辻堂さん達のカーニバルロード   作:ららばい

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14話:それぞれのミーティング

「おいおい原木、もうお前に付いてくる舎弟も数える程度しかいないみたいじゃないか」

「・・・・・・嫌味言いに来たのかよ」

「いいや、そういうつもりは無いさ。

 ただ、同じ八州連盟の仲だ。

 そりゃ知っとかなきゃいけない事もあるだろう、色々とね」

 

大と恋奈がデートをしたその同日の夕方。

湘南の人気ないショッピングモールで二人の姿があった。

 

片方は茨城最強と言われる喧嘩屋、原木。

その手刀鋭さは真剣に匹敵すると言われ、その凶器にも等しい武器を人に向ける事にも一切の躊躇いがない。

むしろ人をズタズタにする事に楽しみを見出している人格破綻者。

 

その原木に対し、水戸は余裕の態度で前に立ちふさがっていた。

 

「どうにも俺の方針は消極的って吹聴されてるようでさ、

 お前のような喧嘩狂い、もしくは金に執着するゴロツキ崩れは俺に全然ついてこない。

 お陰でもう少しでまとまる八州連盟が俺とお前の二分割だ」

 

皮肉げに笑い、水戸は原木に歩み寄る。

 

「水戸さん、アンタ何がいいたいんだ」

 

水戸と原木。

互いに別の県で最強とされる男だ。

だが、二人の間には圧倒的な格差があった。

それは喧嘩の実力、そして人望。

 

「言いたい事、ね。じゃあ早速聴いてみるとしよう。

 原木、お前三百人の舎弟はどうしたんだ?」

「・・・・・・その話かよ」

 

水戸の問いに舌打ちをし、目をそらす原木。

わかりやすいその態度に水戸は鼻で笑う。

 

「あらら、みんなやられちゃったか。

 相手は誰だ? 江乃死魔か、それとも皆殺し、まさか喧嘩狼か?」

 

いけしゃあしゃあと尋ねる。

原木はその態度で気付いた。

水戸は原木が誰にここまで押されているのか。

全てを知った上で皮肉を言いに来たのだと理解した。

 

「暴走王国、あのウザったいチームだ・・・・・・アンタも聞いてんじゃねぇのかよ」

「暴走王国ね。あぁ、噂は聞いているよ。

 確かマスクつけた男が総長で、三人のバカみたいに強い女共がついているチームだろ」

「あ、ああ」

 

既に暴走王国は他県の不良にも注目され始めていた。

 

素性不明、そして実力も底がしれないショウ。

水戸に迫る実力を持つ我那覇。

圧倒的なまでの実力で喧嘩屋すら圧倒する梓。

元三大天、一人で千人すら余裕で蹴散らす腰越マキ。

 

メンバーの異様な濃さは湘南でも最大のチームだった。

 

「それでどうするつもりだ?

 八州連盟は全員で二千人近く。お前に付いて行く奴らはまとまりもなく、

 秩序も守れないチンピラ四百人。もう百人しかいないじゃないか」

 

原木と水戸は八州連盟の総長の座を争う仲だった。

ただ、人望も実力も劣る原木が水戸に対してまっとうに争ってはいない。

 

「ぐ、どうするもこうするも

 アンタ、今更俺達を取り込んではくれないだろう」

「当たり前だろう。散々湘南を荒らして俺達慎重派の邪魔をしてくれたんだ、

 やばくなったから仲間に戻してくれなんてムシのいい話が通じる筈がない」

 

原木は金を稼ぐために、慎重派として湘南を攻めるのにスローペースな水戸を利用した。

水戸は基本的にカツアゲもせず、シンプルに武力と策謀で湘南を制覇する事を決めている。

だが、その江乃死魔に似た規則に反発するものはいた。

 

何せ二千近い不良の軍だ。

中には暴力を振るいたいだけの暴れん坊、一般人から金をせしめたいだけの外道もたくさんいる。

原木自身もその質の人間であり、

同種の人間を水戸の許可無く纏め上げ、八州連盟を事実上二分割した。

 

そしてゴロツキを集めた原木は先走り、湘南でカツアゲや喧嘩を煽動し、

それを妨害する暴走王国に現在壊滅させられかかっている現状がある。

 

「じゃ、じゃあ俺たちを見捨てるのかよ!」

 

都合のいいことを言う原木に水戸はピクリと片眉を上げた。

 

「甘えたことを言ってんじゃねぇぞ。

 纏まりかけた連盟を乱したお前が今更言えるセリフか?」

 

