辻堂さん達のカーニバルロード   作:ららばい

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13話:どこかで見たシチュエーション

人と人との深層心理の境界線はよく色々な例えをされている。

 

一番よく使われているのは『心の壁』だと俺は思う。

だが、俺はどうにもその喩えにしっくり来ない。

俺としてはむしろ心の扉。そっちの方がイメージがしやすい。

 

では壁と扉、一体なにが違うのか。

それは鍵と開閉の有無である。

 

心の扉は両者の間に存在し、両者側に鍵が存在する。

勿論ロックはどちら側からでもかけられて、開錠可能なのは自分側だけ。

どちらか片方が鍵を開けて相手を迎え入れようとしても相手が鍵を開けてくれねば意味がない。

 

人と人との繋がりは両者が互いにわずかでも心の隙間を見せてこそようやく見つけられるのだ。

 

では、ここで一つの疑問が浮かび上がる。

こちらが鍵を開けても相手が一向に開けてくれないのならこちらはどうすればいい?

 

簡単な事だ。

互いの堺にあるのはドア。

ならば声をかければいい。

ノックをして存在を示せばいい。

 

成程。相手の心を開かせる。

それはつまり心の扉を開かせるという事だったわけだ。

 

 

 

 

 

「ふふ、何だか大とデートなんて久しぶりな気がするわね。

 こっちに来るまでは暇があればしょっちゅうしてたのに」

 

恋奈は俺の手を掴み、目的地も決めず引っ張り回す。

 

買い物も食事もしない。

ただただ朝から数時間ずっと何かするわけでもなく歩き回っていた。

何かするのも惜しいのか、俺の手を放したがらない。

 

「あ~・・・・・・恋奈、ちょっと手を、その・・・・・・

 離してもよろしいでしょうか?」

「何でよ、あ、もしかして手汗?

 だったら私も少しかいてるから気にしないでって・・・・・・ちょっとばっちぃわね」

「いえ、誠に言いにくいのですがお花を摘みに行かせて頂けないかと、はい」

 

いい加減膀胱が限界だった。

 

小便を我慢しすぎて手汗は愚か脂汗までダラダラだし、

何かさっき意味のわからない悟りすら開きかけていたきがする。

人間窮地に追い込まれた際こそ目覚めの時だということか。

 

大便の我慢が極限に達した時のあの集中力なんてもう凄い。

この便意があの他人にワープすればいいのにとか恐ろしいことを考えたり、

周りが無音になるほどの世界に入り込める。

正しく悪意と極限の集中状態を容易く得られる。

 

ダメだダメだ、また現実逃避していた。

 

「早くしろっ! 間にあわなくなっても知らんぞーーっ!」

「わかったからさっさと行きなさい!」

 

まさか彼氏を道端でおもらしさせる訳にもいかないのだろう。

腕ごと組んでいたのだが、慌てて離しトイレを探す。

 

公園も公共施設もこの辺りにはなし。

コンビニもない。

あるのは大自然。

何せここは湘南の砂浜。最高のデートスポットだ。

 

・・・・・・人気が多すぎて男の特権である立ちションができぬ。

 

なんでこうも俺はせっかくのデートなのに下品なことばかり考えねばならないのか。

恋奈に申し訳なくて死にたくなってくる。

っていうか膀胱の張り詰めようがやばすぎて死にそうになってきた。

 

「大っ、あそこ!」

「よしきた!」

 

恋奈の指差した先にはちょっぴり年季の入った海の家。

あそこなら俺の溜まった澱みを吐き出せる。

かつて無いほど本気で走り、トイレをお借りすることにした。

 

その際、ちらりと恋奈が気に掛かり彼女を見てみた。

 

すると、恋奈は少し疲れたのかため息をついているのが妙に印象に残った。

 

・・・・・・さて、どうしたものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい腰越。アレどう思う?」

「デート以外に何があんだよ。っていうかその質問何回目だよ。

 ただデバガメするだけなら付き合ってられねーっての」

「待った待った。腰越センパイ帰ったら誰が辻堂センパイの暴走止めるんすか」

 

現在ストーキング真っ最中。

辻堂愛、腰越マキ、乾梓は各々違う感情と思惑を持って長谷大と片瀬恋奈を追っていた、

 

愛は言わずもがな完全な私怨。

もはや視線だけで相手を射殺さんとばかりに睨んでいる。

睨まれた恋奈はというとさっきから首筋に寒気が走りその度に周りを見ていた。

 

「私はアイツ等とのデートに割り込むぜ。

 そしてここぞとばかりに恋奈にたかってやる」

「先日あれだけ敵意ぶつけられたにも関わらず、

 なんでこうもアクティブに行けるんだろうこの人」

 

手をつないで楽しそうに弁天橋を渡る大と恋奈。

それを見てちょっかいをかけようとするマキを梓は必死に止めた。

 

恋奈は大との関係を隠している立場上、なかなか彼とデートは愚か会話すらできない。

その為普段からかなりフラストレーションを溜め込んでいる事を知っていた。

そして降って湧いたらしい今日のデートチャンス。

 

それを台無しにしては恋奈も流石に本気で怒るだろう。

必死に愛とマキの乱入を食い止めていた。

 

因みになぜこの三人が揃ったのかだが、

三人で大の家で喧嘩している所に大が口にしたからである。

 

『俺、これから恋奈とお出かけするんで・・・・・・

 し、失礼します』

 

そう言って喧嘩している三人をおいて出かけていった。

隠し事をせずストレートに要件を伝え、その場を後にしたため大も後腐れは少ない。

 

そして当然の如くついてきた三人の存在にも大は気づいていた。

 

「イチャイチャと手なんて繋ぎやがって・・・・・・」

「だから乱入してぶっ壊せばいいじゃん」

「馬鹿野郎ッ! そんな事したら大が怒るかもしれないだろ!」

「・・・・・・お、おう」

 

微妙な理由でデートを妨害しない愛。

その剣幕におされたマキ。

梓はというと呆れ顔である。

 

