも余裕はある。

 

だが人というものは待つという行為に対して余り良いイメージはない。

俺は別にデートとかなら理由があるのであれば何時間でも待てるが、

朝の出発に時間をかけられまくるのは余り好きではない。

 

女性の身支度は長いとはいうが、姉ちゃんもマキさんもそこらへんは早いタイプだ。

何せベースが良いのでスッピンでもまるで問題ない。

マキさんとか化粧全然しないし。

 

「おーい。マキさんまだー?」

 

ヘルメットをしたまま、玄関に入り声をかける。

 

しかしやはり返事がない。

おかしいな。朝ごはんが終わったあとマキさんは自室に戻ってたし、

玄関の扉が開く音も一切なかったから外にはいないはずだが。

 

首をひねる。

一度中に入って確かめるべきか。

 

「もしもしお医者様、私の彼氏が誰もいない家の中に向かって声をあげてるんです。

 これって痴呆症の始まりなんでしょうか」

「え?」

 

後ろから声がしたので振り向くと、そこには既に自転車の後部座席

つまり荷台に座るマキさんの姿が。

 

「いつ家から出たの?」

「メシ食ってすぐ。そんで時間だから帰ってきたら

 ダイが誰もいない家の中で私を呼んでる所に遭遇した」

 

入れ違いになったということか。

 

「でもどうやって出たんですか?

 全く物音しなかったですけど」

 

自慢ではないが、家の扉の開閉音くらいは二階の自室という遠い所からでも何となく聞き取れる。

何年も住んでいる我が家だ。

些細な音にすら結構敏感に感じ取れるのだけど。

 

「そりゃそうだろ。窓から出たんだし」

「・・・・・・そりゃ気づかないわけだ」

 

相変わらず型破りで行動が読めない人である。

そこがワイルドでマキさんの素敵な個性だと思うので諌めるつもりはない。

 

だが、そろそろ時間が押しているのも事実。

取り敢えず出発しようと、手に持っていたマキさんの分のヘルメットを渡す。

マキさんはそれを少し微妙そうに見たあと、

諦めたようにため息をつき、大人しくかぶってくれた。

 

俺はさっそくサドルに乗り、出発する。

 

二人乗りだと最初のひと漕ぎが結構重く感じるのだが、

でもマキさんは体重がとても軽いのでスムーズにスタートできる。

 

「ヘルメットとると髪がぺちゃんこになって気持ち悪いんだよな」

「でもそのぺちゃんこな髪型も似合ってますよ。

 その時は何というか、おにぎりとか好きそうな雰囲気出てますよね」

「・・・・・・それ私じゃない別の奴のイメージじゃないか?」

 

こう、髪をストレートにしたマキさんは凛々しくて、

それでいて日本的な女性っぽい外見なのだ。

何か鉄っぽいイメージというか、乙女的なイメージというか。

 

「あら。おはようヒロ君、マキ」

「おはようよい子さん」

「おう、おはよ」

 

道を走っていると、進路によい子さんがいた。

 

ただ、不思議なことに今日は平日なのだが何故か私服である。

 

「どしたのよい子さん。

 そろそろ家に戻って支度しないと遅刻しちゃうよ?」

「あ。えっと・・・・・・」

 

何やら、苦笑いを浮かべた。

 

こういう反応は、言いにくいことがある人間がするものだが。

さて、よい子さんが俺に言いにくい事か・・・・・・

 

イマイチ思い浮かばない。

よい子さんは良い人だから悪いことなんてするはずもない。

ちょっと不良をせざるを得ない状況だけど、

本質は善人だから言いにくいことなんて殆どないはずだ。

 

「ちょっと私、今日は体調悪いから学校休むの」

「それはいけない。マキさん、よい子さんを引っ捕えて家まで送りましょう!」

「えーと・・・・・・あー」

 

一刻を争わんとばかりに俺はよい子さんに攻め寄るが、マキさんが呆れていた。

何でだ。

俺何か変なことを言っただろうか。

 

「い、いいのよヒロ君。一応体力には余裕あるし、一人で大丈夫だから」

「だってよ。

 いいじゃん、本人が遠慮してんのに無理に親切を押し付けるのはウザいぜ」

 

何やら、よい子さんから俺に対して隠し事をしているような感じがした。

しかし、よい子さんだ。

よい子さんなのだ。

人に言えないことをしているとはいえ、それが人に申し訳ない事に繋がるとは思えない。

 

「そっか。じゃあ夜にでもまた―――――あ」

 

しまった、今日は夜行けるとは限らない。

ヘタをすれば今日の抗争で鉢合わせなんてのも考えられる。

 

いや、よい子さんはポジション的に俺達の敵にはならなさそうだが。

ともかく今夜は俺自身が無事に過ごせる確証はない。

余計な約束をしてよい子さんを心配させるわけには

 

「うん。夜にまたね、その時は元気な顔をみせるから」

「う、うん」

 

俺の心配を理解しているのか、

よい子さんは一際明るい声を出して俺と約束を交わした。

 

「・・・・・・まぁ、精々頑張れや」

「ええ、マキもね」

 

よい子さんの隠していることをマキさんは知っている様子。

同時によい子さんの反応だが、やはり確実に今日の抗争の事を知っている。

 

「大丈夫、ヒロ君は私が守るから。

 それよりも早く行かないと遅刻しちゃうわよ?」

「あ、ちょっとよい子さん!」

 

俺達を急かすように自転車を後ろから手で押してきた。

 

突如崩れたバランスに俺は慌てながら対応する。

 

「よい子さん、心配かけてごめんね」

 

それだけ謝って俺はペダルを漕ぐ。

 

「もう、いくつになっても手がかかる子なんだから」

「はは、言われてんぜ」

「言い返す言葉もありません」

 

でもよい子さんのその言葉には嫌味のイントネーションが一切なかった。

本当に親が子を心配するような、母性ある声色なのだ。

 

だから俺はその言葉に反発しない。

心から心配してくれている。

傲慢かもしれないが、その事に嬉しさを感じた。

 

「よい子さん、絶対に今夜お見舞いに行くから」

「うん。約束よ」

 

約束を守るよう、力を尽くそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っしゃあ! これ新記録じゃね! じゃね!?」

「あー、うっせー」

 

時計を見たら過去最速タイムでいつも送り届けている場所に到着。

 

出発の遅れやよい子さんとの会話で多少普段よりも遅い時間に着いてはいるものの、

自転車を漕いだ時間だけを見ればいつもよりも速い到着なのだ。

 

ともかく遅刻なんてありえるはずもない時間に到着。

マキさんはゆったりと荷台から腰を降ろし、ヘルメットを俺に差し出した。

 

「あ~、やっぱり髪ぺったんこなマキさんも良いですね。

 ほれ、ここに三つのおにぎりがあるじゃろ?」

「だからソレは私のイメージじゃねーっつぅの。まぁ貰うけどさ」

 

俺は余った米で握ったマキさんの早弁用のおにぎり三つを差し出す。

それをマキさんは微妙な顔をしながら受け取った。

そして受け取って鞄に仕舞ったあと即座に髪を軽くかき上げ、整っていた髪型を崩してしまった。

 

「そんなワイルドなマキさんも素敵だよ」

「・・・・・・アリガト」

 

相変わらずストレートな愛の言葉には免疫が無いらしい。

おにぎりをカバンに入れながら顔を赤くしてそっぽむかれた。

 

「およ、最近よく見るツーショットだっての」

「あん?」

 

少し離れたところから聞き覚えのある声がした。

誰かはその言葉遣いと声で分かる。

 

「一条さん、おはようございます。

 最近よく会いますよね」

「登校ルートにいるんだから鉢合わせするのも別に珍しい事じゃないシ」

「まぁそうだわな。俺っちは遅刻しまくりだから顔合わせる日が滅茶苦茶だけど」

「アンタ、今日朝の補修あるんじゃなかった? もう実質遅刻じゃない」

 