滅多に見せない、水戸の怒る顔に原木は驚く。

 

ただ感情に任せ激怒し、喚くのではなく

冷静に怒り、相手を糾弾するその質である水戸の怒り方。

原木は言い返す言葉すらない。

 

「残り千六百の連盟員にはお前らに力を貸さないように指示してある。

 暴走王国に襲われたくなけりゃさっさと湘南から尻尾巻いて逃げるのが得策だと思うぜ」

 

既に原木には威厳すらない。

求心力皆無となった彼に付いてくるものはこれ以上増えることはないだろう。

 

つまり最初から彼に付き、今現在まで残っている百の部下だけが彼の最後の戦力となる。

これではマキは愚か梓にすら一人で容易く壊滅させられる数。

勝ち目などない。

 

「くそっ、アイツ等さえいなけりゃ!」

「・・・・・・自分が失敗した理由を相手に押し付けている限りお前に勝機はないな。

 話は終わりだ、じゃあな」

「ま、待ってくれ! せめて百人だけでも俺に回してくれないか!」

「ふざけるなよ。俺に付いてくてくれた部下や仲間を泥船に乗せられるか」

 

はっきりと切り捨て、水戸は話は終わりと原木に背を向けた。

 

「くそ! アイツ等、ただじゃおかねぇ・・・・・・ッ」

 

怨嗟の声を発する原木。

 

水戸はそのセリフを聞いてあきれ果てた。

反省がない、それどころか復讐を企んでいそうだ。

 

その場を立ち去りながら水戸は携帯を取り出し、とある人間に連絡をする。

 

「やれやれ、大人しく逃げれば部下も本人も痛い目みずに済むのに。

 どうして無駄に被害を拡大させようとするかね」

 

手帳欄の長谷大にカーソルを合わせ、決定する。

 

間もなくなり出すコール音。

それが四度鳴り、発信先である大の応答が耳に入った。

 

相変わらず聞いてほっとする声だ、と水戸は思う。

 

「やあ長谷君。今時間ある?

 ちょっとばっかり君に耳寄りな情報があるんだけど」

 

先程原木に向けていた敵意すらある顔つきから一変、

カノジョや親友に向けるような柔らかな笑みを浮かべながら水戸は大と出会う約束をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで結局その原木さんに助勢あげちゃうんだ。

 お人好し過ぎるんじゃないかとボカァ思うわけですよ」

「君はそのセリフを鏡に向かって言ってみるといいよ」

「はは、何の事かわからないね。

 あ、このコーヒー美味しい」

「想像以上にメンタルが図太い事で」

 

電話があったその日、俺達は顔を合わせた。

場所はファミレス。

この話が終わったあとは日課の我那覇さん、梓ちゃん達とのトレーニングだ。

 

「それでだ、一応二百人は原木に送る事になった。

 それに調子づいてアイツはすぐにでも君たち暴走王国にリベンジ仕掛けてくるだろうね」

「じゃあ送らないでくださいよ」

 

申し訳なさそうに水戸さんは目を伏せ、注文したローストコーヒーを一口飲む。

 

「そうもいかないだろう。これでも俺はリーダーだ。

 従わない上に足を引っ張ってるとはいえ、助けを求められちゃ簡単に見捨てられない。

 最後のチャンスをくれてやる程度の懐の深さは見せなきゃならない立場なんだよ」

 

それがお人好しというのだけれど。

水戸さんの言うように原木さんとやらが先に裏切ったのだから、

その人を見捨てたところで水戸さんを責める人間は少ないだろう。

 

だというのに水戸さんは全力の援助ではないにしろ、二百人という破格の助勢を与えようとしている。

 

「手を貸すのは明日のみ。

 原木が余計な野心を持って変なマネをしないように明日一日だけのレンタルだ。

 つまり、原木が動くとしたら確実にその日って事になる」

「それはまた突然ですね。

 いきなり過ぎて俺も現実味がない」

 

いきなり明日三百人の不良や喧嘩屋に襲われると宣言されて、

あっさりと頷けるほど俺は平和ボケを忘れてはいない。

 

「まぁ、でも問題はないだろう。

 何せ君のチームには一人で千五百人近く蹴散らす皆殺しがいるんだ」

 

確かに、マキさんさえいれば万が一も無いだろう。

そしてマキさんは俺が頼めば恐らく力を貸してくれる。

いや、それどころか梓ちゃんと我那覇さんの二人でもいい線行くかもしれない。

梓ちゃんのうたれ弱さを俺と我那覇さんが補えさえすれば希望はある。

 