「つっても私もダイが他の女とデートなんていい気がしねぇんだよな」

「そんなのは自分も辻堂センパイも同じだっつーの。

 自分らの中で一番年上なんだから我慢くらいしてよ」

「我慢、ねぇ」

 

愛は大に怒られたくない、梓は恋奈と今気まずい事になっているため更に怒らせたくない。

など、理由があるのだが。

破天荒なマキだけは乱入しない理由がなかった。

 

最初から今現在までデートをぶち壊してやりたいし、

おはようからお休みまで大と一緒にいたかった。

なので今彼の隣に立つ恋奈の姿が邪魔で仕方ない。

 

「・・・・・・最後まで邪魔しなかったらあずと辻堂センパイが飯おごりますから」

「は!? 何でアタシまで!」

「仕方ないなぁ乾くんは」

 

どこかで聞いたことのある青タヌキのようなイントネーションで梓の提案を飲むマキ。

 

「別に腰越があの二人の邪魔する事はアタシにとってどうでも良いんだけど」

「どうでもよくねーっすよ!」

 

即座にブチ切れた梓。

割と常識人な梓の突然の激怒に愛も僅かに驚く。

 

「恋奈ちゃん怒らせたらどんな目にあうか知らないからそんな事言えんだよ!

 やばいんすよあの人、一度復讐を誓ったらどれだけしつこいか」

 

梓を勧誘するために何日もくさやを送り続け、臭いの強烈さと迷惑さに折れた梓だからこそ言う。

 

「考えても見てくださいよ。恋奈ちゃんは湘南最大の人数を誇るビッグチーム。

 そんな人のデートをぶち壊して恨まれたらどうなるか・・・・・・」

「恨まれたらか、ん~」

「恋奈がしそうな復讐ときたら・・・・・・」

 

想像してみる愛とマキ。

 

何だかんだで三大天それぞれが互いの事を理解しているため、イメージは捗る。

二人共同じことをイメージした。

そのイメージとは

 

「湘南のどこでデートしようが必ず江之死魔の馬鹿共と鉢合わせして台無しにされる未来が見えた」

「私もだ」

 

かなり渋い顔をする二人。

不良に絡まれたところで全く身の危険はないのだが、

流石にデート中に喧嘩なんてしたらそれこそ空気が良くなるはずもない。

 

特に愛としては過去に恋奈と殴り合いをしたせいで旅行の空気が最低なものとなり、

しかも一度大と別れる事になった一因にもなっている為、マキより眉を寄せる。

 

「しゃーねーな。今回は見逃してやるか」

「アタシは元々台無しにするつもりなんて無かったんだけど」

「ったく、何であずが二人のお守りなんてしなくちゃなんねーんだよ」

 

苦労人ポジションに着々と座りつつある梓。

 

残る二人はどこかつまらないような顔をしながら前を歩く大と恋奈の背中を睨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恋奈、今日は何だか元気ないね」

「あら、そう見える?

 私としては久しぶりのデートに結構はしゃいでるつもりなんだけど」

 

確かにデート自体は楽しんでいるように見える。

顔色もいいし、笑顔も多い。

 

ただ、要所要所で時々みせる陰った顔が気になった。

 

「・・・・・・アンタに隠し事はできないわね。

 そうよ、ちょっと私疲れてるの」

 

それはそうだろう。

 

恋奈は今現在八州連盟、暴走王国、そして日常の学生生活と向かい合わなければならないことが多い。

今日こうやってデートできる時間があっただけでも珍しいのだ。

本来ならばこの時間すら休憩に振り分けたほうが良いのだろうけど、恋奈は肉体の癒しよりも俺をとってくれた。

その事に身勝手な嬉しさを感じた。

 

「アンタがそんな顔してどうすんのよ」

 

少し表情に出してしまっていたらしい、恋奈が困ったように俺の額を小突いた。

 

「ごめん」

 

余計なことは言わず、ただ率直に謝った。

暴走王国の件は俺のせいだ。

言い訳などできるはずもないし、しようとも思わない。

 

「さて、何に対して謝ってるのやら。

 そういうネガティブな事は疲れた頭で考えるだけ無駄。

 今日は楽しんで、そういうのは明日から考えるわ」

 

オンとオフをきちんと切り替えている人のセリフだ。

恋奈は少し疲れた色を残しながらも、瞳だけは初めてデートした日のように輝かせてこちらに手を伸ばした。

 

「そうだね。俺が今するべきことはこのデートを楽しいものにする事だ」

「わかってるじゃない、それじゃエスコートを引き続きお願いするわ」

「承知しましたお嬢様」

「ふふ、何よそれ」

 

俺はその手を受け取り、痛くないように引っ張った。

 

今俺が考えるべきことは恋奈の悩みでも疲れでもない。

悩みも疲れも全て忘れてしまうほどの楽しさをどうすれば与えられるか。

それだけでいい。

 

「さしあたって俺からこの後の提案が。

 本日はとてもお日柄がよく、実に太陽が照りつけております。

 こういう日は海の冷たさが恋しくはございませんでしょうか」

「ございませんわよ。今日は水着用意してないからダメ」

「ジーザス」

 

ついていない。

只今江ノ島にいる為恋奈が水着を取りに行くなんてすぐだ。

そして俺も日々海に吹っ飛ばされるトレーニングをしているため水着は常時着用している。

 

その為提案をしたのだが、日が悪かったらしい。

 

「そんな顔しないの。

 別にダメなのは今日だけで、また今度は一緒に海行ってあげるから」

 

何だかんだで甘い恋奈だった。

 

「そうだね。ここは湘南だ、泳ぐなんていつだってできるしね」

「そういう事。さて、それじゃあ大の提案を潰した私が代案をだしましょうか」

 

そう言って恋奈が俺の手を引っ張って先に進んでいった。

 

何というか、恋奈を楽しませるとさっき決めたばかりなのに、俺の方が恋奈に楽しませて貰いそうだ。

それはそれで俺も恋奈も楽しそうなので良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「畜生・・・・・・苛々する」

「いやいや、だからって電柱握り潰さないでくださいよ」

 