そこには一条さんだけでなく、恋奈やハナさんの姿もあった。

 

俺と恋奈の目が一瞬合う。

すると恋奈は少しだけ微笑み、無言ではあるがアイコンタクトで朝の挨拶をしてくれる。

 

「おはよう。片瀬さん、ハナさん」

「相変わらず挨拶がマメだシ。おはよー」

「ん、そういう所正直ウザったいわね」

「おいおい、人のカレシに向かってウザイはねぇだろ」

 

俺と恋奈は表向き関係を隠しているため、挨拶は日頃からこんなかんじだ。

ただ、毎度今みたいな憎まれ口を叩いた後にメールで詫びてくる。

恐らく今日もそのメールが来るだろう。

器用そうなのにどこか不器用な子だ。

 

「誰がテメェの・・・・・・ぐ、何でもないわ」

「ホントめんどくせー事してんのなお前」

 

恋奈の芝居に呆れているマキさん。

フリーダムな彼女としては立場に縛られて言いたい事も言えない恋奈に欠片も同調できないのだろう。

俺としても少し可哀想な感じはするのだが、恋奈がそうしたいのなら仕方がない。

 

「ははっ、恋奈様は相変わらず長谷に厳しいっての」

「っさいわね。き、気に食わないのよコイツのこの雰囲気から何もかもが」

「それは嫌いとか以前に生理的な問題な気がするシ。

 長谷が可哀想すぎるシ」

「特にコイツの向う見ずな直情さ、

 博愛主義なんて私にとってウザイ事この上ないわ」

 

どこか、言葉以上の意味を感じる言葉だった。

芝居の一貫ではない、本心からの言葉に近いイントネーションを感じる。

 

「そうなんかい?

 俺っちはそこまで長谷とツるんでないから知らねーっての」

「れんにゃって何だかんだで長谷のことよく見てる気がするよね」

 

二人の反応に俺は困った。

さて、そんな事ないよというのが正解なのか。

それともノリで恋奈に馴れ馴れしくして恋奈にシバかれるまでの流れを取るほうがいいのか。

 

一瞬後者を選ぼうとする。

だが、恋奈の顔を見た途端引け腰になった。

 

明らかに俺を見て困っていたのだ。

何か言おうとするも、その言葉を口にすべきかどうか迷っているような。

俺は立場上催促するわけにもいかず、黙して促す。

 

「れんにゃ、そろそろ時間だシ。

 早く行かないと遅刻するよ?」

「あ、えっと・・・・・・」

 

どうやら時間が来たらしい。

 

恋奈はハナさんに手を引かれて行ってしまう。

その時、一度こちらに振り向いた。

 

だがやはり何かを口にすることはない。

ただ、彼女は何か俺に言いたいことがあるのに言うべきか悩むようなことがある。

それを俺に伝えることには成功していた。

 

「さて、私もそろそろ行くぜ」

「はい。怪我しないようにね」

「ん、そりゃどっちの事だ」

 

即座に言葉の真意に気付かれた。

 

「登校も、下校もです」

 

確実にマキさんは下校途中に襲われる。

暴走王国との合流を阻止する人に狙われるだろう。

 

ただ、実の所マキさんに対してそれ程心配はしていない。

何せマキさんだ。

この人が負ける所など、愛さんとの喧嘩があった後の今でもイメージできない。

それ程の安心感があるのだ。

 

「ああ。心配すんな、私は私なりにダイ好みに立ち回ってやるよ」

 

俺を弟みたいに扱うマキさん。

手を俺の頭にのせ、乱暴に撫でる。

だけど乱暴に撫でているはずなのに言葉は酷く優しい。

 

「それに私なんかよりお前の方がやばいんだろ?

 いつも通りに学校なんて行ってて大丈夫なのかよ」

 

心配するように尋ねる。

恐らく、俺が怖いと言えばマキさんは一人で全て解決してくれるだろう。

 

それこそ今から原木さんを探し出し、早々にケリをつけた後

今どこかに集まっている八州連盟も一人で壊滅させるはず。

 

マキさんは相変わらず特別な人間だ。

いや、マキさんだけじゃない。

愛さん、梓ちゃん、恋奈、よい子さん、姉ちゃん。

皆が平凡な人間とは程遠い。

ヴァンの言葉を借りるなら、彼女たちは全員が十人並みではない人間という事だ。

 

だが、俺は違う。

至って平凡、とりわけ何かに秀でている訳でもない。

 

・・・・・・でも、それでいい。

凡才にとって重要なのは自分が特別な人間ではないという事を理解する事なんだ。

 

「大丈夫ですよ。こんな日のために俺はずっと備えてきてたんですから。

 ほら、散々予習したからテスト当日は敢えて勉強せずリラックスしてるようなものです」

「・・・・・・へぇ」

 

俺が本音を言っているのか、強がりを言っていないのか。

それを確かめるように俺の目をマキさんは見つめた。

 

はっきり言えば怖い。

何せ俺は別に喧嘩が好きなわけではない、ただの一般人だ。

なのに十二時間後程度後になれば江乃死魔と八州連盟の計三百人以上と向き合わなければならない。

勿論梓ちゃんやナハさんという心強い味方がいる。

 

俺が頼めばいつでも梓ちゃんが原木さんを簡単に倒して、すぐに逃げられるだろう。

 

でも、それは最後の手段でいい。

 

俺は先程マキさんに言ったように、この日まで備えてきた。

喧嘩慣れするためにバカみたいに場数を踏んだ。

自分の底を見せない為にリスクが大きいものの一撃必殺の戦い方を身につけた。

原木さんを倒すための予習だって昨日梓ちゃんに手伝ってもらった。

 

自分が未熟で凡才だから、それを常に頭において備えてきたのだ。

一切慢心も楽観もせず、未だ楽しいとは思えない喧嘩を繰り返したのだ。

 

だから、だからこそ凡才で十人並みな俺なりに自信がある。

負けられない、ではない。

負けない、と思える程度には。

 

「良い目してんのな、マジで勝算あるみたいじゃん」

 

納得してくれたらしい。

マキさんはまだどこか心配の色は残しているものの、

それでも俺の意志を尊重してくれた。

 

「まぁ、私にまた喧嘩させてんだ。その程度の自信はないとな」

「ですね。これで俺が原木さんに負けたら腹を裂いて死にますよ」

「冗談でもそういう事いうなっつの、私はまだ寡婦になる予定はねーよ」

 

寡婦って、もう夫婦ですか俺ら。

 

「なんにせよ、だ」

 

こほんと軽く咳払いし、

マキさんは柔らかく微笑みながら俺を見つめた。

 

「さっきの目、辻堂が楽しみにしてた三会を潰しに来た時、私を止めた目つきと同じだったぜ。

 大丈夫だ、この私を止めた男が雑魚共なんかに負けるわけねーよ」

「マキさん・・・・・・」

 

マキさんがストレートに俺を励ましてくれた。

俺はその嬉しさで一瞬胸が熱くなった。

 

「っと、マジで時間やべぇな。

 んじゃ、今日の夜にまたな」

 

それだけ言ってあっという間に姿が離れて行った。

 

本当に言いたいことだけいってこちらの返答などお構いなしである。

そんな我侭で自分勝手な人なのに、俺は彼女に釘付けだった。

 

「うん、マキさんのお墨付きがあるなら負けるはずがないよな!」

 

自分に言い聞かせるように声を出して言った。

大丈夫だ、負けるはずがない。

だってあのマキさんが負けないと言い切ったんだ、だったら負けるはずがないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう長谷君!