ただ、俺は明日あるであろう喧嘩がそんなシンプルに行くとは思えない。

 

「・・・・・・多分、江乃死魔が乱入してきますね」

「ああ、そういえば噂で聞いたよ。

 片瀬のお嬢さんに面と向かって敵対表明されたんだって?」

 

頷く。

 

三百人も集まって喧嘩が始まるとなると、途轍もなく目立つ。

多分集まっている最中に嗅ぎつけられるだろう。

 

となれば確実に江乃死魔が動く。

暴走王国と湘南にちょっかいをかけている原木さん率いる八州連盟の一端をまとめて蹴散らそうとするだろう。

つまり三つ巴。

 

「何にせよ、問題はないんじゃないのかい?

 江乃死魔が加わって三つ巴になったところで皆殺しに勝てる戦力には至らないと思うけど」

「確かに、例え原木達と江乃死魔が手を組んだところでまだマキさんを倒せる戦力には遠く及ばない。

 だけど、恋奈の性格上原木さんに手を貸すとも思えない。

 つまり本当に三極に別れた喧嘩になるって事ですね」

「そうなるわな。で、君はどう立ち回るのかな」

 

俺の返答を楽しそうに待つ水戸さん。

 

「そうですね、水戸さん。明日助勢させる人達はどう動くのかもう指示しているんですか?」

「ん? あぁ、カツアゲ禁止は当然としてできる限り一般人へ危害を加えることは避けろと伝えてあるくらいだ」

 

つまり、水戸さんの命令があれば明日のどのタイミングでも原木さんを見捨てて

撤退させる事もできるアクセントが見られる。

 

「水戸さん、俺はできるだけ江乃死魔にも、

 水戸さんに付いている八州連盟の人も怪我をさせたくない」

「俺だって自分の部下を原木になんて預けたくはないな。

 どう見ても玉砕する奴の顔をしてやがったしアイツ」

 

安心した。

つまり俺達は意気投合している。

それは話し合う余地があるという事だ。

 

「じゃあ水戸さん、原木さんの動きを俺に教えてくれませんか?

 実の所、水戸さんは明日の原木さんの動向を知っているんでしょ」

 

まさか、何の策もない人間に二百人の部下を与えるはずもない。

確実に水戸さんは原木さんから作戦を確認した上で部下を送ったはずなのだ。

 

「はは、君は時々妙に鋭いね。

 でもまぁ、俺もそれを教えるために連絡したんだ」

 

俺の言葉に少し感心してくれたらしい。

少しワクワクしたような顔で俺に説明する姿勢を作ってくれた。

 

「それじゃあ話すよ、明日は――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――以上の手筈で明日は動くわよ」

「了解だっての」

「「ういっす!」」

 

大と別れた後、私はすぐに江乃死魔の拠点に向かい緊急招集をかけた。

 

緊急なため集まった人間は三百程度。

二百以上が集まらなかった。

だがそれも仕方ない、何せ武力で従わせた奴らだ。

ショウのおっかけのように呼ばれずとも自主的に付いてくるような奴らは数えれる程度しかいない。

 

「でも何でわざわざ二分割して配置するの?

 相手は暴走王国と百人足らずの八州連盟の一部なんだから三百人全員でかかったほうが確実だシ」

「おバカ。原木が勝手に独立してやっていたとは言え、それでも水戸が頭なのよ。

 そんなシンプルな手段で上手く潰せる相手じゃない」

「だからって何で二分割する必要があるんですかい?」

 

・・・・・・まぁ、全員が疑問に思っているのだろう。

ティアラの問いに皆うなづいている。

 

「簡単なことよ。明日多分原木は動くわ。警察をちょっと利用して少し調べたんだけど

 どうにも湘南付近に不良が普通では有り得ない程見かけてるらしいの。

 数にして大体二百人くらいかしら」

 

沢山の暴走族が集まれば否応なく目立つ。

デートの途中にもヤケに見ない不良の顔が多いと思い色々根回しして調べたのだが

やはり水戸が援軍を送っていたようだった。

 

ならばその集めた不良共の目的は何か。

推測すれば簡単だ。

最近湘南で暴れている八州連盟のはみ出しもの共の助勢に違いない。

しかも一日で二百人の移動をさせるということは、明日が行動決行の日に違いない。

 

「じゃあ実質相手も三百人だシ。

 それこそあたし達も今いる全員でかからないとやばいよね?」

「やばくないわよ、アンタ達は何か勘違いしているみたいだけどアイツ等の狙いは暴走王国なのよ?