ギリギリと左手の指をかみながら右手で電柱を握り、一部をパンのようにむしり取る辻堂センパイ。

自分も何げに力自慢なのだが、この人や腰越センパイと比べると一般人レベルな気がしてくる。

 

「ズゾゾゾゾゾ、おーい。シェイク無くなったぞー」

「金渡すから自分で買ってきてくださいよ。

 つか腰越センパイは長谷センパイのお姉さんにお小遣い貰ってんじゃねーっすか」

「貰ってねぇよ、居候の身でそこまで厚かましくできるか。

 今は婆ちゃんが迷惑かけないように定期的に金渡してくるんだよ。

 つっても全部食いもんに消えたけど」

「・・・・・・長谷センパイも腰越センパイと結婚したら苦労しそうっすね」

 

大人しくしていてくれるのなら仕方ない。

自分は財布の中からクーポンとお札を一枚取り出して腰越センパイに渡す。

 

「お、ダイと私が結婚する事認めたのか」

「例え話だっつーの。

 それとちゃんとレシート持って帰ってきてくださいよ。

 後で恋奈ちゃんに請求するんだから」

「わーってるって」

 

腰越センパイからデートを守っているのだ、その代償として多少の金銭的ダメージが発生したとしても

恋奈ちゃんならば笑って保証してくれるだろう。

 

最大の問題は、その金額を請求しようにも現在喧嘩中でかなり話しかけづらい点なのだけど。

その点はセンパイが近いうちに何とかなると言っていたのでそれを信じる。

 

取り敢えず金を受け取った腰越センパイは一瞬で姿を消した。

忍者みたいな人である。

 

「手なんて繋ぎやがって、その幸せを噛み締めやがれ」

「何か複雑な嫉妬の仕方してる」

 

前を歩く二人を見れば仲良さげに手をつないでショッピングモールを歩いている。

そしてその二人をこそこそとストーキングする自分ら二人。

折角部活がオフの日なのに自分ときたら。

 

いっそこのまま前の二人に偶然を装って鉢合わせしてやろうかと思うが、

それをすると確実に恋奈ちゃんと険悪なムードになるし。

だからといってこのまま一日中ストーキングなんてまっぴらごめんである。

 

「あの、これいつまで続けるんすか?

 正直飽きてきたんだけど」

「いつまでもだ。恋奈の馬鹿が抜けがけした時に殺す奴がいないと困るだろ?」

「困るだろ? じゃねーっすよ・・・・・・」

 

気持ちはわかるがワイルドにバイオレンスすぎる。

とは言え、自分は自分でやはり辻堂センパイ同様にそれは気になる。

 

正に最後まで見たいが、でもそれも面倒くさいという状況だ。

したい事とやる気が比例していない。

 

だったら辻堂センパイに全て任せて自分は立ち去れば良いだけなのだが

実の所自分もあの二人を見ていると胸がざわついて仕方がない。

このままストーキングをやめたら一日中落ち着かないきがする。

 

「うー、なんすかねこの感じ。

 最初はあずにセンパイが嫉妬する筈だったのに」

「何か言ったか?」

 

嫉妬に燃える辻堂センパイが不意にこちらを向いた。

 

そう言えばこの人と真っ直ぐ顔を合わせるのなんて久しぶりな気がする。

別に目を合わせるのが苦手とかではなく、たまたまじっくりと顔を見るタイミングが無かったのだが。

 

「辻堂センパイってもしかしてメイクしてない?」

「ん、まぁ今日はしてないな。

 大とデートの時とかは流石に薄くはしてるけど」

「まじっすか」

 

見れば明らかに化粧にありがちな違和感も臭いもない。

完全なナチュラルだ。

 

なのに肌には一切のシミやくすみも無く、

眉毛は書くまでもないくらいに綺麗に整っている。

自分も別にすっぴんでも負ける気はしないが、ここまで堂々とノーメイクかつ

普通に美人だとちょっと圧される。

 

「腰越センパイもやっぱりノーメイクだよね」

「アイツが金を化粧に使うと思うか?」

 

そんなものがあれば食べ物に使いそうである。

 

「前にもセンパイってタトゥーとか整形みたいな体をいじるタイプのものは引いてたし、

 もしかしてメイクもしてない方が好みなのかな」

「いや、流石にそれは無いだろ。

 アタシが気まぐれに化粧したら普通に喜んでくれるし。えへへ」

「一々のろけないでくださいよウザいな」

 

言っても無駄だろうけど。

何か一人で両頬に手を添えてうっとりしだしたし。

 

「ただいまー!」

「うわびっくりした」

 

呆れていると、いきなり上空から腰越センパイが降ってきた。

多分家の屋根をつたってきたのだろう、忍者か何かかこの人は。

 

「やっぱ暑い日はシェイクだよな」

「あ、一個自分も貰っていいっすか」

「アタシも欲しいな。ストロベリーある?」

「自分で買いにいけやと言いたいところだが、金を借りた手前だしな。

 ほれ、やるよ」

 

大量に何かが入っているらしい紙袋からバニラとストロベリー味のシェイクを取り出して

器用に二つまとめてあずと辻堂センパイに投げ渡す。

 

投げ渡されたそれを掴むと、まだ全く容器が中身と気温の温度差で濡れていない。

つまり買って全く間もないという事だ。

この人瞬間移動でもしてきたのか。

 

「・・・・・・アイツ等、まだ何もしてねぇよな」

 

そういう事か。

 

急いで戻ってきたらしい。

何だかんだでこの人もかなり警戒しているようだ。

飄々としているが、かなり嫉妬深い側面があるっぽいなこの人。

 

「してねーよ。ん、冷たくて美味しい」

「ならいい。っていうかナックのメニューがまた値段上がってんだけど。

 しかもメニューないし、勘定するときに思った以上に値段張っててびびったわ」

「あぁ、あれマジ不便っすよね」

 

しょうもない事を話しながらも視線は恋奈ちゃんと長谷センパイに固定し、

バレないように距離を置きつつ付いていく。

 

シェイクを飲む事に夢中で会話は特にない。

 