 今日は凄くいい天気だね!」

「おはよう。

 まっつん、何か今日はヤケにテンション高くない?」

 

学園に付き、座りなれた自分の席に尻を置き鞄を横の引掛けにぶら下げる。

そして愛さんはまだ来てないかと確認していたら、妙にワクワク顔の彼に挨拶された。

 

「ああヒロシ、こいつウザくてかなわないんだよね。

 こう、お前の方からビシっと言ってやってくれよ」

「長谷君みたいなお人好し系にキツイ事言われたらダメージも一塩タイ」

 

いや、流石にそれは。

 

朝一番にテンション高い人に挨拶されてウザイなどといきなり言えるほど俺は荒んでいない。

だが平戸君やヒデのように何かしらキレる事が俺の来る前にあったのだろう。

 

「あーあ、マジで今日はいい天気だなぁ。

 こういう日は大抵何かあるんだよなぁ。昔悪かった俺にはそういうの分かっちゃうんだよなぁ」

「成程、中々にウザイ」

「だろ? コイツずっっっっっとこんな調子なんだよ」

 

そりゃウンザリするわ。

だが、ウンザリしている二人の反応を見るに肝心の内容まではまだ聞いていないようだった。

それでいてまっつんはそれを話したがっている。

 

時計を確認すればまだホームルームまでは時間に余裕がある。

・・・・・・気は進まないが仕方ない。

 

「・・・・・・まっつん、今日何かあるの?」

「え、やっぱわかっちゃう?

 いやぁ、流石長谷君。君も中々目ざといねぇ!」

 

ウザイ。途轍もなくウザイ。

 

しかもヒデや平戸君はマジで聞きやがったよコイツみたいな顔して撤退しやがった。

友情を確かめ合っていない友人はこうも薄情とは。

一度どっかの土手で殴り合って友好を深めてやろうか。

憎しみだけが増長しそうだが。

 

「そう言えば知っているかな?

 悪って漢字があるよね、アレの語源って単純でさ

 心の上に醜いという意味を持つ亞って漢字を置く。これで悪。

 つまり醜い心がイコール悪という意味になるんだ。

 ははは、これで君はまた一つ賢くなったね。よぅしこの知識を早速拡散しよう、

 今からツイッターやブログで拡散しまくろう。今すぐだ」

「へぇー。すっげーどうでもいー

 それより今日の事だけど」

 

話をそらせなかった。

急造な上にお粗末な話題だったため食いつきが糞以下だ。

諦めるしかないか。

 

「でさでさ、長谷君気づいた?

 今日やたら見かけない不良の姿が多くなかった?」

 

その話題か。

朝からずっとこんなことばかり話してる気がする。

 

「おっはよー。ねぇねぇ長谷君、何の話してるの?」

「うお、急に割り込んでくんなよな」

「うっさいなー。マイがまだ来てなくて暇なんだからいいじゃん」

「いや別にいいけどさ・・・・・・何か長谷君にくっつきすぎじゃない?」

「気のせいだよ」

 

そんな事を言いながら烏丸さんが座っている俺の後ろに立ち、

妙に首に腕を回したりしてくっついてくる。

ただ何というか、下心的なものを彼女から感じない。

単純に父や母に甘える子供みたいなじゃれつき方だ。

 

危ない。

俺がマキさんや梓ちゃんでおっきいオッパイに抵抗力をつけていなければ君は赤ずきんちゃんになっていたぜ。

などとハードボイルドに内心決めるが、我ながら気持ち悪い。

 

「んで、話戻すけど。今日さ、あるらしいんだよ」

「めんどくさい話し方しないでさっさと何があるのか教えてよ」

「お前結構キツイな」

 

俺はというと、既にその話題には一切興味がなかった。

何せ当事者だ。

まっつんよりその話題の全容を把握しているし。

 

「暴走王国ってチームと八州連盟、江乃死魔がどこかで今日ぶつかるんでしょ?」

「あれ、何だ。長谷君知ってたのか。

 あ、そっか。辻堂さんと付き合ってるんだし、知ってて当然か」

「ま、まぁね」

 

自己完結してそう思ってくれていたほうが手間が省けて助かる。

 

だが、一人俺の事情をしっている人が真後ろ。

というかくっついている。

 

「今の話ホントなの?」

「あ、は、はい」

 

結構マジな声色だった。

烏丸さんは俺がショウなのを知っている数少ない人だ。

だから今の話をスルーは出来なかったらしい。

 

「あたし、そんなの聞いてないよ」

「烏丸さんだけじゃなくて、梓ちゃんやナハさん、マキさん以外には誰にも言っていない事だから。

 ほら、心配させると申し訳ないし」

「心配するに決まってるでしょ!」

「お、おい。どしたのいきなり」

 

大声を出した烏丸さんにクラス中の視線が集まる。

まっつんが気を利かせて何でもないよと周りにジェスチャーを送るが、

それでもどうやらクラス全員が聞き耳をたて始めただろう。

 

「本当に、強がりじゃなくて大丈夫なの?

 江乃死魔とかなんとか連盟ってアレでしょ、メチャクチャ人が多い所だよね?」

「まぁ、それなりに。

 うん、でも大丈夫。何せマキさんが一人で千人以上のヤンキーをお遊びテンションで蹴散らすくらいだよ?

 どう考えても負ける要素がない」

「あ、あの人そんなに凄い人だったんだ」

 

実際にはマキさんの助力は望めそうにない。

だがそこまでの内容を烏丸さんに教えようとはしない。

安心させようとしているのに不安を煽る意味もないからだ。

 

それに実の所マキさんの助力がなくとも問題はない。

梓ちゃんやナハさんもそこいらのヤンキーとは一線を画す強さなのだ。

特に梓ちゃんに至ってはマキさんに第二の愛さんになれるかもしれないと目をつけられる程だし。

 

「じゃあ大丈夫かな。あ~、でも不安だな。

 そうだ、今から皆にメール送るね」

「お待ちください」

 

慌てて手を止める。

あのおっかけの人達に今の話が伝わったら多分助勢に来ちゃうはず。

危険には巻き込みたくないし、むしろ少数である方が動きやすいのだ。

 

俺、梓ちゃん、ナハさんの三人ならば万が一でも逃げきれるし

捕まって弱みになる人間もいない。梓ちゃんやナハさんが捕まるはずがない。

一応俺が捕まるかもしれないが、その時はその時だ。

俺を見捨てるように頼んでいるから大丈夫だ。

 

梓ちゃんは断固として断っていたが、しつこく頼み続けて何とか頷きはしないものの拒否もしなくなった。

 

「あのさ、お前ら何の話してんの?」

「何でもないよ。いやぁ、それにしてもいい天気だね」

 

訝しげなまっつんに笑顔を向けて話をごまかす。

 

烏丸さんはというと、俺に携帯を鷲掴みにされて奪い返そうと必死で引っ張っている、

 

「んん~~ッ! 長谷君強く握りすぎだよ!」

「ごめんごめん」

 

連絡しない事だけを約束してもらい、大人しく携帯を手放す。

 

うん。もう放課後まで喧嘩の事は忘れよう。

いい加減この話は飽きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~・・・・・・ショウ」

「っっ!?」

「――――ナンは今日もいい天気だな、大」

「あひん」

「あ、まっつんが気絶した」

 

不意に、後ろから愛さんの声が聞こえた。

一瞬、愛さんにだけ明かしていない暴走王国での俺の名前を呼ばれた気がしたが

多分気のせいだろう。

 

「そう・・・・・・だね」

「ああ。こんな日はショウ―――――」

「・・・・・・」

「――――ガクセイも外でよく遊んでるだろうな」

 

・・・・・・何か、ショウという言葉とその次につながる言葉の間が異様に長い気がする。

偶然か?

 

「おはよ、大」

「おはようございます。

 えと、も、もうすぐホームルーム始まるよ?