 つまり中には腰越だっているわけ」

 

それがどういうことか。

簡単な事だ。

 

「どういう事だっての」

「あのね、アイツ一人で千人集めても勝てないのよ?

 けど暴走王国に関わらず、チームそのものを潰したいのなら何も腰越を相手する必要はない。

 江乃死魔を消したいのなら私を倒せば良いように、暴走王国を消したいのならショウだけを倒せばいいの」

 

人を殺すのなら手足を切り落とすよりも頭を切り落としたほうが手っ取り早い。

もっとも、逆に手足胴体すべて切り落としても殺したことにはなるが、それは手間だ。

よって狙うとすればショウを真っ先に倒すことだろう。

 

「ならばショウだけを倒すにはどうするか。

 ここまで言えばわかるわよね」

 

ティアラと一部の馬鹿以外は全員うなづいた。

結局その一部の為にやっぱり口にしないといけないようだ。

 

「各個撃破。もしくは囮で腰越だけでも引き剥がす。

 それが八州連盟はみ出しもののリーダー、原木の作戦のはず」

 

何にせよ、その囮に何人使うのかまではわからない。

しかし、二桁程度の囮では逃げに徹したところで瞬殺されるだろう。

となれば百から二百。

 

暴走王国を倒すには確実に百人では足りない。

ならば逆算して囮に100人程度か。

 

よし、計算と方針は決まった。

 

「アンタ達は明日腰越に注意しておきなさい。

 多分アイツが学校帰りに一人になった所に囮が襲ってくると思うから」

「で、でも俺たちが付けているのだって皆殺しに速攻バレるんじゃ」

「大丈夫よ、こっちから手を出さない限り腰越の方から仕掛けてくることはない。

 何せアイツは不良抜けたんだから」

 

アイツが拳を振るうのはあくまでも自己防衛という建前があるときだけだ。

触れなきゃ危険性はない。

 

「確実にその囮のやつらは一般人に危害を加える事で腰越を引きつけようとするわ。

 腰越のバックアップをしてでも絶対に阻止しなさい」

 

水戸の息のかかった部下ならば一般人に危害を加えはしないだろう。

だが、推測するに原木は囮の方に自分の息のかかった舎弟を使うはず。

水戸の息のかかった人間では確実に一般人に危害を加えないだろうし、

ならば腰越の陽動もしづらいからだ。

 

故に確実に自分の部下を使い、一般人に危害を加えながら腰越を陽動するはず。

 

「それで、残りの奴らは私とともに原木率いる残党及び暴走王国の掃討よ。

 三つ巴だけあってかなりの入り乱れた喧嘩になるから注意しときなさい」

 

しかも相手は喧嘩屋の姿も多数見られるはず。

単純にぶつかった場合一番分が悪いのは私達だ。

だが、考えがある。

 

「れんにゃ、暴走王国には梓もいるけどどうするシ?」

「どうするも何もないわよ。梓も敵、こちらに攻撃してきたのなら反撃しなさい」

「攻撃してきたら、ですかい」

「うっさいわね、変な勘ぐりしないで」

「しし、れんにゃはやっぱり甘いし」

 

別に梓を殴りたいわけではない。

一応敵対表明はしているものの、今回の目的はあくまでも湘南に危害を加え続けてきた原木の排除だ、

暴走王国だけに任せておいても良かったのだが、

他県のヤンキーによる被害を任せっきりにしておくのも嫌だ。

舐められかねない。

 

暴走王国は今回の喧嘩ではついでに相手する程度で良い。

 

「ティアラはショウを相手しなさい。

 後の奴らはさっき決めた振り分けで我那覇と八州連盟の奴らを相手すること。

 梓は多分こちらから攻撃しない限り無害だろうから余計な手出しはできる限りしない事」

「あいよ。へへっ、暴走王国の頭を相手ってのも大役だっての!」

 

乗り気で拳を鳴らすティアラ。

 

「ただ、例えショウを倒せたとしても絶対に過剰な暴力はしないで。

 本当に相手の戦意がなくなったらそれだけでいいから」

「およ? 恋奈様にしては手ぬるくないかい?」

「あのね、相手は腰越や梓のお気に入りなのよ。

 そんな奴を過剰に傷つけて二人の逆鱗に触れたら後からヤバイでしょうが」

 