黙々としばらくの間二人の後ろに続く。

それが何分続いただろうか。

少なくとも最初は凍っていて飲みづらかったシェイクが熱で水っぽくなるくらいの時間は経過した。

 

その時に二人は目的地についたらしい。

そこは

 

「ホテル・・・・・・え、嘘だろ」

「私は前から思っていたんだ、ここを更地にすればもっといい景色になるだろうと」

「待った待った。

 ホテルはホテルでも恋奈ちゃんの住んでるホテルじゃん」

 

ラブのつくホテルじゃない。

だったらまだアウトではないハズ。

筈なんだけど、自分もちょっと動揺している。

 

仲良く手をつないで、二人共顔を赤くしてホテルに入っていっている。

その姿がもう、初めてエッチをする男女みたいな表情で。

 

ともかく何やらドラゴンボールばりにエネルギーを溜めだした腰越センパイを食い止める。

辻堂センパイはというとショックで半泣きなままフリーズしてるし。

 

「さて、これからどうします?

 自分はこのホテルなら普通に顔パスっすけど」

「私は外壁を昇る」

「本当に忍者だなこの人。

 辻堂センパイは・・・・・・辻堂センパイ?」

 

声をかけても反応がない。

心なしか体の色も煤けている気がする。

こう、軽く指先でつついたらそのまま砂になって崩れていきそうな。

 

「はっ!? 心臓止まってた!」

 

いきなり体の色と呼吸が戻った。

 

「よく持ち直しましたね。

 それで、辻堂センパイはどうするんすか?」

「どうするって何がだよ」

「あの二人をどうするかって事」

 

辻堂センパイの性格上、過激な事をするとは思えないし、

かといって放置はもっと有り得ないだろう。

 

「大を殺してアタシも死ぬ」

 

過激だった。

 

「ちょちょちょ! それは流石に!」

「お前、さらりと恐ろしい事を言うよな」

 

少し警戒した腰越センパイが辻堂センパイの前に立つ。

こういう時のための腰越センパイだ。

金を使ってまで引き連れてて良かった。

 

「冗談だよ・・・・・・大がアタシより恋奈を選んだのならアタシは大人しく引き下がるさ。

 結局その時はアタシが恋奈より魅力が無かったのが悪いんだしさ」

 

微妙に達観したようなことを言う。

 

確かに、恋奈ちゃんとあず達は全員がスタート地点はほぼ同じなのだ。

だからセンパイは特定の誰かを贔屓することはない。

ただ、もしセンパイが特定の誰かを贔屓したのならそれは

 

「勿論恋奈の奴に負けるつもりはないけどな」

 

そうは言うものの、実際に長谷センパイがホテルの中に入っていったので気が気でないようだ。

 

「んじゃまぁ、取り敢えず入ろうぜ。

 恋奈がこの中のどこにいるのか知らないけど」

「いや、腰越センパイは外壁から。自分は普通に入るんすけど、辻堂センパイはどうやって入るんすか?」

「アホかお前。普通に浴場を一般開放してるなら客として堂々と行きゃいいだろうが」

 

・・・・・・そりゃそうだ。

何も間違ったことなど言っていない。正しすぎるほど正しい。

こっちがストーキングなどというやましい行為をしていたからか、そういう普通のことを失念していた。

 

「じゃ、じゃあ行きましょうか」

「おう。もう腰越は浴場に潜入したっぽいぞ」

「はやっ!?」

 

上を見れば、既に露天のある階層の外壁に手をかけ、今まさに潜入していた。

この人はスパイか何かが天職なんじゃないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ! やめて!

 私を裸にして一体どうするつもりよ!?」

「おい馬鹿やめろ。何で野郎のアンタを婦女子の私が襲っている図になるのよ」

「現に俺の身ぐるみ引っペがしてるやん!

 俺もう完全にフルチンやんか!」

 

何も嘘を言っていない。

正しくおれは素っ裸だ。

何も体を隠すものはない。タオルすらない。

 

「えぇい男のくせに女々しい、私だって裸なんだからイーブンでしょうが」

 

その通りである。

恋奈も俺と同じく裸だ。

だが、不公平な事に彼女はバスタオルを手にしている。

もっとも、手にしているだけで体を隠してはいないのだが。

 

そのせいで完全に一糸まとわぬ姿であり、俺と同様に素肌をさらけ出している。

 

「いいからタオル巻きなさい。

 俺が可能性の獣になる前に」

「性欲のケダモノの間違いじゃないの?」

「わかってんならはよ隠せや」

 

互いに裸なのにも関わらず、ムードがないのは理由がある。

 

というより今回は別にそういうエロい事をするつもりは互いにない。

単純に入浴をするために裸になっているだけである。

 

「大体今更裸を見られて慌てるような関係でもないでしょ」

「確かに慌てはしない。

 でも、恋奈の裸を見るたびに俺はいつもドキドキしてるよ」

「う・・・・・・」

 

今だってドキドキしている。

何せ女の子の完全な裸を見るのはこっちの時間軸に来てから初めてなのだ。

マキさんや姉ちゃんは普通に俺の前で脱いだり、風呂に飛び込んでくるが

毎回直視せずしのいでいた。

 

久々に見た裸。

正直辛抱たまらん。

 

「わ、私も今だって大のカラダを見て実は結構ドキドキしてたりなんか

 ・・・・・・って逃げんなや!」

「ぐぉえ!?」

 

こそこそと浴場から脱出しようとしていたら後ろから恋奈が俺の首にバスタオルをまいてきた。

一瞬呼吸が完全にとまり、意識が飛びかけた。

 

「あぁもう。折角いい空気になりそうな流れだったのに!」

 

そう言いながら俺の首に巻いたタオルを握り、俺をシャワーのところまで引きずっていく。

尻にタイルが擦れて滅茶苦茶痛い。

 

というかこの細腕に片手で俺を引きずる力があるとは、その女子力の高さに恐れ入る。

 

「よいしょっと、ほら。ここに座りなさい」

「あ、はい」

 

擦れて赤くなった尻を風呂場によくあるプラスチック製の椅子の上に置く。

 