 あとまっつんが愛さんの方を見た途端泡吹いて気絶したんだけど、俺の背後からどんな顔をしてるのかな?」

「すごいよ長谷君、あたしも背を向けてるのにさっきから鳥肌がパないの」

 

声凄い柔らかいのだけど、何だろうか。

こう、ホラー系の番組や映画を見た日の夜。

お風呂で目を閉じて髪を洗っている時のような、得体の知れない背後への恐怖を感じる。

 

「どうしたんだショ・・・・・・大。

 挨拶は相手を見てするもんだろ、こっち見ろよ」

 

決まった。

もう愛さん完全に知ってるわこれ。

 

「愛さん、いつでもいいから時間空いたら俺と一緒に屋上来てくれないかな」

「「「「なにぃ!?」」」」

「え、なにこのクラス中の反応」

 

言った俺がびびる。

何故か聞き耳を立てていたクラス中の皆が恐れをなしたように俺を見たのだ。

何故だ、別に変なことを言ったつもりなど―――――

 

いや、言ったわ。

うん、あの稲村最強の番長さんに屋上へ来いなどと、

大胆不敵かつ無謀なことを言うなどと、確かに身の程知らずな事だ。

 

「お、おう。

 別に今からでもいいけど」

「いやいや、流石にホームルームをサボるのは拙いでしょ。

 姉ちゃんにシバかれるよ」

「シバかれるっていうか、長谷先生もう二人の後ろにいるよ?」

「「え?」」

 

俺と愛さんはダブルで振り返る。

するとそこには片眉を上げて地味にお怒りの姉の姿があった。

 

「長谷君はホームルームをサボるのを止めたので許しましょう。

 じゃあ辻堂さん、後で保健室来なさい」

「・・・・・・はい」

 

職員室でなく保健室を選んだあたり、愛さんを晒し者にするつもりはなく純粋にお説教するようだ。

それを理解したからこそ愛さんも大人しく頷いた。

こういう所が俺の好きな部分だったりする。

 

「ま、取り敢えずは時間も来たことだしホームルーム始めるわよ。

 ほら、辻堂さんと烏丸さんは自分の席に座りなさい」

 

言われたとおり大人しく席に戻る愛さんと烏丸さん。

 

「・・・・・・長谷君はその対面でカニみたいな子を保健室に送ってきてくれるかしら」

「はい」

 

俺の目の前にはブクブクと愛さんのプレッシャーにやられてアワ攻撃をしているまっつんの姿が。

こんな置物を俺の目前に置かれても困る。

姉ちゃんに言われた通りお姫様だっこし、教室から出ようとする。

 

すると、また教室中から視線が集まった。

 

「な、なに?」

 

不思議に思い辺りを見渡す。

 

「ヒロが軽くソレを持ち上げた筋力に皆驚いているんだろう」

「あぁ、そういう」

 

横からヴァンが教えてくれた。

確かにひょいと軽く持ち上げたが、そこまで意外だろうか。

もしかして俺ってモヤシだと思われていた?

 

あとソレ扱いされるまっつん可哀想。

 

「ん?」

 

何か、ピリリとした鋭い視線を感じた。

 

誰からだろうと思い視線の方向をたどると、辻堂さんの席にその視線は至った。

何? とアイコンタクトを送る。

すると愛さんは少し笑って早く行けと言う。

 

愛さんの浮かべたその笑みは普段俺に向けているモノと少し違った。

あれは好きとかそういう感情の笑みではなくてどちらかというと――――

 

「長谷君、ほらさっさと行きなさい」

「あ、うん姉ちゃん」

「学園では長谷先生と呼びなさい」

 

姉ちゃんに急かされたので俺は慌てて教室を出た。

 

その足で急いで保健室に向かうことにした。

 

――――愛さんのあの目、ナハさんやマキさん。

そういう人と対峙した時の笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あずにゃんあずにゃん。この下着どうよーマジヤバくない?」

「ヤバイヤバイ、それならトンちゃんの彼氏もマジイチコロじゃん」

 

女子トイレでトンちゃんと二人で下着の話をする。

流石にギャルでも羞恥心くらいはあるので、男子の前で下着を見せたりはしない。

 

で、見せられた下着はというと。

かなりドギツイ。

紫色でスケスケ。

何か大阪のおばちゃんが好きそうなデザインだよねーと一瞬思ったが、

そういうのは言わず、取り敢えず相手に同意したり褒めたりするのが女の会話でコジれないコツである。

 

「でも~、カレってヘタレだから~、下着見せてもビビって手を出してこないかも~」

「えー、そんなトンちゃんの彼氏って奥手なの?」

「うんうん、前もカラオケで二人きりのいい空気になったのに、

 目前で逃げられてさ~」

 

それって脈がないってことでは無いのだろうか。

 

何か色々と深入りするとトンちゃんが傷つきそうな流れになってきたぞ。

 

「でさでさ、あずにゃんも最近カレシできたらしいじゃん?」

「何でそんな事知ってんの。

 まだ誰にも教えてないんだけど」

 

余り色恋沙汰の会話でイジられるのは好きくないので、センパイとの関係は誰にも教えていなかった。

なのだが、何故かトンちゃんは知っているようだ。

 

「だって噂になってるよ~。

 不良やめたり陸上戻ったり、ピアスやめたのも彼氏さんの影響でしょ~?」

「うぐ、確かに露骨すぎたか」

 

ピアスをしなくなったのは陸上部に戻るための条件なのだが、

不良抜けたり陸上に戻ったのはもっと複雑な事情がある。

勿論センパイの影響が最も関係しているけれど、親や状況がそうさせたってのも大きい。

 

とはいえ、それを他人に説明する気も起きない。

取り敢えずは肯定しておく。

 

「まぁ、大まかに言えばそうだけど・・・・・・」

「きゃー! あずにゃん一途!」

「やめてよ。別にあずがセンパイに合わせまくってるわけじゃないし、

 センパイだってあずに影響されて色々と――――ん?」

 

色々となんだ。

そう言えばこちらに合わせてセンパイが変わった部分が閃かない。

 

こちらはセンパイに影響され、実家との関係を改善し

カツアゲをせず、そもそも不良から足を洗った。

今ではただのギャルで陸上部の一美少女梓ちゃんだ。

 

しかし、自分がこれだけ変わったというのにセンパイが変わった点が思い浮かばない。

 

「どしたの、急に真面目な顔になって」

「ん~、ちょっと気になることがあって」

 

首をひねる。

 

そして一分程度考えて答えは出た。

 

「ま、いっか。

 それよりもう休み時間終わるし教室もどろうよ」

「あ~、ほんとだ~。時間ヤバイじゃん~」

 

センパイは変わらなくていいや。

 

付き合って、結婚して、そういう境を期に男の性格が変わる。

もしくは本性が現れると言う話をよく聞く。

その男の本当の性格や姿に幻滅し、別れるなんてのも珍しい事じゃない。

 

つまり、自分は幸運な部類なのだろう。

何せ付き合う前からセンパイにはどこか惹かれていたし、

付き合い始めて、センパイの事をもっと知っても幻滅なんてした事はない。

 

付き合う前から今現在まで好きな人の性格がブレないということは良い事だ。

それが自分の出した考えである。

 

「そういえばさ~、今日登校中に思ったんだけどさ~

 今日不良多くない? 何だか怖いな~」

「へぇ。そうなんだ」

 

理由は知っているがあえて知らないふりをする。

自分は表向き不良をやめた身だ。

なのにやたら不良の動きに詳しいと怪しまれる。

 

実際はセンパイのお手伝いで喧嘩をまだしてはいる。

 

喧嘩をしているからイコール不良になるというのなら、

まだ自分は不良を抜けられていないという事になるだろう。

 

「大丈夫かな~、帰り道怖いなぁ~」

「あ、あはは」

 

結構本気で怯えているらしい。

トンちゃんだけでなく、教室内の大体の人間が不良の気配に気づき怖がっていた。

そのせいか知らないが、今日は警備員を通学路に配置する事になったという話も聞いている。

 

「あずが聞いた話だと、江ノ島付近に不良が集まりだしてるらしいよ。

 だからそっちの方に行かなきゃ大丈夫っしょ」

「え~、なら大丈夫かな~」

 

いや、鵜呑みにして無警戒に下校されても困るのだが。

全員で四百人以上の不良の群れである。

江ノ島に集まる手筈になっているのは確実だが、

言う事を聞かずここいらで悪事を働く不届きものがいないとも限らない。

 

「一応今日はそのカレシと一緒に帰りなよ。

 万が一があって怪我とかしたらバカみたいじゃん」

「そだね~、じゃあ早速メール送っとこ~」

「っと、それより時間時間!