とてもじゃないが今の私達では腰越など相手にできない。

そして腰越や梓を怒らせない理由とは別に――――

 

「ともかく、ショウに対して絶対にやりすぎないで」

「あいよ。しっかし何か恋奈様が結構必死だっての。

 何かあいつに思う所でもあるんですかい?」

「・・・・・・さあね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――はぁっ、はぁ」

 

拳をひたすらにサンドバッグへ叩きつける。

梓ちゃんが由比浜の拳闘部から借りてきた物なのに俺の血をこべりつかせてしまっている。

一発殴るたびに汗が飛び散り、殴り抜いた衝撃が拳に返ってきて激痛が走る。

 

されど手は止めない。

振り抜いた拳を再び引き戻し、再度構える。

 

体を半身にし、かつ正拳突きを即座に放てるように中腰。

手は平手に握り、腰に添える。

完全に突きを狙っていることがバレバレな姿勢だ。

 

大きく息を吸う。

視線をサンドバッグへ固定する。

そして、腰に添えた拳を放とうとした瞬間

 

「センパイ、ストップ」

「・・・・・・」

 

横から静止の声がかかった。

俺は拳を降ろす。

 

「なにやってんの。明日は結構な規模の喧嘩があるんすよ。

 なのにもう手をボロボロにして」

「あはは、何にもしないのは逆に落ち着かなくてさ」

「愚かな。それで拳を壊しては何の意味もなかろうに」

「ナハの言う通りだよ。もう手から血が滴ってるじゃん」

 

ナハさんと梓ちゃんが俺を責めるように見る。

 

俺はその視線を受け止めながら、改めて自分の拳を見た。

すると、この瞬間まで気づかなかったのだが、言われた通り血まみれだった。

 

主に指の皮が裂け、肉も見えている。

そこからじわじわと血が流れ、拳全体を真っ赤にしていた。

そんな手で殴り続けたサンドバッグもやはり所々血がコベリついている。

 

古い血の跡に新しい血液を付着させてしまっている。

 

「・・・・・・いつもの事だよ」

 

実の所、こんな状態は日常茶飯事だ。

毎回梓ちゃんとの特訓が終わった後、サンドバッグを叩いている。

その為こんな事は十回二十回繰り返していた。

 

「いつもの事、じゃねーっすよ!

 過度なトレーニングは身にならないって前にも言ったじゃん!」

 

俺の反省しない態度に怒ったのか、梓ちゃんがこちらに詰め寄ってきた。

 

「ごめん。でも、俺は要領が悪いせいで未だにあのタックルしか実践で使えないんだ。

 そのせいで余計な負担を君たちにもかけてる。

 だったら多少ハードでも俺は出来ることを増やさないと」

「それで汝の体が壊れては元も子もなかろう」

 

言う通りだ。

 

恐らく今日梓ちゃん達が止めてくれなければ拳が壊れるまで続けていたかもしれない。

 

「ともかく、今日はそこまで。

 ほら、手当するからこっち来てください」

「あ、うん」

 

梓ちゃんが有無を言わさないように俺の手を引く。

血まみれ汗まみれで汚い手なのだが、一切のためらいなく握ってくるとは。

 

近場の段差に座り、普段から持ってきている応急処置セットを開く。

中からアルコールとガーゼ、そして先程買ってきたらしい飲料水を取り出した。

 

「センパイ、焦ってるよね」

 

俺の拳に水をかけて汚れを洗い流しながら問いかけてきた。

 

「・・・・・・焦るさ。明日の事を考えたら今日寝られる気がしない」

 

砂が取れた手をタオルで拭き、次にアルコールスプレーを傷口に吹きかける。

焼け付くような痛みが走るが、彼女の手前みっともない弱音は吐けず、痛みを噛み締める。

 

「汝が焦ったところでどうにかなるものでもない。

 我や先輩、腰越マキが味方にいるのだ、なのに何を焦ることがある」

「それじゃダメなんだ」

 

痛みに耐えながら、ナハさんの言葉を否定する。

 

味方に頼る。

確かにそれは普通のことだ。

そして梓ちゃんもナハさんもマキさんも頼りがいがある。

ありすぎる。

 

喧嘩に関しては俺なんか比較にならないほどだ。

 

ただ、それじゃダメだ。

 

「俺は暴走王国の総長。

 だったら俺は頼るのではなく頼られないといけない。

 ましてや自分の身も守れない総長なんて何の存在価値も――――」

 