座る際、その視点の高さが恋奈の恥ずかしい所と重なり、まともに見てしまった。

俺は体が反応しないように速攻視線を外す。

 

「あら、今一瞬反応仕掛けたわね」

「なんのことやら」

「はぁ。こっちに来るまではエロの権化だったくせに、急に修行僧みたいに性欲抑えちゃって」

 

ひどい言われようだ。

 

「恋奈だってそんなエロい俺に合わせてくれて結構乗り気だったじゃん」

「そうね。勿論今だって乗り気よ?」

「そ、そう」

 

俺から言えばいつだって相手をしてくれる。

そういう含みのある言い方だった。

 

「ちっ、ノってこないか。

 まぁいいわ、それじゃ背中洗ってあげるから大人しくしてなさい」

「・・・・・・」

 

大人しく背中を預ける。

これならば恋奈の体を直視せずに済むし助かる。

 

一応前に鏡があるため、そこに後ろの恋奈の姿が映る。

だが俺が鏡の前にいる以上、恋奈の姿の八割近くが隠れるのだが

それだけでもムラムラしかねないので瞼を落とした。

 

「じゃあ洗うわよ」

「はいはい、ゴシゴシとどうぞ」

 

たわしで削られてもいいや。

そう思いながら感触を待つ。

数秒後

 

むにゅっとした感触が背中にきた。

 

その感触は独特で、柔らかいのに僅かな反発力があり、

しかも擦られる度に何やら二つの膨らみにある二つの突起のようなものが当たる。

ようするにおっぱいだコレ。

 

「あの、当たってるんですけど」

「当ててんのよ」

 

体で俺の背中を洗っているというわけか。

成程成程、恋奈の前の部分と俺の背中が同時に洗えてとても効率がいい。

流石恋奈だ、一々する事に無駄がない。

アホか。猥褻罪じゃ。

 

「ふふ、抵抗しなくていいわけ?」

「えぇと・・・・・・その」

 

したほうがいいのだが、恥ずかしいことに俺のグレイテストオリオンは完全にスタンディングオベーションしていた。

立ち上がったら隠しようもない。

今も全然隠せず、恋奈が俺の前部分を覗き込んだら一発でバレる。

 

要するに、俺の理性が今試されているという事だ。

 

「ん、あ・・・・・・はぁ」

「何で色っぽい声出してんのさ」

「仕方ないでしょ、こっちは敏感な所こすってんだから・・・・・・んんっ」

 

徐々に恋奈の声に熱が入り始める。

しかも夢中になって俺の背中を丹念に洗う。

 

もはや俺の頭など、まだ湯船に浸かってもいないのに茹で蛸状態になっていた。

心臓はバクバクで全神経が恋奈が擦り付ける背中に向いている。

多分、俺がこのまま振り向けば恋奈は俺の正面も同じように洗ってくれるかもしれない。

 

ただ、そうなると俺が洗うだけで終わらせるつもりなど無くなるだろう。

 

大人しく背中だけ任せ、それだけで満足する事にした。

この完全にその気になったメリッサは家に帰ってマキさん姉ちゃんの出払っている時に鎮めればいい。

 

「ちっ、乗り気にならないか」

「この長谷大、これより一切の欲情を跳ね除けると思っていただきたい」

 

忌々しげに舌打ちをした恋奈。

だが俺はもう鉄の意思を持っている。

下半身はもう邪念と雑念だらけだが、人は頭と衝動で動く生き物だ。

上半身が冷静ならば問題はない。

 

「ひゃんっ! な、何よ。大もやっぱりしたいんじゃない」

「違うんだ。違うんです」

 

思い切り手が体をよじって、恋奈の尻を揉みしだいていた。

しかも無意識。

指摘された今もモニュモニュと反発力と瑞々しさ溢れるシミ一つない尻をこねくり回している。

 

頭以外完全に淫獣だこの身体。

 

「どうする? 私はもうスイッチ入っちゃってるけど・・・・・・する?」

 

熱と色気を帯び、潤む瞳でこちらを見る恋奈。

この時間軸に来るまではしょっちゅう見ていた顔だ。

俺はその度に彼女を押し倒していたのだが、

 

「し・・・・・・しますん!」

「するの、しないの。どっちよ」

 

未だ理性が邪念を殴り飛ばしていた。

 

俺は舌を噛みちぎらんとばかりに歯で挟む。

もう淫欲を抑えるには痛みしかない。

 

「したい・・・・・・だけど、しません!」

 

言った。

言いすぎてしまった。

 

さすが俺だ、まだ捨てたもんじゃない。

 

「よく言った! 私はお前に敬意を表するッ!」

 

いきなり湯船からすっぽんぽんのマキさんが出てきた。

 

「何でアンタがここに、ってかいつからいやがった!」

「テメェがそのナイチチでダイの背中をタワシみたく擦ってた時からだよ」

「色々突っ込みたいけどとりあえずタワシってどういうことだゴラァッ!?」

 

俺の背中から胸を離し、泡まみれのままマキさんに詰め寄る恋奈。

 

俺としては超刺激的な光景なので目を離す。

取り敢えず別のことを考えて、この節操なしな馬鹿息子を落ち着かせる必要がある。

 

こういう時は家族の裸とかをイメージすれば生理的に萎えると聞いた。

よし。じゃあ家族の裸をイメージしてみるか。

 

『ヒロ、おいで。

 お姉ちゃんを気持ちよくして?』

 

ダメだ。

姉ちゃんイメージしてしまった。

余計にボルテージは増した。

 

「何やってんすか?」

「いやぁ、中々俺のハネウマライダーがジョバイロしなくてさ」

「言っている意味がわかんない」

「っていうか梓ちゃん、あっち行って」

「ひどっ!?」

 

体にバスタオルを巻いた梓ちゃんが気がつけば隣に座っていた。

 

バスタオルを巻いているにも関わらずはち切れんばかりのスタイルが浮き出ている。

バスタオルを押し上げる胸と、その胸の先端にある二つの乳首の形が普通にわかる。

今現在エロい事を考えていた俺にはとんでもない敵だ。

 