 マジヤバイって!」

 

トンちゃんの手を引いて廊下を走る。

自分だけならば一瞬で教室に戻れるが、トンちゃんのペースに合わせているため速度がでない。

 

そうこうしている内にチャイムがなる。

先生が既に教室にいないことを祈ろう。

 

「ねぇねぇあずにゃん。

 あずにゃんは今日帰り道どうするの~?

 例のカレシさんに迎えに来てもらうの~?」

 

心配そうに聞いてきた。

 

どうにもこういう他人の事なのに本心から心配してくれる人が苦手だ。

苦手なのだが、好きか嫌いかと問われれば好きだけど。

ただペースが崩されてちょっと戸惑ってしまう。

 

「大丈夫だよ。あずは元ヤンだし、

 そこらへんの雑魚に負けるわけないっしょ」

「あはは、あずにゃんカッコイ~」

 

まぁ放課後は部活が終わった後センパイと江ノ島で合流し、

その後江乃死魔と八州連盟がぶつかりあった所に暴走王国が乱入する手筈だ。

 

八州連盟、というか原木って奴は本命は暴走王国狙いなのだろうが

暴走王国は神出鬼没なため特定の場所に現れない。

一応あずや腰越センパイは学園が特定されている為待ち伏せが可能だが

自分も腰越センパイもそんな待ち伏せを振り切って移動できる能力がある。

 

その為暴走王国とやりあうにはショウセンパイに明確に乱入する意思を持たせなければならない。

 

故に八州連盟としては腰越センパイを足止めしつつ、

江乃死魔とやりあって暴走王国を誘い出すつもりだとセンパイは見ている。

 

滑稽なのはセンパイは江乃死魔とやり合おうがやり合わなかろうが八州連盟を敵と見ている点だ。

どちらにせよ八州連盟は今日暴走王国とやり合う事には変わりない。

 

「あずにゃん、どうしたの真面目な顔して~」

「ん? ああ、ちょっと化粧直すの忘れてたんだ」

「あ~、そう言えばアタシもだ~」

 

一つだけセンパイに聞けないし、考えてもわからない事がある。

 

今日の喧嘩。

つまり八州連盟の原木を倒した後はどうするのか。

 

八州連盟の総長である水戸って奴は比較的慎重らしく、

はじめから湘南の治安をここまでイタズラに荒らし、

警察や地主の警戒を煽るつもりはなかったらしい。

 

つまり湘南を荒らした大元は原木だ。

それを今日倒す。

 

その後はどうする?

 

湘南から八州連盟の姿は消え、

今日の騒ぎで警察の目は厳しくなり今年の湘南は不良に優しくは無くなるだろう。

ならばショウセンパイが喧嘩をする理由はなくなる。

 

センパイの目的はあくまでも三大天になる事。

そして恋奈ちゃんと辻堂センパイの決着の邪魔をさせない事にある。

つまり、今日の喧嘩で勝利し、その実績で三大天に名を連ねると同時に外敵を排除することが理想だ。

 

じゃあ三大天になった後どうするのか。

それだけが一切わからない。

 

辻堂センパイと恋奈ちゃんの決着を邪魔させないだけならば三大天になる必要はない。

だというのにどうして三大天になる事を目標としているのかもわからないし、

なってどうしたいのかもわからない。

 

「・・・・・・大丈夫だよね」

「ん~? 何かいった~?」

「何もいってないよ。ほら、到着。

 うげ、やっぱ先生いるし。ついてねー」

 

自分がすべき事はセンパイが何を企んでいるのかを予想することじゃない。

どうすれば今日をセンパイの理想とする形で終わらせられるかだ。

 

センパイは恋奈ちゃんや今日巻き込まれるであろう無関係な一般人を気にしているし

自分やナハが怪我することも望んじゃないない。

だからこそ自分は無傷で江乃死魔も一般人も被害が最小限で済むように本気で挑む事を考えていればいい。

 

センパイが何を企んでいようが、

それが無害な人やセンパイを取り巻く人間に悪影響を与えることは無いだろう。

だからソレは自分が心配する事じゃない。

 

大丈夫だ。

今日は体調もテンションもいい感じ。

久々に本気でやるとしましょうか。

何せ凡才のセンパイが今まで死ぬ気で頑張ったのだ、

天才の自分がここで良い所を見せてポイントアップを狙わないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら。あーん」

「あ、あーん・・・・・・」

 

昼休みの屋上。

俺と愛さんはそこでお弁当を食べていた。

 

細くて綺麗な指で持つ箸につままれた卵焼きを口に含む。

そして口の中に卵焼きだけ残し、箸は再び愛さんの弁当へと戻っていく。

 

「美味しい?」

「美味しいです。出汁が効いてて凄い俺好み」

「そっか。へへ、やったぜ」

 

嬉しそうに微笑む愛さん。

とてもじゃないが、この可愛らしく笑う女性が不良千人がかりでも歯が立たない人間だとは思えない。

 

「んじゃ次はこれだな」

 

そう言いながら自分の弁当箱から茹でたブロッコリーを掴む。

 

さっきから俺にばかり食べさせて、愛さんが何かを食べたりしていない。

申し訳ないので俺の弁当からアスパラのベーコン巻きを掴み愛さんにあーんする。

 

「俺ばかり悪いよ。

 ほら、だから次は俺の番だ」

「う、アタシはいいよ」

「何で? 人の目はないよ」

 

屋上は稲村学園番長、辻堂愛がよくいる所というのが生徒の認識だ。

その為滅多に愛さんや辻堂軍団以外の生徒が寄り付くことはない。

 

「愛さん、その可愛い口を開けて」

「か、可愛いっていうなバカ」

「そういう照れ屋で謙虚な所が可愛いよ」

「うっさい!」

 

ちょっと意地悪しすぎたらしい。

愛さんは日によって俺に対するくっつき甘え具合が違ったりする。

 

何というか、俺が押せばそれに甘えまくってくれる愛さんと

妙に突っ張っていて、押しすぎたら反発でぶっ飛ばされる愛さんだ。

なんでだろうか、愛さんとの記憶が妙におかしいのだ。

 

言い方が悪いのだが性格が似ていて微妙に違う二人の愛さんと付き合ったことがあるような。

 

ともかく今日はおしすぎると反発されちゃう愛さんだった。

 

 

 

 

 

 

 

食事も終わり、互いに腹八分目の満足感に浸りつつ屋上から外を眺める。

 

何か話そうかと思ったが、無理してまで口にするような話題はない。

ぬるま湯のような居心地のいい空気に甘え俺は黙って愛さんの隣で町を見渡す。

 

いや、うそだ。

居心地がよくて、話題がないなんて嘘だ。

 

「・・・・・・愛さん」

「ん?」

 

いい加減、愛さんの優しさに甘えるのはやめよう。

 

「何か、俺に聞きたいことがあるよね」

 

朝の掛け合いで愛さんがショウを知っている事がわかった。

知らないはずがないのだ。

何せ辻堂軍団、いやクミちゃんの情報収集能力はかなり高い。

 

どの段階でショウの事を知っていたのかはわからない。

けれどバレてない筈がない。

 

愛さんとしては絶対に俺に何か言いたいことがあるはず。

 

「ん~、聞きたい事か」

 

愛さんは考えるように青空を見た。

 

聞きたい事だけじゃない。

むしろ責めたい事だってあっても仕方ない。

 

俺は過去に何度も愛さんの喧嘩に対する姿勢で喧嘩をした。

それが発端で一度は別れもした。

だからこそ責められないはずがない。

 

あれだけ愛さんに喧嘩の事で責めたにも関わらず、今現在俺が喧嘩をしているのだ。

 

・・・・・・申し訳ない。だが言い訳はない。

俺は素直に頭を下げて詫びるべきだ。

 

「特にねーな」

「は?」

「んだよ。無いって言ったの」

 

そんな馬鹿な。

 

「いや、え。マジで?」

「何だよその意外って反応」

 

実際に意外なんですもの。

 

俺がショウだという事は愛さんも知っているだろう。

ただ、そのショウがこっちの時間軸で喧嘩しまくっている事を知って何も言わないとは思ってもみなかった。

 

「愛さん。俺はショウです」

「知ってる」

 

至極あっさりと言われる。

 

「愛さん、ショウは一ヶ月以上前から毎日といって良い程喧嘩しています」

「知ってるってば」

 

やはり無反応。

愛さんの声から興味というものが感じられない。

 

「・・・・・・なんで何も聞かないの?」

「何を聞くんだよ」

「ほら、何で喧嘩してるとか。アタシに喧嘩の事で文句言っておいて自分もしてんじゃねーか!