言いかけてやめる。

 

あくまでもこれは俺のエゴだ。

それをほかの人に押し付けるつもりはない。

 

俺が心の中で勝手に思っていればいいことだ。

 

何よりも、俺が梓ちゃんとナハさん、マキさんを巻き込んだのだ。

マキさんと梓ちゃんなんて不良を抜けて喧嘩からも遠ざかるはずだった。

だというのに俺が実質再び不良の世界に引き込んだようなもの。

 

ならばせめて彼女たちが危険にならないように、少しでも上手く立ち回る必要がある。

 

「はい、治療終わったよ」

「ん? あぁ、ありがとう」

 

少し考え込んでいたらしい。

いつの間にか巻かれていた包帯にびっくりした。

 

「それで、明日どうするの?

 大雑把にしかまだ教えてくれてないっすよ」

 

一応明日のことについて打ち合わせをする事になっている。

ただ、その事を説明すべきかどうか迷い続けて今現在、解散間近のタイミングまで言えていなかった。

 

しかし聞かれたからには言わざるを得ない。

 

「明日の喧嘩はマキさん抜きになると思う」

「む、何故だ?」

「腰越センパイ抜きにして百人相手かぁ。

 まあ、別に雑魚ばかりだろうから問題ないっしょ」

 

と、梓ちゃんは結構楽観しているが。

 

「八州連盟からは合計三百人。

 それと、江乃死魔から三百人以上の三つ巴になるよ明日は」

「何故に!?」

 

速攻慌て始めた。

当然の反応と言える。

 

「腰越マキが分離される恐れがあるということか」

「そうだね。まさか三百人程度でマキさんを倒せるとは相手も思ってないだろうし、

 確実に明日はマキさんと合流できないと思ったほうがいい」

「でも、腰越センパイならそんな陽動も無視して自分らと合流できるんじゃ」

 

たしかに、マキさんならば三百人中、百人の囮に襲われても何にも問題ないだろう。

それどころか数分で壊滅させた後、余裕綽々で合流できる。

ただ、実際はそうもいかない。

 

「多分、囮の人達は時間稼ぎに徹してバラバラに逃げ回るだろうし

 けれど無視されたら周りの人間に危害を加えると思う。

 つまりマキさんが無視することはできない」

 

以前までのマキさんならば例え関係ない人間が襲われたところで見捨てたりもするだろうが、

暴走王国に入った彼女は違う。

何だかんだで、彼女は義理堅い。

恐らく彼女は面倒に思いながらも俺の意志を尊重して、無関係の人間を庇ってくれるだろう。

 

「ただ、百人程の囮が本気でバラバラに動いて時間稼ぎしようとしたらマキさんでもかなり手間取るし、

 確実に被害もあるだろうけど、江乃死魔も乱入したとなれば話は別だ。

 恋奈の采配なら多分その囮の暴動をマキさんと一緒に止める動きをするはず」

 

何せ、それを見過ごせば湘南のメンツにかかわる。

恋奈の性格ならば同じく百人、それかそれ以上の人数を割いてマキさんをバックアップする筈。

 

「成程。ならば実質我らが相手するのは連盟の二百人と江乃死魔の未定数という訳か」

「うわ、めんどくさ・・・・・・」

 

心底めんどくさそうな顔をする梓ちゃん。

対してナハさんは楽しそうにしているのが面白い。

ここら辺に性格の差がよく表れている。

 

「と、ところでセンパイ」

「ん?」

 

何やら、結構深刻そうな顔をして梓ちゃんが手を挙げた。

 

「明日は江乃死魔も相手するの?」

 

かなり思いつめた顔で質問してきた。

確かに梓ちゃんからしたらかなりの重要な問題だろう。

何せ親友であり、かつて仲間だった恋奈のチームを相手取るのだ

知りたいに決まっている。

 

「いや、明日はどっちも出来るだけ相手しない。

 それこそ目的の人間以外一人も倒せなくてもいいくらいだ」

「どう言う意味だ?」

「サーセン、あずも良くわかんない」

 

言い方が悪すぎたか。

頭にクエスチョンマークを浮かばせているのがわかる。

 

「ようするに、明日は連盟の原木って人だけがターゲットなの。

 その人が湘南の一般人に部下がカツアゲするように煽動させてた張本人だから、

 その人さえ倒せばその部下も水戸さんに吸収されると俺は見ている」

 

実際に水戸さんとの相談でそういう流れにすることが決まっている。

 