「何で恋奈ちゃんには背中をおっぱいで洗わせて自分は隣に座ることすらダメなんすか」

「それは君が魅力的すぎるからだ。

 勿論恋奈も魅力的だ、だけど君には驚異的な脅威を示す胸囲が余計なのさ」

「あ~、確かにあずのおっぱいは恋奈ちゃんと比べたらぱないっすよねぇ」

 

微妙にドヤ顔で少し離れたところでマキさんと口論している恋奈を見る梓ちゃん。

 

「何見てやがる」

「ひぃ! 見てねーっすよ!」

 

速攻気づかれてにらみ返された。

いきなりヘタレた彼女は俺と同じく俯いてしまった。

 

「ホントに何しに来たのさ」

 

一応常識派かつヘタレな梓ちゃんがわざわざ人のデートに乱入してくるとは想像していなかった。

 

「え、え~と」

「―――――言わなきゃわからねぇか?」

 

後ろから聞きなれた声が。

確実に愛さんだろう。

 

俺は鏡を見て背後にいる人の姿を間接的に見る。

すると愛さんの姿は梓ちゃんと同じく体にタオルを巻いていた。

よかったと安心して俺は振り向いた。

 

「俺と恋奈が最後までやっちゃわないか心配したの?」

「違う、大が恋奈に手を出すかなんて最初から心配してない。

 恋奈の馬鹿が大を襲わないかを警戒してたんだ」

 

腕を組んで俺を睨む愛さん。

 

一応俺を信頼してくれていたようで嬉しいのだが、明らかに怒っている。 

 

「っていうか何で腰越だけじゃなくてテメェらまでいんだよ!」

 

恋奈もマキさんから視線を外し、他の二人を指差して激怒。

愛さんは心底鬱陶しそうにしながら振り返った。

 

「抜けがけしようとしておいて随分偉そうな態度だな、えぇ?」

「うわこえー。辻堂センパイ激おこじゃん」

「まじでここまで怒ってる辻堂さんは俺も滅多に見たことないな」

 

とんでもないプレッシャーを放っている。

これには向けられた恋奈も圧されたようで、ひるんでいる。

 

「う、うっさいわね。人のデートを妨害しておいてアンタこそ偉そうじゃないの」

「偉そう? アタシの偉そうな態度ってのはなぁ・・・・・・」

 

徐々に凄みを増していく愛さん。

 

「うお、何だこのプレッシャー」

 

直接威圧を向けられていないマキさんですら驚いている。

こんな半端ではないものを直接向けられている恋奈はというと

 

「び、びびびびびってなんか無いわよ!」

 

超絶びびっていた。

おもらし10秒前なくらいに怯えていた。

隣にいた梓ちゃんなんかいつでも逃げれるように気がつけば浴場の入り口までワープしてるし、

もうワヤクソである。

 

「愛さん、恋奈は悪くないんだ。

 むしろ愛さんが責めるべきなのは俺だと思う」

 

実の所誘ってきたのは恋奈だが、責任の一端は俺にもある。

それは伝えておくべき所だ。

 

「は? 最初から見てたけど、別に大を責める理由なんて」

「あるよ。誘惑を跳ね除けていればこんな事にはならなかった。

 きっぱりとノーと言わず、思わせぶりな態度を取った俺が悪い」

 

最初から断れば恋奈もここまでエロい事もしてこなかっただろう。

だが結局俺がそれをしなかったばかりにこんな事になった。

というのが俺の言い分だ。

 

「ひ、大ぃ・・・・・・」

 

庇い立てした俺を潤んだ瞳で見つめる恋奈。

ふ、よせよ。決まっちまうじゃないか。

 

と、女の子を庇った自分に酔っていると

 

「余計なことしてんじゃねぇ!」

「なぜに!?」

 

恋奈に激しくどつかれた。

 

「いいか辻堂! 私はやましい事なんて一切していない!

 これは私と大の戦争なのよ!」

「いや意味がわかんない」

「わりぃ恋奈、お前がそこまで追い詰められてたなんて知らなかったんだ」

「恋奈ちゃん、一緒に病院行こ?

 大丈夫、あずも一緒に行ってあげるから」

「黙れボンクラ共!」

 

ひどいバッシングである。

 

これには流石の恋奈も顔を真っ赤にして逆上。

俺も苦笑いだ。

これ収拾つくのだろうか。

 

「私は私の魅力を駆使して大を誘惑しようとした、それは認めるわ。

 だけどそれのどこが悪いのよ、腰越なんて毎朝大のベッドに忍び込んでるじゃない」

「おう、毎朝いい目覚めだぜ」

「開き直んなや!」

 

まぁ、確かに姉ちゃんとマキさんはほぼ毎日俺のベッドに潜り込んでくる。

 

だが、まだ一度も全裸で夜這いをかけてきたことはない。

時々風呂に突撃してくる時はあるが、それでも今日の恋奈ほど積極的に来ることはなかった。

 

「私は腰越と違って毎日大と顔を合わせられるわけじゃない。

 辻堂と違って学園で同じ時間を過ごせるわけでもない。

 梓と違って放課後一緒にいられるわけでもない」

 

悔しげに恋奈は言う。

 

「だからこそ私は今日みたいなチャンスを無駄にしたくない。

 アンタ達にリードをつけられない為には手段なんて選んでられないのよ」

 

実際に恋奈は焦っているのだろう。

彼女の言う通り俺と恋奈が一緒にいる時間は愛さん達よりかなり少ない。

 

朝はマキさんを自転車に乗せて学園近くまで送る。

その後俺も稲村学園へ向かい、放課後まで愛さんと共にいる。

学校が終われば愛さんを送った後に梓ちゃんの部活が終わるまで待つ。

 

そして梓ちゃんの部活が終われば、俺は特訓と喧嘩で夜を過ごす。

 

恋奈との時間は日を追うごとに少なくなりつつあった。

それに恋奈は焦ったのかもしれない。

 

「……そんなマジな顔で言われちゃな」

「あーあ、白けた」

 

愛さんとマキさんは瞬く間に殺気を沈め、ため息をつく。

 

「恋奈ちゃん、いい加減タオルでかくそうよ」

「は? 何でよ。別にここに私の裸みられて困るような奴なんて……」

「いいから、センパイにアピールしたいのなら尚更なんだってば」

 

無理やり恋奈にタオルを巻き、その体を隠す。

しかし、恋奈自身はそれがなぜなのか理解できていない。

 

ただ、恋奈以外はその意図を理解している。

 

「何よアンタら、そんな目で私を見て」

 

全員の視線が恋奈の顔ではなく、別の所に向いている。

その視線を恋奈はゆっくり辿ると―――――

 

スパァン!