 とかさ」

「はは、なんだそりゃ。アタシの真似か?」

 

俺のちっとも似ていないモノマネに愛さんは軽く笑う。

 

しかし、俺が真面目な話をしている事を理解しているらしくすぐに口を閉じた。

多分、俺の質問に困っているのだろう。

 

「あのな、大。

 もう一度言うけどアタシからお前に聞くことはない」

 

何故だと、また質問しそうになる。

だが愛さんはそんな俺の反応を読んで先に口を開いた。

 

「前に言っただろ。

 頑張れ、力が必要ならアタシを頼れって」

「う、うん」

 

確かに言われた。

 

「喧嘩が嫌いなお前が喧嘩をするって事は、相応の理由があるんだろうし

 未だアタシを頼らないって事は順調に行っているんだろ。

 じゃあ心配もしてないし聞くこともねーよ」

 

俺の事を信頼してくれている。

それがわかる言葉だった。

 

俺が悪意を持って喧嘩しているわけではないと信じそれに介入せず、

俺の意志を尊重してくれている事がわかる。

 

「ありがとう、愛さん」

「何もしてねーのに礼を言われてもな」

 

俺は愛さんに頭を下げた。

 

「隠しごとばかりしてゴメン。

 本当にごめんなさい」

 

申し訳ない気持ちで胸がいっぱいだった。

 

愛さんや恋奈のためとか、俺にとって特別な三大天の関係を誰かに乱されたくないとか

そんな事のために俺は一ヶ月バカみたいに喧嘩やトレーニングを続けてきた。

そのせいで未だ体中に生傷は絶えないし、過去に殴られた所が酷く痛む。

 

多分、そろそろ身体も限界だろう。

いつ痛みで意思が折れてもおかしくない。

それぐらいに毎度毎度喧嘩で痛い思いをしている。

 

筋肉痛や打撲による痛みに耐えながらベッドで眠り。

目が覚めて学校が終われば新しい打撲を受けたり筋肉痛を悪化させ続けている。

いい加減にもう肉体だけでなく精神の限界が近かった。

 

「愛さん。本当にごめん」

 

はっきり言えば、口にしたかったのだ。

 

君のためにこんなに頑張っているんだぞと。

子供のように努力したことを評価してもらい、褒められたいのだ。

 

だが、俺のしていることは突き詰めればただの暴力。

そんな事に正当性もないし、誇れる事でもない。

何より、格好悪い。

 

とどのつまり、俺がここまでやってきたのは

 

愛さんや恋奈。皆に格好をつけたかったからだ。

 

その我侭な自分を恥じ入る。

余りのみっともなさに泣きそうになる。

 

「頭上げろ」

 

愛さんは俺の肩を掴み、痛くしないように優しく力を入れた。

それに俺は逆らわず、大人しく顔を上げる。

 

そこで俺の情けない顔を愛さんは直視した。

 

その顔を見た愛さんは、やはり表情を崩さず穏やかなままだった。

 

優しく笑いながら俺の肩に当てた手を俺の頭に置く。

 

「お前はよく頑張ってるよ」

「――――――ッ!」

 

そう言って、愛さんは頑張った子供を褒めるように俺の頭を撫でた。

 

「服の上からでもわかる。

 お前、かなり怪我してるだろ。もう歩き方にも影響出てる」

 

俺は痛みをごまかすように歩いているのだろう。

以前から友人にも言われていた。

歩き方が変だと。

 

「大がそういうムチャをするのは決まって誰かの為に頑張ってる時だけだ。

 ・・・・・・その誰かがアタシなのかは知らない。

 だけどアタシだろうがそうじゃなかろうが、その誰かの代理で言ってやるよ」

 

ガシガシと、少し乱暴な手つきで俺を撫でながら言う。

 

「ありがとな、大」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テメェが皆殺しか」

「あぁ? 誰だお前」

「へへっ、マジでこいつっぽいな。

 あの噂の皆殺しがこんな乳デケーかわいこちゃんとはな。

 もっとゴリラみたいなのを想像してたぜ」

 

放課後、大が指定した時間まで学園内で時間を潰し

予定通りの時刻になってから学園を出ると、数分歩き人通りが多くなってきたところで絡まれた。

 

それも一人や二人ではない。

人通りの5割以上がヤンキーだろう。

 

そいつらがぞろぞろと私を取り囲み始め、気色悪い笑いを浮かべ始めた。

 

「マジでこの子に百人も必要なのか?

 俺ひとりでもいけそうだけど」

「おい馬鹿、勝手な事はやめろ」

「へへ、我慢できねーや。

 そのオッパイ揉ませろや」

 

他のやつと比べて格段に気色悪い馬鹿が一人でこちらに飛びかかってきた。

 

ダイの奴もよく私に飛びかかってきて、その度に受け止めてやってたけれどコイツは問題外だ。

同じ空気を吸っているのかと思うだけで気分が悪い。

 

「うざい」

「ぎゃああああああああああああ!?」

 

軽く殴っただけで吹き飛んでいった。

雑魚なのはわかっていたが、ここまで貧弱だとは。

 

前にダイとやりあった時、ダイの奴はこの程度軽く耐えていたのだが。

 

「馬鹿が、先走りやがって・・・・・・っ!」

「噂通りメチャクチャな女だなオイ!」

 

雑魚が一人吹き飛んだとたんに、目つきを変える不良ども。

 

「お、おい! バラけるぞ!」

 

一人が指示を出すとともに百人はいたヤンキー共が私に背を向けて走り出した。

 

完全にダイの読んだ通りの展開だ。

今からコイツ等はこの江ノ島で暴れまわったり、人質をとったりして私を引き付けるつもりなのだろう。

私一人の喧嘩なら正直他人が巻き込まれようとどうでもいいのだが・・・・・・

 

「そういうワケにもいかないわな」

 

一応私も暴走王国に身を置いている。

となればある程度総長の顔を立ててやるのも良いだろう。

 

とはいえ流石にバラバラに逃げる百人をおうのは手間だ。

やはりダイの方には間に合いそうにないと思った時

 

「腰越ー! 援護しに来たシ!」

「・・・・・・こっちも読み通りか」

 

予想通り江乃死魔百人の奴らがゾロゾロとこちらによってきた。

 

「ってあれ、八州連盟の奴らは?」

「もうバラけたよ。ほれ、あそこで通行人襲ってる」

「うぎゃー! 遅れすぎたシ!」

 

私が見た方向では、小学生のガキを捕まえこちらを睨む馬鹿一人の姿。

 

「腰越ぇ! このガキ怪我させたくなきゃ大人しくしやがれ!」

「ひ、ひぃ!」

 

ガキの首元にナイフを突きつけ、血走った目でこちらを睨んでくる。

そのくせ口元は気色悪いことに笑みを浮かべており、生理的に嫌悪感をわかせる。

 