「じゃあ自分がささっと半殺しにしてこようか?」

「・・・・・・い、いや。それは」

 

さらっと恐ろしくも頼りになる事をいう梓ちゃん。

実際に簡単に達成するだろうから怖い。

 

「原木さんは俺が相手する。

 総長である俺が相手の頭を倒したほうがハクがつきやすいでしょ」

 

俺は三大天になる事を決めた身だ。

だったらこのチャンスを逃せない。

 

ここで俺が喧嘩屋である彼を倒したとなればかなり話題性が広がるはず。

 

「その原木という与太者がどれほどの実力かは知らぬが、

 汝に倒せるものなのか? 仮にも喧嘩で生計を立てているのだろう」

「そっすよ。無茶しないでここは自分に任せたほうが」

「勿論俺じゃどうにもならない相手なら梓ちゃんに頼むかもしれない。

 そこら辺は本番の中で臨機応変に考えていこう」

 

確実に勝てるなどとは絶対に言えない相手だ。

ここで俺が無謀に挑んで負けては台無し。

その時は梓ちゃんの手を借りるだろう。

 

「と言っても、実の所恋奈の動きがイマイチ予想できないから梓ちゃんの手を借りれるかも怪しいんだけどね」

 

江乃死魔の人間が総出で俺達を狙ってきた場合は原木さんとの喧嘩どころではない。

それこそ袋叩きになるだろう。

 

「そっか・・・・・・恋奈ちゃんがあず達狙う可能性も高いんだ」

「いや、梓ちゃん。そうなった場合は君は速攻原木さんを倒しに行って構わない。

 そのまま早々に全員撤退したあとマキさんと合流しよう」

 

梓ちゃんが江乃死魔に本気で敵対できるとも思わないし、

そもそも彼女にそんな嫌な役回りをさせたくない。

だったら早々に俺の計画は見切りを付け、別の手段を探す。

 

とにかく、明日の目標は原木さんを倒すことだ。

手段にとらわれてはいられない。

 

「ただ、江乃死魔の動きは多分・・・・・・」

「なんだその意味深げな表情は。

 何か読めているのか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど」

 

何となく想像はついている。

 

江乃死魔は恐らく最低限の人数でこちらを牽制して、本命はやはりこちらと同じく原木さんの筈。

しかしその最低限の人数をどうこちらに割いてくるのか。

それが全然想像つかない。

 

「ともかく、ナハさんは江乃死魔を重点的に相手して

 梓ちゃんは八州連盟を相手しながら場合をみて本丸である原木さん狙い。

 俺は状況をみて動くよ」

「ラジャーっす」

「承知した」

 

この事はマキさんにはもう伝えてある。

 

間に合えば助力を願うが、恐らく間に合わない事を前提にしている。

希望的観測で作戦を決めることはできないからだ。

 

なんにせよ、明日で俺の今後の立ち回りが決まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に困った事になった。

まさかヒロ君が江乃死魔や八州連盟とやり合う事になるとは。

 

その事に頭を抱えながら私は留守番を預かった長谷家のキッチンからエプロンを脱ぎながら出る。

 

「リョウ、お前今日ずっとそんなクソ真面目な顔してんのかよ」

「真面目な事考えてるんだから仕方ないでしょ」

 

リビングのチェアにはマキが一人腰掛けていた。

 

「冴子さんは?」

「仕事の残りがあるからって二階に上がっていったぜ」

 

良かった。

これからマキと話すことは冴子さんには聞かれたくない系統のものだ。

意図せず席を外してくれたというのならこれ程ラッキーな事はない。

 

私はエプロンをチェアにかけつつ、マキの対面に座る。

 

「マキ、明日の事はヒロ君からきいたの?」

「ん? ああ、私が雑魚共に絡まれるって話だろ」

「雑魚って、百人以上に絡まれる人間の言うセリフじゃないわね・・・・・・

 ともかく、明日マキに絡んでくる奴らはかなりタチの悪い奴らよ」

 

確実に周辺の人間を人質にしたり、暴行したりするだろう。

その事をマキは知っているのだろうか。

 

「それもダイから聞いた。

 安心しろよ、パンピーに手を出そうとしたやつからぶっ殺していくから」

 

まぁ、マキがそう言うと本当にそうなりそうだけど。

でも万が一もある。

 

まさかマキといえど散開した百人を一人で一瞬で倒せるとは思えない。

 