 

とんでもなく小気味よく、浴場に良い音が響いた。

 

「いったぁ。何するんすかぁ」

「うるせぇ! 梓テメェ、比べやがったな!」

「あ、気づきやがった」

 

タオルで胸を集中して隠し、半泣きで更に怒りのボルテージを増す。

本気でキレていることは誰の目にも明らかだった。

 

「ダイにアピールすんのはまぁ許してやるけど、

 それでもその貧相な身体でアピールしたところでなぁ」

「ぐぅ~~……ッ!」

 

言い返す言葉がないのだろう。

奥歯をかみしめてただただマキさんを睨み付ける事しかできてない。

 

確かに、この場にいるマキさんや梓ちゃんは凄まじいナイスプロポーションだ。

胸が大きすぎるためモデルは出来ないかもしれないが、それがデメリットになることはない。

何よりその容姿も可愛らしい。

 

「で、でも辻堂はアンタ達と比べたら―――」

「アタシの戦闘能力は86のクラスDだがお前は?」

「……戦闘力78のクラスCです」

 

何の話か一瞬わからなかったが、少し間をおいて理解できた。

 

「あれ、お前そんなにサイズあんの?

 てっきりクラスAのお方かと思ってたわ」

「身長低いからサイズも相応になるのよ。

 っていうか牛みたいにでかいお前からみたら誰もがちっぱいだっつーの」

「ちなみに自分は戦闘力92のクラスGっすよ」

「聞いてないわボケ」

 

梓ちゃん……君はまだ一年生。

まだまだ大きくなりそうだ。

 

というか、俺には少し居心地の悪い話題に移り始めた。

実の所俺なんていらないんじゃないだろうか。

全員が俺から少し離れたところで女子トークを始めたので手持無沙汰だ。

 

仕方ないのでシャワーを浴びて泡をすべて落とす。

その後、一人で露天風呂に浸かった。

 

「ふぅ、良い湯だ。

 怪我の痛みを忘れるほどに気持ちいい」

 

以前梓ちゃんに教わった入浴方法を試す。

 

確か、体を浸からせる高さはヘソの上に握りこぶしを置いた所までだ。

それ以上の高さまで浸かると心臓にも負担がかかり、あまり良い入浴ではないらしい。

 

一応それを意識しつつ、足や肩のマッサージをする。

 

「大、何やってんの?」

「ん、ちょっと打ち身と筋肉痛がひどくてね」

 

愛さんたちはどうやら今日は恋奈を邪魔しないことにしたらしい。

彼女たちの視線は感じるものの、恋奈一人で隣まで来た。

他の子達は室内の方で入浴しているらしい。

 

「ふーん。じゃあ私も手伝ってあげるわ。

 一応私も梓と一緒にトレーニングしてるし、マッサージも少しくらいは教わってるのよ」

「へぇ。それじゃお願いしようかな」

「任せときなさい」

 

俺は再び彼女に背を向けながら足を揉む。

 

どうにも筋肉痛が特訓を始めた日から続いている。

筋肉痛に筋肉痛を重ね、非常に痛く更に熱っぽいのだ。

 

梓ちゃんが言うには、この筋肉痛の連鎖はある日を境に完治し

しかも治った頃には予想以上に筋肉やスタミナがついているとの事。

俺にはよくわからないが、梓ちゃんが言うのならそうなのだろう。

 

ただ、筋肉痛がある間はやはりスタミナも力も本来のものではない。

だからこそ、その筋肉痛の完治が待ち遠しかった。

 

「……ふぅん」

「なにさ、その意味深げな声は」

 

俺の肩をもむ恋奈は、人の肌を触りながらにやにや笑っていた。

 

「別に、私のカレシは逞しいなと思っただけよ」

「そりゃどうも」

 

実際本心からの言葉だろう。

 

生傷絶えないこの体をみて引くどころか褒めてもらえた。

それが地味に嬉しい。

 

「ドン引きされると思ってたんだけどな」

「馬鹿ね、男ならこんな怪我は勲章だと言い張りなさいよ」

「あはは、確かに。

 人目に怯えるより開き直った方が良いね」

 

太ももを揉みながら空を見上げる。

 

意外と時間が経っていたらしい、外は若干オレンジがかっていた。

 

まだカラスの鳴き声はしない。

通りの人の喧騒も良く聞こえる。

だけど、もう一時間もせずしてその喧騒も若干静まり始めるだろう。

カラスも沢山飛び始めるだろう。

 

「露天風呂は風流だね」

「どうしよう、私のカレシが思ったより年寄り臭い」

 

などと言いながら、恋奈は俺と同じく空を眺める。

 

雲は少なく、オレンジと青の混ざった色である空を少しばかり彩る程度。

風は無くて、少し湯船の熱気でのぼせそうになる。

 

何というか凄い幸せだった。

 

まるで田舎の旅館でボーっと時間を過ごしているような。

そんな贅沢な幸せ感がある。

 

「今日は一条さんやハナさんは来ないの?」

「まだ来ないわよ。ちゃんとそこらへんは計算にいれてアンタをここに連れ込んだんだから」

「そっか、じゃあまだしばらく堪能しようかな」

「えぇ。贅沢に堪能なさい」

 

マッサージするたびに波打つ水面。

ちゃぷ、ちゃぷ、と鳴るお湯。

 

外の喧騒は意識からシャットアウトし、この露天風呂の空間には俺と恋奈だけの空間が出来上がる。

 