ガキはというと突然の命の危機に顔を引きつらせ、涙ぐんでいる。

一応叫ぶとよりヤバイことになるのは無意識に理解したのだろう。

 

「ど、どうするシ?」

「あぁ? 何がだよ」

「アイツ、このまま時間稼ぎするつもりだシ。

 でもこのままじゃ江ノ島が」

 

ああ、そういう事ね。

 

後ろを見れば情けないことに、小さいのが引き連れてきた百人の手下が揃いも揃ってオタついている。

情けない。

こんなのじゃ戦力にもならない。

 

助勢に期待することをやめ、私は一歩前に踏み出す。

 

「お、オイテメェ! 話聞いてなかったのかよ!」

「話? 何の事だ」

 

必死な相手の顔を笑いながら眺め、更に前に進む。

 

「それ以上近づくとこのガキ切り刻むぜ」

「あ、やめて・・・・・・助けて・・・・・・」

 

ボルテージが上がる馬鹿と、本格的に泣きが入るガキ。

 

「こ、腰越! マジであの子供危ないから一端止まるシ!」

「うっせぇな。お前だってあのガキと同じくらいに見えるぜ」

「それは今関係ないシ!」

 

うっせーな。

 

何にせよ、こういう時は相手の言う通りにした奴が負けだ。

 

「おいお前。言葉が違うんじゃねーのか?」

 

ゆっくりと近づきながら口を開く。

同時にプレッシャーを強めていく。

 

「ひ、な、何がだよ!」

 

威圧されたとたん引け腰になった。

まぁ、大体の奴はこんなもんだろう。

人質をとった手前もう少しメンタルの強さを覚悟していたのだが。

 

「そのガキを人質にとったから動くな、じゃない。

 お前のセリフは――――――」

 

そこまで言って、一歩だけ少し本気を出して踏み込む。

 

その一歩でガキを人質にとった不良の背面に回り込んだ。

全く私のスピードを捉えられなかったらしく、不良は突如消えた私の姿を探し出した。

 

「このガキを無傷で逃がすので、見逃してください。

 だろうが」

「え? わあああああああああ!?」

 

隙だらけの背後から襟を掴み、右手で持ち上げる。

そのついでに手に持っていたガキを引き離し、左手で江乃死魔の奴らの方にぶん投げる。

 

顔も知らない江乃死魔の奴が無事そのガキをキャッチした事を確認し、

不良に向き直った。

 

「ば、化物かよ!?」

 

手に持ったナイフで私を刺そうとしてきたが、ナイフを握る手を殴り、

拳を砕いた。

 

「ぐおあああああ! 手が!」

「雑魚が、手間かけさせんな」

 

力なくぐしゃぐしゃになった手を見て泣け叫ぶ不良の姿が酷く情けない。

ガキを人質にとったり、人を刺そうとしておいてこのザマか。

 

興味を失った私はコイツの鳩尾に空いた左手を叩き込み、一撃で失神させる。

 

「ぱ、ぱねぇシ・・・・・・」

 

呆然とした顔で私を見る江乃死魔の奴ら。

 

「ああ、お前らはもういいや。

 役に立ちそうにないしもう帰れよ、邪魔」

 

今のではっきりした。

コイツ等は戦力にならない。

 

逃げるだけの奴らなら大丈夫だろうが、人質を取られるともうだめだ。

 

だったら使い道はない。

 

「そういう訳にもいかないシ。

 何かアタシらでも手伝えることは・・・・・・」

 

まぁ、地元を荒らされていい気はしないのだろう。

こいつらからやる気は感じられる。

やる気があっても役立たずなのだが。

 

「じゃあ弁天橋を押さえろ。

 ここから一人も入れるな出すな」

 

一番困るのはこれ以上雑魚どもが増えたり、散らばられる事だ。

それを防ぐことができるのなら一応ありがたい。

 

「了解したシ。一応あたしらもアイツら追いかけても良い?」

「別にお前らがあの雑魚共とやりあってもいいが

 私が邪魔だと思ったら一緒にぶっ飛ばすぜ」

「せめて敵味方の区別付けて欲しいシ・・・・・・」

「皆殺しに何を求めてんだよ」

 

ぶつくさと言いながらちっこいのは舎弟どもを連れて弁天橋の方に向かっていった。

 

そのまま数割を橋に置き、残りを散らばった雑魚の確保に向かわせるのだろう。

邪魔にならないと良いけれど。

 

何にせよ時間がかかりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタが原木ね。

 随分と私の縄張りで好き勝手してくれたじゃないの」

「へぇ。そういうアンタは片瀬のお嬢さんか。

 お嬢さんの戯れにしちゃちと周囲に迷惑かけすぎじゃねぇのか?」

 

そう言いながら原木は周囲を見渡す。

 

見渡せば目に入る不良不良不良。

その数、江乃死魔と連盟合わせて四百人を超えている。

 

「迷惑? 馬鹿じゃない。

 ヤンキーが他人に迷惑かけてなにがおかしいのよ」

 

彼らが集まっている場所は砂浜の一角。

 

ただ、7月中旬のこの時期は夜であろうと人の姿は多い。

そこに突然集まった四百人。

何事かと野次馬も集まりだしている。

 

「俺はヤンキーじゃないから気になるなぁ。

 大人として忠告しておくけど、こういう他人に迷惑かける行為は感心しないぜ」

「あら。ダメな大人の忠告なんて価値があるのかしら」

 

口では圧倒的に恋奈が有利だった。

 

互いに二百人の舎弟を後ろに置き、最前線でメンチを切り合う。

ただ互いの顔は対照的で、恋奈が依然として余裕を持っているのに対して

原木は今の言葉に心底イラついたような顔をする。

 

「・・・・・・このクソガキ」

「ええ、権力を物を言わせて警察すら今は来ないように細工しているクソガキよ私は。

 知性を感じられない見た目してるけど、少しは的確な事を言えるのね」

 

徐々に原木がキレ始める。

 

肩は僅かに震わせ、今にも殴りかかりそうな雰囲気だ。

それは恋奈も重々に理解していて、口で罵倒をしながらも常に警戒をしている。

 

「お嬢ちゃん。アンタに用はねえ、人に見せられないツラにされる前に失せな」

 

実際に原木からすれば江乃死魔に用はない

一応暴走王国を釣る餌としては極上だが、釣れたのならそのまま消えて欲しい存在である。

 

「暴力的かつ非現実的な発言ばかりで言葉に知性を感じられないわね。

 人というよりは猿よりかしら」

「テメェ・・・・・・言わせておけば調子に乗りやがって」

 

辛辣な恋奈の態度に原木はついに切れる。

 

「おっと、恋奈様。そろそろ来そうだっての!」

「わかってるわ。

 私は前線で指揮を取る、ティアラは私の横で護衛して」

「あいよ!」

「テメェみたいなゴリラの肌なんてズタズタにしても何の楽しさもなさそうだな」

 

互いに構える。

 

恋奈や原木の背後にいる舎弟達もリーダーの姿勢を確認し、いつでも走り出せる。

このまま間もなく四百人による大乱闘が始まると予想したその時、

少し離れた所からその集団に歩み寄る人の姿があった。

 

「へっ、やっと来やがったか」

 

獲物が引っかかった。

原木はその人影、暴走王国総長ショウの姿をみて舌なめずりをする。

 

「・・・・・・ちっ、大人しく腰越の援護に向かってればいいものを」

 

恋奈は原木とは対照的に、本当に困ったような顔をする。

 

江乃死魔が連盟とぶつかれば必ず現れると予想はしていた。

だがそれでも理想としてはここでぶつかり合いたくはなかったのだ。

 

ショウと梓、我那覇は数百人の人の姿に一切動じることもなく

威風堂々と歩み恋奈と原木の中間地点に立つ。

まるでここを制するのは自分だと言わんばかりの行動だった。

 

「会いたかったぜ、この邪魔野郎。

 人の計画を散々邪魔してくれやがって」

 