「・・・・・・暴走王国と敵対するから私は恋奈に今回の抗争から外されたのよね。

 お陰で今日は緊急集会なのに私は呼ばれてない」

「へぇ。じゃあお前は観戦って事か。

 手間省けて良かったんじゃねーの」

「良いワケないでしょ」

 

部下が伝えてくれなければ明日になっても抗争の事など知らないままだったかもしれない。

もしも話などしても意味はないが、気づいてよかった。

 

少しリラックスしようと思いお茶を飲むことにする。

ポットからお湯を茶葉の入った急須に注ぎ、中の茶葉を蒸らして湯呑を満たす。

 

マキは既に自分の分を入れているらしく、手元に置かれていた。

 

「一応私はヒロ君のサポートに回る予定なんだけど、さてどう動けばいいものか」

 

それをずっと考えている。

恋奈の采配で湘南BABYのほとんどがミーティングから外された。

そのせいで江乃死魔の動きすらわからない。

その為八州連盟の動きすら大まか程度にしかわからず、ほとんど手探りだ。

 

「そんなの私に聞かれてもな、ダイに聞いた方が言いんじゃねぇの」

「ダメよ。ヒロ君今凄く思いつめてるから余計なことまで考えさせたくないもの」

 

朝に顔を見たけれど、かなり気負っている表情だった。

何か励ませるかと思い、ここでヒロ君を待っているのだが

特訓に精を出しているらしく中々帰宅が遅れていた。

 

恐らく今彼の隣には乾や我那覇がいるだろうし、心配はしていない。

ただ、それでも彼の精神状態が気になった。

あまり思いつめていないと良いのだけれど。

 

「明日ダイ達がどう動くのかは細かく知らないけど、

 江乃死魔は私をバックアップするってダイは読んでるぜ」

「そう。でも、確かに恋奈ならそうするわよね」

「邪魔だったら一緒にぶっ飛ばそうと思ったけど、

 今の私じゃ手を出されないと仕掛けられないんだよな」

「いや、実質味方なんだからやめてやれよ」

 

ともかく確かにヒロ君の言うとおり恋奈ならマキのバックアップをして、

一般への被害を食い止めようとするのが自然か。

 

もしマキが止めきれず、子供や女などに大怪我した者などが現れた場合、

片瀬がいくら権力で警察に圧力をかけたとしても風評をもみ消し切れるかは怪しい。

高確率で治安がより取り締まられるだろう。

 

そうなれば今後の江乃死魔の湘南制覇にも差支えが出る。

 

「本当にどうしようかしら。

 まさか真っ向から江乃死魔と八州連盟両方に向かい合うとは思わないけど」

 

どれほど乾や我那覇が強いとは言え、それにヒロ君がついていけるはずがない。

となれば確実に彼らは大将を狙い、早期決着を狙うはずだ。

 

乾の実力ならば、しぶとい恋奈はともかく原木程度ならば瞬殺できるだろうが。

さて、その戦法で行くだろうと決め付けるわけには行かない。

 

「そんなに悩むんならさ、お前が手助けしてやればいいじゃん」

「簡単に言わないで、私にも立場があるの」

 

とはいえ、ヒロ君と江乃死魔どちらを取るかと聞かれれば考えるまでもない。

問題はその後のことだ。

 

湘南BABYが助勢したところで数の差はまだまだある。

つまり勝率は依然として劣勢のままだ。

ならばどうするか。

 

マキのように一人で千人分以上の強さを持っている人間が一人でもいれば―――――

 

ん?

マキのように強くて、マキのような人。

マキ・・・・・・極楽院・・・・・・

 

「・・・・・・そうだ!」

「うわっと、急に大声出すなよな」

「そう言えば前にウチの奴らがあの人見かけたって言ってたの思い出したわ!

 今から全員で探し回ればきっとまだ間に合うかも」

 

こうしてはいられない。

急いでポケットから携帯を取り出し、片っ端から部下に連絡する。

 

「一人で悩んで一人で解決してやんの」

 

今日ここに来てよかった。

マキの顔を見なければきっと閃かなかっただろう。

 

後は運任せだ。

あの人がまだこの湘南にいることだけを祈ろう。

もしいなければ・・・・・・ヒロ君の予定を崩す事にもなりかねないが、辻堂の手を借りるしかない。

 

ヒロ君の身は絶対に私が守らなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがきです。

大の人間離れが始まっていく。
・・・・・・元から水戸さんにメリケンで数発殴られても耐える人間離れしたタフネスがあったか。

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