勿論少し離れたところからは愛さんやマキさん、梓ちゃんの声や視線を感じるが、でも気にしない。

 

「どう? 気持ちいい?」

「うん。肩とか自分でマッサージしづらいから凄く気持ちいい」

「そう。やりがいがあるわね」

 

丹念にもみほぐしてくれる。

 

湯につかりながらマッサージをしているためか、恋奈の声や息が少し熱っぽい。

恥ずかしい事に体が再び反応しそうになる。

俺は意識を変える為にもう一度自分のマッサージに集中することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダイー、速く帰ろうぜー」

「はいはい、ちょっと待っててくださいね」

 

ホテルの外で恋奈と向き合う。

 

梓ちゃんや愛さん、マキさんは少し離れた小道で火照った体を冷やすためアイスを食べていた。

だが、俺は手ぶらでホテル入口で立ち尽くす。

 

「今日のデートは最悪だったわ。

 途中まで良い空気だったのにアイツ等台無しにしやがって」

「でも最後は恋奈と二人きりにしてくれたじゃん」

「馬鹿、元々二人きりのデートだったでしょうが」

 

そうなのだが、とにかくプリプリと怒っている。

 

俺としては今日恋奈と別れるのは名残惜しいので、最後くらいは笑って別れたいのだが。

 

「恋奈からしたら最悪なデートだったかもしれないけど、俺は楽しかったよ。

 久々に恋奈と一緒に二人きりでいられて最高だった」

 

やはり恋奈といると元気が出る。

この子の向上精神や図太さは俺にとって目標になる。

 

おかげで精神的疲労も取れたし、肉体面でも入浴やマッサージでかなり良くなった。

ただ、やはり風呂に入ると眠気がすごくなる。

今日は帰ったら早めに寝よう。

 

「・・・・・・ねぇ大」

 

日が暮れた空の下。

恋奈は両手を後ろで合わせ、俺を上目遣いで見てくる。

 

「江乃死魔は明日から暴走王国と先走っている八州連盟の奴らを叩くわ。

 だからアンタは気をつけて」

 

先走っている八州連盟。

実の所のその数はもうほとんどいない。

 

何せ暴走王国がほとんど倒してしまったからだ。

 

どうやら八州連盟は数が余りにも多いため完全に連携が取れていない。

まとまりもない。

その為、このように他人に迷惑ばかりかけて三大天には手を出さない人間まで出る始末。

 

「原木さん、その人が湘南の一般人に手を出してカツアゲとかをさせている人だっけ」

「ええ。アイツはまだ一度も前に出てきていなけど、多分もう出てくる。

 これだけ数を減らされれば黙ってられないでしょうし」

 

だとするならどうするか。

 

恋奈はその原木さんを倒すつもりらしい。

だが、大丈夫だろうか。

 

「勝てる見込みはあるの?」

「余裕よ。相手はもう百もいないもの。

 数の暴力、そしてリョウとティアラを出せばいくら原木だってひとたまりもないわ」

「そっか」

 

・・・・・・ならば俺のする事も決まった。

 

これはチャンスだ。

これを利用しなければいつまでも俺にチャンスは訪れない。

 

ただ。一つ気になることがあった。

今日一日、それどころか毎日を過ごして俺は恋奈の行為にずっと引っかかるものがあった。

まさかとは思うが、もしかして恋奈は―――――

いや、考えるのはやめておこう。

 

「さて、そろそろ時間ね。

 アイツ等も少し焦れてきたみたいだし」

 

後ろを見れば、愛さんたちは少し焦れたようにしてこちらを見ていた。

大分待たせてしまったようだ。

 

「そうだね。それじゃあ俺はそろそろ帰るよ」

「ん、またね」

 

少し名残惜しいが、時間が来たのなら仕方がない。

 

最後に何か気の利いたセリフでもと思ったが閃かない。

ならば気の利いたアクションを選ぼうか。

 

「恋奈」

「何よ―――――んむ?」

 

恋奈の頬に手を添えて、俺は軽くキスをした。

 

実の所今日はしていなかったのだ。

それどころか、こちらに来てから一度もしていない。

 

ちょっと唇を合わせるだけのつもりだったので、直ぐに離す。

 

恋奈は突然の、そして久しぶりのキスに少し驚いた表情をしていた。

 

「いきなり何すんのよ」

「ごめん、デリカシーなかったね」

 

恋奈は自分の唇に指を添え、先ほどのキスを思い出しているかのような仕草をする。

それが妙に色っぽい。

 

「そうじゃない。キスするなら事前に言って欲しかったの。

 不意打ちされたら堪能できないじゃないでしょ」

「それは気が回らなかった」

 

だったらもう一度しようか。

そう言おうとして、俺はやめた。

 

後ろから結構刺さる視線を感じるからだ。

恋奈もそれに気づいているらしく、苦笑している。

 

「それじゃ、またね」

「ああ、また」

 

互いに微笑み合い、距離を置く。

 

名残惜しい。

だがいつまでもここにいられない。

 

恋奈は俺に背を向けてホテルのエントランスに入っていった。

 

そしてふと、何かを思い出したように再びこちらに振り返る。

なんだろうと思い、首をかしげる。

すると恋奈は口をパクパクと動かした。

 

『ありがと』

 

読唇術が出来るわけではないが、恋奈がそう言っているのはわかった。

 

何に対してのありがとうなのか、それはわからない。

だが、俺は同じく唇を動かして『どういたしまして』

と、答えた。

 

通じたようで恋奈はうなづいた後、また背中をこちらに向けて奥へ行った。

 

これで本当に今日はお別れのようだ。

 

「いつまで恋奈の背中見てんだ、さっさと帰るぞ」

「うん、待たせてごめん」

 

じれた愛さんが俺の傍まで来て手を引いた。

 

・・・・・・明日、恋奈は暴走王国と八州連盟に対してアプローチをかける。

俺にとっての勝負は明日だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




冬休みでもやった恋奈とのデート、そしてついてくる他のヒロイン。
立場を変えると構成も大きく変わるもんですね。

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