恋奈に向ける敵意ある顔よりも更に凶悪な、

狂気の混じった目で原木はショウを睨みつける。

 

しかしショウは僅かに顔を原木に向ける程度で、それ以外の反応はない。

そもそも首を動かしただけで、目線を原木に向けているのかどうかすらマスクのせいで定かではない。

むしろその物怖じせずミステリアスな雰囲気に威嚇をした原木の方が呑まれる。

 

「計画って、ただの組織だったカツアゲっしょ。

 やることが随分とみみっちぃというか」

「テメェが言うな」

 

梓の一言は恋奈が一蹴する。

 

「・・・・・・いや、あずはやってないってば」

「別のアンタは私を裏切ってこのクズと同じことやってたけどね」

「ぐぅ、自分はやってないのに別の自分がしたせいで責められるって新鮮で最悪っす」

 

実の所こちらの梓も大との接点が薄ければ同じことをしていただろう事も本人は自覚している。

その為恋奈の言葉に反論はできない。

 

「・・・・・・」

 

ショウは原木の方から顔をそらし、次に恋奈を見る。

 

それだけの、至ってシンプルな動作ですら周囲には警戒を抱かせる。

そうさせるだけの武勇伝をこれまでに作っているし、

そうさせるだけの異様な魅力があるのだ。

 

「何よ。原木じゃなくて私に挑みかかるつもりかしら」

「・・・・・・」

 

恋奈は半目でショウを睨む。

対してショウはその恋奈の視線に対してはリアクションを見せた。

 

軽く首を横に振ったのである。

 

「ふん。じゃあ私と共同でこいつらを蹴散らしたいってわけね。

 ま、まぁアンタが私の言う事を聞くってのなら考えてあげなくも」

「勘違いするな。

 先にコイツ等与太者を始末し、次に汝らを狙うという意味であろう」

「ちょ、ナハ!」

 

我那覇の言ったことは本当のことである。

 

ショウは江乃死魔の仲間になるつもりはない。

ただ倒す優先順位が江乃死魔よりも八州連盟の方が先なだけである。

 

ただ梓としては江乃死魔に敵対することはあまり好ましくない。

 

「おいおい、俺っちよりデカイ女なんて初めて見たっての・・・・・・何か仲良く出来そうな気が」

「む、我と見合う体格の者は久々に見る。我少し気が高ぶる」

「いや、何あんたシンパシー感じてんのよ」

 

暴走王国は相変わらずのマイペースさで恋奈の敵意を薄れさせる。

しかし、ショウは依然として一言も喋らず周囲を見渡している。

 

「おい・・・・・・何俺を無視してくれてるわけ?」

 

ほとんど暴走王国や江乃死魔に無視されていた原木達は憤る。

 

「だってアンタ達なんて邪魔なだけで興味はないもの。

 ほら、今から消えるのなら痛い事はしないわよ?」

 

先程原木が言ったことを言い返す。

 

それに速攻反応した原木は――――

 

「調子にのるのもいい加減にしとけや」

「うわっ―――――」

 

何の予備動作もなく恋奈に襲いかかった。

 

先程暴走王国と私的な会話をしたのが不味かったのだろう。

恋奈の反応が僅かに遅れる。

 

原木としては開戦の一撃のつもりであり、不意を付くため威力よりも速度を重視している。

そのため必殺の手刀ではなく、ただのシンプルな打撃。

それを不意打ちで恋奈に叩き込もうとした瞬間

 

恋奈の前にショウが立ちふさがった。

 

「うおっと!?」

 

原木は恋奈の顔を狙うつもりだった。

その為打点は低い。

 

つまり原木の拳はショウの胸に直撃する。

 

叩き落とすわけでもない、防御するわけでもない。

ショウは自身の胸でノーガードで原木の打撃を受け止めた。

 

「いっっっってぇ!」

 

痛がったのは何故か殴った原木の方だった。

 

鉄を殴ったかのような反動に驚き、拳を抱えて即座に下がる。

 

「礼は言わないわ、アンタも私に恩を作るためにした訳じゃないでしょうし」

「・・・・・・」

 

頷くショウ。

 

「センパイ、今のでアッチもヒートアップしたみたいっす。

 そろそろ来そうだよ」

「恋奈様、俺っち達も作戦通り陣形組むっての!」

 

原木が八州連盟の陣形の中に消えたのを確認し、恋奈とショウも僅かに下がる。

二人共事前に仲間には陣形や立ち回りを指示している。

後は誰が最も展開を予想し、把握し、上回るか。

 

恋奈が引いたのを確認したショウは後ろで控える梓と我那覇の傍に戻る。

 

「総長、敵を庇うのはどうかと思うが」

「・・・・・・」

 

我那覇はショウが恋奈を庇い、無駄にダメージを負ったことを軽く諌める。

しかしその声に責める質のものはなく、軽い忠告のようなものである。

 

「かってーなナハは。いいじゃん、あずとしては恋奈ちゃん怪我しなくて良かったし」

「敵が怪我をすることはむしろ願ったりでしょう」

「はいはい。んじゃその敵を怪我させるとしましょうか」

 

梓と我那覇は徐々に動き始めた江乃死魔と連盟の姿を見る。

 

三つ巴だけあって狙いがまばらだ。

 

しかしショウの目論見通りやはり江乃死魔も八州連盟も暴走王国を余り眼中においていない。

何せ三人のチームだ。

最大のタンコブである腰越マキは現在江ノ島に釘付けにしている為、過剰に警戒する必要はない。

 

それが八州連盟、原木の作戦だ。

江乃死魔を消したあとゆっくりとショウを嬲ればいい。

そういう指示を出している。

 

「行くぞテメェら!」

『おおおぉぉぉぉぉぉぉ!』

 

離れたところから恋奈の鼓舞が響き、二百人の声が響く。

 

「流石恋奈ちゃん。相変わらず統率とれてますね」

 

梓は苦笑いしながら江乃死魔の方を見た。

 

「それに比べてあっちは烏合の衆か」

 

我那覇呆れ顔で八州連盟を見た。

 

一応のリーダーである原木自身にカリスマはない。

しかもこっちの砂浜に集まった二百人は元々水戸についている兵だ。

故にリーダーが原木では一切の統率が取れない。

 

原木に従う兵は汚い手段を取るため、江ノ島で腰越マキを相手せざるを得なかったのだ。

 

「けど、喧嘩屋もちらほらいるね。

 これはちょっと江乃死魔の分が悪いかも」

 

統率が取れない代わりに八州連盟には不良だけでなく喧嘩屋も十人以上いた。

彼らは喧嘩を生業にしている為、そこいらの不良では相手にならない程強い。

 

恋奈が上手く対処しなければ自力の差で不良しかいない江乃死魔が不利だろう。

 

「ご冗談を。センパイがあやつ等を相手するのです、

 ならば江乃死魔の与太者共が負ける筈もありますまい」

 

梓は江乃死魔を一切相手せず、八州連盟の喧嘩屋を狙うことを予定している。

 

よって、この三つ巴において最も不利なのはどちらか

それは暴走王国だけが知っていた。

 

少なくとも梓とまともに勝負できる人間はこの二百人の八州連盟の一端だけでなく

残りの千人以上の本隊にも存在しない。

水戸ですら勝負になるかどうかも怪しいだろう。

まともにやりあって梓に勝てる者などこの場には一人もいないのだ。

 

「それじゃあセンパイ。ヤバくなったら言ってくださいね。

 ナハもしっかりやれよ」

「お任せ下さい」

「・・・・・・」

 

梓は少し心配げな顔をしたあと、八州連盟の方を見る。

我那覇は梓とは別に、江乃死魔の方を睨む。

 

そしてショウは真っ直ぐ、八州連盟の軍隊の奥に隠れた原木の姿を睨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。
更新おくれて申し訳ないです。せめて遅れたぶんを取り返そうと急いで書いたら二話分の長さになりました、二重にすいません。

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